それで何かというと消費を活性化させるために、この腐る紙幣っていうふうに言われますけどね。
価値が限定的になっていると。
なぜかというと不況期はみんなお金を貯め込むんで、お金が使わなくなってしまうと。
お金が使わなくなるとみんな物を買わないんで、物を売ってるところも経済が活性化しないっていう中で、
こういうめびりする貨幣、腐る紙幣みたいなのを導入をしてすると、
これがリフレーションっていうふうなことも言われてましたけど、経済が活性化したみたいなところの話だと思いますね。
そうっていう文脈で出てくるんですけど、この著書で書かれててすごく面白いのは、
今言っためびり貨幣は必ずしもベルグルの街の経済の好転にほとんど関係がなかったっていう。
僕もそれびっくりしました。書いてるんですね、そういうふうに。
この文脈で出てくるから、すごいこの政策には意味があったって話かと思ったら全然違ってて、
そうじゃなくて本当に経済の好転につながったのは、
ベグルグルという自治体がさっき言った自治体レベルで禁縮政策を取るのをやめて、
失業者を雇って橋を作ったり下水道管作ったりっていうところに、自治体がお金を出したと。
そこにまさにお金を突っ込んだことによって、需要が換気して経済が回り出したっていうことを書いてて、
これはすごくなんか興味深いなと思いましたね。
そうですね。まさかここでゲゼロを持ってきたけど、実はそっちはなかったっていうのは印象的。
ちなみにそれ何ページですか?ちょっと今見失っちゃってるんですけど。
206ページかな。
なるほどですね。書いてますね。
決定的なのはベグルグルという自治体が契約をやめ、
失業者を雇って橋を作ったり下水道管を施設したことですと。
だからいわゆるニューディール政策みたいなものをやったってことですね、ポイントは。
そうですね。っていう話が歴史とドイツっていう関連で言うと、この本で。
すごい面白いなと思ったところで。
ちなみにですけど、ケインズの元の一般理論にこのゲゼルの、確かゲゼルマネーっていう名前が出てくるんですよ。
僕驚いたんですけど、ケインズ何を言ってるかっていうと、マルクスよりもゲゼルを評価しろって言うんですよ。
なるほど。
やっぱり経済の活性、結局一般理論っていうもの自体が大強行、1990、1929年に起きました。
当時の経済学の古典派と呼ばれる人たちっていうのは、自然自由力、経済は落ちたとしてもほっといたら良くなるから大丈夫だっていうような考え方が支配できたったんですね。
それに対してケインズは、いやいや、街がこんだけ失業者で溢れているのに、ほっといたら景気回復するなんてありえんのかみたいな話を言うわけですよ。
だからこそ、公共事業とかをして、しっかりと積極財政をすべきだと。
不供給になったら物の値段が下がるんで、みんな下がると結局消費者が安くなるから買う。
買っていくと値段が上がっていって、高くなりすぎちゃうと企業はたくさん物を売り台に生産するんですけども、
高いんで消費者が買えないんで売れ残りが発生してしまうと。売れ残りが発生するというのは不供なんで、
投げ売りが始まって値段が下がっていくと。それで価格調整で景気が回復するんですと。
足りなくなったら生産量が増えるし、作りすぎちゃうと売れなくなるんで、それで在庫調整されます。
というのが今までの考えだったのがケインズさんがですね、そうじゃないんですと。
ミクロ経済とマクロ経済は全然別だからと。さっき今申し上げた消費と理論と企業の理論にはですね、
政府が出てこないんですよ。それに一方でマクロ経済学では国全体で見たときに、
消費と投資と政府支出があって、そこをしっかりコントロールしましょうというところですね。
で、その危機、金融危機というかが起こったときに、それをなんとかするのはもう政府にしかできないことだっていう話も出てきて。
で、242ページにリーマンショック、サブプライムローンからのリーマンショックが起きたときの、
そのユーロ圏とかドイツの動きみたいなことも書いてあるんですけど、実際にリーマンショックが起きた後、
その影響でドイツ国内の金融機関とかも破綻したみたいなのが書いてあるんですけど、
やっぱその国民の感情としては、潰れる銀行はその人たちが悪いんだから破綻させた方がいいっていう考え方が、
支持を得やすいというのがあるんだけど、今回そのポッドキャストで話してるように、
金融の部分がスムーズにいくことによって資本主義化の経済活動はスムーズに回ってるから、
そこで銀行が破綻しちゃうと、一気にまさに話してきた信用拡大の逆の信用収縮が起きて、
それが実体経済に悪影響を起きて大不況に入っちゃうし、それが長引きますよっていう。
でもこれは感覚としては一般人は受け入れがたいんですよね。でも真実だっていうのが書いてあって、
