結果、あまり色はつけずに素直な子にしようと。
美里の首になる美里っていうのが、もっと小太郎とバチバチするとか、小太郎を認めないとか、そういう案も出かかったのですが、それは結構早々に、よくあるパターンに陥っちゃうんじゃないかという話になって、
一見そう見えるんだけど、そうじゃない子にしようっていう。
なんでそうじゃない子として育っちゃったのかとか、バックボーンは後でわかることにして。
その2人を固めてから先輩キャラ、固めてっていうことじゃないですけど、大体のイメージが出来上がったあたりで先輩たちも作っていったような記憶があります。
先輩たちは、とにかくこんな人たちがいたらいいよねっていう、リアリズムではなく、リアリズムで10代のドロドロを描こうとか、
それではなくて、10代の頃にこんな先輩たちがいたら、今でもこんな友達がいたら嬉しいだろうなっていうのを作ろうと。
バランスを考えて、それであんな感じになったというか。
でもすごくしっくりくるというか、もう一つちょっと気になっていたのが、小太郎とミサトって結構、現代の若者っぽい温度感だなって、すごくぼんやりとした感想になっちゃうんですけど、思うところでもあるんですよ。
いい意味でドライでライトというか、関係の積み方がウェットじゃないなって思うところはすごくあって、なんかそのあたりとかって意識はされましたか?
今風に主要的な意識はなかったですね、正直。
そうなんですね。
本当にそういう子たちだっていう。
特にミサトに関しては、友情とか心配とかの表現の仕方がミサトなりの表現の仕方をしてるんだって。
別に心配してないわけじゃないし、不安がないわけじゃないし、友情を感じてないわけじゃない。
ただそれをミサトなりの表現の仕方をしてるだけっていうつもりで描いてたので、それが今風かどうかっていうのはまるで考えてなかったですね。
そうなんですね。
なんかすごくその時代にも合わせたキャラクター作りをするのに工夫をされたのかなって思うぐらいすごく、
何でしょうね。
見ていてノンストレスで見られるっていう言い方が悲しいかちょっとわからないんですけれど。
これはちょっとキャラクター造形というよりかは、根本さんの脚本のキャラクターの描き方の部分にもなるのかなと思うんですけれども、
悩みとかそういう部分をあまりセリフを多く説明しないじゃないですか。
なんか彼今ちょっと悩んでるんだろうなっていうのは、こっちの想像に委ねる描き方をしてるなっていうふうには思ったので。
翔太郎とミサトに関してはそういうふうに時代性とかを結構キャッチして作ったんだよっていうのかなと思ったら、
割と天然でみなさん組み立てられたんだなっていうのがすごいなと思いましたね。
そうですね。
ただでもそれ言ったらな、ミサトってあれって友達親子ですよねとか思うんですけど。
一緒にいる?サコちゃん?
そうそう。見たことないんだよなと思って。
なるほど。じゃあもうちょっと渡りはもしかしたらハイ&ローなりクローズゼロ的なキャラクターになるべきところが。
そうそうそうそう。僕のステーで。
いろいろが混ざって。混ざってしまったんですね。
すごい腑に落ちました。
かっこいい顔してるのに、なんかちょっと問い出さみたいなのはどうやってできたんだろうってすごく気になってたんですよ。
おかげで渡りはすごい声優さんも相まってですけれど。
立つキャラクターになってますよね。
そうですね。渡りが一番心配。
ユウツの2年生で立場的にもちょっと3人2人に挟まれて振る舞いが難しいというか。
本当に見事にコンテと演出と神谷さんのお芝居でキャラが見事に立ってすごく面白いキャラクターになっててホッとしました。
6人のバランスの部分みたいな話をしたんですけれど。
例えばもうちょっと全然違うキャラクターを入れ替えじゃないですけれど。
小永みたいなキャラクターの代わりにこういうキャラクターがいたよみたいな幻の子とかっていたりしたんですか。
それこそ渡りは初めはハイ&ローの案が出る場合は無口キャラっていう案もあって。
無口ででもみこやかででも料理が得意と変わらずに。
何料理したっての案的な。お財布とかも得意でみたいなキャラクターって話もあったんですけども。
