次スタートというところね。やりたいやりたいって言ってたやつ。
そうですそうです。もったいぶるのも別にあったので普通に言うんですけど、それずつラジオのコミュニティーをオープンしようと思っております。
わー、コミュニティー。
あー、ダメだ。拍手また入んないし、兄貴もうわーっていう感じだし、盛り上がらなかったね。
コミュニティーとか言われると出てきたくなっちゃうから、そっから。
作ってるくせに。
これさ兄貴、別にコミュニティーショーじゃないでしょ。でもどうなの最近。
多分これはあれだと思うの。ただのダメなところで、集団からただ意味もなく出ていきたくなっちゃう。
どういう特性の生き物なのそれは。
コミュニティーって一般的な哲学カフェに対する疑いじゃないけど怪しいと思っちゃうみたいな。
そういう感じで、基本斜めから見るとか怪しく思っちゃうとかダメなんだろうね。
ダメっていうか、そういう体制がないからなんだろうね。
コミュニティーってさ、でも兄貴が言う通りちょっと閉鎖的な空間じゃないかとかさ、
ちょっとそこ入るとなんだ、それこそブラックボックスになってて、
それこそ変なところに誘導されたり、別にそういうコミュニティーが多いってわけじゃないよ。
多いってわけじゃなくて、イメージとしてそういうことを宣伝されるんじゃないかとか、
なんかこう別のね。
交流しないといけないとか。
そうそうそうそう。
別にしたくないわけじゃないんだよ。
したくないわけじゃないんだけど、変ななんか、
イメージがね。
強制されてる感じ?なんか自由じゃない感じというか。
めんどくさかったよね、ここが。
いやわかるわかる。でもまあそういうのってあると思うんですよ。
もちろんね、それをゼロにはできないなと思ったし、
やっぱクローズはクローズのいいことがあるんじゃないかなとは思ってるんで、
ちょっとそういう仕組みにはしてるんですけれども。
ごめんね、早いとこがさ、コミュニティー始まりましたって言ったとこでさ、
何の内容も話してないのにいきなりコミュニティーってさ、
何も話し進んでないからね、ごめんね。
しかもさっき兄貴言ってたけど、一生懸命作ってくれてるんですよ、あのお兄さんも。
今すごい細かくやって、これどうかなとか、
これこうしてみたんだけどどう思うってすごいやってくれてるのに、
いざ発表した瞬間テンション低いっていう。
まあいいんですよっていうか。
なのでちょっと今回はやっぱりね、
こんなコミュニティー素敵ですよっていう話は多分ならないんで、
またいつもぐらい、何でこんなことをやろうとしてるのかとか、
僕らがそうやってツラジオとしてやろうとしている、
コミュニティ的なものって何なの?みたいな話を、
丁寧にお話ししていきたいなと思っておりますっていう番外編なんだよね。
改めてにはなるしね、
前々から多分さっき見てみたらあれだよね、
雑談会とかで61回の時に多分、
なんでこのそれとそれのソンオフもやってるんだったとか、
その時にもね、自由な場というかね、
公演みたいなその交流を共生されるわけでもなく、
自由に集まったり出て行ったり、
のんびりしたりする場所が作れたらいいなとか、
改めてね、多分今の感覚でね、
その辺りの話を多分早田がしてくれるのではないかと期待してるんだけれども。
そうですね。
どんなもんじゃいいっていうのはまた後で話すんですけど、
改めてね、なんでそんなことやってるんだっていう話なんですけど、
でもこれかっこいいことっていうよりはさ、
本当に一言で言うとやっぱ昔の自分を救いたいなんだよね、これね。
はいはいはい。
結構ね、キャリア相談とかしてるとそういう風な言葉を使う方もいらっしゃるんだけれども、
やっぱり昔の自分が交流したいって思いながらも、
誰と交流していいかわからないとか、
誰かと話したいんだけど、こんなことを話していいかわからない、
それこそさ、死についてとかさ、この世はどうなっているかとか、
自分とは何かみたいな話ってさ、
中学生ぐらいの時に話そうと思うと、なかなかそういう環境ってないわけなんですよね。
ちょっと前に少しだけお伝えしたいと思うんですけど、
僕は幸いオンラインのいわゆるチャットコミュニティみたいなのがあって、
