2023-09-04 25:12

【##42】「コンサル→独立 中平 麗華さん」後編

後編。

第22回目のキッカケインタビューは、新卒はコンサルファームからキャリアをスタートして20代前半を忙しくキャリアを積んだ後に、学生時代から海外志向もあり留学を経験。その後、ご縁で大手百貨店の海外進出プロジェクトにヘッドハンティングされる形で就職をしてブランディングやマーケティング業務に従事。20代後半には独立を選択して自分らしくキャリアを歩み始める。「出来る事」・「やりたい事」をきちんと言語化してメタ認知をしながら実績・キャリアを歩んでいく中平さんのキッカケインタビューは、独立や転職など新しい一歩を踏み出したい方に具体的に参考になるエピソードが満載ですので是非聞いてみてください。


■本日のパーソナリティ

- こどもの未来株式会社:千葉祐大(https://twitter.com/Baccho1983)


■本日のインタビューゲスト

中平 麗華さん

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Voicy

※世田谷に拠点を置く事業者の挑戦をサポートする、世田谷区発のサポートプログラム「SETACOLOR」のVociyのパーソナリティも務められてます。


この番組「キッカケラジオ」は、20〜40代の生き方・働き方を応援する音声番組です。

人はキッカケがあれば必ず変われる。人生を変化させてきた、内的キッカケや外的キッカケをご紹介していきます。

人生100年時代、ライフステージの変化の大きな世代も以前に比べて様々なチャレンジを求められることが増えてきたと感じます。

同世代の生き方・働き方を等身大でインタビューするコンテンツも週1回のペースでお届けする予定です。

パーソナリティは、こどもの未来株式会社の代表の千葉が担当します。

1983年1月生まれ、私自身が40歳になったことをキッカケにスタートした番組でもあります。

40歳を迎え、改めて30代の過ごし方を振り返り、40代の10年間をどう過ごしていくかを自分自身が考えるにあたって

日々情報収集していることや取り組んでいることも平日は毎日10分ずつお届けしていく予定です。

30−40代を応援する番組ですが、今の10−20代に対しても少しでも参考になればと思っていますし

50代以上の先輩方の生き方も参考にさせて頂く為にスペシャルゲストとしてお呼びする機会もあると思ってます。


こどもの未来株式会社では

「こどものみらいがワクワクするキッカケをつくる」ことをミッション・ビジョンに掲げており、

「自分が主人公の人生」を生きる人を1人でも応援するために、「生き方」・「働き方」/「仕事」と「育児」の両立をサポートする人材紹介事業もおこなっております。


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サマリー

中平さんは20代の頃に独立され、マーケティングやコンサルティングの仕事を始められました。最初は通訳や翻訳の仕事からスタートされ、その中でマーケティングの仕事に転換されていきました。また、中平さんは自分で商品を作って売りたいという目標もお持ちでした。 中平麗華さんは、3年間にわたり事業をしながら自分の商品を作り続けられましたが、去年その事業を売却され、「目の前の仕事に集中してやりたいことをやる」という考え方にシフトされました。結局必要とされていないのかな、社会どうかしているわとイライラしていらっしゃいましたが、あるメンバーに声をかけられて世田谷での仕事を始めるきっかけを得られました。これにより、中平さんのキャリアにおいて新しいチャンスが生まれ、世田谷での仕事に取り組まれているのです。

