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#278(s29-20)マクドナルド誕生前夜〜ハンバーガーショップ大ピンチ①〜
2026-07-14 42:30

#278(s29-20)マクドナルド誕生前夜〜ハンバーガーショップ大ピンチ①〜

「McDonald's」という苗字は、実は「マクドナルドさんちの」という意味だった——。世界2万店舗を超える巨大チェーンの創業者は、アイルランド移民三代目の兄弟でした。父は靴工場で40年勤め上げるも、大恐慌で無情の解雇。労働で人生を積み上げても報われないと悟った兄弟は、システムに従う側から作る側へ回ることを決意します。飛び込んだのは映画産業、そして次に始めたのはまさかのホットドッグスタンド。車社会の到来を見抜き、ルート66沿い、競馬場の隣という「人が集まる場所」を選び抜く商売勘。まだハンバーガーは影も形もありません。今日知るマクドナルドの姿にたどり着くまでの、知られざる原点の物語です。

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サマリー

このエピソードでは、世界的な巨大チェーン「マクドナルド」がどのようにして今日の姿に至ったのか、その知られざる原点に迫ります。マクドナルドという苗字は元々「マクドナルド家」を意味し、アイルランド移民三世の兄弟が創業しました。彼らの父は靴工場で40年間勤め上げたものの、大恐慌で解雇され、労働だけでは報われない現実を目の当たりにします。この経験から、兄弟はシステムに従う側から作る側へと転身することを決意。当初は映画産業に飛び込み、その後ホットドッグスタンドを開業しました。車社会の到来を見越し、ルート66沿いや競馬場の隣といった「人が集まる場所」を選び抜く彼らの商才は、後のマクドナルドの成功の礎となります。まだハンバーガーが登場する前の、彼らのビジネス哲学と初期の挑戦が語られます。

マクドナルドのイメージ形成とビジネスの原点
食べ物の世界を探求する食べ物ラジオの 掛茶料理むとう・むとうたくろーです。
むとう太郎です。 このラジオは、少し変わった経歴の料理人兄弟が、食べ物の知られざる世界を ちょっと変わった視点から学んでいくラジオ番組です。
ということで、前回からの続きです。 はい、で、今回は、今日はマクドナルドの話しますよ。
マクドナルド、ついに。 ついに、ついにですよね。
もう、ハンバーガーをやってるかどうか忘れちゃってくれる。 ただね、もう前回から、ビジネスラジオじゃねえのみたいなぐらいに、ビジネスの話ばっかりはしてるんですけれども、
マクドナルドという巨大チェーンの発達は、我々のハンバーガーに対する認識を大きく変えてしまったんですね。
ああ、そうなの。
いろんなハンバーガーがあり得たわけですよね。
で、今まで見てきたように、いろんなバリエーションがあって、パティの中に玉ねぎが入ってるとか、野菜が混ざってるとかも別にいろいろあったわけですよ。
あったね。
ところが、我々が知ってるハンバーガーってこういうものだよねっていうイメージありますよね。
それってほとんどマクドナルドとかそれに追随するような多くのハンバーガーチェーンによって形成されてるんですよ。
つまり、どんどんどんどんシンプルになって、ある一つの型みたいなものに集約されていく。
型。
効率のいい製造方法みたいなのがだんだん修練していくわけですよね。
そうすると、修練していった結果、だいたいこのパターンの枠の中に落ち着くよねみたいなことってあると思うんですよ。
それを大きく推進したのはマクドナルドだけではないんですが、特に顕著に目立つのはマクドナルドという巨大ハンバーガーチェーンですよ。
マック以外のやつってバーガーキングくらいしか出てこないんだけど。
本当ですか。
モスバーガー?
インアンドアウトとかジャックインザボックスとかワタバーガーとかフレッシュネスバーガーとか。
結構あんねん。
いっぱいあります。
日本だとあんまり馴染みがないのが多い。
日本に進出してむちゃくちゃ広がったっていう意味でいくと、やっぱマクドナルドが一興ですよね。
そうだよね。
バーガーキングですら日本に上陸して一回撤退してまた来たって感じですからね。
やっぱりちょっと桁が違いなっていう感じはします。
どこに行ってもあるイメージなのがやっぱマックだね。
だって世界で何万点とかですよ。
そうなんだ。
1万とかじゃなかったはず。2万点を超えてたはず。
マック指標とかあるよね。
ありますね。
だって何がおかしいってビッグマック指数ってあるじゃないですか。
確かに。
あれは世界中どこに行ってもだいたいマクドナルドあるよね。
ビッグマックの価値はみんな均一だよねっていう前提になり立ってるわけですよね。
そうなるよね。
同じものがいくらで売られてるかって話なんで。
これが成立する巨大チェーンってなんだこれって話ですよ。
確かに。
ということでマクドナルドという巨大ハンバーガーチェーンができるまでのストーリーを
ちょっと今回だけ多分終わらないので次回も含めて歴史を遡ってじっくりやっていこうかなと思います。
これも今回では終わらない。
終わらないです。
せっかくなのでただビジネスの話しててもしょうがないんで
どういう背景から彼らが登場してきたのかその辺から始めていきたいと思います。
マクドナルド兄弟のルーツとアイルランド移民
知ってると思うんですけどマクドナルドって苗字なんですよ。
そうなの?
