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うまくいかない、精神的にかなりきつかった時期を上げてくれよって言われたら、皆さんは何歳頃の自分を想像しますか?
僕はね、5年ぐらい前かな。自分でチームを立ち上げようってなった時に、実は僕は企業に働いてて、そこで選手コースのコーチを持ってて、
そこも自分が立ち上げたんですけど、その後、大きな企業が閉館することになって、でも僕は選手を見たかった、抱えてたっていうのもあったので、
すごい小さな会社に入って、そこの会社の名前を借りて、2年間弱ぐらいかなは、選手を引き継いで持ってたんですね。
その期間が、今の僕にとってはとてもしんどい時期だったかなというふうに思います。
しんどいっていうのは、やっぱり大きな企業から小さな企業に入っていった時に、
当たり前やけど、サポート体制がもちろんガーンと減って、社会的信用もガーンと減って、全てが自分の肩にのしかかっているような感覚がすごいしてたんですね。
そして、今でこそね、プールを持たない共栄チームっていうスタイルをとても気に入ってるんですけど、当時はそれしか取らざるを得なくて、
それをいかに自然にやってるんだよっていうのを、周りに対しては余裕の姿を見せないといけなくて、
自分自身は本当にプールの確保に必死で、最初の2ヶ月、3ヶ月は本当に明日のことがわかんないぐらいな、どうしよう、もうどうやればいいんだって言って、
毎日朝から晩まで、もう本当に走り回って疲れ果てて寝て、また起きて、またどうなるんだろうっていう、
やったことないことに対して、明日のこともわからないけど、明日のことを聞かれるわけですよね、当たり前だけど。
どうなの?どうなの?みたいに聞かれたときに、ああ明日はねって、本当はプールのコースも取れてないけど、
明日はこんなことするよって、よし楽しんで頑張ろうぜって言って、選手たちも僕を見てると、そうなんだって言うけど、
僕としてはものすごい、泳ぐ場所も用意できないのに、なんでコーチって言ってるんだろうっていうぐらい、
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このしんどい中に身を置いてたなっていう気がするんですよね。
で、何が一番しんどかったかっていうと、自分自身は苦しいな、しんどいな、助けてくれって思ってたけど、
周りに対しては平気だよってしてるそのギャップが、すごいエネルギーを取られているような気がして、
で、とってもしんどかったね。で、休みも全くなかったです。だから結局、そのね、プールが取れないってなったときに、
じゃあコースがない、でもこの日やったらコースが取れるっていう日が、まあ普通であれば休みの日であろうが、
コースが取れるんだったらじゃあ行くわってなって、で、そうなると僕は休みをね、多分かなり長い間取ってない、1年以上取ってなかったんじゃないかな、
取ってなかったと思うんですね。だから、そういうので徐々に自分が気づかないうちにすり減っていってたような気がする。
で、それがまたくしくもね、コロナ禍と重なったんですよね。だから、コロナってあれ、公共の施設がのきなみ閉まったりしたわけですよ。
だから、明日どうなるかわからないっていうことに対して、自分の力が足り、もう全く及ばないところ、例えば公共の施設が閉まるかどうかっていうのは、
なんか翌朝の9時にこのホームページ見てくださいみたいなのでしかわかんなかったりするんですよね。
で、だけど、やっぱ気になる人からどうなのって聞かれるわけですよ。で、そのときに僕は答えなきゃいけない。で、なんか嘘をつきたくなかったんですよ。
嘘をつきたくなかったけど、明日にならないとわからないこと。で、そこに対して答えたいけど答えれないっていうその、なんていうかな、その矛盾もそこもかなり答えましたね。
すごいしんどいなっていうふうに思いましたね。で、まあでもね、どれもこれも、今振り返りゃ別にそこまで考えなくていいし、わからんものはわからんって言ったらいいじゃんって思うんだけど、
それはね、今だからこそ言えることであって、当時だったら例えば、うちのここのチームに来たけど、ここのチーム大丈夫かなと、それやったら他のとこ行った方がいいんかなとかいうふうに考える親御さんがいても、もちろんそれは普通だと思うしね。