00:10
キッカケラジオ、この番組は20代、40代の生き方、暮らし方を応援する番組です。
パーソナリティの子供未来株式会社の千葉です。
今日は、今、22人目となるキッカケインタビューの中平さんのインタビューの前提を聞かせていただいたんですけれども、
面白いパーソナリティの坂井さんも来ているので、坂井さん、引き続きよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。坂井と申します。前回、かなり盛り上がりまして、
結構ですね、皆さん参考になる話も多かったんじゃないかなと思いますけど、
そこを踏まえてのこの後半っていうのもまた楽しみですね。
そうですね、はい。言語能力が高すぎるね、中平さん。
うん、高すぎる。
楽で楽しいなっていう。
伝わってますか?大丈夫?
いや、伝わってます。もう何だろう、文字のタイトルまで決まってるぐらいなので、
すごく助かるなと思っております。中平さん、後半もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
独立の準備から独立後の仕事
はい。そしたら今ちょっと前半ですね、1社目、2社目と聞いて、
それこそ今、独立の準備をしていたみたいなエピソードまで聞かせていただいたんだけれども、
そしたらいよいよ20代の、おそらく2016年、2017年ぐらいに独立をしたところから、
ぜひお伺いさせていただければなと思うんですけれども。
はい。私がフリーランスになろうっていうふうに思ってたのは、前半でもお話ししたように、
自分のペースで働きたいとか、自分の祖父母が遠くに住んでたので、
会いに行ける時に行きたいとか、時間的な余裕は自分でコントロールしたいなという部分があったんですね。
会社員である以上、これって難しいなとかっていうふうに思ってたんですが、
大学時代に見てた、これ結構見てた方多いかもしれないんですが、
情熱大陸っていう番組で、すごい珍しかったフリーランスっていう働き方をしてる女性が取り上げられてたんですね。
それを見た時に、結構衝撃で、こんな働き方できるんだっていうふうに思って、
それを一つの目標にはずっとしてました。
なので、フリーランスになったら、フリーランスだからといって、
例えば、いろんな形もあると思うんですよ。
ウェブ製作1本やるとか、デザイン1本やるのもあるんですが、
いろんな仕事をするフリーランスになりたいっていうのが、
自分の頭の中で漠然としてあったので、
最終そこにたどり着けるように、どういうスキルをつけていくかっていうところからスタートしていきました。
私の場合、やっぱりマーケティングとかコンサルティングとか、
その領域っていうのはすごい好きだったので、
最終的にはそこをやりたいなって思ってたんですが、
どう考えても、この独立した家の25歳に何のマーケティングができるんだとか、
何のコンサルができるんだっていう、
世間一般というか、私自身も当時ノウハウ知識もそんなになかったので、
そうだったんですよね。
なので、いきなりそこに入るんじゃなくて、
まずは自分が強みとしてできるところから入ろうというところで、
本当に最初通訳、翻訳っていう仕事をひたすら数をこなしてやってましたよね。
その中で結構通訳って意外と社長とかと話すことが多いんですよね。
集団の通訳とかをしてたので、
そうすると休み時間とかに、長いのを通訳してとか、
普段どういうことしてるのって聞かれたときに、
私はそこで通訳じゃなくて、
普段はマーケティングの仕事をしてますってずっと言い続けてきたんですよね。
そうすると、今度ちょっとこれを手伝ってほしいんだけど、
っていうふうにして通訳で受けた仕事が、
どんどんマーケティングに転換していった時期が、
2年目とか3年目にあって、
そこからいよいよようやく私の本当にやりたいマーケティングにつながってきたっていうのは、
移動の期間が割とあったっていうふうに、
今思うとそうですね、ありましたね。
ありがとうございます。
通訳からマーケティングへの転換
これもそうですね、最初に独立する人に多分参考になるなと思っていて、
僕も一番最初に言ってたけど、
僕も2016年とかに、
僕は実家の家業があったんですけれど、
さらに今も社会自由になって辞めたタイミングとかって、
初めて独立したときは分からなかったんでね、
本当にできることやりたいことっていうのを考えているときに、
