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魂に目覚める 魔法の知恵袋
こんにちは、声ラボの岡田です。
こんにちは、リアルスピリチュアリスト 橋本ゆみです。
ゆみさん、今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日は、なんとゲストがいらっしゃるんですよね。
はい。
ギャラリー沼の底のおせやんさんです。
おせやんさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
ゆみさん、よろしくお願いいたします。
お願いします。おせやんさん、どうも沼の底から地上に。
はい、沼の底からこんにちは。
リスナーの方にも、おせやんさんの番組についてちょっとだけ教えていただけるでしょうか。
どんな番組でしょうかね。
ギャラリー沼の底というチャンネル名なんですけども、
ギャラリーというので絵が飾られていると思いきや、
耳から聞くお話なので、絵は描かれていないんですね。
何を見るのかといったら、お話をする言葉を拾って、
そこから自由に想像する、イメージするというような、
そういったコンセプトでギャラリーを開いております。
ゆみさん、聞いていただいていかがでした、このギャラリー沼の底。
はい、非常にですね、何だろう、共感するというか、
同じところを触っている方で、その表現が非常に上手。
上手ってなんか上から見えないっぽいけど。
その抽象度の高い本質的な部分っていうのを、
説明するのではなく、物語を使いながら、
こっちだとメタファーっていう言い方もするんだけど、
そういう物語でお話ししながら、
スルッと沼の底に何か触れるような、
でもそのプロセスが非常にクレバーで、何ていうのかな、
言葉一つを丁寧に説明されているので、
なんかこう、知的な部分も刺激されるし、
同時に無意識的な部分もなんか刺激されつつ、沼に誘われるような、
なんかそのプログラムの作り方が精妙で、すごいなと思って聞いてたんです。
お世話さん、この番組結構考えて作られてるんですか?
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考えてますね。
不正語がないようにっていうところは非常に気を使っています。
あと、由美さんから言葉をすごく丁寧に扱われてるっていうことですけど、
やっぱりそこは気をつけてらっしゃる部分でもあるんですかね?
気をつけるというか、私が言葉がとても好きで、理由はわからないんですけども、
禅の世界に不流文字でしたっけ?文字が立たない、文字にできない、言葉にできないっていうのが、
確か、禅の世界にあるんですけど、私はあの言葉があんまり好きじゃなくて、
言葉をもっと費やさなければいけないというか、
その言葉を、ありたけの言葉を使って、その向こう側を見たいというような何かそういう、
私の中に熱いものがあるんです。
言葉が本当にとにかく好きっていうのが大切にしているっていうところにつながっているのかなって思います。
そうですよね。エピソードのところでも、ちょっとした言葉遣いの違いで、
全然思い浮かばう情景が変わりますよっていうのもありましたよね?
そうなんです。おっしゃる通りなんです。
本当はすごく繊細でよくできていて、漢字一つ一つがまさに哲学であったり、
人類の英知というか、本当に多くの人々が積み重ねて、積み重ねてコミュニケーションを取りたくて、
作ってきたもの、道具だと思っているんですね。
それをすごく受け止めているというか、受け止めきれているかわからないんですけど、そういう思いがあります。
どうですか?由美さん、そのお話を聞いて。
何かそれがはしばしから伝わってくるんですよね。
図形としての言葉もそうだし、音としての言葉もそうだし、
伝えるというその道具としての言葉っていうのもそうだし、
本当にその抽象画のような、一つの言葉を見た人、受け取った人は、
どうとでも扱えるし、どうとでも受け取れるんだけど、その自由度がすごくあって、
でもその文字が存在しているバックグラウンドがちゃんと説明されているので、
自由なんだけど、そのものもちゃんといるっていう、そこがすごいなと思って。
いやーすごいですね。
でもお世話さん、こういうの番組はポッドキャストなので音声ですけど、
ギャラリーって言うとやっぱりビジュアルの方がイメージとしては強いのかなと思ったんですけど、
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この音声を使おうと言われたのは何かありますか?
