1. STORY PLAY【銀河鉄道の夜がボードゲームに】
  2. #10 「みんな」と「みちづれ」..
#10 「みんな」と「みちづれ」を紐解く
2026-10-07 31:14

#10 「みんな」と「みちづれ」を紐解く

ボードゲームに実装できていない概念「みんな」と「みちづれ」、そして「自己犠牲」について話しつつ、ボードゲームに取り込む糸口を探していきます。


サソリの火とアンタレス / みんなとみちづれ / 自己犠牲はゲーム化できない / 母の牛乳/ 天の川 / 世界の象徴としての"母" / 「自己犠牲」は強すぎる言葉 / 選択肢と幸い / 切符とは選択肢 / 山札は世界 / 没頭 / いいモデルは勝手に語りだす


📝出演 & 制作

Board Game Creator:山本龍之介

 ▶︎⁠  https://note.com/ryudus

Direction & Planning :山口未来彦

 ▶︎ https://note.com/nikowan1

📩 storyplay.boardgame@gmail.com

🎙️隔週水曜夜更新


ボードゲームクリエイターの"山本龍之介"とプランナーの"やまぐち"が、さまざまな名作を丁寧に読み解き、その本質をボードゲーム化するプロジェクト「STORY PLAY」。

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サマリー

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』をボードゲーム化する中で、作品にある「みんなと道連れ」と「自己犠牲」が現行ルールに表現できていないことを振り返る。サソリやカンパネルラの行動は自己犠牲として読める一方、勝利や得点を目指すゲームでは、得点上有利な選択と本当の自己犠牲を区別しにくいと語られる。『銀河鉄道の夜』の母親と牛乳、天の川を世界の象徴として読み、ジョバンニを現実につなぎ止める存在について解釈を深める。さらに「本当の幸い」を選択肢の多さと見る考えに対し、没頭することに幸せを感じるという別の見方も示される。ゲーム案として、山札を世界、カードや切符を選択肢とし、1枚選ぶことが他者の選択肢を減らす仕組みが検討される。選択と消費、意思決定の責任をゲーム体験に埋め込みつつ、思想を直接説明しすぎず、遊ぶ人や関係性によって異なる「本当の幸い」が立ち上がるモデルを目指す。会社経営ゲーム『マーケティングタウン』を例に、構造をよく再現したゲームは設計者が意図しない学びまで自然に生むと説明する。最後に、宮沢賢治の遠い概念を誰でも遊べるボードゲームへ開いていく方向性と、次回に手作りの物を用いて試作する予定が語られる。

