1. “ハザマ”から見るラジオ
  2. 子供にどんな体験をさせた方が..
子供にどんな体験をさせた方がいいか、を悩まなくてよい理由
2026-10-12 20:24

子供にどんな体験をさせた方がいいか、を悩まなくてよい理由

子供の将来を考えて、どんな経験をさせてあげればよいか
親心として当然考えて悩むことだと思います
が、子どもの将来を絶対不自由にしない責任なんて、誰にもできないんじゃないかな
出会ったもので何かを得ていくんだろう。くらいに思って、気を貼らずに、やって行かばいいと思います。

パパQラジオでのエピソードはこちらから
「親の焦りと責任感」と「高知連 覇と四国の謎」
stand.fm
https://stand.fm/episodes/6acc0dddb5535af3b9e14a9c
YouTube
https://youtu.be/G5HCVch5_6A

#子育て #幼児教育 #習い事 #親の責任
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/600ecdaf2b4a4592fe0df6ef

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

子どもの習い事や幼児期の体験を、将来のために親が思い詰めて選ばなくてもよい理由を語る。話者は自身の幼少期の畑での遊びやカマキリの孵化、バイオリンや空手の経験を振り返り、成果や達成よりも、後から別の楽しみや人間関係につながる経験そのものに意味があったと話す。親が旅行や習い事を十分に与えられなくても、子どもは自分の時代の中で何かを感じて育つため、嫌なら辞めてもよく、できる範囲で出会いを示せばよいという考えを示す。親の責任は将来を保証することではなく、子どもをよく見ながら、その時できることをすることだとまとめている。

