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家族の時間を大切にするとは?
2026-09-23 23:25

家族の時間を大切にするとは?

38℃ラジオさんの配信はこちらです
#38度ラジオ
【夫婦の揉め事】 夫の自由と家族の時間 #321
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#子育て #育児 #夫婦 #夫道 #一億総子育て計画
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サマリー

家族と一緒にいる時間を大切にする意味について、38道ラジオで紹介された夫婦の意見をもとに考える。夫がゴルフや飲み会に行くことへの妻の抵抗感は、束縛ではなく、家族と過ごす何気ない時間や雑談から得られる情報量・連帯感を重視する価値観として説明される。話者は、子どもの体調や部活のプレッシャーを夕食時の様子から察した経験や、子どもが小さい頃に一緒に過ごす時間が減って家族の状況を把握できなくなった経験を語る。家族それぞれの予定や自由を尊重しつつ、夫婦で何に価値を置くかを話し合い、家庭のスタイルを決めることが大切だとまとめる。

夫の自由と家族で一緒にいる時間
はい、どうもこんにちは、たからんです。 今日は、また子育て夫婦の話でですね、面白いテーマがありまして、
家族との時間を大切にするってどういうこと?っていう、そういうお話なんですけども、これ私がまた大好きなんですね。
ポッドキャストの38道ラジオさんの高田沙耶さんとヤコちゃんのやってる番組を聞いてですね、ちょっと思ったことがあったので、ちょっとお話ししてみようかなと思っています。
38道ラジオのお話、どんなのだったかっていうと、ざっくりになっちゃうんですけど、
パーソナリティの沙耶さんの方が、お友達とよく電話するお友達がいるらしくて、その方のお宅ではですね、旦那さんが平日お休みなんだと。
で、平日お休みで、休みの日に夫がゴルフに行くって言うんですね。それ自体は別にいいんだけど、朝に行って、ゴルフ終わって帰ってくる時間にはだいたい夕方ぐらいには帰ってこれる。
で、夕方過ぎになってくれば子供がここから帰って家にいるってことで、そこから家にいれば家族で一緒にいられるんですね。
なんだけど、一回ゴルフ会が帰ってきたから、その後ちょっと夜に飲み会になるんで、それも行っていいかっていう風に。
一応聞いてきてくれる。聞いてはくれるんだけど、飲み会に行くっていう話が出てるというか、行くつもりで行くっていう話がある。
これにすごく嫌な気分になるっていうのが奥さんの立場らしいんですね。
で、そのお友達の奥さんの、お友達の奥さんというか、お友達が女性妻の立場の方ですけど、子供がいる間は家にいてほしいと。
で、子供が独立するまで家にいてほしいっていうような感じで言ってるそうなんですね。高校生くらいまでかなっていうところだと思うんだけど。
で、旦那さんとしてはですね、家にいても何するわけじゃないから、俺家にいなくても別にいいんじゃないっていう風に言ってるんですね。
で、家事とか夫婦で、夫婦というか家族の中でやってること、旦那さんも家事はあるししてやってるし。
で、奥さんがもしね、一人で勝手に遊んでるのが嫌だって言うんだったら、奥さんの方にも一人で出かけるようになっててもいいよっていう風に言うんだけど、いやそういうことじゃないっていう風に言ってると。
家族で一緒にいたいっていう話なんだ。何かをするってわけじゃなくてっていう、そんなことらしいんですよ。
で、旦那さんも別にいつも一人でどっか行っちゃうわけじゃなくて、祝日とかね、家族が会う休日の時とか一緒に出かけたりとかそういうことをしてくれてるんで。
別に子供のことも家族のことも考えてないわけじゃないんだけど、一緒にいるっていうことに結構こだわり、こだわりって言っていいのかな、そこをこだわりって言っていいかな、があるという話でした。
で、バーチャリティーの鞘さんとかヤコちゃんも、ちょっとそこに疑問があるみたいでして、旦那さんのやりたいことまで我慢させてまで家にいさせるってことなのってこととかですね。
で、子供にも勝手に外に遊びに行くのはダメっていうのって言ったら、それはいいって言うんですよ。子供が出てくるのはいいんけども、旦那さんが一人で遊びに行っちゃうのは嫌だというのがある。
で、ただ一緒にいるっていうのが大切っていうのは、それって何なんだろうっていう話がありましたね。