『銀河鉄道の夜』に足りない「みんな」と自己犠牲
【山本龍之介】 その幸いって何だろう? みたいに思ったら、割とそういう選択肢を減らさないことだなって思ったんですよ。
【山本龍之介】 で、よく言うじゃないですか、子供にもなるべく選択肢を与えたいとか、教育とか。
この番組は、宮沢賢治の銀河鉄道の夜がボードゲームになるまでの物語です。
【山本龍之介】 あのゲームの全体的な感覚とか、ゲームとしてプレイできるみたいな形まで仕上げたんですけど、
【山本龍之介】 もう一度ちょっと立ち返ってみると、本にあってもゲームにないけど、こういう要素あった方がいいんじゃないかなっていうのがあったんで、
【山本龍之介】 そこをちょっと入れられないかなと思って、今日話してるみたいな感じです。
【山本龍之介】 で、それがキーワードで言うと、ちょっと大きく二つかなと思っていて、
【山本龍之介】 一つが、みんなと道連れっていうところ。
【山本龍之介】 で、もう一つが、自己犠牲ですね。
【山本龍之介】 で、作っていくときに、この感覚ないなみたいなのを思い、
【山本龍之介】 で、そのときは割とその二つのキーワードが割と一色端に考えていたんですけど、
【山本龍之介】 分解すると違うなっていうところがあり、
【山本龍之介】 で、それをどっちをどのようにとか入れていこうかなみたいなところの相談です。
【山本龍之介】 で、それぞれちょっと話すと、
【山本龍之介】 自己犠牲は分かりやすくて、銀河鉄道の夜で、
【山本龍之介】 サソリの例とかありましたね。
【山本龍之介】 サソリがこの最後食べられて、食べられそうになって逃げる最中に、
【山本龍之介】 僕はいろんな命を殺してしまったのにみたいな。
【山本龍之介】 僕は井戸にポチャンと落ちちゃって、結局捕食されずにそのまま死んでいくときに、
【山本龍之介】 この命でも捕食されて、何かの命を繋ぐためになったようになみたいな。
【山本龍之介】 それでサソリのアンタリスやったかな。
【山本龍之介】 光みたいな、赤い光っていう風になったりとか、
【山本龍之介】 そもそもカムパネルラっていうのはザネリのために死んだみたいなとこもあったりとか、
【山本龍之介】 タイタニックもそういうところがあったりとかみたいな。
誰かを助ける的なところですよね。
【山本龍之介】 そうですね。
【山本龍之介】 っていうものが自己犠牲と、もう一個、みんなと道ずれみたいな。
【山本龍之介】 これみんなと道ずれ、みんなと一緒に道ずれになるっていう話じゃなくて、
【山本龍之介】 みんなっていう社会全体と道ずれっていうのは、
【山本龍之介】 自分の親しい人とか好きな人、どっちを優先するんだみたいな話ですよね。
【山本龍之介】 もちろんどっちも優先しないといけないけど、難しいけどどっちも考えないといけないみたいな。
【山本龍之介】 っていうその、賢治の思想みたいな。
【山本龍之介】 っていうこの、なんか大きく2つがあるかなっていうところで、
【山本龍之介】 これは確かに新潟鉄道の夜とか、宮沢賢治を読んでいるときに、
【山本龍之介】 なんか大事な感覚だけど、今の前回テストプレイしたところでいくと、
【山本龍之介】 他人の幸せってなんだろうみたいな考えるっていうことはするけど、
【山本龍之介】 そういう概念はない、感覚はないなみたいな。
【山本龍之介】 でもあった方がいいんじゃないかなっていうところです。
【山本龍之介】 なんかなんかゲームにおいては、特にこれ2人でやってるからっていうのもありますけど、
【山本龍之介】 2人でやってるからこそ、割とその相手のことを考えるみたいなことっていうのはしてるんだけども、
【山本龍之介】 そこから先にある、みんな言い換えると社会とか世界って話だと思うんですけど、
【山本龍之介】 世界が良くなるみたいなことっていうのが、あんまり考えられてないかもしれないっていう感じですよね。
【山本龍之介】 世界みたいなものが、それこそ環境問題とかも例えばわかりやすくて、
【山本龍之介】 例えば自分が快適なために冷房を16度でつけますとかなんですけど、
【山本龍之介】 そういうのは環境には良くないけど自分は幸せになるっていう、
【山本龍之介】 これはそのみんなと道連れというのは自分の幸せってところですけど、
【山本龍之介】 それがなんか、じゃあ相手のために良くするっていうこと?
【山本龍之介】 誰かのために冷房を16度にしているんだけども、
【山本龍之介】 実は社会としては良くないみたいなことだったりとか、
【山本龍之介】 これはあまりにも引きなりすぎるんですけど、
【山本龍之介】 そういうみんなとの道連れっていう話で言うと、
