1. ヘビーリスナーtainakaの声日記
  2. 次のピークハント始めてます!
2026-10-17 29:09

次のピークハント始めてます!

訂正

清滝山を分県地図の山って言ってますが、誤りで

近江百山の山でした…失礼しました。

昨日までの、ヤマレコ全軌跡

↓行った後の軌跡!やっとつながりました✨

YouTube同名でやってます、チャンネル登録お願いします🤲

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

滋賀県米原市の旧中山道を歩き、ヤマレコの軌跡が途切れていた柏原宿周辺をつなぎ直します。高島トレイルと日立トレイルを終えた次の目標として、文献地図に載る山々のピークハントを始め、清滝山にも登ります。道中では北畠具行と佐々木氏、六角家・京極家の関係や、清滝寺の由来について語ります。山行用ザックの破損修理や、南蛮のダウンベストの修理・クリーニングから、道具を直して使い続ける文化にも触れます。清滝山からは鈴鹿峠や鯖街道など、近江周辺の峠道と県境の成り立ちについて考えます。滋賀県と岐阜県の境は集落の中を劇的な変化なく通過し、今須宿を経て関ヶ原へ向かいます。関ヶ原では合戦だけでなく、古代の不破関や壬申の乱に関わる場所、古代東山道の不破関資料館にも言及します。何度も歩いた旧中山道でも新しい発見があると話し、関ヶ原駅をゴールに歩き続けます。

