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DAOで地域とあそぶラジオ。この放送は、地域から地域を盛り上げるテーマにしている、札幌発スタートアップあるやうむのターナーが、楽しみながら関われる地方創生やコミュニティの話をしているラジオになります。
ということで、今日は結構久々というかですね、ちゃんとその地方創生とかコミュニティの話ができているなーっていう対談会ですね。
北海道余市町の地域おこし協力隊員を、今年の3月に卒業された、かぶらぎさんという方をインタビューさせていただきました。
余市町田尾ねひろさんからの紹介であり、彼は何でインタビューさせていただいたかというと、卒業してすぐに、余市町で飲食店を始めたんですね。
その飲食店というのは、先輩移住者というか、方が開いている駅前のワインバーのところを曲がりして始めた、ワイン&カフェみたいな、カフェバーみたいな感じのことを始めたんですよね。
なので、なおまねの人たちにも聞いてほしいですし、地域でお店をやるっていうところの、どういう流れでそういったことができたのかっていうところの話ですね。
結論から言うと、人との繋がりだったりとか、壁を越えていくみたいなところなんですけど、そういったところがめちゃくちゃ楽しかった。
かぶらぎさんとの対談を、この後本編、聞いていただければと思います。
チャプターにですね、かぶらぎさんがされているワイン&カフェっていうお店のインスタグラムだったりとか、
彼個人のインスタグラム、リンク等を、こちらチャプター等に貼らせていただきますので、気になった人、ぜひ見ていただいてですね、いいねだったりとかフォローしていただけると嬉しいです。
ということで、次のチャプターから本編へどうぞ。
はい、それではですね、ダオで遊ぶ、ちょっとタイトルコードいきなりなんか緊張して、いきなり緊張してってか、めったにやらないミスをしたんですけれども、急にど忘れしてしまったので、ちょっと待ってください。
めちゃくちゃ今笑われてます。めっちゃ笑われてます。ちょっと待ってくださいね。今までやったことないミスを。
タイトルコールができなかったですね。ダオで地域で遊ぶラジオが言えなかったっていう初めてのあれなんですけれども、ダオで地域で遊ぶラジオの特別対談会ということでですね、本日はゲストの方に来ていただいております。
かぶらぎさんです。名前だけの紹介なんですけど、かぶらぎさんも早速自己紹介からお願いいたします。
はい、元与一町地域おこし協力隊の水産業支援員3年間やらせてもらってました。かぶらぎゆうなと申します。よろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。はい、もう僕もほとんどちゃんと事前の打ち合わせもほぼせずにですね、いきなり初対面で今日話しさせていただいているこのノリについて来てくださっている非常に良い方ですね。
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で、今回どんなことをお話ししたいかというと、北海道与一町で地域おこし協力隊を3年間任期を終えまして、今はですね、自分でお店を構えて独立というか、そういったことをされているので、非常にですね、僕も立場的に今地域おこし協力隊ダオっていうプロジェクトをやってて、着任者の出口みたいなところをかなり研究しているので、
ヒロさんとミーティングしている中にね、このかぶらぎさんのお名前が出て、ちょっとインタビューさせてくださいということで、今日実現しました。早速ですが、もうざっくりなんですけれども、3年間、どっから伺おうかな。今、卒業されてどんなことされてるんですか?
