そこあには、HOTCAST WAVEの制作でお送りいたします。
チャムネコさんからのお便りです。
映画、覇権アニメ、見てきました。原作小説を昔読んでいて、
そこあにで映画化されることを知り、公開を楽しみにしていました。
見てみたらめっちゃ面白く、原作愛もあふれる熱い映画でした。
地元の映画館では全然入っていなかったので、もっといろんな人に見てほしい作品です。
ありがとうございました。
1ヶ月くらい前ですかね、公開よりずいぶん前にご紹介させていただいたんですけれども、
覇権アニメ、見に行っていただけて嬉しいです。
いやでもほんとね、ちょっと残念ながら、映画館結構人少ないみたいなんで、もっと見に行ってほしいですよ。
私も公開されて、やっとだと思って見に行ってきました。
どうでした?
とっても面白かったです。
熱い大人がすごいたくさん出てきたので、こっちまで胸熱いになりました。
熱さがさ、アニメ好きの熱さっていうかさ、
第一線を行く熱さじゃないところが好きって話を私が前にした気がするんだけど、
ふつふつと打ち鳴る、燃えるハートみたいなものが、すごいこのアニメ業界感を感じられて、
それが好きだったので、また思い出すと胸の内が熱くなってきますね。
アニメに対する熱さもあるし、やっぱりそれぞれの職人としての熱さみたいなのも感じられたので、
より一線で活躍している人ってやっぱこうなんだなっていうのを感じましたね。
クリエイターもそうだし、ほんとプロデュースサイドにもスポットが当たってるのがすごく良くって、
どうしてもこう日本のエンタメ業界って、演者とか監督とか、
ギリギリクリエイターにもスポット当たることがあるけれど、
アメリカとかはプロデューサーとのセットじゃない?むしろ作品って。
そこがね、もっと注目されてほしいなと思うから、
この作品はそういう意味でプロデューサーってこういうことしてるんだっていうのが、
ちょっとね、もちろん誇張表現もありだとは思うんだけど、
どうやってお金を集めてるかとかね、
頭下げるってよく聞くけど、一体どこに下げてるのかとかも、
結構見えるような気がする描き方をしてくれてるじゃない?
なんかそういうところがシビアで、もちろんフィクションも込みで夢もあるんだけど、
そういうちょっと胸が苦しくなる部分も含まれてるのが、
また熱さに還元されてるような風に思うんですよね。
日本のアニメーションでこの形式でやられる、
多分ねこれ日本よりも海外で受けるんじゃないのかなっていうのはすごく見てて思えたような作品でしたね。
多分ねこれね、日本で進めるときにちょっと難しさを感じるのかなと思ったんですよね。
いわゆるアニメのスタイルじゃないような気がする。
なるほど。興味深いですね。
アニメーションとしてストーリーがきちんと、ストーリーあるんだけどさ、ストーリーがあってっていうものを求めて映画館に行って、
例えばこれが平家物語だとしたら平家のその先の物語としてこれを見てどう思うのかっていうような感じじゃないじゃん。
そうですね。
でも結末はちゃんと繋がってるんだけれどみたいなさ。
最後まで見ると、なるほど綺麗に締めたなっていう感じはあるんだけれども、
でもその途中って一体何だったんだろうなっていうところのすごさ。
これはすごいんだよ。
何だったんだろうなじゃなくてすごいんだよね。
とにかく圧倒的エネルギーをこっちにぶつけてくるみたいな。
いや俺何見たんだろうこの映画でみたいな感じの勢い感っていうのは、
あとライブ感っていうのかな。
それは今までに見たことのないすごさを持ってましたね。
私も流れてる間のすごさっていうのを感じてて、
もうコロナ禍になってからライブに行っても、
わーいって思いっきり楽しむことが難しくなったりとかする中で、
こんだけなんか胸が高鳴るのってすごいなって思って、
そのドキドキをもう一回見に行きたいって思わせるようなすごさがあって、
とても楽しかったです。
いろいろな感想がある中で、やっぱり一番最後に残る後味っていうのが、
結局の感想じゃないですか、最後に残るもの。
そこにやっぱりすごいとか何を見せられてるんだろうは、
並行してあるべきだし、岩澤監督の持ち味ってそこなんだけど、
最後にやっぱすごいとか、すげえもん見たが先行していることが私は、
集大成、岩澤正明の集大成だなっていうふうに思うんですよね。
だって何を見せられてるんだろうが、なきゃ岩澤正明じゃないんですよ、やっぱり。
だからそこをちゃんと保持しながら、バランスを取りつつ、
でもちゃんと平家物語だったんじゃん、が全部成立してることが、
この作品の化け物なところだよなっていうふうに思うんですよね。
不思議だなあ、面白い。
そうだし、本当くむさんがおっしゃった通り、
日本ってこんなにアニメ文化が盛り上がってるし盛り上げていこうっていう感じなのに、
これで終わりだよね、これで終わりって思って。
逆に言うと、もうその時点で思ったわけよ。
これってベストな尺だなって思って。
で見事そのまま終わってエンディングに入っていったので、
でまぁある種結末をきちんと描いて、その平家物語だったんだなっていうところに回帰して終わるっていう流れが、