子どもの習い事に思い詰めなくてよい理由
はい、どうもこんにちは、たからんです。 今日は、ちょっと子育て関係の話をしようかなと思ってるんですけど、
あの、習い事系ですね。特に幼児期から、まあ小中ってありますけども、 どんなことを習わせたらいいか、みたいな悩みっていうのが結構、
親の立場としてはですね、結構あるもんだなぁと思ってて、 ちょっとね、この前面白い話題があったんですよ。
実は今朝、今日10月12日なんですけど、 私、毎週パパQっていう子育て、パパの子育て応援の
グループで配信とかをしています。 で、
毎週火曜日にね、昼休み収録とって、週末にちょっと配信するみたいな、 そんな感じでやってるんですけど、
今日出したその絵画ですね。 で、ちょっと面白い話があったんですね。
ちょっとね、細かい点はそちら配信に聞いてもらいたいなと思ってるんですけど、 今回はね、前半後半で少し話題が変わってて、
私は前半の方が面白かった。 前半は、
さっき言った、長い子と小さい子がいるパパさんが、 会社だかその組織の先輩パパさんに、
ちょっと子供のね、教育、何を習いましたらいいか迷っていると。 子供がね、やりたがらなかったりするみたいなところがあって、
どういう風にやってきましたか?っていうふうに聞いたらしいんですよ。 その上司だか先輩の方が、
結構思い詰めたような感じだったみたいなんですよ。 思い詰めるというか、真剣はすごくいいんだけどっていう感じだったらしくて、
そんなに気負わないで、気軽に考えてやればいいと思うよ。 子供が好きな、やりたいというふうに思った時に、
タイミングでやればいいんじゃない?みたいな感じのことをね、 言ったらですね、
いや今はそんな気楽にとか言ってる時代じゃないんですよ。 ちゃんと子供にも投資して、
子供がちゃんと育てたいって思ってるんですっていうような感じで、 逆に失跡されたっていうエピソードがあったっていうことを、
ちょっとメンバーの人から出てきましたですね。
ちょっとその言葉がすごく、 その場で言ったメンバーも多くて思ったんですよね。
子供に投資する。 投資するって言っても、そこはたまたまそういう言葉扱いになったのかもしれないけども、
ちょっと切羽詰ったっていうのが、 真面目に子供を何とかしてあげたいっていう親心っていうのはあるかなと思ったんだけど、
その中にどうしたらいいんだろうっていうのが分からない気持ちっていうのと、
それから答えた側の先輩の気持ちとしても、 そんなに気にしなくていいんじゃないっていう言葉についてですね、
私、今両方気持ちがすごく分かる感じがするんですね。
もう四時期を取り越して、今もう中高ですよね、高校生。
もう来年高校を卒業したらどうかするって言っちゃうような、 そんな時期に生きてますけども、
子供のために何かしてあげたい、何を経験させようかっていうのは、 やっぱりちっちゃい時よく思ってたんで、
っていうことを思った中でですね、 パパQの配信の中ではみんなでいろいろ議論が深まったんですけど、
後から私自分で考えて、すごい3つほど話したいなと思うことが出てきました。
1個は、やっぱりね、今となっては私は、
やっぱりそんなに思い詰めて何させなきゃいけないだろうって、 そこまで考えなくていいんじゃないっていう気持ちがあるんだけど、
それはなんでそんな風に言えるのかなっていうのを、 ちょっと今日のここで話したいかなと思ってます。
先輩側っていうのかな、経験した側として、そう思う気持ちはあるけど、
でもやっぱり今どうしたらいいかっていうふうに思っている、 その若いパパさんママさんにとって、
やっぱりどういう風に、それだけじゃ何も解決にならないというか、 参考にもならないですよね。
やっぱりどういう考え方っていうのがあるから、そう思えるのかっていうことは、
自分の経験として伝えないと、何も気軽にって言われたって、 それこそ本当に自分たちがやらなきゃと思っているんだっていう、
そこに気軽に言われば何もしなくていいのかって、 分からなくなっちゃいますよね。
そういうところを話したいなって思ったのと、
あとはちょっと1回じゃ話し切れないんで、
2回目で考えているのは実際に自分が子どもにどんな習い事をさせて、
成長して今どんな風になっているかっていうところみたいなのも ちょっと話したいかなと思っています。
具体例、事例っていうのがあると、それが正解じゃないけど、 参考にはなると思うっていうので、
やっぱり具体例があるといいかなと思うんですよね。
3つ目が、大丈夫、子どもなんてほっといても育つよっていうフレーズが、 その回の中でも後半、少し話題になって、
昔と今とでは意味合いが違ってくるよねって話があったんだけど、
ここの意味合いが本当に違うと思っていて、
結構社会情勢っていうのかな、 私が子どもの頃の昭和の平成初期の頃と、
やっぱり今とはでは違うなっていう感じがすごくあったので、 そこもちょっと話してみたいなと思っています。
で、ちょっと前置きが長くなっちゃったんですけど、
今日はその習い事とか四字教育ですね、っていうのをが、
どうそれを悩む気持ちは自分にも、私の時でもあったけど、
今は気軽に考えて大丈夫だって思うところの理由というか、っていう話なんですけど、
幼少期の遊びと習い事の記憶
私が娘、息子が15年前ぐらいに生まれて1歳くらいの頃に思っていたのは、
習い事よりもいろいろ経験させたいっていうのが自分の中にはすごくありました。
結果的にはあまりいろんな経験させてこなかったなって今では思っている。
思ったほどできなかったなって思っているんですけど、
でもそれでもいいかなって思うところはあるんですよね。
まずすごい経験させたいと思った理由は、やっぱり自分の経験なんですけども、
自分が子どもの時に親にいろいろさせてもらったなっていう記憶があるというか、
親といろいろやった記憶がある気がするんですよね。
