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#423 少数派の反対意見を無視した末路とは?ミルが捉えた言論の自由
2026-05-17 57:15

#423 少数派の反対意見を無視した末路とは?ミルが捉えた言論の自由

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00:11
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 はい、今回でスチュワートミルの第5回ということでやっていきたいと思います。
はい、一応ミル界、今回で最終回と思っているんですけれども、 内容的には前回に続き自由論の話ですね。
前回は自由論の中で特に行動みたいな話で、他者危害原則とかやったのを覚えてますかね。
はい、やったね。
人に危害を加えないっていうことであれば、ある種の愚かな行為、そんなことをやったって絶対にうまくいくわけないじゃんとか、
やらない方がいいじゃんっていうことであったとしても、それによってその人が何かを学ぶとか、
やっちゃダメだってことに気づくっていう、ある種メリットっていうのもあるんで、
そういうある種愚かなように見えることでも、自己決定、自分のことなら自分でやってもいいよみたいな、
そういう風な話をしたと思うんですよね。
そうだそうだ。それこそミル自身がいわゆる少数派というかさ、
そういう風にちょっと同調圧力からの被害みたいなものを受ける立場だったから、
余計少数派の自由みたいなものを担保しておかないと、
その多数決で少数派をずっと排除していくと、なんかやばいことになりそうだよねみたいな話したね、そういえばね。
後半でその天才みたいな話をしたと思うんだけれども、
単純に個人あれはあるし、ミル自身が自分が自由とか、
そういう多数派にいやいや言われたくないから言ったよってことじゃなくて、
それが社会のためなんだとか、そうすることが社会全体の幸福というか、
あくまでもミルさんは公理主義なので、
そういう個人の幸福が増えるってことと、社会全体の幸福が増えるってことが繋がっている。
そういう社会になるんだよっていうようなことを、自由論の中でも言っております。
この雰囲気じゃなくて、公理主義的に考えると、その自由っていうものを作っておかないと、
全体の幸福の度合いも下がっちゃいますよっていうふうに、そこはミルの中で繋がってるんだね、ちゃんとね。
そうそうそう、そういうことそういうこと。
今回もそれはもちろん土台に置きながら話していくんだけれども、
例えば構造ってもあるし、わかりやすいじゃないですか。
例えば他の人にある種の危害を加えちゃいけませんとかって、
03:04
それはそうすると他の人の幸福度が下がって、社会全体でマイナスになるしみたいな感じで、
イメージ湧きやすいと思うんですけど、
今日はさらに踏み込んでみたいのが、言論とか思想の自由。
例えば、人を傷つけるのは良くないじゃないですか。
悪口とかも良くないと思うんだけれども、
例えば傷つけないにしても、
例えば現代的に言うと炎上とかってあると思うんですけど、
SNSとかでよくはバイトの人が食べ物を粗末にしたとか、
良くないことをしたって、Xとかにあげて炎上するとかってあるじゃないですか。
もちろんそういう行為があるのは、
毒してる会社とかに対して危害を与えるっていうので良くないことなんだけれども、
たとえばバイトさんが、
そういうことをやっちゃう自由はあるんだけど、
それは危害食われてるからダメだよねっていう。
それは抑えられてもしょうがないよねなんだけど、
その人に対して、例えばX上でいろんなリプが飛んできて、
最悪とか。
例えば、こんなゴミ死ねばいいのにとかって彼に言ったとして、
それってそれを言う自由ってあるんですか?とかね、例えば。
それって人気害を加えているようだが、
でも別に直接的に何か心が傷ついてるとかって言えなくもないけれども、
そこまで言うと、気害ってなんだっけ?って話もあってくるし。
SNSの話だけれども、
例えばミルの時代でも噂だったりとか、
もしくは直接的に、お前!みたいな。
でもあり得たって話だよね。
当時でもメディアとか新聞とかあったと思うんだけど、
例えば新聞でそういうことを書いた時に、
現代的な考えで言うと、
例えばそういうのって名誉毀損だとかって言うので、
言葉がもう僕らとしてはあるわけだけど、
名誉毀損って果たしてどこまで行くのかとかさ、
そうやって危害を加えていることになるのかとか、
それを言葉で言ったらダメだけど、思うことは自由なのかとか、
っていうふうにいろんなレイヤーがあるじゃないですか。
っていうところを一歩踏み込んで考えてみたいですねっていう感じなんだよね。
というかミルはその辺も考えてたよってことだよね。
そうだね。
06:00
もう前回のでめでたしでいいかもしたけど、まだあるんだね。
そうそう。
もちろん本を読むといろいろ書いてるんだけれども、
その中でもやっぱり、さっきのSNSみたいな話で、
結構僕らが読んでもこうやって確かに悩ましいよなとか、
もっと言うと社会の幸福って言って、社会ってすごい複雑だから、
そんな簡単に全体の幸福って足し算でいけるのかみたいな、
話としては綺麗なんだけれども、
現実で言うとやっぱりむっちゃ難しいよねとかっていうのがあったりするんだよね。
なのでそのミルが言うところの一手綺麗な話と、
とはいえ現実同化ねって話をちょっと皆さんと一緒に考えていけるといいなと思うので、
今日はそんな話をしていこうと思っているんですよ。
早速話をしていくんだけれども、
例えばね、
今の日本社会でもいいんですけれども、
いわゆる常識的なことがあるとしたときに、
そこから大きく外れた極端な思想とか、
どう考えたらおかしいでしょみたいな、
そういう主張をする人がいたとしましょうと。
例えば、
地球は止まっていて、宇宙が動いてるんだみたいな話。
天動説、地動説みたいな話をしたときに、
どう考えても現代的には間違ってるじゃないですか。
どうなんだろう、ごめん。
見てないからわかった。
ここで言う?
