1. りこのAI時代の生き方を考えるらじお
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2024-05-18 22:28

【1.2倍速推奨】社畜▶フリーランスになるまでの後悔と希望

【結論】人に支えられて生きてるよね☺️

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おはようございます。AIラバナトリーのりこです。このラジオでは、1日30分家族時間を増やすAI活用術や、AI時代のママの生き方、働き方について考えたことなどをお話ししています。
はい、ということで皆様おはようございます。5月18日土曜日の朝です。
はい、皆様この土日はどのようにお過ごしでしょうか。私はですね、土日はですね、家族と子どもたちとこの土日はゆっくり過ごそうかなというふうに思っています。
来週がですね、ちょっと金曜日がイベントで、土曜日もイベントで家を開けるので、その代わりにちょっとこの土日はですね、ゆっくり子どもたちと向き合いたいなと思っています。
はい、仕事もしたいなと思うんですけど、やっぱり子どもたちと向き合う時間もすごく楽しいし、大事だよねって思っているので、できる限りですね、オンとオフの気持ちのスイッチを切り替えてですね、土日はゆっくり家族と過ごしたいなと思っている次第です。
なんかこの、なんていうのかな、気持ちの切り替えのオンオフのうまくやり方、うまく切り替える方法もしあったら教えてください。コメントでぜひ教えてください。
多分あんまり上手じゃないと思う。うん。なんか子どもと向き合っててもちょっとSNSとか仕事のことが気になっちゃうタイプ、AIラボのことが気になっちゃうタイプなので、なんかうまくこうちゃんとオンとオフを切り替える方法をですね、
皆さんこんなこと工夫してるよということがあったら、ぜひコメントで教えてください。
はい、ということで早速ですね、ちょっと本題に入っていきたいなと思うんですけど、昨日レントンさんとですね、コラボライブをさせてもらってて、その中でバリバリの社畜だった私が今この働き方を選んだ自分史じゃないんですけど、
その過程でどんなことがあって、どのふうに考えて、今があるのかみたいな話聞きたいなっていうことをですね、リスナーさんも含めご意見、ご意見じゃないな、なんか聞きたいなっていうですね、お話をいただいたので、確かにちょっと振り返ってみるのもいいかなと思ったので、今日はそのちょっとこの十数年をね、振り返る放送をしていきたいなと思います。
ただ振り返るだけだとね、これを聞いてくださっている皆さんの、なんかあんまり学びにもね、ならないかなと思うので、よくよく振り返って考えてみると、3つ大事にしてたことがあるやなぁと思ったので、その3つを先にお話ししたいなと思います。
はい、一つはですね、始めようと思った時が自分にとってのタイミング。始めようと思った時が自分にとってのタイミング。
早いも遅いもないよ、何かを始めるのに早いも遅いもないよということですね。で二つ目は、ないものを見つけるのではなく、あることできることを探す。ないものを見つけるのではなく、あることできることを探す。
はい、で三つ目が、行動する、まずはやってみることですね。はい、この3つがそれぞれ人生のターニングポイントだなぁと思った時に、すごく大事にしていたなと思うことなので、先にちょっと3つをお話しさせていただきました。
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はい、ではそれで早速ちょっとジュースで振り返っていきたいなというふうに思います。
はい、まずですね、私は関西にあります超昭和的な老舗企業に新卒で入社しました。はい、新卒で入社しました。
で、なんかあの、入社した理由はやっぱりこう、自分たちが作ってるものですね、メーカーなのでものがあって、そのものを誰かが使ってくれて、その使った結果その人がすごく喜んでくれたりして、っていうビジネスをしたかったんですよね。
それにやっぱりこう、喜んでいる姿とか感想とかを見ること触れられることっていうところにすごく価値を生み出してたので、なんかあの結構私経済学部の出身なので、
同級生たちは製帆とか損帆とか商社とかそういうね、バリバリの大手に行ってすごい稼ぐみたいな仕事をしている人たちがすごく多いんですけど、