ヨーロッパにも国民性があるんだと思うんですけど、やっぱそのドイツ人の人って結構堅実とか言われたりしますよね。
まさにこのドイツ人であるウルリケ・ヘルマンの見立てもそういう感じで、
資本主義的なことで破綻するような銀行はそいつらが悪いじゃないかって思うんだけど、
でもそこはやっぱりそのマクロ経済とミクロ経済別だから、そこはマクロ経済的にはすくっとかないと、
自分たちも大変なことになるよっていうことがあんまりやっぱり理解されてないよねっていうことが書いてて。
あとまあそれに関連してというか、260ページとかに書いてあるのはそのユーロ圏の話なんですけど、
ドイツ人は賃金が高くなることをあんまり望んでないように見えると言ってて、
それはなんでかっていうとやっぱドイツっていうのは輸出産業というかが強い国だというのがあって、
これ結構ね日本人とかもなんとなく感覚的にわかると大きいなと思うんですけど、
輸出が強いっていうことは賃金が上がることによって輸出競争力が低下したら仕事がなくなるじゃないかみたいな感覚があるから、
それの結果、いや賃金別に上がらなくていいんじゃないかとか思っちゃうんだけど、
そもそも、まあこの本だとユーロ圏の話なんですけど、
そのドイツの賃金が高くなっても別にそのドイツの経済にマイナスになることはなくて、
むしろユーロ圏とか全体で見たらそっちのほうがいいんだけど、
でもそこはやっぱり感覚としてはみんなわからないから、
マクロ経済的に言ったらこっちに行ったほうがいいのにっていう話になかなかいけないっていうことが書いてあって、
いやなるほどなって思いましたね。
でもなんかまさきさん、結構渋いところに関心持ちますね。
今の結構複雑じゃないですか、実質賃金を上げるっていうことを。
275ページ、今の文脈から275ページに、
実質賃金を上げるには国家が後押ししなくてはなりません。
労働市場をあてにしても何の役に立ちません。
労働市場っていうのは雇用する側が脅し得る存在なので、本当の市場ではないからですっていう。
この本前半でも結構市場経済と資本主義は違うっていうことを何度も言ってて、
市場経済なんてものが実績にはほとんどないんだみたいな、
それなぜかというといろんな国がコントロールしてるからっていうそういう理由ですけど、
ここでもこういうことを言われてて、この考えは
パッと見なんかさっきの話もそうですよ、賃金上げればいいだけだけど、上げたくないみたいな話は
なんとなく納得はできるんですけど、僕ちょっと違う見方があってですね。
最低賃金を保証した方がいいんじゃないかっていう議論があるじゃないですか。
実は経済学者の多くが最低賃金の保証に対して批判的なんですね。
で、それなぜかというと、最低賃金を保証するということは、
今の労働者はいいんですけども、新しく入る労働者にとって不利なんですよ。
既得権益になっちゃうんですよ。既に高い賃金、もしくは賃金みんな上げたときに
職持ってる人は得するんですけど、これから職を得ようとする人っていうのは
企業側として高い賃金で得る必要があるんで、じゃあ既存の人を切るかっていうと
人を雇えないんです。だから、失業率っていうのが上がってしまうっていう
別の課題があるんじゃないかっていうことでして。
結構そのことにこの本はあんまり触れてなかったのが、結構意外な感じですね。
触れてないですね。それはどうなんでしょうね。ヘルマンがそんなのは心配ないと思ってるのか、
その観点がなかったのか。
オーソドックスな経済学では最低賃金を引き上げてわかりやすくていいんですけど、
そういう悪影響あるよねっていうふうに結構出てる印象ですけどね。
働きた人でも働けなくなってしまうみたいな感じなんで、既得権益になっちゃうみたいな。
この本自体結構一章の最初の方から、賃金が高かったことが経済成長に寄与したっていうスタンスじゃないですか。
結構それ自体僕は全然視点なかったんで、なるほどと思ったんですけども。
その上でやっぱり今の経済を良くするには賃金を上げればいいみたいな話なので、
そんなに単純なことなのかっていうのはちょっと僕は分かりかえってる感じですね。
なるほど、そっか。確かに言われてみればそういう面もあるかなというのは今思いましたね。
だからね、カフェの例で言うと、じゃあバイトの人、今から最低賃金上がったんで皆さんバイト自給1.5倍にしますっていう風になると、
当然企業側1.5倍の負担が増えるとなった時に、人を雇いたくても新しい人を雇うのが厳しくなる。
もしくは今いる人を何人かクビにして雇うしかないみたいな話になって、
最低賃金なければ普通に雇えたようにっていうのはあるっていうことなのかなっていうふうには理解してますけどね。