ごめんね、今のは流すとこだよね。
でもいいよいいよ、だから兄貴が、
現代科学ではそう言われてるからね。
自分は目で見てないとかさ、
自分はどう考えても止まってるように思えるみたいな、
地形が動いていたら自分は飛んでいってしまうじゃないかとか、
そういう人がいたとしましょうと。
本気でね。
そういうときに、
例えば世界全体、日本社会全体のことを考えると、
今みたいに兄貴に言われると、
もう会話が成り立ちませんと。
コミュニケーション…
止まるよね、いちいち。
ちょっと苦しいですと。
止まると僕の幸福が下がるので。
そうだ、いつまで経っても話せないもんね。
多分それは僕だけではないので、
日本社会全体のことを考えて、
お兄さんには地球が止まっているのではなく、
地球は動いているなと思ってもらいましょうと。
その方が社会全体の幸福度が上がりますと。
まあ確かにね、そんな面倒くさい奴は一旦黙っててもらった方がいいね。
そう、だったときに、
でも兄貴が会話したらさ、
09:01
え、それって思想創成ですか?みたいな。
いや、そうだよね。
弾圧じゃないですか?みたいになっちゃうじゃない?
まあ、そうですかと。
多数がこうやって想像をほぼるんですねって。
っていうのが今まさに起き得ることなのよ。
つまり、どんなに間違っている、
間違っているとあえて言うよ、地球が動いていると思うから。
言うけど、それを、
でも、だからお前が間違ってるのとか、
お前の考えを変えろっていうのは、
やっぱり危険じゃないかというところは、
ちゃんとみぶしさんも考えるんですよね。
すごいね。
これね、実際本に書いてあってね、
面白いというか、なるほどなって思うのが、
やっぱり歴史を振り返ってみると、
僕ら人類、現代はわからないけれども、
過去を見たときに、
例えば神の名の下にとかさ、
やっぱり宗教っていうところで、
まさに思想弾圧っていうことが、
数え切れないほど行われてきたわけですよ。
例えば当時ミルさんが生きてた時代でも、
イギリスのピューリタン、
聖教徒っていう、
要はすごい厳格な宗教的な人たちがいて、
例えば安息日ってあるじゃないですか。
日曜日かな。
それまで実は色々あるらしいんだけど、調べたら。
本当は土曜日だったとか、
別に曜日は決まってないとかってあるんだけど。
大変だな、もう会話せずに済まねえな。
ね。
大変だね。
そのくらいずるいがあるんだけど。
例えば、僕ら日本だと日曜日だとした時に、
あれって休みなさいではなく、
働いてはいけないんだよね。
つまり、日曜日は働かず、
教会に行ってお祈りを捧げましょうなんだけど、
働いてると、
例えば神様にお祈りできないじゃんっていう時に、
働いてはいけませんと。
そうすると、
社区の教会に私バス乗っていかなきゃいけなくて、
バスの運転手さん働いてるじゃんと。
そうするとバスの運転手さんは、
神様のことを信じていない、
不届け者になったんだよね。
例えば。
いうようなことがあった時に、
本当に厳格な人たちほど、
そういうことをやっぱり大事にしなければいけませんと。
ってなると、
本当に厳格なピューリッターの人がいたとすると、
日曜日にバスの運転なんてしたら、
けしからんみたいな。
って言って、
そんなことはしたらダメだっていうことになったりします。
いう時に、
それって、
でも本人は例えば働きたいんですとかさ、
働かないと家族にご飯食べされなくてとかっていう時に、
12:01
どっち取るんでしたっけとかってなるわけだよね。
っていうと、
これは自由の問題っていうよりは、
思想とか行動の問題として、
社会がどういう規則によって成り立ってるかによって、
やっぱり本人がやりたいことができるできないとかって、
全然変わってきますねと。
いうふうな話なんだけれども、
そうした時に、
やっぱり基本的には思想統制とかって少ない方がいいって、
なんとなく思うと思うんですよ。
そうだよね。
それをなんとなくじゃなくって、
なんでそういうのかっていう話はミルさんが言っているんだけれども、
それって、
言葉として難しいんですけど、
語尾とか、
無尾っていうのは、
間違いがないとか謝りがないっていう話なんですけど、
無尾性の想定っていうのがあって、
一般的な意味だと、
間違っているわけがないとか、
完全に正しいはずだってことを想定するっていう意味合いなんだよね。
やっぱりミルさんが実際言ってて、
自分が無尾性っていうのはねって話を書いてるんだけれども、
何かっていうと、
一個の主張、
日曜日、
安息日は働いてはならぬっていうものがあったときに、
それを確実だって信じるとか感じることじゃなくって、
その反対の立場、
要は、
自分は働きたいんだっていう人がいたときに、
その人たちの意見っていうものを、
自分以外の人が聞く、
その自由っていうものを妨げること。
それを妨げて、
代わりに、
いやいや、
安息日っていうのは働いてはいけないんだから、
そんな意見っていうものは封じてしまおうっていう、
そういうことを勝手に決める権力のことなんだって言ってるんですよね。
無尾性が?
