「自分らしく生きたい」——おそらく今の時代、一番多い願いのひとつ。でもそこに、知られざる順番がある。
するすると動ける自分になりたい。頭がクリアで、行動と気持ちが一致している。そんな状態に誰もが憧れる。実際にそうなった人もいる。でも、いきなりそこを目指すと「無理ゲー」になる。ヘリコプターで高山の山頂に降り立つようなもので、空気が薄くて長くいられない。じゃあどうすればいいのか? 今回は40人以上の変化のパターンから見えてきた「逆算マップ」——4つのステージを、ゴールから逆にたどっていきます。
目次
オープニング
みんなが欲しいもの——するすると動ける自分
ヘリコプターで頂上へ?——落とし穴
逆算してみる——変化には共通の順番がある
ステージ4:するすると動き出す
ステージ3:外じゃなくて、内側にあった
ステージ2:感情を眺められるようになる
ステージ1:じたばたしなくても大丈夫
なぜ飛ばすと無理ゲーになるのか
正しい順番で歩けば、たどり着く
クロージング
───
くにさき
天才性発掘×実践心理学。「自分が自分になっていく」プロセスを、構造的にサポートしています。
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Good things starting now, Settling will show youhow.
Take a breath, enjoy the sound.
今日は、自分らしく生きたいというこのテーマには、知られたる順番があるといったお話をしたいと思います。
自分らしく生きたい、これってたぶん、今の時代に一番多い願いの一つだと思うんですよね。
自分の中にある何かを見つけて、それを生かして、のびのびと、するすると動いていける。そんな自分になりたい。
頭の中がクリアになって、やりたいことが自然と言葉になって、行動と気持ちが一致している。
そんな状態にみんな憧れる。それはそうですよね。
実際、僕のところに来てくれた人で、そうなった人が多いです。
例えば、気がついたら、もう行動できていて、なぜ今まで私はそれをやっていなかったんだろうというのが、振り返ってみると不思議な感じがしますと、そんな風におっしゃる方がいる。
じゃあ、今はどうなっているのかというと、頭が冴えてきて、まるで360度を見えている感覚という風になってきます。
これを聞くと、いいな、自分もそんな風になりたいなという風に思う方がおられるかもしれない。
でも、そこだけ切り取ってみると、切り取っちゃうと、ここに実は落とし穴がある。
この、するすると動ける自分にいきなりなろうとすると、言語としてはちょっと難しい、いわゆる無理言いになってしまうということなんですね。
これはどういうことか。
こうです。
例えるなら、高い山、鉱山の頂上の景色に憧れて、いきなりヘルクブタで頂上に降り立つようなもの。
確かにそこから見る景色は素晴らしいと思うんですね。
だけれども、そこにずっといようと思ったら、思った以上に空気が薄い、空気が薄い。
だからずっと長くそこにいると、だんだんと苦しくなってくる。
こういう見晴らしの場所、こういう高さの場所に来たのは初めてなんで、まだ下の方を見ると怖くなったりもするし、そして環境が全然違うので、安定したバランスが保てない。
この自分らしく生きるというのもこれと同じなんですね。
そこに至るまでの道のりを自分の足で歩いていかないと、いきなり頂点を目指してそこに到達する、ヘルクブタで降り立つというのでは無理がくる。
03:06
心と体がその状態を維持できないんです。
これ、案外と知られていない秘密なんですよね。
その次のステージ、あるいは何段階か先のステージの自分の高みの場所に、安定して維持して存在し続けることが難しいというかできない。
じゃあどうすればいいのと。
じゃあその道のりって何なのということですね。
なので今日はそこを逆算して地図にしていきたいと思います。
僕は長年セッションを提供する中で、たくさんの方の変化を見てきました。
変化した方々の、あの方々はあの人はこうだったな、それからこんな風になっていたなというような声を集めて、変化のパターンというものを見てみたんですよ。
そうしたら面白いことが分かりました。
面白いことというのは、みんなバラバラに見えるんだけど、変化の道のりというのには共通の順番があるんですよね。
