8回目です。今日はカガトビ勢い夏純米を飲んでおります。 近所のスーパーで買ったんですけど、銘柄をググってみても同じものが出てこず、
もしかすると一部のスーパー限定の取扱いとかなのかなぁと思いながら飲んでおりました。 割と米がしっかりした、ふくよかな味がして、食中臭無期だなぁなんてことを思いながら
夏純米とともにやっております。この間初めてポッドキャストのゲスト出演をしてきました。 誰のポッドキャストに出たかというと、たびたび話をしている
バーミリオンというジュエリーブランドがあるんですけれども、その子のデザイナーの近野さんがやってらっしゃる 今夜もディセンターとという番組がありまして、そちらにお呼ばれしてきました。
概要欄にも貼ってあるので、よろしければそちらも聞いていただければと思います。 前編後編で撮ってまして、
前編に関しては、なぜ我々がポッドキャストをやるのかという話をしていて、後編ではスピリチュアル占いとの向き合い方、付き合い方みたいな話をしているので、ぜひぜひ聞いていただけたら嬉しいです。
人と一緒にやるポッドキャストはね、もう一本、より子さんという友人とやっているやつもあるんですけど、一人喋りと二人喋りとやっぱり結構違うなぁというふうに思っていて、
間の取り方だったり、声の張り方みたいなテクニカルな話もあれば、シンプルにそのテーマに対して二人で考えるので発展性あるなぁみたいなことも思いつつ、
とはいえね、こうやって一人で喋るのも頭の整理になっていいなぁだったり、好きなこと喋れていいなぁだったりっていう感じで、引き続きどっちもやっていければなというふうに思っています。
でね、自分のポッドキャストにいい加減BGMをつけようと思いまして、AI活用をやってみたんですよ。
サウンドローというAI作曲ができるサービスがありまして、それをちょっと課金してみたんですけど、まあうまくいっておらずでして、
というのも、おそらく皆さんがよく使っているChatGPTとかに代表されるテキストを打って何かを生成するというものではなく、
ジャンル、ムード、テーマ、あと長さだったりテンポだったり使う楽器だったり、ポチポチ選択するだけで曲が作れますよっていうやつになってまして、
この方が楽かなぁと思ってやってみたんですけど、逆に使いづらいっていうことがわかったんですよね。
というのも、ジャンルが割といろいろあって、なんかセクシードリルとかトロピカルハウスとかクリスマスとか書いてあって、
選択するまで何がどうなっているかわからんねんという感じで、しかもこれ単一じゃなくて複数いろいろ選択できて、
今言ったような、例えばセクシードリルとアコースティック、そこになんかラテンを掛け合わせてとか、
なので、そのジャンル自体に明るくないと、そもそもどういう曲が生成されるかっていう当たりがつかずポチポチやってはという感じになっているので、
かえって使いづらいのかもしれないこれということに使ってみるから気づくという感じでした。
他にもね、いわゆるそういうChatGPTとかみたいにテキストをパチパチと打ってプログと組んで生成するタイプの作曲サービスというのもあるので、
ちょっとまあいろいろ試しながらね、そのうちBGMつけられたらなというふうに思ってます。
前回の配信文でね、映画見に行きたいという話をしたんですよ。
サブスタンス見に行こうと思ってたらかかってるの終わってて、ロハンも見に行こっかなーみたいなことをしてたら、
実はロハンも近場で終わって、渋谷まで行ってないとどっちもやってないという感じだったんですけど、
たまたま今、海が聞こえるリバイバル上映中ということで、友人何人かがこの作品のことについて言及していたので、
行ってみようかなーと思って久しぶりに映画館に行けました。
まーじでね、最後に行ったのそれこそロハンの前回、ルーブルの時のやつを六本木の東方に見に行ったのぶりとかだと思うので、
今調べてみたら上映が2023年の5月からだったので、まる2年ぶりくらいに映画館に行ったことになります。
行く機会自体はね、きっとあったんでしょうというか、あったんですけど、本当に久しく映画館に行けてなかったので正直なんかそれだけでちょっと嬉しいみたいな感じでした。