はい、私は卒業後に、与一町の協力隊の先輩で、既に卒業されてた方たちとちょっと協力してですね、与一駅前の、もともと近道日で営業してたワインっていうお店があったんですけれども、
その飲食店の月から木、やっぱり駅前ですごいいい立地なので、開けておくのはもったいないということで、そこを利用する形で、近道日の週末とはちょっと違った形で飲食店営業を始めまして、
近道日は14時から21時で、昼過ぎから夜にかけてちょっとお酒を飲みながら、軽くママの作ってくれたおつまみを食べたりするっていうようなお店だったんですけど、
平日、結構与一町って、特に水曜日とか木曜日にランチを取れる場所が定休日が多くて少ないとか、あと電車も1時間に1本ぐらいとか、バス待ちだったりも結構同じような時間があったりして、
結構駅前で時間を潰すのが難しいっていうような方とかも多かったので、そういう方たちの受け皿というか、ランチ難民とか電車バス待ちの方たちの受け皿として、
札幌とか都心部だと駅のすぐ目の前にタリーズとかドトールとかプロントとかそういうのがあると思うんですけど、そんな形で軽く入ってコーヒー1杯とか、何ならビールとかワイン1杯飲んで、
ちょっと時間潰したりとかしていただけるようなカフェ兼バーというか居酒屋というかがあればいいなと思って、そういう形態で新しくスタートさせてもらってまして、昨日でとりあえず2週間営業を終えたというような状態になりますね、今。
まだね、始めたばかりでっていうところである。まず、僕もいろんな地域のいろんなところに行ったことはちょっとあるって感じなんですけど、もちろん札幌駅だったりとか中核市っていうか県庁所在地的なところっても駅前も低手余ったというか、いろんなお店あるんですけれども、やっぱりその1時間に1本の電車とかバスみたいな、
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駅のところって本当にコンビニがあればおんのじみたいな感じで、ちょっと休むカフェとかもなかったりするので、与一は駅前まで行ったことあるんですけど、確かにあそこにそういったものがあるっていうのが希望だなって思ったのがまず1点なのと、あとはいくつかお伝えしたいことがあるんですが、まず1つの飲食店経験っていうのはあったんですか?今までは。
今まで飲食店は本当にアルバイトを学生時代の時しかしたことがなくて、学生時代に宅配ピザのお店だったり、ラーメン屋さんだったり、あとちょっと変わったところだとラウンジで防衛兼厨房というか、そういった仕事とかもしたりしてたので、
ちょっと調理したり、食品扱うとかはあったんですけど、1人で完全にワンオペで全てをやるっていうのは初めての経験なので、なかなかちょっと苦労してます。
いや、そうですよね。そもそものところで言うと、与一の協力隊ということでしたが、その与一町に来る前っていうのはどこからいらっしゃったんですか?
そうですね。結構各地を点々としてたんですけども。
出身はどこ出身?
東京の大梅市なんですけども、そこから高校生の時に都立の伊豆大島っていう島にある全寮生の水産高校に3年間通いまして、そこを卒業してもうちょっと海のこと勉強したいなと思って、
静岡の清水にある東海大学の海洋学部に進学しました。
そこでまた4年間海のことをいっぱい勉強したり、海で遊んだりしながら4年間過ごして、その後卒業してまたちょっと離島のゲストハウスの管理人に新卒で就職したんですけど、
ただ、ちょうどコロナ全盛期というか一番つかった時代で、入社して、入社というか知り合いの会社だったんですけど、4月、5月ちょうど緊急事態宣言が発令されて、
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お客さんが本当に常連さんとか仕事で来た方数人だけお相手して、ゴールデンウィークとかの予約も満パンだったのを全部キャンセルしなきゃいけないような状態になったりして、
ちょっとそれで仕事をこの状態で給料をもらい続けるのも心苦しかったのと、ちょっとやりがいを見失ってしまって、一旦そこの仕事を辞めますという形で、ちょっとゲストハウスを辞めてまた静岡に戻って、
大学の先生たちとちょっと相談しながら仕事をどうしようかって探してたら、そこでちょっとまた船舶免許の先生という変わった仕事があって、そこで仕事をしていたんですけども、
海でそうやって船乗って仕事できるかなって思っていたら、その業務以上にそれ以外の全く違う部署の仕事とかの方が実際は多かったっていうような状況になっちゃって、
どうしても海から離れてしまうとなかなかストレスがすごくて、思ってた仕事とちょっと違ったなってなって、1年ほど働いてそこを辞めまして、
当時付き合っていて、今結婚して妻なんですけれども、出身が札幌でして、結婚するんだったらちょっと親御さんの近く、ご実家近くがいいよねっていうことで、札幌に何も決まらないままとにかくとりあえず行こうっていうことで一遊して、
そこからいろいろ仕事を探したりとかしている中で、ずっと海のこと勉強してきて、でも海に関わる仕事って何だろうって思ったときに、漁師さんたちの現場で働くっていう経験をしたことがないなと思って、
漁師さんたちが新規就業者を募集するようなイベントがありまして、そこに行って、ちょっと漁師さんたちといろいろ話をしたりとかしてたんですけど、比較的ラフな格好な漁師さんたちとかが多い中で、カチッとスーツを着込んだ方が3人座られているブースがあって、
どこを見てもあの人たち漁師じゃないよなって思って、ちょっと興味が湧いて、お話を聞きに行ったら、与一町の役場の農林水産課の人たちで、地域おこし協力隊っていうのはその時もなんとなく頭の中に情報があったんですけど、
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地域おこし協力隊で漁師の支援、水産業の支援っていうのが初めて聞いたケースだったので、これは面白そうだなと思って、それでお話を聞いて、与一町のこともちょっと調べたら、めちゃくちゃポテンシャルのある町だなと思いまして、
もうその次の日ぐらいに、もうすぐ与一町に行きますって連絡をして、もう2ヶ月、たった1ヶ月半ぐらいで引っ越しして、地域おこし協力隊になるっていうような流れでした。
【佐藤】流れで、奥様も一緒にって感じだったんですか?それとも通いだったんですか?一緒で?
