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#57 元日本代表 鈴木隆行が明かすプロの洗礼|天才たちとのレベル差。絶望の日々
2026-06-18 29:47

#57 元日本代表 鈴木隆行が明かすプロの洗礼|天才たちとのレベル差。絶望の日々

今回の種あかしラジオは、サッカー元日本代表の鈴木隆行さんをゲストに迎えた第1弾。
茨城県日立市出身の「ガキ大将」が中学2年で突然身長が180cm近くまで伸び、圧倒的なフィジカルで頭角を現したアマチュア時代の裏話からスタート。

しかし、話は華やかな成功体験に留まりません。U18の日本代表で中田英寿、松田直樹、宮本恒靖といった「本物の天才」を前に感じた言葉を失うほどの絶望。そして、鳴り物入りで加入した鹿島アントラーズの練習初日に味わった、眩暈がするほどのレベルの差。

ブラジル代表と日本代表しかいない暗闇のトンネルの中で、なぜ彼は「やめたい」と思わずに泥臭く没頭し続けられたのか?効率やロジックが優先される現代において自分の「味」を信じて圧倒的な壁に立ち向かった、泥臭くも美しい大人の没頭哲学に迫ります。


▼鈴木 隆行

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サマリー

元日本代表のサッカー選手、鈴木隆行氏が自身のキャリアを振り返る。茨城県日立市出身の鈴木氏は、中学時代に急激な身長の伸びを経験し、フィジカルを活かして頭角を現した。しかし、U-18日本代表で中田英寿、松田直樹、宮本恒靖といった「本物の天才」たちと出会い、言葉を失うほどの絶望感を味わう。さらに、鳴り物入りで加入した鹿島アントラーズの練習初日には、眩暈がするほどのレベルの違いに直面し、絶望の日々が始まった。プロの世界で通用しない自分に苦しみながらも、鈴木氏は「辞めたい」とは一度も思わず、泥臭く努力を続けた。光が見えない暗闇のトンネルの中にいるような状況でも、プロとして成功したいという強い思いを胸に、ひたすら練習に没頭し続けた彼の哲学に迫る。

オープニングとゲスト紹介
こんにちは、小畑翔吾です。 こんにちは、種市明です。
この番組、テクノロジーとカルチャーの種あかしでは、ファッション、ウェルネス、食、スポーツ、テクノロジーなど、感度の高い大人が気になるこれからの話題を日常目線で緩く語っています。
お届けするのは、Decentierでブロックチェーン、クリプト、AIのコンサルティングやデジタル関連系サービスSlappsを提供する小畑と、Beams出身で今フリープランナーとして活躍する種市明さん。
それぞれの視点でちょっと先のライフスタイルを考えていきます。
今日も豪華ゲスト回です。
ちょっとオーラに。
オーラ、やっぱ感じますよ。
やっぱりポジションもね、違うしね、いつもと。小畑君のポジションがね。
そうですね。
サイドにいるもんね。
そうですね、サイド、やっぱりセンターは。
やっぱりセンターは。
渡さないといけないなって。
はい。
ということで。
元日本代表の。
もう何でも。
鈴木孝之さん。
よろしくお願いします。
鈴木孝之です。
いいですか、もう喋り始めちゃって。
もちろん、お願いします。
ありがとうございます。
いや、これ多分知らない人いないと思うな。
いやいやいやいや。
そんなことない、そんなことないです。
この年代の、何て言うんだろう。
30代から60代ぐらいまでは確実に。
多分マジで知らない人いない気がする。
そんなことないです、全然。
20代とかだったらもしかしたら。
そうですね。
分かんないかも。
今日ちょっとなんで高木さんをここにお呼びしたのかみたいなのは、
ちょっとおいおい話していきたいなと思って。
びっくりしたもん。
そうですよね。
名前が出てきたときに、
なんで繋がってんの?