そこで仲良くなった人とお前らの死について語り合うみたいな、
どういう良いんだか悪いんだかみたいな学生時代を送ってたんで、
ちょっと発散できてたんですけど、
やっぱり今でも、今この34歳になった自分の、
今でも話したいことって本当に話せるかっていうとなかなか難しい。
それは気持ち的に、こんなこと話されても困るよねっていうふうなこともあるし、
現実的に話してみたところで、やっぱり何かちょっと期待したものが返ってこなかったなみたいな、
そういうものも両方あったりするわけなんだよね。
はいはいはい。なかなか膝つき合わせて話すことってない。
テーマは何人せよね、あんまないもんね、確かに。
そうなんです。
それが自分のことだけだったら、自分がいろんな人に話しに行って、
自分の努力で頑張ろうっていうだけで終わったかもしれないんだけれども、
やっぱり一番大きかったというか、ぜひやりたいと思ったのは、
4月にソレテッツカフェ第0回っていうところでギリラ的にやらせていただいて、
本当に多くの人に集まっていただいたんですけれども、
そのときに参加者の方を一人が言ってくださったことが本当に心に残ってて、
それ多分当時も前も言ったんですけど、やっぱり最後に感想を話すときに、
生まれて初めてこんなことを言いましたみたいなことをおっしゃってたんですよね。
だから、これはなんか自分だけじゃないんだってやっぱり思ったんですよ。
やっぱり周りにそういうことを話せる人がいないとか、
こんなこと話したら変な奴だって思われるとかね、それこそ。
思われるだろうね。
思われるだろうね、いきなりね。
なぜ自分は今生きてるのかとかってさ、
思うことってあるとは思うんだけど、
そこにちゃんと日常的な会話としてそれをする機会ってなかなかないわけだよね、やっぱり。
変な奴だと思われるというか、やっぱりそもそも機会がないっていうのが一番だもんね、確かに。
普段ね、仕事をしたりとかさ、
家族で生きててもさ、僕も奥さんとかにたまに、
奥さんとかはもう長い付き合い、10年ぐらいの付き合いだからもう慣れてくれてるんだけど、
突然さ、旦那がいきなりさ、
人生の意味がわからなくなってきたんだよねとかって言ったらさ、
ちょっとどうしていいかわからなくなるじゃん、やっぱり。
そこが完全に同じ趣味とかじゃないと無理だよね。
チャンネルが合ってないとね、そこの部分の。
逆にそれが違うから、それこそ結婚生活続いてるって言ってもあるかもしれないんだけど、
いや、ほんとそう。
うちの奥さんとかは別にそういうのはそんなに興味ないというか、
そういうデザインは別に聞いてないし、
みたいな感じだったりはしますよという時に、
やっぱりただその、僕からすると少し寂しさじゃないけど、
やっぱりそういうことを話せる時に話したいという気持ちが例えばあったりしますよ。
それが自分だけじゃなくて他にもそういうことを思ってくれてる人がいるんだとか、
そういう人が自分の思ったことを言葉にできた、
プラスそれを受け止めてくれる人がいてちゃんと帰ってきたっていうこの体験って、
すげえ尊いなって思ったんだよね。
そんなことを、
そういうことができたらいいなとかやってみたいな、いつかって思ったのが、
4月のそれですカフェ第0回やって、やりたい、
自分がやって意味がある、意義があるっていうのを強く思ったっていうのがこの3ヶ月ぐらいだったんですよね。
でも割とその辺が具体的になってきたのも最近ではあるんだね。
前から公演作りたいとかそういう場があったなって話はしてたけれども、
具体的な形としてだったりとかっていうのは思ったより最近なんだね、それは。
最近だね。
それこそ公演っていうキーワードは割と初期の頃というか、
それこそ第60回くらいなのかなとかで出てたと思うんですよ。
61回かな。
なんかそれがポロッと、あれ?僕がやったのか兄貴がやったのか忘れちゃったんだけど、
多分ポロッと公演っていうキーワードが出てきたときに、それがずっと残ってるのは確かにあったんだよね。
だから自分が作りたいのは、これも何回か言ったことあるかもしれないですけれども、
別に大行なテーマパークとかショッピングセンターとかそういうのじゃなくて、