そうですね、先ほどの雑談でも申し上げたんですけど、
私音フェチなんですね。どちらかというと耳の方をよく使っているのかなって、
比較はしたことないのでわからないんですけども、
目よりも耳の方をよく使うタイプなんですね。
人の話もよく聞いてそこからイメージに起こしたり、そちらの方が柔軟度が高いというか、
私はよりも俳句を一つ聞いて、そこから自由に連想、想像、妄想する方がとても好きなんですね。
そうなんですね。だからやっぱり言葉を使っていろいろ表現されるっていうことなんですね。
そうですね。絵は絵であるんですけど、最終的に目というのをよく人間は使うので、
ここをなんとかクリアして、問題とは思ってないんですけども、
目の機能をもっとイメージで、カプセルというか。
確率的に見るじゃなくて、見るの見るが観察の観だったりとか。
そういうことですね。
そういうことですよね。
だからもうちょっと表面的じゃなくて奥深くのところを捉えられたり。
見てるんだけど、そこに色も形も匂いも手触りも同時にそこにあるかのような。
多分そういうことをセヤンさんは言いたいのかな。
おっしゃる通りです。ありがとうございます。
ユミさん結構ね、共感できる部分はあるかなっていうふうにおっしゃってましたけど、
どうですか?共通点みたいなのも感じられます?
沼の底の誘導が、催眠誘導に非常に近いというか、ナチュラルな誘導で。
私が講座でやっていることも、沼の底という言い方ではうちはなくて、
クーとかキョーとか、あとアカシックっていうのをやっているので、アカシャだったりとか。
なんかそういう水の源とかね、宇宙の水の源とか。
いろんな言い方あると思うんですけど、でもそこが宇宙の水の源とか言うと非常にイメージしにくいけど、
沼の底はイメージしやすい。
なるほど。
これはしてやられたと思う。
沼の底いいな。
人のが身近にあるというか、イメージできるようなもので、
そうそう、見えないって。
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ずぶずぶ走ってくる感じもするし。
そこもね、そこという底があるのかしてないのか、それすらも言ってみなければわからないし、
どこを底にしてもいいだろうし、まだ先に行ってもいいし、みたいなその自由度が、
なんていうの、エモいってやつ。
エモいってよくわかってないんだけど、なんかいいなっていう。
そこのタイトルにも惹かれたっていうとこありますね。
私最初イメージで、抽象画の世界ってオープニングで説明があったので、
なんか抽象画を説明してくれる番組なのかなと思って聞いてみたら、
全然違うんだって、いい意味で裏切られたね。
すごいいい意味で裏切られて、
これね、聞いてない人からすると、ここまでのくだりなんやねんだと思うんですけど、
何だっけな、電車の、ごめんなさい、私詳しく覚えてないんだけど、
電車のエピソード、イメージしたときに、大臣の人と日本人の人がイメージする、
この情景、一節の情景を、お世話さんが読んでくださって、川端康成かな。
そうですね、雪国を冒頭部分を取り上げて、英語と日本語とのイメージの違いを比較してみました。
冒頭何でしたっけ、トンネルを抜けたら雪国だった、何でしたっけ、そんな一文ですよね。
どこにいるかっていうのが、英語の表現と日本語の表現で、見えてる立ち位置が違ったりもするんですよね。
そうなんですよね、本当に言語って翻訳が不可能だし、
それがまた面白いですけどもね、逆に日本語を使っていると表になりやすい。
自分が見てる世界が、みんなも見てるはずだと思っている。
その思い込みも、カシャンと外してもらえるきっかけにもなるし、
そんな意味もあって取り上げてみたエピソードだったんですけども、ありがとうございます。
その一文が出てきて、私もイメージしたわけですよ。
で、一緒にお話ししているみつきさんが、こんな情景浮かべましたと。
それで、おせあんさんが、そういうの情景なんですねって言いながら、
外人さんは実は、なんだっけ、ちょっとどっちか忘れちゃったけど、
電車の中に自分がいて、車窓から雪国にトンネル抜けて変わったふうに見る人と、
