今日のテーマにしたきっかけなんですけど、先日古い昔ながらの銭湯に行ったんですけれども、
そこには小さなサウナがありまして、最近の最新式のストーブってよりかは昔ながらのストーンサウナが開いてありまして、
サウナ室も3人とか4人とか入るぐらいの小さなサウナだったんですよね。 あんまりサウナ室自体もあんまり暑くなくて、
一番暑いのはそのサウナストーブの近くなんですけれども、そのサウナストーブの周りには欄管っていうのが囲ってありまして、
それで張り紙も貼ってありまして、そこには持たれないでくださいっていうふうな注意書きも書かれてるんですよね。
ただこう、ずっと来てるんでしょう。常連さんっていうみたいな方が、もうその欄管に持たれないでくださいって書かれてるのもかかわらず、
普通に堂々と持たれちゃってるわけですよ。 私自身は暑いサウナの方が後で整いに持っていけるからということで、
持たれてるんだろうなっていうふうには理解したんですけど、その注意書き自体を無視してるなっていうところは、なんかモヤっとしたことはあるんですよね。
私の中では、例えば張り紙が貼ってあって、注意文が書かれてあって、それに対してどう振る舞えばいいのかっていうのを格付けチェックみたいなやるとしたら、
1流から2流、1流、2流、3流ってあるとしたら、書いてあることを無視するっていうのは3流の方の振る舞いだと思うんですよ。
で、そこに書いてある命令に対して、守るっていうのは2流だと思うんですね。
で、1流は何するかというと、そこに書いてあることは守るんですけども、もっといい方法があるんじゃないかと先頭側に提案するっていうのが1流だと思うんですよ。
例えば、張り紙に書かれてたんですけども、先頭の人に、持たれるのは良くないと思うんですけど、例えばカオルとか敷いたらどうですかとか。
それ何でもいいんですけど、自分がなぜそれ持たれちゃいけないのかなっていうのを理由を聞きつつも、こういう提案はいかがですかとか、
例えば濡れてしまうことが良くないんだったらタオルを敷くのはどうですかとか、その場ではちゃんと守るんですけど、
その守ったけれども、なんでそうしなきゃいけないんですかっていうのを質問したりとか、
だったらこういう風にするのはどうですかと交渉したりとか、提案するっていうのが1流の姿勢だなと私は思ってるんですよね。
まあそんな話はちょっと置いといてなんですけど、先頭って自分の10年後20年後こうなってるんじゃないかなっていうのを、そういう未来の自分を映す鏡みたいなところだと私は思ってるんですよ。
いろんなサウナにいろんな方が来るじゃないですか、先頭って。
で、なんか自分が10年後20年後こういう風になってるんじゃないかなっていうのを案外させられるシーンも結構あったりするんですよね。
例えば公衆浴場とかだったらロッカーがいっぱい並んでると思うんですけど、
自分が使いたいロッカーの前をずっとそこ陣取ってて、後ろにの人が使いたいっていうのを気にせずずっとそのロッカーの前で描いちゃってる人とか、
あとはなんかその衣類を入れる箱とかを足で蹴って動かすような人とか、
風呂場とか行くとオケが並んでると思うんですけど、あのオケを手で持っていくんじゃなくて足で蹴ってカーリングみたいにして蹴って乱暴にオケが並んでるところに並べる人とか、いろんな人いるじゃないですか。
私はこういう年の取り方はしたくないなっていうような思いもありつつも、自分も10年後20年で年を取っていったらもしかしたらこう気が回らなくなっちゃうのかなって少し怖くなるとこもあるんですよ。
だからこそ、今回の先頭の件で思ったんですけど、今この自分がなりたい20年後とか30年後とか、未来に対して自分の行動をどうしていくかっていうような、未来のことを意識して今の自分を生きるっていうのがやっぱ大事だなっていうふうに思ったんですよね。
年齢を重ねることってメリットもあればデメリットもあるっていうのもあると思うんですよ。
私はこのシャローシ事務所、シャローシ業界に入ったのは25なんですけど、そこから独立したのが28でして、その当時は若いシャローシっていうことで自分のキャラだと思ってたこともあるんで、当時は若さが売りっていうところもあったんですよね。
ただ今30代も中旬になって、これから後半になっていく上で、若さが売りっていうところじゃなくなってきて、むしろいろんな業務の経験をしてきて、どんなことにも対処できるような人であったりとか、どんな困難なことが起きたとしても落ち着いて対処できるような人間になっていきたいなっていうような考えになってきてるわけですよ。
だからこそ年齢を重ねることっていうのは、やっぱりいろんな経験ができる分、謙虚もしなくなりますし、メリットあると思うんですよ。
ただその年齢を重ねることによって生まれるデメリットっていうのもあると思いまして、それはやっぱり慣れから来る油断っていうか、慣れ合いっていうところですよね。
どんなことも経験したことがあるから対処できるよっていうような意思の自信でもあったり、それを善と生きているからこそ、周りからの注意とか防止でほしいっていうような要望に対しても耳を塞いだりとか、
自分の日常を乱さないような行動に収まってしまうところは、自分も年を重ねてきて、ちょっと怖いなっていうところはありますよね。