無尾性の想定って言ってるものが。
無尾性の想定。
想定まで含むんだ。
想定まで含む。
ちょっと難しかったと思うんだけど、
要は、
ミルさんが何をやっぱり気にしてるかっていうと、
社会が変わって王権から貴族から、
今度は民衆になってきましたっていうときに、
前々回とかでやったこともあるんだけど、
多くの人は民衆による政治によってもっと自由が増えるとか、
社会が良くなるって思ってるわけなんだよね。
はいはいはい。
ミルさんはやっぱり自分の経験とかも含めて、
むしろそういう民衆が権力を握ると、
結局多数派の弾圧とか、
空気みたいなものっていうものが、
15:03
どんどん個人を縛るんじゃないかって思ってます。
そのときに一番怖いのが、
要はこれが正しいとか、
それを信じるってことはいいんだけれども、
その正しいから、
だから私たちが、
私たち大衆とか民衆が、
正しさを決めたので、
みんなそれに従いましょう。
だってみんなそう思ってるでしょっていう、
この志望が大きくなっていくことなんだよね。
はいはいはい。なるほど。
本来であれば、
例えば日曜日働きますかどうですかっていうことは、
本当は社会の中で議論をしてとか、
取り決めをちゃんと作ってとか、
いろんな人の意見を聞きながら、
そしたらここ落としどころじゃなくて、
作っていくのが本来いいはずなんだけど、
例えば日曜日働いちゃダメです、
安息日はダメですっていう人が、
勝手にもうダメなので、
働きたいっていう人の声が、
届かないようにしましょうと。
つまり言論統制だよね。
っていうふうにして、
そもそも安息日に働いていいかどうかっていう議論が、
起きないようにするとか、
そういう言論が世の中に、
届かないようにするっていうことが、
実は一番怖いことなんだっていう話をするんだよね。
なるほど。
実際これってできるじゃない、
多数派だとした時に、
社会だとは分かんないけど、
例えば会社ぐらいの規模だと、
全然起きちゃうと思うんですよね。
あるよね。
何でもいいけど、
ルール作ればそれで終了だもんね。
そうそうそうそう。
とか、例えば新しい授業やりますっていう時に、
その授業やんない方がいいんじゃないですかとかって、
仮に言いたいとしても、
でもそんなことを言うやつは、
貢献意志が低いとかさ、
チャレンジ精神がないとかさ、
そういうふうなことがあったとして、
そうするとそもそもそういうことは言えなくなっちゃうとか、
あるいは言ったとしても、
例えば上司に握り潰されちゃうとか、
そういう声自体が、
組織の中にやっぱり届かなくなる。
っていうことが全然起きるわけだよね。
なるほど。
これがつまり、
その押さえつける側からすると、
自分たちは間違ってるわけがないとか、
自分たちの正しさっていうものを揺らがせないように、
そもそもその意見というものは出なかったことにしようとか、
これがミルが言うと、
無理不正の想定を抱えちゃってる人たちなんだよね。
18:00
ああ、その排除しちゃう方ね。
そう、排除しちゃう方の話。
なるほど。
だから、
なんだろう、
これって悪意があってやってるとかじゃなくて、
例えばさっきの天動説、地動説みたいな話で言うと、
地球が中心で天が動いてると考えてるなんて、
なんてかわいそうな人たちなんだぐらい、
思ってる可能性があるってことだよね。
あるあるある。
それでもどっちでもいいのかな。
思想でもいいから、さっきみたいに信念に基づいて、
チャレンジしないってことはあり得ないみたいな、
シャフみたいなものを作り込んで、
基本そういうのに対してネガティブな人は排除する、
もしくは意見が閉じ込めておくみたいなのも同じ。
どっちも同じみたいな感じ。
無理不正の想定。
同じだね。
例えばさ、漫画とかでありそうだけど、
我が軍には臆病者はおらぬってことを言ったときに、
その瞬間に臆病そうなことを言えなくなってるじゃん。
それわかりやすいな、確かに。
それで臆病な人は気に殺していけばいいんだもんね。
そうそうそうそう。
なるほどね。
で、突撃って言ってみんながおーって言っちゃうみたいなさ。
それがまさに、
臆病者がおらぬって言ってる人は、まさに無病性の想定?
絶対にそれが正しいんだっていうことにも捉われちゃってるんだよね。
なるほどなるほど。
だしその反対意見を抑えつけちゃってるよね、それによって。
別にその人は、別に悪いことをしようとかじゃなくて、
士気を上げたいとか、まさにその軍の規律とか、
何か大事にしたいものを守っているはずなんだよね。
まあまあまあそうだよね。
その人からすると。
遅れたものは切るとかって言ったりして、
それも個別に見るとすごいダメそうだし、
自由って意味では全くないけど、
全体として見ると、そういう人たちがいると士気下がるし、
負ける可能性出てきて全滅みたいな話もなるよねみたいな。
そうそうそうそう。
いわゆる無名性の想定を持っている人たちなりの論義ってものが、
ちゃんとあるみたいなことが多いというか、
多にしてある。
そうそうそう。
まさに兄貴が言ってる通りで、別に悪意を持ってとか、
ものすごい自分たちだけは得をしてやろうってことじゃなくて、
むしろその良心が出てくるから立ちが悪いって話があるんだよね。
はいはいはい。
そのまさに事例っていうものをミルさんも引いてるんだけど、
21:01
これ面白いのがですね、歴史的というか哲学者なので、
引いてる人の例が面白いんですよ。
つまり、ある種民衆に殺された異人というか、
っていう例で引いてくるのがソクラテスとイエス・キリスなんだよね。
うわー、だいぶ成人みたいな人たちを引いてきたね。
みたいじゃないか。成人だね。
ままね、成人。
確かに二人とも、要は民衆に殺されてしまった英雄なんですよ。
