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2026-01-11 08:41

307 講義 | AI時代の大学の役割は何か

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この音源は、昨日(2026.1.10)の大学の講義(90分)の中から、AI時代の大学の役割に関わる部分を抜粋したものです。

知識を教える講義の役割が小さくなる中で,大学はどういう役割を果たすべきでしょうか?

#学び #AI時代 #講義

サマリー

AI時代における大学や学校の役割が見直されています。知識の入手方法が変わる中で、大学は実践の場としての重要性を再確認しています。

AIと学校の役割の変化
しかし、なんといっても、この学校っていうのは、やっぱり知識を教える場としての役割が大きかったと思うんですよね。
っていうのも、やっぱり知識っていうのは、どこにでもあるものではなくて、ある限られたところにしかないもの。
そこに行かなければ得られないものっていう、そういう希少性があったわけですよね、知識っていうのは。
ですから、例えば、知識を持っている先生から学ぶとか、あるいは知識が書いてある本から学ぶとか、そういうことをしたわけですよね。
で、学校っていうのは、そういう先生がいたり、本がたくさんあったりということで、学校に行くとそういう知識が手に入る。
逆に言うと、学校に行かないと知識は得られないっていう状態が長らく続いたわけです。
これはインターネットが普及する前まではそうだったと思いますね。
しかし、インターネットっていうのが一般に普及してきたのが、1990年代の後半ですかね、くらい一般の人が使うようになってきまして、
それからもう30年です。
ネットからですね、あらゆる情報が得られるような、そういう時代になってきました。
こうなってくると、知識がどこかにしかないっていう状態はかなり弱まったわけでして、
知識を教える場としての大学、あるいは学校っていうのは、かなり存在意義が少なくなってきていると思います。
さらに先ほど言いましたように、AIっていうのが出てくると、AIがですね、教えてくれるっていうことがあるわけですね。
人間の代わり、あるいは人間以上に教え方がうまい、あるいは教え方のバリエーションを作ることができる、
そういう存在が出てきたわけでして、ますますこの知識を教えるっていうことについては、
もう学校の役割っていうのは本当に少なくなってきているだろうと思うんです。
ですので、知識っていうのは要するにこれですよね。
ある問題に対してどういう解答が得られるかっていう、このセットですよね。
このセットに関しては、本当に学ぼうと思えばいくらでも学べる、いつでも学べる、どこでも学べる、というものになってきた。
だから本当にそのことを、今ここで学ぶ必要があるんですかっていう問いかけが、重要性を持つようになってきたわけです。
今まではともかく学校に、例えば小学校なら6年、大学なら4年と通わないと、そこで教えてくれることを学ぶ機会はない。
だから小学校に上がる年齢になったら小学校に行く、大学に入学する年齢になったら大学に行く。
これが知識を得る最低条件っていうんですかね、そうしないとできないっていうものだったわけですけれども、
でも今や本当にスマホ一台あれば、どこでもいつでも求める問題に対する解答が得られる時代になってきたわけですから、
果たしてそうやって大学というか学校で、この知識っていうのを学ぶ必要があるんだろうかっていう感じになってくるわけですよね。
私はあんまりないと思います。
この学校の役割っていうのは本当に弱まっているだろうと思います。
ですので、この授業にちょっと引き付けて言いますとね、私この授業を始めるときに、私の講義はビデオで見てもらいますと、
このビデオはいつどこで見てもいいですと、この教室に来なくてもいいですと、こういうふうに言っていました。
それは私の教えたい知識というものがもうビデオっていうところに詰まっているからですよね。
さらにそれに対してAIチューターっていうのもありますから、質問があればそのAIチューターに聞くこともできるわけですよ。
真夜中であったって私には聞けないこともAIには聞けるわけですよね。
そっちのほうがいいと私は思うんです。この教室に来て私から直接話を聞くよりも。
そういうやり方をこの授業では始めたんですけれども。
大学の実践的な意義
そうしましたらば大学のほうからですね、この授業は講義の授業なんだから、
決まった時間に決まった教室で学生に向かって講義をしなければいけませんよと。
学生もそこにじっと座っていてですね、先生の話を聞くようにしなければいけませんよというふうに言われて、
途中からちょっとやり方を変えることになってしまいましたが。
ちょっと時代的に言ってですね、それあってないんじゃないかなというふうに私は思うんですね。
でもそうなんです。大学っていうのは変わらない。
いったん決めたことは変えられない。そういう場ですね。
これ中世の大学、なかなか新しくなれなかったっていう話と重なって私は思えてしまうんですよ。
じゃあ大学っていうのはもういらないのかと。私の考えでですよ。
そうしますと、そうでもないだろうと。
やっぱり今まであったもの、これは19世紀ドイツの大学以降ですね、
学生たちがいろんな演習や実習を実験をするようになったっていう話をしましたけどね。
そういう実践の場としての大学っていうのはこれは貴重なものだと思うんですね。
大学に行かないで自宅でパソコンを使ってAIを使うことはできるかもしれない。
けれどもじゃあ何か実験をしたいと思って、実験をしようと思っても自宅でできることは限られてますよね。
やっぱりそういう設備がちゃんと整った大学に行ってそういうことをするっていうのはとても大きな意義があると思います。
ですのでやっぱり大学に来る価値はあると思うんです。
というかそれがメインなんじゃないかと私は思うんですね。
大学っていうところは何かをするために来るところであって、
知識を得るために来るところではもうないんじゃないかっていうのは私の考え。
だから授業も講義なんていうのはもうごくごく少なくして、
あとはそれは全部オンラインに移してですね。
学校に来て大学に来てやることは基本的に何か実習実験、
その他手や体を動かすことを中心にするべきではないかなというふうに思うんですね。
それが大学の意味なんじゃないかなと。
他にできない、大学にしかできないそういうものなんじゃないかなと。
大学には実験室もありますし、本学にはものづくりセンターっていう立派な施設もありますね。
ああいうところをもっともっと活用し、
皆さんがやりたい実験とかものづくりができるような、
そういう場になればいいんじゃないかなと思うんですね。
それがあまりにも少なすぎて、
こういう教室で先生が前のほうで何かしゃべって一方的に皆さんが聞くだけっていうですね、
こういう授業はもう本当になくしていかなきゃいけないんじゃないかなっていうのは私の考えなんです。
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