1. Om Shanthi 明日を生きやすくするラジオ
  2. ゲスト(後編)何があって..
2024-03-07 31:18

ゲスト(後編)何があっても必ず生きる(佐々井秀嶺氏の教え)

▼亀井竜亀を応援する会サイト https://kamei-ryuki.org/ ▼竜亀さんのFacebook https://www.facebook.com/profile.php?id=100076320543059&locale=ja_JP ▼竜亀さんのInstagram https://www.instagram.com/ryukikamei/ インド仏教僧侶の竜亀さんのゲスト回後編です。ヒンドゥー教徒との関係や私たちができることについてお話いただきました。 ・亀井竜亀 ・インド仏教 ・ヒンドゥー教 ・カースト制度 ・差別 ・貧困 ・ナグプール ・佐々井秀嶺 ・仏教復興運動 ・必生 ・必ず生きる ・布施行 ・支援 ・徳を積む ・ジャイビーム


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00:04
スピーカー 1
ちなみにそれを、ヒンドゥー教を改め仏教に改修しました。ってなっても、今言ったことが解決されるわけではないですよね。
あくまでも、血筋がベースになっているわけだから。
そんな中で仏教に改修した人たちは、何を目指すっていうか。
例えば、わかりやすく改修したら、もうその階級なくなったんで、もう自由ですみたいになったら、わかりやすいじゃないですか。でもそうはならないと。
どこに、仏教自体もそうですし、自分たちの未来に光を見ているというか。
スピーカー 2
みんなが見ている光って、日本人と一緒で、日本人だったら最近見なくなった光かもしれないですけど。
いい大学に行って、いい会社に入って、いい給料をもらうと、自分が欲しいものが例えば買えますと。
車が買えますと。いい家を新しく新築できますと。いいお嫁さんがもらえますと。
その中でも別にそういうストーリーがなくても、映画スターになりたいとか、ラッパーでもなんでも歌う歌う人でもなりたいとか。
いろんな夢は希望はみんな持ってるんですね。
ただそれが叶えられるかどうかは、日本も一緒ですけど、インドの方がもっともっと競争率が激しくて。
お金がもっといい教育、いい大学、いい会社に入ろうと思うと、それだけプライベートなところでお金かけて学ばないといけないとか。
スピーカー 1
なおかつそういう会社に入ったとしても、もしかするとそのカーストの状況によっては成長していけないかもしれないとか。
スピーカー 2
仏教徒になったから何かっていうのも、まずは日本人と同じで、現世この世の中で自分がまず幸せになりたい。
家族を幸せにしたい。もっと裕福になりたい。お金持ちになりたいってことの方が、まずはみんなが求める光だと思うんですけど。
そういう仏教の教えの中では、それだけでは幸せになりませんよっていうのが教えの基本として伝えてるところっていうんですかね。
どうしても物理的な仏欲の方をみんな最初満たしたくなるので、なかなかその仏教の教えの方に目を向ける人は少ないですけど。
でも子供の頃からそういうお坊さんとか仏教の教えとかアンベトガル博士の教えに親しんで学んでいくことによって、
自分が大学や会社員、大人になったときに何かぶつかったときに、そういう教えにまた戻って、本当の幸せを追求していくような人が広がっていくっていうのが自分たちがやってる宗教の活動なのかな。
03:00
スピーカー 1
ヒンドゥ教と仏教を見たときに、当然その同じような考え方だったり概念だったりっていうのがあったりするじゃないですか。
例えばその輪廻転生とかもそうですよね。あれ仏教は輪廻転生の概念はありますよね。
スピーカー 2
そうですね。あるともないとも、私もはっきりとすごく勉強してるわけじゃないので、否定する人たちももちろんいますし、
でもブッダはこういうふうにちゃんと前世であれ来世であれちょっと感じてこういう発言言ってたじゃないかと思います。
スピーカー 1
ちょっと個人的な興味みたいなのもあるんですけど、
ヒンドゥ教徒の人たちっていうのはその宗教をベースにして当然幸せになろうとしてるわけじゃないですか。
さっきも言った僕らが学んでるようなインド哲学とかあとその米だとかそういうのも含めて、
僕らが現代社会に生きていく中で幸せになるためのヒントというかそういう教えがたくさんあると思うんですけど、
ヒンドゥ教にもそれがあって、仏教にもそうやってよりよく生きていく。
苦しみをなくすとかもそうかもしれないですけど、
アウトカーストの人たち、ヒンドゥ教による差別を受けている人たちっていうのは、
ヒンドゥ教自体を自分が改修するとなった時点で、
ヒンドゥ教を悪いものみたいなイメージで抜けていくんですか?