【山本龍之介】 社会とそれぞれの関係性の中での幸せっていう二項対立というか、
【山本龍之介】 その二つがあるよねっていうことですよね。
【山本龍之介】 作っていって、その感覚を入れようと思って、
【山本龍之介】 考えていったときに、難しいぞみたいな。
【山本龍之介】 こうやって生きるのかなみたいなのもあったりして、
【山本龍之介】 ちょっとそこを相談したいなと思ってて、
【山本龍之介】 まず、僕の認識として整理すると、
【山本龍之介】 自己犠牲の方は銀河鉄道の夜に明確に入っていると思うんですね。
【山本龍之介】 みんなと道連れは、
【山本龍之介】 宮沢賢治の思想といえば多分いけると思うんですけど、
【山本龍之介】 銀河鉄道の夜にダイレクトに入っているかっていうと、
【山本龍之介】 いけなくはないかみたいな。
【山本龍之介】 サソリの例はみんなと道連れではないし、
【山本龍之介】 それこそ先ほどの自分とみんなみたいな感覚ですし、
【山本龍之介】 ザネリも誰かのためにとか社会のためにっていう感じもあったのかなみたいな。
【山本龍之介】 ザネっていう第三者性ではあると思うんですけど、
【山本龍之介】 みんなとか社会とかそういう感じはないしなみたいな。
【山本龍之介】 タイタニックも同じようにっていう認識があるので、
【山本龍之介】 もし銀河鉄道をめちゃくちゃ強調するのは
【山本龍之介】 自己犠牲っていう方が重要なんじゃないかなみたいな感覚として、
【山本龍之介】 と考えたんですよね。
ゲームでは表現しにくい自己犠牲
【山本龍之介】 その場合、自己犠牲の方でいくと、
【山本龍之介】 ちょっとボードゲームの限界なのかなと思っていて、
【山本龍之介】 あんまりその状況を作り出せないなっていうのが現状なんですね。
【深井】 そもそもゲームという体裁を取る以上、
【深井】 自分が何かしらの手段で勝つというか得をするというか、
【深井】 勝者になる上で、自己犠牲すると勝者になるっていうところの矛盾みたいなことですよね。
【山本】 そうなんですよね。
【山本】 ゲームって基本的に勝ち負けとか成功失敗があり、
【山本】 それは定量的には測ってしまうもんなんですね、数値を用いて。
【山本】 なので、どこまでいっても自己犠牲的な動きをさすことができるんですよ。
【山本】 なんか自分が勝ったら1ポイントで、みんなが勝ったら3ポイントだと、
【山本】 それはみんなが勝った方がいいから自分が死ぬみたいな。
【山本】 でできるけど、そこに自己犠牲的な感覚はなくて、
【山本】 本当に嫌だけど、でも社会とか誰かのためにみたいな、あの感覚みたいなのは発生しないんですよね。
【山本】 なのでちょっとそこが難しいなっていうのが自己犠牲側の話で、
【山本】 一方なんか、みんなと道連れ。
【山本】 みんなをこう、社会全体をか愛する人でいくと、
【山本】 これはいけるんじゃないかなと思っていて、
【山本】 今、せっかく2人とか3人でやったときに、
【山本】 幸いカードみたいな、幸いを感じるだろうカードを、
【山本】 お互いそれぞれ見せずに取って、それを銀河鉄道に乗って探しに行きましょうみたいな。
【山本】 でも、この散れば見舞えてるヒントとかもその人のパーソナリティからとかで、
【山本】 推測して探しに行こうみたいな感じなんですけど、
【山本】 そこに普通に社会の幸せみたいな感じで、
【山本】 その山札から3枚取っておくとか、
【山本】 それか、社会の幸せとして、ちょっと極端にカタカナ言わないとか、
【山本】 そういう別のルールとか入れるっていう、
【山本】 第三者的な目標も用意しておけば、
【山本】 ちょうど悩ましいというか、基本的に目の前の人が大切な人、
【山本】 同じようにプレイヤーしてるから大切な人なので、
【山本】 その人の幸せも探したいけど、
【山本】 同時に社会の幸せも探していかないといけないみたいな、
【山本】 っていうトレードオフが発生するかなみたいな。
【山本】 社会全体もあるけど、
【山本】 もう普通にゲームやってると、
【山本】 同じ点数で目の前の人のために喜んでほしいみたいな、
【山本】 感覚は若干あるらしい。
【山本】 そこをすれば再現できるんじゃないかな、
【山本】 ミニノート未知人の方は、っていうところですね。
【山本】 なので、まとめると、
【山本】 銀河鉄道の夜により感覚近づけるなら、
【山本】 自己犠牲だけど、ちょっとルールでは不可能そう。
【山本】 で、もう少し解釈を広げて、
【山本】 宮沢賢治ぐらいまで行くと、
【山本】 ルールとしては表現できるんじゃないか。