【加藤】一緒に与一に引っ越してきてっていう感じでした。
【佐藤】札幌と与一だとね、高速とか乗るとほんと1時間ぐらいみたいな感じなんで、通おうと思えばねってところもあったんですけど、奥様と一緒に与一に来て、そこから具体的にはその3年間、その漁師さんのサポートっていうのはどういったことをされたんですか?
【加藤】まず最初の1年は、与一町のその海のことを全く知らないような状態だったので、まずは漁業共同組合の方に所属させてもらって、半年間、市場で競りだったりとか、入札のお手伝いをさせていただいて、
漁師さんたちから直接魚とか預かる場所なので、漁師さんたちにすごい顔を覚えてもらえるなっていうところで働かせてもらいつつ、残りの半年間で今度は組合が持っている冷凍加工部の方に所属しまして、
水揚げされた魚がどう加工されたりとかして、どこに流通していくのかっていうような裏のお仕事も勉強させてもらうっていうような1年間を最初に過ごして、残りの2年間は漁師さんのもとに実際に弟子入りして、完全に1年間漁師さんと同じ生活をするっていうような形で、
漁の準備をするところから、実際に沖に出て魚水揚げして、市場に魚を卸してっていうところまで全部体験というか、もう完全に漁師の、漁師見習いの生活をする2年間を過ごしました。
はい、なかなか結構濃い目のフィジカル系、漁師さんってやっぱ大変なイメージがね、朝早かったりとかイメージがありますが、いろいろお伺いしたいことあるんですけど、そこの漁師関係とか海のことと今のカフェというか飲食店そちらの方は接続してるんですか?リンクしてる部分とかはありますか?
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ちょっと今現状まだちょっとスタートして2週間というところで、あんまりこう繋がってる部分っていうのを作れてないんですけれども、やっぱりいつもワンオペなので、調理の幅をあまり持たせすぎると最初ちょっと自分がパンクしてしまうなと思って、
今は洋一さんのいわしを使ったアンチョビを、組合が作られていて、それを使ったアンチョビポテトと酒とばだけはちょっとこう海っぽいものなんとかねじ込んで、
後々ちょっと洋一のお魚を使った料理っていうのは増やしていきたいなっていうふうには考えていますね。
ありがとうございます。そこをやってきたのはやっぱりいいですし、自分でとかってねかなりストーリー性もあるし、全然あれなんですけど、僕も軽くちょっと飲食って自分でもやってた時あるんですけど、ワインとかもちょっと扱ってたんで、
アンチョビポテトを作ってたなって、別にその素材にそこまでこだわったものではなかったんですけど、あてに作ってたんでちょっとお腹空いてきたなと思ってたんですけど、アンチョビポテトいいですよねっていうのと、
あと海のもので、これからまだ初めて2週間なので、まずそのオペレーションとか慣れてきてから徐々に仕込みとかね、なってくると思うんですけど、そもそも先輩と一緒に協力してだったり、その流れだったりとか、3年間のところでそういった先輩とどう仲良くなったのかとか、ある程度信頼関係ないと、
じゃあやってよとかならないと、いいよとかやってよとかってならないと思いますので、地域の方たちとのそういうコミュニケーションの取り方だったりとか、そういう信頼関係が作れてきたのってどうやってやってきたんですか。
そうですね、もともと最初に先輩たちと知り合ったというか、顔を合わせたのは、その先輩が与一町で飲食店を開かれていて、そこに食べに行ったりとかしたりしたのが一番最初だったんですけれども、そこからちょっと個人的に飲んだりとかお話しするような仲になって、
ちょっとやっぱり協力隊という形で全くよその人間が町に入ってくるということで、ちょっとトラブルっていうほどではないんですけれども、ちょっと思うところがあったりとかしたときに先輩としてちょっと相談に乗ってもらえませんかという形でお話し聞いてもらったりとか、
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そういう積み重ねで協力隊の先輩とは仲良くなったっていうような感じなんですけれども、地域の方たちともつながりつくるのは本当にとにかく、これは私の場合ですけど、
元気よく会ったら絶対挨拶するし、ちょっと世間話とか、とにかくコミュニケーション取るっていうのはすごい気をつけてやってましたね。
ありがとうございます。僕がヒロさんだったりそうなんですけど、着任した方々のサポートをさせていただいている立場なんですけど、僕も東京が学校卒業してから東京で30歳ぐらいまで仕事とかしてて、そこから地域ってどこに行ってお店作ったりとか、地域の方々っていうのを交流してた経験がある。
