【文化欄 #23】 『さよなら、野口健』著者が語るノンフィクションで書くことの魅力(ゲスト:小林元喜さん)
2026-11-05 37:12

【文化欄 #23】 『さよなら、野口健』著者が語るノンフィクションで書くことの魅力(ゲスト:小林元喜さん)

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News Connect 文化欄、ゲストはノンフィクション作家の小林元喜さんです。村上龍氏のアシスタントや登山家・野口健氏のマネージャーなど異色の経歴を持つ小林さん。小説家に憧れた過去から、ノンフィクション作家としてデビューするまでの道のりや、実話を書くことの魅力などを伺いました。「本当の意味で“実話”は存在し得ないのでは?」「AI時代だからこそ強い、取材の力」など、ノンフィクションというジャンルの核に迫ります。


▼ゲスト

小林元喜(ノンフィクション作家)
1978年、山梨県出身。村上龍氏のアシスタントや石原慎太郎氏の公式サイトの制作運用を担当した後、登山家・野口健氏のマネージャーを計10年間務める。2022年、『さよなら、野口健』が第19回開高健ノンフィクション賞および「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」にノミネート。2026年、小学館ノンフィクション大賞にノミネートされた作品を全面改稿のうえ、『親友は山に消えた』として刊行。11月12日、新刊『藤井聡太と戦った日』を刊行。

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サマリー

ノンフィクション作家の小林元喜が、村上龍の作品に憧れて実家まで会いに行った経験や、石原慎太郎の公式サイト制作、野口健のマネージャーを10年間務めた経歴を語る。小説家を目指していた小林は、小説の自由さを理解できず、構造を捉えやすく取材という制約のあるノンフィクションへ進んだ。デビュー作『さよなら、野口健』では、野口健との関係を断ち切りたいと願う自身の葛藤をさらけ出し、続く『親友は山に消えた』では取材を重ねて作品の着地点を見いだした。会社員を続けながら、平日の夜や週末に取材し、朝に執筆する生活についても話した。安定した仕事や家庭が、長期にわたって書き続けるための基盤になるという考えが示された。二人は、実話であっても取材内容の選択と編集には著者の意図が入り、「本当の意味でのノンフィクション」は存在し得ないのではないかと議論する。それでも現実の人物の言葉や実名を扱う迫力は残り、AIには新たな取材や、人生を預けてもらう関係を作ることが難しいため、ノンフィクションの価値はむしろ強まると語られた。最後に、フィクションも虚構の中に人間の本当の感情を描ける点でノンフィクションと近いことや、小林が村上龍、車谷長吉、沢木耕太郎らから受けた影響について話した。

小林元喜の経歴と作家への道
こんにちは、小説家の岩井圭也です。 News Connect 文化欄のお時間です。
本日のゲストはノンフィクション作家の小林元喜さんです。 会社員として働きながらノンフィクション作家として活動されている小林さん。
ノンフィクションを書くことを選んだ理由や、実話であることの凄みについてお聞きしました。
それでは本編をどうぞ。
ゲストはノンフィクション作家の小林元喜さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
このニュースコネクト文化欄はですね、今年の6月にスタートしてですね、いろんなゲストの方をお招きしているんですが、
ノンフィクション作家の方は実は今回が初めてでございます。
小林さん、正直ですね、僕今回この収録が決まってから本を配読させてもらったんですけど、
これまで期間が2つありますよね、さよなら野口賢っていうデビュー作と、親友は山に消えたってことしてた2冊あって、
どっちも凄い良くてですね、凄い刺さってしまって、特に親友は山に消えたが、個人的には凄いグッとくるものがあって、
僕もちょうどなんかこの1年くらい色々小説を書いたりして、親友って何なんだろうってずっと考えてたので、
凄い色々刺さってしまったし、今後書くものにも僕ちょっと影響しそうだなっていうくらい良かったです。
ありがとうございます。
なんかあれですよね、でもYouTubeチャンネルをやられてますよね。
そうですそうです、今回11月に3作目を発売、完工するにあたって、
ちょっとそうですね、昔お世話になった人からこういうことをちゃんとYouTubeなんか一緒にやっていかないかみたいな感じでちょっとお声掛けをいただいて。
そうなんですね、じゃあもう本当にその人との声掛け、新刊が一応きっかけだったっていう感じなんですかね。
そうですね、やっぱりこう自分でなかなか発信していかないといけない世の中になってるかなと思います。
そういうのかしら。
作家の方ってね、YouTubeやられてる方って結構あんまり聞かないので。
そうですよね、確かに。
凄いね、なんかこう独立法になれるんじゃないかと思うんですけど。
最初にですね、簡単ですけれども小林さんのご経歴、私からご紹介したいと思います。
1978年山梨県の生まれです。
作家村上隆氏のアシスタントや石原慎太郎氏の公式サイトの制作運用などを担当されておられました。
その後、登山家野口健氏のマネージャーを計10年勤めておられました。
2022年、さよなら野口健が第19回開講権ノンフィクション賞及び
ヤフーニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞にノミネートされます。
2026年、小学館ノンフィクション大賞にノミネートされた作品を全面開講の上、
親友は山に消えたとして刊行。
そして11月12日に新刊藤井壮太と戦った日を刊行されます。
新刊が3冊目ということですね。
ノンフィクション作家になろうって決めたタイミングとかはあったんですかね?