そうですよ。
マクドナルドが苗字?
はい。
マクドナルドってよく見るとマクドナルドDで終わりますよね。
その後にアポストロフィーSついてますよ。
お?アスポトロフィーS?
うん。カンマSみたいになってますよね。
そうだの?
後ろにSくっついてるのはあれって誰々さんのって意味ですからね。
あ、確かにロゴマークそうだね。
でしょ?
マクドナルズなんで。
確かに。
本当はね。
マクドナルド産地の何々っていう意味です。
あ、そういうこと?
はい。
だから私たちの料理屋がカチャ料理無糖って言ってるじゃないですか。
無糖屋みたいな感じでマクドナルド屋って感じ?
ああ。マクドナルド産地のハンバーガー屋。
そういうことです。
実際途中で後で紹介しますけど、
マクドナルドフェイマスバーベキューっていうレストランの名前で商売してる時期がありますからね。
フェイマスバーベキュー?
フェイマスバーベキューって有名なバーベキューですよっていう意味ですよね。
まんますぎるね。
まんま。
まんまだね。
それはマクドナルド産地のっていうのが冠につく。
そうなんだ。
そんな感じです。
つまりマクドナルドというブランドはマクドナルド産が始めたわけですよ。
まあそうなるね。
で、超有名ですけど兄弟で始めました。
お兄ちゃんがモーリス・マック・マクドナルド。
モーリス・マック・マクドナルド。
ミドルネームが入るからね。
ああ、はいはいはい。
あとリチャード・ディック・マクドナルドが弟。
リチャード・ディックなんだ。
はい。
本によるとマックとディックで書かれてたり、別の本ではモーリスとリチャードって書かれてたり、
どっちで書くんだよって。
ファットネームかミドルネームのどっちかにしてくれよってなるんですけど。
確かに。
困るんですよ。
いやマクドナルドのなんか略でうちらマックって呼んでるからややこしいよね。
ああそうね確かにね。
まあマクドナルドのマックは間にA入んないからね。
MCだから。
ああMC表記なんだ。
確かそうでしょ。
見たことあるかもしれんぐらい。
この苗字の頭にMC入ったらだいたいもう出身がわかるんですよ。
アイルランドです。
アイルランド?
アイルランド系が多いですやっぱり。
へえ。
だからハリーポッターに出てくるマクゴナガル先生とか多分アイルランド系なんじゃないですかね。
ああはいはいはい。
おそらくですけど。
ああそういうことなのか。
はい。
まあルーツは2人ともお父さんが生まれたのがアイルランドです。
で移民なんですよね。
へえ。
うん。
ほんとねお父さんはパトリックマクドナルドさんなんだけどこの人が本当に子供の頃にアメリカに移民としてやってくるっていう感じですね。
うーん。
これこのシリーズの結構前の方でやったんですけどなんか移民って何パターンか段階があるよって話したと思うんですね。
うんうん。
で途中で旧移民っていうのが出てきてその後に新移民っていうのが出てきたんですけどパトリックさんのお父さんつまりマクドナルド兄弟のおじいちゃんとちっちゃい子供のパトリックお父さんはジャガイモ基金の時にやってきてます。
ああジャガイモ。
あれの影響を受けてその直後ってわけじゃないですけど少し置いてでアイルランドを出てアメリカに新しい安定した生活を求めて夢と希望を持ってやってきたって感じです。
ああ確かにジャガイモシリーズの時にやったね。
やりましたよね。
やったアメリカ行ってたわ。
ニューハンプシャーからカリフォルニアへ、映画産業への挑戦
はいそして前々回ぐらいにジャングルの話しましたよねアプトン・シンクレアが書いた本。
ああジャングルね。
とんでもない環境で働かされてるよ肉工場でみたいな話ししましたよねああいう感じでやってくるわけですよアメリカにやってきて彼らはシカゴに行ったのではなくてニューハンプシャーシューどこかわからんやろ。
わかんない。
右上の方。
右上か。
ざっくり言って。
ニューヨークほどまで行かない?
ニューヨークの北。
もっと北か。
うんボストンの方ポーツマスとかねポーツマスジャガイアクで有名になってるけど。
名前は知ってる場所は知らん。
ポーツマスの西70キロボストンのさらに北西80キロぐらいのところ。
ああ北西なんだ。
つまり初期13州の一つですよ。
ああまだ分裂というかいろんな国が侵略じゃないけど有実だった時のこと?
分かりやすく言うとイギリスがアメリカ大陸に植民地作りますよね。
でニューイングランドって植民地作りますよね。
作ってたね。
そこ。
そこか。
それの北の方。
はいはいはい。
なのでもう完全にイギリスの影響を受けてるからどんな産業が発展してるかっていうと繊維産業。
繊維?