純粋にただただフラッと行って、ベンチに座ってぼーっとできるような公演っていうところなんだなっていうのが、
すごい自分の中で逆にしっくりきて。
当時子供がちっちゃかったから公演毎日行ってたみたいなのもあるんだけど、
そういう感覚から公演作りっていうモチーフが面白いなとかっていうのがあって、
話せる人にはそういうのを話してたんだよ。
自分がやりたいので実は公演みたいな場所を作りたいんですよって話したときに、
結構いいフィードバックをもらえて、
それはすごい観音さんらしいですねとか、
確かに公演って意外とないですよねみたいなことをいただいたときに、
それはそれでいいコンセプトかもしれないとかって思ってて、
それもいつか作りたいだったんだよね。
いつか作りたいし、でもそれがどんな場所かっていうのは良くない。
そのイメージ湧いてなかったのが正直だったんだけど、
公演を作るっていう話と、
それでスカフェを実際にやらせていただいて、
集まった人がすごい楽しそうにしてくれたってところがあったときに、
これをやればいいんだっていうのを思ったんだよね。
じゃあそういう意味ではスカフェ第0回っていうのは結構大きかったんだ。
大きかった大きかった。
そう、ソラリテツ公園です。これはこだわりがあります。
ソラリテツ公園っていう形でサイトというか場は作ってあるんだけど、
最初ね、ソラリテツ公園っていう名前ってダサいんじゃないかって話を。
そうね。
なんかもっとかっこいいのがいいなって話したんだけど、
ここは結構ハヤトのこだわりがあったんだよね。
はい、こだわりがあります。
なんでかっていうと、
例えば英語にしてソラリテツパークがいいんじゃないかとか、
ソラリテツなんちゃらとかっていろいろあると思うんですけど、
すると、なんか急に敷居が上がるんだよね、僕の中で。
そうなんだ。
要はパークとかっていうとアミューズメント的になるから、
それもディズニーランドで行く人はディズニーランドの非日常感を期待していくからさ、
やっぱりその期待値、事前の期待値がめちゃめちゃ上がるじゃん。
なるほど、なるほど。
そうなると、やっぱり楽しめなかったら、当然でっかりするわけよ。
なるほどね。公園とパークって違う言葉なんだね。
僕の中ではね。
ソラリテツパークがかっこいいかどうかは一旦置いといてね。
一旦置いといてとして、
でもさ、街中にある、例えば第三なんちゃら公園とか、
そこに行こうと思った時にさ、
別になんかめちゃめちゃ期待してはいかないじゃん。
なんかそこに行ったらすごいワクワクが起こるかもしれないとかさ、
すごい見たこともない遊具があって楽しめるかもとかって思っていかないじゃん。
行かないね。もうブランコあればオンの字だよね。
そうそうそうそう。
だからこそ、別に毎日行ってもいいし、朝行ってもいいし、夕方行ってもいいし、
1時間行ってもいいし、5分ぐらい行ってもいいし、みたいなことができるのが公園だと思うんだよね。
はいはいはいはい。
って思った時に、僕が作りたい場ってやっぱりどっちかっていうとそっちの公園なんだよね。
年に1回晴れの日に行きますじゃなくて、
なんかとりあえずフラッと立ち寄れちゃうみたいな。
それでさらにそういう思いでやってはいるんだけど、
ある種、ダサい地味っていうのってむしろいいんじゃないかと思ってて。
なるほど。
だからホームページとかもまた、ちょうどこれが公開されてる時はホームページも公開というか、URLこれですって言ってると思うんですけど、
ホームページもあえてあんまりキラキラした感じではなく、本当にシンプルにしてるじゃないですか。
そこは、あえてって言うとね、できるけどやってないみたいに聞こえそうで、
すごくとても恐縮なんだけど、そこは。
違うよね。
でもそういうふうなシンプルさみたいなものが、できる限り頑張って素人が表現しましたよっていう意味で。
そこはごめん。できるけどあえてとは絶対言えないので。
確かにね。職人が素行としてシンプルにしましたとかではなく、単純に。
DIYだからDIY。
でも公園もそうじゃん。やっぱり球技禁止とか、ここでは仲良く遊んでくださいとかって縦札があった時に、
すげえシンプルっていうか、やっぱりよく言えば手作り感があるし、悪く言えば雑じゃない?