もともと村上隆さんのデビュー作の限りなく遠目に近いブログを大学の生協で読んで
いやーもう本当世界がひっくり返るぐらい感動しまして
僕もこういうものを書きたいと思って
そこから前後村上さんの本を読んで
そこからずっと本ばっかり読んでたんですけど
村上さんに会いたいと思って
村上さんの実家が長崎県の佐世保市なので
当時大学1年生だったと思うんですけど
青春ジュアスキップで村上さんの実家まで行って
お父様と仲良くなることができて
それをきっかけにご縁をいただくというか
すごいですよね。行動して本当につなげちゃうっていうね
やっぱ若者の特権な感じもちょっとありますしね
今やったらダメでしょうね
いきなり実家に突撃するっていう
その後石原慎太郎さんの公式サイトというのも制作担当されてますよね
そうですね。大学時代に何とかして小説書いてデビューしたいと思ってたんですけど
到底箸にも棒にも引っかかれずですね
やっぱりご飯食べていかなきゃいけないので
となった時にやっぱり村上さんとの仕事の時
いろいろなフリーなお仕事の方がいっぱいいたんですよね
フリーなデザイナーとか文芸法論家とか
ライターもいましたしプロデューサーもいて
っていう中でいろいろお手伝いさせてもらう中で
こういう生き方が自分に合ってるなと思って
就職活動はせずにですね
だったらホームページは作れるからってことで
当時東京都知事だって石原慎太郎さんのホームページを作ろうと思って
当時まだ石原さんのホームページなかったんで
あとあのイメージだと誰も怖くて近寄れないなと思って
あとやっぱり僕は石原さんがやっぱりアクトアカシオの専攻員に勤めてたりとか
あと石原さんのその文学館みたいなものは非常に好きだったので
お近づきになれば小説見てもらえるかなみたいな
下心まで
すごいですねでも村上隆の次石原慎太郎に行くわけですね
そうですよね全然逆と言えば逆なんですけどね
それでまたその時もご実家は
ご実家というか石原さんの住んでるお家は田園地方なんだけど
それちょうどインターネットに公開されてたんですよね
まあまあね時代も時代ですからね
でそこに持って行ったという感じでご縁を頂きました
ご縁を頂くっていう
ご縁を作りに行っても
その後野口健さんのマネージャーを10年間勤めるんですが
これ計10年なんですよね
実はね野口健事務所を入社退社を3回繰り返されているという
そうでございます
その壮絶ななぜそうなったのかというのが書かれているのが
デビュー作のさよなら野口健
はいそもそもでございます
これ私もすごくタイトルはやっぱ当時話題になった記憶はあって
2022年ですよね
実際すごくどうでしょうか
実際書かれてみて反響とかって結構あったんですかこれは
そうですね割といろいろなお声を頂いて
あの反響があるかないかで言ったらあったんだと思います
まあまあまあそうですよね
ただご本人も別のところでお話しされてたと思うんですけど
要は元マネージャーっていうお立場なので
やっぱりちょっと曝露的な見方というか
作家としてやっぱり見て欲しいという思いもあったと思うんですけども
やっぱその辺は2冊目出すにあたっていろいろ悪戦苦闘もあったんですか
ありましたねだから
初めデビューしたらもうちょっと順調に2作目ができるのかなと思ったんですけど
デビュー以上にある意味苦戦しましたね
全然違う版元ですもんね小学館ですもんね
その2冊目の書く経緯っていうのも
親友は山に消えたって2冊目の本の最後の方にまた書かれてますけども
今度また出る新刊っていうのは今度は実業日本社なんで
もう多分いろんな多分それこそ縁を手繰り寄せたりして
すごい仕事というかね1冊の本に繋げてらっしゃるのかなと思うんですけれども
小説からノンフィクションへ
前編ではですねノンフィクションそのものについての話をちょっといろいろとしていきたいなと言ってまして
私はですね小説家なのでこういう人がいたって言えば取材をしなくてもですね書けちゃうわけですね
