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はい、それってつらじを今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
これまでニーチャーをずっとやってきたんですけれども、何を乗り越えたのかっていうところを全部乗り越えましたという話と、
それをさらにどう解決するかっていうビデオの前回は永劫回帰とか、超人とか、ずっと結構難しい話というか、
赤い根の話をずっとやってきたというところで、すごい楽しかったんですけど、今回はちょっとまた雰囲気変わるのかな。
はい。前回、永劫回帰と言ったような話をして、永遠の人生の繰り返しを「よし、もう一度というのだ」みたいな、
なんかすごい、割と振り切った話をしてたじゃないですか。
やっぱ、神学とか神様の話と一緒で、僕らも疲れるし、そんな話ばっかりしてる。
そう、一旦そうだもんね。そういうフィルターを通して理解しようとしないと、スッと入ってこないもんね。
うん、そうそうそう。なので、一回そこまで前回までやり切ったので、今回はですね、ラフな回ということで、
ちょっと兄ちゃんの言葉自体をね、味わってみませんかと。はいはいはい。
最初にもちょっと、兄ちゃんの回の最初にもお伝えしたんだけれども、兄ちゃんの書くことの特徴としてアフォリズム。
アフォリズムって、いわゆる格言とか金言とかいわゆるやつなんですけど、名言とかね。
要はロジックで、論理で、AだからB、BだからC、だからDだよりは、それこそ前回みたいな、超人とは大地の意思だ、みたいな。
うんうんうんうん。
そのふうに言い切ることで、何だろう、表現するみたいなのが多いんですよね。
あー、結構あれなのかな、じゃあ、ブッダとか仏教っぽい。
あー、そうね。結構ストレートにパンという感じはあって、だからこそ、やっぱり理解が難しい部分はあるんだけど、
ちょっと文学的ではあるんだけど、やっぱり表現が豊かなんですよね、兄ちゃんって。
はいはいはい、そうなんだ。
そうそう。そういう意味でも、やっぱり兄ちゃんが人気というか、愛されてるってのがあるだろうなと思っていて、
だから、これまではどっちかっていうと思想的なとか哲学的なことを話してたんですけど、
それだけだとやっぱり兄ちゃんの良さって伝わりきらないなと思うんで、
なんかこんなことは言ってますよ、みたいなのを、ちょっと実際にその「サラトゥストラはこういった」っていう僕が本当に好きな本があるので、
そこからちょっとピックアップしてお伝えしていきたいなっていうふうには思ってましたと。
おー、了解です。あれなのかな、兄ちゃん好きな人とか、兄ちゃんを知ってる人はこの本は読んでる、みたいな。
まずこの本に出会うだろう、みたいな本なのかな、これは。
そうね、代表作ではあるから、読んでる人もいるんじゃないかな、やっぱり。
そんなに難しいんだけど、言葉とかは、約本、今日は佐々木アタルさんっていう方の本を持ってきてるんですけど、
そんなにこういうのはすごく硬くなかったりとか、読もうと読める本なので、
なんかすごくヘゲルとかカントンみたいなのとかも日本語とは思えません、みたいな感じではないんだよね。
はいはい、その名言っていうものを自分なりに解釈しながら楽しむ余地のある本みたいな感じなのかな。
そうそうそう。これは逆に名言集みたいに読んじゃうとあんまり良くなくて、
これまで言ってきた通り、やっぱりニーツの言葉をちゃんと理解するとか、
ニーツの考えを理解するっていうのが、このサラトスラ一冊でできるかって言ったらやっぱり難しいのよ。
あー、そうなの。今回も色々やってくれたけど、この本から全部持ってきたわけじゃないんだね。
違う違う、神の話では神の話あるしとか、英語会計の話では英語会計の話で、ニーツの話で晩年の思想だから、また別の本で語られててとかっていうのがあるので、
だから、あんまり言葉を抜き取ってそれをニーツだって紹介するのは僕はあんまり好きじゃなくて、
ニーツ自身もどこで読んだか思い出せないし、ニーツだったかも誤りますけど、