きちんと物語としても見せてくれたなっていう風に落ち着くんだけれども、
この尺だったからある種一つのライブを見たような感じなわけですよ、私の中では。
でそのライブを見るときに、この熱量を言ってしまえば2時間がっつりやられたら多分しんどいと思うのね。
見てるほうが疲れちゃうみたいな感じを受けるんじゃないのかな。
だってライブだったら休憩あったりとかアンコールの前にはね、あるじゃないですか。
だからそういうのがないままずっとすごい勢いで行っちゃうから、
だからこれはやっぱりこの尺がベストなんだなっていうようなものを見終わったときに感じさせてくれたところですね本当にね。
だからもう足すところもなければ減らすところもないみたいな、
そんな風に見終わってすぐ感じたっていうところですかね。
はい、ということで熱いコメントをいただいております。
飯倉さんからのコメントです。
異形の体と盲目というハンディを背負って生きてきた犬王と共な、
彼らは周囲の冷たい反応にも同じつ、その才能で世の中を圧倒していきます。
2人が行う舞台は、もし室町時代にロックフェスが現れたら、という楽しさがあり、
体にハンディがある姿勢の人も関係なく、熱狂のうねりとなって盛り上がる様子は、見ているこっちまでぶち上がっていきました。
いろいろなロックナンバーを想起させる音楽や演出にリアリティを持たせる舞台装置、
ステップの滑らかな動きを見ているだけで気持ちのいいアニメーションは、さすがの岩瀬正明だと思いました。
アニメ、兵家物語が兵家一人一人の物語を語り継ぐことで、彼らを祈り、悼む物語だったように、
本作でも犬王と共なは兵家への懇親の意味を込めた舞台を作ります。
また、その舞台は同時に犬王と共な自身の物語を作ることでもあります。
無情にも時代がそれを許しませんでしたが、時を越え600年後の現代に、
彼らの生きた証が映画という形で新しい物語として語られたことにとても感動しました。
ありがとうございました。
一応ネタバレなしにここら辺はしときます?
そうですね。はい。
何をもってネタバレとするのかっていうところもあるんですけれども、
今のところ私は言ってないんで、
フジロックとかに混ぜてほしいの。
混ぜてほしい、わかるー。
たぶんめっちゃ盛り上がると思うんだよね。
盛り上がるよ、絶対。
っていうかああいうフェスに行くファンにこそ見てほしいよね、これはね。
ほんとそう、ほんとそう。絶対刺さると思う。
それがね、ちょっとね、そこにまだたぶんそこまで知られてないと思うんですよ。そこがもったいないなと思うのね。
みんなそういうファンが食いついてくれたら、たぶん何かがもっと変わるんじゃん、歴史が変わるかもしれないみたいなね。
なんかもういろいろな権利とかが許されるなら、これから夏に向けてフェスが、たぶん今年は開催されるやつもあると思うから、
イヌ王のね、中の15分だけ切り取ってフェスで流してほしい、ほんとに。
それでなんだこの映画はって思って、帰ってきた時にまだ上映しててほしいんですよ。
まあそんなノリだよね、ほんとにね。
うん、ほんとに。
作中であったライブの演出みたいのがあるじゃないですか、あれがやっぱりアニメーションならではだなって私すごい思ったんですよね。
夢があるしね、ほんと。
そうなんですよ、これ現実でできるかなって結構考えながら見てたんですけど、
やっぱそういうのができそうでできなさそうなのがやっぱアニメーションならではだなと思って、とても良かったです。
ただ、もちろんやっぱりアニメだからこそできることでありながら、やれんちゃうかっていうのもすごく感じなかった。
思いました。
それは本当に描写の細かさとか、あ、作ってるんですねっていう描写をね、ちょっと入れたりするそこのうまさもあるんだけど、
やっぱ音楽ってエンターテインメントの中でもすごく新しいものを取り入れようとする文化かなっていうふうに思うんですよね。
ライブパフォーマンスの中に新しいダンスを入れるであったり、
嵐のコンサートとかもすごい毎年どんなことやるんだろうっていうワクワク感をみんな得にいってる。
取り入れにいってるっていうところもあるんじゃないかなと思うんですよ。
天井歩いたりとかしてるわけでしょ、松潤が。
そうだからそういう新しいものを見られる場っていうベースもあるんじゃないかなと思うから、
だからこの犬を追って見てて、どんなことをやってもそう来たかで留まるっていうかさ、
いやそれはないだろうにならないのは音楽っていうものの、これもまた本質の部分をうまく操ってるな、
巧み取り入れてるなっていうふうに思うところでしたね。
ライブパフォーマンスだったりとか演出だったりとかそういう部分だよね。
そう、そうなんですよ。
岩さんはかねてからの音楽好きだし、楽しくなってきたら踊りたくなるって結構ルーとかもっと前からおはしゃっていた方ですけど、
音楽もそうだしこの作品はダンスもいろんなものを取り入れてるじゃないですか。
最後のライブシーンとかで5所のヘリのところで踊ったりするけど、あれもなんかやってる人はいる気がしません?