なんでそんなすごい人と繋がってんの、君みたいに。
むしろ最近ずっといますよね。
最近めっちゃ話してる。
いや、俺全く聞いてなかったけど。
むしろ家族よりコンタクト取ってんじゃないかぐらいお世話になってて。
すごいちょっとどうして知り合ったかとか何やってるかとか。
まあまあ俺ちょっと黙って、
今日は傍観者というか観世者として。
お話ししてください。
お二人でプレイしてもらえればと。
鈴木隆行の幼少期とサッカーとの出会い
ということで、色々ここからお聞きしていきたいんですけど、
一番初めサッカーの話やっぱり聞きたいなって思ってて。
サッカーの話もかつ、すっごい昔から。
たかやきさんがサッカー選手になるまでみたいなところを、
ちょっと色々お伺いできればなというふうに思ってるんですけど、
たかやきさんって出身茨城です?
そうですね。関東の茨城県の日立市出身で。
そこでまあ。
日立なんだ。
18まで生活してましたね。
高校卒業するまで。
そこで当たり前ですけどサッカーも始めたんですね。
そうですね、もちろん。
小学3年生ぐらいの時に、
自分の通ってる小学校の少年団に入って、
3年からしかなかったんで。
今みたいに幼稚園からとかってなかったでしょ、チームは。
なので3年から本格的に始めるっていう形でした。
この年代って子供の頃って野球とサッカーってどうでした?
ああ、もうまだ野球の方が人気ありましたね。
ですよね、多分。
むしろ小さい時は野球の試合の方が見てましたもん。
ああ、そうですか。
当たり前なんですけどね。テレビでやってなかったんで。
あれダイヤモンドサッカーやってました?
ダイヤモンドサッカーやってましたね。
あれはね、僕は週1ぐらいに見てましたけど、
野球ってあの頃、民放で巨人の試合たくさんやってたじゃないですか。
そうですよね。
僕本当に小さい時から巨人ファンで。
中継9時何分かで終わっちゃうじゃないですか、長くなると。
僕その後ラジオで聞いてましたもん。
サッカーやりながらも野球は好きだったんですか?
野球は好きでしたね。
やってはいたんですか?
見るのはすごい好きでした。やったことはなかったです、ほとんど。
でも見るのは好きなんですね。
確かに。だってJリーグ開幕したのが、僕小学校、僕も3年とか4年とか確かそんぐらいだったんで。
93年ですもんね。
多分10個ぐらい違うんで、だからもう全然サッカー、Jリーグなんてなくて。
俺初めて見た時あれだったもん。
親父のサッカーのチケットがあるよって言って見に行って、
それ新日鉄とかだったからまだJリーグじゃなくて。
当時俺がすごい好きなチームがあったのがヨーロッパのユベントスっていうプラティニって分かる?
分かりますよ。
分かります、はい寝そべってね。
世代的に分かんないと思うんですけど。
ユベントスと同じユニフォームじゃんみたいな、その新日鉄の社会人がみたいな。
なんかそんなことワイワイしてたなっていうところを覚えてるというか。
20歳ぐらいになった時に多分Jリーグだった気がする俺は。
なるほど。
で、サッカー始めて、そのまま地元で。
地元のそうですね、昔クラブチームみたいなのほとんどなかったんで近くに。
なんで地元の中学のサッカー部に入って、
高校の時に日立市の中では競合の日立工業っていうところに行ってサッカーを続けるっていう感じですかね。
なんか僕もサッカーやってたんだけど日立工業っていわゆる選手権とかそういうのにも出てる競合校とかですか。
そうですね、僕がそこに入る前は何回か全国大会まで。
茨城ってどこ強かったりしたっけ。
昔は湖外市。
あー聞いたことある。
あとはその当時水市をとって水戸商業。僕らくらいの年代の時に水戸単大付属みたいな。
でもやっぱりアントラーズがあるじゃないですか。
サッカーは盛んに見えて野球は強いじゃないですか、高校。
サッカーは全国で茨城のところってそんなに上に上がってるイメージがなかったような気がしたけど上がってますか。
結構昔の年代の人たちの時は結構強豪で。
全国優勝してんのかな、高校とか。
もしかしたらしてるっていうかそんくらい強い感じではあったんですけど、僕らくらいの年代の時にちょっとやっぱり下がりましたね、レベルは。
