高齢者の女性の言葉
おはようございます。現役整体師で、タントラヒーラーたくやです。
今日のテーマは、高齢者の女性が100%使う言葉、というお話をしていきます。
はい、今日はですね、言葉の話なんですけども、もちろん健康というか、体に関するお話で、
なおかつ、スピリチュアルの話で、でも、日本人、言葉なんで日本語は、昔からこういうスピリチュアルみたいなものと関係してたよね、というようなお話をしていきますので、ぜひ最後まで聞いててください。
はい、その前に一つ、告知をさせてください。
今年はですね、5月の29日の金曜日だったかな、名古屋にてですね、タントラヒーリングのイベントをやることになりました。
内容としては、今言った通り、タントラヒーリングをやるんですけど、それがですね、一応現段階では30人ぐらいの、僕の中では大規模なんですけど、そのぐらいの恩人数でですね、みんなでタントラヒーリングをしようよ、というような内容になっています。
はい、一応名古屋から徒歩10分ぐらいのスペースをお借りしてやるという感じです。
時間が午後の1時半ぐらいだったかな、一応概要欄にですね、その申し込みフォームのリンクを貼っておきます。
住所だったりとか、時間は確かもうかかれていると思いますので、今ですね、早割りというところでちょっとお安くなっておりますので、興味がある方はそこで申し込んでください。
はい、なかなか神奈川関東圏から出ることも少なかったり、あとは基本的な一対一でヒーリングをするんですけど、あえてのというかね、複数人でやるところが、共心共鳴というところではいい作用になるかなと思いますので、ぜひよろしくお願いします。
さあというところで、今日は言葉の話です。結論から言うとですね、おかげさまでという言葉なんです。皆さん使いますか。
おかげさまでの意味
一応、あえて女性というところに絞ったんですけど、それは理由というか、僕の経験データ上でですね、男性はそのおかげさまでと使うような質問を投げかけていますね。
何か頑固なのか、プライドなんか知らんけど、いやいや大丈夫みたいな方がいらっしゃるので、あえて区切ったんですけど、このおかげさまでってどういうタイミングを使うかって、それは人それぞれだったりするんですけど、
よくあるのは、体の回復、病院に入院してましたとか、風邪ひいて寝込んでましたの時に、体調良くなりました、最近いかがですか、どうですかみたいな時に、いやいやおかげさまでっていうシーンがほとんど多いと思うんですけど、
これ調べてみればわかるんですけど、もともとは仏教養護みたいで、自分の力だけではなく、周りのサポートのおかげで自分の今の調子があるというような意味合いなんですよ。
それが答えなんだけど、そもそもは仏教養護っていうことは、周りの力っていうのは家族だったり、現実世界の肉体を持っている人間っていうところではなく、神や仏の力を相まってみたいなニュアンスがあるみたいなんですよ。
東洋というか、アジア圏とかだとね、特に日本かな、ヤオヨロズの神みたいなのは、もしかしたら日本独特の考え文化かもしれないんですけど、西洋というかね、ヨーロッパ圏とかは、エジプトというかあの辺もそうか、イシン島じゃないですか、聖書もそうだし、コーラもそうだけど、
一つというか一人の神がいて、それが地球宇宙を作ったり、人間を考えたりみたいなのがあると思うんですけど、基本的にはこの辺、アジア圏の文化ってヤオヨロズの神だから、大空だったり川だったり、いろんなところに神様がいるというふうに考えますよね。
だからそういう力が相まって自分の今の体の回復っていうのかな、を作ってくれたというところで、これってめちゃめちゃスピリチュアルじゃないですか、だって物体が肉体がないのに、それを神とあがめたりお祈りしたりとかする。
僕が常々不思議に思うのは、この見えない世界、スピリチュアルの話と、科学、計算式、物理で表されるものをすごい話して考えるというか、全く別物みたいなふうに捉えられるシーンが多くて、
SNSを見てると、最近その量子力学みたいなものが主流になりつつある今は、そういうのって一緒だよねみたいなふうに発信されてる方とかね、いらっしゃるけど、でもこの言葉だけじゃなく、多分日本の文化的に目に見えないものをお祈りするとかは普通だったと思うんですよ。
なんかそのGH機がどうこうとかじゃなくて、当たり前だと思うんですよね。だからわざわざそれを引き離すこともないんだと思うし、じゃあ実際にそういう本当に神や仏にお祈りすることによって体調が良くなったのかどう証明するかみたいなのは、もちろんなかなか難しいと思うんですけど。
でも僕が今回言いたいのは、日本の文化としてこういうのって前からあったよねみたいな、目に見えない世界全て怪しいよっていうふうに言う人の方が、なんかちょっとずれてるんじゃね?みたいなのが正直ありまして、まあいいんですけど、そこは信じない人がどうこうとか、信じてる人が必ず救われるみたいな、それこそね、ちょっとキリスト教っぽいっていうか、別に批判するつもりはないですよ。
文化としての感謝
批判するつもりはないけど、神にお祈りさえ捧げておけば、自分の命が亡くなってもそれは報われる善の行為だみたいなのも、なんかちょっとね、たまにっていうか解釈によっては微妙みたいな思ったりはする。
まあそれはちょっと話がずれるんですけど、言いたいのはその日本の文化とか考え方的にもうスピリチュアルみたいなもの。神社とかお寺さんに行って手を合わせてお祈りするとか、誰かの何かをのために祈るみたいなのって当たり前だったと思うんだけど、なぜかそれが気に晴らされて、しかも怪しい世界だみたいな、否定すらない。
否定すらされちゃうっていうのは悲しいのかな、自分はな。どうなんでしょう。それもそれもだんだんよくわかんなくなってきたけど。
でもよく考えたら僕も、まあそもそもあんまり体調を崩さなくなったので、おかげさまでって自分が使うシーンっていうのかな、がなくなってきてはいるのはまあまあ確かなんですけど、
でもなんかすごい枕言葉かのように戦争を経験されている年代の方々っていうのは、当たり前にこういうのって使ってるなというふうに思って、
少なからずも今自分が生きてる、今自分が幸せに感じていることは自分だけの力じゃなくて、そういう第三者だったり、もちろん神、仏みたいなものも相まってみたいなのは多分おかげさまでっていう言葉とかだけでなく、日常生活っていうのかな、
そういうところにも当たり前に使う。これはもちろん大病をして、病院、入院とかをして、そういう精神学的な力を仮に借りたとしても、それでもやっぱり自分の力じゃなく、
医療技術とかもちろん先生お医者様がいて、そういう人たちの力を借りて自分の健康な体があるっていう時にももちろんおかげさまでも使うのはもちろん大前提、前提なんだけど、それとは別で目に見えない部分の力もあって、今の自分の健康そして幸せな状態が保たれているよっていうのが、
あの年代の人たちからすると当たり前の文化だったのかなというふうに思いまして、単純にそういうのが僕は好きなんでしょうね、というところでございます。
はい、いかがだったでしょうか。今回はご高齢の女性たちが100%使うおかげさまでという言葉の話をさせていただきました。
あなたはどうお考えになりますでしょうか。ぜひいいねと、それ以外に自分が子供の頃に親が使ってたとか、あとはおじいちゃんおばあちゃんたちが使ってた言葉みたいなのがもしあればシェアしてみていただけると嬉しいです。
はい、あとは概要欄、冒頭お伝えした通り5月に名古屋で担当イベントをやりますのでぜひチェックしてください。最後までお聞きくださりありがとうございます。お相手は拓也でした。ではまた。