山本龍之介 めっちゃギスギスしてなんかポイント取って、俺が幸せだぜ、勝ちだぜみたいなのは違う気がしますね。
山本龍之介 いや違う、俺のほうが絶対幸せ。その幸せポイントは俺の。
この番組は、宮沢賢治の銀河鉄道の夜がボードゲームになるまでの物語です。
山本龍之介 はい、ということでどうですか、龍さん。
山本龍之介 そうですね。前回の最後にも、次はある程度ゲームの形を作りたいなみたいなのを言ってた気がするんですけど、
考えれば考えるほど沼ってしまって、もう一度相談させてくださいみたいな感じで。
山本龍之介 いやいやいや、あるあるじゃないですけど、ありますよね、そういうのね。
山本龍之介 そうですね。本当に前も多分話したと思うんですけど、ちょっと深掘りすぎたんで、結局どうすればいいんだろうみたいな感じになって。
というのにちょっと今日相談させてください。
山本龍之介 前回、銀河鉄道の夜結局どういう話なんだっけみたいなこととか、
やり終わった後にどういう感覚になったらいいんだっけみたいな話を確かしてたと思っていて、
その中で言うと、星が見たくなるとか、そんなようなことに繋がればいいんじゃないかなみたいなこととか、
確か前回話してたような気がするんですよね。
でなんか、別にそれを受けても受けなくてももちろんあれなんですけど、
どんなことに行き着きそう、行き着いた、迷ってるって感じですか。
山本龍之介 そうですね。それこそ前回のところ受けて、星が見たくなるは絶対外しちゃいけないなと思ったんで、
それに縛られてるわけじゃないですけど、それを中心に考えていって、
次ゲームを作るときに考えるの、プレイヤーは何を目指すのかみたいなっていうのを考えるんですけど、
まずそこでぶち当たってしまって、プレイヤーは何を目指すんだろうみたいな。
人生ゲームだとお金一番稼いでできるだけ早くゴールしようみたいなのがあったりとか、
得点稼ごうみたいなのがあったりすると思うんですけど、
このゲームというか銀河鉄道の夜においてプレイヤーは何を目指してるんだろう。
で、もう一つの疑問がそもそもプレイヤーって誰だろう、誰で何をしてるんだろうみたいな。
っていうところにぶち当たってちょっとこれは相談したいなみたいな感じです。
なのでまとめるとプレイヤーは誰で何をしていて何を目指すのか、ゲーム的に言うとその勝利条件とか、
何を稼ぐのかとかそういったところをちょっと考えたいなという感じです。
でもベタに考えて、すごいシンプルにその幸い幸せみたいなことがテーマですって言われて、すごい素人的な発想ですけど、さっきのベルビングポイントじゃないですけど、幸せポイント、要は一番幸せな人が勝ちですみたいなことになるわけじゃないですか。
すごいシンプルに考えるんですよ。そうすると幸せポイントみたいなのが多分あると。ただこのシナリオに対してなんか違うなと僕が思う一つの要因としては、そもそもその一位に幸せとか幸いみたいなことは決められない、一通りではない。
それはこの銀河鉄道の夜でも描いている。だからそうだとは思わないと。ただこの話で、果たしてこの話で描かれているラストも含めて、結局それが本当幸せなんだっけみたいな話とかっていうのはわからないと。
ただそういう幸せとか幸いみたいなものは、きっと存在するであろうという仮説の下書かれているってことですよね。だからこれがどうなるかわかんないけど、ゲームをやるたびに結局点数が高い方が勝ちなんだけど、そのゲーム上での幸せはこれになってるみたいなこととかってあり得るのかなと思ってて。
別にこのままゲームにするとかじゃないですけど、例えば銀河鉄道の夜って話1回なしにして、わかりやすい話で話しちゃうと、なんか幸せエピソード話して、その上に3ポイントあげる、5ポイント持ってて、なんかその3人話してその5ポイントをそれぞれ振り分けていくみたいな。