で、そんな話を聞いてですね、私が最初に感じたのは、このお友達の奥さんのお話、すげえよくわかるって思ってます。私はこの気持ちは結構わかる方だぞって思って、逆に鞘さんとかヤコちゃんもよくわかんないねって言ってるのが、はあそうなんだって思いましたね。
何気ない時間から得られる家族の情報
これ単純に妻だから夫だからっていう感じじゃないですよね、それだけ見てもね。奥さんだから思いやすいとかもしかしたらあるかなどうかな、これも完全に人の価値観考え方の違いだなっていう感じがしますね。
で、だから私は今回この38度愛情さん、二人ともよくわかんないって感じだったから、私はじゃあ何がわかってるっていうか何を共感してるのかなっていうのをちょっと自分で考えてみました。
えっとね、この、そうだな、このお友達の奥さんと私の考えが同じかどうかちょっとわかんないです。家庭環境が違うんで、なんでわかんないですけども、私が何でもないいる時間っていうのが大事だなって思ってるのは、
うーんとね、これ何だろうって自分でもちょっと考えたんですよ。一つはまず一緒にいる何でもない時間の情報量って結構あると思っていて、それを享受できない失うことになるよねっていうデメリットがあるんじゃないのっていうのをまず即座に思いつくとこかなって思いますね。
あのー、なんだろうな、私も雑談とか一緒にいるときの空気っていうのが結構重要だと思ってて、何の予定もないんですよ、そりゃ。家にいて何やるわけでもなく、何の予定もなく、しかも今うちなんかは子供も大きくなってきてるししてるんで、家にいてもそれぞれがそれぞれのことやってるんですよね、部屋に行ったりとか。
うん、っていう風にやってるから、別に一緒にいるけど一緒にいないみたいな感じにはなりがちなんだけど、小学生くらいの時だったらもうちょっと一緒にいる感じになるかな。それでも別に意味があると思ってて、何かっていうとですね、あのー、なんかその同じ空間、空気、空間で過ごしてるから、うーん、空気を感じられている、感じられている仲間であるっていう言い方するかな。
仲間っていうのはちょっとおかしいんですけど、うーん、っていう人だよね、人間関係だよね、我々はっていうのがちょっと一個あるかな。これ何て言ってるんですかね、例えばなんですけど、あの普通にこの夕飯を例えば一緒に食べますよね。
夜飲みに行ったら夕飯家族で一緒に食べないじゃないですか。夕飯の時間にもう多愛のない会話をすると。もうこれ本当に多愛のない会話ってやつですね。なんだけど、どんな会話になるかもうその時分かんないです。予定してたりとかイベントしたりお祝いしたりっていうんじゃないから、何のあれがありましょうっていう話じゃなくて、何にも喋らないかもしれないし、今日のこれおいしいねとかまずいねって話かもしれないし、あのー、学校でこんなことあったっていう話になるかもしれないし。
っていうのがあるんですけど、例えば昨日の夜なんかはですね、私、あのうちは、昨日休みだったんでね、休みで娘が部活の大会があって、そっちにちょっと一日私も一緒に付き合って行ってたんですね、送り迎えとか見たりとか。
息子も別で大会じゃないけど部活の練習があって、それに妻も学校を送ったりとかしてたりとかしてたんですね。なのでちょっと別々に過ごしてたんですけど、夕飯になってからやっと一緒に過ごしたんですよ。
娘の活躍とかいろいろあった話で盛り上がったりもしてたんだけど、息子が喋ないんですよ。むすっとして喋らないでご飯も中途半端に食べて喋らないみたいな感じになってて。なんか調子悪そうだなって思ったんだけどね。
軽く話を振ったりとかすると、まずお腹が痛いと。ちょっとお腹が下ってるんだって言うんですよね、ここ2,3日。ああそうだったんだっていうのがその時は私ははっきり知って。でも妻とか娘とか知ってましたね。薬飲んでたんですよね、胃腸炎みたいなやつ。
っていうのもあるし、あとはなんか元気がなくて、息子も部活の方でね、もうすぐちょっとレギュラー獲得できるかどうかっていう、大事な見られる、パフォーマンス見られるようなものが近かったりもするので、そういうのプレッシャーになってるみたいなんですよね。
そういう感じが、まず息子、今日は微妙だなって。昨日も、一昨日は結構元気だったけど、昨日あたりからちょっと微妙だなみたいな。ああお腹も痛かったのかとかね、まあそういうプレッシャーになってるのかっていう、なんとなく分かりますよね。
っていうみたいなやつが、多分これ分かんないんですよ、いないと。話をしたかしないかもそうだし、なんかなんとなく機嫌悪いなみたいなとか、調子良さそうだなみたいなとかっていうちょっとした雰囲気とかもいなきゃ分かんないですよね。
飲み会行って帰ってきて、みんなが寝てる間に帰ってきてとかってなったら、分からないんで。分かんないんですよ。
子育ての分担と家庭内の情報格差