繊維織物糸。
ああ船じゃなくてね。
そっちじゃない。
なんで繊維産業って一社を量産するんだよ。
ちょうどさっきタンカーの記事を読んでたよ。
あはははは。
ちゃうちゃうちゃう。
あのイギリスの産業革命ってもともと毛織物からスタートするんですよね。
ああ毛織物ね。
機械化したりとかしていくので。
でそれをニューイングランドにコピーして持ってきてそこで工業化するわけですよ。
ああ確かにイギリスそうだったね。
でそれがニューハンプシャー州で発展していてそこをめがけてマクドナルド家は移民としてやってくる。
みたいな感じですね。
でおじいちゃんはどこで働いたか知りませんけどお父さんのパトリックは結構子供の頃からずいぶん若い時から工場労働で働いていて
この時代はね学校に行くとかそういうのではないんでとにかく労働する。
労働感。
で特に移民ってのは厳しいですからとにかく安定した生活を得るために頑張るっていう感じなんですね。
分かってるのは資料すごく少ないんですけどお父さんのパトリックは靴工場で働いていたそうです。
靴工場。
もうね地道にコツコツ真面目に働くとにかく真面目に働く勤勉な人。
でもものすごく長年働いて40年くらい勤めたのかな。
ほんとに目一杯だね。
で長年従事して主任クラスになりましていわゆるマネージャーですね。
シフト管理しますとかそういうくらいまで出世していったような人です。
でこの息子に2人のマクドナルドつまりお兄ちゃんのモーリスと弟のリチャードがいるわけですね。
彼らはあのなんだろうね時代なんでしょうね勤勉に行かないんですよ。
勤勉に行かない?
そんなに勤勉に我々の今の現代日本でいうところのサラリーマンビジネスパーソンみたいに
一つの企業に勤めてコツコツ頑張るみたいなタイプではないです。
あー違うんだ。
はいで実はこのマクドナルド兄弟をはじめ他の同世代の方々は結構ね飛び出していく人多いんですね。
へー。
これは何でかっていうと報われないからなんです。
報われない?
勤勉に働いてコツコツ頑張って出世していても現代と同じですねブーカの時代には報われるかどうかがわかんないわけですよ。
そうなんだ。
何が起きるかわからないそういう時代に突入していく頃なんですね。
へー。
はいでお兄ちゃんのモーリスマクドナルドは高校を卒業して少し経ってからもう24歳の時かな
ニューハンプシャ州を飛び出していきなり西海岸に飛びます。
西海岸に飛ぶ?
はいだから東海岸の端からジサを飛び越えてカリフォルニアのロサンゼルスに行くんですね。
あーずいぶん遠いね。
だいぶ遠いよ。
だいぶあるよね。
確かアメリカってジサ4時間ぐらいじゃないって。
あーそんなる?
西と東で確か2時間…いや2時間ではないな3、4時間はあったはず。
まあ地図見るとありそうだよね。
もうめちゃくちゃ広いですからね。
僕もアメリカにいるときテレビ番組の放送欄がいろんな時間書いてあった気がする。
おー。
ここにねちょうど世界地図があるんで見てもらうと結構距離ありますよね。
あるね15度で1時間って確か覚えてきた気がするから。
多分3、4時間は軽くあるはずです。
あるね。
でそのぐらいの距離を飛び越えてロサンゼルスに行って何をしたか。
はい。
映画スタジオで働き始めるんです。
映画なの?
映画なんですよ。
えーいいな羨ましい。
でもね多分ねその翌年にはちょっと先に言っとくとその翌年に弟のリチャード・ディックがちょうど高校卒業するんでそれに合わせてお兄ちゃんの後を追っかけて同じ会社で働き始める。
あーそうなの追いかけるんだ。
年齢差6歳あるんで。
へー。
でマックはもうとっくに成人してるんで行くんですけどお兄ちゃんは。で弟は高校生の時だったんで卒業したらすぐ追っかけて行くという感じなんですけどこのね映画産業に対する感覚が今の僕らとちょっと違いますね。
違う。
うんまだね映画産業後のハリウッドという巨大映画産業に育つんですけどまだね産声を上げてこれから伸びていくっていう感じ。
あーそうなんだ。
よっしゃ伸びてくぜって言ってもうグカカカカってきてる感じの時代。
あーそっかまだ白黒だろうしね。
うんまだ今のいわゆるThe Hollywoodの映画館だらけ映画スタジオだらけ映画会社だらけみたいになり始めたぐらい。
へー。
あのまだちっちゃい頃。
ほうほうほう。
ユニバーサルスタジオなんかもちろんない。
あーまあそうだよね。
であのカリフォルニアの映画産業の元になった場所とかあとウォルトディズニーの撮影スタジオとかありますよね。
あの辺がほとんどがまだオレンジ農園だった時代ですよ。
あそこオレンジ農園なの?
そうなんですよ。
そうなんだ。
あそこねアメリカってカウンティーってあるじゃないですか。
大恐慌と父の解雇、システムを作る側への転換
まあ日本語に直すと何々軍みたいな感じ。
でなんちゃらカウンティーなんちゃらカウンティーって軍の名前がついてるんですけど。
ユニバーサルスタジオのキー名確かオレンジカウンティーじゃなかったかな。
オレンジカウンティー?
オレンジ軍。
オレンジ?
オレンジ。
まんま?