だからある種すごく楽をしているという自覚はあるんですけれども
ノンフィクションは当たり前ですけど実話というか事実に基づかなきゃいけないというのがあって
だからこそ読む側としてもこれが事実なんだという驚きがあるわけですけど
それをちゃんとやってるノンフィクションの書き手の人たちって全員すごいなっていうのが前提にあるんですよ
取材をやる労力とかもちろんそうですしやっぱり事実しか書けないある種
っていう制約がある中でやってらっしゃるのはすごく異形の念を僕は持ってて
もともとフィクションを書こうとされてた小林さんがノンフィクションにシフトチェンジするみたいなことは何かきっかけとしてはあったんですか
そうですねやっぱりフィクション小説を書いてやっぱりデビューするには当然その章に何かしら引っかからなければ基本的にはデビューできないと思うので
それがやっぱり自分が何度やってもできないという中である時気づいたんですよね
僕はその小説ってものがわからない理解できないんだなと思って
逆にノンフィクションであれば例えばある一冊のノンフィクションなんだら
これはどの程度のクオリティで著者が何をしようとしていて
どういう構造でこれが歴史的にどういう意義があるのかというのはこれはわかるんですよ
その時にやっぱり小説に対する憧れっていうのはものすごい強いものがあったんで
なんとか粘ったんですけどやっぱりこれは多分僕の場合100万年経っても小説家にはなれないなって
わかった理由は小説っていうのが僕そもそもわかってないと思って
わかっていればきっとこのぐらいの基準であればまず線香は通るだろうとか極めてそのドライにわかるはずなんですよ
だから必ずそういった方っていうのは皆さんも本当そうですけど
何度も最終線香残って最終的にくぐり抜けていくじゃないですか
その再現性があると言いますか
私もそうですね6回最終効果残って1回受賞してデビューしましたね
それがやっぱり小説の才能だと思うんですよ
6回残るってこと自体がわかってるってことの証明なので
あとはいろいろ運とかいろんなものが絡みながら受賞に
全て手にした人がなっていくと思うんですけど
僕の場合もそこに全然行く手前の手前の手前ぐらいで全然あれだったんで
それがノンフィクションにおいては何て言うんでしょう
非常に冷めた目で冷静に構造と言いますかどうやって作られるのかとか
例えばその小説の書き方の本を読んでも僕はよく理解できないんですけど
ノンフィクションは書き方の本を読まなくてもノンフィクションを何冊か読めば
これはこうやればできるとかっていうのがわかるなと思ったツリーだったんですよ
なんでなんですかねそっち側に
同じ書き物だからなんか応用できそうな気もしますけどね
でもやっぱり途中で僕昔中高で陸上やってたんですけど
やっぱり短距離とかって才能の世界に才能が非常に大きく作用する世界なんで
いくらその死ぬ気でやるとか努力しても
やっぱり10秒台で走る人間には勝てないんですよね
それと同じようにどうしてもその
そういうものが僕はフィクションに関しては多分僕の脳みその中にはそもそも備わってないなと思って
それはある時には綺麗にもう諦めて
ただやっぱり書く作品を書くってことは諦めきれなかったんで
ノンフィクションだったらいけるかもしれないっていうのを
40手前でこうおぼろげながら
なんかやっぱ僕も著作を配読して思ったのはやっぱ小林さんってほんとリズメの方なんだなって
すごく思ったんですよやっぱり論の方なんだってロジックの方なんだって思って
やっぱ小説って正直僕も未だにどうやってできたのかよくわかんないところが本当にあるんですけど
ノンフィクションって言ったら取材をしてその取材をしたことを元に文章を書くっていう
そのプロセス自体はある種確立されてるというか
もうそれ以上動かしようがない部分があって
だから割と理解しやすい最初からある程度補助線が引かれてる状態ではあるのかなと思って
そこがもしかしたら小林さんにあったような気がかなと思いましたね