ちょっと前になるんですけど、そういったところからですね、やっぱり今、神楽さんおっしゃったように、言葉が適切かわかんないですけど、下手に出るじゃないですが、やっぱり自分は外から来たものだっていう、都会化で復活するとかじゃなくて、やっぱり挨拶する部活で言ったらやっぱり1年生で、いらっしゃる方たちが2年生3年生先輩だっていう感じで、
僕も体育会系だったんで特にあれなんですけど、おっしゃる通り笑顔で挨拶して、あいつ元気そうだなってね、なんか偉そうにしたりとかじゃなくて、やっぱりそれはやっぱり基本なんだなっていうのは改めて思いましたし、やっぱりそういうふうに挨拶してる最初はあれなんですか、やっぱり地域性とかあると思うんですけど、よい知事長の皆様はなんか最初はなんだお前みたいな感じで認められなかったのか、
最初から結構、おお、みたいな感じで受け入れは良かったのかというと、どんな感じでしたか。
そうですね、人によるって言ったらそれで終わっちゃうんですけど、結構予想から来たんだって、東京なの、なんでまたこんなところにみたいな感じで、結構興味持たれて話しかけられるパターンの方が比較的多かったとは思うんですけど、
やっぱり、領事さんの方とか行ってからは、やっぱり最初はこう、今までずっと勉強してきたとかって言いつつも、やっぱり現場の仕事をやってなかったこともあって、なんかこう都会から大学出て、なんかやってるやつが来たけど、ろくに仕事できねえじゃねえかみたいな目で見られてたと思うんですよ。
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でも、もうとにかく、領事さんたちに分からないことは分からないと聞いて、必死にとにかく食らいついて頑張っていたら、なんか気がついたら、この後仕事終わった後、温泉行こうやとか、コーディを覚えてくれたりとか、だんだん頑張りを見てくれてたんだなあっていうような感じで、
気がついたら打ち解けて、輪の中に入れてるっていうのがあったので、やっぱり本当、その苦しい最初の段階を協力隊の先輩とかに相談しつつ、乗り切れたら、すごいなんかこう打ち解けられた。
その壁を乗り越えると、逆に今まで何だったんだよってぐらい、すごいなんか親密に慣れたので、やっぱりそこが乗り切れるかどうかっていうのは、すごい地方での協力隊の大事な資質というか、最初の壁だと思いますね。
ありがとうございます。やっぱりね、なんか、そうですよね、いいイベントなんだろう、こういうシミュレーションゲームだったとしたら、やっぱりそこで先輩からコーヒー誘われるとか、この後空いてるかって声かけられるって、やっぱりその親密度がなんか50ポイント以上いったら発生するイベントみたいな感じで、多分その笑顔でちゃんとやるとか、あいつ真面目に仕事してるなとか、
なんかわかりやすく、東京の大学出た、お坊ちゃまじゃないけど、勉強してきたやつで現場出てきて、現場やったことないんだろう、都会もんが、みたいな、多分そういうのもやっぱちょっとあると思うんですけど、乗り越えた今のストーリー、やっぱいいなって思いましたし、
ポイントはやっぱりあれですかね、なんかこう着任して、やっぱり同じ協力隊の先輩、自分と境遇が近かったりとか、移住者の気持ちもわかるし、自分より長く与一町にいるので地域のこともわかるっていうその中間みたいな人に、やっぱ素直に、頭下げにいったって言ったらこれも言い方がちょっと違うかもしれないですけど、助けてくださいとかお願いしたっていう、やっぱその素直さというか、ちゃんと頼るみたいなのが一番ポイントですかね。
これはどういった視点で聞いてるかっていうと、今着任している、今協力隊やってる人にあえてその先輩風、先輩的なことで言うんだったら、やっぱそこが一番ポイントでしたか。
そうですね、やっぱり協力隊を得て与一町に定住できてるっていうことは、さっき言った壁を乗り越えた人たちなので、人によってその乗り越え方は違えど、やっぱこう地域に溶け込むまでのスキルとかは持ってらっしゃるし、その経験が自分に当てはまるかは置いておいて、
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多分参考になる何かを絶対に持っている人たちだと思うので、やっぱそういう人たちに話を聞いて、自分にうまく落とし込むっていうのがすごいコツというかポイントなんじゃないかなと思いますね。
ありがとうございます。
ちなみにその先輩たち、その与一町に地域おこし協力隊員として入って残っている先輩たちっていうのは、どういうルートというか、起業されたのかだったりとか、地域のそういう就職されたのかだったりとかで言うと、どのようなパターンがあったりとかするんですか?