旧中山道の軌跡をつなぎ清滝山へ
はい、おはようございまーす。今日は10月14日土曜日7時半ぐらいでしょうか。おはようございまーす。ちょっと久しぶりのポッドキャストになりまーす。はい、えー、ちょっと何してたかまた喋りますが、今どこを
歩いてるかと言いますと、えーっと、
滋賀県は米原市、旧中仙堂を歩いております。中仙堂、はい、中仙堂ですね。はい、えーっと、
サメ貝の駅を出て、サメ貝市区ですね。から次の東側、柏原市区の間を歩いてますが、なぜこんなことをしているかというと、山レコのね、地図を使ってまして、山レコの機能で、
軌跡をね、地図の上に起こせるというか、文献地図で赤い地図を書くように、こう、地図を、軌跡をね、起こせる機能があるんですけど、ま、大シガイチ前からずっと使ってまして、えー、だいたい1周、軌跡がついてる
んですが、実は去年というか、この春か、行った中の、この部分、街道筋ですね。
えー、両前山降りてからの、サメ貝市区からの、柏原市区の間、歩道なんで、山レコのアプリ使うまでもなく、普通に歩いたわけですけど、イコール山レコのアプリが起動しなかったもんで、赤い線がついてないんで、後で
まあ、押しときますけど、地図書けてるんですよ。
なんか気持ち悪いなと思ってて、せっかく行ったのにと、好きあらばと思って、また行こうと思ってたんですけど、それができたんで、こっち側に来てますと、いうところが、今日の趣旨で、この後最終的には、えー、関
原の祝まで行くんですが、ただ行くのは、あまりにももったいないので、ちょっとね、最近今ピークハントをやってますけどね、
おかげさまで、高嶋トレイル28座、この前に日立トレイル66座もクリアしたので、次は文献地図、66座っていうのがあります。各山のね、県ごとに実は、マップルみたいに出てるのがありまして、そこに66の山が
載ってるんですけど、まあ、39座と思うんですよ。
37かな、8かな、もうちょっと、ひっこ、前原エリアはね、あまり、ちょっと行かないので、せっかくなんで絡めて1座だけでも、行こうと思ってる中の、今日の工程となります。
はい、えー、サメ貝を出て5キロ近くなるのかな、もう一応、柏原、柏原の祝の西端まで来てるんですが、ここからちょっと鍛え上がりまして、
北崩け、ともゆき湖、お墓から清滝山っていう山をピークハンドして、また海道に戻ってね、歩いて、行こうかと思ってます。はい、そのね、角が、もう少し行くと、現れます。
ここ曲がって、これが、多分向こうがね、清滝山、清滝山で合ってると思うんですが、ちょっと超絶地元じゃないので、多分合ってるでしょうぐらいな感じで、すいません。はい。
えっと、前回アップしたのが、はい、左折します。ここ曲がるそうです。
北畠具行と佐々木・六角氏の歴史
えっと、出てるかな、はい、こんな感じですね。北崩け、ともゆき湖のお墓、柏原宿、って感じで、ここから脇道に入ります。
人の家が横になって、通り道ですね。
はい、えっと、このね、だってかこれ、ちょっと神戸離れてからね、北崩け、ともゆき湖というのは、えーと、南北朝の時代の、えー、武将、武将、工芸、武将、まあ微妙ない、ではありますが、その時代の人です。
北畑家、なんかね、南朝方、後醍醐天皇についた一族というイメージがあるかと思いますが、まあその方で、まあ南朝方なんで、北朝方、まあまだ鎌倉幕府は倒れてないのかな、ぐらいの動きの時代、まあ村町の北朝が
できる前ってことかな。
この最後の方、建武の忠孝が完全に出来上がる前かな、に行動されてたんだね。
えーと、この近くで、鎌倉幕府に殺され、これですね、もうちょっとさっかな。
殺されて、棄権されて、で、えーと、何か、逸話的な話から言うと、えーと、まあ、このエリアを治めていたのは、佐々木道洋と言われる、佐々木、大見返寺佐々木ですね。
えーと、脱線しますが、今近江八幡になりましたが、安土に佐々木神社というのがございます。
城楽寺、城楽寺ですね。
集落の南側にありますが、えーと、大きな神社でございます。
大見返寺の末裔じゃないな、寺神様、寺神様の佐々木、大見返寺の流れを汲むその佐々木道洋、鎌倉で有名ですね。
歌舞伎門みたいな感じです。
が、えーと、この友行の行いを褒めたたえ、ちょっと嘆願したそうです。
まあ、ええやんかと、ただ、まあ、そういうわけにもいい感じじゃねえみたいな感じで、まあ、時代なので仕方がないですね。
捕殺されて、殺されるわけですけど、ね、この先に宝鐘があるのかな。
そのなんとね、さらに北側に、えー、佐々木道洋系の、まあ、佐々木系というのは、結局、悪末前へ行きたい、ずことなく流れていくんですけども、
えーと、佐々木一族は、大見の南側を治める六角家、六角さだえるとか有名ですけど、と、北を治める峡谷家、まあね、屋敷が峡谷というところか、六角っていうところか、まあ、そうなったという言われがありますが、
よいしょ、そのね、一族の、ちょっと痛いと思いますね。
ゲートを開けて入ってねと書いてありますので、ゲートを開けます。
よいしょ。