スピーカー 2
全員が全員そうではないですね。
ミックスしている人たちがいるって言い方しますけど、
玄関とか最初の今とかにはブッダとアンベルドカル博士がちゃんと祀ってあったり、
キッチンの方に行ってちょっと小さな仏壇みたいなのを祀ってるのを見ると、
ヒンドゥ教の神様が祀ってあったりとか、
8割がたまわりはヒンドゥ教の国として存在しているので、
全否定してるっていうよりも祭りを楽しむ人たちももちろんいて、
スピーカー 1
イベントも多いですもんね。
スピーカー 2
そんなんじゃダメだと言って、
玄関にアンベルドカル博士の教えとか仏教の教えっていうのを守ろうっていう玄関な人たちもいますし、
ミックスする人たちもいますし、
形だけ仏教となってる人とか、
スピーカー 1
それぞれいるっていうのがリアルだと思います。
それはすごい納得ですね。
納得だしちょっと安心したっていうか、
なんかどうしても、
昨日も話しましたけど、
別に僕はヒンドゥ教を信仰するわけじゃないですけど、
やっぱり親しくなった人たちの中にヒンドゥ教の方もいたりとか、
僕もここに張ってるくらい、
インドの神様も好きだから、
そういうのがあるんで、
すごくモヤモヤしちゃったんですよね。
カースト制度の話があるがゆえに、
06:02
スピーカー 1
ヒンドゥ教を良しとしてはいけないような気持ちというか、
いいのか悪いのかヒンドゥ教どっちなんだみたいな、
ジャッジしたくなるような気持ちっていうか、
それがあったんですけど、
そもそも改修してる人でさえも、
ヒンドゥ教自体は別に恨んでるとか、
ダメなものだっていう風にしてるわけでも一概にはないっていうことですよね。
スピーカー 2
ちょっと安心しました。
スピーカー 1
あとこれも個人的な興味なんですけど、
お答えできることだったらいいんですけど、
ブッダって、
ヒンドゥ教の話でいくと、
ビシヌ神、三大神のうちの一つですよね。
ビシヌ神の人間界に現れる化身、
スピーカー 2
化身の中の八つ目の化身って言われてるみたいなんですけど、
スピーカー 1
それについて仏教徒の立場から、
それはどういうふうな見解ですか?
スピーカー 2
ブッダ自体が、
ヒンドゥ教の神様のビシヌの九番目の化身として、
例えばインドでもヒンドゥ教の寺院に行くと、
ブッダが祀ってあるところがありますよね。
ちょっと逆に聞こうかな。
マリコさん全然喋ってないから。
マリコさんがそのことについてどう思うかとか、
逆に2人の意見とかをね、
仏教徒からの意見とかはっきりとしてるんで、
2人とかどう思ってらっしゃるのかなって、そういうことを。
スピーカー 1
マリコさんはブッダが大好きなので、
多分語らせたらあれです。
スピーカー 2
元々ブッダは普通の人っていうか人間であると、
スピーカー 1
後玉さんが亡くなられた後に、
信仰していた人たちが、
スピーカー 2
いろいろ話を作ったりとか、
スピーカー 1
ああだこうだって言って、してきた。
スピーカー 2
歴史があるから、
スピーカー 1
ヒンドゥ教の中でもそういうことがあっても、
全然おかしくないと思うし、
架空のね、そういう話かなっていうふうに、
私は受け取ってますけど。
スピーカー 2
いろんな話があるから、それだけじゃなくて。
スピーカー 1
ああだこうだ言われてますから。
化身というね。
という感じです。
僕ですか?