はいはい、分かる分かる。
でもそれがやっぱり公園の良さというか、だから気軽にとか気兼ねなく行ける場所だなと思った時に、
やっぱり哲学もさ、敷居高いじゃない?もともとずっと言ってるけど。
高すぎるよ。
高すぎるじゃない。でもそれをやっぱり日常的にしたいなとかって思いでソイテッドラジオもやってるとした時に、
やっぱりソイテッドラジオとかソイテッド公園も別になんか、
お互くともって知恵を愛するフィロソフィアンが集まる場ですとかっていうふうには全くしたくないわけよ。
哲学対話を行う場ですではないんだね。
場でございますみたいな。
第3の場所でここに来るとなんだ?
さっきも言いたいことが言えるって話をしたけど、
その哲学についての高尚な関東のこの本のこのページについて語れますとかじゃなくて、
本当になんか今日ちょっと調子悪いんですけど皆さんこういう日あります?みたいな、
そのぐらいがいいと思ってるんだよね。
はいはいはい。どうすかみたいな。
どうすかみたいな。
教えてみたいなぐらいの。
どうすかみたいな。
そういう日あります?みたいなことって、
意外とでもそういう話でできないと思ってたよ僕。
自分はこう思うんだけどねっていう部分だったりとか、
自分はちょっとよくわかんないからみんなどう思うっていう。
そうそうそうそう。
ここにいる皆さんの考えもむしろ聞きたいなみたいなね。
そういうことそういうこと。
それが別にテーマは何でもよくって、
別にそれこそ世の中的に話しにくいで、
例えば政治とかお金の話があった時にそれができますとかでもいいかもしれないし、
あるいはもっと本当に身近な、
どうしても僕ティッシュを四つ折りにしてから使いたくなるんですけどとか、
そういう話でもいいわけよ。
それ聞いてみたいなそれ。
わかんないけど。
なぜか聞いて、
自己分析を聞いてみたいなまずね。
そうそうそう。
そうとかさ、
人一個ぐらいあると思うんだよ。
自分はこういうルールをやってるけど誰も聞いたことないみたいなさそういうの。
でも確かに面白いね。
そういうのを聞くとやっぱり自分が刺激される感じがあって面白い。
ちょっとずれるんだけどさ、
最近あったのが、
うちの奥さんと自分でダイニングテーブルの大吹きあるじゃん。
あるある。
あれの畳む方向が違うみたいな、
横から折るか上下に折るか、
そっからどう絞るかで、
絞り終わった時の腹筋の形がちょっと違くて、
それに対する違和感を伝えたら意味わかんないって言われてたっていう。
いやーそうね、でもほんとそういうことそういうこと。
あるよね。
ある。
でもいいね、そういうことだよね。
こういうのがお互い刺激される感じがありそうだね。
ぜひ聞いてみたい。
ぜひ聞いてみたいしさ、
それってわざわざ言わないけど誰かに聞いてみたいとか誰かに言ってみたいとかっていう気持ちってあると思うんだよね。
確かに自分の場合そうだね。
それ自分から出てこないけど、
言われたら。
そうそう、ポンって投げ入れられたら今みたいに湧いてきて面白いなと思った。
そうなのよ。
だから別にそれって一生別に言わなくてもいいんだけど別に。
別に誰に言う話でもないもんね。
ないんだけど、でもそういうのを言えたって言葉にできた時の快感って絶対あると思ってて。
あるね、確かにあるし。
なんで自分はそこに違和感を持っちゃったんだろうっていう。
一回立ち止まって考えることってないもんね、やっぱり。
ないのよ。
これはちょっとあえて無理矢理哲学に紐づけると、やっぱりなんで自身を知れっていうね、
そのいわゆる古代ギリシャのアポロン神殿にあった言葉にもつながるし、
やっぱり自分自身を理解するって結局自分をアウトプットした時にどんなフィードバックがあるかっていうことしかできないって僕は最近思ってて。
あるいはそういうアウトプットをすげえ気軽にできれば、
そしてのソイテツ公演だったりとか、ソイテツ4アラームっていうのがまさにそういう掲示板的なものをちょっと想像してとか作ってるんだけど、
例えばそれこそね、雑談で本当にそういうことを書いてもいいし、長文でなんか最近こんなこと思っててとか、
誰にも言えないケースだこんなことを普段考えてとかっていうことを投稿していただいてもいいし、
あるいはソイテツラジオが週に2回更新させていただいてるから、今回こんな感じだったよねとか感想とかもらえたらそれはもちろん嬉しいしみたいな、