ソクラテスはね、時々話すと思うんですけれども、
よくあるね、裁判でアテイの民衆をかざわかすとかさ、
全然違う秩序を乱すんだって言って、
独人児に飲まされて死んだっていう話あると思うんですけど、
でも当時アテイ市民っていうか、
もちろんソクラテスを評価してる人とか、
むしろあの人はアテイの子孫に物凄く中立なんだ、
中立なんだみたいな、いう人もいたわけなんだよね。
だし、イエス・キリストの場合も、
なんでキリストが十字架に書かれたかって意外と知らないじゃないですか。
確かに。
ちょっと僕も調べたりとか、見るの読んでたんだけれども、
本当はね、理由はないというか、
別に罪を犯してないしイエス・キリストみたいな話もあったんだけど、
当時の指導者たちからすると、
神を冒涜する極白人だ、みたいな感じで処刑されちゃったんだよね。
そうなんだ。
つまり、ソクラテスにせよキリストにせよ、
当時からすると影響力がありすぎるとか、
社会からすると社会通常を乱す側になってしまうので、
当時の権力者とか、むしろ市民たちからすると、
そんな危険な奴、生かしてはおけぬっていう形で、
別に殺したいからっていうよりも、
自分たちの社会を守りたいから、そういうことを決断したんだよね。
なので、後の歴史から見ると、
なんてひどいとか、彼らは愚かだった、
彼らというのは処刑した側は愚かだったって言えるかもしれないんだけれども、
もし当時の人だとすると、
自分もソクラテスを殺せって言ってるかもしれないし、
キリストに石を投げているかもしれない。
それはやっぱり大衆がそれを求めていたんだっていう話として、
ミルはそれを引っ張ってくるんだよね。
なるほど。ここで言うと、
例えばソクラテス側、
ソクラテスはソクラテスなりの信念を持って、
多分いろんな人と問答を重ねていたと思うんだけれども、
24:03
それはどうなの?ソクラテス側も無病性の想定を持っていて、
それの衝突とは違うの?
これはちょっと難しいけれども、
少なくともソクラテスの場合は、
ソクラテスの問答法とか、いわゆる無知の地みたいなものがあるので、
そもそも正しいことをちゃんと知らないぞっていうことに気づかせる。
という意味では、むしろみんな間違いとか間違う可能性があるじゃんっていう、
そっちにむしろ近いと思うんだよね。
でもそういう信念だよね。
だからそれ全員が間違っているということが正しいとか、
それだけが唯一の間違ってないことだみたいな話だとすると、
ソクラテスもその信念に基づいて動いていたって言えるかもね。
信念と信念のぶつかり合いっていう意味ではそうかもしれない。
そうかもしれないけど、いわゆる多数とかパワーバランス的な話で言うと、
パワーがある方がこの無名性の想定を押し付けやすいみたいな感じなのかな?
思っていると、さっきメルが言ったのは、無名性の想定によって、
結局他の人が意見に触れさせないようにする。
つまり、要は処刑って喋る機会とか弁明の機会をなくすことじゃないですか。
なので、それが多数派の方がやりやすい。
もっと言うと、多数派によって法的な手段とか、
法的な手続きを踏んで処刑っていうふうな結末を生んでしまった。
あー、生みやすい。そっかそっか。
ソクラテスなんかそうだもんね。裁判ってあれじゃなきゃ、
当時声でかい包括みたいな感じじゃなかった?
あれ違うか?裁判は違う?
それは弁論です。討論の話かな。
さすがに裁判はもうちょっとだと思うけど。
さすがになんと言ってたか。
でもレトリック、やっぱり言い方が上手い方が、
証拠っていうよりも勝ちやすいってのが当時あったみたいだから。
あー、はいはいはい。
そうそうそう。っていう意味でいくと、
どちらも自分たちの信念に基づいている。
それさえはもちろんいいんだけど、
その信念に基づいて他の人の信念が現される機会をなくすとか、
そのソクラテスの声を知りたい人も世の中にいたかもしれない。
あるいは知りたくなくても、聞けば考えは変わったかもしれないのに、
その機会を処刑っていうことで永久になくす。
はいはいはい。
これはやっぱり間違い。明らかに間違ってるというか、
社会にとって良くないよねっていう話なんだよね。
なるほどなるほど。そうするとだいぶ似てるもんね。
27:01
そうかそうか。いわゆる当時少数派だった、
ものすごい面白そうなというか、
みんなの視線を集める話、する人たちを張り付けにするなり、
裁判で有罪するなりっていうのは同じだね、そうしてみると。
同じ。これも難しいんだけど、
ソクラテスとかイエス・キリストって出されたらそりゃそうだよねって思うけど、
例えばこれがさ、誰かいないけれども、
例えばこの世界は終わりだとかさ、
この国は悪魔が降りてきて1年後に滅ぼされるのだみたいな、
だからみんな好きなことをしていいんだとかっていうものすごいカリスマ性のある、
例えば指導者みたいな人がいたとして、
その人の話にしていいの?みたいな話はあったりするじゃん。
の話。まあまあまあそうだね。
だから僕らはソクラテスとかイエス・キリストが優れた人だってわかってるから、
ただその大衆の決定は良くないと言えるけれども、
例えばそういう悪魔がやってくるとかっていう人がいたときに、
その人によって扇動されて、例えば社会がめちゃくちゃになりましたっていうときに、
その人に対して社会って何もできないんでしたっけ、例えばね。
なるほどね。確かに某ナティス的なものがちょっと思い当たるけれども、
想定してるとは思うんだけれども、
確かにそっち側が多数派になったときどうするの?みたいなね。
例えばね、とか、あれ少数派だったとしても多数派になり得るわけじゃない?
そうだね。
そう。っていうときに、それをどう扱えばいいんですか?