平均台みたいな細いところでクルクル回ったりするのとかも、
体操ですね、あれね。
あれも別に、そうなんです。
身体操とかクラシックバレーとかの範囲で人間が調整し続けて可能な範囲に留めているあたりがすごくリスペクトを感じるし、
現実感から離れずにいるところ、人が可能な範囲に留めているように見えるようにしているっていうところがすごいな、
魔法じゃないっていうところがすごいなっていうふうに思いますね。
水面を滑っているシーンだって一応上にクレーンがありますからね、木で作ったね。
ワイヤー見えてますからね。
ちゃんとワイヤー繋ぐところも描写がありますからね。
そうなんですよね。
この作品のうまいところは、ちゃんと一応当時の技術でやっている風に見せてるところですよね。
そう。本当そうですか?
これね、風に見せてるところで十分なんですよ。
実際その例えばスポットライトが炎であそこまで出せるのかとか、そんなことは聞いちゃいけないわけですよ。
だってディストーションギターが鳴ってる世界ですからね。
だからもうそういうことは突っ込まないで、でも一応なんとなくその当時の技術でやってるんだなって思えれば十分だっていうところで。
でもそれを今の技術で見たいよねって思うわけですよ。
だから何だろうな、こう人々が魅力を感じるものって何だろうっていうところも描かれているから、
本当音楽ライブの参考にもなると思う。見せ方とかの参考にもなると思うんですよね。
特に最初の方はね、なんか意外とお金かかってない感じですから。
ライブパフォーマンスもどんどんバージョンアップしていくんですよね。
そうですね。一番最初は路上ライブみたいでしたからね。
本当に橋の上ライブですからね。
ついでに言うとね、だんだんだんだん友奈の衣装とかも裸けていくとかもね、そういうあるあるもありますよね。
裸になっていくって感じだよね。しかも鍛えていってるな、お前みたいな。
見せることにこう快感を得てるだろうっていう感じがね、いいですよね。
いやー、でもそれがまた今日かっこいいなんですよね。
そうなんですよ。
笹眼金さんからのコメントです。
ロックであったりLEDの電飾っぽい演出であったりと、これは能楽なの?というツッコミを寄せ付けないほど熱狂的なパフォーマンスを作り上げているのが圧倒的でしたね。
この新しい円溜めを見たなという感覚も、もしかしたら能という芸を初めて見た室町時代の民衆も同じような気分になっていたのかなと感じさせるのもうまいなと思いました。
しかし最後の友田と犬王のすれ違いは、
何を伝えるかの視点の違いであったか考えたところです。
続きましてヒヒさんからのコメントです。
映画で印象に残ったのは、
能楽手の犬王と美話法師の友田の圧巻のパフォーマンスシーンでした。
現代風な音楽、コンテンポラリーダンスのような振り付けは、
映画館で見て体験するに値すると思いました。
最初は違和感を感じたのですが、
ここは理屈ではなく、
湯浅監督の感性に身を任せないといけないと気持ちを切り替えることで、
後半とても楽しめました。
犬王の父が怪しい仮面に手を出して異形の犬王が生まれたり、
驚々しいイメージも怖かったし、説得力がありました。
ただ、全体として見ると、
この二つがスパッと分かれているような構成になっているように感じてしまいました。
それぞれはいいのですが、
なんか離れてしまっているような気が今でもしています。
もう一度見ると全く印象が変わって大絶賛になる作品のように思えます。
はい、ありがとうございます。
私もですね、一回目見た時は本当にその最後の将軍の前で見せたパフォーマンスの後で、
もうマジ燃え尽きて、
その後のストーリー、正直必要だったかなって一回目はすごく思ってたんですよ。
でもなんか、2回目全てを知った上で見ると、
本当にストーリーが素晴らしいというか、