やっぱり言葉を抜き取ったら意味が死んでしまうみたいなことをニーツ本人が言ってた気がするのよ。
あー、そうなんだ。言葉1個とか名言1個分け、それだけで判断するんだよみたいな話。
そうそうそう。もし勘違いだったら、お存知の方いたら教えてほしいんですけど。
大器本願だ。
ここまで一緒にニーツのことを学んできていただいた、兄貴もそうだし、聞いていただいてる皆さんだったら、
その言葉を聞いた時にも味わえるというか、ただ言葉通りに聞くっていうよりは、
「あ、こんなこと言ってんのかな」とか「ニーツってもしかしてこれでこういうことを表現しようとしたのかな」みたいなことも味わっていただけるんじゃないかなと思うので、
それを今日やってみたいなと思っています。
はいはい、了解です。読んだことないから楽しみだね。
多分意味わかんないと思うんだけど、なんとなく楽しんでもらえればっていう意味でのラフさと、
あと特に今回取り上げたものが、さらっとしたらの名言上位何選ですとかではなく、
僕が開いて「これ好きだな」っていうのをピックアップしただけなので、別になんかそういう権威とか全くないんで、
「観音、ハヤット、弟の子はこういうの好きなんだな」っていう風に聞いていただければと思います。
これをきっかけに本とかこの本読んでみると、自分なりのまた面白いところも発展できるかもねみたいな。
そうそうそう。
こんな感じでね、じゃあ早速ちょっとお伝えしていこうと思うんですけど、
まずこの「チャラテストラ」は各語り機こういったっていうのは、どんな本かというと最初に簡単にお伝えすると、
はいはいはい。あとはさ、もちろんこの血は比喩なわけだけど、
そういう要は自分の意思とか自分の本性が入ってないものには価値がないっていうことだと思うと、
確かに兄貴が言ってくれた通り、聖書っていうものを本当にこれが大事だとか、
これが自分にとって唯一無理なものなんだと思って、
例えば書いたり読んだりしてる人と、なんかとりあえずサラッと読んでる人では、
やっぱり読むこととか書くことっていうことは同じでも全然違うよね。
はいはいはい。
まあ確かにそこまでの説明系と、そっか、この前の超人の話だよね。
いっぱい物事、例えば書かれた本みたいな言葉みたいなのがあった時の捉え方もある意味自分次第ですよみたいなね。
話になってくる。書かれた精神というものを自分でちゃんとそれが血なのかインクなのか、
その言葉に熱がこもってるのか、魂が通ってるのかはちゃんと判断しろよみたいな。
このサラッとストライにとっては、それはやっぱり自分では判断できるというか、
自分で判断した時に魂こもってなさそうなのは意味ねえし、
そういうめちゃくちゃ熱量を感じるものは愛するよみたいな。
ここまでいけば、うんわかるけど、強いなあ言葉が。面白いね。
さっきの精神の話もね、神だったものが今や千人前なりつつあるみたいな。
そうそうそう。っていうね、やっぱそれぐらい時代も変わってるし、君たちわかってるっていうことをやっぱり言ってくるんだけど、
でもね、ちょっと僕は強い言葉を持ってけってのあるんだけど、やっぱりそういう表現はあるし、
いくらでも探せるから、やっぱりサラッとストライ自体は強い本なんだけど。
それでもね、次でいくと、まさにこれまでもお話してきた通り、
要は人生は苦しみだとか無意味だとか、理想の世界があってこの世は仮初めだとかって言ってる人はいるよねって話をした時に、
そういう人が実は同情っていうか他者への気遣いだからこそ、
例えばちょっと浮かった見方かもしれないけど、キリスト教的な臨時を愛せよとか、敵を愛せよみたいな、
例えば人がいた時に、それ矛盾してないって言うよね。要は生まれるのは苦しみ、生きることは苦しみだって言ってるのに、
他者に生きるように気遣いをせよみたいなのって矛盾じゃんみたいなことを思ったサラッとストライは何て言うかっていうと、
苦しみに過ぎないせいなら終わるようにしようとすればいいではないか。
そうなの?
だって、「大いなる正午」って何かわかる?
