00:01
はい、どうもこんにちは、たからんです。 今日ちょっと今お散歩してますね。お散歩配信ですね。お散歩配信じゃなくて、お散歩収録っていうのかな。
はい、ちょっとあのー、ちょっと梅雨の合間に、少し涼しい感じなんで、今日歩きやすいですけども。
あのちょっと一個前かな、あの大河ドラマの話を、話題を出したんですよね。 ちょっとこんな大河ドラマ好きなんですよって話をしたんですけど、その中でちょっと真田丸っていうドラマの
紹介をちょっとだけ、まぁ少しだけしたんですけど、ちょっとそれ話して思い出したことがあって、
あの真田丸のワンシーンから思い出した、ちょっとね、情報の伝わり方。 ちょっとね今のこのインターネットの時代と
生きる自分たちの感覚と、 あ、こんなに違うんだっていう思ったところっていうのを
ちょっと思ったシーンがあるんですよね、というのを紹介したいかなと思っています。
あのー、真田丸は、
真田信繁、あの真田ま、真田幸村っていうね、名前で有名ですけど、あの本当は真田信繁という名前なんですよね。
が主人公の話で、で、
そのちょっとね思い出したシーンが、そのだいぶもう最後の方ですね、あの関ヶ原の合戦の頃に、
その真田家は関ヶ原ではトヨト味方についたんですね。 トヨト味方について、で城が自分たちは上田城にあるんですよ。
上田城って長野県かな。長野県の北の真ん中辺だな。
群馬県から横に、え、群馬県から横にって言うのも変だけど、山沢を行ったところ辺りにあって、
で関ヶ原はね、もうちょっと西の方じゃないですか。
で、あの関ヶ原ぐらいでこう戦うことになるけども、後ろから徳川勢に来ては、後ろからこのね、
真田どっかが攻めてきて狭道になったりするともうめんどくさいことになるから、 真田を潰しておきたいんですよね。
それで徳川家忠、 家康の息子ですよね。二代将軍だったかな。
に、あの、 真田をうちをほこぶしてこいという命令が下って、
その上田城に攻め込んでくるんですけども、 真田家はすごい小さい、
徳川とかよく言ったら全然小さいんですけど、それでも城で、あと地略、徳井のこの地略を駆使して、
徳川勢を待ち構えて、で、それを撃退って言ったら追い払うんですよね。
でまぁ一気に、ね、徳川に攻めれば一気に叩き潰して、すぐに関ヶ原に合流するっていう予定だったのに、
なかなか倒せなくて、しかも反撃されてとかで結構痛手を食って、時間を食っちゃってってなって、
03:02
もう撤退して関ヶ原に行くっていう、諦めて行ったんですよね。
で、まぁ行ったけど、その家忠は間に合わなかったんですよね。っていう話ですけど、
で、見事真田が勝つと。
で、ちょっと思ったシーンがですね、その真田が勝った後の喜んでる、喜んで宴をあげてるシーンなんですね。
あの徳がやってやったぞって言いながら、こう酒を組み交わして、やったなやったなっていうふうに、
その日の夜だから、その次の日の夜だからね、やってると。
って言ったところに、早馬で飛んできた伝令の家来が慌てて入ってきて、入ってきたんですよ。
で、そこで関ヶ原にいて、豊臣で敗北みたいな感じの話が来て、
ちょっとタイミング的に、もう史実としてはどういうタイミングだったかはっきりは分かんないんですけど、
でもそのシーン見た時に、この脚本、三谷幸喜さんが作ってたはずですけど、
こういう見せ方するってすごく面白いなって思ったんですよね。
その時はもう徳川をやっつけて、もうやってやったぜあの大物をやっつけたぜっていうふうに喜んでた時に、
実はもう数日前に関ヶ原で本体の豊臣軍は負けている。
実はもう負けている。
負けているけど負けていて勝って喜んでいて、実はもう全員負けてたんですよね。
そのタイムラグが超あるんですよ。
あ、人の足で伝えるってこういうことなんだなと思いました。馬を使っても。
だから関ヶ原は数日前に始まっていて、あれも確か1日に終わっちゃった戦いですけども、
そんなんで終わっちゃって、負けているのに喜んでいた。
え?みたいな感じになってて、
こういう時間間隔の中でこの時代の人たちは生きてたんだなってすごく感じました。
そういうのを感じさせてくれる、演出にしてくれてたことがすごく嬉しくて、
あ、そっかって思ったんですよ。そんなことになるんだ。
それって今の時代はもうやっぱり考えられなくて、