結構ね、うち小さい時はあんまり友達とも遊んでたけど、結構家族ともいろいろやるほうでして、
父は結構仕事が遅かったんですけど、遅くまで仕事しているような感じだったんですけど、
休みとか自営業の自分で時間がある時とかっていうのは結構子どもを構ってくれたのかな。
父の印象は結構あるので、そうなんですよね。
子どもの中ですごく覚えているのが、おじいちゃん家に行った時の裏側の畑の近くというのかな。
うまく詳しい描写がしづらいんですけど、ちょっと高い段があって、そこから畑、
本来畑に入っちゃいけないんだけど、畑のふわふわした土のところに飛び降りるっていうのかな。
大人から見たら大した高さじゃないっていうか、ちょっとあるけどね。
どのくらいかな、1メートルちょっとぐらいですかね、1メートルから2メートルぐらいの高さなんだけど、
そこからちょっと飛び降りるんですよ。
飛び降りる、だんだんちょっと坂になっていて、だんだん高くなっていくのね。
そこから飛び降りるような形になっているところがある。
そういう遊び場じゃないんですよ、なんだけど。
そこでジャンプしてみようみたいな感じでジャンプして、最初はちょっと怖くて低いところでやったんだけど、
ある時一番上の方からジャンプしてドーンと落ちて、土だからそんなに怪我もしないし、体柔らかいから怪我もしないし、
でも最初はうまく力加減がわからなくてこけるしってなったんだけど、
なんか飛び降りれた、できたみたいな感じのことが。
あとは結構林じゃないけど、そういうところを散歩させてもらって、
父と妹と一緒に散歩している映像が頭に残っていて、
空き口だったんですけどカマキリの卵とかがあったりするわけですよ。
これカマキリの卵なんだよって言われてへーって感じになって。
持って帰って玄関に置いといたらちょっと暖かくなってきたら孵化しちゃって、
ワシャワシャワシャって子供が赤ちゃんが出てきて、
玄関10階カマキリだらけになっちゃって早いようなことになったとか。
なんかそういうのがあってですね。
なんかそういう体験あったんですよね。
あとはね、習い事もいろいろ、いろいろといっても私はそんなに多くなかったかな。
小学校の時にバイオリンを習っていたっていうのと、
幼稚園児の時には習い事とかそういうのなかったですね。
昔は幼稚園児時代くらいはそんなに多くなかったんじゃないかなって気がするんですよね、習い事。
他のうちしか知らないですけど。
あとは空手か、空手道を小学校の時やってたんかな。
妹は妹でピアノをやってたりとか、クラシックバレーをやってたりとか、
一緒に空手をやってたりとか、そんなのをやってたんですよね。
結構私はそれを自分で選んだというものが一個もなかったですね。
私がこれをやりたいといったものはなくて、親が見つけてきて、
聞かれた記憶もないけど聞かれたんだろうね、とは思うんですけど。
やってみるって言われてうんうんってなったんだと思うんですけど、
特に自分で考えていいしでっていうつもりはなくて、いつのまにか始めて。
でも面白そうだなと最初は思ったのかな。
ただバイオリンはすごくね、きつかったっていうか嫌だったんですよ。
バイオリンは結構弾ける方ではあったんで、自信にはなったりとかするんだけども、
でも何中どうかするのとか結構きつくて、親も経験があるわけじゃなくて、
親はちょっとだけやって欲しいんですよ。
1ヶ月かそこまでやめたっていう経験があるらしくて、
それでやらせたかったのかどうかわかんないんだけど、
でも父は音楽で人がいろいろ楽しくなるっていう場ができるっていうことにすごく、
自分は音楽できない人なんですけど、
母がですね、父にとって妻がピアノ弾けたりとかマンドリン弾けたりとかっていうのがあって、
あとお友達もギター弾けてるってことがあって、
家に呼んでね、演奏会みたいなことをして、その場で歌が発生して、
私も子供のとき、すごい小さいときそういう大人たちのギター弾いてるファンの中にいたりとかして、
そういう音楽でっていうのがあって、何か音楽をさせたいっていう気持ちがあったんだと思うらしいんですよね。
私はバイオリンやって、妹たちはピアノやってみたいなのがありましたけど、
私はでも小学校の6年生のときに病気になっちゃったんで、
習い事も含めて何もできなくなっちゃったんですよね、入院して。
だからどれも別に何かできるようになったとか達成したっていうわけじゃないんだけど、
経験は後から別の形につながる
今思うとですね、やっぱり音楽、楽譜が読めるとか音楽で弾ける、歌うっていう、
ただその経験なんですね。バイオリンをどうしたかっていうことよりも、
その経験がすごく良かったなっていうふうに思って、
今になってバイオリンはあんまりもう弾けないんですけど、
ウクレレ自分で買ってですね、ウクレレでスタンドFMの毎月の企画とかで、
昨日も毎月11日なんで、昨日も配信以降出しましたけども、
そういう歌を出した時に歌ったりっていう、そういう楽しみ方っていうのにつながったりもしてるんですよね。
空手もやめちゃったんだけど、中途半端なときでやめちゃったなっていう気持ちがあって、
高校で空手部入り直して、だけど弱小で別に勝てるとかそういうんじゃないんですよ。
そういうんじゃないんだけど、ただ私空手の型っていうのかな、
組手で戦うよりも型を演武するっていうのが私は好きで、
それは結構好きなんですよね。結構そういうのね、ダンスが好きだったりとか、
振り付けで踊るっていうのが結構好きだったりとかっていうのがあって、
そういうところに通じてたりとかしたりですね。
たまたまそこの弱小空手部で会った同級生たちとは、高校の時バカバカやってたんですけど、
今でも長い付き合いになってるとか、
なんかちょっとした経験ちょっとしたきっかけっていうのが、
大人になってからそれが何になるっていう感じじゃないんだけど、