ミルが言うには、やっぱそれを抑えつけちゃダメなんだけど、
ミルが勝手に排除して統獄するとかじゃダメなんだけど、
でもそういうことって社会に起きますよねっていうことはやっぱ現実あったりするわけですよ。
なるほど。
もっと言うと別に現代でもあって、さっきの組織の話でもそうだけれども、
我が軍は、我が会社は、とにかく成長だと。
夜明けのことを言ってたんで、この会社に例えばいないとかってやっぱ言った瞬間に、
そういう、ちょっと今日疲れたんですよとかって言葉が言えなくなるとしたら、
全然言論統制だし、言葉狩りだし、もっと言うと思想統制に近いんだよね。
なるほどね。今日自分帰りますって言えないっていう。
一言も言えない。帰ってよしって言われるまで、もしくは誰かが帰るまでみたいなね。
そうそう、結局全員終電までいるみたいなさ。
30:01
会った時に、それをやっぱり、その環境自体が良い悪いというよりも、
見るに言わせるとそういうふうな言論とか思想っていうものを抑えつける可能性がある。
これはやっぱり良くないよね、前提として。
はいはいはい。
っていうふうに言うんですよね。
面白いね。でも放っておくとそういうのも結構起きちゃうだろうし、起きてたから考えたのかな、わざわざ。
だと思うね。
やっぱりね、見るはそういうことを言いながら、ちゃんといろいろ場合分けをして話してくれるんだけれども、
例えば意見って言ってもいろいろあるじゃないですか。さっきみたいに、
イエス・キリストみたいな人もいれば、悪魔が泳いでくるっていう人もいたとして、
どっちも同じ意見としてくれるかって、ちょっと隠りにくいわけだよね、やっぱり。
なのでちょっとそれを分けていくんだけれども、
例えばね、社会が弾圧しようとしている意見っていうものが、実は正しい場合。
例えば、当時地球は止まってて宇宙が動いているときに、
いやいや、地球が動いているんだっていう話っていうのが少数意見じゃないですか。
やっぱり正しい少数意見なんだけど、やっぱりそれを大衆のほうが、
いやいや、地球が動くわけないじゃん、何言ってんのって言って、やっぱり弾圧してしまうと、
結局やっぱり人類が心理を知る機械っていうのは失われてしまうし、
人間の発展では止まってしまうので、これは当然ダメですねと。
なので、少数意見が正しい場合、弾圧しちゃダメっていうのは、それはそうですねってなると思うんだけど、
面白いのは次で、どう考えてもその少数意見が間違っている場合、これどうですかと。
さっきの兄貴の状態だよね。今の日本において、地球止まってるじゃんって言った人をどうしますかと。
まだ納得してないけどね。
納得してない。どう思う?そこに対して。
ある種、自分は少数派なんだが、確かに間違っているかもしれないけど、自分の信念はここにあるっていうときに、
このときってどうしたらいいと思う?これまでの話も考えて。
これね、難しいよね。場合による。これが自然科学的に証明したりとか考えることならいいんだけれども、そうじゃないことだったら難しいなとは思うんだけど。
前、インスタかYouTubeで流れてきて面白かったのが、地球は丸くないみたいなものをめちゃくちゃ想定する人たちがいて、見たことない?
33:01
ないな。そんなのあるんだ。
地球は平らなんだというふうに心から思って信じてる人たちがいたんだけど、その人たちが実験によってそれを証明しようとしたんだと。
めちゃくちゃちゃんと勉強してる人たちだから。
平らだと。
平らっていうことを証明してみせようって言って、レーザーを使って、何キロか離れたところにそれを照射すれば、まず照射地点と到着した地点の高さは一緒なはずでしょみたいな。
そういう実験をちゃんと自分たちで考えて、それをレーザーでやったら、丸いことが証明されたっていう。
そうだよね。見えちゃうんだよね。賢いから。
そう。それをやらせてあげる自由みたいなのがあっていいのかなとは思うんだけれども、これが例えば、今の王様は良くないから自分たちの王様の方がいいのだみたいなことは証明できないからね、みたいなのを思ったかな。
いいね。まさに正しさとか真理とは何かとか、それって白黒つけれるのって話もあると思うんだよね。
一応この正しいってこの場で言ってるのは、まさにそういった自然科学的なというか、白黒つけれる問題の話だと思ってほしいんだけど、
仮にそれがね、まさに今の人たちの話まさにその通りで、要は絶対地球は平らなんだと。
そういう主張をした人に対して、まさに実験もさせずに、何言ってるの丸いんだからおかしいでしょって、そんな実験をすることは許さないとかってなると、やっぱりおかしい気がしますねと。
これはやっぱり気がするだけじゃなくってミルが言っているのは、もし正しい意見って仮に絶対あったとして、それに反対意見を言えなくなりましたと。
そうすると社会ってどうなりますかっていうと、ミルに言わせると結局その社会に生きる人間のある種批判能力だったりとか、その意見に対してちゃんと客観的に考えるっていう風な、そういう能力がどんどんどんどん失われていくんだって話をするんですよね。
わーすごい、なるほど。
地球は丸い。それが動かぬ絶対普遍の真理なんだ。そこまではいいとしても、それの反対意見は許さぬとなった瞬間に、それがドグマだよね。
それになってしまって、誰もそれを疑えなくなるとか、それに対して何の疑問も抱かなくなるとした時に、その時やっぱり人間の血が1個死ぬんだよね。
36:10
なるほど、あのドグマって何?なんか食べちゃダメな物質?