そんな人たちとは全く全然違う就活をして、基本的にはメーカー特化で就活して、結構珍しい感じの会社を受けていました。
でもそういうのはね、今でもあんまり変わらないですね。なんかあのやっぱ直接誰かが喜んでくれていることで、それが今だと形があるものかどうかっていうところにすごくこだわりはないんですけど、
なんかお金だけを動かしているようなところは、やっぱり今でもあんまりね、ちょっと魅力は感じないので、そういうところはすごく何に自分が喜びを見いらせるかみたいなところは、今でもあんまり変わらないのかなというふうには思っていますね。
そんな感じでね、昭和的な新石業に入ったんですけど、そこから社畜の始まりですね。そこから社畜の始まりでしたね。
その頃にですね、大企業、いわゆる大企業みたいなね、くくりになる、社用業界ですけど、今の業界は社用業界ですけど、そこそこの大きな会社みたいなところにね、おかげさまで入社ができて、
その中でも割と少数制の小さな部署に入れられたんですよ。
そうそうそう、小さな部署に入れられて、なんかもうそれぞれみんなマンパワーで仕事を回すみたいな部署に入れられたんですね。
で、新入社員だけど、今思えば作業ですけど、それなりの業務量がありました。
なので、9時始業の5時半定時でしたけど、上司とか先輩たちが出社してくる前に、ファックスを仕分けたりとか、メール確認したりとか、ゴミ箱のゴミ捨てるとか、そういうのがあったので、8時には出社して、
9時に仕事始まって、全部やらなきゃいけないなっていうので、残業が結構多かったんで、8時までいる?20時までいる感じで。
会社に12時間くらい毎日いましたね。で、完全出社ベースですね、当時ね、テレワークの手のじもなかったんで、完全に出社ベースで8時から8時までいる生活したんですよね、3年ぐらい。
今考えるとね、よう働いてましたね。まあでも、新入時もあったけど、あの時もあれぐらい働いてたのは、今になっては良かったなと思いますね。
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自分でさせてもらえることも多かったし、失敗もめちゃめちゃしたけど、あんだけいろいろ新入社員に任せてもらえるっていうのも、部署的には良かったのかなと思いましたが、そのくらいから社畜の始まりですね。
で、一つ部署を移動した時に妊娠が発覚して、長女を産みました。産みました。
で、ここからもね、結構その組織みたいなのに阻まれるんですけど、組織というか何ていうのかな、行政か。私の住んでいる地域がですね、保育園激戦区なんですよね。保育園激戦区だったので、ゼロ歳児で入れないと絶対入れないと言われて、ゼロ歳児で入れないと絶対入れないと言われたので、8月に生まれた長女を7ヶ月で保育園に入れました。
だから翌年の4月ですね、2度復帰したんですよ。すごいですよね、今考えたら。やっぱね、ちっちゃかった。7ヶ月の赤ちゃんはちっちゃいですよ。よく入れたと思う。
で、7ヶ月で入れて、まあでもね、子どもとずっといるっていうのもやっぱしんどかったんで、仕事に戻れるっていうのは良かった反面、今思えばちっちゃかったなっていう気持ちもしますね。なんかもっと一緒にいてあげたかったなという後悔もありますけど、その時はね、でも僕保育園に入れないと仕事ができないし、仕事ができないとお金稼げないと思ったので。
それはね結構本気でね、だから3休挟んでも1年しか済んでないんですよね。それですぐ復帰して、そこからワンオペ育児かけるフルタイム勤務のスタートですね。
いやーよくやってたよ。よくやってましたね。だから7時半に長女、7ヶ月、8ヶ月、9ヶ月の長女を預けで出社して、9時から働き、5時半に会社出て、6時半以降延長保育始まっちゃうんで、6時半に迎えに、もうギリギリ、6時25分くらいに保育園に着いて、
で、もうそこから怒涛の寝かしつけタイムで、9時に寝かしつけるみたいな感じの生活を出社ベースでやってたのよ。いやーすごいよね。よくやってたよね。今思えばよくやってたと思います。
で、その時に、その時から副業やってたら多分人生変わってたとは思うんだけど、それが最初の1個目の学びにあったみたいに始めようと思った時が自分にとってのタイミングということで、この時はね、もうね、そういう仕事と育児以外のことをする余裕が1ミリもなかったんですよね。