オーレンジ。
カリフォルニアンオーレンジですよ。
逆に他は知らんねん。
もうそのぐらいオレンジ産業が元々あった場所。
でその畑をだんだんだんだん潰していってで町になって映画産業が勃興していく。
オレンジ無くなっちゃう?
無くなっちゃう。
無くなっちゃう?
それはさ日本でも一緒やろ。
茶畑が潰れる、水田が潰れる町になるとかあるじゃないですか。
あるね。
一緒。
じゃあお茶も無くなるのかな?
いや無くなってほしくないけどね。
当時の映画産業に行くっていうことは少し前に言ったらシリコンバレーに行くとか
今でもIT業界に行くとかそういうイメージに近いと思っていいと思いますね。
そういう感じなんだ。
で1926年1927年。
27年ってあれですよちょうどホワイトキャッスルがですね大ブレイクを始める頃ですね。
テイクアウトキャンペーンを打つのが1927年ですから。
1927年?
はい。
ベイブルスがホームランを打ちリンドバーグが大西洋を飛び。
あの例の方の時代ね。
はいまさにその時代に弟のディックがカリフォルニアに行くと。
その時期にカリフォルニアでは映画産業が暴行してくるという感じです。
でよっしゃこれで俺も映画産業行くぜって思ってたら
もちろん彼ら若いんで頑張るんですよ。
ただ2年後に世の中が大変なことになるんです。
1929年もう勘のいい方は分かっていると思いますよ。
金融恐慌です。
金融恐慌?
取り付け騒ぎです。
取り付け?
取り付け騒ぎ要は銀行のシステムがぶっ壊れず簡単に言うと超デフレスパイラルに入るんで
そうすると自分のお金の価値がぶっ壊れたりとかするんで
取り付け騒ぎっていうのは預けてたお金を全部引き出そうとするんですよね。
あーはいはいはい。
でも信用創造って言って
金融機関っていうのは自分のところに例えば100お金があったら300まで貸し出しをしてるんですよ。
大体3倍くらい。
でも全員が一気に引き出すことしないからそれで回っていくっていう
お金を増幅するっていうのが金融機関の機能の一つなんですけど
もし万が一手持ちの100を0まで減らされたら
0×3は0なので信用創造が働かないから銀行が破綻するんですよね。
確かに。
で当然貸し付けしてたら今度貸してる会社からお金を引き上げてこないと回らなくなりますよね。
そうすると会社は潰れます。
そうすると本社が潰れる前にまず支店から畳んでいきますよね。
そうするとヨーロッパに出してた支店も潰しますよね。
まず先にアメリカ本社だったらね。
そうするとこの時代もうすでにアメリカが経済の中心みたいになってますから。
でヨーロッパの支店がバタバタバタっと実際潰されていくんですよ。
これによってアメリカの金融強行がヨーロッパに飛び火をして
これが1931年世界強行って教科書に書かれてるやつ。
大強行になっていく。
こういう時代なんですね。
そうなんだ。
この時代実際マクドナルド兄弟にはあまり関係がないです。
関係がないね。
だって下働きしてコツコツやってる舞台を作ってる人大道具さんとかそんなレベルだったりするんで
そんな関係ないんですよ。
産業自体は盛り上がってるんで強行があっても産業自体は崩れてないそんなに。
もちろんダメージはありますけど。
経営者はやばいけど下働きはそんなにね。
まあそうじゃないですか。
僕らだって若い時ってね。
一番大きかったのはお父さんのパトリックがここで解雇されるんです。
まだ働いてるんだ。
まだそんなに年おじいちゃんというわけじゃないですから。
さっき金属年数40何年って言いましたけど
13歳とか15歳とかその辺から働いてるぐらいの感じなんですよね。
まだ50代半ばぐらいで急に解雇されてしまう。
この時代解雇されたらもうアウトなんですよ。
雇用保険とかないんだよ。
年金も出ないバツンと切られてはいさようならっていう感じ。
定年退職とかなさそうだよね。
ただのリストラ。
バンって首切られておしまい。
彼らは学ぶんです。
先ほども言いましたけど
コツコツコツコツ積み上げて頑張っていってもこういうことあるんだねって。
システムの中でどんどん出世して実力をつけて地位を上げていっても
システムが崩壊したらダメじゃないですか。
それを裸感覚で学んでしまうんですね。
ということで彼らはどうするか。
システムの中で報われないんだったら
システムを回す側、作り出す側に回ればいいっていう発想になるわけですよね。
その通りなんだけど。
おっしゃる通りじゃないですか。
だからといってその簡単には普通はできないんですよね。
だって下技歩きのまだ時代じゃない。
そこからそこに思ったとてできないよね。
と思うじゃないですか。
これ正確な年数は分かってないんですけど
おそらく1930年から32年の間ぐらいのどこかで
二人は貯金を使って小さな映画館を買います。
映画館を買うの?
