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おはようございます。こんにちは。こんばんはかな。
Local AI Worksの萩原たかしです。
今日はですね、オードリー・タンからいいねが来た日という話をしてみたいと思います。タイトルにもありますけど。
個人的な話です。でも同時に、サブスタックとかでものを書く、海外に向けて発信するということ、そしてAI時代に言葉がどう届いていくのかという話でもあるので、お耳を傾けていただければ嬉しいです。
オードリー・タンという名前を聞いたことがある人は多いかもしれません。
台湾の元デジタル担当大臣、現在はサイバー大使として活動している人物です。
デジタル民主主義、オープンソース、市民参加、そしてシビックAI、そうした分野で世界的に知られている思想家でもありますし、実践者でもあります。
私にとってオードリー・タンってかなり遠い存在なんですよね。もちろん彼女の本を読んだり、記事を読んだり、動画を見たりすることはできます。
でもそこにはやっぱり距離がありますよね。世界的な知性でもあるし、台湾の民主主義を支えてきた人、AIをテクノロジーだけじゃなくて社会やケア、市民参加の文脈で語れる人、そういう存在、こちらから見上げる隊長のように感じていました。
手が届かない人、向こう側にいる人、同じインターネットの上にいても実際にはかなり遠い人、そんな感覚がありました。
最近、彼女のサブスタックの記事を読みました。内容はAI、自由ソフトウェア、市民参加、シビックAI、そして修復する力についてのものでした。とっても面白かったんですよね。
特に印象に残ったのは、AIを単なる便利な道具として見ていないというところなんですよ。
AIがどれだけ賢いのか、どれだけ作業を効率化するか、そういう話じゃない。
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AIを使った後に人間の側にどんな力が残るのか、コミュニティは自分たちの問題を見つけ、話し合い、修復できるのか、AIは人間の筋肉を鍛えるのか、それとも奪うのか、そういう問いが記事の中にはありました。
読んでいて自分なりに考えてみたんですね。これってどういうことなんだろうかとか、そういう考え方があるのかというふうに、非常に頭を使いました。
そして自分のサブスタックでも彼女の思想を日本語で紹介していきたいなって思ったんです。
まず、AIを単なるハウトゥーや効率化の話で終わらせたくはないと思っていて、AIを働き方や言葉や生活、そして社会の修復力の問題として考えたい。
その意味でオードリータンというのは、もっと日本でも読まれていいと思ったんですね。知られていっていい。
そこで私はサブスタックのノートに書きました。これからも日本で彼女の思想がもっと伝わるように記事など紹介していきたい。
そこにしつこく何回かメンションをつけてるんですけども、オードリータン本人にメンションをつけておいたんです。
正直、そんなことをしたって反応が返ってくるなんて思ってもいなかったし、本当に全く思ってなかったんです。
で、今朝、通帳を見ました。そしたらそこにオードリータンの名前があるんですよ。
私のノートにいいねをしてくれたんです。最初少し固まりましたね。
あれ?と思いました。見間違いかな?って。何度かスマホの画面を見直しまして。
でもそこにちゃんと名前がありました。オードリータンって。
あのオードリータンが私のノートにいいねをしてくれて、その瞬間すぐに大きな感情が来たわけじゃなかったんです。正直。
むしろ最初は言葉が出なかったです。嬉しいというよりも、え?信じらんない。
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自分の書いたものが本人の目に届いたの?って。
しかもただ通り過ぎただけじゃなくて、だって世界中からいっぱいメンション来てるはずなんですよ。オードリータンっていう人に対して。
でも通り過ぎただけじゃなくて、小さく反応を返してくれたんですね。
その事実。自分の中でうまく処理できなかったんです。最初。
やっとしばらくしてからじわじわって嬉しさがこみ上げてきました。
そこには派手な喜びっていうのはなかったです。正直ね。叫びたいような嬉しさ。
まあ、「おおっ!」とは思いましたよ。でもそれ以上に静かな嬉しさがあったっていうのは正直なところです。
ああ、届いたんだって。そう思いました。
インターネットってよく騒がしい場所だと言われていますよね。実際騒がしいです。
強い言葉が流れてくるし、怒りが広がるようなシステムにもなってるし、
誰かの成功が見えるし、伸びてる人と自分を比べてしまう。
まあ、それにこうやって発信してると、どうしても数字が気になります。
何人が読んだのかな、何人が聞いたのかな、どれくらい反応があったのか。
それは自然なことだし、自分もやっぱり気になるんですよね。
でも今回は思ったんです。たった一つのいいねでもこれほど深く届くことがあるんだなって。
それは数字の大きさではない。誰に届いたのか。どんな文明で届いたのか。
自分が何を考えて書いたのか。その言葉がどこまで行ったのか。
そこに意味がある。今回のいいねは私にとって単なる通知ではありませんでした。
静かに書いた言葉が海を越えた。そういう風に感じたんですね。
さらにですね、今回のことで英語や海外発信についても考えさせられました。
私は英語が完璧じゃありません。冒頭に英語のアナウンスを入れるようにしましたけども。