そうですねだから小説の最大の魅力であり最大の難しいとこが自由だと思うんですよ
ルールはないじゃないですか何言ってもいいじゃないですか
多分だから僕その自由の怖さっていうのをすごいやっぱりいろんな意味で感じていて
ノンフィクションっていうのは制約があるのでその不自由さの中制約の中に
またその奥にまた今度新たな自由があるのでそっちの世界で行った方が
これなら勝てる可能性があるなって思って
あとは神様が味方してくれるというかそういう話
でも本当に難しいなと思ったのは僕
僕も今実は初めてノンフィクションちょっと短めなやつですけど書かせてもらう機会があってやってるんですけど
すごい難しいなと思うのは小説ってある程度自分で要はラストとかも決められるし
全部コントロールできる神なわけですけど
ノンフィクションで取材しないとどんなラストになるかとかどんな展開になるかとか全くわからないじゃないですか
本当怖いなと思って
そこの恐怖って常に多分ありますよね
ありますねだからやっぱりこの最後着地させるっていうことが要するに化け物と戦ってるような感じなので
それをそのドラゴンボールのなんかのなんかありましたよね
ツボにしまうように
フーバーでしたけど
ああいう感じでその全部のそのリアルな生きてる人間の言葉
言葉ですよね言葉をまとめ上げて削り取って最後そのツボの中に押し込めるみたいな
本当に言うとモンスターと戦ってるような感じで怖いですけど面白いですね
まあそうですね私も何人もここに小説家の人たちもいっぱい来てくださってたんですけど
やっぱ中にはプロットを全く書かないっていうタイプの人も何人かいらっしゃって
要はそういう人たちってもう自分でもラストどうなるのか分かってないし
展開も分かってないしでも書くっていう書ける自信があるっていうことなんですよね
そうなんかだからそういうことと同じだって言われたらまあ確かにちょっと似てる部分は
要はみんな展開がもちろん最後までがっちり決めて書くっていう方もいっぱいいらっしゃいますけど
でもまあラストが決まってないと書けないっていうことでもないよなっていう小説も
僕の場合だとプロローグが書けると見えますね
ただプロローグ書くのは全部取材を終えてから始まることなので
取材を終えて全部テープ起こしして全体を頭の中何回か通した後に
プロローグが見えてくるともう僕の中で終わったような感じで最後まで通ります
『さよなら、野口健』の覚悟
さよなら野口県のプロローグはめちゃめちゃ強烈ですよね
円切り神社に向かうっていうね小林さん自身が円切り神社に向かうと
すごい強烈な円切り効果があるんだとそこは
めちゃくちゃ迷ってめちゃくちゃ迷って行かないんですよね
何をお願いしに行こうとしてたのかっていうと
野口県と円を切らせてほしいっていうお願いをしに行こうとしてたっていう
この導入は強烈でしたねすごい
あれももう2年ぐらいずっと色々な人に取材をしていく中で
この本は何の本なんだろうって僕やっぱテーマが最初に見えない人間なんで
とにかく動くんですよね動いて
その中である時にこれは人間との円を切る話なんだっていうのがふっと見えて
さらに昔ちょうどある会社で働いた時に
その時の社長さんがちょうどくださった京都旅行のプレゼントの時の話で
僕その円切り神社に行こうとしたんですけど
その時のことを思い出したこれはそうだ円切りの話だと
そんなにやっぱそこまで円を切りたいって思うことって
必ずしも人の人生で起こり得ない
必ず円切り神社がたくさんの石が見えないぐらい
札が張られてるっていう描写がありましたから
本当にそういう人もいっぱいいるんだと思いますけど
でもどうしても何をやったって円を切りたいって願うことって
逆に言うとそこまで強烈に円切りたいと思う相手って
必ずしも人生で出てくるとは限らないじゃないですか
そういうそこを描こうと思われたのは
やっぱりすごい覚悟が要りますよね
そうですね それで言うとこれを応募してダメだったら
僕は作家になれないなと思うので
これ描いて世に問うてダメだったら