小学校から高校までどんな感じの選手だったんですか。
中学・高校時代の活躍と身体能力
よくある小学生でパス出さなくて自分で決めちゃうみたいなのが小学生の時で。
中学校になったら身長が伸びたんですよ。
小学校から中学校に入るとき160cmなかったので、2年生くらいの時には結構178cmとか180cm近くまでいってたんで。
中2で。
それはすごい。
だからもうフィジカルで何でもできちゃうみたいな。
自分たちの地元のところのレベルだと。
フィジカルでゴリゴリやってる感じで。
対戦相手のチームのやつとかによく流してましたね。
意地が強すぎて。
悪いことして。
ガキ代償タイプというか。
いやガキ代償っていうことではないんですけど、試合の中になるとラフプレー多かったですね。
でもイメージ的にはちょっと科目でストイックというか、そんなにラフプレーするというか。
なんか真摯なイメージが勝手ながらあんまりそこまで詳しくなくていうのも恐縮ですけど。
全然真摯じゃないんですよ。
むしろ学生の時代の方が荒れてたかもしれないです。
中学高校あたりは。
地域的には悪そうだけど。
あんまり部分も感じなくはない。
あんまりサッカー自体よく知らなかった。教えてもらえなかったんで。
良い指導者に恵まれず。
良い指導者っていうか、自分が学生時代なんて良い指導者ってほとんどいなかったです。
結構サッカー経験者で先生でとか。
それぐらいのレベルでプロで教える。
プロでサッカー教えるみたいな指導者なんてほとんどいなかった。
まともにちゃんとサッカー教えられるような人材はほぼいなかったと思うんですよ、全国に。
なるほど。
なので身体能力を使ってプレーするみたいなプレーヤーでしたけどね。
じゃあもう小中高とかまでは地元のチーム、高校の中でも圧倒的みたいな感じだったんですか?
日立工業時代と進路選択
圧倒的でしたよね。
やっぱりそうですよね。J.E.がなる方はそうですよね。
もう一人だけ輝いてて、あいつすげえみたいな。
茨城県の中ではもうそんな感じでしたね。
高校は結構いろいろ選択肢があったんですか?
何校か選択肢はあったんですけど、
でももう自分の父親がもともと日立工業出身でサッカー部だったんですよ。
すごい。
なのでそういう関係もあって、そこに行くもんだという感じで小さい時期からいたんで。
それはもうお父様も言われてたんですか?
なんとなく空気がありましたね。
サッカーはやらされてやったんですか?自分でやりたかった?
多分最初はやらされた感じはあるんじゃないですかね。
でももちろん楽しくて。
ポジション遍歴と全国大会出場
自分の父親が社会人でサッカーやってたんで、
週末になるとそういうサッカーの試合に一緒について行ってっていうことをやってたんで、
自然とサッカーをやるようになって。
ずっとフォワード?
基本そうですね。でも僕小学校の全国大会に出たときは、
小学校の全国大会に出てるんですか?
スイーパーだったんですよ。
スイーパーって言葉がちょっと懐かしいですよ。
古いでしょ?
今はなくないですか?
一人だけ後ろに下がってるなんてそんな戦術今ないじゃないですか。
不利になるだけだから。
でも日立市って全国大会に出るときだけ、
全日本少年サッカー大会に出るときだけ選抜組んで出るんですよ。
そうなんですね。
普段は十何校ぐらいの小学校のチームに分かれてるんだけど、
全国大会に出るときだけそこから全員集まってきて選抜されて、
全国大会に出るんですよ。
それで茨城県勝ち抜いてベスト4まで行って、
そのときはずっとスイーパーやってました。
全国ベスト4。
オフサイドのルールも違いましたよね、たぶんそのときと。
そうですね。
スイーパーってだって、
大まかには変わんないと思いますよね。
だいぶ牧歌的でしたよね、スペースがあった気がする。
昔の方が。
コンパクトさはなかったかもしれない。
スイーパーかっこいいよね。
スイーパーから上がってくるのがかっこいいんだよ。
鹿島アントラーズへの入団と同期
ドイツの誰だっけ、ベッケンバーガー。
ベッケンバーガーですね。
すごくかっこいいよ、後ろから。
後半に。
それで、小学校も中学校も高校も全国大会に出て、
活躍してたみたいな感じだったんですか?