毒物とかじゃないんだけど。
強情とかって言わなきゃ、要はもう絶対普遍の教えとか、疑うことができないルールみたいな話?強情主義とかってあんま聞いたことないか。
ない。
例えばね、地球は丸いぐらいならまあいいんだけど、例えばね、自由は素晴らしいとか、基本主義とはいい仕組みだとか仮にね、
それがもうまさにドグマになるとかって言うんだけど、疑いようもなくとか、ある種それを疑う奴はおかしいみたいな、そういう風になっていったりします。
つまり、自由は大事だとかって時に、いやいやでも自由にも大変差があるよねとかって言った時に、お前自由を疑うなんて不自由論者かとかさ、
じゃあ過去の不自由だった方がいいのかみたいな、そういう風にある種の相手の言論を否定したくなるみたいな、否定というかもう受け入れなくなっちゃう。
うーん、なるほどなるほど。
そういう風な状態がドグマというか、その意見だけがもう一人歩きしちゃうとか、人間を離れて絶対的な絶対性、金貨玉上になっちゃうみたいな話。
おかすこともできない。
なるほど、もうステレオタイプの上位互換みたいなやつか。
そうそうそう、常識じゃなくて、さらに上にあるもの、普遍の疑いようもない真理みたいになるっていう感じ?
盲信とか狂信とかに近い感覚になってくるのか。
そういうこと、そういうこと。
それはドグマって言うんだ。
ドグマって言うんですよ。
なのでそれになっちゃうと、さっき言ったストーリー、結局それにまつわる真理とか地っていうものが全部死んでしまいます。
そうすると結局、やっぱり人間の精神っていうところも発展したくなるっていう話があって、
前回ちょっとおっしゃってたように、一人一人の人間もそうなんだけれども、社会でそういう優れた人間とか天才が生まれて、
そういう人が社会を次の時代に進めていくというか、それ自体が社会全体の幸福度を上げるっていうふうな発想もあるので、
やっぱり人間の精神とか心っていうものが育つっていうことだってすごく大事なことだと捉えてるんだよね。
なるほど。そこにちゃんと自由が担保されてるっていうことがね、そして。
そうそうそうそう。逆に言うと、自由がないとそれもできないって話なので、
今言ったみたいに絶対に間違っているっていうことが、言えることって多分そんな少ないんだけれども、
39:03
そうだとしても、やっぱりその少数意見で、統制しちゃダメだとか言わせないっていうことはやっぱり良くないんだよっていうふうに言うんだよね。
あーなるほどなるほど。そうか言わせないとか、それを表現させないっていうことをその部分なのか。
そうそうそうそう。気にしてるのはね。そうすると結局は社会全体が衰退してしまうもっと言うと、
幸福度が下がるよねってやっぱりそこに繋がっていくんですよ。
ただその、なんとなく自分が迫害されたら嫌だなとか、やっぱりその言論統制で良くないよねっていう雰囲気の話をしてるんじゃなくて、
いかに社会全体の幸福、あるいは人間自身が成長することによる幸福っていうものを増やしていくかっていうときに、
やっぱり意見っていうものもやっぱり抑えちゃダメですよねっていうふうなことをベースとしては言いますという感じなんだね。
あーなるほどなるほど。ちょっとビビってきた。あの、名探偵コナンでさ、
おーはいはい。コナンの話?
犯人はこの中にいるって言って、最後ちゃんとさ、犯人がさ、だって私とかって言うじゃん。
俺はー、あいつがーって言うでしょ。
言う言う。
それがないコナンみたいなもんだよね。
なるほどね。犯人はお前だ、じゃらーんって終わっちゃうみたいな。
そう、早割りみたいなさ。
もうそっちに何も言わせないっていう。
それ名探偵特殊警察とかなんだね、それはね。
公安かな。
公安か。
そうね。
いや、でもそういうことでしょ。犯人にも犯人なりの受けた被害だったりとかさ、
そこに至る悲しみみたいなものがあったとしてね。
あったとしてね。
それ言わせないで、はい、おしまいみたいな。
そうそう。
という意味で、やっぱり少数意見とか、絶対正しくない。
人を殺したらダメなんだけど、ダメの奥にもある理由とかってことまで言わせないとか、
封じちゃうと、やっぱりさ、良くないよねっていう話なんだよね。
今ね、絶対に正しい場合と正しくない場合って言ったんだけども、
見るよりもわかってるんですよ。
世の中にあるのは基本的にはやっぱり、正しくもあり正しくもないっていう、
反真理とかってこともあるんだけれども、
絶対的な白か黒かってほとんどないわけですよね。
見るは当たり前にわかってるんだね、そんなこと。
そうそうそう、ベースとしてね。
それは擦り合わせることでしか結局世の中って良くなっていかないし、
それは人間、個人個人もそうなので、
42:02
前回かな、人間って木みたいになったって話をしたと思うんだけれども、
それぞれの個性っていうものがあって、それをちゃんと伸ばしていく。
伸び方っていうのは人それぞれよね、太くもなれば細くもならないし、
あったときに、言論統制とか少数派の権威を抑えるっていうのは、
ある種でも全員の枝を綺麗に揃えましょうみたいな話になっちゃうんだよね。
やっぱりそれは見るからすると、みんなが綺麗な同じ思想を持って、
同じ言葉で生きていきましょうっていう話って、
どうすると社会全体、社会全体の幸福度が上がりそうなんだけど、
でもやっぱり見るに言わせると、それは実は幸福度が低い社会で、
イコール自由度も低い社会だよねっていうふうな、そういう話なんだよね。
なるほど、最大では少なくともなり得ないよねっていうのが、
見るの中では、もうそれが証明されたみたいな話になりそうだね。
そうだね、私はそれをベースに語ってます。
そういうふうなベースがある自由論ですって話なんだよね。
なので冒頭のネキが、まだ言うけど、地球は止まってます、動いてませんっていう人がいたときに、
やっぱりそれは一緒に実験して、別に否定しすぎさなくてもいいんだけれども、
それが逆に、おせっかいはミルさんはOKって言ってるんですよ。
それによって、お兄さんちょっと息苦しそうだなとか、
動いてるって思った方が上手くいくのにって思ったとすると、
じゃあ一緒に実験してみましょうかとかさ、さっきみたいに。
図書館行きましょうか、みたいなまずは。
まずはね、そうそうそう。
私も兄貴は図書館見ても、こんなのはおかしい、それこそドグマで、みんな真実に気づかないだけなんだって言うかもしれないけど、
いやいや、そう言いますかね、きょうすけさんって言えるような、
そういう優しさというか、おせっかいっていうのはやっぱ大事だよねっていう、そういう話もしてはいるんだよね。
そいつ宇宙に連れてってもいいそうだよね。
いや、いいと思う。
うん、置いてっていいよ、宇宙にね。
そうするとほら、言論統制というかね、除外だから。
ダメか。
それ良くない、ダメ。
そうなっちゃいます。なので、今回その自由って話、言論と思想も一緒だよね。
思想の方がより難しい、要はさっきの神様の話もそうだけども、
例えばね、安息日は働くのは良くないという時に、まずその思想を持ってはダメだってイコール、そういった宗教を信じるなってことじゃない?