もう1ミリもなかった。もう生きていくことに、本当に毎日生きていくことに必死で、初めての育児だし、初めての育児と仕事の両立だし、もう仕事も一生懸命やらなきゃいけない、育児も一生懸命やらなきゃいけない、両家遠方で、子供が熱でたら私がやらなきゃいけないみたいな感じで、本当に毎日が必死だった。
その時は社畜ママだったんですよね。でもその時はでもなんとかなってましたね。それでもなんか1人だったからなんとかなってた。
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土日はゆっくりして、だからその時は一切副業もしてないんですよね。もう本業と子育てで精一杯だったんで、それを一生懸命やっていた感じです。
で、ちょっとこうなんていうのかな、少しその副業とか、やっぱり自分で価値を生み出すことに危機感を感じたのが、地上をちょうど妊娠したタイミングですね。3年後。
で、その頃からやっぱりこのままこの会社でぬるぬるぬるぬるとですね、いわゆる他の会社と比べたらきっとぬるま湯みたいなところでずっと仕事してていいのかなっていうのはね、入社6年目ぐらいで仕事にもちょっと慣れてきて、
仕事の内容も、部署は移動したけどあんまり変わり映えもせず、自分のスキルが得られているかの実感もなく成長しているかもなくて、本当にこのままずっとこの会社で働いてていいのかなってすごく悩んでた時期にちょうど妊娠が発覚したので、
ちょっとやっぱこの2回目の育休中に自分で価値を生み出すことに挑戦してみようかなってやっとこの時思えたんですよね。やっとこの時思えた。
で、それが私にとっての自分で価値を生み出すっていうことの始め時だったのかなと思います。
だから今思えば長女の育休中で例えばインスタをやってみたりとかしたら、たぶん全然人生違ったと思うけど、その時はもう仕事と育児、本教と育児の両立で精一杯だったから、それはそれでも良かったと思うんですよね。
で、まあ次女の時にやっぱりもうちょっとこのままずっとゆるゆると生きていったら、なんかもう自分の手に職じゃないか、なんか会社があった時にもう生きていけないかもしれないって思ったので、次女が生まれる時の産休育休で初めて副業に挑戦しました。
でね、私の初めての副業はキンドル出版なんですよ。これも結構難しいと思うんですけど。
キンドル出版からスタートしたんですよね。で、その時にライターとか、キンドル出版スキルとかを身につけたりして、その同時にツイッターの運用を始めたので、ツイッターかけるキンドル出版みたいな感じでやってましたね。
で、その育休もね、結局うっかり保育園に入れちゃったんですよ。ので、1年で終わってまた復帰したんですよね。
で、その時にNFTに出会ったんですよ。そう、NFTに出会った。ちょうど多分ね、復帰する直前ぐらい、22年の11月かに、ちょっとオンライン、その時入ってたオンラインサロンですね。
要は副業頑張りたいと思って、自分じゃできないから、お母さん、ママの副業を応援するオンラインサロンに入って、そこの中にいた方がNFTをその時からもうご存知で、その人に教えてもらったNFTに出会って、これはすごいと。
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これはめちゃめちゃ面白いと思って、4歳、当時4歳だった長女の絵をNFTにした時からが私のNFTの始まりなんですね。
その時は全然まだ、なんだろう、忍者ダオみたいな、今日本で一番大きいNFTコミュニティもなかったし、個人のクリエイターさんたちが技術を使ってNFTを発売していくような時期でした。
これもね、このままちゃんとNFTを続けていたら、たぶん絶対忍者ダオにも出会ってたし、忍者ダオ出会ってたら入ってたし、例えばCNPのローンチとかも絶対見てたんですよ。絶対見てたと思う。
だけどこれも、復帰のタイミングと被っちゃって、もう2人姉妹のワンオペ育児かけるフルタイム勤務に絶望を、もう信じられないぐらい忙しくなっちゃったから、NFT活動をやめちゃったんですよ、その時。
で、Xもやめちゃったの。これもタイミングですよね。そうそうそうそう、タイミング。でもこれもしょうがない。しょうがないですよ。
2人育児本当に大変だったから、もう子供が2人目になった時に、え、こんなに大変なの?と思って。なんか1人の時から2人になった時に10倍ぐらいになったんですよ。2倍じゃなくて10倍とか30倍とか50倍ぐらい本当に大変でしたね。