そうですね。大体が、与一はワイン関係の方たちが多いので、自分で農地取得して、新規就業、新規就農という方たちだったりがほとんどですね。
あとは観光協会にずっと3年間いて、その後も観光協会に所属したとか、そういうのもありますけど、基本的には皆さん自分の畑持たれたりとかっていう方たちが多いですね。
ありがとうございます。その方たちっていうのは、そもそも着任の時もちょっとワインのことお願いねみたいな仕事に就きながら、自分で畑を取得してワイン農家になるみたいな感じですか?
それはワイン、もしくは葡萄加工してみたいな。
もともとワイン産業支援員というような形で、与一町の有名なワイナリーさんのところに行ってお手伝いして、
改めてワインを作るための、葡萄を育てるところから収穫、醸造、瓶詰めとかそういうのも全部3年間の間で学びながら、それと並行して自分の畑取得してワインを作る準備をし始めるというような方たちがほとんどでしたね。
それは与一町ならではのルートかもしれなくて、ワインもちょっと僕仕事で絡んでたんで、あんまり話そっちは広げないつもりですが、
ワイン取得したとて、結構樽のなんとかとか農機具とかって考えると初期費用とかすごいかかりそうなんですけど、それは町からの支援とか周りの人たちが結構助けてくれたりとかあるんですか?
ちょっと自分が本当に海の方ばっかりだったので、そこまで細かくわかるわけじゃないんですけど、でも町としての支援もそうあると思いますし、あとはやっぱり与一は先輩ワインの方たちが多いので、
多分そういうところで、道具の譲り合いだったりとか、なんかいろいろ助け合いみたいなのはしてるっていう話はちょっと伺ったことはあるんですけど。
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ありがとうございます。そうですよね。与一はそういうパターンがあるなっていうのが一つと、逆に言うと株主さんのように飲食店をやるとかっていうのはレアケース?
そうですね。飲食店を。でも、ほぼ同時期に与一に法人の形で入ってた協力隊の方たちがジンギスカン屋さんもオープンしたっていうのも、ちょうど先月の25日オープンっていうのもあるので、
私と同時期に入った方が一気に飲食店二つオープンっていうような、ちょっと今回与一町の中だとレアケースというか、一気に初の飲食店に卒業後に立ち上げるっていうので、
2パターン一気に増えたので、また新しい実績というか、卒業後の道が開けたなっていうのはありますね。
ありがとうございます。そちら法人ということでちょっと違うパターンなのかもしれないですが、飲食店ジンギスカン屋さんができたっていうのと、カメラマンさんの場合は初期費用とかも曲がりみたいな感じだったんで、あんまりかからずに本当にできてるって感じですかね?