いや、僕は別に、
それを支持するとか支持しないとか、
そういうのはないんですよ。
全然ないんだけども、
ああそうなんだ、面白いなっていうふうに思って、
ヒンドゥ教と仏教っていうものの、
そもそもつながりもよく知らないし、
知らなかったし、
別物だと思ってたんで、
割とやっぱり、僕らヨガやってる人間は、
インドが聖地みたいなところあるじゃないですか、
仏教はね、一回あれしたかもしれない、
今はこうってことかもしれないけども、
ヨガはもう誰に聞いてもみんなが、
ヨガといえばインドだっていうぐらいね、
っていうあれなんで、
そうだから、
09:00
スピーカー 1
なんていうと思ったんだっけな、
面白いなとしか思ってない。
そうだ。
スピーカー 2
確かにね、
ヒンドゥ教の寺院とかに行くとね、
ブッダが祀ってあるみたいな、
逆にでも、
インドの仏教徒が日本のお寺に来ると、
驚くわけですよね。
これヒンドゥ教寺院じゃないかって、
いろんな神様がいて、
ヒンドゥの神様じゃないか、
でも日本人はこれは仏教だってね。
なのでインドにいて、
ヒンドゥ教の寺院とか、
ヒンドゥの人たちが、
仏教、ブッダは、
イシュヌの化身でしょって言われること自体は、
仏教徒としては、
もう完全に否定します。
それは認められません、
という立場ですね。
ただ、日本人からすると、
ヒンドゥの神様を、
仏教の神様として、
祀ってるっていうのが、
日本の仏教界でもありますし、
なおかつインドの中で、
ヒンドゥ教徒の人たちが、
仏教徒をいじめるってこともあるんですけど、
自分たちの仲間だって思う人もいるわけですよね。
ヒンドゥ教の一部の神様でしょ、
っていう形で。
本当にいろんな角度から、
意見もあるし、
いろんな言い方もできるし、
面白いっていう意見もあったり、
仏教徒からは完全否定、
認められませんっていう立場もあるし、
日本の仏教界から見ると、
どういう風に捉えるのかっていう、
意見もあるし、
そういう意味では、
世の中愉快ですよね、
っていう持って方もあるかもしれないです。
スピーカー 1
ありがとうございます。
そのぐらいの回答を求めてました。
だいぶ時間も押してきてるんですけど、
最初に話した通り、
今日お話を聞きたかったのは、
どういう実情があるのかっていうことと、
やっぱり僕らもそうだし、
ヨガをやってる人たち。
僕らなんかは何度も言ってるんで、
第二のふるさとっていうような感覚ではないんですけど、
でも日本以外に自分たちが関わってる国っていうと、
どう考えてもインドがそういう国なんですよね。
だからちょっと他人事ではないっていうか、
自分たちも関係してると。
その中で、
そういった社会問題というか、
実情があって、
何かできることはないかなっていう風に考えてるんですよね。
そういった人たちに対して、
りゅうきさんから、
例えば今度ぜひナグプールに来てくださいみたいな話ではなくて、
それはやっぱり現実問題難しいですし、
できることっていうのは何がありますかね。
スピーカー 2
これも逆質問したいですね。
どれが答えというのは絶対ないはずだと思うので、
二人がヨガと出会って、
インドと中川の、
12:00
スピーカー 2
今ジャングルの中ですよね。
誰一人周りに住んでないような場所で、
今このインドのことについて、
インドに自分たちができることっていうことを、
話されてること自体が、
すごい奇跡的なお話っていうか、
何かしらこういうことなのかなとか、
こういうことをしようかなとか、
こういう関わり方ならできるな、
なんでもいいんですけど、
二人がどう思われてるのか。
スピーカー 1
そうですね。
やっぱりその時その時でできることって変わってくると思うんですね。
今は動けないから、
とりあえず動ける人にお金を渡してね、
スピーカー 2
よろしくお願いします。
私たちの分まで頑張ってくださいっていう、
そういうサポートの仕方もあると思うし、
スピーカー 1
時間と余裕があれば、
スピーカー 2
自分もそこに行って、
何か肉体労働っていうかね、
自分の体を使ってサポートしたりとかもあるだろうし、
スピーカー 1
あとはこういう人がいますよっていうのを、
スピーカー 2
広める。
スピーカー 1
たくさんそういう手助けをしてくれる人が、
スピーカー 2
やっぱり広めればね、
増えてくると思うから。
いろいろなやり方あるかなと思いますけど。
スピーカー 1
僕も基本的には一緒ですね。
本当は、
じゃあもうこのままね、
りゅうきさんと一緒に僕も、
いのりんどく戻るね、
帰国というか。
スピーカー 2
頭剃るか。
頭剃って処刑して。
スピーカー 1
そういうぐらいの熱っていうか、
揺れ上がっちゃうタイプの人間なんですよ、僕も。
スピーカー 2
そうなの?