特に私、何だろうな、これ何回か話したことありますけど、子供が小さい時に、私残業とかめちゃくちゃする職場だったんで、絶対に夕飯一緒に食べられなくて、夜中に帰ってくるんですね。寝てる間に帰ってくる。
だから朝ごはんを一緒に食べようっていうんで、朝ごはんを一緒に食べたんですけど、一つ大きかったのが、保育園の送り迎えで、送るのが私の担当だった。
私がやらないと回らなかった。迎えは妻がやらないと回らなかったっていうんで、そういう風になったけど、その間は子供たちとの生活も朝ごはんをやった後の生活の中で、子供がどうだこうだっていうのを一緒に過ごしているわけですよ。
だけど小学校上がったら、朝送るっていう必要がなくなったんで、私が子供と接して話をするっていうのが結構減ったんですね。
妻を迎えに行くから、今までと同じようなことをやるわけですね。
そうするとね、私と妻の子供への情報量っていうのがガッって思いっきり下がってきたんですよ。
うちはもう友々だらけでフルタイムでやっていくっていう風に、最初妻は時短ですけど、一緒に子育てしながら仕事もしながらやっていくっていう風にやってたから、
大体同じくらい、大体対等な感じで妻と私で、仕事もこういうことあるよね、子供もこういうことあったよねっていうのを共有してたんですけど、一気に情報量が減ったんですよね、私の方が。
そうするとね、完全に家の中でやっぱりね、常にいろんなことを把握している同士と分かってない奴がいていたら、
分かってない奴が分かってないよね感になりますよね。お父さんは多分分かってないしよく、みたいな感じになって。
そうなると、少しずつ疎外ってわけじゃないけど、頼りにならないというか、そういうこともなりかねない感じがしてて、実際そんな感じがすごいありました。
で、まずかったなっていうふうに思ってるんですけど、最近は中高生になってきた感じなんですけども、
その時の反省もありつつ、さらに今の部活の話とかでね、さらに夫婦でいろいろ分担しないと回せなくなってきちゃったんで、
子供も含めてGoogleカレンダーとか予定を一緒に見たりもしてるし、話もなるべく聞くっていうようなことをしてるしで、
なんとなく家族が今どんな状況か、あとはどんな、いつ試験があるかとか、そのために何かしなきゃとか、
何々参観がある日はどうするかとか、実家のことがあるからこれ考えていかなきゃいけないよねとか、
日常のいろんなああだこうだっていうのが、いつどんな感じだっけっていう感覚で、やっぱり家にいてなんとなく知るんですよね。
それを、表示を知りましょう、はい、やりますっていう、タスクを知ることが終わりました、予定不明解でおしまいだね、
タスク的にやることもあるんだけど、やっぱね、雑談とか大変な話とか、何でもないただすれ違っている時のおはようじゃないけど、
そういう空気感から感じる情報量って結構実はあると思ってるんですよ。何があるのって言ったらそれはわかんないですよ。
わかんないけど、全く触れていない人たちと情報、感覚、気分の上下、体の不調、超不調っていうのが共有できるかって言ったらできないよね。
事実全部報告しなきゃいけないってなったら。そういうところを大事じゃないっていうのが一つありますね。
そういうのが積み重なっていくとですね、そのうちお父さんはお父さんだけども、
あんまり家のこと、子供のことの事情っていうの、バックグラウンドとか、ちょっと気にしなきゃいけない細かいことっていうのは、
わからない人みたいな感じになってきちゃうと、ポジションがそうなってきちゃうと、ちょっとね、どうかなっていうのが当たりもしますね。
で、私最近ちょっとね、会社のいろんな仕事のやり方も変わったりとかして、子供たちの塾の時間とかも変わったりとかして、
この前月に数回出社するんですけど、テレバークなんですけど、出社する日があってですね、
出社するとちょっと遠いんで、毛またぐんで帰りが遅くなっちゃうんですよ。
だから今塾がない日にしてるんですね。お迎えが発生しなくていい日に設定してるんですけど、
これ今しゃべりだからね、あれそれでいいんだっけなっていう、自分でちょっと今思いましたね。
塾がある日ってすごい忙しくって、帰ってきて部活終わってもう7時、6時だ、7時だになって、
すぐ食べて7時半の塾まで行かなきゃいけないって送ってくるみたいな、そういうバタバタバタバタした日常になってるんですよ。
そうじゃなくて、塾がない日って、2人とも塾がないみたいな時って、週に本当に1回か2回しかなくて、
その日に、その日だったら後がないからゆっくりご飯が食べられるんですよね。
その時間出社してたら一緒にご飯食べらんねえなって思って、あれ?これでいいんだっけ?
