こんにちは、小畑翔吾です。 こんにちは、種市明です。
この番組、テクノロジーとカルチャーの種あかしでは、ファッション、ウェルネス、食、スポーツ、テクノロジーなど、感度の高い大人が気になるこれからの話題を日常目線で揺るぐ語っています。
お届けするのは、Decentierでブロックチェーン、クリプト、AIのコンサルティングやデジタル会員権サービス、スラップスを提供する小畑と、
ビーム出身で今フリープランナーとして活躍する種市明さん。 それぞれの視点でちょっと先のライフスタイルを考えていきます。
高木さん、第2回目なんですけど。 めちゃくちゃ興奮してるよ。 僕、サッカーやってたんですよ、こう見えて。 いや、知ってるよ。 結構すごいとこでやってたもんね、ちゃんと食らうチームというか。
高木さんの話を語っちゃいけないなと思ったサッカー。 全然違う。 言えないで。 酒場で言う話じゃないからね。
全部バレるやつだからね。 前回、光が見えない絶望っていうのをお聞きして。 そっからちょっと気になるわ。
で、その後はどういう、鹿島で試合に出ず、ブラジルに行ったんですけど、どういう感じに。 何時間喋っていいんですか、これ。
いや、ちょっと好きなだけ、好きなだけ言ってほしいんですけど。 本当ですか。ちょっと長くなりますよ。いいですか。 もちろん。 もう本当に1年目2年目全く出れずっていう状況。
ほんとギリギリ更新する感じ。 ギリギリですね。ギリギリ更新してもらってる状況の中で、3年はなんとなく鹿島って見てくれるようなチームだったんですよ、高卒3年までは。
でも次3年目になった時に、これはまずい。ここでも自分が活躍できなかったらもうクビになるなっていうのはうすうすわかってたんですよ。
でも解決方法がもちろんないんですよね。自分が頑張る以外はないんで、方法が。
でも急激にそんなじゃあ頑張ってるからって言って、急にこうね試合に出れるようになるわけないです。
とにかくまた結局はやるしかないかったんですよ、シーズン始まっても。ただ練習を一生懸命頑張るじゃない。
状況の中でちょうどその年のシーズン始まる前に、後かな、始まった後かな、練習やってたんで、
ブラジルに留学しないかっていう話が来たんですよ。
それは何でかっていうと、その当時ジーコがブラジルでリオでジャネイロ州の3部にクラブチームを作ってたんです、プロのチーム。
その時作ったんですね。あれ、ジーコさんはいらした時は被ってるんですか、アントラーズでは。
ジーコは選手としては被ってないです。アドバイザーみたいな役職は多分いたと思うんですよ。
でもわかんない、もしかしたらその時ジーコもブラジルに戻ってたかな、もしかしたら。
でもカシマとの関係性はずっとあったんで、若手を試合出てないやつをジーコのチームに入れて経験を積ませるかみたいな制度ができて、
そういう話が来た瞬間にもう絶対行きますって言って、そこで3年目にブラジルに飛び出していくっていう。
僕なんか勝手に、もともとそういう毎年若い人が行っててとかって思ったんですけど、そうじゃないですよ、できたタイミングで一番初めに行ったのが高木さんだったんですか。
そうですね、ちゃんとそっちのチームのプロチームとしてあって、そこに入って向こうでプレーするのは僕が初めて。
短期の留学はもともとあったんです。
2ヶ月3ヶ月とかはあったんですけど、もちろん選手登録なんてできないんで、僕の時が初めて選手をちゃんと登録して、で向こうのリーグ戦に出たんですよ。
だからもう何が何だかわかんない状態だけど、でも絶対行かなきゃいけないっていうことで、もうこれしかないっていう感じで飛びついて、でブラジルに行くっていう。
それが3年目だったんです。
どういう環境なんですか、ブラジルって、僕行ったことないんですけど。
