Good things starting now,
Settling will show you how,
Take a breath and enjoy the sound.
たゆたう探究ラジオ、今日もお付き合いください。
今日はちょっと正直な話をしたいと思います。
僕は、NLPをベースにしたセッションをもう20年近くやっています。
何百回やそれ以上セッションを重ねてきて、自分自身にもたくさん適応してきました。
ただ、その中でずっと感じてきたことがあるんですよね。
セッションをお届けしている期間やその後の数ヶ月はやっぱり順調なんです。
人生全般も底上げできている感じもある。
でも、だからといって悩みがすべてなくなるわけじゃない。
昔ながらのもやもやにまたぶつかることもあるし、また新しいもやもやが生まれることもある。
ですから、ハッピーエンドで、その後ずっとハッピーというわけにはいかないんですよね。
一方で、世の中にあるいろんなセッションとかコースの口コミなんかを見ていると、
俺を機に私は変わりました、という声もある。
SNSなんかにもどんどん明るいことが投稿されていく。
それはそれで本当のことだと思うんです。
でも、人間なんだからそれだけじゃないでしょうと思うんですよ。
もう少し人間って複雑なもんだよなって思うんですよね。
僕はずっとそう思ってきたんです。
一冊の本に出会って、ああ、やっぱりだ、そうだよな、というふうに腑に落ちたんです。
これ、マーク・D・フォーマンという人が書いた、
成人発達理論がひも解く痛みと成熟の心理学という本で、
元々のタイトルはガイルとインテグラルサイコセラピーという本ですね。
心の複雑さに正面から向き合ったなかなかヘビーな本なんですけども、これが面白い。
この中にウォッシュ・ボーンという研究者の大気発達という考え方が出てくるんです。
大気発達というのは簡単に言うと、発達ってつまり成長って行ったり来たりするもんなんだよという考え方です。
例えば、何かに気づいて新しいステージに進んだと思ったら、しばらくしてまた前のステージに戻ってしまう。
つまり、前の自分の古い枠組みに無意識に引き戻されて、また上がったと思ったらまた引き戻されて、
こういう同じようなパターンにはまっちゃう。
で、これ僕だけじゃなくて、やはりあの先端なことを突き詰めて工夫されてきて、もう何年もこの仕事をされている方たち、同じことを思っていると思うんですね。
いや、もっと良い方法があるんじゃないか。もっとパーンと開く方法があるんじゃないかって。
でもやっぱりフォーマンの言葉を借りるならば、そう、政治反達論のフォーマンの言葉を借りるなら、そもそも前提が違っていた。
反達、成長っていうのは、そんなシンプルな分かりやすい段階でなくて、まさに迷路、ラベリーズンにラベリーズンだったと。
そう、つまり気づいては戻って、迷ってはまた気づいてっていうやつ。
じゃあここで、じゃあ何やっても結局ラベリーズンだから無駄なの?って、ラベリーズンになるしかないの?って思うかもしれません。
でも全然そうじゃないんですよ。ここがね、すごい大事なんですよ。だから言いたいんですが、確かに人間は複雑だからシンプルではないので、ある種迷路、ラベリーズンは変わらない。
でもでも、その迷い方の質が変わるんですよ。あれは確か。迷い方の質は確かに変わる。
どういうことかというと、なんていうのかな、洞察ができるようになっていく。自分についてだんだんわかるようになっていく。
そうすると、同じ停滞をしていたとしても、その自分の停滞とか流れの悪さとか、こう行ったり来たりしていること自体をかなり興味深く自己探求できるようになるんですよ。
自分に対して興味が持てる。そう、どうなっているんだろうというふうに迷路の中、ラベリーズンの中を歩くこと自体が楽しめちゃうみたいな。
これ本当案外飽きないんですよ。面白いんですよ。でね、そういう意味なんていうのかな、あるがままをだから受け入れましょうというだけの話じゃなくて、
なんていうのかな、もう少しポジティブな話で、自分の中で何が起きているのか、この謎解きに好奇心が向くようになっていくと。
そうすると、いい感じになっても、またそこからスルーンと落ちていっても、どっちに触れてもある種ね、
ああ、なんかまた自分がやってるなとか、今度こう来たかみたいな、ある種の受け入れ、需要が勝手に起きてくるんです。
つまり、うーん、なんていうのかな、探求すること自体が自分の受け入れにもなっていると。
僕はある種、自己探求とか自分について知ることって、エンターテイメント、エンタメだと思ってるんですよね。
だからラベリンズというアトラクションを僕たちは楽しんでるんじゃないかと。
そう、そこで試しながら少しずつ、じわじわと成長発達を繰り返していると。
そう、で、僕自身の体験でいうと、ある段階までは迷いの中にいるんだけど、ある瞬間に、あれ、自分は何やってきたんだろう、
という風にその迷いそのものに飽きてしまうというのか。
まあ飽きるというのはつまり、あれ、これってこっちからこっちに行けばいいだけじゃん、みたいな、