先日放送した、まちのえんがわキャスト、シャンティ国際ボランティア会の山本英里さんにお越し頂いた回の振り返りをしました。 #ポッドキャスト #声日記 #ちえラジえんがわキャスト
- まちのえんがわキャスト#01 本の力を、生きる力に。(シャンティ国際ボランティア会 山本英里さん) - まちのえんがわキャスト - LISTEN https://listen.style/p/neighborhoodengawa/ihapxllk
- 図書館総合展 https://www.libraryfair.jp/
- SBCast.#159 人がいる限りエファは本を届ける(エファジャパン 鎌倉幸子さん) - SBCast. - LISTEN https://listen.style/p/sbc_yokohama/jvlriu2t
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サマリー
「まちのえんがわキャスト #01」でシャンティ国際ボランティア会の山本英里さんをゲストに迎えた回を振り返ります。シャンティの活動をエファジャパンと比較しつつ、物理的な「本」とメタファーとしての「本」の違いを考察。情報アクセスが限られる地域における本の力強さと汎用性を強調し、AI時代における本の新たな可能性についても語ります。
導入:まちのえんがわキャスト #01 振り返り
ちえラジChat、水曜日始まりました。今回はですね、まちのえんがわキャストについてということで、先日放送いたしましたNo.01シャンティ国際ボランティア会、山本恵里さんにお越しいただいた回、振り返りしていきたいと思います。
まちのえんがわキャストとしてのゲスト回は初回となります。
シャンティ国際ボランティア会の活動紹介
で、今回のシャンティ国際ボランティア会さんは、自分が時々話題に出す図書館総合展というイベント、
こちらのイベントでほぼ毎回じゃないですかね、顔を出していらっしゃる方です。
やってることも非常に学習支援的な絵本を紹介する活用する、そしてやっぱりそこを紛争地帯とかそういうのは国に送り届けるとかそういうようなことをやってらっしゃるっていうようなことで、
いろいろとお話をしていてね、何回も何回も話してるからっていうのもあるんですが、
一度ね詳しくこちらの配信の方で聞いてみてもいいなーっていうふうに思ってる団体の一つではありました。
ということでSBCast.と並びにお話を聞いてみようということで今回交渉してお話をさせていただきました。
エファジャパンとの比較と共通点
で、同じようなことをやっている団体は何度かSBCast.の中でも紹介をしていて、
ひょっとしたらなんかSBCast.で聞いていただいている方はなんかエファジャパンさんに近いなって思われている方もいらっしゃるかもしれません。
エファジャパンっていう団体の方もSBCast.の以前紹介をしていました。
人がいる限りエファは本を届けるということで、こちらもどちらかというと発展途上国、
紛争地帯っていうところではないんですけども、そもそも文字がある本があんまりない国とかに本を届けるっていうような活動されている団体です。
こちらになんか結構近いなっていうふうに思われた方もいると思いますし、自分も実際そう思いました。
「本」の概念における決定的な違い
でお話を聞いてみても結構共通点って多いんだなっていうふうに思いました。
ただ決定的に違うのはエファジャパンさんの本っていうのは結構なんというか本というメタファーのようなものであったなっていう感じがしたんですよ。
例えば形のないもの、デジタルデータ、例えばDAISYとかの読み上げ環境とかそういうようなものが結構主題になってくることも多かったかなっていうのに対して、
シャンティさんのおっしゃる本っていうのはあくまで本そのものっていうところなのかなっていうのが大きな違いかなというふうに思います。
ここは支援している国とか状況とかそういうところによっても結構変わってくるなっていう感覚がありました。
本がもたらす強い影響と感動
ただどうでしょう。お話を聞いてる感じだとやっぱり本っていうものを特にそもそもああいう情報源に関わる機会がなかった地域の方々がすると強いんだろうなっていう印象がすごくありました。
こちらについてはエファジャパンさんに話を聞いたときも結構動揺かなっていうふうに思っています。