ネットだったらもう当たり前瞬時ですし、自分が子供の頃ってまだインターネットなかったんですけど、
それでもテレビとか放送とかね、もうちょっと前だと電話とかで、
少なくとも離れた位置から離れた人や場所のことをすぐに知る手段はもうあった。
ある時代しか知らなくて。
そういう時間差の中での生活、そこに時間差があることも踏まえての行動とか準備とか、
06:05
そういうのをしているっていうことですよね。
なんかやっぱり全然違うよね、と思うんですよ。
で、そう思った時に、私はよく思っていることがあって、
特にインターネットっていうものが発達してからって、
人間の世界って変わったな、変わったんだよな。
テレビやラジオができた世代時代と、早生まの時代から比べたら全然変わったし、
電気信号とかで瞬時に情報を送れるという手段を手に入れたっていう、
とても変わったのがまず一つだし、
インターネットは何が変わったかというと、
マスメディア、ブロードキャストをするような、
どこか通信をするところが走ってみんながその情報を受け取るっていう形じゃなくて、
個別個別の情報を個別個別が瞬時に取れるっていう、
そういう世界になったっていうところが、やっぱり昔にはない基盤なんですよね、世界の。
世界が違うって感じ。
宇宙人みんなしか見えないと思うんですよ、その真田の時代から見たら。
そういう違いあるよねっていうことを思うと、
その時代の行動とは自分たちってどう違うと考える。
考えなきゃいけないかとか考えることになっているか。
本当にそんな昔じゃなくてもダメとかなかった、
ちょっと前の時代ですよね、昭和の時代くらいから比べて、
何がどう変わったのか、何が逆にできるようになったのかっていうことがあって、
そこに社会の形っていうのをうまく作っていけるかどうかっていうのが、
すごく自分の中で思っている課題感なんですけど、
情報の伝達の違いって多分人間社会でものすごい、ものすごい、ものすごい、
文化とか世界の変革、価値観、感覚、感じ方の変革っていうのを出すもんだなと思いましたね。
文字を残すっていう、洞窟の中の壁画から始まって、
パピルスに文字を書いたとかっていうことから始まって、
人間で情報伝達を声とかだけじゃないものでできるようになってきましたけど、
その技術と手段とその効果っていうのが、
物を伝えるっていうのが、ただ伝えるのが早くなっただけじゃなくて、
性質として物を伝えることの意味が変わっているっていうところを知ると、
09:05
なんかもう全然違うな。
今であれば、今やってることが、今やって勝ってる、勝つために一生懸命やってることが、
実は7日前に負けて意味がなかったみたいなことがあって、
たぶん怒らなくて、逆に何が起こってるんだろうみたいなことを考えると、
すごく面白いなって思っています。
なんかそんな感じですね。
情報の伝わり方の違いって考えるとものすごく面白くて、
ちょっとそういう視点でもいろいろ考えられたなって思います。
真田丸はそれだけじゃなくて、いろんなところ、いろんな場面が面白くて、
やっぱりその、
陽木幸村、主人公の信繁のお父さんですよね、真田正義だったかな、
がものすごく地略家で、下高な人で、
その親子のいろんな地略を巡らした生き様も面白いですし、
あと信繁のお兄さんですよね、信行が、
この人が、奥さんが徳川家の家臣の娘さんだったりするんで、
徳川家につくんですよね。
その親子兄弟が別れちゃってるっていうところもね、
なかなか考えさせられるものというか、面白くて。
最後、真田正義の子とか、正義と信繁の子は、
大阪の陣で豊臣味方で敗れちゃいますけど、
お兄さんの方は徳川に残って、その後ずっと結構長いこと、
松城のあたりだったかな、やっぱり長野のあたりを収めて、
結構いい殿様だったって話もあったりして、
歴史ってそういうのいいなみたいな感じもするんでね、
歴史とか絵画とか、やっぱりちょっといろいろ面白く見てますね。
はい、ということでそんなお話でした。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の一生に新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日となりますように。
宝谷でした。それではまた会いましょう。