小学校のときに出たんですけど、
中学校のときはチームとしては出てなかったですね。
関東の選抜とかには入ってましたけど、
でも全然活躍できず。
あれ?そっから鹿島ですか?
高校を卒業してから鹿島アントラズ。
サッカーって、ドラフトとかってあんでしたっけ?
いえ、ないです。
今一瞬あれって思って、野球だってあるじゃないですか。
ドラフトとか指名して何とか。
よく分かったらグッと思ったけど、
サッカーってどういう感じで入るんだろうって。
サッカーはもう自分で自由な、好きなチームに入れるんで。
自分が入りたいと思うチームにオファーがもちろんくればですけど。
でもたくさんいくつか来たりしたら、
自分で選ぶ?
その中から選んで。
あ、そっか。くじ引きじゃないのか。
そうなんです。
鹿島は、当たり前ですけどオファーというかスカウトがあって。
そうですね、僕はもともと高校1年生のときから国体入ってて、
国体がやっぱ強かったんですよ。
1年のときに試合出させてもらって、
そのときにベスト4くらいまで進んで、
国体の優秀選手に1年生で選ばれて、
たぶんその辺から目つけられるようになったんじゃないかなって
僕は思ってるんですけど、
2年くらいになったときにスカウトの方が学校に来るようになって、
アントラーズのスカウトの方に声をかけてもらえるようになった感じですね。
だって当時のアントラーズって、今もそうですけど。
アントラーズ、やっぱり最強。
そのイメージしかないよね。
僕が入団する95年のときは、
僕同期入団、ジョルジーニョですからね。
あいつ同期なんですよ。
バリバリのブンデスリーガーでワールドカップ優勝させてましたけど、
あいつ同期だからタメ口でいいんですよ。
そうか。
実力はもう天と地の差ありましたけど。
すごいな。
その高幸さんの同世代の選手でいうとどんな選手がいるんですか?
僕同世代ほぼいなかったんですよ。
いなかったんですよ。
元々ユースで市川っていうキーパーが結構早い段階でアントラーズには入ってたんですけど、
一緒に入団したときは同期はいなくて、
2校上に安部俊幸っていう提供で優勝させた選手が
筑波大に行ってたんですけど、2年で辞めて、
2校上だったんで、辞めて入ってくるときにちょうど同期になる。
なるほど。
だから安部俊幸、俺、ジョルジーニョで3人でその都市入ったんですよ。
ジョルジーニョちょっとパワーワード。
そうですね。
入った当時のアントラーズのスタメンというか主力選手ってどんな感じだったんですか?
鹿島アントラーズのスター選手たち
すごかったですよ。
長谷川さん、黒崎さんってフォワード、日本代表のフォワードで。
もうちょっとね、一回見てないときがあるから。
で、レオナルド。
レオナルド。
イケメンの?
レオナルドですよ。
その後パリサンジェルマンに行って、ミランに行ってみたいな。
あの爽やかな。
ブラジル代表のジェルマンがいて、ホンダさん、ホンダヤスと秋田さん。
秋田さん。
相馬さん。
相馬さん。
僕ね、ちょっとだけ話ずれてもいいですか?