そういうとこもあります。
スピーカー 1
だけど、
それは現実的ではない。
っていうか、
現実的ではないというよりも、
僕がやることじゃないって思ってる。
僕がやることじゃないって思ってるっていうよりかもっと言うと、
やることが別にあると思ってる。
だから僕はそれはできないって思ってるんですよね。
じゃあ何ができるのかってなると、
そういうそれを実際にやってる人の、
今丸子さんが言ったサポートっていう話もそうだけど、
まずそういう人たちがいるってことを知る。
それはりゅうきさんたちみたいな方たちもそうだし、
現状っていうか。
それを知るっていうのは僕もそうだし、
やっぱり知らない人たちがたくさんいるから、
その人たちに知ってもらう。
僕ら幸いにもこうやって、
時代のおかげもありますけど、
たくさんの人に声を届けるっていうことが、
しやすい環境を持っているので、
このポッドキャストもそうですし、
そういうことを知らないだけで、
話を聞いたらきちんと興味を持ってくれたりとか、
それについて考える。
何かするしないの前にまず考える。
考えることによって、
直接その人たち、
例えばりゅうきさんのお手伝いをするとか、
そういう困ってる方たちのお手伝いをするだけではなくて、
自分たちの暮らしを改めて考える機会にしたりとか、
そういうこともめぐりめぐって、
どこかで直接の手助けじゃなくても、
波及していくっていう言葉があってもわからないですけど、
15:02
スピーカー 1
そういうことが解決していくことに、
ほんの微力だとは思いますけど、
つながっていくと思っているので、
まとめると知ることと、
それをたくさんの人に知ってもらう。
あと何を行動するかっていうのは、
やっぱりその知った人たち次第というか、
それは僕らがコントロールすることでもないし、
あとは何をするかっていうのは、
その人たちが決めることですから、
だからそういう意味で、
僕はそこで言えば伝えるというか、
知ってもらうためにできることをするのが役割かなって思っています。
スピーカー 2
大きくわけで、
300人とか何人しかリスナーとして聞いてくださるっていうお話だから、
どういう人たちなのかは、
こちらからは見えないので、
わからないけれども、
私のお師匠さんが言ってる言葉が、
私はみんなに届けたくて。
日本の現状って、
やっぱり帰ってくると、
すごい震災があったり、
経済が落ち込んでたりとか、
人口減少していたりとか、
今までのように、
外国に目を向けなさいとか、
貧困層に、
周りにいないのに、
外国の人に、
自分が手を差し伸べるとかっていうのが、
簡単にできない人たちの方が増えてきてるっていうのは、
よく理解できます。
日本に帰ってくると。
だからこそ、
インドに目を向けてくださることとか、
知ってくださることはすごく嬉しいけれども、
些細商人が、
根本的にインドで、
貧しい人たちとか苦しんでる人たちに、
お値置き、
新職ともにして、
ずっといるっていう中に、
作られていた言葉、
大切にされている言葉に、
必勢って言葉があるんですね。
必勢。
必ず生きると書きます。
必死に頑張るとか、
必死になってやるとか、
必ず死んでやるとかっていう意味じゃなくて、
必ず生きて、
必ず生きてやる。
だからこそ、
何か、
何かしてほしいとか、
何かしようっていうよりも、
何か自分があった時に、
必ず生きる。
必ず生きている。
そういうことを大切にしていただけるのが、
私もお師匠さんに教えてもらっていることですし、
そこからあらゆるものが、
見えてきたり、
開いてきたり、
でもこの世の中にいて、
日本社会にいて、
必ず生きる。
そういうことが、
聞いてくださっている方に、
私は一番伝えたいです。
スピーカー 1
ある意味それは、
自分の命もそうですし、
自分そのものの存在とか、
そういったもの自体を、
大切にするっていうか、
そういうことですよね。
スピーカー 2
まずは自分たちの、
スピーカー 1
生きる、
よりよく生きると、
スピーカー 2
そのことをやってから、
スピーカー 1
余裕が自然と生まれてくるというか、
スピーカー 2
よそに目が向けられるようになるっていうのもあるだろうし。
18:00
スピーカー 2
これが何か不思議で、
余裕がなくても、
関係なくても、
いきなりインドに行きませんか?