なんとなく想像はできると思うんですけど、3部なんで、とてもじゃないんですけど、カシマントラーズで練習してるような環境ではなかったです。
本当に凄まじい感じなんですか。
でもジーコが作ったクラブなんで、練習場がちゃんとあったんですよ。
それが唯一、救いというか。
でももちろんね、お金たくさんもらえるわけでもないし、うまい選手がたくさん入ってくるわけでもないし、
遠征行ったら綺麗なスタジアムでできるわけでもないし、あとは生活がきつかったんですよ。
まず食事をどうしようかっていうところから始まって。
自分でやるんですか、食事。
自分で作ることもあったんですけど、大体外に食べに行ってましたね。
でもブラジル料理なんで、最初はうまく合わなかったというところもあった。
治安どうなんですか。
治安はヤバいです。
ヤバいって時代って何年前ですか。
30年くらい前。
エグいと思うよね。
今でもリオデジャネイロのあそこのコパカバールビーチあたりとかって危ないじゃないですか。
その危険レベルも結構上だと思うんですよ。
全然ずっとじゃないですか。
今の時代も危険なんだけど、その時代も全然変わってないし、むしろ昔の方がいろいろルールは緩かったんで。
僕がいた時代もリオデジャネイロの有名なビーチの上には世界最大のスラムがあるんで。
テレビで見たら。
映画でね。
写真集にもなってたりとか。
映画でやってるまんまなんですよ。
ビーチから上に山の方に上がってたらずっとスラムがいますよ。奥の奥まで。
一つの国みたいになってるから。
それ日本人っていうことでちょっと危なかったりとか、周辺は大丈夫だったんですか。
もちろんあります。
目つきやすいんで、でもボロボロの格好でいました。
サンダルもタンパンもTシャツもボロボロの。
それはわざとっていうこともあるんですか。
健気に少しでも溶け込めるような。
諸星術というか。
鹿島から行ったのは高木さん一人だけですか。他にも行かれたんですか。
1年目のときは安部俊幸って同期入団の選手が2人で行って。
2人だったっていうのも救いだったんですけど。
そういう環境の中で生活を整えなきゃいけないっていう苦しさがまず一番ありましたね。
食事の面とか、あとは練習に行くまでの手段だったりとか。
練習どうやって行ってたんですか。
最初はお世話してくれる人がいたんですよ。
鹿島はその当時ブラジルキャンプ行ってたんで。
そのときにブラジルに小さい頃に渡った小林さんという方が。
親と一緒にブラジルに渡った方がいたんだけど。
その方がずっと鹿島のお世話をしてて。
僕たちがリオに行ったときもその人がいろいろやってくれたんですよ。
最初はその人が送ってくれたんですけど。
そのうち車をチームが借りてくれるってことになって。
今度自分たちで運転するようになって。
練習場までリオの街をずっと運転していくようになったりとか。
時々練習場が使えないからって言って。
空港向こうのグランドに行かなきゃいけないとか言って。
普段だったら3、40分くらい着くところは2時間半とか3時間とかかかるんですよ。
渋滞が。
普段運転してないですよね。
リオの朝の渋滞は尋常じゃないですよ。
そういうところも自分たちでグランドが変わったときは行かなきゃいけないし。
もちろんちゃんとしたグランドではないからそういうところで練習もしなきゃいけないし。
普段生活日用品とかそういう買い出しも自分たちでしなきゃいけないんだけど。
海外でそういうのってやるのも結構ストレスになってくる。
洗濯とかも手洗いで洗ったりとかもしてましたし。
カシマの時は当たり前ですけど全部出して全部やってくれるんですよね。
ブラジル産部は自分。
全部自分ですもちろん。
そういうのもそうですし。
またリーグ戦が始まったらリーグ戦が始まったら今度は遠征行かなきゃいけない。
行ったらグランドとかビーチみたいな。
これグランドかっていう。
芝生じゃないんですか?