だから、だけど僕は、それは自分が預かった以上ここで結果を出してもらおうと思ったから、まあなんかこう必死にもがいてたっていうあの期間は、すごいしんどかったね。で、しんどかったんだけど、
本当に、あの、自分が決めれない、自分に決定権がないことを、なんか起こるはずがある悪いことであったりとか、まあ起こるかどうか分かんないけど、悪いことっていうのいっぱい考えるわけですよ。それを考えてもしゃーないなっていうことをまず学んだんですよ。
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これは今はもうちょっと進化して、与えられた環境で最高の状態を作り出すのが、俺のやるべきことだと。さあ腕の見せどころだぞって今思えているのは、あの時本当に手も足も出なくて、どうなるかをちょっとなんか祈りながらいたような、まあそのそんな時期を過ごしたからこそ、
結局祈ったって結果は変わんないし、願ったって別にそれは変わらないから、
じゃあいくつかのパターンは推測できるから、この場合はこれ、この場合はこれって考えて、あとはもう別にどんと構えようみたいな。
まあいう風なのがね、あのすごく僕の中で、しんどい時期だったけど、やっぱそこを通り抜けるとたくさんの得るものがあったなっていうのを考えているから、
今は多分ね、もう一回通れって言われたら本当に花歌混じりで楽しみながら通れると思う。
あの時はもう全力を尽くして死にかけてたけど、今だったら別にそんなの余裕だな、この辺も成長できたポイントなのかなというふうに思います。
あとは、まあその、なかなかこの大きなとこを辞めて小さなとこ行った時に、そこの上との関係性が非常にまずくて、
僕は本当に嫌だったんですけど、今だから言うけど、だからその関係性の中でもなんかすごい嫌だったんですよ、実は。
だから本当に財布の中には本当にお金がマジでなくて、そのお金が何千何百何十何円入っているかもわかるぐらいまずい時期もあったわけですよね。
で、やばいなとかっていうのね。で、このままいってもうまくはいかないだろうなとかっていうのも考えてて。
その時期とそれを過ごしたことによって、今自分でやって自分でガッツリ行ったろうっていうふうなのを考えてたから、あの時期はすごいしんどかったね。
金銭的なしんどさっていうのもあったし、やっぱり金銭的なしんどさがあると選択肢が阻まれるし、
大概的には元気なふりをしてないといけないけど、やることはたくさんあって休みもなかったみたいな。
何か30区みたいな感じでガガガガって詰められてたような感じがして、僕の中ではあれは本当に外の景色なんて全部黒かったかもしれない。
なんかそんな気がする。で、その中で唯一の希望っていうのが、選手を見ること、彼らが活躍することであったし、
水泳のコーチをしているその瞬間は僕にとってすごい、そこが原点であり、大事にしたくて手放したくないものだとすごく感じた瞬間でもあるんで、
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人生に起きる暗い時期みたいなのっていうのが、普通の人はもっと前にいないような気がするんですよね。
でも僕は20代、30代、そんなに苦しいんだってことはあんまないけど、
だけど30代後半から40になる前ぐらいが、38から40ぐらいまでが多分一番僕の中で暗い時期。
色でいうと黒。本当は絵の具の黒でベシャーって塗ったみたいな、そんな時期。
でもね、あの黒にも本当に意味があったとは思う。
だから僕は別にその当時のその会社の社長のことを好きが嫌いかで言えばもちろん嫌いだし、
それは嫌いなわけなんですけど。
ただね、あの時期にも、あの時期でさえ自分っていうものを信じて手放さずに、
いろんな大事なものの中からいろんなものが多分落ちてったと思う。
こぼれ落ちてったと思うけど、本当にシンプルにこれだけは絶対手放したくないぞみたいなものだけが
残ったんですよね。
それより前はいろんなものを持ってたと思うんだけど、
いろんなものがなくなって最終自分の描くみたいなところまでいくのが、
その暗い時期にあった、非常にしんどかった時期の体験で、
持ってるものが結構削ぎ落とされてシンプルになって、
そっからじゃあこのままお前どうするってなった時に、