その変化の順番を飛ばして先を急ぎちゃったら、かえって変化が遅くなってしまう。
どういうことか。
今日はこの話を解き明かします。
ということで、ではゴールから順に逆にさかのぼっていきますよということをやっていきます。
例えばですね、さっき話したスルスルと動ける自分、これがゴールだとします。
ここにいる人は自分の中にあるものを見つけて、もうそれを持って歩き出している。
昨日の自分はもう、今日はもういない。
昨日までの自分は今日はもういないといった人もいました。
毎日が新しく更新されていく感じ。
さっき言ったように、そういう生き方にここにいきなり行こうとしてもなかなかいけないんですよ。
なぜかというと、このスルスルと動ける状態というのは、ある条件がそろって初めて自然に起きるものだからなんです。
ある条件がそろって初めて自然に起きるものということは、自分で無理矢理作り出すようなものじゃないんですよね。
じゃあその条件って何でしょうか。
実はこの一つ手前が大事なんです。
だから一つ手前に戻ります。
さて、先ほどのステージ4のすぐ手前にあるのが、ここにあったんだというこの気づきなんです。
06:08
今までは外側に答えを探し続けた人が、ふと内側を見たら、ずっとそこにあったんだというふうにあったものに気づく。
ある方はこう言いました。
私は外に目指すべき地点、外に北極星を探していた。
まるで外側の方を北極星を探していたように思いますと、今から思うと。
でも私自身がすでにその北極星だったんだと、私自身がすでにその星だったんだと気がつきましたという表現を、そういう素敵な表現をされた方もいらっしゃいました。
別の方は、自分を世界一愛してくれる存在というのはずっと私の中にいたんだ。
こんなふうに表現した人もいました。
これって頭で理解する話じゃないんですね。
例えばよく内側に答えがありますよっていうふうに言われたことも結構あると思いますし、そんなふうに聞いてきたし、読んできたと思うんですよ。
内側にこそ答えがある。
外じゃないよ、内側だよという話はね。
わかりました。
進む話なら、こんな自己啓発本とか心理学の本とかスピリチュアとかね、一冊読めば音たれるのに、何冊か読んでも、いろんなセミナーとかワークショップに行ってもなかなか不倫落ちなかったり、不倫落ちても定着しなかったり、定着したかに見えて少しまた揺らいだりとかね。
実際その自分の中にそういう存在がいるよって言われても、そうなんだとしかね、頭でそうなんだとしか思えない、そういうふうに言った方もいらっしゃいます。
何でかというと体感、体験が悪くないからなんですね。
でもその同じ方がじっくりじっくり実感を重ねるプロセスを経た後に、本当にいた、ここだから感じられます、本当にあったんだっておっしゃったんですね。
つまり、頭でわかることと体でわかることは私たちにとって全然違うことなんですよ。
じゃあ体でわかるためには何が必要なのかということでもう一つ手前に戻ります。
もう一つ手前の段階っていうのは感情を眺められるようになることなんです。感情を眺められるようになること。
内側にあるものに気づくにはそもそも自分の内側を見ることができないといけません。
当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれませんけれども、これが意外とできないんです。
何でかというと感情に飲み込まれているときって感情のエネルギーの中にどっぷり入り込んでいるんですよね。
まるで感情の着ぐるみを自分で着込んでいる。まるで感情の着ぐるみの中に取り組まれているような感じなんですよ。
09:07
想像してみたらわかるかもなんですが、着ぐるみって中に人が入っていてそのキャラクターに慣れきっているじゃないですか。
僕らも同じで、うっかり無意識に無自覚に感情のキャラクターの中にすっぽり入り込んでいて、自分があたかもその感情そのもののように錯覚してしまう。
例えばイライラしているときはもうイライラだけになっちゃう。不安なときは不安一色になっちゃう。
特にそういうネガティブ感情の強い場合っていうのは、着ぐるみの中に自分の本体が取り込まれてもそれに慣れきってしまう、侵食されてしまうという感じなんですよね。
だからそうなると物事の見え方もその着ぐるみ色に全部染まってしまうんですよ。