長女にも当たっちゃうし、もう次女そのものの育児も赤ちゃん大変だし、復帰した先もまた少数生の舞台だから1人当たりの仕事も多くて、中堅になっちゃったから責任感も増えてきて、それもやらなきゃいけない、あれもやらなきゃいけないで結構パツパツだったから、もうそれ以外の余白がなくなっちゃう感じだったんですよ。
だから復業も1回止めちゃって、NFT活動もやめちゃって、で、ふと気づいた。もうちょっとなんかすごい、夜中にね、なんか涙が出てきちゃってみたいな、ちょっと心身ともに疲弊した時に、ふとXを開いたら日本のNFT界が激変してたんですよね。
忍者DAOが生まれてて、CNPがローンチされてて、もうあのね、160円が何十倍みたいな、何百倍みたいな感じになってて、えー何このプロジェクトってなってたんですよ。
そう、これも一つの後悔なんですけど、でもこれもしょうがないですよね。5円だから、もう今思えば。
だから今、でもその時に、ちょっとその頃からもう1回NFTの情報を調べ始めて出会ったのがLLACなんですよ。そう、LLACですね。リブライカーキャット猫の世に生きるっていう、今から始まるNFTプロジェクトでした。
で、その時に、なんかやっぱ自分のその、育児と仕事の両立が本当に辛くって、夜涙が出ちゃって、もう私は本当にこのままでいいのかみたいな。
なんかこう、仕事のストレスで子供たちに当たっちゃうような母親になりたかったんかみたいなことをすごく思ってた。
その時に、なんかそういう働き方をしなきゃいけないって思ってるのは人間だけなんじゃない?みたいな。猫はそんな風に思ってないよ。猫は自分の本当に好きなように生きてる。
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その姿からやっぱり私たち人間が学ぶことってあるんじゃない?っていうメッセージがすごい響いた。めちゃめちゃ響いた。
引き寄せられるようにそのLLACに行ったんですね。
で、そこで、ちょうど立ち上げの時だったから、今からこのプロジェクトをたくさんの人に知ってもらうためのPRをしていきたいんですよねっていうのをお話しされている方がいて、
私本業でPRしてるんですっていう話をしたら、よかったらぜひちょっとお手伝いしてくださいっていうところになって、LLACでの活動が始まったんですよ。
これもだから私にとってのタイミングだったんですよね。
NFTの活動を止めちゃって、その間にいろいろ逃してることはあるけれど、でも私にとってのNFT活動のスタートはここだったんですよ。
だからやっぱりタイミングって絶対あるなと思うんですよね。
で、そこからLLCで活動が始めて、そのきっかけでNinja DAOっていうプロジェクトの方にお邪魔させてもらって、
その中で自分ができることっていうのを探したのが最初のKindle出版だった。
私にはKindle出版ができるから、こういう出版のお手伝いができますよっていうのでNinja DAOの中でちょっとお仕事をさせてもらうことができたんですよね。
で、その頃からインスタ運用とかもしてて、NFT活動のことを発信したんですけど、そっちはあんまりうまくいかなくて、それも悶々としつつの時に、
このKindle出版でNinja DAOで仕事させてもらってた時からAIが出てきた。
そう、その時にAIがやっぱりこれはすごい面白いと思って、AIがトレンドになってきて、全ての情報発信をAIに切り替えたんですよね。
で、それを見てくれてたとある師匠が、リコさんこういうことした方がいいんじゃないっていう風にアドバイスしてくれて、今があるんですよ。
この頃にはですね、一番大事なことを忘れた。
で、LLCでの活動を始めて、やっぱり私このままじゃ好きなようにというか、子どもたちとほとんど大事にした生き方ができないと思って、会社を休もうと思ったんですね。
会社を休もうと思って、会社にも言って、自己経営なんか、自分の学びのために休める制度があったんで、それを使って3年間の休みに入ったのが23年4月ですね。
で、ちょうどその後、ニンジャダオで、そのKindle出版系のお仕事させてもらって、で、AIに出会って、いやこれは絶対面白いと思って、全ての情報発信をAIに振り切りました。
AIに振り切ったのを見てくれてた某師匠がですね、りこさんこういうことした方がいい、してみたらすごくいいんじゃないっていうアドバイスをしてくれて、すごくサポートしてくれた結果、今のAIラバドリーがあるということなんですよ。