なんかでも繋がってそこがなってるなっていう、そんな感じがあるんですよね。
なんか子供の時の経験ってそんなもんかなと思ってて、
何かをやらせたからすごく良くなるとか、
英語習っておけば英語で困らなくなるとかっていう、
そういう感じで捉えなくていいと思うんですよ。
つまり何経験しても経験してなくても別に大丈夫、別にいいというか、
やったことやってないこと、やってないことも含めてなんですよね。
経験してないことも経験してなくて誰かがやってるのを見てて、
子供の時はやらなかったけど大人になってから気になったら
自分で習ってみようって思うきっかけになったりとか、
全然知らない世界でずっと育ってこないとか、
そういうのも含めて人ってできてるんじゃないかなってすごく思ってて、
だから自分がやったことやってこなかったことっていうのは
それぞれあるけど何か繋がってる気がするし、
分かんないことは分かんないことでそれも個性になってるしっていうのは
思えるかなっていうふうにすごく思うんですね。
親が示せる出会いを大らかに提供する
だから旅行とか行かせたかったんです子供には。
いろんな経験とかいろんな知性的に見たりとか
こういうのがあるんだよっていうのを教えてあげたかったんだけど、
それは実際できなかったんですけど、
でも子供は子供で私とは違う時代に生きながら、
違う何かしらのいろんな経験を結局生きてるのか知ってるんだから、
それで何か感じてることあるよねっていうふうに思うから、
それで子供は何か感じていくでしょうっていうふうに
結構楽観的に思ってますね。
だからそんなに気にしなくていいよって私はすごく思うんですよ。
だからやらせてあげるのもいい、ただなんだろうな、
本人あんまり嫌なんだったら辞めてもいいんじゃないかなと思う。
だけど、とも思うし、私はバイオリン嫌だったんだけど、
嫌だったんだけど、じゃあ辞めるかって言ったら
辞めるのもなっていう感じになってたのもあるし、
なんかその辺もね、
要は何でもいいかなと思うんですよね。
辞めたい気もしたけど辞めるのも尺だったし、
でも練習つらいし嫌だしとか言ってるのが、
今ウクレレでワイワイやってる、勝手に毎月歌ってるなんかしちゃってるなんかして、
何が良くなって何が悪いかなんて分かんないので、
だからできる範囲でできることをやればいいかなって思いますね。
実際ちょっとこの次の回で話そうかなと思ってるのは、
自分の子供に、私が自分の子供たちに何してきたかっていう話。
それもやっぱり無理するんじゃなくて、
何かやらせなきゃっていうんじゃなくて、
本当にたまたまでやったものとか、
たまたまでできるからやったものとか、
もちろん子供がやりたいって言ったからやったものとか、
そういうのいろいろあるんですよ。
だからそれでやってきたからまあいいんじゃないっていう風に、
やっぱり今でも思えてるので、
すごく子供のことを思って将来困らないようにとか、
何か経験して何か自分の得意とか好きなことって見つけてほしいっていう感じで、
何を与えたらいいんだろう、
与えちゃダメなんだろうかっていうのに悩むのって当然だと思うんですね。
親御さんの気持ちとして、親心として。
やっぱり私も子供にやっぱりいろいろさせて、
習い事でもいいしそうじゃなくて旅行とか、
父みたいに散歩連れて行くとか、
そういうのでやらせてあげたいっていうのをむっちゃくちゃ思ってた方なんですよ。
だけど叶ってないけど、
それはそれでっていう風にやっぱり思うので、
あまり視線が狭くならずに、
大らかな気持ちで、
だけど親としては自分のできる、提供できる物事、
出会いっていうのを子供に示せればいい。
それをやるも続けるもやめるも、
まさかままでも別にいい物にするならするだし、
これ合わなかったなってことに気づくのもその気づきだし、
っていうのが多分あると思うんで。
その話題に出てた気軽ちゃダメなんですよっていう話って、
どういう気持ちなのかなってすごく思うんですけど、
そこまでこの子の将来がどうなるかは、
今俺たちの選択の責任になるっていうような程には考えなくていいかなって思います。
親の責任をどう考えるか
親の責任っていうタイトルでパパQで出したんですけども、
焦ると責任みたいなね。
やっぱり親の責任ってなんだろうってすごく考えた時に、
分かんないですよね。
分かんないし、だって子供生まれたって生まれた親どうするのって
生まれた瞬間でよく分かんないし、今だってよく分かんないし、
でもなんかやっぱり一緒に生活するっていう立場で、
よく見てあげてるっていうだけですよね。
その立場でできることをやってあげました。
そうだったねっていうことでいいんじゃないかなって最終的には思います。
だから親の好みで与えたとしてもいいと思うし、
子供の好みで見つけたとしてもいいと思うし、
たまたま出会ったんでもいいと思うし、
特に何もやってないんですよね、別に。
特に何もやってなくたって生きているからなんかやってるんで、
あるんですよきっと。
だからそういうところで悩む必要はないと思うけど、
どういうことをやったらいいかなっていうのは、
どういうものがあるかなって親でも調べてみて、
インスピレーションで選んでいいかなと思います。
というのが私の考えですね。
何か参考になればなとは思うんですけども。
ただやっぱりこうだったらこうですよねっていうのが欲しいっていうのがあると思うんで。
ちょっと次回は実際に今の子育て、
15年前から生まれた子供たちですけど、
に対してどんなことをやったら、
今こんな感じですよっていうのを、
このへん因果関係ありそうだなっていうのを
ちょっと紹介していこうかなと思っています。
ということで今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日となりますように。
高良でした。
それではまた会いましょう。
20:24

コメント

スクロール