ありがとうございます。なんかその辺ちょっとリアルな話で言うと、本来そのお店立ち上げるとかあったら、それこそそこそこの初期費用が必要だったりすると思いますし、いきなり曲がりとはいえ、売上が立たないととかありますし、そもそも多分そういうの売上立てるまで赤字掘るとかだと思うんですけど、
そういったところってちょっとお金の話とかになっちゃうんですけれども、協力隊3年間やってる時にある程度貯金されてたのか、もしかして元々貯蓄があったのか、それともそういう庁だったりとか、日本製作金融庫庫だったりとか、そういったところにお金借りたりとかで言うと、言える範囲で大丈夫なんですけど、どういったパターンで今運営されてるんですか?運用というか。
そうですね、元々私自身まだ今年で27なんですけれども、引っ越しとか繰り返してるのもあって、協力隊になった時は貯蓄はもうゼロ、どころかちょっと引っ越し代金借りてるぐらいのあれだったんですけど、
そこからちょこちょこ貯めたりとかはしつつ、運用して回したりとかする余裕はある程度、本当に微々たるものですけどやりつつ、3年間である程度は助手区は作れたんですけど、
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とはいえ、その状態だけで飲食店とか開業、仮に個人で新規開業ってなった時には、ちょっと頭筋としては絶対に足りないような額だったので、
もし実際にやるとしたら広告から借りることは検討していたんですけど、その中でちょうど先輩から今回の話をどうしようか悩んでるんですって相談した時に、
じゃあちょっとうちと一緒にやってみないかっていうような話をされたので、私の場合はもう本当にお金出すっていうのはほとんどなかったんですけれども、でも実際に他のちょっとやってみたいこともあって、
いろいろ計算はしてはいたんですけど、借りるとしても事業計画ちゃんと練れるのかどうかっていうところとかも、今までそんなことしたことなかったので、なかなかに頭を悩ませていて、
今回そうやって先輩からお声掛けいただけたのも、やっぱり協力隊時代にそういうつながりを作れたっていうのが良かったのかなと思いますし、
漁師として仮に続けていくっていう話だったとしても、高齢の漁師さんが引退するっていう時に、じゃあ俺も年だし辞めるから船お前に譲るよとか、安く売ってやるよみたいな話を引っ掛けてもらえるようにできるだけ幅広い漁師さんとお話しして、
仲良くなっておくみたいな土台作りはずっとしてはいましたね。
確かに、だからそもそも正規ルートみたいなところで言うと漁師さんされてたから、誰かの船引きするとか、何問題だっけな、今確か団塊の世代の方とかが農業とか漁業とか多分中心で結構してくださっているので、彼らがもう引退ってなったらごっそりその日本の自給率的なところが不安だよねみたいなのがあるので、
逆に言うと今、そういう20、23、40代ぐらいの若者、僕もまさにその世代なんですけど、そういったところに入っていくとモテモテかもしれないですね。ちゃんとやってれば、俺の引き継いでくれじゃないけど、なんならもう2、3席だったりとか、2、3農場とかできるわからないですけど、売り手市場、この若い入った人の方がいいかなって。
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もちろんその丁寧なコミュニケーションだったりとか、信頼されてっていうところだと思うんですけれども、そっちのパターンもむしろそっちのパターンが正規だったなって、今話聞いてて思いましたが、やっぱ大事なのはそういうふうにちゃんとコミュニケーションとっておくだったりとか、今すごい本当そうだなと思ったのは、そういったふうに船とか譲っていただけるような信頼を得れるように動いてたっていう、本当そこに尽きるなと思ったので、
協力隊、もちろん何を目指すかとかによるんですけれども、僕のイメージでは協力隊の鏡のような人だなと思ったというか、本当にいい話を聞かせていただきましたが、
最後に2つ、今から今されているお店っていうのをどういうふうにやっていきたいかとかだったりPRだったりとか、思いみたいなことを語っていただきたいのは一番最後にお伺いしたいんですけど、その前に今着任している協力隊員、僕たちのところにあったことない人はほとんどだと思うんですけど、
ヒロさん含めてですね、協力の先輩から一言みたいな、僕としての方針とか意気込みみたいな最後をお聞かせいただけると嬉しいです。
そうですね、自分も卒業してまだ日が浅いですけども、本当に地方に移住して地域おこしという形で仕事をするのって本当に勇気のいることですし、
なかなかに体的にもメンタル的にもすごい来ることっていっぱいあると思うんですよ。私自身も若干トラブルっていうわけじゃないですけど、いろいろあって一旦ちょっと1ヶ月ちょっとぐらい協力隊の仕事をまともにできなかった時があったんですけど、
そこは役場の方だったり協力隊の先輩とかとちょっと話したりとかする中で何とか持ち直して、今ここで俺が踏ん張るんだと。
3年間気に入った町を頑張って盛り上げていくんだって改めて思い直して、何とか3年間やり遂げたっていうのもあるので、本当に地方って言い方悪いですけど、移住者ウェルカムって言ってるのは行政だったりっていうパターンもあるので、
地域住民の人たちはそうじゃないっていう人たちもやっぱり少なからずいるとは思うんですね。でもその人たちも移住者っていう括りで最初こっちを見てるんですけど、そこからお互いのことを知ってコミュニケーションとって仲良くなっていくと、移住者じゃなくてその協力隊の個人の人としてちゃんと見てくれるようになった時に、
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だいたいそういう人たちって悪い人じゃないんですよ。
よそ者が嫌いだからとか、協力隊の人が嫌いだからじゃなくて、分からなくて怖いから。
自分の今までの何十年とその地域に住まわれた方たちの日常がちょっと揺らぐような存在が入ってきちゃったから、え?って思ってるだけなので、意外と仲良くなるとすごい気が付いたらオッソ分けめちゃくちゃもらって逆に困るみたいなぐらいに仲良くなったりとかできる方たちがほとんどだと思うので、
やっぱりちょっとの壁を頑張って乗り越えられたら、すごい溶け込めるのが司法の良いところだなと思うので、
辛い時は周りの人に頼って何とか乗り切って、心と体に気を付けて無理せずでも何とか3年間、もしくは今ちょっと延長されて5年間のパターンとかもありますけど、
やってみたらすごいその街がもっと好きになるんじゃないかなと思うので、ぜひ本当に頑張ってやっていっていただきたいなと思います。
【佐藤】ありがとうございます。続けてって思ったんですが、1ヶ月ぐらい休まれたっていう時っていうのは何年目っていうか、両地さんの2年目入ってすぐぐらいはどのあたりだったんですか?