芝生まともにないです。
まともにちゃんと芝生があるようなところはほとんどないんですよ。
だからもうちょっと原っぱみたいなところでやらされたりとか。
これ半分砂じゃねえかっていうようなところでやったりとか。
そういう環境でやらなきゃいけないし。
すごい経験でできないよね。
やっぱりブラジル人の選手たちって荒かったりとか。
当たり前だったりとか。
玉際だったりとか強かったりとか。
汚いプレーとかも平気でしてきたりとか。
日本人だから目つくからいろんなちょっかい出してきたりとか。
そういうことをどんどんどんどんやっていくんですよ。
その中で気持ちが折れずに毎日練習行かなきゃいけない。
リーグ戦も戦わなきゃいけない。
普段の生活のときに楽しみが全くないんですよ。
練習場と自分の家の往復しかない。
どっかに買い物行って気分を発散しようなんて思わなかったんですよ。
それはブラジルという町以外ですか?
自分の置かれている状況が楽しめないじゃないですか。
日本でもすでに楽しんでいなかったのに、
ブラジルに送り込まれたらこれ合ってるかどうかわからない状況で
めちゃめちゃさらに不安になるでしょ。
そのときもまだ暗闇ですか?
もう暗闇で怒るじゃないですか。
もっともっと病んでたと思うんですよ。
だってこれが正解かどうかわからない環境の中で。
でも手を挙げてとにかく行ってみようと。
行ったはいいけど、これ当たってんのかってなるでしょ。
こんなまともに練習場もないところで
鹿島にいた方がちゃんと技術的に上手くなるし、
筋トレルームもあるし、周りも上手いから上手くなるんじゃないか。
それが一番きつかったです。
恐ろしいですよ。
結構ギャンブルというか。
恐ろしいところじゃないですか。
夜寝れなかったですもん。
怖くて。
試合は出てたんですよね?
そうなんですよね。
そのリーグ戦だけはなぜか試合使ってもらって、
しかも結構活躍してたんですよ。
でもレベルは決して低くなかったですよ。
やっぱりサッカー上手なんでみんな。
ブラジル三部でも。
上手い選手は多いし、
なんかこういやらしい選手がやっぱり多かったりとか、
荒い選手が多かったりとか。
年は一緒ぐらいなんですか?皆さんその三部に。
いろんな人がいるんですか?
若い選手もいましたし、結構年上の選手もいました。
僕その当時20歳で行ってるんで、
30歳過ぎた選手もいたし、
スラムから来てる奴らもいたし。
そうなるな。
バスに朝2時間半とか3時間乗って、
ずっと立って乗ってくるんですよ。
もうすんごいですからバスの中なんて。
満員で。
朝何時に出てきてるのって。
4時半とか。
で、もちろんお金もないから、
昼飯なんて持ってこないわけですよ。
自分の家に帰ってしか昼飯は食べれないから、
午前中の練習終わったら速攻帰るんですよ。
ご飯も食べずにね。
また2時間とか乗って。
やばー。
よく頑張れん。
すげーなよく頑張れんなって。
いや根性だよとかみたいな感じで言ってて。
3部の選手はサッカーだけで食べていけはしない感じなんですか?
いけないです。
じゃあ他の仕事やって?
他の仕事もやってる選手もたくさんいたと思うんですね。
みんなは2部1部って上がっていってっていうのを夢見てサッカーやってるって感じ?
もちろん。
自分がもう活躍して自分の家族を養うっていうのはみんなの目標なんで。
もう命がけですよ。
いやもうそうでしょ。
もう本当に必死っていうか。
そうなってくると当たり前なんだけどボールの玉際だったりとか取り合いってまた変わってくるじゃないですか。
日本みたいになんとなく生活できて給料ももらえていい環境でやれて。
やってる環境の中でやってる練習と
明日自分の契約がどうなるか分からない。
自分の家族を養わなきゃいけない。
かかってる奴の玉際なんて絶対違うじゃないですか。
想像するだけで違うんですけどやっぱり全然違うんですか?
全然違うんですね。
捨て身でスライディングしていきます。
練習の時から。
そんくらいサッカーに賭ける気持ちっていうのは違いますよね。
そうなればやっぱり結果も違いますよ。
ブラジルは何年いたんですか?