なるほど、その辺りって難しい問題ですね。
僕そんな詳しくないけど、なんか最低賃金っていうものがセットされてなかったとしても、
この仕事にもっと人手が欲しいってなったら高い賃金は払われるはずだって言えるっていうこともあるんですかね。
それがまさにそうなんですよ。いわゆる分かりやすい競争権利の話ですね。
人を取りたくても取れないならば、やっちんに上げる必要があるみたいな話になってくるじゃないですか。
いきなり上げちゃってたら、本来なら安かった、もう少し低かったら取るのにみたいな人が取れないってなっちゃうんですね。
なんかその、この本にも出てくるんですけど、例えばその最低賃金とか何でもいいんですけど、
その国が決めたことによって、企業とか国民の思考とか感情が変化したことによって、
いろんなものが一気に動いていくみたいなことあるよって書いてあって、僕はまさにそれはそうだろうなと思って納得感あるんですけど、
その最低賃金とかだったりするとどうなんでしょうね。なんかそこがあるから雇わないっていうふうになるのか、
それを払えるように事業を頑張ろうってなるのか、人によっても違う部分もあるのかなとか思ったりしましたけどね。
そうですね。だからまあ最低賃金全くなしっていうのは、まあちょっとそれは違うと思うんですね。
やっぱりその、労働者の生活もあったりするので、それと同じましょうと。
ポイントは、いわゆる市場メカニズムがあったとして、市場メカニズムだと、例えば時給制限だとしましょうと。
これだといわゆる時給がマッチするのに、それを超える1500円で最低賃金やりましょうって言ったときに、
それだけでプラスになるっていうことが本当にどこまであるのかなっていうところですね。
賃金が高くなるほど、そのテクノロジーによる代替みたいなのは進むことになるっていうのがこの歴史の話かなと思うんですけど、
これやっぱり現代でもそうなんですかね。
それは間違いなくあると思いますけどね。やっぱり人を、サブスクリプションとかも結構わかりやすくて、
まあ結構ね、本来人がやってたのはサブスクとかで置き換わってやると、
それがイノベーションの根拠にもなりますし、もしくは安いですからね、サブスクの場合は。
この本で議論として意図的かどうかわからないんですけども、格差みたいな話がほぼ出てこない印象なんですね。
確かに出てこない。
今あるわかりやすい資本主義批判の本って結構格差にフォーカスを当てて出てくるんです。
この確かに一部、何パーセントが人々の財産を何パー持ってるみたいな客観的事実は出してるんですけども、
例えばラッタイド運動ってあったと思うんですけども、機械潰すような感じですね。
産業革命以後の機械打ち壊し運動。
それはまさに自分たちの仕事っていうのが機械にとって変わられて、
それに対して労働者が反発をして機械を潰すっていうような運動があったっていうのも事実なんですよね。
でもとはいえ産業革命はトータルで見れば新たな雇用も生み出したし、
トータルで見ればやっぱり豊かになったのは間違いないという視点もあったりはするんですけども、
まさにこれが賃金を上げることによってテクノロジーがより進化して、
人に代替されますと。でもその結果として雇用は失われてしまう。
で、それがとはいえ新たな雇用も生んでますよね。
最近でいうとUber Eatsみたいな話だと思うんですね。
それがあるんでトータルではプラスでしょうみたいな議論がほぼない印象なんですよね。
賃金上がって、今でもイノベーションが活性化されるし、
そのよって資本が増えていく。だから賃金上げることは素晴らしい、いいんですよと。
歴史もそうでした。
その先がちょっとその既得経験に繋がっちゃう。
今ショックある人は賃金上がってプラスなんですけども、
これから入る人がなかなか厳しいんじゃないかなというところでとか、
あとこの本で僕はヨーロッパで、ちょっと今知らないんですけども、
このユーロ危機の頃に若年失業者の問題ってすごい多かったじゃないですか。
確かスペインとかって25%とかですよね。
で、これが多分わかりやすい、いわゆる今言われてるジョブ型とかメンバーシップ型の話とも近いんですけども、
ジョブ型の場合はもうジョブありきなんで、
若年層が働く機会がなければ生産性が上がらないのでなかなか働けないみたいな。
ニートって言う言葉もヨーロッパで生まれた言葉ですね。
確かイギリスだと思いますけど。
イギリスですね。
一方日本はいいか悪いか別として、新卒一括採用で、
そこにちょっと漏れちゃうとあれなんですけど、それさえ入れれば、
若年失業リスクが極めて少ない仕組みになっていると。
でもヨーロッパはやっぱそれがないので、失業の問題っていうのが大きいと。