ただね、久々に行ってみるとすげー当たり前のことなんですけど、めちゃくちゃポップコーンとかの匂いがするし、人も一定多いし、
ガサガサゴソゴソ音もするしというので、もともとそういう空間そんなに得意じゃないんですけど、
なんかそういうのも含めて新鮮だなぁと思いながら映画を見ておりました。
で、ここから海が聞こえるの感想も含めて話すんですけど、
結論あんまり得意な作品ではなかったというか、登場人物が得意じゃなかったみたいなところで、そういう話をしていくので、
作品がお好きな方にとっては不快に感じるかもしれないし、そもそもまだ見ていなくて見ようとしている人にはネタバレになるかもしれないのでご注意くださいというのと、
これある種の予防線であり、本当に思っていることでもあるんですけど、あなたが好きな作品を否定することは、その作品が好きなあなたを否定することではないというふうに思っているし、
例えばね、その作品が好きって言っている人の前で、いや僕は嫌いなんですけどって言うとそこがあるというか、
角が立つというか、そういうふうに思うんですけど、あかまで一人喋りということでご容赦いただければという感じでございます。
っていう前置きを挟むのもね、前回だったり過去の回振り返ると、個人的にはとか、
僕は一応こう思うんですけどみたいな予防線張りすぎてて鬱陶しいなって思ったんですよ。
なので、一発こういう向上を入れておくことによって、あんまり気にせず喋ろうと思った次第でございますという感じでございます。
ので、ここからね、いろいろちょっと感想を踏まえながら、タイトルである良い人みたいなところについて考えていく時間にお付き合いください。
でね、ここから映画の感想なんですけど、僕はヒロインのリカゴにずっとイライラしてました。
で、どこがイライラするポイントだったかみたいな話で言うと、彼女のことを傍若無人なファムファタールみたいな捉え方を今現在の僕はしていて、
それがね、ずっと引っかかりましたね。
なので、この作品を見た年齢によっては感想違っただろうなというふうに思っていて、高校生から大学生ぐらいの時に見たら、こういう人に振り回されてる自分もなんとなく想像がつくし、好きだっただろうなとも思うし、
20代中盤ぐらいだったら、まあまあこういう人もいるよねとかってヘラヘラしながら解釈できた気もするし。
ただ、今の31歳のうすいが見ると、ひたすらにね、こういう人にイライラするなーというのを抱えながらの感傷体験というところでした。
ここに関してはね、個人の実体験に基づくものっていうのがすごく大きいし、自分の中で場の調和がある種第一みたいな価値観で生きているので、
そこをこうある種乱してくる人というところに耐えられないというか耐えがたいというか、そういう感情を抱いてしまい、ずーっと終始リカコにイライラしてました。
自分の目的、今回のリカコのケースで言えば、父と母の離婚によって東京から高知へ戻ってきて、でもお父さんのことが好きで何としても会いに行きたいみたいな目的があったわけですけれども、
そこに対して嘘をついてね、人からお金を借りて、旅行に行くのについてもある種騙して飛行機に乗るという態度というか行動というか、あれがずーっとダメでしたね。
そこが一番のピークのイライラポイントだったかもしれないです。
その後の森崎とホテルに泊まった時の立ち振る舞いとかも含めて、そもそも高校生なのでそういうこともあるだろうというか、高校生にそこまでイライラするお前が大人げないという話ではあるんですけど、そのあたりがダメでしたね、個人的には。
お金感情みたいなところ、金の切れ目は円の切れ目みたいに言いますけど、僕はそのあたりがすごく個人の実体験としてシビアというか、人にお金は絶対借りないと自分は思っているので、そういうところも含めてヒロインに対してイライラし続けてました。
ただね、理科校だけが悪かったのかと言われるとそれはそうではないなというところで、森崎も言うなと言われていることを簡単に松野に言っちゃうし、それも多分言うなって言われたことを伝えていたのかどうかは別として松野も簡単に理科校に行っちゃうしというところで、
なんかね、コミュニケーションのそごというか、それやっちゃダメだよねみたいなところのバランスというのは、まあティーンだから仕方ないんですけど、あったなというふうには思えますね。