僕は当時やっぱり営業みたいなことしかほとんどできなかったんで、
まずは営業でやれるところから仕事をしたことを、
なんとなくここまで言語化して選択肢だかというと、
あまり自信がなかったなって思うんですけど、
すごい、この時もきっとまだ逆算思考できちんと考えていたわけですね、おそらく。
そうですね。
いやでもまた改めですけど、言語ってやっぱりまだ強いですね、すごく。
特に中西さんの場合にはおそらく英語だけじゃなくて、
複数のところが喋れるっていうのは、
確かにいろんなところでつながっていくなっていうのが素晴らしい。
それがまたびっくりなんですけど、
私が言語の世界に入って通訳をすると、
4カ国を喋れる人、山ほどいるんですよ。
その時に、私の言語って軸として戦えないわってまた折られるんですよね、心。
なるほど、なるほど。
普段も外来でて4カ国語ペラペラの人がたくさんいて、
展示会とかに行くと、
あ、はじめまして、何語担当ですか?
私はヨーロッパ語族全部と、
全部?みたいな。
6つと、あと中国語だけです。
7つですか?みたいな人が結構普通にいて、
自分で4カ国語喋れるっていうのが、
言語の世界に飛び込むと、そうでもないんですよね。
なので、いかに言語の世界じゃなく、
別の軸を持ちながら言語を武器にするかっていう方が、
多分私は活かせるなっていうので、
マーケティングを軸にして言語もできるっていう風にした方が、
戦えるなっていうのはその時思いましたね。
これめっちゃ面白いですね。
本当では戦えないって思いました。
なるほどですね。
どの世界もきっとそういう深い流れになってますけど、
素人からするとそれだけでもバリューになるのかなと。
それは強みの100分の1×100分の1を増やすという感覚ですよね。
おそらく私のような。
本当に語学って上限がなくて、
私も専門にやってきたわけじゃないんで、
正直バーって喋る上では困らないんですけど、
文法が全部一言一個合ってるかっていうと、
多分合ってないんですよ。
そういうのをプロの翻訳通訳の勉強してきた方からすると、
なんかちょっと庭家っぽい感じも多分あるんでしょうね。
なので、この業界はやっぱりそこをメインで、
ずっとこれまで何十年やってきた人がいるっていうのを知った時に、
私はもともと趣味でやってたので、
仕事にするっていう気持ちはなかったんですけど、
さらにここを甘えてずっとここにいちゃダメだなっていう風に。
できるからといってみたいな。
なるほどですね。
ありがとうございます。
洋ちゃんすごいね。
いろいろやっぱり面白いエピソードがたくさん出てくるんですが。
前半お伺いするときは結構ご自身の中で軸があって、
逆三思考もそうですけど、
強みを一つずつ作っていくっていうのも、
めちゃくちゃご自身の思いの中であるんだろうなっていうのがあったんですけど、
今のスキルの掛け算をどんどん増やしていく、
その軸を増やしていくみたいなところって、
本当にやっぱり一つの業界だけではなくて、
いろんなところでいろんな方と関われるからこそ、
その人だけでしかできないことを叶えられないこととか、
あとは職種業界を渡った人たちの翻訳をしてあげるっていう意味でも、
いろんな意味でも通訳になってらっしゃったりとか、
より一層中平さんの強みがどんどん強まってる感じがすごいしました。
そうですね、これは性格的な部分でもあるんですけど、
負けず嫌いなのに競争したくないんですよ。
本当は戦いがすごい嫌いだから、
誰かと押し合って1位になるっていうのは嫌なんですけど、
負けると悔しいっていうのが多分本当にあるんで、
じゃあ戦わなくても唯一になれるとこ探す方が、
自分には合ってるのかなっていうので、
ニッチかけるニッチじゃないですけどね、
していくとニーズはあるし、でも自分の無理しなくていいし、
というところが徐々に見つかってきたのかなという気がしますね。
今聞いてみて確かにと思いました。
いいですね、ありがとうございます。
あとで逆算思考が、今価値観が変わってきたみたいな話も聞きたいなと思いますし、
自分で商品を作るという目標
あと独立をされて、最初に強みというかできることである語学から始まって、
いろんな社長の方と話したって話もあったと思うんですけど、
そこからまた次の転機というか、仕事の幅が広がったみたいなきっかけとかってあったんですか?