あのときのことを思い出していてもやっぱり本によってパッと表情が明るくなるお子さんの話とか、
何かすっかり忘れてしまっていたとか何らかの状況があって封じ込めてしまっていたそんな気持ちに気づかされたり思い出したりするっていうのはそういう人の話っていうのがすごく印象的に出てきたなっていうふうに思います。
メディアとしての本の力強さと汎用性
そう考えると本ってすごいなっていうふうに思うんですよね。これは本当どこのメディアもそうなのかもしれませんけれどもゲームにしろアニメにしろドラマにしろ映画にしろ小説にしろね。
やっぱ何にしろそこから何かを感じ取るっていうことって結構あるんだなっていうのは感じます。
ただその中でやっぱりなんていうんでしょうかね、一番時間的な制約が短くてどこにでも持ち歩けてパッと見られるっていうのは本なのかなっていうふうに思います。
だからこそ例えば他のゲームとかアニメとかのコンテンツの再生環境がなくなってしまったとか、
あとはあるいはそういうようなものにもとより得られる環境がなかったというときに一番人間のプリミティブな感情に訴えかけやすいっていうのは本だったりするんだろうなっていうふうに思います。
仮にエファジャパンさんのおっしゃってたように文字が読めなかったり、あとはそもそもその国の言語の本がなかったりとかそういうことがあったりしても、
例えば絵で訴えかけるとかいろいろ方法がありますからね本って。
そう考えると本っていうメディアの力強さと汎用性の高さっていうのを改めて感じるところではあります。
語り手の本のパワーへの共感と自己認識
まあ自分も正直なところね本はあんまり読んでないというか全然読んでなかったりはするんですけれども、
まあこんないろんな図書館総合展のイベントに行っといてね、なんで本読まないの?っていうような感じになることあるかもしれないなっていう気はするんですけれども、
ただその割にはすごく本のパワーってすごいなって感じてはいるんですよ。
自分と全く異なる層の人にアプローチするってやっぱり本だろうなっていうふうに思う。
やっぱりそれはウェブのコンテンツでは全然ダメだし、ゲームとかアニメとかちょっとやっぱり時間かかりすぎてダメだったりするんだろうなっていうふうに思います。
表現媒体としての本の重要性と執筆経験
だから自分としても何か表現をするっていうのは本っていうのはすごく大事だなっていうふうに思ってはいるんですよ。
とは言ってもね、自分と同じ分野の情報を得るんだったらウェブコンテンツでいいじゃんっていうふうになりやすいので、
だからっていうので結構本読んでなかったりするってこともあるんですけどね。
まあでもそれはそれとして本当に本っていうものはすごいなっていうふうに思ってはいるんです。
自分も一応一時期本を書いてたりしてたわけですから、技術書、アプリケーションの使い方とかアプリケーションの作り方とかそんな本を書いてたりしてたわけですから、
やっぱりまたちょっとそういうのをやれてもいいなっていうふうにすごくは思ってはいるんです。
最近は全然書いてないですからね、なんか本を使ったいろんなアプローチってできるんじゃないのかなっていうふうに思っています。
AI時代の本のあり方と未来への展望
まあ自分も本を書いてた時は仕事をしてる途中だったり辞めて間もない頃だったりなんだかんだ言っていろいろあって、
まああんまり本をこれからどうやって出していこうとか考えてる余裕がなかった時期でもあったし、
やっぱり今になってAIとかそういうものが普及するようになって本というもののありようも変わってきたかなっていうふうに思います。
だから今の時代の本っていうのを改めてちょっと考えてみたいなっていうふうにちょっと思ってはいるんですよね。
まあ出版社さんとかもね、最近ポッドキャストやってたりしてるところもあるので、
今後お近づきになれる機会があれば本当は話してみたいな、その新しい形の本っていうのを考えてみたいなっていうふうには個人的には思っています。
まとめと次回の予告
というところで今日の話、これぐらいで終わりにしていこうと思います。
明日は木曜日、フリートーク、何かいいネタ持ってきてお話ができればと思います。
ではでは。
06:44
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