はい、どうぞ。
今伺おうと思ってたんですけど、僕サーフィンでカシマ行くんですよ。
昔カシマに行ったときに、なんか入ろうとしたらベンツがビューってきたんですよ。
ワゴンみたいな。
やっぱりサーファーってあんまり高い車、その当時もちろん乗らないでというか。
ちょっと目立つじゃないですか。
パッと見てたら、あれ?って見たら秋田選手だったんですよ。
で、で?とか言って。
秋田さんやってましたね。
やっぱり。
何人かやってましたね。
サッカー選手。
なんかちょっと胸アツになったんでね。
カシマの普通のポイントに来てて。
怪我するからダメだなって言われそうですけど。
サッカー選手サーフィン、でも怪我とかってなるけどうまそうとか言ってたのを思い出して、今秋田選手の話。
そうですね、秋田さんもやってましたね。
結構カシマの選手、結構サーフィン。
鹿島での生活とサーフィン
やっぱりやってるんですか。
僕そこ来てたんですよ。すっごい近くなんで。
確かに。
ポイントも。
あの時はカシマに住まれてたんですか?
もちろんそうです。寮に住んで若手なんで。
なるほど。あれカシマの寮ってどの辺であるの?スタジアムの近くですか?
スタジアムにも近いんですけど、練習場が近くにカシマの中にあって、練習場のすぐ近くにありましたね。
でも飯屋とかあの辺ないっすもんねあんまり。
いやまあ少ないですね。
なかなか少ないですよね。
なので行くところは限られてましたけど、選手たちも。
U-18日本代表での挫折
高幸さんそうすると小学校から高校までは特に挫折とかなくガンガン行ってたわけですか?
いやいやそんなことないです。
そうなんですか。
僕は高校の時にアンダーに入ったんですけど、アンダー18から入ったんですけど、
その当時同期がやっぱり中田秀とか松田直樹とか宮本とか福西もそうですし、
あと1個上の台で言うと奥大ちゃんとか。
すげえ。
あの辺あと安永っていう選手もあります。
佐藤幸彦同世代でもうスターだったんですよ。
確かに。
実力もすごく。
全然違うんですか?
全然違ってましたね。
そんな茨城でそんなすごいの頂きそうに。
いやいや僕の場合はもうサッカー知らなかったんで、彼らはもうサッカーよく知ってたし、
中田秀がもう高校の時なんで、中学校の選抜も一緒だったんですけど、
でももう高校になった時なんでもう別陣で。
中学の時と?
中学の時と。
まあ元々中学校の時も上手かったんですけど、
もう高校の時なんてもうちょっとレベルが違う感じになってて、
もうスターになってました。
アンダー18の中でも?
中でも。
あれ中学の時も一緒だったんでしたっけ?中田選手は。
えっと関東選抜でしょ。
僕は茨城県で関東の選抜に選ばれて行ってて、
彼は山梨の選抜で選ばれてきてて。
って考えると結局もう中学ぐらいの時にある程度決まっちゃってるもんなんですか?
もう日本代表になる感じのどのぐらいのパーティー?
そんなことないです。
関係ないですか?
僕とその関東選抜で生き残ったのは僕と中田秀ぐらいでしょ。
後の人は?
もう後の選手たちはあまりその後活躍できずっていう感じだと思います。
高校は?
高校の時はある程度さっきおっしゃってた宮本選手とか。
高校の時はもうある程度今有名になった選手たちが大体選ばれてましたね。
じゃあ高校生ぐらいの時の人たちはもう結構な確率で、
その後プロになって日本代表にも入ってきたりとかはしてましたね。
じゃあ地元だと全然そんなことないけど、
アンダーで同世代の日本代表とかに行くと結構差を感じるんですか?
いやもうすごい差を感じましたね。
いまだに覚えてるのは合宿地が広島だったんです。
練習終わった後にもうあまりのショックで空見上げて力欲しいなって思ってたのをいまだに覚えてます。
自分実力欲しい、力欲しいって見上げて広島の空を見上げてました。
うわーって悔しくなって。それいまだに覚えてます。
そっからさっきの鹿島に入るわけじゃないですか。
鹿島アントラーズでの絶望の日々
それは高校生で入ったらプロとまたレベル違うのがあると思うんですけど、
その時はその時でそういう思いってするんですか?
いやもうね、日じゃなかった。広島の日じゃなかったですよ。
違いすぎて?