というかもうそこまで着ぐるみ、つまり感情と一心同体になっていると、見えることを体験することがその感情の色に全部染まっているので、
感情に染まっているということも気がつかないぐらい。
まるでお魚があなたは水の中にいるんだよって言われても、何が?っていうふうに、何が?って言われるかもしれないけど、何が?って思っちゃうのと似てる。
じゃあ例えば僕たちが、あなたはこの空気の中にいるんだよって言われて、何が?っていう。
つまり理屈でわかっていても実感がなかったり。
さっきの魚の例えで言うと、魚はずっと生まれてから死にもらえないので、水の中ですからね。
水の中にいるんだっていう概念って多分ないですよね。
だから全く概念がない。
つまりそれが当たり前だと思っちゃう。
物事の見え方がその着ぐるみ色でずっと過ごして慢性化しちゃったりすると、そうすると他の見え方がもうできなくなっちゃう。
だからそうなっちゃうと、例えば一つがダメだとまるで全部がダメに見えちゃったり。
そうおっしゃった方もいました。
その感情に取り組まれたら抜けることが難しかった。
わかっていても抜けれない。
何かがちょっとケチがつくと全部ドビの倒しのようにダメだって思っちゃうとかね。
そういった方もいらっしゃいました。
でもやはり同じその方があるときにこう言ったんですよ。
今日は怒ってるっていう自分を眺めていられましたと。
私の中の怒りが今まさに怒ってるんだなと。
気がつけたんですというふうにおっしゃったんですね。
まさにこっちのあれですよね。
これすごいことなんですよ。
すごいんですよ。
だって感情の着ぐるみから出て外からその自分の姿形を見ることができている。
自分の感情をちゃんと観察することができている。
すごいんですよ。
こうなってくると同じ感情が起きているのにbeforeとafterは全然違ってて感情に巻き込まれなくなってくる。
取り組まれなくなってくる。
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眺める側の自分は実は静かに賢い自分なんですよね。
だからこのコツを一旦経験し始めると、いろんな感情が相も変わらずあるっちゃあるんだけど、
でもどこか静かに落ち着いている自分がいる。
これが本当の自己自由なんですね。
どこか静かに落ち着いている自分がいる。
この現象を点検した人は、今まで問題の中からしか物事は見れなかったんだけど、
まるで広い空の側から自分の今の状況をクリアに眺められるようになったと、
そんな表現された方もおられます。
この眺められる力、専門的にはメタ認知と呼んだりもしますけどね、
脱同一化と呼んだりもしますが、
この眺められる力が先ほどのステージ3、内側にあるものに気づくための基本能力なんですね。
この能力が育っていない段階で、
内側を見てくれんとか、答えは自分の中にあるよって言われても見えるわけがない。
見えません。
だって感情の着ぐるみと自分がくっついている状態だから、
感情の波に巻き込まれたまま内側を見たって、
もう溺れてしんどい自分がいるだけで、見たら余計にしんどくなっちゃいますよね。
溺れてつらくなっちゃう。
こんな状態で本当の自分を割って探しても出てこないです。
この感情の着ぐるみを脱いで、外側から穏やかに眺められてこそ、
僕らはその感情が訴えているものが理解できるようになってきます。
実はこれが本当の自己需要とか自己理解につながっていくんですね。
じゃあ、その感情の着ぐるみを脱ぐ力っていうのはどこからくるのかって話ですよね。
なので最後にもう一つ手前にステージを戻ります。
ここですね。
ジタバタしなくても大丈夫。
実はここが成長プロセスの始まりです。
すごい地味に、一番地味に聞こえるかもしれませんけども、
特別なことでも何でもないんですよ。
普通でいる力って僕は呼んでますけどね。
ここをすっとばすと絶対クリアできないゲームになっちゃう。無理ゲーになっちゃう。
ここを飛ばしてはダメ。
この当たり前である力、普通である力、普通でいることができる力、
これをすっとばしちゃうとちゃんとしなきゃとか成果出さなきゃというふうに
毎日が全力疾走で神経系が参っちゃう。余裕なんかなくなっちゃうじゃないですか。
例えば何か僕は役に立たないとここに行っちゃいけないんだとかね。
完璧な何かにならないととか、どうすれば自分は変化できるんだろうとか。
