00:11
田舎社労士さだきちの路傍観察日記
第22回 労働相談
かけ合って都会の会社を退職したさだきち
よくさだきちゃんって呼ばれるんですけど
日々をぼーっと観察して
考えたことをお話しするポッドキャストです。
10分くらいで終わります。
労働相談に乗ってると、どうしようもねえなって思うことがよくあります。
その解決策として、労働相談の本質って言語化だなっていうのはよく思います。
労働相談に来る人の大半、まあ大半ですけど8割くらいかな
労働相談は自分が抱えている困難に理由をつけに来る人たちな感じがします。
もちろんその困難の中に実際の違反やコンプライアンスに反するものはたくさんたくさん根底にあって
すごくそれが感じます。
世の中は法律通りになっていない。
まあ当たり前なんですけど、法が訴う理想通りには世の中はなっていません。
労働相談ってそういう曖昧もことした世の中の不条理に
法的な名前をつけることにあり
それがその相談者の抱える困難に理由をつけることに繋がります。
例えば、アワハラであれば長時間労働があって、それが労災に繋がっているんじゃないか
03:02
安全廃除義務、労働契約法違反があるのではないか
不法行為、人法上の不法行為があるのではないか
この辺りのワードを思い浮かべます。
誤解を恐れずに言えば、若くて幼い相談者や
もしくは相談に乗る人は短絡的にこういったワードに
自らの困難を帰結したがる傾向があると思っています。
もちろんそうでない人もいっぱいいるし
健全として良くないものが存在する
法違反コンプライアンス違反が存在するのは前提です。
ちょっと視点を変えて
労災認定基準、特に精神疾患に関しては
厚生労働省からガイドラインが出ています。
その中に、労災というか精神障害が発病する原因として
ストレス脆弱性議論というもので説明されるという風に
少なくとも厚生労働省の労災認定基準は
このストレス脆弱性議論というのを採用しています。
精神障害の発病については
特に労災に関しては
業務、仕事による心理的負荷
そして業務外の心理的負荷
そして最後に個体側要因というものを
3つ原因として挙げています。
この中で業務による心理的負荷
これがあると認められなければ
基本的には労災は認められません。
いつも思うんですけど
労働相談って法的な根拠を探し求めることでありながら
実はそれをしながら
個体側要因を保護しているなって感じることがすごくあります。
もちろん個体側要因だけが
06:05
労災における精神障害の発病原因ではない
そのことは重々分かっていなければならないんです。
個体側要因って何かっていうと
残念ながらその人そのものなんだと思います。
その人のものの考え方、価値観、世界観
もっと学術的な用語で定義することもできるんでしょうけど
私の中ではそんな感じです。
この個体側要因を保護していくことが
法的な問題が解決した後での
その人の生きていく力につながるんじゃないかなっていうのは
残念ながら人が抱えられる
自己責任、自責の念については
個人個人の能力、それから
時代背景などタイミング
いっぱい限界があります。
どうしようもない絶対的暴力、虐待戦争
それは厳然として存在します。
それに対する理解、配慮が
常に必要なのは本当に当然のことだと思います。
というかそこへの理解がないと多分
個体側要因っていうのはほぐしていけない感じがします。
ただし個体側要因をほぐして
その先にあるのが
私個人の考えでは
抱えた自己責任、自責の分だけ
残念ながら人は成長できる可能性があるんだと思うんです。
問題を自分のこととして捉える
これって結構大変で
時に人というか誰か
心理専門職の力を借りないといけない場合もいっぱいあります。
でも人はたぶん抱えたものにより成長します。
09:08
根拠はないんですけど
いっぱいいっぱいやってきてそんなことを思います。
そのためには言語化っていう実績がいるんだと思う。
公的な言語化はとても必要です。
労働相談において。
その困難に名前をつけることはとても大切です。
でも実際は公的な言語化だけではきっと
限界があるような気もしています。
問題解決ってきっとその外側にあるんじゃないかなって
今は思います。
この話の続きはまたね。