って声かけられて、
インドの生活始まるとか、
何が起こるか、
分からないんですよね。
余裕がなくても、
自分の生活ボロボロでも、
インドの子どもたちのために、
全生命かけてらっしゃる方もいらっしゃいますし、
どういう形で関わるかは分からないですけど、
結局はやっぱり、
生きるってことが、
あらゆることにつながってくる。
インドのことを知ることにも、
つながるかもしれないし、
仏教と出会うかもしれないし、
長川っていう、
こういうジャングルみたいなところに、
もしかすると、
来るかもしれないし、
それは何が起こるかは分からないけど、
何が起こっても、
必ず生きてやろう。
必ず生きよう。
ってところからが、
原点なのかな。
スピーカー 1
もう一つもらってもいいですか?
はい。
おかえり。
おかえり、おかえり。
なかなかね、
お坊さんにお話聞きかえないですから。
せっかくなので、
じゃあ、
生きることっていう話ですけど、
どうせ生きるなら、
こういうことを大事にして生きてほしい。
っていうお言葉をいただけないですか?
スピーカー 2
私たちは、
改修するときでも、
何をするでも、
ブッダに、
ランマに、
サンガに、
っていう形でお経を始まりますけど、
何を大切にするかっていうのは、
生活の中で、
守るべきことっていうのを、
大切にするんですね。
どこに行ってもそれは、
お経としてみんなに伝えます。
その一番目が、
生き物をなるべく殺さないように、
どう生きれるのかっていうのを、
考えながら生きてみましょう。
必ず殺さないっていうことではなくて、
自分たちが生き物を殺さないで、
生きるってことがどういうことなのかっていうのを、
実践してみたり、
考えてみたり、
日々の生活で、
生かしてみるってことを、
一番大切な回律として、
最初に守っているので、
蚊を殺さないとか、
ゴキブリが出ても、
外に逃がしてみようとか、
何かしらね、
草花でも、
何か食べる時でも、
これは命をいただいて、
自分たちも生かされているんだなとか、
生き物って、
動いてるものだけっていうわけじゃなくて、
ここにあるプラスチックであったり、
帽子であったり、
水であったり、
陶器であったり、
土、水、風、火、光、
すべてのことを、
自分たち、
考えて、
それをなるべく、
生かす、
殺さない方向で、
どうやって自分たちが、
生きていけるんだろうっていうのを、
考えるってことが、
仏教との一番の回律として、
教えてることですね。
スピーカー 1
それは、ちなみにあれですか、
仏教、
宗派とかそういうのを抜きにして、
仏教の基本っていうことですかね。
スピーカー 2
日々の守る回律として、
どの国でも、
日本でも、
日本だと不摂証っていってね、
殺すなみたいな厳しい感じに聞こえますけど、
21:02
スピーカー 2
そういう感じでは自分たち、
完全には生きていけないので、
殺すこと、
生きるってことがどういうことなのかっていうことを、
考えながら、
守りながら、
どう生きれるのかっていうのを、
考えて生きていきましょうっていうことの方が、
正しいと思います。
殺してないですか、
かとかパシーンとか、
ゴキブリバーンみたいな。
してないです。
スピーカー 1
そういうことも、
ヨガをやってから、
哲学とかそういうことを学ぶ中で、
そういう命のことも学ぶし、
僕らはこういう生活してるからですね、
それを考える機会がすごく多いので、
幸いにも、
10年前どうだったかって言ったら、
平気で殺したと思いますけど、
そういうことも考えるようになりましたし、
やっぱり、
平和っていうものを考えたとき、
平和な社会を目指すときに、
立ち返る部分というか、
根本的なこととして、
生き物の命を大切にするっていうのは、
仏教でも根本っていうのと同じように、
宗教の問題じゃないですよね、
命のことはね。
それは肝に銘じております。
あと、
さっきの、
僕らに何ができますかっていう話の続きですけど、
マリコさんも言ってましたけど、
活動をそういった方の共感できるというか、
応援したい。
そうか。
もう1個話したい。
この話の流れで1個だけありました。
サポートするっていう上で、
お布施をする、
寄付するっていうことが1つだと思うんですよね。
昨日、
ちょうど一緒にいたミャンマーの若者。
彼が一緒にいたミャンマーのお坊さんたちに対して、
布施をしている姿というか、