あとこれは見終えた後に、ヒロマークス眺めして友人が書いていた感想で確かになって思ったんですけど、
逃走会のシーンで当時めちゃくちゃ理科校と揉めていたというか、つっかかってきてた委員長の子がいたじゃないですか、彼女がたまたま逃走会の前に理科校と会って和解したみたいな話をしているのも、
なんかそんな簡単に手のひら返すのかお前みたいので、改めてその感想を読んでイラついたし、全体的になんだかなと思いつつ、
ただ振り返ってみるとここまでイライラしたのって、当時の高校時代とかを思い出すみたいなのもあったのかなと思っていて、
当然自分自身もそうだし、周りもそうだし、目静寂だったなと思うし、それを高校卒業してからもう十数年経った状態である種その情景を見せつけられることに対する共感性周知とかとはまた別の種類の感情だと思うんですけど、
そういう部分もあったのかなと思いますね。
考えたところで結論って出ないには出ないと思うんですけど、より多くの人に良い人と思われたいみたいなことを考えると、
どんどんコミュニケーションが平均化されていって、つまんねえ人間になるなぁとも思うんですよ。
とはいえ、自分の場合は全員に好かれたいと思っているわけでもないし、ある種の多分先民思想にもつながると思うんですけど、
自分が好きな人に好きでいてほしいというふうに思っているので、よくね、これはありがたいことなんですけど、
うすゆくん優しいよねとか、良い奴だよねって言ってもらうことがあるんですよ。
ただ、そこに関しては、自分がその相手を好きという大前提のもと、自分がどういう人間かも一定わかった上で言ってもらっている言葉なので、
素直に受け取れるし嬉しいし、ありがとうというふうに返すんですけど、なんか初対面2回目ぐらいの人に、
なんかうすゆさんって良い人そうですよね、良い人ですよね、優しいですよねって言われたら多分普通にイラつくんですよね、こいつ何も上がってねえなと思って。
なのでなんか、良い人という言葉自体がそもそも難しい、扱いが難しい言葉だなとも思うし、
良い人と思われすぎるのも考え物だなというふうにも思えますね。
喋ってて思ったというか、気づいたのは、わっつら表面だけ見てラベリングせず、ちゃんと中身見て喋れよボケ!という多分話なんだなというふうに議着をしました。
ので、自分もね、ちゃんと表面とかいわゆるなんかスペック属性情報だけじゃなくて、そもそもやってないつもりではいるんですけど、
ちゃんと向き合っている相手のことを見て、一般的な言葉をなんか適当に使わずに、ちゃんとコミュニケーションを取りたいなというふうな、ある種の自解という感じでございます。
これはね、完全に自分に対する自解なんですけど、よく会話ですぐわかるっていう合図で打ちがちなんですよ。
その内容が本当にわかってるかわかってないかは別としても。なるべくね、最近はだいぶ減らしてきてはいるんですけど、
なんかそこで、「それって何なんですか?」って聞くことによって会話を止めて説明させることに対する申し訳なさと、
それを知らない、おそらく話してくれてる人は僕がそれを知っていると思って喋ってくれているというなんか前提条件を覆すことの申し訳なさと、
あと知らないことに対する、自分に対するなんだろうな、コンプレックスというか、ひけ目というか、そういうのを全部丸めて一旦わかるって言いがちなんですけど、
それもなんか表面的なコミュニケーションというか、手癖としてやっちゃうの良くないなというのは定期的に思っていて、
ちゃんとね、受け止めた上でやらなきゃなというふうに思いました。
なので、表題の良い人論みたいな話に関しては何の結論も出ていないんですけど、
というかその良い人という定義とはみたいな話に対しては何の正解も出ていないんですけど、
まあね、こうテンプレットで片付けるのは片付けちゃいけないよねというのが最終的な結論なのかなというふうに思います。
今回はね、こんなところかなーというところで、なんかふわふわーっとした、あんまりにつまらない自分の思考のせいにお付き合いいただいたという感じになってしまったので、
是非、海が聞こえる、見た方は乾燥戦をしましょうというので、本日はこの辺りで失礼させていただこうかと思います。
今回もありがとうございました。次回もよろしくお願いします。