ハイ&ローの方が面白かったので。
ハイ&ローイコール地味な戦いになりました。
なるほど。無口キャラだとどこぞの六語アニメの四難とかを思い起こしたりしますけど。
ハイ&ローはまじで唯一無二な気がするので。
良かったね渡りという風にすごく今思いました。
じゃあちょっとだけ白甲の方も聞いてみたいなと思うんですけれど。
青甲に対して白甲、第5話とかを見ると対になるというか仲良くなるポジションみたいなところがあったのかなと思うんですが。
白甲メンバーはどういう風に決めていかれたのかちょっと大まかに教えてほしいです。
青甲も案が的なんですけども、個人的にはギリギリ普通の子たちというか。
あまり主役主役した感じではなく普通っぽさを残したかったんですね。青甲の子たちに対しては。
白甲に関しては本当に漫画の中の人たちにしようというか。
本当に少年漫画のライバルキャラクターにしようと思いながら描いてました。
逆にキャラを際立たせるというか、その方向性で描いてました。
その中で5話がああいう形になるとは決まってなかったんですけども。
一人一人青甲メンバー、白甲メンバーが対になるというか、ついでライバル関係が築けるような仕掛けを回るといいねっていう話もあったので。
趣味とかをちょっと近いような遠いような趣味を設定したというか。
漠天に関しては6人の男子青甲メンバーを並行して深掘りしているっていう印象を受けてるんですね。
なんか1話ずつのお当番会があるみたいな構成じゃないなっていうふうに思ってたんですけれど、そこはどうしてこういう構成にしたんですか。
後半ちょっとお当番会的なのもあるんですけども、6話までに関して言うとあくまで翔太郎の物語であるっていう。
だから翔太郎が、極論で言うと翔太郎が知らないことは視聴者にも知れないというか。
あーなるほど、はいはい。
第1話で翔太郎は男子摂診体操と出会いました。
第2話で先輩たちも実は漠天できたらかっこいいなってだけだということを知りました。
第3話で先輩たちよりもすごい人たちがいるんだということを知りました。
4話で先輩たちよりもすごい人たちも僕たちと同じなんだということを知りました。
5話で、でも僕はそいつに比べたら個性はないかもしれないけど、でも僕はあの人たちのようになりたいと思いました。
6話でその憧れた4人と一緒に飛びましたっていう、全部が翔太郎目線の物語なんですね。
だからその翔太郎以外のキャラクターを描かないわけではないんですけれども、
カメラは常に翔太郎。
常にでもないですけども、気持ちとしては常に翔太郎にあるようなイメージで、
6話までは構成してました。
この間僕もオンエアを見て気づいたんですけども、
6話で翔太郎のお父さんとお母さんと妹が観戦してるんですね。
あれ何であったかというと当時、よくスポーツモノってギャラリーが出るじゃないですか。
観客が今の技すげえ!あんなに高く飛ぶなんて!と出るじゃないですか。
あれがどうしても嫌だったんですよ。
なんでかというと、それはある人たちは翔太郎の物語の一部じゃないからだということだと思うんですよ。
いわゆる説明キャラ、ヤムチャみたいなのになっちゃうんですよね。
しかもヤムチャって言ったらヤムチャちゃんのものでもない。
見学者、見学人Aみたいな人が。
もちろんハイテクニックもありだし、有効だと思うんですけども、
この6話までのムードに合わないというか、
それはやっぱりあれが翔太郎の物語だから、
両親をあそこに置いたんじゃないかなと。
明確に意識して置いたわけじゃないんですけども、
ただギャラリーとか他校の生徒が何か言ってるのを書くのはすごく嫌だったなというのを覚えていて、
それをこの間オンエア見ながら、そっか、翔太郎の物語だから、
翔太郎の関係者に見届けてほしかったんだろうなと、自分で分析したというか。
なるほど、なんか不思議なものでお当番会じゃなかったって私はさっき言ったんですけど、
ある意味6話までが翔太郎のお当番会だったんだって考えると、
あ、そうかそうだったんだっていうふうに思うし、
なんか主人公ってお当番会扱いされないじゃないですか、主人公なんて。