で、これが結構やっぱりこの本であんまり出てこないなって印象です。
失業っていう論題が。
確かに。
そうですね。
基本的にただあれですよね。
まあその、失業者が多いということは当然収入がない人が多くて、
そうなるとその人たちが物が買えないってなると、
まさにこの本でも出てくるんですけど、
物が買えなくて物が売れなくなったり、
あるいはその中古品とかが市場に出てくると、
企業家は別にもう生産しなくていいやって思う。
そうなると投資活動を控えるようになり、
経済が収縮方向に向かっていくっていう話があって。
だからやっぱ失業率が高くなっていくっていうことは、
消費のというか、消費に限らないんですけど、
経済の循環っていう意味でもかなりリスクがあるよねっていう話ではあるんですよね。
そうですね。
だからこそ多分国が大事だっていうのが、
ここの本って結構不思議な本で、
資本主義、まあね、
原著が資本の勝利って言ってるくらいなんで、
資本主義は成長が大事だっていうスタンスなんですけども、
それを支えるためには国がしっかりしなければいけないみたいな、
なんかそういう、市場経済っていうのものは純粋なものはなくて、
基本やっぱり国が関与してるんですみたいな、
まあそういう感じですよね。
そうですね。
じゃあそろそろ、
終わりに持っていこうかなと思うんですけど、
なんかしげさんとしてこの本読んだことで、
なんか改めてこの辺こうだなみたいなのってなんかありましたか。
いやーやっぱりその今ね、
多分この本が読む価値があるっていうのは、
ポスト資本主義をどうするかっていうことだと思うんですよ。
一つはその成長をどう捉えるか。
分かりやすいのは成長することによって再分配もよりできるようになるんで、
トータルで見ればプラスじゃないかっていう議論なんですけども、
そもそも成長自体が人々に対して負担を与えられるし、
いらないんじゃないかみたいなところもあるっていう中で、
資本主義ってそもそも何なんですかっていうところをですね、
これは経済というか政治的な話なのかもしれないですけど、
よく言われる民主主義は他のどれよりもマシであるみたいな言い方はあるじゃないですか。
ありますね。チャーチンでしたっけ。
独裁とかいろんなものに比べればマシだっていう。
僕もそれに近いなと思ってて、でもさっき言った通り、
ヒトラーって結局民主主義で選ばれてるわけで。
だからボトムアップ的な視点での受け狙いにいった結果、
第三次が起こるみたいなことってあるんだろうなっていうのはすごい思ってて。
だから別に民主主義がいいかダメかっていうのはちょっと僕はわかんないんですけど、
でもやっぱりこの本を読んで思ったこととしては、
個人が見えるものっていうのと、
例えば国とかにおける全体的にうまくいくようにするっていうのは
かなりズレがあるなっていう感想ですね。
そうですよね。確かに。
だからセミナーとかを我々が主催した時にアンケートがあるじゃないですか。
アンケートとかいただくと大変ありがたいんですけども、
もっとこういうとこ知りたかったです、もっと深掘りしたかったですっていう声があるんですよね。
当然それは踏まえたいんですけど、それが結構極めて個人的な視点があったりするんですよ。
その人の個人が関心があるからそれをもっと詳しく知りたかったですと。
でも我々はその一人のためにセミナーやってるわけじゃなくて、
複数のためにセミナーやってる時に、そっちに振ってるのはいいんだけど、
その人満足度が上がったとしても全体で満足度が上がらないですよねと。
じゃあ全体に満遍なくっていうふうにやると尖ってないし、
ふにゃっとなっちゃうみたいなジレンマを最近ずっと感じてるんですよね。
で、国の政策も多分それに近しいものかなっていう気はなんかしますね。
誰に焦点当てるんですかっていうところですね。
あとそれに関連して言うとというか、
例えばですよ、国の政治家に対する批判みたいなのって、
どんな人がなっても必ず出るじゃないですか。
それは別にそれができるってことも自由があるってことだから、
それは全然いい自然だと思うんですけど、
例えばその批判の中に、
例えば企業経営者のこの人が国のリーダーやった方がいいみたいな話とかも時々あったりするじゃないですか。
ありますね、はい。
で、僕どっちかっていうと今まではそうなのかもなっていう、
だってこのね、企業経営立ち上げて成功させたこの人って、
そういう意味でなんか組織を率いた成功体験があるわけだしなと思ってたんですけど、
今回国家っていうとマクロ経済っていうものの解像度が上がったことで、
いやこれだいぶ違うなって思いましたね。
そんな単純じゃねえと。
企業化として成功した人が国の経済政策の率いたらうまくいくかって多分全然違って、