【山本】 で、なんかドッキリをどうしようみたいなっていうのを、
【山本】 悩んで、今って感じ。
ありがとうございます。
なんかあの、
これみんなと道連れの話を、
まあ、自己犠牲も含めてですけど、
悩んでますっていうところで、
なんか事前に話もらってて、
で、なんか僕なりに、
ちょっと考えたことがいろいろありまして、
で、それをちょっと今話せればっていうのは思うんですけど、
聞きたい。
母親と牛乳が象徴する世界
まず、銀河鉄道の夜の作品の中における、
自己犠牲というもので考えていくと、
分かりやすいので言うと、
カンパネルラがザネリ、川で溺れたザネリを助けるっていうのが1個目ありますよね。
で、さらにカンパネルラはもうそこで亡くなるわけじゃないですか。
で、銀河鉄道の夜の最後のシーンにおいては、
序盤にはずっと鉄道にカンパネルラと一緒に乗ってますよね。
で、一緒に行くんだみたいにずっと言ってるわけじゃないですか。
で、一緒に行くということは、
カンパネルラについていくことだから、
それは自死をするっていうことなんですよね。
要はその、黄泉の世界に一緒に行くみたいなことなんだから、
例えばですけど。
で、それをじゃあ結局なぜ序盤にはそこでそういった自死を選ばずに、
そのまんまこう戻ってきたかっていうと、
そこはなんか突然母親っていう存在が出てくるわけですよ。
で、結局母親にその牛乳を買いに行かなきゃいけないみたいなことが最後、
結構この話、銀河鉄道の夜僕、それも読み直したんですけど、
ずっとなんか不思議だったのが、
なんで牛乳の話ずっと最初も最後も出てくるんだよって思ってたんですよ。
確かに。
すごい必死じゃないですか。
最初の方にそのお母さんの牛乳がなんか届いてなくて、
牛乳屋さんに行ってなんで届いてないんだよみたいなことを言うみたいなシーンが入ってたりとか、
それで帰りまたその牛乳屋さんに行ってもらって帰るみたいな話とか、
牛乳を届けなきゃいけないからみたいな理由で、
いわゆる序盤にはカンパネルラを後追いすることなく、
つなぎ止める存在として母親っていうのはいるわけですよね。
これがなんかぐるっと回ってる気もしていて、
ザネリー・カンパネルラ、序盤に母みたいな。
その母の牛乳みたいなところが、
実は第、いわゆる最終盤と言われる、
僕らがよく読んでいるやつで言うと、
最初が天の川が土の流れになっていてみたいな話出てくるじゃないですか。
多分あそこともつながってくるんですよ。
ってことは、いわゆる天の川が土の流れになっていて、
母親っていう存在があるから、
多分この場合のぐるっと回ってるのは母親っていうのは、
さっきの話で言うと世界みたいな話。
つなぎ止める、イコール天の川のわけだから。
世界が結局そうやってカンパネルラを後追いするのを止めたっていうことなんですね。
だから母親っていうのは具体的な像が全く描かれてなく、
そんなに話してるシーンとかはあるんですけど、
どんな母親かっていうのはわかんないみたいな。
それは抽象的な、そういう世界みたいなものを象徴としているっていうことなんじゃないかなっていうのが、
結構これは作品ガチ解釈みたいな感じですけど、
ガチ解釈上はいろいろ考えていって思っていると。
っていうのがまず、銀河鉄道の夜における、
自己犠牲、みんなと道連れみたいなことの解釈かなっていうのはまず思ってるんですよね。
とはいえ、ここからは作品から一瞬離れるんですけど、
僕らがどれぐらいその作品に忠実になるかっていうことと、
あとは僕らが作るなりの思想感っていうか、
そういう解釈みたいなのを入れていいと思っているんですけど、
前どっかの回でリュウさん言ってたんですけど、
本当の幸いは選択肢か没頭か
結局その本当の幸いみたいなものが結局生き死になるんじゃないかみたいなことを多分言ってたと思ってて、
それはそのケンジの時代においては妹が亡くなったりとか、
そういうことがあったりしているから、まさにそういう命のやりとりなんじゃないかみたいな。
だから今話したみたいな話も結局基本ガンパネでも亡くなっているみたいな。
なんですけど、今で言うと強すぎるみたいなことあるじゃないですか、言葉が。
結局別に臨時体験をするようなボードゲームでもないし、
これやっぱり自己犠牲っていう言葉がずっと僕ピンときてなくて、
やっぱり言葉として強すぎるんですよね。
で、やっぱり今自己犠牲って言ったときに若干ある、
これは別に僕が半分ひねくれてるからかもしれないですけど、
偽善感っていうかうのぼれ感っていうかある気がするんですよ。
確かに。
っていうか自己犠牲っていうことをわざわざ言葉に出すことが、
そんな別に出さなくてもいいじゃんみたいな。