やっぱり自分の運命を自分で握らないとどうしようもないなというふうに思った。
これもしかして大きな企業に入ったままだったら、
そんなことそこまで思い切った決断はしなかったかもしれないんだけど、
よっしゃ自分でやろうって思ってからは早かったね。
ものすごい速さで動いて、やりたいことをバンバン出していって、
結局暗黒期とは全く違う世界に入ったような気がする。
だから人は立ち上がるのに何が必要ですかって言われた時に、
立ち上がろうと思う元気よりも、
もっと違うネガティブな要素によって一歩前に踏み出せるような瞬間も来るのかもしれないなって、
今なら人には言える。例えば、もうしんどくて、もうしんどくて、もうダメなんですって言った時に、
じゃあこれはもしかしたら何かの転機になるかもしれないよねとかっていうのは言えるかもしれない。
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人は学び続けることによって生き残るんじゃないのかなというふうに僕は思うので、
悪いことからも何かを見つけられるはずなんですよ。
悪いことから悪いことを見つけるのはそんなに難しくないけど、
悪いことの中に、最悪の出来事みたいなことの中に、それでも光を見つけられるような人になれば、
どんな状況でもしっかりと自分の進みたい方向に進んでいける強さを見出すことができるんじゃないのかなというふうに思います。
で、何か立ち上がる時期が20歳だったらね、もっと勢いよくドカン言って、
よう分からんけどバーン言って花々しく散るっていうのもいいけど、
40になってね、いろんなものを考えるには経験もしてるしね。
それで、それでもね、やっぱなかなかしんどいなと。
で、改めて思ったのが、人はね、未知なものに弱い。
よくわからないと、肩に力を入れたまま全力で力いっぱい動いたりするわけなんですよね。
でも本当は、実はそれはもうすぐ、例えばトンネルが開けるとか、
もうちょっと力抜いてゆっくり行ってもいいんだよみたいなのがわかると全然疲れないから、
未知なものに挑むということは、とてもエネルギーを使うし、忍耐力も精神力も試されるんですよね。
だから逆に、たまにはそういうものにぶち当たっておかないと弱くなるような気もして、
最近はなんかちょっとよくわからない、大丈夫かなみたいなところにも踏み込んでみたりもする。
だから、まあまあ何でも学びではあるけど、うまくいかないことはあるし、
うまくいかない絶望の中で、
もうじゃあこうするしかないやって出てくる選択肢って、
満ち足りた時にはあまり思わなかったけど、
満ち足りた時も実は握ってた自分のすごい大事なものがもう、
外覚が全部抜けて中覚だけ残ったら、もうそれが光が強く輝いて、
もうこれだって進む。
悪い時にも何か進む起点はあると思う。
僕は、
だからそこの社長さんのことは、今はさすがに嫌いじゃないよ。
もう全然関わりもないしね。
なんかそこまでずっと嫌う必要もないので興味はそんなないと。
だからそこで働いたことに関してどうこうというよりは、
そこでの経験は生きてるなって思う。
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大手のスポーツクラブで働いていた経験は、
本当今ではお金をもらいながら勉強させてもらったと思ってるから感謝してる。
だからその次の働いたところが、
僕は感謝する日が来るかどうかわからんけど、
必ずしも来ないとも言えないだろうなと。
もともとはね、
大手スポーツクラブ自体も僕は最終的にあんまり好きじゃないなって思ってたけど、
今は全然そんなことはないし、何なら応援してるというふうに思うので、
その辺の感覚っていうのは時とともに変わっていくのかもしれません。
ただ人はね、
自分に嫌な思いをさせてきた人のことを、
根本的には忘れないんですよね。
やった側は多分忘れてると思うけど、
その点で仲良くすることはないなというふうには思ったりはしますけどね。
はい、ということで、なんかすげー長くなっちゃいましたけど、
まあまあ、今しんどいなとかって思っても、
そこが、僕はそのしんどかったという時期を通るべき場所だったというふうに
今では認識してるから、
まあそういう人もいるよっていうお話ですね。