一番高い人勝ちみたいなのって、例えばですよ。やる人とやるゲームタイミングによってその幸せ価値観って変わるじゃないですか。だからこういう方式であれば幸せ価値観はゲームごとに違うし、ただゲームをやっている上では1位の人が幸せであったみたいなことになるじゃないですか。
っていうのがすごいシンプルに考えるとまずあるなぁとは思ってますと。で、他の話としてもう1個、星だったりとか自然科学。もっと言うと、湯の中自然に対する解像度を上げましょうみたいな。
だから先生もやっていたし、そういう子供たちへの教育熱心だったところもあると。ってことは矢沢賢治的にそういう幸せ至るためには、なんか解像度というかいろんな気づきを得ることが重要みたいなことなんじゃないかなと思ってて。
知識の発見だけじゃなくて、ふとした違いに気づくとかそういうことも含めていたんじゃないかなと思ってるんで。ただ一方で自然科学的な気づきっていうのは基本的に最初の話とは逆ではないけど、ベクトルが違って誰がゲームをやっても同じ点数になるみたいなことが基本はあって。
あとはなんかその最初言ったみたいなやる人によって点数がそもそもランダムじゃないけど、そういうのが変わっていくみたいなとっていうのがあると。
なんかなんとなくその世界観みたいな、なんかやりたいことの世界観みたいなのはすごいめっちゃ抽象的な話だから超わかりにくいんですけど、なんか満たされるような気はしている状態として。
そうですね。なので、こうゲームの旅に変わるプレイヤーの幸せと普遍的な自然科学的な気づき、2つが得点源というか目指すものになってきて。
あるとなんか2つともその両軸で全部変数だとそのぐちゃぐちゃしちゃうじゃないですか。変わらないもの変わるものっていうのがあると、なんかいいんじゃないかなみたいなのはちょっと思っているのと、
ただなんかこれを多分わかりやすくするために、もう少し物語と近づけるために必要なのがプレイヤーは誰なんだって話だと思っていて、今のこの話の路線でいくんだったら素直に考えると乗客じゃないですか。
人であるべきだから、まず列車ではないと思うし、人であるべきなんだけど、なんか人説には言語化できないけどなんかなんとなく違う気が若干してるっていうのが、感覚なんですけど、なんか納得してない気がするんだよな。
めちゃくちゃわかるくて、でも本当に何でかわからない。猫のせいなんかな。
銀河鉄道の夜に限らずですけど、物語構成ってそのだいたい神話に遡るとみたいなあるじゃないですか。何パターンかになってみたいな。それでいうとあれはその物語を推進する上で一番大きな要素は鉄道なわけですよ。
鉄道があるから、主人公とかの意思に逆らえない運命の象徴として鉄道があるわけですよね。エスカレーターでもあれなんでもいいんですけど、例えで言ったら自動で進んでっちゃうもの。勝手に進んでいくものとして鉄道があると。
で、多分僕がなんとなく腑に落ちないというか決めきれないのは、そのなんか鉄道に乗った乗客だと、じゃあ鉄道どこに行くのみたいなのは決まってないからと思うんですよ。どこに行くの、何するのみたいなことは決まってないからだと思ってて。
ただその、ただ実はなんかゲイが鉄道の夜を読んでると、これは僕の勝手な解釈かもしれないですけど、鉄道あんま重要なんじゃないんじゃないかっていう気は僕はしてるんで。
だからそういうなんか運命の比喩みたいなものを鉄道にして乗客にするみたいなことはそんなに重要じゃないんじゃないかなっていうのを思ってるのかな。多分言語化するとそうかもしれない。
でもなんか大前提にというか、こういろいろ立ち返って銀河鉄道の夜のボードゲームができましたってなって、でまぁ最初こういうゲームですっていうときに、なんかやっぱりスッとイメージして、お、ってワクワクするのは銀河鉄道に乗り込んで銀河を巡りながら何とかするんですっていうのが、
やっぱり普通にワクワクするなみたいな。
一番わかりやすいですよね。
そう。で、そこは結構大事にしたいというか。
分かります分かります。