合理的に考えると、何もない日に私が外に出ちゃったほうが、あんまりバタバタしなくて済むっていうことになるんで、
子どもが成長する前に家族時間をどう確保するか
忙しいときは2人とも塾なんてこともあるから、夫婦揃ってるようにするんですけど。
でもよく考えると、たまにのない会話とか雑談とか、会社とかビジネスの場でもそうかなと思うんですけど、
そういうものから結局いろんな状況を知ったりっていうのが出てくるんですよね。
そこの情報量って結構バカにならないと思ってて、情報量とかそこから生まれる連帯感っていうのがあるから、
そういうの大事じゃないっていうのはありますね。
たぶんこのお友達の奥さんの話でいうと、その情報量がどんどん来るっていうこともあるとは思うんだけど、
本当に子供と話すとか一緒にいる時間って超わずかなんですよ。
計算してみるといいと思うんですけども、別に私も計算で今いくつ出したわけじゃないんだけど、
それこそ小学校行って高校から学校に行きましたとか、中高になって部活に行きますとか、
塾に行きますなんてなると、家族で一緒にいる時間なんてもうほぼないですね。
小学校今高学年っていうお話でしたけど、だとするともうほとんどないと思う。
もう半分過ぎてますね、家族一緒に揃ってる時間っていうのは。
幼少期の頃はまだいっぱいあったと思うけど、もうほとんどないと思います。
中高になってくると子供が忙しくなっちゃって、旅行すりゃ行けないっていう。
家にも寄ると思うんだけどね。うちなんかもう行けなくなっちゃったから。
子供がどんな部活するかとかね、やりますけどね。
運動部なんて焼きに忙しいんだけど。
そういうのも含めてですね、将来どうなるかわからない。
わからないこその、やっぱり今の小学生の頃っていうのに、
それこそ成人するまでの一緒にいられるっていう時間っていうところは、
これ一緒にいないとなって思いますね。
私なんかもう娘と一緒にやれる時間ってほとんどもう、
あと指で数えていって、10ってことはないけど、
もう数時間、数日になっていると思います。
家は出て他県に大学を受けるってことはほぼほぼそうなるので、
県内で受けようと思う大学はないので。
ってなった時に、もうあと一年半ないんですよね、一緒にいる時間。
一緒にいるじゃんっていうか、一年半っていう日数であって、
一日に一緒にいる時間なんて今だってほとんどないんだから、
もう数日とかなんじゃないの、トータルになったら。
みたいな感じになってきた時に、
家族で一緒にいる時間なんて人生でもうほぼないなっていう状態になってますんで。
もう小学生時代からそうなんですよ。
もう多分小学生の段階で人生で子供がね、
例えば複数とかいたりすれば今いなくてもですけど、
家族でみんなで一緒にいる時間なんていうのは、
多分半分以上なくなっていると思います。
だから何があるじゃなくても、
何があるじゃなくてもかなり貴重な体験じゃない、それっていうところだし、
やっぱりそこの時間があったことによって将来的な
大人になってからの関係性っていうのも
多少は変わるかなっていう感じがしますかね。
そこはそんなに気にしなくていいと思うんですけど、
でも結構貴重な時間だよね、どうするっていう話かなと思います。
夫婦の価値観を話し合って家庭の形を決める
ただね、さやさんとかヤコちゃんとかもこれ、
放送の中でおっしゃってましたけども、
別にそれぞれがね、家族が、夫婦もそうだし子供もそうだし、
それぞれの時間を過ごすとか、
それぞれの予定を考えて別々のやってることを尊重するとかやってるけど、
家族も好きだし、家族のこと大切だと思ってるよっていう、
当然ですよね、その通りで。
だから別に一緒にいる時間を極力確保するっていうことは別にしなくたって、
家族の形とか家族の信頼関係っていうのは全然問題ないと思います。
どっちでも問題ないと思うけど、
でも何に価値を置くかってことだけですよね。
イベント別にないけども、