うーん、そうか。
うん、だってその、1個だけを取って他を捨てるってことは宗教的には基本的にはできないから、
45:07
そういう意味で言うと、じゃあその宗教の自由とか信教の自由っていうものが、今はね、一応日本ではやっぱりあるけれども、
当然それがない時代もありますと。
自分の住んでる土地でこの領主の元だったらこの宗教みたいな。
そういう時に、それをなんていうかな、そんなことはおかしいとか、そんな宗教信じちゃダメだとかっていうこと?
それは思想の統制なんだけど、やっぱそれって結局思想が統制されれば言論も統制されるし、当然行動も制限されるって話でいくと、
やっぱり回り回って、それやっぱり個人の自由を不当に制限することだから、当然それやっぱりやっちゃダメだよねっていう話になっていくんだよね。
うーん、なるほど。
なので、ただね、たださっき言った通り、それがどんだけ世の中に混乱を与えるとか、それで言うとソクラテスもイエスキーもそうだよね。
当時の秩序ってもう壊そうと、壊そうとしたというよりは結果的に壊し得るだけの力を持っちゃってるわけだから。
そうね。
そういう人も受け入れなさい。社会っていうのはそういうもの、要は自分の社会を壊すかもしれない可能性をも受け入れて運営しなさいっていうのが、ある種ミルが言うところのこの自由とか高齢主義って話なんだよね。
はいはいはい。まあそうだよね、全体の幸福みたいなところから考えたら、絶対に真理かわからない今の状態が壊れることが、実は全体の幸福量の最大化につながる可能性も決めてるんだよっていう、
そうそうそうそう。
その可能性を捨てるのは、全体の幸福量を減らす可能性を持っちゃうみたいな話になっちゃうからね。
そうなんだよね。
わー面白い話だね。
実はやっぱこれすごく難しい。社会もそうだし、やっぱり組織の話もしてるけれども、より身近だよね。やっぱ組織で10人でも100人でも1000人でもいいんだけれども、その組織が内側から崩壊する可能性も含みながら運営しなさいって言われたら、基本みんな嫌だって言うと思うんだよね。
いやーだって局地的にはさ、今の状態で幸福度が高い個人個人の人たちが、その個人個人には必ず減りそうだもんね、一旦。
一旦ね、そうそうそう。崩壊のタイミングではね。
でもそれが、要は社会全体、組織全体のさらなる幸福につながるんだとかって言われるときに、いやでも今苦しいんすけど俺ってなっちゃうのと、その幸福ってものはどう考えるか?
48:05
いやー難しいね。そこは、だからこそ言論の自由というか思想の自由が必要なのかもしれないよね。
それでね、一旦下がることが理解できるかどうかはわからないけれども、その可能性を残しておくみたいな話なのかな?
本当にね、本当に考えられるとかさ、先見先が見える人は、そこで話をすれば、
あ、そっか、自分たちの今の、そっちがさ、多数派だったときで、今のこの多数派のこの状況は、確かに一旦崩した方が、5年後もしくは3年後、良くなるかもみたいな。
考えられるかもしれないもんね。
そうだね。それができるのがすごくいい組織というかいい社会だよね。
やっぱりそういう一時的に交付が下がる人のこともちゃんと見て、その人たちの意見も取り入れて、
やればこういうふうに補填をしましょうとか、こういうふうにそれが下がりすぎないようにこういうふうな取り組みをしましょうとか、
いうことがちゃんとやり取りできる社会とか組織っていうのがやっぱり一般的にはいい社会なのと思う。
ただこれ一般的にはっていうのは、それによって例えばね、仮にそれがスタートアップとかベンターとすると、
意思決定の速度が遅れて他社に結局負けてしまって、会社自体が潰れてしまうとかっていうふうに、
要は組織全体の不幸を生み出す可能性もあるじゃない?