えーっと、その、佐々木六角一族、ではない小六一族の五大寺。このお寺が、清滝山にまさにあるんですよ。
なんの因果か皆さんの繋がりの中に大身の国はあるというところでございます
はい
この上ですね
そしてこのまま行きますね
先を進めます
というところにこれから行きますが
この先か
この先ですねすいませんこの先です
北畑湖私はもうやめて
この下にねこっち側にありますね
わかりますかね
清滝寺が私の次の目的なので
そっち側に降ります
よいしょ
またその山のね
登山口あたりまで行ったら
おしゃべりしようかと思います
北岐防水城滝山の登山口に入ってきました
はい
ここなんかね
松明行事があるそうでございます
というところでございますが
この前撮ったのが
山道具の修理と新たなピークハント
大シガイチの来年のコースを勝手に下見する
ってやつだったと思うんですけど
そのね
あと何してましたかですけど
その前に
よいしょ
その前に
私のバッグがねその
勝手に
来年の大シガイチ予想資本のところで
壊れてしまいまして
ブルーパーバックバッカーズ
なんだっけな
はい
っていうところのやつなんですが
よいしょ
ガチガチになってますね
大シガイチの2020年の下見をするっていう時の
山の中で
私のザック
ブルーパーバックパッカーズっていうところの
ザックがですね
どこでやったかわかんないですけど
ザック本体の片口のところに穴が開いちゃいまして
多分何回かこけたんでねそこだと思うんですけど
えーっと
植田さんっていう代表かな
えーっと
餅月さんのいる
静岡の川根本町
辺りの方なんですけど
餅月さんがTJRで
無敵の4連覇
来てた頃かな
えーザック
それを使われてたっていうのを聞いて
2年くらい前かな
いや1年前か
オーダーしたんですけど
まあ1年間使ったわけですが
パックリ穴が開いちゃって
ちょっと直せるのかなーなんて思って
聞いてみたら
直せますよと
いうので
送ってましたっていうのは
先週ですけど
直せる文化って
いいですよね
私
南蛾
ここ地元のね
根袋で有名な南蛾
の
えーっと
ダウンのベストを持ってるんですが
南蛾のベストも
一個ボタンがね取れちゃって
直せるのかなーって
言ってたら
修理受けた回りました帰ったんで
送ったら綺麗に
それをね洗濯してもらって
えーっとダウン
ふかふかで帰ってきたっていうのがあるので
こういうなんか
日本人のいいところで
やはり差別化できるところ
じゃないかなーって思いますが
っていうのを
えーっとザック直してました
で先週3連休ですね
えーっとここで
あのですね
ナナさんに助けてもらって
中央分水で行こうと思ったんですけど
ちょっと
ようやって行きませんでした
またねちょっと助けてくださいってことですね
っていう週末があって
今週です
先週はだから
ちょっと中央分水で行けずに
ひらひらにちょこっと
行きましたからですね
えーっと
清滝山と近江の峠道・県境
今週はここのね
えー
清滝山を登って
文献
文献地図マップ
66座を
見ます新たなピンクハントを
始めております
このね清滝山
のあるのは
えー
清滝
どういうのかな
清流山かな
清流山
徳願寺
徳願寺
徳願寺が
っていうお寺がさっき言った
峡谷家の
御大寺なんですけど
山附所に囲まれた
意外にもなんか
奥の院みたいな
イメージで
峡谷家の家風みたいな
感じをしますが
あまり
奥義の人じゃないと奥義の人でもか
佐々木家の
六角と
峡谷の関係性は
あれかもしれないですけど
六角家が
南奥義
神佐喜郡
湖西は
滋賀郡から南なのかな
御陵地都市
北奥義
越地郡犬神郡
から北ですかね
高島郡まで
領域を
もらって
分岐したと思うんですよね
峡谷家が
分岐しました
室町家においては
六角家の方が
勢力は絶大で
何回も
将軍をね
脅し入れるために
かくまうためか
努力なんかしてますが
ただもう
兵庫区は
空下化してしまって
このあたりは
すでにもう
マイバラのあたりね
どっちかというと
現在の時刻は
7時50分
標高は265メートルです
しんでーな
どっちかというと
兵庫区は
阿財に
このあたりはしてやられて
空下化して
ほぼ
武力は持ってなかったんですけど
まあね
織田に潰されて
阿財はなくなりますが
兵庫区家は
区下宗に近かったので
えっと
多分ですよ
秀吉の御伽宗として
生き延び
さらに正義原の戦いでは
えっと
早々と当軍に
入りとくわけですね
駅流れて
抜幕まで
藩主として生き延びます
なので
戦前は貴族だったと
思います
貴族 後族か
なんだあれ
家族か
というのでしぶとい
一族
です
今も
ご子孫もあるんですかね
そんなことを思うと
あれですけど
いや死んでーな
という清滝山を
登っております
ちょっと登り終了します
大見と伊勢の間は
鈴鹿峠って呼んだ
荷物を
持って上がるのは大変で
鈴鹿峠を超える
馬子だったっけ
歌が有名になったりとか
あと若狭へ抜ける
鯖街道も
峠道ですし
越前敦賀抜ける
木の目峠とか
清津街道も
全部峠道なんですが
ここだけですね