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トンネルから電車がピョーって出てきて、雪国が広がっているように見える人と、
それがね、文化で違うっていうお話が非常にわかりやすくて、
わかりやすいっていうのは、そこでまず文化とか環境、人によって違うんだよっていうことが一つと、
かつ、ただ人によって違うんじゃなくて、文化とか土地とか価値観とかで違う。
それはたぶん、文節もかかってくるんですよね。
私はっていうね、主語を抜く日本人と必ず主語が入ってくる英語とか。
もう今言っただけでも、3つぐらいの要素がその話の中に入ってて、
うわ、すごいクレバーだなと思った。
今の日本語は主語を抜かしても成り立ってしまう。
例えば英語だったら必ず主語が先頭にくる。
そこもとっても面白い世界があるんですけど、なぜこの順番なのだろうかとか、
この愛っていう主語って一番抽象度がかなり高いですよね。
愛、主語、私っていう主語が、
一体これって自然発生的に生まれたのだろうかとか、
そこまで考えて。
これは誰か意図的に広めた人がいるんじゃないかとか、
いろいろ妄想を膨らませていくと、
共通のイメージの愛っていうのは一体どういうイメージなのかとか、
面白いんですよね。
ますます沼の底にはまっていきそうな感じですよね。
沼の底にはまりすぎると、
私なんかだと沼の底に入るプロセスが全問答すぎて、
分かりませんって言われるんだけど、
おせやんさんのは非常にその世界観の中で、
あん入りな部分がありつつも、
なんかね、潜っていける感じ、
なんかこう扇動がちゃんとされてる感じが、
おーってするんですよ。
あまりにも難しいことだと、そこに没入していけないけど、
おせやんさんのこの沼の底は簡単にそれがプロセスとしていけるっていうことなんですね。
そうそう、なんかこう簡単にっていうか、
なんかこうすんなりいけるんです。
話し言葉を使っちゃうと全問答になってしまうんですよね。
だからそれをスッキリと図形のイメージがあると、
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すごくもっとスッキリするんですけども。
いろいろお話を伺いましたから、
ちょっとまだまだ聞きたいので、
ぜひ次回もちょっとお話を伺えたらと思いますので、
よろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いいたします。
今回はギャラリー沼の底のおせやんさんに来ていただきました。
また次回もよろしくお願いします。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ゆみさん、おせやんさんの第1回目ですけどいかがでした?
面白かったですね。
ちょっとぜひね、ギャラリー沼の底を皆さん聞いていただいて、
もう1回この107回目聞いてもらうと、
どういうことだったんだっていうのがよりわかると思いますので。
そうですね、ぜひ聞いていただければと思います。
そしてゆみさん、なんと癒しフェアというものに行かれるんですか?
出演されるってことですか?
10月の29、30の土日なんですけど、
東京ビッグサイトで癒しフェアっていうのをやってます。
そこに出展しておりまして、
日本アカシックリーディング協会、こちらのお名前で今回出展してます。
この2日間ではですね、
アカシックの卒業生とか、
あとリアルスピリチャリスト養成講座の卒業生がリーディングで出てるので、
皆さんちょっと有料にはなるんですけど、
アカシックとか、あとチャンネルリングとか体験いただけますので、
ぜひぜひ遊びに来てほしいなと。
これゆみさんにも会えるっていうことですか?
リアルゆみさんに会いたい場合。
ぜひ会いに来ていただけると嬉しいです。
10月29日、30日の2日間、癒しフェアをビッグサイトでやってるということで、
ぜひ参加してみてください。
ぜひおいでくださいませませ。
今回もありがとうございました。
ありがとうございました。