そうですね、多分2つあって、
1つはある程度自分の目標が達成できたなって思うのが、
3、4年前にあった。
例えばフィーランスになってマーケティングの仕事をするとか、
コンサルの仕事をするとか、海外というところ、
あと売り上げもこれぐらい行きたいとかっていうところが一気に達成した時に、
先の目標がなくなったんですよ。
その目標がなくなった状態に対して結構絶望的になって、
今まで結構積んで動いてきたので、
これから何を目指してどうすればいいんだろうっていうので、
いっぱい真っ白になって結構自分の中ではうまくいってるはずなのに、
メンタルとしてめちゃくちゃ落ちた時期があったんですよ。
燃え尽きじゃないですよ。
その時にどうしようかなって思って、
一旦行きたかった海外にもう一回行こうと思って、
1年間海外に行く計画を立てたんですよね。
1回そこで改めて自分を見つめ直して、
時間の使い方変えてリセットしようって思ってたんですけど、
そこでコロナが来てしまうわけですよ。
チェンジしようと思ってたことが1つまずできなかったっていうのが1つ目。
やろうとしたけどできなかった。
もう1つ2つ目はずっとやってみたいなって思ってたことがあって、
それは何かというと、
マーケティングって基本誰かとか何かの会社の商品を伸ばしていくっていう部分だと思うんですけど、
自分で商品作って自分で伸ばしたらもっと楽しいんじゃないかなっていうのはずっと思っていて、
何か自分の商品を作って売りたいなっていうのがあったんですね。
学生時代から、例えば留学に行くとかコンサルの会社に入るみたいな感じで、
日記をずっと書いてて一番最初に目標を書いてたんですよ。
一番最初の目標って何回かずっと毎日書いてるといつかそれが達成されるんですけど、
自分の商品をいつか作るだけずっと書いてるなって思って、
何年書いてるんだろう、いつになったらやるんだろうって思って、
事業の動き
じゃあこの目標が1回なくなって自分の気分が落ちてる時に、
今やるべきタイミングじゃないのかなと思って、
自分の商品を作ろうっていうふうにちょっと考えて、それも並行して動いてました。
結論から言うと、商品を作って去年の4月にその事業自体も売却をしてしまったんですけど、
チャンスをしながら事業を作るっていうのをここ3年ぐらいはやってきましたね。
初めて知ることがまた出てきたな。
本当に何やってるかわからないぐらいな感じなんですけど。
前半の方から実際に仕事を積み重ねていって、もちろん大変なことも多かったと思うんですけど、
売上も伸びたりとか幅も広がっていって、
その時にある程度経済的にも時間的にも多少余裕が出た時に、
何をしようっていうマインドがありますよね。
ありますね。
リアルタイムで40歳になって、この先多少食えるようになったらどうしようかなって考えた時に、
今考えることがあったりしたので、すごくそういうマインドがわかるような気がしました。
そうなんですよ。しかも答えがないので、結構致命的な壁なんですよね、これって。
資格を取ればいけるとか、給料いくらまで上げればこのランクになれるとか、
そういうものでもないので、本当に自分とどうやって向き合って答えを出していく。
結構深くできる資格ですね。
先にこっち側を少し深掘らせていただくと、
まさに逆算の思考でいった時にはそういう風にいけたのが、ある程度達成したから、
多分そこのマインドチェンジが必要なタイミングなんですけど、
このぐらいから自分の価値観がちょっと変わったという感覚ですか?
そうですね。なので今までこれになるためにこの1年でこれやる、
こうなるために逆算して組み立てるというのが本当に29歳まではそうだったんですけど、
それが達成した時にこれになるまでというか、これがなくなったので、
お客さんのベースにするかというのが本当なくなったんですよね。
そうした時にいろんな人とも話して、今目標ないんだよねみたいなことを、
なんかすごいやる気ない人みたいに話せる中で、
いったん目標置かなくてもいいんじゃないってちょこちょこ言われるようになって、
目の前の仕事だけに集中して、
あとは目の前の流れというかご縁というか、
そういうところに乗っかれるものを乗っかってやりたいことをやって、
ちょっと逆算じゃない方向で動いてみよう、目の前の今やりたいことをやろうというので、
ものを作ったり、海外行ったりというのを結構後先考えずにやるっていうところにシフトしましたね。