僕はその後の人生に生きていける自信はなかったですね
でも逆に言うとここまで最初の一冊でさらけ出すというか
全部を描いたからその後ステップアップ
もしかしたらしていけたんじゃないかなっていう感じもあって
僕もデビュー作に作家全てが詰まってるとか
独小説の世界でよく言うじゃないですか
本当そうだなと思うんですよ
僕も6年くらいいろいろ投稿してきて
最初にもいっぱい残って
なんでこれで受賞できないんだみたいな時もあったんですけど
結局僕の絵についての証明っていうんですけど
そのデビュー作でデビューできてよかったなっていうのは
今になって思いますし
ちゃんと自分の中身をさらけ出したもので
デビューできるっていうことが
やっぱすごい大事なのかなって思いました
だから私のオンフィクションですけど
さよなら野口賢とあと親友は山に消えたわ
それが最初に出されたっていうのは
そこを出せれば後はもう怖いものなしというか
最初からMAXを出されたのが
僕もすごい引きつけられた理由なのかなって思いました
だから実家の両親はさよなら野口賢を読んだ時は
それはさぞびっくりしてましたね
知らなかったことも含めて
別にこれは言ってもいいと思いますけど
例えば小林さんご自身が精神科病棟
閉鎖病棟に入院される話とか
かなり知らなかったっていう話も
周囲の方からしたらあると思うんですけど
そうです
出す側としても最初にさよなら野口賢を出したから
あとはもう何出してもこれ以上の驚きはないんじゃないか
っていう覚悟も決まるのかなって思いましたね
それはありましたね
やっぱり冷たい水に入る前に
入ったらもう腹がすわるので
最初に一番冷たい温度でやらせておけば
ぬるま湯に感じるっていうその後は
そうですねそれはありますね
会社員と執筆を両立する生活
しかもあれですよね今
会社にお勤めされながら
この秘書作家として活動されているという
フルタイムで働かれている
月から金まで9時6時で
そうなんですね
夜とか土日とかに取材されながら
取材は平日の夜か土日にもまとめてやっちゃって
出筆は仕上げは朝
岩井さんも同じタイプですよね
朝と夜いろいろ試されて
朝に4時から出したタイム
僕はさよなら野口賢は4時からやってたんですけど
深夜山に消えたら眠いの5時からにして
僕も最近は5時くらいから書くことが多いですね
朝一番ののを使うっていうのが一番いいってことに気づきましたね
そうですね多分朝方夜方の向き不向きもあるんですけど
小説葛藤的に夜方の人が多いんで
そうですかよくできますよね夜にすごいな
僕はもう絶対眠くなっちゃうんですよね
朝方の方とあんまり合わないんで嬉しいです
夜になるともうヘトヘトで疲れちゃって
お酒も割と好きなんでっていうのもあって
お酒飲んじゃうんですよね僕もね
今はそこまでの前ですけど
ちょっと前までは毎晩飲んでたんで
もう書くところじゃないっていうか
だから朝書くしかないんですけど
今朝執筆されて夜とか土日に取材されてる感じだと思うんですけど
あれですか基本的にはもうずっと兼業で今後も続けていかれる感じなんです
それはストレートなんですよ岩屋さんのノートの
僕が辞めた時の話ですね会社を
印象的でしたけど兼業で4年やられてその後でしたっけ
そうです私は兼業で4年やってそれもフルタイムだったんですけど
2人目のお子さんが前年に生まれてとそんな感じですよね
2人目の娘が生まれてまだ0歳3歳とかの娘たちがいた時に
妻にもう多分限界だったの私の顔色とかが
辞めたらいいんじゃないって辞めてもいいよって言われて
それがきっかけで退職したんですよ
そのエピソードがすごく印象的で僕はだからすごいなと思うんですけど
うちの妻はもう僕の人生はもうしっちゃこめっちゃがで
僕も妻と子供が2人いるんですけどさんざん苦労かけてきたんで
岩屋さんみたいな人は兼業になりたいなという気持ちはもちろんありますけど
やっぱり何故働きながらやってるかと言うとそれはもう一重に経済的な理由ですよ
僕一人物だったら僕もたって半生寝て一生でいい人間なんで