すごくて、やっぱりのぎわき顧客本の仕事がめちゃくちゃ効いてるなっていうふうに思うんですよね。
本当に一回目は音楽映画だって、
これはライブ映画でもストーリーなんかどうだっていい、
こぶし上げろ!ぐらいに思ってたんですけど。
そうではない、根底にあるドラマがあるからこそ、
本当にくむさんがずっと言っている通り、
この映画が映画であり、平家物語であるというところに収まっているし、
最後の、あそこ何分ぐらいなんでしょうね、15分ぐらいなんですかね、のドラマの辛さ、切なさ、でもエモさですよね。
あそこがめちゃくちゃいいじゃんっていうふうに思うんですよね。
友奈は首を切られ、犬男は将軍のお抱えになるわけじゃないですか。
はい。
ある種道を違えるわけですよね、そこのタイミングで。
そうですね、私は決してそこに裏切りとかがあったとは思わないですね。
犬男の苦しそうな表情とかも描かれているから、
あそこではああするしかなかったという描かれ方だと、私自身は解釈しています。
まあ、だって他の道なんかないわけですよ、もう言ってしまえばあの世界の中で。
犬男も友奈と一緒に切られるという道もあったかもしれないけれども、
で、やりたいことをやっていたらいつの間にか反体制のような動きになっていて、
自分がそうするつもりじゃなかったのにそうなってしまって、
葛藤とか反発とか、
体制に従うか抗うかとかそんな大きなものでもないんですけどね。
彼らが本当に彼ららしく生きた結果なんだよなっていうのがすごく、
共感性が高いなというふうに思いますし。
まあそれが平家物語の物語になっているというところですよね。
言ってしまえばね。
そうなんですけど、やっぱ最終的にそのクムさんが言った通り、
あの当時は時代も相まって、
ああいう結末にしかならなかった2人が、
現代であれば自由に歌える歌いたい歌を歌えるんだよっていうことを、
岩澤さんが言ってるのかなと思うとすごくメッセージ性を感じるんですよ。
なんだろうな。
君たちはもっと自由なんだよって言われてるような。
これはもう局界というか私が都合のいい解釈だともちろん思ってはいるんですけど。
だから若い子に見てほしいってことなんじゃないのかなっていうのも感じるけどね。
いやいや、若くなくたってみんなに見ていいよ。
そうね、中のおっさんたちみたいね、おじいさんおばあちゃんたちのようにね、
突然踊り出すようだね。
踊り出していいんだよ、いいんだよ。
いやでも今の聞いて、ああなるほどなって思いました。
現代になって名前が変わったから見つけられなかったじゃんって言ってたじゃないですか。
やっぱ自分でつけた名前でいいんだよっていうのをすごいね、今ジーンって思いました。
本当に探るテーマがありすぎて、名前もすごい大事だと思うの。
逆に友奈のお父さんは、友奈じゃないと見つけられんって言ってるわけだよね。
だから友奈自身は、友ありである自分こそが自分と思ってるかもしれないけど、
父からしたら友奈が友奈なんだよっていう。
自分が思う自分と相手が思う自分って違うんだよなっていうところもすごくテーマ性を感じるし、
言及するところがいっぱいあってね。
そうなんですよね。
この作品すっごい口のアップも多いじゃないですか。
歌う口元とか、歌わない人でも結構口元のアップが多くて、
唾で糸を引いたりするのもすごいかっこいいし、
そこの表現にもめちゃくちゃ糸を感じたんですよねっていうのも掘り下げたいけど、
今日はテーマとして弾きました。
不快感と微妙なラインだと思うんですけどね、あれもね。
そうですね。
だからその不快感と微妙なラインなんだけれども、
でも勢い的にはそのぐらいのものなんだっていうところが伝わってくるから許せるっていうね。
そのなんかちょっとした不快感も含めて印象が強く残るっていう仕掛けですよね。