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なので、このニンジャダオでお仕事させてもらうときに、自分ができることっていうのを、自分ができないことじゃなくて、自分ができることを探した結果、スキルセットとかに言いますけど、それと自分、このニンジャダオのできることを掛け合わせた結果が、そのお仕事、ニンジャダオ出版部っていうお仕事だったんですよね。
そこでの働きぶりとかを結局見てくれてた某師匠が、今の私の事業のアドバイスをしてくれたみたいな感じでつながっていくんですよ。
だから、自分ができないことを探し始めると、もうキリはないんですけど、自分ができることをどうやったら、今自分がいる場所に貢献できるかというか、どんなことが提供できるかっていうふうに考える方が、やっぱりすごくチャンスって転がってくるんじゃないかなっていうふうに思いました。
その時に、LLCの時もね。自分ができないことじゃなくて、自分ができることを探していくっていうのはすごく大事だなと思います。
この時に、AIが出てきた時に、情報発信の軸を全部AIに振り切ったのも良かったかなと思っていて。
ワクワクすること、楽しいなと思うことにキャッチアップして、そこに行動してみる、実際にやってみるっていうところが結果につながっているのかなと思うので。
うまくいかなかったこととか、うまくいくまでやることもすごく大事なんですけど、そうじゃなくて、もっと面白そうなこととか、もっと楽しそうだなって心が動くことがあったら、どんどんどんどんそっちに切り替えていくっていうのもすごく大事なんじゃないかなというふうに思いましたね。
っていうのが、振り返ってたら、雑に途中になっちゃったかもしれないんですけど、私の十数年間の自分史ですね。
伝わりましたかね?振り返るって結構難しかったな。
いろいろありましたからね。でも共通して最後をまとめてお話しすると、やっぱあの時、ああしとけばよかったって思うことは確かにある。
けど結局、自分にとってやっぱ今やろう、今始めようと思った時が自分にとってのタイミングだったんだと思って、早いこともないし遅いこともないから、やっぱその時やるべきだと思うってことが一つと。
ないものを探すんではなくて、私にはこれがない、私にはこれができない、これもないしあれもないし、私は幸せじゃないみたいなことを思うんじゃなくて、私にはこれができる。
私にはこれを持っている。だからきっとここだったら私はこれができるっていうふうに思う方が、チャンスって絶対できるよ、チャンスっていうのはつかめるよと思うこと。
で、最後にそういうことに出会えたら、何かを見つけたらまず絶対やってみましょう、これを行動してみましょうということですね。
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はい、この3つを大事にしてきた結果、期間限定フリーランス、社畜からですね、期間限定フリーランスという形で、
ラブトリーというなんか本当にいい人たち、素敵な人たちが集まってくれて日々AIのことを学ぶオンラインサロンのオーナーになりましたということで。
はい、あとあれだな、ちょっと最後最後と言いながらあれですけど、やっぱね人とのご縁を大事にしていきたいなと思う次第ですね。
これ昨日レンドンさんともお話したんですけど、なんかオンラインとかAI時代だからこそ、なんかこの人に支えてもらってる、この人たちがいるからやっぱ自分て生きてるんだっていうふうに思える人、
他人とのご縁っていうのはやっぱすごくすごくすごくこれからも大事にしていきたいなと思っていますというお話でした。
はい、すごい長くなっちゃいましたね。ごめんなさい。
なんかでも今が楽しいですね。今が幸せだと思う。だから今が幸せだなと思えることがすごく幸せだと思うので、
まずそこから自分にとってどんなものがあるかとか、何が幸せだと思うのかっていうことをですね、探してみて振り返ってみることから、ぜひよかったら始めてみてくださいというお話でした。
はい、今日もですね長々と最後まで聞いてくれてありがとうございました。
土日ゆっくりお過ごしください。
それでは次回のラジオでお会いしましょう。
じゃあまたねー。さようならー。
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