【河村】1年目の協力隊として着任して、4ヶ月とか5ヶ月ぐらい経った時ですかね。
【佐藤】深くは伺わないですけど、何が原因というか、何がきつかったみたいなのあったんですか?
【河村】自分が本当にいるのかなっていうふうに思っちゃった時があって、地域おこし協力隊っていう名前で来てるけど、この状況でここの街の人たちは本当にそれを求めてるのかなとか、
やっぱり海、漁師さんとか水産業の人たちって、言い方がちょっと悪くなっちゃうんですけど、なんというか不愛想というかぶっきらぼうというか、
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【佐藤】職人キスみたいなのがありますよね。
【河村】そういう方たちなので、考えてることの1割ぐらいしか言葉に出さないし表情にも出さないんですよ。
【佐藤】わかりますね。
【河村】それがあって、本当に受け入れてもらえるのかな、ここでやっていけるのかなっていうのをすごい思い詰めてしまって、っていうのがざっくりとですけどあって、
自分の存在意義というか、仕事のやりがいを含めて、すごいわからなくなってしまったっていうのがちょっとありましたね。
【佐藤】でも河村さんの多分、真面目さとか責任感とかからくるもの、人間性だと思ったので、なんかポジティブなことじゃないです。辛かったと思うんですけど、
そういう人間性からくるものだなと思ったので、僕は真面目で良い方だなって思いました。
だし職人気質とかね、彼らが多分先輩たちから見て盗めとか、そんなに教えてもらってなくても、昔の料理漫画とかでお客さんが残したタレとかを捨てられたやつを舐めたりとかして、
先輩こうやって作ってんだみたいな、ああいう描写で多分生きてきた人たちなんで、俺も別に教えられたわけじゃなくて、そんな自分で学ぶもんだろうみたいな昭和感が、僕嫌いじゃないんですけど、
きついのも知ってるって思ったので、はいごめんなさい、感情輸入しちゃったんですけど、まさにそういったところの越え方っていうのが先輩だったりとか、話がそういった中間にいる人ですね、多分職人さん的な気質の人と、
その中でも話が分かる人だったりとか、そこと仲がいい移住者の方だったりとか、行政の方に協力お話聞いて理解してっていうところだったと思うんですけど、そういったところのご経験の話含めてありがとうございました。では最後にですね、まだ初めて2週間、右も左もとかだと思うんですけれども、
やっぱりこの与一町っていうところに来て、好きだから残ったとかもあると思うんですけれども、ここでどういう、今が新1年生的な、自分で1年生的にこれからやっていく中で、どういう存在になっていきたいかだったりとか、どういう今モチベーションでいるか、お店をどうしていきたいかみたいなところを最後に語っていただき、
あとでお店のリンクだったりとかもいただいてですね、この放送で軽くみんなにも伝えたいと思いますので、ちょっと意気込み的なものをよろしくお願いします。
はい、私たちのお店、与一駅前ワイン&カフェっていう形でやってるんですけれども、本当に駅の目の前ということで、観光客の方たちもそうなんですけれども、町民の人たちとかにも本当に電車待ち、バス待ちとかで気楽に入って、
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ちょっとコーヒー飲んだりとかしながら、ゆっくりと待てる、座って、くつろげるっていうような空間を提供していきたいと思っているので、もう本当にどんどんどんどん気楽に入ってきてほしいなって思ってて、
そのための雰囲気作りだったりとか、あとは町の人たちへの宣伝だったりとかは、これからちょっともっと大々的に行っていこうと思っているんですけれども、本当に観光客向けに尖らせずに、町民に愛されるっていうのがやっぱり長く続ける地方のお店の鍵なのかなってすごい個人的には思っているので、
まずは町の人たちに、あそこをちょっと行こうよとか、ちょっと休憩したいからあそこ行こうよっていう話題に上がるようなお店づくりをとりあえず目指していきたいと思っているので、もしこれを聞かれている与一町の方がいらっしゃったら、ぜひ気軽にコーヒーいっぱいからでいいので遊びに来てほしいなと思います。