だから自己犠牲ゲームですって言うとやばいゲームな気がするみたいな。
めちゃめちゃ偽善にまみれてるみたいな気が若干するっていうのは、
まず自己犠牲ってワードとかに対して、
これ2つ目ぐらい発信して思ってるってことなんですよね。
じゃあみんなとかそういう社会、
いわゆるみんなと道連れにおけるみんなって、
あと本当の幸いですよね。
で、何だろうって考えたときに、
これはまたより僕個人の話になってくるんですけど、
幸いって選択肢が多いことなんじゃないかなって思うんですよ。
なるほど。
で、これはまず僕で言うと、
すごいピーターパン症候群みたいで嫌なんですけど、
あんまり選択肢を減らさずに僕は永遠に生きてきていて、
仕事も何やってるかよくわかんないし、
いろんなことをポートキャスでやったりとかもそうですけど、
結構いろんなことをやっていると。
その根本にあるのは自分の幸いって何だろうみたいに思ったら、
割とそう選択肢を減らさないことだなって思ったんですよ。
で、よく言うじゃないですか、
子供にもなるべく選択肢を与えたいとか、
教育論とかでもそういうことをよく言ったりするじゃないですか。
それが実は本当の幸いなんじゃないかって思うんですよ。
これはめっちゃ個人的な感覚で、
そこから一気に銀河鉄道のような話戻ってくるんですけど、
その象徴が多分切符なんですよ。
つまり切符はどこへでも行けるっていう話を言うじゃないですか。
天井へだって行けるって。
それってめっちゃ選択肢があることだと思うんですよ。
だからこの作品っていうのは実は本当の幸い、
最後切符持って帰るじゃないですか、現実世界に。
それはあれかな、最後の3ですよね。
3個の時だけ持って帰るのかなってなんですけど、
やっぱ切符を持って帰るってことは、
切符自体が本当の幸いの、
絵のもちろん切符って意味もあるけど、
象徴だと思うんですよ。
その繋がりで言うと、
どこへでも行けるとか誰にでも会えるとか、
選択肢がたくさんある。
そのたくさんの選択肢にアクセスできるもの自体が切符な気がするんですよね。
だから本当の幸いは、
こういろんな作品を今見た結果、
僕が思ったのは本当の幸いは切符であると。
つまりそれは選択肢が多いことであると。
山札を世界として設計する
だからゲームに落とし込んでいくと、
どうなるかっていうと、
最初考えたんですよ、
みんなみたいな社会みたいな、
それこそ人狼でいう狼みたいな役割じゃないですけど、
社会みたいな役割を負わせるのがいいのかとか、
いろいろ地球君みたいなキャラクターいるのかとか、
考えたんですけど、
そうじゃなくて、
山札なんじゃないかなって思ったんですよ。
山札。
つまり40枚とか例えばカードがある中で、
そこから1枚引くってことは、
仮にですけど、
世界からそのカードが1枚なくなったっていう風に、
何か考えられないかなっていうのを思ってて、
つまり自分が選ぶということは、
誰かが選ぶチャンスを奪っていることであるっていう。
そのルールのもと、
自分が上がるためにどうしたらいいのかっていうのを考えていくと、
強制的に選ぶことに対する意味付けが生じるじゃないですか。
これも環境問題みたいな話と一緒ですけど、
自分が冷房15度にすると地球が悪くなるみたいな話で、
山札で40枚の中から1枚引くと、
結局40通りの選択肢が社会にあったのに、
39種類になってしまいますみたいな。
そういう選択肢が実は自分が選ぶこと、
自分が幸せになろうとすることが、
山札とか、
あとは相手が同じカードを選べないみたいなことも、
ある意味みんなと道ずりみたいな話のジレンマだと思うんですよね。
そういうことが、
ちょっとこれゲームに細かく落とし込むまではしてないんですけど、
そういうことが選択肢が多い、少ない、
自分が選ぶことが減らす行為であるみたいなことが、
きっかけになると、
意外とボードゲーム上ないだろうし、
銀河鉄道の夜っぽいものになるだろうし、
あとは、
これはめっちゃ小ネタですけど、
僕らが言ってるカードっていうのは、
切符のデザインがいいのではっていうのは、
ちょっとあった感じですね。
確かに。
という何か、
つらつら話しましたけど。
確かに何か、
忘れていったけど、
ベース、
僕らの思いみたいな、
入れるって大事じゃないみたいな、
両方大事なんですけど、
現実は国中立であるとも大事やし、
僕らの解釈も大事やなみたいな。
そうして、
僕もひねくれピーターパンなんで、
気持ちはよくわかり、
めっちゃわかると思ってこの話してるんですけど。
でもそれで言うと、
結構なんか、
違うと思って思ったら、
僕がじゃあその、