姿勢についてお話しされてたじゃないですか。
それも、
僕もやっぱりなかなかピンとこない話っていうか、
そもそもこうやって、
今日ここにお坊さんが来てるみたいな話も、
ミラクルっていうか、
普通日常にはあんまりないことじゃないですか。
でも、
彼からしたら、
全然もっと身近な存在だったりするわけじゃないですか。
その日本人の若者に限らないですよね。
多分、
も含めて、
そういう徳を積むっていう言葉になるのかな。
僕はインドとかでもそういうお話を聞いて、
自分も徳を積むっていうことを少しでもできる範囲ですよね。
で、やっていきたいなと思ったんですけど、
でも多分それがピンとこない人たちがたくさんいると思うので、
そういうことをすることによって、
自分たちの徳を積むことになるんだっていう、
それを何かうまく説明してほしい。
スピーカー 2
私たちだと不制御って言いますけど、
お伏せをするって言葉も不制御の一つですよね。
24:00
スピーカー 2
それも自分ができることで不制御をする。
例えばお金がある人であれば、
お金で不制御をする。
例えば行動が、体力があったり、
何かサポートできるって人であれば、
行動でサポートするとか。
例えば笑顔の不制御みたいのもあるって聞いたことありますね。
人に笑顔を与えることとか。
なので自分ができることで相手に施しを行うっていうことが、
不制をするっていう意味合いだと思うんです。
なので特に若者とかで何をしたらいいのかとか、
不安を持っている人とか、
たくさんいるっていうのは知っているので、
本当にそういう不制御をするのであれば、
身近な人とか、なおかつ自分よりも弱い人とか、
苦しんでいる人とか、
そういう人たちに向けて自分ができることを、
何でもいいからできることでやってみるっていうのが一番いいと思います。
スピーカー 1
なかなかできることをするっていうのが、
じゃあ何ができるんだろうってところで
たぶん止まっちゃう人が多い気がするんですよね。
スピーカー 2
だから根本は必ず生きるっていいと思います。
何ができるんだろうって、
何もできないっていう状態に悩むこととか苦しむこともあるでしょうけど、
でもそれでも必ず生きると。
そうすれば向こうから自分が乗り越えないといけないものが、
向こうから訪れてくると思うので、
スピーカー 1
必ず生きるってことが根本だと思うんです。
必ず生きるっていうシンプルな言葉を、
スピーカー 2
少しずつこれから噛み砕いて咀嚼していきます。
スピーカー 1
一応ホームページの紹介とかしていいですよね。
とはいえ、僕もそうですし、
やっぱり身近、いい大人なのでできることの一つとして、
何か具体的にそういうことをしたいって思ってる人も多いと思うので、
そういうところで、僕はちょうどりゅうきさんに出会って、
去年インドで出会って、
自分の中のモヤモヤ、何ができるんだろうって思ったところで、
この人にさっきまりこさんが言った言葉を借りれば、
たくさんの人に出会って、
自分の中のモヤモヤ、何ができるんだろうって思ったところで、
この人にさっきまりこさんが言った言葉を借りれば、
たくすっていうことをできればと思ってるんですけど、
りゅうきさんのホームページのほう、リンク貼っておきますけど、
そちらのほうでも寄附とかの案内もしてますもんね。
あとりゅうきさんのこと、サイトを見たらいろいろ知れると思いますし、
その活動のこともそうですけど。
あとさっき言った動画とかも見ると、
また今日のお話よりもう少し詳しいことをいろいろ知れたりとか、
いろんな側面からお話しされている動画があるみたいなので、
ぜひみなさん見てみてください。
スピーカー 2
インスタもフォローしました。
27:00
スピーカー 2
ありがとうございます。
スピーカー 1
インスタはあんまりやってないです。
現地の写真とかを結構載せているので、見てます。
それも一緒に貼っておきますんで、よかったら。
僕としては、やっぱり知ってほしいっていう言葉なので。
すみません、本当に突然の出演で流れも無茶苦茶でしたけど。
スピーカー 2
完璧じゃなかったですか。
そうですか。
スピーカー 1
でもだいぶ1時間37分になっているので、
完璧だったら1時間ぐらいで終わっていなきゃいけない。
うまいことカットしたり編集したりしますけど。
はい、わかりました。
4月にはもう戻られる。
4月の頭ぐらいってことですか?