自分一人でやりたいことを我慢して、
一年一世まで家族と一緒にいるって何なのっていう質問に対しては、
疑問に対しては、そこに価値があるからです。
そこにはそれなりの価値があるからと思ってます。
私としては今言ったことはすごく価値だと思ってて、
それを取るか取らないかとか、それが必要と思うか思わないかは多分それぞれだと思う。
うちは夫婦ではある程度その辺の価値観が合ってるかなという気はするけども、
よくわかんないですけどね、ぶつかるんでそれでも。
わかんないんですけど、
でもなるべく一緒の時間を確保したいねっていう思いは同じですね、多分ね。
それは話したことがあるんで、そういう意識はある。
できてるかどうか別としても。
ただこの夫婦の中でそれが違うんだとすれば、
こういうところに価値があるから大事だと思ってるっていう価値観を置いてるっていう
言い方がうまく伝えられるといいんじゃないかなって気はしましたね。
なかなか用事もないのに何か意味あるの?って言われたら、
用事がないと意味がないって言うてる人の発言なんだよ、それって。
そこに何もないことに価値とかメリットって生じないよね、デメリットもないよね。
そういうふうに考えてるんだとしたら、それはそうでしょうねってなるけど、
そこにあるじゃんって思ってる人は、そこに価値はあるしメリットもあるし、
失うことのデメリットもでかいっていうのは思うんで、
どっちかな、そういうふうに思ってるよ、こういうのがあるよねっていうのを言って、
言えると、ああそういう考え方もあるかって言われたと思うんですよね。
ああそういう考え方もあるか。
別にそれがなくても崩れないし、どっちでも崩れないんだけど、
こっちを取りたいっていう希望じゃないですか、多分。
それを言えばいい、それが伝わって、ああなるほどなるほどってなって、
じゃあどうしようかっていうのを家族なり夫婦で決められるといいんじゃないか、
そんな感じがしました。
だからね、一緒にいるってことってそんなに重要なの?って言ったら、
そんなに重要かって言われたら、超重要って思えば思う。
超重要だと私は思ってる。
だけど、それがなかったら困るのかって言ったら多分困らないとも思ってる。
だから本当にどういう形が、どういう形でどういうメリットがあって、
どっちを取るのがうちのスタイルとしてはいいよねってことにしようかねっていう感じかなと思いますね。
まあ夫婦で一生懸命考えたって子供がどう思うかは別なんですけどね。
子供は子供で、別に家のスタイルにとりあえず家にいるんだから、
もちろん子供の意見も聞いたりできればすればいいと思うけど、
別に子供はそれで選べないっちゃ選べないけど、
家が選べないとか親が選べないってのは大したことじゃなくて、
自分で生きるようになったら自分で、それも踏まえてどういう生き方をするか自分で決めることかなと思いますので、
まだまだこれから生き方を考えるので、
それで子供たちが自分たちで決めればいいかなと思いますので。
まあ夫婦では一緒にこの家をやっていこうというパートナーになっているわけだから、
ある程度話し合えたらいいんじゃないかなという気がしますね。
はい、こんな感じですけどどうでしょうかね。
すごい束縛されて大変だね、かわいそうだねっていう意見が割とあったので、
放送の中でもSNSの投稿とかでも結構あったりしたので、
いやそういう話じゃないよっていうのはやっぱり私は思ったので、そんなことじゃないですよ。
でもやっぱり捉え方、必要性をどこに置くかということかなと思いました。
はい、ということで今日はそんな話が終わろうかと思います。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な息継ぎのある毎日となりますように。
ダガランでした。それではまた会いましょう。
23:25

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