映画館を買っちゃう。
上映する側に回ってオーナーになるんですよ。
今度人を雇用するんで
雇われていってもバーンて切られるぐらいだったら
自分がシステムを回す側の
ちっちゃいけど一員になれるわけじゃないですか。
まあ確かに。
なのでお父さんの持つ勤勉さとは
違うベクトルで勤勉さを発揮しようとしていくんですね。
っていうのがこのマクドナルド兄弟の考え方の基本です。
カリフォルニアの発展とビジネスチャンス
全然まだ職の話に行ってない。
まあ映画館だもんね。
行ってないんだけど
彼らは何を考えてるかっていうと
ビジネスで成り上がっていくっていうことがメインなんですね。
職なんかどうでも言っちゃうとおかしいけど
あんま気にしてないですね。
まだ虹も出てきてないから。
なんでこういう発想になっていくかっていうのと
それはちょっと話しましたけど
こういうビジネスでなんとか生きていこう
システムを動かす側に回っていこうという人たちが
ワンサとカリフォルニアに集まってきた時代でもあります。
だからこの後ですね
戦後になりますけどもっとずっと後ですね
カリフォルニアからいっぱいいろんなスタートアップ的な人たちが出てくるんですよ。
ベンチャーやらスタートアップが。
それはねカリフォルニアという都市自体、州自体
特にロサンゼルス自体が
そういう人たちの集まりで形成されている。
これはねカリフォルニアの歴史を調べると
とてもよくわかるんですが
カリフォルニアの歴史を話し出すとですね
1500年代ぐらいから話をしなきゃいけないので
プラス3は言っちゃうんですよ。
まあまあ細かいからね。
ざっとカットしますが
まず簡単に言うとね
カリフォルニアってもともと砂漠地帯ですよ。
特にロサンゼルス近辺っていうのは
今回は南カリフォルニア、ロサンゼルスからサンディエゴ辺りを中心に話しますが
南カリフォルニアっていうのはほとんど砂漠でしたと。
何もないので
当時まだ昔々メキシコだった頃なんかも
一応集落とかできるんですけど
そこは布教の拠点みたいな感じだったよね。
別に何の生産価値もないから。
だって砂漠だもん。
でも人はいるけど
そこには牧師さんがいて布教するとかいうのがメイン。
当時のカリフォルニアで一番盛り上がってるのは
サンフランシスコずっと北の方。
なぜかそっちにゴールドラッシュがあったから。
南の方がそんなないわけですよね。
南の方はイメージないね。
そういう構図だったんですが
ちょっとずつ南カリフォルニアの方でも
植民集落っていうのを作っていくんですね。
日本だと街って
歴史が長いせいもあって
自然発生していくイメージが強いじゃないですか。
街が?
街が。
交差点だったりとか
港があるとか何かしらの理由で
だんだん人が集まっていって
自然に街になって大きくなっていくんですけど
アメリカの中でも特に西海岸っていうのは
計画的に街を作るって動きをするんですよ。
初めから図面引いて
インフラ整備して
こういうふうにしたら
このぐらい住めるからっていうのを作って
それを宅地開発を行ってから
売るっていう方向にどんどん変わっていく。
これが後に移植されて日本で行われるようになってるから
今宅地開発があちこちで行われてると。
そういうことね。
特に高度経済成長期とか
バブル期っていっぱいありましたよね日本でも。
これの原型がカリフォルニアに見られるという感じなんですね。
そういうことか。
その行った先でビジネスができないと
あまり旨味がないじゃないですか。
やってくる人たちだってね。
その人たちには
この街自体、この地域自体が気候が良くてさ
蚊もいないしさ
不動産の投資価値も高いしさ
みたいなことを歌っていくわけです。
行った先には
オレンジ農園が横についてるので
そこで労働者を雇って
オレンジ栽培をすれば
左内側で暮らせていきますよ
みたいなのを歌っていくわけですね。
人がワンサワンサとやってくるのが
1900年代の初めの頃
1920年代
マクドナルド兄弟が生まれた頃の
カリフォルニアってそのぐらいなんですよ。
それを新聞やら何やらで見てるんですね。
ロサンゼルスの成長要因:石油、高速道路、パナマ運河
この時代テレビじゃないですからまだ。
まだまだそういうメディアじゃない。
基本的には紙。
新聞とか。
新聞とかが出てきたり
雑誌が出てきたりするんで
それを見て
どんなとこなんだろう
最近すごいらしいよねみたいなのを
感じ取ってるわけですよ。
その夢を感じて
カリフォルニアにワンサワンサと人がやってくる。
そのタイミングで
なんとですね
カリフォルニアのロサンゼルスって
石油が取れるんですね。
石油取れるんだ。
実は今のロサンゼルスに住んでる人たちも
割と知らないんですけど。
知らないの?
僕がいた時も知らなかった。
今地図で見ると
油田あるんですよ。
いくつか油星があるんですが
こんな街のど真ん中のこの山
油星があるんだ。
ここ稼働してるんだ。
全然イメージないみたいな感じ。
そんな感じなの?