そうですね。
スピーカー 2
半年に一度は1ヶ月ぐらい戻れると。
スピーカー 1
その間は割と全国呼ばれたところにみたいな感じですか?
スピーカー 2
そうですね、ご縁があるとこだったら呼ばれるところであったり、
スピーカー 1
支援してくださっているような人に報告に行ったりとか。
どっかでね、そういう意味ではりゅうきさんと会うこともあるでしょうからね。
帰国のそういうタイミングとか活動のことはサイトとかに出てるんですか?
スピーカー 2
サイトとかっていうか、個人のホームページというよりは
応援する会みたいなものを作ってくださっているページのことだと思うんですけど。
そうだね。
大まかなことしか多分出てないかな。
基本的に自分のFacebookとかの方が、
インスタグラムとかの方が個人で発信しているので、
細かくわかるかもしれないですね。
あと気軽にメッセージいただければ、
全然どこかでタイミングで会えることも多々あると思うので、
気軽にメッセージいただければ嬉しいです。
スピーカー 1
本当にね、びっくりするぐらい、
気軽に声かけられる人って言ったら嬉しいですよ。
じゃあというわけで、ありがとうございました。
スピーカー 2
こちらこそありがとうございます。
スピーカー 1
あとね、1ヶ月近くまだありますけど、
お気をつけて。
どこまで行くんですか?
もう東北とか北海道とかそっちの方とかも行くんですか?
スピーカー 2
そうですね、野戸とか岩手とか行きますね。
スピーカー 1
ゆっくり寝る場所もないんじゃないかみたいな。
野宿はしてないです。
スピーカー 2
野宿はしてないですね。
スピーカー 1
わかりました。
ちなみにそういう活動、帰国するときもそうですし、
向こうでの活動も全て、活動は寄附で賄ってるってことなんですよね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
バイトしてないですもんね。
バイトしてないです。
じゃあね、別の形でサポートできる人はしてもらって、
応援してますんで。
スピーカー 2
はい、ありがとうございます。
スピーカー 1
よろしくお願いします。
スピーカー 2
はい、よろしくお願いします。
ありがとうございます。
スピーカー 1
今日のゲストは亀井瑠季さんでした。
スピーカー 2
はい、ありがとうございました。
ジャイビーム。
スピーカー 1
ジャイビーム。
ジャイビームの話聞かなかったです。
ビームはあれですよね、アンベドカル博士の。
スピーカー 2
向こうだとジャイが勝利とか万歳という意味で、
アンベドカルの勝利とか万歳とか、
30:01
スピーカー 2
アンベドカルの教えを広めようという意味合いを込めて、
インドの仏教徒は挨拶だったり、電話取るときも仏教徒としてはジャイビームと言ったりとか、
バイバイもジャイビームだったり、ありがとうもジャイビームだったり、
そういうふうに使います。
スピーカー 1
ちなみに、そのジャイビームって言葉は、
例えばヒンドゥー教徒とかの前で言ったら、
どこのここのみたいなそういうのあります?
スピーカー 2
返答返ってこないですよね、無視か。
スピーカー 1
あまりよく思っていない言葉みたいな。
スピーカー 2
そうですね、ジャイビーム自体が何って知らない人もいるでしょうし、
仏教徒じゃないよと思って何にも返答しないヒンドゥー教徒もいますし、
ヒンドゥー教徒の中でも別にジャイビームっていうアンベドカル崇拝してる人たちもいるので、
ジャイビームで挨拶したり、みんないろいろです。
スピーカー 1
この番組最後に必ず合言葉があって、
みんなで言うんですよ。
いつもは、せーの、ナマステン、
だけどそれを今日は特別にジャイビームでいきましょうか。
スピーカー 2
ありがとうございます。
スピーカー 1
それでは今日も一日皆さんが心穏やかに過ごせますように、
スピーカー 2
せーの、ジャイビーム!
31:18

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