そうね。ある意味、いちいち真面目に、一社員の反論じゃないけれども、意見に取り合ってたらってことね。
そうそうそう。なると、今度は組織全体の幸福を保つためにも、
そういう小政権は見て見ぬふりをしようとか、むしろ切り捨ててやらせてやめてもらおうとかっていうことが、
もちろん現実は起きてしまうわけではね。
っていうのがやっぱり、すごく難しい問題をはらんでいるというか、
今日冒頭も言ったし、前回前々回もあったと思うんですけど、
ミルサでこの話はすごくベースだから綺麗というか、本当そうではね。
本当にこの自由論、これは岩波文庫で読んでるんですけど、
読みやすいというか、言葉としてはすごく入ってきやすいので、
ぜひよかったら皆さんも率直感とかで眺めていただければなと思うんですけど、
やっぱり綺麗だからこそ、やっぱり現実どうなんみたいな話とか、
理想としてはいいけど、やっぱり難しいよねみたいなものが、よくも悪くも出てくる。
いやー、でも面白いし、綺麗ではあるんだけれども、
51:04
最近ずっと言うけどさ、中国の歴史小説みたいなのを読んでると、
今のような状況ってすごい出てくるんだよね。
あの、切り捨てるかどうかみたいな。
切り捨てるだったりとか、誰かの信権を受け入れるかどうかみたいなのってめっちゃ出てくる。
なるほどね、確かに確かに。
それがやっぱりその国だったりとかさ、
その組織の存亡にめちゃくちゃ関わってくるみたいなことがある中で、
で言うと、確かに見るのは綺麗だし、さっきのハヤトのスタートアップの例で言うと、
スピードが下がるみたいな話はあるんだけど、
面白いなと思うのは、
本当に大きくなる、ユニコーンみたいなスタートアップの経営人、経営者みたいな人たちは、
その、例えば一社員も大切なんだかわかんねー、誰かが持ってきた言葉、
もし自分に届いたとしたら、それを禁言なのか、
それともただの適当な、意味のない話なのかっていうのを、
瞬時に判断する能力みたいなものは持ってくれてるのかもねって思った、一方で。
面白いね。
だからスピード感は実は損なわれない。
その主作選択の、人なり言葉なりの判断する能力っていうものが、
実はスタートアップだったりとか、大きな会社もかもしれないけれども、
特にスタートアップは、会社を求められてるのかなとは一方で思ったから、
単なるこの意味の話を、理想だとは気に捨てられないかなとも思ったね。
面白いね。
あるよね、中国とか、皇帝とかに嫌なこと言った人の首をすぐ跳ねるとかあるけど、
それをちゃんとせずに、やっぱり嫌なことでも聞き入れて、
君臣中臣みたいな話をやっていくとかってあると思うときに、
確かにそれは本当そうかもね。
それを判断するとか、その言葉とか情報の価値を正しく受け取るみたいな。
中臣だよね、ちゃんと楽しくやってくれる人。
ただ中臣も、バカな中臣もいるから。
心だけ誠実でも、ちゃんとしたことを言えなきゃ意味はないから。
そこも含めて、あと冥心。
いわゆる冥心っていうのは、たべらかしてこもねる。
めっちゃ頭良くて、ちゃんとしたこと言ってくる冥心。
この段階ではね。
54:01
今の段階で、めっちゃちゃんとそれだってこと言ってくる冥心もいれば、
どうしようもない冥心もいるみたいな。
本当は、ちびもんでもじゃないけど、
いろんな劣跡効果じゃないけど、すごいいろんなことがいるから、
それを判断するっていうのが、たぶん大変なところだろうなと想像するよね。
なるほどね、面白い。
今の話は、まさにトップである一定の人が権力を持っている仕組みだと思うけど、
それが合議制とかさ、今民主主義になったときに当然、
日本であっても政治家って国勢で言うと何百人もいる中で、
やっぱり少数意見をどう受けますかとか、
それを受け取ってどう考えますかとかってことは、
たぶんすごく難しいプロセスがあるとしたときに、
こういったメリーの話は、いろんなことに対してとはいえ、
ちゃんと受け取れるというか、学ぶところがある。
そのまま受け取ることは難しいけれども、
ここを読むことで自由ってこうかなとか、
今言った通り、いろんな意見とか行動をどう捉えるのか、
この社会とか組織において。
ということで役立つ話だっていうのは、
今兄貴と話してても、改めてそういう感じだなって思いましたね。
確かに前回の危害を加えなきゃいいみたいな、
それでOKかなと思ったけれども、
確かに日社会だと、確かにこの辺まで考えないと、
それを排除されたりしたりされたりみたいなことがあったと、
思ってもないのに怒ったり、
自分がそれに受けちゃったり、もしくはやっちゃったりっていうことが、
確かに起きそうだから、すごい面白いね。
ここまでミルが見てたっていうね。
すごいね。
しかもこれが150年とかそのぐらい前の人の話なので、
そういうことでもこの時代から学ぶこと多いなと思っているんですけれども、
というわけで今回ミル編は終わりというところでして、
次は時代的にというか、同じような時代の人で、
ベルクソンっていう人がいるんですよ。
多分あんまり有名じゃない人なんだけれども、
哲学者的には結構有名というか有力な人なんだけれども、
世の中的にはあんまり知られてなかったりするかなと思うので、
その人をですね、この時代的な流れだったりとかも含めて、
何やった人なのかなとか、ある種全く知らない人だと思うので、皆さん。
あるいは多分知らない人。
どんな人なのとか、結構より哲学っぽい感じで、
時間とか空間とか、結構そういう話になっていくんで、
またそういった哲学っぽい話をしながらですね、
ベルクソンさんというところでやっていこうと思ってますという感じですね。
はい、終わりました。
では今回でミル編終了ということで、
57:00
次回ですね、ベルクソン編楽しんでいきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。
57:15

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