英語で書くときもAIに助けてもらうことがたくさんあります。英語で話すときまだ緊張します。
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それでも外に向けて話すことはできるんですよね。
完璧じゃなくても世界に向けて小さく窓を開けることができる。
昨日ぐらいから私はこの日本語のポッドキャストの冒頭に、今日も入れましたけど短い英語の一文を入れることにしました。
東京から録音しています。
AI、仕事、言葉、そして人間らしさについて静かに考えている人に向けたポッドキャストです。
こんな意味なんですけども。
これも小さな実験です。正直ね。
日本語で歩きながら少しだけ世界にも窓を開いておく。
完璧な英語番組にするのではなくて、小さな橋を架ける、ブリッジを架けていく。
今回のオードリータンからのいいねっていうのは、その橋の先に本当に誰かがいることを教えてくれました。
特に嬉しかったのは、AIのハウツーの話じゃないってことが届いたっていうことですよね。
AIでどう効率化するかとか、AIでどう稼ぐか。
そういう話には需要があるし、もちろん大事な話です。
でも、私は、AIが生活に根付くための考え方を書きたいと思っていて、
AIによって人間の思考はどう変わるのか、
AIは人間の筋肉を鍛えるのか奪うのか、
AI時代に私たちは何を守るべきなのか、
そういう問いを書いていきたいし、こういうポッドキャストでも話していきたい。
オードリータンの記事を読んでね、その方向性が間違っていないなって、ちょっと正直思いました。
そう思っていたところに、本人からの小さな反応が返ってきたわけです。
これは、なんか、勝手な解釈ですよ。
励まし、のように感じました。
もっと書いていい、日本語で静かに橋を、ブリッジをかけていいって、
そう言われたような気がしました。
もちろんね、実際にオードリータンがそこまで言ったわけじゃないです。
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いいねは、ただのいいねです。
でも、受け取る側にとっては、そこに小さな意味が生まれることがあるんですよね、やっぱり。
考えてみると、このサブスタックっていうSNS、そのものが少し不思議だなっていうふうに思います。
日本の部屋で書いた文章が海外の人に届く。
英語の記事を読んで日本語で考える。
台湾の思想家の言葉を日本の書き手が受け取り、また別の読者に渡していく。視聴者に渡していく。
そこにあるのは国境を越えるっていうほど大げさなものではないけれども、確かに小さな移動があります。
言葉が移動する。問いが移動する。思想が移動する。
そしてその途中で少し形を変える。
これは静かなリレーみたいな感じかなっていうふうに思っていて、大きな声で叫ぶんじゃなくて、小さな火を手渡すように優しくそっと言葉を渡していく。
今回のいいねってもらったオドリタンからのアクションは、そのリレーの途中でほんの少し目が合ったようなそんな嬉しい出来事でした。
もちろんね、これで何か大きく変わるわけではないです。
明日から急に読者が何倍にも増えるわけではないし、仕事が一気に来るわけでもないし、
ましてや英語が急に上手くなるわけでもないです。
でも小さな出来事が人を支えることがあるっていうのは確か。
たった一つの通知で少しだけ背中が伸びる。
ああ、続けてよかったなって思える。
もう少し書いてみようと思える。
もう少し外に向けて話してみようと思える。
発信を続けるためにはこういう小さな光が大事なんだなっていう風に思います。
大きな成功ではなくて小さな応答、反応っていうかな。
大きなバズ、バズることもひとつ大切なことではありますけども、
それよりも静かな到達。
たくさんの拍手ではなくて思いがけない一つの届いたっていう感覚。
それだけでまた少し続けられる。
踊りたんからいいねが来た日っていうタイトルで今日はお話ししてますけども、
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本当に私にとってただ嬉しい日でした。
でも同時に少し確認できた日でもあった。
日本から書いてもいい。
日本語で考えてもいい。
英語が完璧でなくてもいい。
AIについて法律化だけではなくて、
ケアや修復や市民の力についても書いてもいいと。
小さな発信でもちゃんと人へ届くことがある。
特に私、実は大学院時代にケアっていう問題を取り扱っていたことがあったので、
AIとケアってこんなところでつながるんだなっていうふうにも思いました。
そういうことを静かに確認できた日でもあります。
微力ながらも、
踊りたんの思想を日本語で紹介していきたいなってこれからも思っています。
AIを便利な道具としてだけでなく、
社会や生活をどう修復するかという視点から考える。
AI時代に私たちがどう働き、どう書き、どう人間でいるのかを考える。
そういう言葉を日本から少しずつ届けていきたい。
静かに書いた言葉、それが海を越えていった。
今回の出来事を私はたぶんしばらく忘れないと思います。
というか、踊りたんにいいねをもらったのをちょっと言いふらすかと思います。
でも、それはいいねをもらっただけじゃんって言われれば、
それはそうなんですけども。
でもそのいいねがすごく心に届きました。
さて、今日もまた東京から小さく話をしてみました。
聞いてくれてありがとうございます。
それではまた次回。ローカルAIワークスの萩原隆でした。
それじゃあね。バイバイ。