僕はその時にワンシーズン戦っていろいろあって。
でも昇格させて。
リブに?
途中半年は終わったんだけど僕一人だけ帰らず。
リーグ戦がこの戦して昇格が決まらなかったんですよ。
その上位4チームでまた決定戦みたいなことをやるぞみたいになって。
でも契約が半年だったんでリーグ戦が終わった時に本当は帰れたんだけど
僕は性格上絶対最後までやり通さなきゃ気が済まない人間だったんで
僕だけ残ったんですよ。
一緒に行かれた?
安倍はもうそこでもう契約はもう半年だからって言ってすっぱり帰ってて。
僕安倍斗司夫を空港に送って家に戻ってきた瞬間に
俺なんてことしたんだって。
すげえ恐ろしくて初めてだったんですよ。
ブラジルで一人になったの。
すごい怖くて。
俺なんか格好つけないで帰ればよかったと思ってその時に。
もう本当にその時恐ろしかったです。
でもその時初めてとは言わないですけど光が見えたにはなるんですか?
なってないです。
全然ないです全然全然全く。
見えてないけどいや俺はもう二部にさせていく残るぞっていうのはただ思いだけですか?
そういうふうに思って残ったんですけど
でも実際はその最後の昇格戦が4チームでの対抗戦になるんですけど
それが決まんないんですよ。
日にちが?
日にちが決まんない。
ずっといなきゃいけない。
その間もういつ決まるんだいつ決まるんだって聞いてもいやそのうち決まるよみたいな。
いやいやそのうちじゃ困るんだよこっちはみたいな。
もう1秒たりともブラジルにいたくないのに。
いや余裕でスタッフのやつとかはいやいやそのうち決まるからさとかみたいな感じで言ってくるんだけど
こっちとしてはふざけんじゃねえよって毎日毎日思ってるけど苦しくてもうノイローゼ気味になっちゃってそこで。
でもその時にこのままじゃダメだって思って。
自分がここに来てるその意味をもう1回考え直してこんな状態で毎日過ごしてこれで終わったら絶対良くないって思った。
だからその時に毎日海6キロ走ろうって決めたんですよ勝手に。
でずっと長いビーチだったんですよ。
そこを3キロ走って3キロ走ったところから戻ってくるっていうことを毎日続けようって自分の中で決めたんですよ。
これを続けるごとに何かこう意味があるっていうか。
それを決めごとにして約束ごとにして毎日続けるこれ帰るまでで勝手に決めたんですよ。
で小さい時から自分が1回決めたことは破ったことなかったんですよ。
1回も小さい時。
自分がやっぱり決めちゃったからそれを。
絶対に破れないんですよ。
僕それ破ったら僕の人生全部終わりって思ってたから絶対破れないことなんだけど。
毎日毎日自分の精神状態がやばい状態じゃないですか。
だから行けないんですよ。
そのビーチに出ていけない状態。
でも破れないから深夜になっても僕行ったら12時過ぎても。
今日やってもなくてでも今日やらなきゃいけないから。
やらなきゃいけないって思ってるのは分かってるんだけど。
でも一切行きたくないから外に出れないんですよ。
でも破ったら終わりだからもう深夜1時とかから出ていくんですよ。
6キロ走って6キロ戻ってくるんだけど精神的にもうやられてるから。
ある時3キロ走った時に足動かなくなっちゃったんですよ向こうの3キロ先で。
そしたらもう気づいた時には涙がブワーってもう出てて。
定房のところに座り込んじゃってもうそっから3時間ぐらい多分完全に追い込まれてる状態。
極限状態だったんですね。
でもさすがに3時間泣くと涙止まるんですよ。
もう何の気力もない、何の感情もなくなるんですよ3時間ぐらい泣いてると。
でもさすがに家帰らなきゃいけないから走れないけどビーチを戻るんですよ3時間。
3時間後にまたテクテクテクテク帰ってって。
そんなことやったり。