こんなハリウッドのこのストリートの脇に
石油掘れるとこありますか?みたいな。
嘘でしょ?みたいな感じ。
ですよ。
今はそんなに石油産業は元気じゃないんですけど
当時はいっぱい取れたと。
石油が取れるでしょ。
1920年代になってくると
今度ね
高速道路が通るんですよ。
高速道路ね。
高速道路ってお金を取った
今でいうハイウェイフリーウェイではないですけど
ただ道を整備しただけなんですけどね。
そういうのを1920年代前半に
国の政策としてやる。
国道ってやつね。いわゆる。
国道が高速。
アメリカの田舎の下道っていうのはね
制限速度があってないようなものですから
これは今でもそうですから。
郊外行くと制限速度書いてあるんだけど
65マイルとか書いてあるんですよ。
65だと?
100キロ超えてますから。
下道ですよ。
下道でね。
下道で中央分離帯もないのに
65マイル同士ですれ違ってごらんなさい。
風圧でドーンってなるから。
そうね。車もでかいしね。
そういう環境なんですよ。
ついにルート66とかっていうね。
有名だね。
超有名じゃないですか。
あれなんで有名かっていうと
最も成功した国道だからなんですよ。
全長なんと3000キロ。
もっと行くな。3700キロとかかな。
国一より長いかもね。
シカゴから。
シカゴからテキサスとかあちらを通って
すんげー南通って
ロサンゼルス、サンタモニカまで行くんですよ。
ほー。
そういう道ができてくる。
ルート66を通ったらとりあえず全部だいたい行けそうだよね。
うん。
アメリカ合衆国の3分の2ぐらいは通れるのかな。
東西で言ったらね。
主要なとこは行けるって感じかな。
結構南通ってますけどね。
そんなような感じでどんどんどんどん
広がっていくっていうか
接続されていくんですよ。いろんなとこで。
パナマ運河なんかも開通しちゃったりするものだから。
つまり今までは
船で西海岸から東海岸まで行こうとすると
南米大陸を迂回しなきゃいけないですね。
南米大陸?
だってそうじゃないですか。
間にメキシコがあるんだからさ。
中米があるんだから。
そしたらそこが陸があるんで
船通れませんよね。
あーはいはいはい。
だからアルゼンチンの方回っていかないと
どうしようもないじゃないですか。
あー一番下までね。
ロサンゼルスからニューヨーク行くのに
ぐるっと迂回しなきゃいけない。
めっちゃ遠いね。
これを回避するために
中米のとこでバーンって運河作ったんですよね。
あれ繋がってなかったの元?
1910何年とかじゃなかったかな。
パナマ運河。
へー。
そうすると一気にショートカットできるんで
海でもって首都であるワシントンとかニューヨークと
ロサンゼルスが繋がる。
そうするとますますロサンゼルスが魅力になるわけですよね。
確かに。
車で行ける船で行けるで横断鉄道もある
みたいになってくると
わーって人が来て
わー人が多すぎる水が足りないって言って
で今度は上水道運河をね
今度はすげー北の方から水を引っ張ってくるみたいなね。
へー。
めっちゃめっちゃ揉めてる今でも揉めてる。
揉めてるの?
このロサンゼルス上水道っていうのね
今でも問題になってますよ。
なんで?
えっとって水をロサンゼルスに持ってっちゃったから
その奥地の方の
名前出てこない急に忘れちゃった
なんとかバレっていう渓谷なんですけど
そこにある湖が完全に枯れちゃったんですよ。
ほー。
で30年ぐらいかけてちょっとずつ戻ってきて
今ちょっと水がある。
ちょっと水がある。
みたいになっててそこは結構揉めてるし
他にもフーバーダムっていうダムがあって
でそっから水持ってくるようになる。
そうするとダムの元っていうのが
州と州の間だったりするから
州同士で揉めるみたいな。
今でも問題になってる。
いや持ってき方をね
量を考えればいいと思うんだけどさ
そんな枯渇するほど持ってくもんね。
ただそれだけ当時はロサンゼルスという町が
とても魅力的だった。
信仰の土地として超夢のある場所だったわけですね。
そうなんだね。
ここに住むこと自体がプロンティアですよ。
アイルランド系移民の苦労と三代目の夢
ユートピアに行くに近いかもしれない。
ここに行けば自由で夢が見れるかもしれない
みたいになってくる。
アメリカの中で。
アメリカの中で。
アメリカっていうのは移民の国なので
もういろんな人種がここに集まってくるから
特にカリフォルニア、ロサンゼルスっていうのは
移民のるつぼになってくる。
人種のるつぼになってくる。
これ教科書で出てきますよね。
人種のるつぼってね。
そういうのが特に顕著な地域がやっぱり西海岸
特にロサンゼルス近郊に集まってくる。
そこにマクドナルド兄弟も同じように
行きましたとさっていう感じですよ。
そうなんだ。
彼らビジネスで人肌上げたい。
これはね多分親子代々の夢でもあると思う。
おじいちゃん来ました。
移民1世なんでやっぱりすごい大変だったと思うんですよね。
2世であるパトリックも幼少期に来ましたと。
そこからすごく苦労して
特にアイルランド系の方々は
結構非差別民的な扱いされたりするんで
ちょっと分別されたりとかいうところもあったりしたらしいんですよね。