幸せって何だろうって思ったら、
むしろ何か、
逆というのかわかんないですけど、
ちょうどそれこそ、
このゲームの鉄板に出てきたから、
そうやなって気づいたやつがあったんですけど、
結構、
僕のキーワードなんか、
没頭なんですよね。
あー、はいはいはい。
あんまり選択肢の有無みたいなところに、
僕はなんか、
あんまり幸せを感じないかもしれないみたいな。
うんうんうん。
まあ、無理やり銀河鉄道に紐付けると、
死ぬほど何かに集中するみたいな状況。
うんうんうん。
死ぬほどで死んでしまったらいけないんですけど、
なんかそういう選択肢が減っていきかつ、
いろんなものを失っていく工程やと思うんですけど、
それなので、
究極形として命を失ってしまったみたいな。
うんうんうん。
何かに没頭した結果みたいな。
っていう風にも言えるんじゃないかなみたいな。
まあ、だからといって、
ゲームどうするかとか置いといて。
うんうんうん。
なので、
まあちょっとその、
そもそもどういう形にするか置いといて、
確かにその、
僕らが何をどう考えるかみたいな、
その幸いの在り方についてみたいな。
っていうのは、
確かにちょっともう一度見直したほうがいい、
うん。
なって思い、
で、
まあちょっとそれの議論を経た後ではあるんですけど、
選択の責任とゲームへの実装
確かに40枚が選択肢で、
まあキップであり、
1枚減るっていうのは、
めっちゃ面白い。
強力ゲームやったとしても、
とはいえ、
なんかまあ、
いいトレードオフになるなって思って。
うんうんうん。
全体として、
例えば他のプレイヤーが勝つためには、
まあ他のプレイヤーに、
その、
手数残さないといけない。
うんうんうん。
けど、
まあ自分は自分で取らないと、
まあそもそもその、
自分の幸福も、
そうそうそうそう。
いやと思うんで、
っていうのは、
みんなと道連れなのか、
自己規制なんか置いといて、
その、
多分、
世界全体が、
幸福にならない器を、
めっちゃ端的に表せるんじゃないかな、
みたいな。
うん。
で、
そういう感覚になれるんじゃないかな、
って今脳内では思ってる、
みたいな感じですね。
なんかその40枚が、
そのカードどうするか、
みたいな話もあるじゃないですか、
うんうんうん。
一方で。
なんかそれも、
もう、
分かりやすい説明としても、
このカードが、
いわゆる世界なんです、
みたいな。
うんうんうん。
結局世界を示すのはこのカードだから、
そこから選択肢が減ってきて、
みたいな。
うんうんうん。
とはいえ、
なんか幸せを探しに行く、
みたいな。
うんうんうん。
なんかそういうその、
一見設定は結構シビアなんだけど、
うんうんうん。
別にそんな、
難しいことを言われればそうだけど、
シンプルにゲームとしても、
子供も楽しめるぐらいの、
うんうんうん。
なんか、
難易度になり得るかな、
みたいので、
うんうんうん。
で、
さっきのその、
幸いが没頭みたいな話も、
うんうんうん。
結構それも、
なんかやっぱそれぞれじゃないですか、
とはいえ、
幸いって。
うんうんうん。
で、
そのなんか没頭するまでの過程、
みたいなことだと思う、
そのゲームで言うと。
うんうんうん。
で、
結局1個を見つけるまでに、
うんうんうん。
まあ何個かやったりとかっていう、
うんうんうん。
今回で言うとカード、
例えば、
えっと、
まあ初っ端引いたやつが、
その一番自分にとって幸いかどうかって、
まああれなわけで、
うんうんうん。
だからその、
今回で言うとその、
最後の最後の、
マス目にたどり着くまでに、
ずっとそのカードだけ持ってる、
まあ多分そうじゃないのかもな、
みたいな、
うんうんうん。
こととか、
なんかそ、
そこの没頭するまでの過程で、
多少のそのトレードオフみたいな、
うんうんうん。
ことはあるかもだから、
まあ、
なんかゲームの中に入れられそうな気は、
しているっていう。
うんうんうん。
まあいい意味、
広い意味でその、
別に選択肢が多様であることが、
幸いっていう、
うんうんうん。
だけの1位のゲームになり得ないっていうか、
うんうんうん。
最初の発想自体は、
僕はそれから発想してますけど、
多分ゲーム体験としては、
それが強いメッセージっていうよりは、
うんうんうん。
なんか割と、
なんていうんだろうな、
こう、
選ぶことに対する責任みたいな、
うんうんうん。
そうですね。
それがその、
多分まあみんなと道ずれって、
まあトロッコ問題とか、
そういう話になってきますけど、
うんうんうん。
結局その選択することに対する責任の話なので、
これって。
うんうんうん。