あー、まあ、わからんけどね。今、熱にただ当てられたんだけど。
何が登ってくんの?みたいな。正午が登るってどういうことよ?みたいなね。
はいはい、正午なんだ。それはあれだよ、あの語訳とかじゃなくてね。
うん、語訳はお昼だね。
うんうんうんうん。
で、これだけちょっと補足というか、説明は難しいし、僕も理解しきってないんですけど、
まあ、いろんな意味がある中で、1個面白い話を見つけたんで、ちょっとご紹介すると、
正午っていうのは、お昼12時なんで、いわゆる一番影が短くなる時間じゃないですか。
はいはい。
で、その影っていうのは、実はプラトの洞窟の比喩にリンクしてるっていう話があったのね。
おー深読みー。
そう、どういうことかっていうと、覚えてる?プラトの洞窟の比喩。
うん、覚えてる覚えてる。アイデアの比喩だよね。アイデアと現象界の比喩でね、みたいな。
そうそう、で、アイデアの太陽とかがあって、僕らは写し姿、影である現実のものを見てるだけであって、
僕らは洞窟に囚われて影だけを見てる存在だ、みたいなのがあると思うんだけど、
その影って、ほんまにあんの?ってニーチェがずっと言ってることじゃん。むしろないよっていう。
うんうん、そうだね、はいはいはい。
世界はイデアがあって、それがうちに捉えてるんじゃなくて、この現実なんだから、っていうんだけど、
ただプラトンの思想って、実はその後のキリスト教もそうだし、西洋哲学の全部の土台になってるんだよね。
それを乗り越えるんだと。
だから、本来純粋な人間の性っていうのを、もう太陽と影があった、影の方だって言ったような、
プラトン、許すまじみたいな。
それを乗り越えて、影じゃなくて人生そのものに向き合う、そういう自分自身で立つんだ、影じゃなくて自分に立つような人生に至るんだ、みたいな。
そういう意味合いとして、この大いなる称号っていうのを最後に持ってきたんじゃないか、みたいな解説があったりしました。
おー、なるほどね。プラトンにその称号っていうのをかけると。
そう。
影の短いから、そこを乗り越えるんだっていうところに。
学者さん大変だな。
これがどれだけ権威があるというか、実際に学会で見ている話かはわからないんだけど、ちょっと面白かった。
でも最後のセリフはこれってかっこいいね。やっぱり。
それこそ、ニーチが言うところの超人みたいな感覚っていうものを持つ、やっぱり人間を立ち上がれっていう話でしょ?
そうそう。
やっぱり熱いね。称号ってあれじゃない?ニーチェが単純に1日の始まりを称号だと思ってたとかさ、そういうお辞儀とかさ。
はいはい。逆にそれを読んでここわかんなかったとか、この解釈自分はこう思ったみたいなのって、見つけてほしいね。
そうね。解釈もできたら難しいけど、この言葉がやっぱり気に入ったとか、自分に響いたぐらいでもいいっていうか、それでいいと思うんだよね。
うんうん。そうはね、これ面白いね。2、3時間全然盛り上がれそうだね。
できるともいけるとも、俺はこの言葉が良かった。この言葉をこう捉えたんだよねみたいな話し続けでもね、たぶん飲み会が盛り上がると思うんだよね。
うん、まぁただ、おかしな飲み会だけどね。かやとはあれでしょ、そういう飲み会をやろうとして失敗し続けてきたんでしょうね。
そう、あの失敗、たどり着けなかったね。失敗にまで至らなかったみたいな感じ。
あ、そっかそっか、スタートされなかったと。
何言ってんの、みたいな。なんで呼んの、みたいな感じになるから。
でもその飲み会はサラス・トゥストラとニーチェに怒られるやつなんだよね、たぶんね。
まぁまぁでも、それをね、意図してやってたらいいんじゃないかな。
うん、はいはいはいはい。分かってる上で楽しんでますっていうね。
はい、という感じでね、ぜひちょっと今回ね、僕自身も楽しくご飯させていただいたんですけど、
なんか皆さんもね、面白いなとかニーチェすごいなとか怖いなとかね、なんかそういうのを感性いただけてたら嬉しいなっていう回でしたね。
いやー、そうはね、この前の話から、全然雰囲気もね、今日ラフで行くみたいな話したけど、そこも含めてなんか、うん、面白かったね。
ニーチェのまた、自分的にはね、なんか全然やっぱりこの話とは違う側面、この熱の部分が見れてすごい良かったなって思った。
なるほど、それがね、繋がって。
はい、そんな感じで長かったニーチェ回も一応今回で終了になりますので、またちょっと次回ね、雑談も含めながら、
たぶんね、お兄貴もいろいろ感じたこととか、今回インプットが多かったからさ、
そうだね。
吐き出したいこともあると思うので。
そうだね、次誰々と、そうだね、ニーチェが何だったのかっていう話をちょっとね、できれば。
話していきましょうということでございます。
じゃあ、毎回これ聞くんだけれども、ニーチェの次は何に?
ああ、そうだよね。
軽くでいいんで。
そうですね、また東洋にちょっと戻りますと。
やっぱ東洋ね、好きな方とか多分ね、街の望んでる方もいらっしゃるなと思ってて、
ついにですね、禅集ですね、座禅とかの禅をちょっとご案内していきたいなと。
禅も、たぶん今回みたいな感じで、こんなことを言っている、いわゆる禅問答だよね。
こんなことを言っているとか、こんなやりとりがあったみたいなことをお話ししながら、
わかんねえなとか、おしれえなみたいな話をちょっとずつお伝えできたらいいなって思ってます。