そういうことをまずはやれる場っていうのを作るのがいいんじゃないかって思ったんだよね。
なるほど、確かにね。ソイテツカフェだとね、そこまでこう雑談の話ってする時間も今のところね、
そういう枠組みは今はしてないだろうし、それがいわゆる掲示板、テキストベースだと24時間好きなときにお互いっていう話ではあるもんね。
そう、だから掲示板もあれなのよ、イメージ的には現代のすごいヒュンヒュン鳴るチャットとかじゃなくて、
僕の時代にはなかったけど、あるじゃない、駅とかに黒板があって、席に帰りましたみたいなやつ。
はいはいはい、伝言掲示板ね。
伝言掲示板そうそうそう、もうあのぐらいのイメージなのよね。
この前のネットフィックスで出たCity Hunterに出てたね、City Hunterよろしくっていう。
なるほどね、そんなん見てたんだね、お兄さんはね。
見てた見てた。鈴木業平よかったよ。
全然わかんないんだな、僕は。
最近の若い人っていうとおじさんっぽくなっちゃうけどさ、やっぱり即レス文化みたいなのがあるわけだよね、リアルタイム文化みたいなさ。
まあね、それがもう生まれながらですね。
そうそうそう、もちろんそれはそれでいいなとは思うんだけど、一周回ってさ、やっぱりちょっと時間がむしろかかるみたいなのが最近流行ってるとかって聞いたりはするんだけれども、
そんな感じで別に投稿してすぐレスがつくかどうかっていうことじゃなくって、なんか2、3日だったら誰かのコメントがついてたみたいな、そういう風な空間でいいんじゃないかって思ってるわけ。
もちろんね、その白熱してすごいいろんなやり取りが続くとかリアルタイムでやるっていうのも全然OKだと思うんだけど、
自分が書いたことが3日後にコメントがつくとか、もしかしたら1年後に誰かが掘り起こしてくれて見てくれるとか、そういう風なことが起きるのが掲示板の良さだと思ってて。
だからなんか、あえてちょっとローテクというか、そういうものを盛り込んでますっていう感じで、ちょっとそれ鉄フォーラムみたいなそういう風な場を作ってるんだよね。
作ってるっていうか、ホームページの中に入れて込んでるんだよね。
なるほどなるほど。それ鉄ラジオ、それ鉄カフェみたいな感じで、そのそれ鉄フォーラムがいわゆるテキストベースの掲示板で話してる。
そうですそうです。
だからそれはいわゆるコミュニケーションの掲示板ですって感じではあるんだけど、
運営っていうか、そういうのを作った背景としてはただ単純に掲示板あればいいだろうとかっていうよりは、そういうちょっとゆったりしたコミュニケーションとか、
ちょっと時間がかかるコミュニケーションの場っていうものがあった方がいいんじゃないかと思ったっていう感じなんだよね。
なるほど。公演と同じように時間の間隔もご自由にっていう話だよね。
そうですそうです。
今のタイパーみたいなのとか即レースみたいな。もちろん若い人は逆にね、いわゆるいいねとかフォロワー数から自由になりたいっていう人も多分増えてきてるから。
あるよね。最近増えてきてるね。
ある意味そこで一周回ってる感覚はあるんだけれども、そういう自由さだよね。そこはハイトはすごく重視してるんだね。
本当にそう、本当にそう。やっぱり自由じゃないと自分の表現なんてできないと思ってて。
それよりも、そもそも自分を表現するっていうことがやっぱり日常的には長な経験だと思うし。
純粋にね、前のためとか。
じゃなくて。
したいからするとか。
もっと言うと、これはキャリアデザイナーとしての仕事とか、あとは一時期占いとかもやったから占いとかで見たときもそうなんだけれども、
やっぱり終わった後に言ってくださるのが、自分のためにこんなに時間を使ったのなんて本当に久しぶりですみたいな。
自分の話をこんなに聞いていただいてありがとうございますって感じなんだよね。
いかに普段自分以外のことを軸に置いてるかとか、仕事したら仕事の成果とか目標とかっていうことを軸にしなきゃいけないし、
誰かと話してても自分じゃなくて相手が今何を話したいかとかっていうことに気を向けちゃう人ってやっぱりいらっしゃると思うんだよね。
この場を壊さないためにどんな話題をするのが最適かみたいなことを考えたりするわけじゃん、無意識的に。
まあそうね。
そうじゃなくて、今本当に自分が言いたい言葉はこれなんだとか、