それを責任を取るっていうことが多分その、
まあよく世の中に言われますが、
大人になることみたいな話で、
うんうんうん。
だからそういうことをやっぱり、
なかなかこう減られないみたいなことが、
うんうんうん。
みなさんは顕示的なこう、
ジレンマな気が、
うんうんうん。
僕はなんとなくしてるので、
そこが、
なんか、
ゲームにすると、
こういう今話したみたいな、
思想性が意味で薄まる気もするっていうか、
うんうんうん。
な気はしてる。
うん。
そうですね。
なんか、
そう思想性薄まるし、
まあ結構あくまでも、
着想のアイディアの、
そうそうそうそう。
1個の感じもするなみたいな、
うんうんうん。
で、
それこそその、
切符、
まああのカードが世界であるっていうところは、
よくて、
でもそれの選択肢が多いことが幸せであるみたいな、
メッセージがあるとちょっと、
うん。
個人的なあれとは外れるなみたいなのは、
うんうんうん。
あったんですけど、
でもたぶんそうではない感覚になるし、
完全に100%イコールの表現になると怖いなと思ったんですけど、
それも1つの、
なんか構成要因のうちの1つであるみたいな、
そうそうそうそう。
たぶん感覚になって、
なんかそうあるといいなみたいな、
なので、
で、
実際たぶんそうなるだろうし、
だから結構そのギミックいいですよね。
たぶん。
ゲームに反映させようかめっちゃ考えますね。
そうなんですよ。
はい。
僕はその細かいゲームというよりも、
こういうなんか、
あれだと思ってるんで、
うんうんうん。
結局やっぱキップってあとは、
まあこの着想もう1個あるのが、
キップってキップを切るって言うじゃないですか。
うんうんうん。
まあそれってある意味消費の行為な気がするんですよね。
はいはいはい。
まあ今回で言うとそういうその、
まあ別にSDGsゲームみたいな作るつもりじゃないですけど、
うんうんうん。
いわゆるその選択と消費とそういう選ぶ責任みたいなことが、
うんうんうん。
まあなんとなくそういうキップみたいなツールともつながってくるし、
うんうんうん。
まあわかりんじゃないかなっていう気はしている。
なんか選択というねキーワードがいいなと思うんで、
うんうんうん。
確かに。
そういうあの難しいお題だけ僕は投げる係なんですけど。
なんか、
そういう理由とたぶん今もある程度それにのっとっていると言えるんですよね、
うんうんうん。
ゲームルールが。
わかります。
でも、
えっとたぶん感覚的に違うのは、
まあ、
まあ、
ちょっとその例から聞いてしまったからですけど、
明確に40枚という世界があって、
そこから1個失われたっていう感覚が、
うんうんうん。
持ちにくいんですよね。
うん。
まあ、
やってることは一緒で、
うんうんうん。
ボード上にカードが大量にあって、
そこから引くわけで、
そうそう、
コインは一緒なんですよね。
コインは一緒なんですけど、
たぶんまとまった束から抜くとか、
っていう感覚が、
薄い感じがする。
だから、
コインは一緒なのに、
その感覚違うのを作らなければいけないみたいな、
もしかしたら、
今のルールのままで、
なんか工夫すれば、
選択している、
自分の意思決定によって、
もしかしたら全体に影響を起こすかもしれないし、
うん。
みたいな、
その感覚を出せるかもしれない、
うん。
っていう、
なんかちょっと、
今聞きながら考えて、
そこまでみたいな感じです。
できるんじゃないかなっていうのは、
ちょっとどうやるかっていうのは何もあれですけど、
うん。
できると思いますね。
再現度の高いモデルが自然に語るもの
これはなんか、
いい再現できたゲームを作れると、
それがやりやすい、
みたいなのがあって、
うん。
たぶん、
本質的な構造に近いものであれば、
なんか勝手にそこから感じ取れるものも、
出てくるみたいな。
ああ。
なんか、
会社として作っている、
マーケティングタウンって、
ちょっとめちゃくちゃやさしい話なんですけど、
いいですね。
の方とかだと、
会社経営をするゲームなんですけど、
その最初のテーマはマーケティングだったんですね。
3Cとか4Pとか、
マーケティングの、
フレームワークを体験するには、
みたいな感じだったんですけど、
でもたぶん結構リアルに会社経営を、
再現できたがゆえに、
勝手に財務とか経営戦略とかを学べてたんですよ。
ああ、
なるほど。
そこの重要なところも再現されていて、
モデルとしての完成度が高いと、
うんうんうん。
世界として機能しているので、
勝手に感じ取れるみたいな感じになる、
という、
うんうんうん。