違いすぎて。
そうなんですか。
メディアでも何回か喋ってるんですけど、もう練習に入れないんですよ。
練習場で立ってられないぐらい。
どういうこと?
レベルが違いすぎてクラクラしちゃうんですよ。
もうフワフワしちゃって。
自分がもう基本の練習すらついていけないから、もうフワフワしてる感じです。
やっぱり行っていいのかなみたいな。
焦ってるっていうか。
そうです。
もうミスしちゃうし、全然みんなとのリズムも違っちゃうので、練習に入れないんですよ。
入れないような感じで。
そんななんですね。
もうほんとね、絶望です。
絶望って言う言葉わかります?
もう希望がないんですよ。
希望が。
字はわかります。
わかりますよ。
希望が全くないっていう状態です。
すごいなあ。
そんな状態でサッカーを続けなきゃいけないっていう、その地獄が毎日。
鹿島入ってからね。
でもそれで辞めたいとか思わないですか?
辞めたいとは思ったことはないですね。
絶望でだって。
絶望しながら練習続けるんで。
見たてがあるじゃないですか。
入った時にもう絶望だけど、光はあったんですか?
そこでもしかしてこのまま多分何年か体作っていけば、いけるかもしれないとか。
絶対無理だろうって思ってる状況だったら、もう転職考えようかなって思って。
これも何度も言うんですけど、暗闇のトンネルに入ってからです。
もう光一切見えないし、自分がどっちの方向に進んでいいか分かんないみたいな状態でした。
もうずっと入った当初は恐ろしくて恐ろしくて。
でも辞めたいとは一回も思わなかったんですか?
辞めたいって思うことはなかったです。
それがすごくない?
そこは根性あったんです。
いや。
もともと。
そういう気持ちは絶対になんない。
でもこの絶望をどうにかして抜け出さないと絶対成功はないなって思ってたけど、
もう本当に今先ほど言われたように光が全く見えなかった状態です。
毎日毎日分かるから。
自分の実力との差が毎日分かるから。
これがちょっとやそっとで縮まるようなレベルの差じゃないんですよ。
でもなんかすっごい両極じゃないですか。やっぱり。
絶望で絶対に光が見えないのに、でも辞めないっていう。
そのメンタルというか、その状況で辞めないっていう。
それはやっぱり思いが強かったんでしょうね。
プロで成功したいっていう。
その小さい時からずっと自分の夢として追いかけてプロになったけど、
プロで活躍しないと意味ないじゃないですか。
アントラーズの先輩方がそういう華やかなところの、
例えば鹿島スタジアムとかで活躍している姿を見て、
俺も絶対こうなりたいって入った当初から思うんですよ。
それは絶対揺るがない気持ちなんですよ。
すごいなぁ。でも暗闇ですもんね。
でも結局絶望なんで毎日。絶望しかないんで毎日。
すごいなぁ。
だから本当に苦しかったです。苦しいっていう。
プロで成功したいという強い意志
試合にはなかなか出れず。
試合なんてほとんど出てないですから。
1年目2年目とかもうベンチも入れるようなレベルじゃないですよ。
だって鹿島ってスタメンがその当時、
ブラジル代表か日本代表しかいなかったですよ。
やばっ。やばっ。
サブの人たちも結局後々日本代表に入っていく人たちしかいなかったんですよ。
その当時。
ほんとにレベル高かったですよ。
そうか。確かに。
じゃあそれはもう練習でなんとかついていって、
そこで結果出してアピールしてみたいな感じ?
もうそれしかないですね。
だから結局自分がやれることってそれしかないんですよ。
自分が足りないところをひたすら練習して、
それでもうなんとかチャンスをつかむっていうことをやる以外は方法がない。
それ以外ないんですよ。全く。
だから毎日毎日朝やって、午後やって、夜やってみたいな。
休みの日も練習して。
休みってなかったんですか?
