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「頑張る」のをやめようと思う
2026-06-04 12:12

「頑張る」のをやめようと思う


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こんにちは、たけしです。このラジオでは、人の自立性を高めるをテーマに、SNSビジネスで自分の仕事を作るコツや、自分らしく生きるヒントを一日一つお伝えしていきます。
というわけで、今回はですね、ちょっと頑張るのをやめてみようと思う話というテーマでお話ししようと思います。
タイトル通りなんですけれども、ちょっと頑張るということをですね、やめてみようと思います。
この話になればですね、頑張るの定義がものすごい大事になってくると思うんですけども、これは結構感覚的な話なので、どこまでちゃんと感覚として伝わるかわからないんですが、
競争の歯車で回っている努力、頑張りっていうのをやめてみようと思いますっていうのが、お伝えしたいことになりますかね。
なので競争の歯車で上に行こうとする行為っていうのをここでは頑張るとか、努力っていうふうに定義させていただこうかなって思います。
なんでそういうふうに思い立ったかっていうと、僕今SNS歴5年、6年なんですが、その競争の原理が結局一番僕の首を絞めているというか、
自分の本来やりたいと思うことというか、いきたいという生き方から結局遠ざけてるんじゃないかっていう仮説があるからですね、仮説ですね。
なのでまだそれがそうだと断言することはできない、できませんが、でも感覚としてそんな気がする。
例えば人よりもフォロワー数を増やそうとか、人よりも売り上げを上げてやろうとか、そうすれば認められて周りに人がついてきてチヤホヤされてポジションを取れるみたいな、
そんな感覚があるんですけれども、そこで頑張るのをもうやめようかっていう話、やめようかというか、やめますっていう話ですね。
何て言うんでしょうね、僕が見ていると本当に幸せそうに活躍している人って多分もうそこにいない。
多分もうやりたくてやってるだけで、その年収とかフォロワー数とか多分あんま気にしてない。
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自分のやりたいことがあるからそのためにお金を作るとか、そういう意味でお金とかね気にしてると思うんですけども、
人よりどうかとか競争で勝ってやろうみたいな、で認めさせてやろうみたいな、そういう動機が全くないかわからないですけど、かなり気迫に見えるというか、他のことを優先しているように見える。
他のことっていうのは何かっていうと、例えば自分の好きなことっていうのもそうなんですけど、そうなんですが、他にも自分の大切な仲間を大切にするとか、引き上げるとか、自分のやりたいことをやるのももちろんそうですし、
そういうところにね、前延びりな動機というか、静かなる動機っていうんですかね、薙ぎに近い、水に近いエネルギーを感じる質量、質量が多分僕水の最大のエネルギーだと思ってるんですけども、
そんなものを感じるんですよね。薙ぎのようにどっしり、でも清らかで滑らかで透明で透き通った水のエネルギーで活動している、エネルギッシュじゃないというか、油切ってないというかね、そんな感覚なんですよね。
正直言うと、僕はこれまでの人生で、今31歳ですが、多分10歳になる前ぐらいかな、だから小3、小4ぐらいからもう他人の評価、他人から認められようとする動機で、認められないとやばいから頑張るみたいな動機以外の動機で、
努力したことがない気がするっていう。全くないかって言われたら、それはちょっとわかんないんですけど、でも感覚として8割9割その動機だけで生きてきた。何をするにしても。
もう何て言うんですかね、中学校ぐらいからもう遊ぶっていう概念が僕の中になくなっていて、遊んだ記憶がないんですよね。
例えばゲームとかあるじゃないですか、ゲームやるんですけど、ただのストレスの気を紛らわせる。勉強と部活に追われて、嫌なのにやってる。
ちょっとね、中学時代の勉強はめちゃくちゃ楽しかったんですけどね、まあまあそれはちょっとさておいて、特に部活か、部活ですね、もう僕野球部で365日、休みの日も1日8時間とか野球をしてたわけなんですよね。
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でも大嫌いだったんですよ正直言うと、僕野球が。じゃあやめればいいじゃんって思うかもしれないんですけど、やめたらあいつなんか逃げたみたいな弱いやつだとか思われそうだし、なんか監督とかに申し訳ないなとか、ここまでね野球道具を揃えてくれた親に申し訳ないなとか、特に父親がね野球が好きっていうのもあって、
なんかまあ罪悪感みたいなものでやめられなかった。罪悪感とか恥とかプライドみたいなもので、劣等感とかね、そういうものでやめられなかったんですけど、なので基本的にそのエネルギーで僕はずっと努力してきましたと。
これが僕にとっての頑張るの定義なんですよね。ちょっと今感覚的な話をしてるんですけど、いい加減多分この頑張るっていうことをやめないと、多分僕が行きたいと思う場所にたどり着けないっていう感覚がものすごくある。
わかんないんですよね。正直この世界で経済的に社会的に豊かに生きていきたいんであれば、もしかしたら頑張ったほうがいいかもしれない。でもなんかもうそれができる気がしないんですよね。正直言うと。
他の人みたいに頑張って、受けるYouTube動画を一生懸命作成して作って撮って、教材販売の準備をめっちゃして、他の人がやってるようなことをやって、で、セールスをかけるみたいな。
っていうことがなんかもうできる気がしないっていう感覚として、それ頑張れないっていう感じ。ただ例えば本を読むのはいつまでもできそう。それも好きな本って感じですけどね。
例えば憲法についての本。日本国憲法とか政治とか、あとは心理学とか社会学とか政治哲学、経済学。そこら辺の本であれば死ぬまで読めそうだし、自然の中でゆっくり過ごすみたいなことも全然できそうだし、
自分の価値観にあった発信活動とか自分の思想をまとめた発信活動とかだったらできそうな気がする。で、頑張るのがこの今の資本主義社会において正直いいことなのか悪いことなのか、僕はジャッジできませんと。
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なぜなら頑張れば経済的社会的な成功が手に入りやすい。全員じゃないけどね。頑張っても手に入らない人いるんですけど。でも頑張ったらその確率が上がる。が一方で満たされなさがある。
でもこの根底には自己否定感とか自己嫌悪感っていうのがあるんですけど、本質的な問題として。でもそこをある種無視して頑張れば影響力とか社会的地位とか経済的豊かさっていうのはもしかしたら手に入るかもしれない。
なんかその質感もなんか良くない気がするんですけどそれだけだったらね。なので結局はやっぱり自分の精神を磨いて動機として緩やかな動機として他者とか社会環境とかそういうものに配慮したりそこに良い影響を与えるような活動をする必要はある。
そこに至るためには僕はどの道に歩めばいいのか正直わかりません。手段がわからない。ただ頑張れない気がする。頑張るの定義は先ほどお伝えした通りですね。
なので自分がやれることを静かにこなしていくしかないんじゃないかなっていうふうに今思っています。そっちの方が逆に人生全体が良い方向に向かっていくんじゃないかっていう仮説があるので。
これわかんないんですよね。なので一旦自分の感覚感情直感に基づいた日々をちょっとこれから実験的に送ってみたいと思います。
というのが今回の内容になります。というわけで次回の放送でお会いしましょう。
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