今本当にこの、例えば兄貴の話を聞いて僕が感じた感情はこれなんだって言っていいんだみたいな場ってそんなにないと思ってて。
確かに。
だからこそある種自由であること。
別に朝4時に書いてもいいし、別に昼の12時に書いてもいいし。
でもさ、やっぱりアメージメントパークって夜は閉まるじゃん。
うん、そうね。
朝も何時からじゃないと開かないじゃんっていう感じで、相手に合わさなきゃいけないんだよね。
だから自分に合わせてくれる場っていうのが公園なんじゃないかどうかっていうのもあるんだよね。
なるほど。
だからそういう自分の中でのやりたい世界観とか方向性と、公園とかフォーラムみたいなものが結構バチッとはまった感覚がこの数ヶ月あったんだよね。
なるほど。その結果としての場がそれ鉄公園っていうフォーマットの中で、今回はその公園の中にそれ鉄フォーラムを置きましたみたいな話にはなってるんだよね。
そうですそうですそうです。
っていう優遇なのか何なのかを置きましたと。
そうだね、交流。むしろいや、でも伝言掲示板だね。ベンチと伝言掲示板だね。
伝言掲示板か。そうか、優遇じゃないな。
でもそれも一個の遊びかなって感じだね。
それ鉄カフェとかもね、ちょっとどういうふうにやろうかなとかって4月からいろいろ考えてたんですけれども、
基本的にはそれ鉄公園とかそれ鉄フォーラムに参加してる人が、もっとリアルタイムで話したいなとか、
今回改めて心っていうテーマで前回やったと思うんですけど、その心っていうテーマに関して、
もうちょっと自分も突っ込んで話してみたいっていう人が集まるような場にできるといいかなと思ってて、
でも別に比較するものでもないし、
あればあるだけ深みが出てくるというか、
部分はあると思うから、
お問い合いになってからね、
お問い合いになってから柔道を始めますとかさ、
そういう感覚だよね。
本当そう思うし、
それってさっき自分らしくとか自分の言葉でと言ったけれども、
やっぱりそことか上手い人っているんだよね。
萌えは漢字性が超豊かで、
小さい頃から単歌やら俳句やらそれぞれ触れまくってて、
どう考えても言葉のセンスでは頭抜けてるみたいな人ってやっぱりいますと。
そういう人見ちゃうと、
そういう人のようには自分は言葉が扱えないしとか、
やっぱりそんなに上手く言えない人ってやっぱりなっちゃうと思うんだけど、
でもそれでいいじゃないかっていうのがやっぱり僕の思っていることで、
別に面白かったら面白かったって言えばいいし、
悲しかったら悲しかったって言えばいいけど、
悲しかったっていう言葉に対して、
自分の漢字がぴったり来ないってなった瞬間に、
多分その言葉がどんどん、
自分の思いが言葉になってくるんだと思うんだよね。
それを自分なりにやるっていうことなんじゃないかって本当に思うし。
そこはなんかそう思うね。
他の人が書いてるから自分は考えなくていいとかさ、
ってわけじゃないし。
そこは結構難しいよね。
あと今兄貴の話を聞いて思ったんだけどさ、
一個あまりにも考えてなかったから、
確かに言えてなかったんだけど、
よくある例えばサロンみたいなやつ、
別にサロンが悪いとかっていうことはないんだけれども、
いわゆる主催者がいて、
主催者から何かを学ぼうとか、
主催者が何かを教えようみたいなものも最近増えてるじゃないですか。
そういう意味で言うと、
ソイテッド講演は全然サロンではないんですよね。
そこは明確に思ってて。
コミュニティではあるかもしれないけど、
サロンじゃないっていうのは結構自分の中で線引きしてて。
それは何でかっていうと、
さっき言った通り、
みんながみんな自分の言いたいことを言える場にしたいと思ってるから、
例えば僕やら兄貴やらから何かを学びますとか、
何かを教えますみたいな場ではないと思ってて。
全然想定もしなかったけど、確かにそうだね。
やっぱり最近そういうのに価値があるっていうのもわかるから、
そういうのも期待される方もいるかなと思うんだけれども、
ソイテッド講演はそういう場というよりは、
本当に参加者も含めて、
お互いが何かお互いに、
何だろうな、
気づいたら刺激を与え合っていたとか、
別に刺激を与えてくださいっていうこともなく、
単純にただただそこにいるだけで、
お互いにふわーっと影響し合うみたいな。
本当そんな感じ?