こういうふうにしちゃっていると、やっぱりなかなか感情というか体も緊張しちゃって
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いつも臨戦態勢、緊張が過ぎる状態のことを覚醒って言いますけども、
覚醒しすぎ?不覚醒って言葉があるんですけどね。
過剰な覚醒、過覚醒、もう本当に栽渡りすぎているというのかな。
臨戦態勢なんですよ。
なぜ?ちゃんとしなきゃという言い方を変えるといつ予想外の状況が起きても、
つまりいつ敵が来てもいいように常にスタンバイしている。これ疲れます。
だからこの時にこそ、このステージでこそ大事なのが、
ただただ体、そして心を安定、安心させて、
普通でいる力を身につけること。
何もしないを身につけること。これが実は本当に大事なんですね。
ここすっ飛ばしたらダメなんですよ。
このうん、大丈夫の体験が体に、腑に押した時に、
初めて心と体の挑みかかる臨戦態勢が緩む。
緩んだから感情を眺めるゆとりが生まれる。
眺められるから内側にあるものに気がつける。
気づけたからスルスルと自然に心も体も動き出す。
この順番なんですね。
そうやって次のステージへと自然に心と体が向かっていくんです。
ではここで逆風のパターンもちょっと考えてみましょう。
自分らしく生きたいと思っていて、いきなり行動を変えごとしますよと。
新しいことを始めるとか、ポジティブに物事を考えるとか、
自分を変えるために前向きな気持ちでセミナーに行くとか、
何でもいいですね。
それ自体は全部間違ってはいないけれど、
でも挑みかかるようなやるぞという臨戦態勢のまま、
新しいことを始めてもそれは感情の着ぐるみに
戦いの新しいミッションが追加されているだけなんですよ。
やるぜっていうね。
よしっていう武器が一つ増えて余計に身構えている状態なんですね。
だからある意味戦いの場所にいる、戦場にいるっていう話になっちゃう。
だからまだ感情を本当の意味で眺められないまま、
内側を武器を携えて、よし変わるぞって携えて、
内側を探しても変わるもんかとかね、どうせダメだよとかね、
早く結果出さなきゃとかね、いろんな感情の波に巻き込まれて、
結果どうなるかっていうと、やっぱり変わらない、
やっぱり私はダメかもっていうふうに終わってしまうこともあると思うんですよ。
ジタバタしなくても大丈夫を通過していない、
ジタバタしなくても大丈夫があると、
まあいいだろう、まあ大丈夫かって言いながら楽しく学ぶことや、
試行錯誤しながらヨタヨタしながら右に行ったり左に行ったりしながら、
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いろいろ試すことができる、
まあ大丈夫だろうと思うからそういう下手こそなことができるけど、
全てが頑張ってになっちゃうと失敗しちゃダメだ、
詳しく学ばなきゃとかなっちゃって、やっぱりなかなか本領が発揮できない、
頑張って頑張って自分らしくなろうとする、
頑張って頑張って感情と向き合おうとする、
頑張って頑張って内側と向き合おうとする、
いやでも頑張るってまさに戦いなんですよ、臨戦態勢なんですよね、
だからやっぱり神経系が休まらない、
だからどうしたってぐるぐる回ってしまう、
そう、頑張って頑張ってぐるぐる回ってしまう、
そう、頑張るっていうのは臨戦態勢の働き方、動き方になっちゃう、
だからぐるぐる回る、
セミナーを受けては頑張って頑張って考えることややることがまた増えてまた迷って、
本を読んで、いいこと書いてあるって感動するけど、
またその感動状態にまた留まろうと思っても大丈夫がまだ足りないから、
なんかこうソワソワしてきて、
いろいろネガティブなことを考えて、こんなことまた考えてるとか思って、
またそんなんじゃダメだって思ったりとかして忙しくなってしまう、
だからいい状態だっていう心の状態、身体の状態に留まることも難しくて、
結局、いい環境とかいいセミナーとかいい書籍とか、
それら本物なんですごい素晴らしいんだけども、
自分の準備ができていないんで、やっぱり持続するのは難しくて、
2、3日で身体は元の状態に戻る。
残念ながらこれは仕組みの話なので、努力の話じゃないんですよね。
だからある方が言ってましたら、ずっと同じところをぐるぐる回っていましたと、今までね。
だから自分にとっては頑張ってきたんだけど、