秘密 峠ではなくて
山とも山は
こちらも
迫っているんですが
あれ
迷信です
いわゆる本当の
安武の
何もないところ
さらにすごいのが
県境
さっきも言いましたが
県境はもともと
滋賀県じゃなくて
日本人の肌感覚で
この辺りが一日行ける範囲よね
的なところで
県っていうのは
もともと
繁を継いでひっついたり繰り返したりしますので
わかりやすいのが
埼玉で東京都と
同じ
武蔵の国でありながら別れたりとか
秘前の国の
佐賀と中崎は別々みたいな感じで
県はちょっと
もともとの国とちょっと
ニュアンスが違うところもあったりとかするので
あれなんですけど
この国境は
生活圏的な
ところがあるので
そういう中でも
だからちょっと
分かれてる
はずなんですが
全く真横にお家があると
いうところが
滋賀県では唯一ここですね
物語の外
滋賀県側は長丘寺
っていう
村
岐阜県側は
今図であってると思うんですけど
っていう感じ
の
収録が
もう少しすると
現れます
本当は
これ飯です
滋賀県から岐阜県、今須宿を通って関ヶ原へ
これが旧中川
近づいてはもっかいしゃべります
旧地という地域に
入ってきました
もうね
すぐそこです
すぐそこです
滋賀県から
岐阜県に変わるんですが
もうちょっとなんかね
劇的な変化
登ったぜとか
やれやれ感が欲しいところでは
あるんですが
何もございません
このまますっと入ります
待ち歩きをしますね
あそこ
21号です
比較的このあたりが
高いので
このあたりで
岐阜県に入ってもらうと
そうなんですが
滋賀県なんですね
ここ滋賀ナンバーです
滋賀ナンバーです
ちょっと
ここらへんから
なだらかに
下がっていくんですが
まだまだその
長丘寺
岐阜地域
この先にね
お土産屋さんもあって
田舎の
いわゆる
集落だなーって感じが
続きます
21号線ですね
まだまだ行きますよ
そこが旧会場です
見えますかね
今自転車がいるの
あそこが
栗坂井ですね
わかりますかね
ここで
ずーっと
まだ滋賀県ですよ
滋賀県
いいですか
まだ滋賀県です
滋賀県です
これで物語の
里の由来で
いいですか
まだまだ
ここも
滋賀県なんですが
はい
ここが
岐阜と滋賀の境です
こっち長丘寺
こっち
今津です
あれ
みたいな
方向ですね
ということで岐阜県
ここら辺で車が
見えますが
ちょっと
そこに大塚って工場があって
たくさん
岐阜ナンバーが止まってるんですけどね
今津市区
はい
今津市区ということで
あと今滋賀県から
一軒です
あと今です
あれみたいな
どうですかね
なかなかない雰囲気
下がってますが
トップから下がってるわけではなくて
県境でね
すごい不思議な感じで
あっという間に関ヶ原です
今津市区
があります
そして関ヶ原市区
なんですが
これ
ちゃんとした確か
宿場話だったんだから
わかりません
柏原の宿の先は
もうちょっと多分ね
樽井辺りまで行くはずなんですよね
まずは宿場だったのかな
ちょっと怪しい
なぜかというと峠の前後
大したことないんじゃないか
なので
ちょっと僕も知識が怪しいですが
はい
そんな滋賀と
岐阜ナンバーでしょ
はい
関ヶ原です
ここら辺から
関ヶ原の
中に入ってきました
今津を抜けて関ヶ原町の
関ヶ原
さっき話してた中で
今津もちゃんとした
宿場でした
今津市区は人がたくさんいたので
おしゃべりとか
ビデオはやめましたが
不破関と古代東山道の痕跡
関ヶ原に入ってきましたが
中銭堂の中で
関ヶ原
合戦として有名ですが
その前に
喋っておきたいことが
一個あります
それは
大谷吉津中とか
あるんですけど
これね右へ行くと
あれなんですけど
古代山石の地の
裏の石が
ここら辺なんですね
大シガイチでも
触れましたが
古代山石
そこは
原地の石ですね
鈴鹿の石
これが
大シガイチに絡むんですが
フワの石はね
完全に岐阜県なので
来なかったわけですが
全然まだね
関ヶ原の戦いの
あれがありますが
人心の乱
青之ヶ原
だったかな
っていう戦い
の戦場に
この上のあれがそうです
フワの石の資料館になりますが
古代山石の
フワの石が
ここにあったと
言えるところ
です
ガスレットっぽいの
あるのかな
今日のゴールは
関ヶ原駅なので
もうちょっとです
このルート
4回目か5回目
ぐらい歩いてますけど
何回歩いても
いろいろあってね
面白いですよね
古代のなんかいろんなのが
日々乱れておりまして
フワの石
はい
その
歩くたんびにたんびに
なんか新たな発見があって
うーん
日本のね
色々な節目節目に
登場する
東西のね
狭間みたいなところなので
うーん
それも
東海道は
結構
この
ちょっと実は
関西から滋賀県の場合は
外れるので
古代はやっぱり
仙堂じゃなかったのかな
なんて思いますけどね
よいしょ
っていう感じで
よいしょ
って感じで
フワの石も
ね
しっかり残ってる
このフワの石は
どころじゃないかなと思います
じゃああとはゴール
関原の駅を
目指します
よいしょ
29:09

コメント

スクロール