人生で初めて言語化したこの現象がある、
認識はしてたんですけど、
人に言ったの初めてで、
そういう感覚に近いかなと思いますね。
でもそうです。
まさにその、
本当の幸いみたいなものが、
結構これってそのさっきの、
1位に決まらないっていうか、
1個に決まらないみたいなことも、
たぶんそういうある意味、
世界観っていうか、
結局その、
ゲームがなぜ豊かかみたいな話じゃないですか、
これって。
そうですね。
ゲームの定義みたいな話とか、
ちょっと一緒で、
結局そこはその、
いわゆるRPGとかみたいな、
RPGちょっと違うんだけど、
そういうシナリオがあって、
一つの物語を体験するのではなくて、
結局やる人によって多様に分かれているからこそ、
うん。
受け手によっていろんなものも違うし、
だからこそそういう、
物語とゲームってちょっと違うみたいな話って、
うん。
あるのと結構近い話で、
今回の話も、
今話してる話がうまく実装されてくると、
うん。
実はやるタイミングによっても、
やるメンバーによっても、
本当の幸いの在り方っていうのが、
ちょっと違くなる気がするんですよね。
それは自分が引くカードかもしれないし、
カードというかキップかもしれないし、
そういうことがあるんじゃないかなっていうのは、
これはその、
完全に僕が、
ボードゲーム素人なんで、
どうゲームに起こせばいいかはあれなんですけど、
漠然とこういう、
物語解釈から流れを考えてて、
思っているとこっすかね。
うん。
誰でも遊べる『銀河鉄道』へ
遊ぶプレイヤーによって違ってっていうのが、
そうやなって思ったのがあって、
現状のルールでテストプレイやってたんですけど、
はいはい。
ちょっと今回本質とはずれてるんですけど、
面白いのが、
相手の幸せを探すみたいな感じのテーマで、
そのためにヒントを出したりするんですけど、
うんうん。
当たり前なんですけど、
まだ関係性が浅い人が、
そんなに人間性まで知らない人、
そうやってプレイすると、
あくまでその、
大きなパイから削っていくんですね。
はいはいはい。
まずはこっち側じゃないみたいな、
削っていくみたいな。
インドアかアウトドアかみたいならしいですね。
そうそうそうそう。
そういう大きいとこから削っていくってことですよね。
そう。
親しい人は、
僕がインドアなことは知っているので、
アウトドアは削る必要がなくて、
インドアの中で、
極端なこと言うと、
ヨーガを削るみたいな、逆に。
踏み入れたりできて、
その伝えたいメッセージの感覚が違うのもおもろいなと思って、
どっちがいいとかではなくて、
言ったらゲームの戦略なんですけど、
変わってきてるなみたいなのは、
すごい嬉しいと思いましたね。
そういうことも、
さっきの選択肢的な、
選ぶみたいなとの責任みたいなことと、
かみ合わせると、
一個個、
別に深みってわけじゃないですけど、
物語性、
作品性というか、
銀河鉄道によるであるっていう、
意味合いもプラスになるかなっていうのは思いますね。
そうですね。
それで考えてみます。
選択肢があって、
そこから取っていく感覚。
これは僕が思っていたことを、
今日伝えられればと思っていただけなので、
そういうところを。
近い気がしますよね。
端的に説明できる感覚があるんですよね。
そうそう。
そうなんですよね。
理性もそうですけど、
本当の幸いとか、
みんなとか道連れとかが、
ワードとしても、
僕らはいろんなものを読んでるし、
銀河鉄道、
宮沢賢治用語なわけじゃないですか、
簡単に言うと。
宮沢賢治用語で、
ちょっと遠いなって、
自分の感覚として、
他の人が聞いたときに、
ちょっと遠い感覚だなって思ってたのが、
近いところに引っ張るとどうなんだろうって考えて、
こういう話をしてると、
そうすると、
ボードゲームって、
誰でも遊べるものだから、
そういう開いてる感じがあった方がいいなっていう、
感覚ですかね。
そうですね。
何段階か説明しないといけない、
論理をかまさないといけないみたいな感覚が、
減った気がするんですよね。
お願いします。
という感じですかね。
ですね。
いいお題だな、これは。
僕はあとは応援する。
別に何かあればまた話しますけど、
ちょっとまた、
じゃあ次回お願いします。
はい。
次回はちょっと、
物を持って手作りできたらいいなと思ってます。
大丈夫です。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
31:14

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