アイルランド人ってそんな感じだったんだ。
ちょっと下に見られがちだったりとか。
それはねもともとイギリスっていうところがそうですから。
グレートブリテンが。
イングランド、スコットランド、アイルランド。
アイルランドから1回イギリスに移民しちゃってるからか。
アイルランドからダイレクトにアメリカに来るんですけど
そのニューイングランドという場所自体がね
もともとイングランドじゃないですか。
ロンドンを中心とした。
イングランドの方が強いんですよ力的に。
深添地にいたとてゆじってるのはイングランド人ではないですか。
イギリス人と一緒にしたらそうなんだけど
イングランド人、スコットランド人、アイルランド人
特にアイルランドは歴史的に
イングランドにいじめられてきた過去を持ってますから。
そういうのもあるんで
アメリカに行っても人種的に
出身地的に下に見られがちだったから
おじいちゃんもお父さんも結構大変なの。
労働者としてコツコツやっていく。
そのおじいちゃんとお父さんの夢みたいなものは
意識してなくても
受け取っちゃいますよね。
3代目としてやっぱり
アメリカ生まれのアメリカ育ちのアメリカ人ではあるんだけど
3代目としての夢みたいなのは持ったまま
深添地ロサンゼルスに行きましたと。
そういう状態なんだね。
そういうふうに捉えた方が分かりやすいと思いますね。
1937年
映画館の閉鎖とホットドッグスタンドへの転換
映画館を辞めます。
辞めちゃうんだ。
儲からない。
全然儲からない。
景気悪いね。
強行の後か。
娯楽に使えるお金、貸所分所得がみなさん少ないんで
裕福な人たちばっかりじゃないですし
しかもね、映画館を買った場所が
グレンドーラっていうところなんですけど
そんな大きい街じゃないんですね。
今ではいい感じの住宅街なんですけど
そんなに人口多くなかったっていうのもあって
どうしようかなって悩んでたら
目の前にあったホットドッグ屋さんがね
めちゃくちゃ売れてるんですよ。
オレンジジュースとホットドッグ売ってる店が
あれ、あちらが儲かるような気がするよねって
なっていくわけですね。
オレンジじゃなかったかな?ホットドッグとルートビアかな?
ルートビアなんだ。
A&Wかなんか知らないんですけど、当時ルートビアがすごく流行ってたんで
その理由はですね
禁止法の影響ですよ。
あれ禁止法いつだっけ?
22年から30何年までだったかな。
あー解禁された直後くらい。
20年代から30年代くらいっていうのは
みんなお酒飲めてないから
デイリーバーみたいなのがめっちゃ流行って
昼間からバーが出るんですよ。
全員ソーダ売ってるんですよ。炭酸飲料を。
そこにはコカ・コーラもあればルートビアもあればみたいな感じ。
ミルクシェイクもあるし。
ミルクのシリーズで出てきましたよね。
ミルクバーとか。
ああいう感じがわーっとあるんです。
これがめちゃくちゃ盛り上がっているところにホットドッグも一緒に売っていて
それが映画館の前にあったらそっちの方が売れるんですね。
こっちはチケット1枚1枚売ってはい終わりだけど
向こうはホットドッグはいいですか?
ルートビアもありますけど、シェイクもどうですか?ポテトどうですか?
店舗販売できるんで売れちゃうんですね。
箱ちっちゃいから1品少ないじゃん。
俺うちの方が儲かってないけど
ちょっと蔵替えしようかなって。
映画館を畳んで近くのアーケディアっていう町に移って
そこでホットドッグ&オレンジジュースのスタンドを始める。
始めるんじゃないですか。
映画産業やめた。 完全にやめたね。
たまたま目の前のホットドッグ屋さんが儲かってたから
俺もやるぜって違う町で始めた。
始めたっていうだけなんだけど
ちゃんと考えてちゃんと見てやってるね。
アーケディにはサンタアニタパーク競馬場っていう競馬場があるんですよ。
このサンタアニタパーク競馬場自体は
19世紀1800年代にはもうあったんだけど
その頃は牧場の中で競馬やってる感じね。
そんな感じなんだね。
なんでそこで競馬場ができたかっていうと
もちろんイギリスの影響はありますよ。
イギリスが競馬の発祥の地なんで。
アーケディアが馬の種類サラブレットの産地なの。
アーケディアか。
このアーケディアっていう土地でもともとこの辺牧場だったから
スペイン時代からずっと長い間牧場で牛飼ったりしたんだけど
そこにサラブレットも飼ってて
そこでサラブレットを育てたんですよ。
それを使って競馬を始めたのね。
すげーでかい地主さんがいてよしやったろうって。
でも禁止法時代に禁止させられるぐらいだから
ギャンブルだめだ汗ボーンって州法で禁じられたんだけど
1934年に再開するんだよ。
この再開した時には今風の本格的な競馬施設ができて
それで盛り上がってくるのね。
俺競馬とかやらないから詳しくないんだけど
ネットで見たら競馬ファンにとっては聖地の一つって言われてたよ。
一度は聞いたことのあるサンタアニタパーク競馬場って書いてあったから。
サンタアニタパーク競馬場。
なんかいいところらしいんだよね。
そこが稼働したのでその真隣に出すの。
そこに出すんだ。なんで隣の町まで行ったのかと思ってた。