でも今から思うと、がむしゃらにいろんな講座を受けて、
いろいろ言ってることが違うとか、素晴らしい結果を出してる人がいるんだけど、
私はまだそうなれないとか、また迷うとか、いろんなことをやってましたと。
これはその人のせいじゃないし、その人の能力の問題ではない。
順番の問題なんですよ。ほんと順番なんですよ。
だって植物が花を咲かせるためには、まず根っこを伸ばすじゃないですか。
大地から栄養を受け取るじゃないですか。
いきなり花がバチゴーンって咲かないじゃないですか。
いきなり何かをしようとしても絶対に不安定になるから、順番なんですよ。
むしろ順番だけなんですよ。
さあ、ということで、もう一回地図を整理します。
楽しい順番に歩けばたどり着きますよ、というのが今日の話なんですよ。
ステップ1っていうのは、実は私の役でも大丈夫なんで、
身体が何もしなくても安心なんだっていう、その状態を体験することがすごい大事。
ステップ2、感情を眺められるようになると。
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感情の着ぐるみを脱いで、こういう自分だったんだな、
こういう自分がまだまだあるんだなっていうふうに、
ある種外側から自分の自身をフラットに、
ある意味お疲れ様だなっていうふうに慈しみを込めて眺められるようになる。
これがステップ2。
ステップ3、外側じゃなくて内側にこそ本当の望みがあったんだと気づく。
これ、頭じゃなくて身体でわかる。
これがステップ3なんですよ。
だって、さっき感情の着ぐるみを脱いで、また脱いで、
こんな自分もいるんだ、あんな自分もいたんだってどんどん脱いでいくと、
あれ?脱いでも脱いでも最後に残る何かあるぞ。
あれ?これが私?っていうふうにわかってくる。
気づき始めて、なんだ、最初からここにあったんじゃんってことが気づいちゃう。
これがステップ3。
そうするとステップ4。
この自分でいいんじゃんって思ったら簡単ですね。
その本来の自分で、スルスルスルっと動き出すような体験ができる。
あ、これでいいんだっていう。
あっけないくらい自分の中にあるものを持って普通に発揮し始める。
表現し始めると言ったほうがいい。
私は個人的には発露し始めるっていう表現が好きです。
だから僕ら焦らなくてもいいんですね。
そして一番地味に見えるステップ1が実は一番大事で、
あれこれ努力しなくてももがくことをしなくてもいいんだ。
これでいいんだっていうことが成立している。
もがかなくても成立していると。
体、理屈じゃなくて体が分かったその瞬間から、
実は命として自然な成長が始まっていくので、
恐れとかあさりがないところにこそ偏らない本当ののびやかな成長が始まっていくので、
あとは順番に歩いていくだけです。
だから僕がやっている転生ブーストというプログラムってまさにこの順番で設計されています。
なので最初の2週間、14日間はただただ大丈夫という体験を体にもとしていきます。
そこから少しずつ次のフェーズ、次のステージでは眺める力を育てていきます。
次のステージでは内側にそもそも最初からあったものに出会って、本来の自分に出会って、
そして次のステージでは最後には自分のままで動き出すという体験をしていただくと。
もし今自分らしく生きたいのにうまくいかないと感じているなら、
それは能力の問題じゃなくてこの順番の問題かもしれません。
そう、ヘリコプターで頂上にひとっ飛びで行こうとしなくていいんです。
自分の足で一歩ずつ、一歩ずつ。それが実は一番早いんです。
ということで今日は順番の話をお届けしました。
24:03
本当の自分に生きようと思ったら、そこに向かってまっしぐらっていうよりは、
まず普通であること、どんな自分にあってもいいぜという感じで。
心、体、安心、安定して、そこからステップステップで登っていけばOKというお話をしました。
自分の足で一歩ずつ、それが一番早いというお話です。
もしこの話が面白かったらぜひ感想をお聞かせください。
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以上、TabTab探究ラジオ、瀬木でした。またお会いしましょう。
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