ありがとうございます。これもだからすごいですね、いいですね。
きっかけインタビュー的にはすごい、いろんな人に聞いてほしいなと思っていて、
やっぱり長くずっと働いている人生が多いじゃないですか。
なので、今の価値観とかって変わることもすごい多いなと思ったりするので、
そういうのを逆に悩んでいる人とかっていうのは、
決めつきすぎなくていいのかなと思ったりするし、
自分もこうだからって知りすぎてるがゆえに、
それがガチガチになってたりするので、
年齢重ねるにつれてそれを1回開放してまた崩して作り上げていくフェーズは
どこかでは必要なのかなって思っています。
多分そういう能力高い、長い間相談をすればそれも解決するようになるので、
そういうのを向いていらっしゃるなというふうに話を聞いていて、
そういう講師のお仕事とか研修のお仕事も多分されているのかなと思いますので、
ありがとうございます。あともう一個ちょっと気になったんですけど、
自分のマーケティングばだけやっている人、
この辺とかって洋ちゃんもマーケティングすごい詳しいというか、
気持ちになると分かるのかなと思うんですけど、
自分のプロダクトを作りたくなったという感覚というか、
サービスをやりたいというか、
これって自分の商品って何の商品を作られたんですか?
その時はプラワーティーっていうノンカフェインでお花でできたお茶を作ったんですよ。
日本にあまりなくて、中国の方に行くと花茶っていう名称で、
結構当たり前に飲まれているものなんですけど、
めちゃくちゃ私がガクンと目標を失って落ち込んでた日に、
なんとなく渋谷のヒカリエに行ったんですよ。
そしたら結構高級なフルーツティーが売ってあって、
なんとなくこれ飲んで落ち着いてみようかなみたいな感じで、
ふと手に取って家に帰って飲んだら、
めっちゃどうでもよくなったんですよ、いろんなことが。
お茶も美味しい。
会った時に商品を作りたいのはあったし、
候補としてたくさんリストアップもしてたんですけど、
その時自分が飲んだこの1杯が結構ホッとする時間とか、
余白を生む時間だったなと思って、
リストの中からお茶っていうところ。
日本になくて、基本海外が私は好きだったので、
海外では当たり前にあるけど日本ではないものを、
全く違う名称で持ってこようっていう風にして、
持ってきたっていうのが最初でしたね。
そうですね。
いやでもすごいですね。
ここもだからやりたいと思った時に、
いくつか自分の中でずっと考えてたんですね。
リストアップをされているっていうのがあって。
いろんな国に行くにつれて、
これすごいのになんで日本にないんだろうって思うことがすごいあったので、
それは書き取りましたね。
ありがとうございます。
花のお茶って、僕もわからないな。
お湯を入れると咲く花のお茶ですか?
そうです。
あれもありますし、
本当に木の花とかが、
わーって広がっていくものもあって、
いろいろあるんですけど、
そうなんですよね。
で、作ったはいいものの作って、
結構完売もしたんですけど、
一通りで、
私売る方がメインでいいなってなったんですよね。
売るところから全部やって、
ちょっとお友達に手伝ってもらった部分もあるんですけど、
価値観の変化
大半の業務を自分でやったんですよ。
そうすると、
仕入れでスリランカ行ったりとか、
デザインこれに頼んだり、
在庫どうしようかとか、
ラベルどうしようか、
保険所行ってみたいな、
いろんなことをやって売った時に、
売ることに専念したいわ、私やっぱりってなって、
そこでやっぱり譲渡を決意したんですよね。
これはもうちょっと他の人にお任せして、
私はいろんな人を改めて手伝いたいなっていうのがあって、
なんで今まで自分が目指してきたものを一回やってみたら、
商品の開発と売却
別にそんなに合ってなかったっていうことが分かって、
またちょっとリセットっていう感じの意味での売却でしたね。
ようちゃん来ましたね、また。
来ましたね。
来ましたね。
いやでも本当になんだろう、
これを本当はやりたいんだけどとか、
多分自分はこれが好きなんだけどと思っていても、
結局は体験してみないと気づかないものって結構ありますよね。
体験するまで時間があればあるほど、
妄想だけ膨らんでいくんですけど、
さっさとやっとけば、
違ったわってなるかもしれないので、
やっぱり私の昔の動機がずっと言ってたんですけども、