わざわざ人が集まる場所に寄って行く。
それまでは自分が映画館という集客施設だったわけじゃないですか。
その横にあるホットドッグ屋さんが儲かるんだったら
もっと集客力のあるところに行けば自分が儲かるわけでしょ。
行ったんですよ。賢いよね。
儲かったんですけどなんか納得いかねえなみたいな感じですね。
そこそこだったみたい。
期待していたほどではなかった。
他の店を出すとか資金力がめっちゃ余るとかそういう感じじゃないんだ。
毎日大変な定食屋さんみたいな感じ。
それは大変だね。
ここまで言えば俺たちよくわかっちゃうよね。
できれば辞めたいよね。
朝から仕込みしてさ。頑張って売ってさ。
ああ疲れたって言って自分たちの給料できた。返済もできた。
別に金持ちにはならんなみたいな。
それが好きならいいけどね。
人が集まる場所への出店戦略と車社会
うちは正文的にこんなことやってるから無理だよね。
とにかくこの辺アーケディアっていう場所を選んだのは
彼らがちゃんと調べていた倉庫ですよ。
だってアーケディアはルート66通ってますしね。
輸送の途中だし。
ルート66が通ってるってことはアーケディを目的にした人じゃない
通りすがりの人もお客さんになれるってことですから。
これ実はすごい革命なのよ。
今まではそれこそホワイトキャッスルが出てきたぐらいの時代
1910年代20年代っていうのは
基本的なインフラって鉄道じゃないですか。
だから通りすがりに物を買うってことがあまりないんですね。
ないね。
点と点で間はただの移動手段みたいな感じじゃないですか。
電車だからね。
止まれないからね。
車は止まれるので沿線がずっと盛り上がっていくっていう現象が起きるんです。
これは車社会の特徴ですよね。
確かに三つ焼き的だね。
でも途中でコンビニ寄ろうとか今ならできますけど。
これ車がなくて電車だけだったら
その辺の飲食店全部潰れますから。
うちも含めて。
途中に寄れないからね。
っていうのがちょうどできてきた時代だから
彼らがこれができるっていうのもある。
ちょうどロサンゼルスもこのアーケディアと
その後もっと奥のサンガブレルの方まで繋がる鉄道が通ってる。
実は今ロサンゼルス界隈ってあまり鉄道が通ってなくて
ニューヨークみたいに地下鉄発達してるとかないんですよロサンゼルスって。
ないんだ。
基本的に車とバスの街。
バスも便があまり良いわけじゃないから
車がないと生きていけませんみたいな経験を僕もしたんですけど。
なんで地下鉄とかねえんだよとか思ったけど
この時代めちゃくちゃ鉄道も発達してるの。
そうなんだ。
何本電車走ってるのみたいな。
1904年の段階で電車走ってたからね。
それはすごいのか。
電気だよ。大正だよ。
電車?
電車って本当の電車?
そう。エレクトリックレイルウェイがもうすでにある。
いや、汽車じゃなくてでわかってる。
そうか。電気列車。
電気列車ね。
がもうすでにこの時代にあって。
それすごいね。
ロサンゼルスとかあっちの方は石油だったり新しい映画産業だったり
物流系ですよねとかでわーって人が集まってきたら
その郊外が住宅都市化するわけじゃないですか。
アーケーでもやっぱりそういう都市だったわけですね。
人が集まる場所が今までだったら工場の周りか乗り換えの駅とか
そういうとこだったんですけど
これがねだんだんね生活空間だったりとか
娯楽のある場所っていう風に変わっていくんですね。
意味わかります?
人の集まる場所っていうのはもともと
労働するための工場のあるあたり。
この話しましたよね。
生活と工場が分かれたんで分離して
人が集まる場所は生活する自宅のある方ではなくて
工場側に集まってくるということになってましたよね。
これが交通網が発達することによって
必ずしも工場周りじゃなくても人が集まれるようになったわけですね。
そうするとまず娯楽は娯楽で別の場所にできたら
そこに人は集まります。
あとはいわゆる住宅街というのが形成されるようになるわけですよ。
つまり工場とか会社がいっぱいあるところ
今で言った新宿都市副都市みたいなところとかね
あのところ人を住むの大変じゃないですか。
大変そう。
自然とドーナツ化したように郊外の住宅地っていうのが
作られてくるわけですよ。
つまり住宅地っていうのは人の集合地ですよね。
住んでるんだからそこにスーパー出したら勝手に人来るでしょって話。
待ちかければね。
これはそれ以前ではなかなかなかった現象が
ここで起きたよっていうことですね。
そこをちゃんと見てそこにお店を出しに行くように
しましたよっていうことです。
マクドナルド兄弟のビジネス哲学:PDCAサイクル
このアーケディアにホットドッグスタンドを出したこと自体は
大した出来事ではないんですけど
なんでこれをくどくど言ってるかっていうと
この転用がずっと始まるんですよ。
同じことをずっと繰り返すだけ。
この転用?
僕から見るとマクドナルド兄弟は
PDCAすげえ。
なんかやります、プラン立てます、
Doします、チェックします、改善します。
長すぎたので、次回です。
42:30

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