だから講演もそうじゃん。
別に講演で会った人と仲良くなるかってわかんないけど、
毎週同じ時間に行って、
同じ人がいたらちょっと挨拶ぐらいし始めるみたいな。
結構そんな感覚なんだよね。
それこそさっきいろんな自分、
物事を考えたときにいろいろ感想を言うべし、
言語化するべしみたいなこともあったけれども、
ここは結構難しくて、
本当は言語化する必要ってないかもしれないんだけれども、
講演やっぱりこのラジオを聞いてくださってる方とか、
そこの言語化する必要ってないかもしれないんだけど、
講演やっぱりこのラジオを聞いてくださってる方とか、
そこの言語化とか、
哲学とか思想っていう意味では、
多分そこに興味持ってる方も多いと思う。
勝手にね、思うから。
さっきさ、自分が憧れてるみたいな話があったら、
結構難しいそうなっていうかさ、
例えば交渉なことを、
とはいえ自分なりに交渉なことを
投稿しなきゃいけないみたいなさ、
勝手に自分を身構えちゃうんだけど、そういうときって。
だけど、実はあれだよね、
そこから例えば、
世の中とかウェブ上に、
立派な、例えば何かあったときの感想が並んでるから、
自分は早くていいのだじゃなくて、
最近自分気を捨ててるんだけど、
そういうのを見る前に、
まず自分、どんな時節でもいいから、
自分が思ったことをとにかく考えるみたいなことは大事にしてて、
例えばそれが何か映画見たときに、
あそこのあのセリフが感動した、
だから自分は好きだった、
以上でもいいって話なんだよね。
それがその人ならではの、
その時点でのその人ならではの、
とても貴重な思考だったり、感情。
だって感受性なわけで、
だからそれがやっぱり40歳になってそれやってるとさ、
結構バカにされるじゃん。
お前もっとちゃんと、
子供みたいな感想言うなよって怒られちゃう。
思っちゃうね。
たぶんね、自意識過剰なんだと思うんだけどね。
それが許される場で会ってほしいというか、
そういう場があると確かに嬉しい。
それが飼料できる。
それに対して、あ、そうだったんですねとか、
例えばさ、
自分はこう思いました。
他の人を見た時に、
他の人はこう思うんだっていう、
のもすごい刺激になると思う。
そうそうそう、ほんとにそう思う。
ごめん、話はまともらわず。
だから自分みたいな、
そういう感覚がない人にとって、
実は身近に、
自分の頭で考える系の
ロールモデルというか、
人がいるって実は重要なことだと思ってて、
自分の場合幸い近くにいたんだよね。
だからその影響を受けて何とか、
自分のできなさみたいなもの、
そのプライドから抜け出して、
自分、あ、こんなできてないんだ。
自分って感情こんなないんだとか、
感情から考える感情だよね。
何かあったって時に、
それがどうだったって考えることって、
してなかったんだみたいなことに。
できる人がいたから気づけたみたいな部分があるから、