動き出したらもうそれで半分成功だからさっていうのは、
本当にあるなと思いました。
どうしようどうしようって満タンにしてから始めようとすると、
結構時間かかっちゃうんで、
勢いに乗ってとりあえず始めてみて違ったら違ったっていうのを、
別に違うことがミスではないと思うんですよね。
それに気づけたっていうクラスの方が大きいかなと思うので、
やってみるっていうのを徹底するのが良さそうかなと思います。
ありがとうございます。
いやーいいことですね。
結構きっかけにちょっと今22歳に近づいてもらってるんですけど、
中山さんほどめちゃめちゃアクティブに自分でやってる人って、
珍しいというかすごいなっていうふうに聞いてるんですけど、
結構でも会社員の方でも大きい会社に行ったからこそベンチャーがいるとか、
ベンチャー01やったけど自分は組織の中のバリューがある人って、
結構何人かいたんですよ。
なのでやっぱりやってみて気づくことってすごく大事だなってことが
途中で長くなってきて。
まだ人がいないと分かんないですね。
はいはいはい。
そうですよね。
すごく物差しというかそういう部分があるのかなと思ったので。
確かに確かに。
ありがとうございます。
もう本当に10分ぐらい聞きたいぐらいというのがあるんですけど、
そろそろまとめていければなということでいうと、
でも7年でいろんなことを経験されて、
2020年からそういう商品を作ったみたいなこともあるかなと思うんですけれども、
あとは最近の活動とか、
それこそ僕が永井さんと出会ったということでお世話になっているのは、
今多分それこそ名前出しちゃって大丈夫ですよね。
大丈夫です。
世田谷区の女性院のプログラムの永井さん、
事務局というかさっきのプロジェクトマネジメントの仕事もやってらっしゃるので、
ちょっとそこの辺も含めて何か最近の活動とかも最後にご紹介お願いしたらよろしいですか。
はい、世田谷というプログラムを2年前から今回で3年目になるんですけどやっていて、
世田谷区の小規模事業者さんの皆さんを補助金と専門家で支援したりですとか、
あと去年から始めたのはネイバースクール世田谷といって、
これから起業したいとか今の事業を何とかもっと伸ばしたいっていう、
そこに対してスクール事業インテュベーションプログラムを提供するという2つの軸をやっています。
私が何気なくお茶を作って売却したという経験がなんとここでも生きてきまして、
今スクール地方のメンターもやってるんですけど、
まさにビジネスアイディアがないんだけど何か事業がしたいという人たちの相談に乗ったりしていて、
自分の中ではやってみて違ったなっていう経験だけだったんですけど、
意外と人の役に立つことがあるなっていうのをまさに今今感じているところですね。
ちょっと世田谷の話になると実はこれもものすごいご縁で、
私がフリーランスになって独立してようやく収入とかも安定してきた時に、
渋谷付近での活動が多かったのでそこで身体を借りようと思ったんですよ。
その時に、すいません、うちフリーランスの方無理なんでっていう感じで一発で審査を落とされたことがあって、
自分としてはやっと理想のずっと目指してきた働き方にたどり着いたのに、
社会的には評価されないんだっていうふうにものすごく悩んだんですよね。
世田谷での仕事のきっかけ
で、もうなんか私は結局必要とされてないのかなとか、
この社会どうかしてるわとか結構いろいろイライラしてたんですけど、
その時にしょうがなく渋谷の一個横の池尻大橋に住んだんですよ。
その時に今の世田谷をやっているメインのメンバーの方に、
そういえばレイチェル池尻住んでたよね。
一緒に世田谷のことやらないっていうふうに言ってもらって、
今結構メインですごく楽しみながらやらせていただいているお仕事の一本なんですよね。
なので私にとっては結構地獄の、軌道に審査に落ちるっていう地獄の経験だったんですけど、
それがなかったら多分このお仕事につながってなくて、
池尻に住んだからこの世田谷ギリギリに住むきっかけになって声をかけてもらってたので、
結構私のキャリア振り返るとドンって落ちるタイミングがあったんですけど、
絶対それが次へのきっかけにつながってきてたんですよね。
なので結構この世田谷のお仕事の、
なんでこれをやるようになったんですかというきっかけを話すたびに、
いや実は審査に落ちた時期があってみたいな話を聞いて、