で、今あんまりお魚出せてないんですけれども、結構お客さんからもあれ水産業支援員だったよねって言われちゃうんですけど、後々与一の魚を使ったメニューはどんどん増やしていったりはしたいと思ってますし、
あと個人的にちょっとこう今のお店で経験をある程度積んで、次のステップへっていう風にいける段階が来たら、与一のお魚を使って、ちょっと飲食店みたいなのはやりたいなちょっと個人的には思っていて。
で、漁師として2年間やっていた中で、どうしてもこう市場に出しても値段のあまりつかない魚っていうのが数多く存在するのをやっぱり目の当たりにして、実際に自分が苦労してあんだけ大変な思いして獲った魚を市場に水あげしたのに、こんな値段しかつかないんだっていう気持ちと、
本当に申し訳ないっていう気持ちがすごいあったんですけど、それを解決するために、いわゆるその未利用魚とか密活用魚って言われる魚の加工とかもちょっと手がけて、付加価値をつけてもうちょっとこう市場の値段を上げられないかっていうこともちょっと考えていて。
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それをうまく物にできたら、漁師さんたちの燃料代だったりとか、ちょっとおいしいもの食べに行けるぐらいのボーナス増えたりとか、そういう形で恩返しもできるようなことをしたいなと思っているので、ちょっと私の今後の行く末を見守っていただけたらなと思います。
ありがとうございます。雑魚とかグズとか、いろんな言い方多分ある気がするんですけど、ああいう市場を出せないとか、それめちゃめちゃいいと思いますし、そういう外から入ってきた視点で多分そういったことを活用もできると思いますので、めちゃめちゃ応援してますし、あとはちょっと最後端折りますけど、フランスに住んでたことがちょっとあったんで、
昼間から飲めるとかって結構あって、アペリティフとか言ったりするんですけど、そういうのが駅前にあるって、僕からしたらめっちゃよくて、僕ワイン好きだし、なんか夜市ワインなんで、なんか一個いいなと思ったのは、フランスでよくあったんです、パリでよくあったんですけど、やっぱり中心じゃない、ちょっと外れたところだと、もう昼間から樽ひねったらすぐワイン出てくるみたいな時とかして、
なんかもうマイグラスとか持ってるおじさんとかが昼から飲んでるとか、そういう風景がちょっと浮かんだというか、そこにアンチョビポテトもそうなんですけれども、ちゃんと夜市の取れたあっての魚、ほんとちょっとつまみながら一杯飲んで、電車来るまでの30分で一杯とちょっと軽く食べてとかはめっちゃいいなって思ったんで、っていうごめんなさい、僕がそういうの求めてるだけの話だと思う。
でもなんかやっぱ駅前場所は間違いなくいいはずなんで、そういう観光客の人もそうですけど、普段町民の方たちの行き来のところの一つのその泊り着というか、安らぎの場所、みんなが集まる場所、可能性すごくあるなと思ったので、僕もちょっと夜市に行ける機会がわかんないですけど、あればですね、ぜひ飲みたいですし、その時は多分魚も充実してるかなっていうところで、はい、期待したいです。
すいません、なんか2、30分でとかって思ったんですけど、話長くなって、はい、ちょっと話しすぎちゃったと思う。また引き続き何かあったらですね、またよろしくお願いしますっていうところで、今日はですね、貴重なお時間いただき、経験な話していただいてありがとうございました。
ありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では、聞いてくださった皆さんもありがとうございました。チャプターにどっかリンクで情報とかも入れておきますので、聞いてくださった皆さん、ぜひチェックしてください。ということで、最後までお聞きくださりありがとうございました。上上さん、ありがとうございました。
ありがとうございました。