もちろん、次の日が休みの時とかは東京出て買い物に行ったりとか、
ご飯食べに行ったりとか、そういうのはもちろんしてたんですけど、
でも行っても一切気持ちは晴れてないんですよ。
楽しいっていう気持ちになれないんですよ。
自分の現実を考えたときに楽しめない。
何やってても。
それがうまくいってなかったら何やったって楽しくないんですよ。
結局それが一番自分の中でやりたいことだから。
買い物してちょっと買い物したぐらいで気分は晴れることもないし、
ちょっと遊びに行って、
じゃあ飲みに行きましたとかご飯食べに行きました、友達と。
そんなのでも一切晴れることないですよ。
だからそれが楽しいって本当に心の底から思えない。
息はするけど。
でも結局だからそうなってくると練習しなきゃってなっちゃうんですよ。
練習しないと自分の思い描いてる結果は得られないって思っちゃうんで、
結局焦り始めてどっか行ったとしても帰ってきてトレーニング始めたりとか。
それはチームの練習以外にも自分で?
もちろんもちろん。
もちろんそんなの当たり前ですよ。
同じだって練習量で同じことやってても絶対その人たち抜けないじゃないですか。
間違いないでしょそれって。
自分がもし上手くなってる頃にはもうクビになってるはずですよ。
そんなことやってたら。
だから尋常じゃないぐらいの練習しなかったらもう追いつけないって思ってたんですよ。
だから僕はそういうものを自分に貸してやるんだけど、
でも人間って弱いから自分にそういうものを貸すってすごい難しいことじゃないですか。
そうですね。
誰も見てない、誰も叱ってくれない、誰もそんなのを管理しない状況の中で自分を追い込むってすんごい難しいんですよ。
厳しい練習と自己管理
でも僕はできるタイプだったと思います。
なるほど。
できない奴はみんなクビになってたりとか。
じゃあそれ当時は結構あれですか、毎年更新ってあるんですか?
もう複数年契約になった?
なんないなんないです。
毎年?
じゃあもう結構ハラハラして一緒にいけるかなってぐらいの感じの?
もちろん。
毎年毎年だからそういう時期になったらもう自分がクビなんじゃないかっていう不安は常につきまとうで、
一回も晴れたことがないです。
気持ちが。
すごい。
何やっててもそうです。
だから夜寝るのも怖いぐらいです。
寝ると次の日の朝になっちゃうから、
もう練習行かなきゃいけないじゃないですか、朝起きたら。
それが怖いんですよ、練習所出るの。
自分がうまくいかない、うまくいかない職場に行くって苦しいくらいか。
でも絶対逃げられないんですよ。
確かに。
ほんと苦しかったです。
それがもう何年も続いたんで。
すごい。
すごい。
華やかなイメージとのギャップ
ちょっとこれ一回締めていいですか?
この後の光がどうなってるか。
いやでもちょっと最後。
どうぞどうぞ。
俺、ジュリアナってあったんですよ。
で、ちょこちょこ行ってたんですよ、あそこに。
行くと大概、ベルディの選手いましたけど。
当時。
ってやってる感じと、そういうイメージがフワッてあってたけど、
全部違いされたっていうか。
だからタニーさんのイメージだとサッカー選手ってそういうイメージがあったってことね。
そういうところがあったんです。華やかなところ、フワッとしてるところしか、
こっちは遊んでる相手だから。
多分試合出てる人たちが多かったはずなんで、
そのベルディの人たち遊んでるけど、
試合にも出てほしい。
結果は出してるんで、いいと思うんですよ。
でも僕みたいな、試合にも全く絡めず、
レベルも到達できない、レベルも違うような人間が、
そういうことしたら、世の中の決まりごととして絶対成功しないじゃないですか。
それを見失ったら。
見失って成功したら。
すごいわ。
だから、それは分かってたんですよ。
自分、小さい時から。
そういうことをやる人間は絶対成功しないし、
当たり前なことなんだけど、
そこは一回も間違えたことがある。
だから繋がるんだよ。
エンディング
ちょっと一回締めていいですか。
この番組、テクノロジーとカルチャーの種明かしは、
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毎週木曜日に新エピソードをお届けしているので、
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感想は番組のコメント欄にいただけると嬉しいです。
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29:47

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