落ちた時こそ次につながる新しいチャンスかなって、
ちょっと前向きに考えられるようにはなりました。
メッセージこちらもありがとうございます。
仕事を手伝ってくれた友人とのつながり
そうですよね、つながってくる。
でもさらに加えて池尻に住んで、吉田さんたちですよね。
そうですね。
すごい人とのご縁でこういうところにつながってらっしゃるのも素晴らしいなと思うんですし、
僕も個人的に去年になって今子供を見られる特徴として、
それで今世田谷の下北にオフィスを借りたんですけど、
本当そうですよね、それがきっかけで、
ここの僕が入っているサイクルの人が紹介してくれて、
中谷さんと会って、正確に言うと、
仕事決める前に共通の知人がいるからみたいな話で盛り上がって、
その辺に生かしてもらったんですよね、確か。
そうですそうです。
そんなつながりが、それもなんとなく手伝ってって言われた仕事を手伝ってた方の方、
友人だったみたいな。
はいはいはい。
マーケティングの仕事だったんですけど。
ここで言うと本当に些細なことですけど、
場所とか、人とかのきっかけでもつながっていくのが面白いかなっていうのはね、
僕もあの仕事楽しんでやらせてもらっているし、
世田谷のつながりができるのがめちゃめちゃありがたい仕事だったりするので。
そうですね。
それもあって、何でお客さんだけじゃなくて、
目の前のことに集中して次につながるっていうのはあるなっていうふうに最近は思いますね。
ありがとうございます。
まとめる必要がないくらい金限をたくさん出してくれたんで。
まとまってないですけど、大丈夫ですか?
記事にするのが、もうだいぶイメージが湧いてるのでありがたいなと思いました。
よかったです。
よーちゃんどうでした?最後感想をもらいつつ締めればなと思っていて。
実はですね、皆さん。
番組の始まる前、事前打ち合わせみたいなところで高谷さんといろいろお話をして、
この後のインタビューもそうですけど、
ちょっとじっくりお話を聞きたいなと思っていたところでももちろんあるんですけど、
話を聞けば聞くほど、やっぱりちょっと時間足りないなっていう部分と、
今までいろいろお話をお伺いしてきた方との大きな違いで言うと、
やっぱりキャリアの掛け算みたいなところと、
キャリアの段階というかステップによって、
ちゃんと自分が変わってきたんだなっていうところです。
めちゃくちゃ素直に向き合ってらっしゃる方だなっていうのを感じました。
そう言ってもらえて、そうなんだって確かに思いました。
なんか嬉しいです。
間違ってなかったのかなみたいな気持ちになりました。
こんなに言語化できる人を私は初めて見ました。
自分も分析するの結構好きなんですよね。
なんで今こうしたんだろうとか、なんで悲しいと思ったんだろうみたいなのを
常にやってきた部分はあるかもですね。
ありがとうございます。
参考になるのでインタビューを聞かせていただいたかなと思っています。
ぜひ多くの人に聞いていただければなと思っております。
なみかんさんともっと聞きたいとかつながりたいという人がいれば、
なかやさんのツイッターとか連絡先とか、
もし言えれば聞かせていただいて、
ポテキャストにも入れさせていただければなと思っております。
はい、一時期ちゃんとツイッターでも発信してたんですけど、
最近ちょっとサボり気味ですが全然、
ぜひ連絡くれたら返します。
あとあれですよね、先ほど言った世田谷区の、
世田谷のプロジェクトの方では、
たぶん今ボイシーもなかやさんにやっていますね。
いろんな事業者さんが本当にいて、
こんなビジネスしてる人いるんだっていうの、
私も見ててすごい楽しいんですけど、
そこはパーソナリティとして、
お話を伺ったりしているので、
ボイシー気になる方は見てみてください。
ボイシーのリンクも入れさせていただきますので、
僕も好きで聞かせてもらってますので。
すみません、ちょっと時間をオーバーしてしまいましたけど、
そしたら今日は22人目ですね、
なかやさんのインタビューを聞かせてもらいましたので、
ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。楽しかったです。
ありがとうございます。
25:12

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