兼業でやろうと思ったと思うんですけど
現実的なリアルに
ただちょっと前にゲストで来ていただいた小説家の方に
アザブ競馬場さんという方がいらっしゃって
アザブさんもフルタイムで働きながら小説家をされてるんですけど
アザブさんはもう全く辞める気はないっておっしゃってて
それは会社にいることのメリットっていうのがすごくあるからだと
いろんな人間と会っていろんな人間の書葬を見てっていうことができるんだ
会社員じゃなくて見えないんだと
外から見てもわからないことっていっぱいあるから
それは見れるのがすごく会社員としてのメリットだから
私は辞める気はないですっておっしゃってて
だから現実的に正直経済的なことももちろんあると思うんですけど
特にノンフィクション作家の方にとっては
やっぱりそこも結構大きいというかね
要はそのいろんな人間観察的なことができるっていうこと
もうなんか少なくないのかなっていう気もしましたね
それはそうですね
あとやっぱり何でしょう
僕自身がすごく不安定な中できてきたので
やっぱり今の会社に勤めてやっとこう安定して
生活を送れるっていう中で
やっぱりこの安定の中にこの静かな中でできるというか
いやでもそうだと思います
なんかどなたか作家さんがおっしゃってたんですけど
大先輩の作家さんが
家族と仲良くする家庭円満であるっていうことが
一番大事だっておっしゃってて
そこでいろいろごたごたがあると
安定できない自分の精神が安定しないから
毎日安定して出力するには
家庭円満であることが大事っておっしゃってて
そうだと思います
だから何て言うんでしょう
健康であること
安定していることとかっていう中に
この表現という一種の狂気の世界を持ってくると成立するというか
日常も嵐みたいになってたら大変ですもんね
我々言葉じゃないですか使うのって
基本的には僕も円満の人なので
分かるように書かなきゃいけないというか
それってやっぱ一種この
現代社会というか
リアルなところに設置しておかないと
ふわふわしてわけわからない世界にばっか行っちゃうと
書けないというか
うまく橋渡しをなんかしなきゃいけないなと思っているので
両方の世界を行ったり来たりやっぱりできなきゃいけないんだろうなって思うと
家庭とか仕事っていうのが安定していることはすごい大事だし
やっぱ本格って長いじゃないですか
半年とか平気でかかるじゃないですか
瞬間的なあれだったら
もしかしたら生活が多少乱れててもなんとかなるかもしれないですけど
180日間ずっと書いてくださいみたいな中で
安定してないと書けないよなっていうのも
そうですねそれはありますね
だからデビューの前ぐらいからやっと
3年前ぐらいから安定してきたので
その前はやってもやっぱりダメでしたね
やっぱり学校できないとか
最後まで走り切らないといけないじゃないですか
それってすごくものすごい地味ですもんね
まあそうです僕も大学生
大学院行ってから就職したんですけど
小説書き始めたのが就職してからなんですよね
時間だけで言えば学生時代の方があったと思うんですけど
やっぱその就職して
必ず朝会社に行って夕方に退勤してみたいなことを
やる中で書き出して初めて書き終えられたんですよ
だからなんか生活の力ってすごく大きいのかなってその時も思いましたね
強制的なリズムを
ちゃんとした社会人ってあるっていう
担保があるだけで心強いというか
安心して狂える感じというか
わかりました
こんなこと書いてるけど
明日も普通に会社いるから
大きな顔して歩けるぞっていう感じというか
そういういろいろメリットもあるよなっていうのは
僕も思いますね
辞めて4年ちょっと経ちますけど
なんかでもすごい嬉しいことあって
その前の勤め先から依頼が来たんですよ
それは嬉しいですね
それはすごい嬉しくて
それはいいですね
そうなんですよとかやっぱその
そういうつながりができることとかもすごい嬉しいですし
なんかやっぱ会社員ちょっとだけまたやってもいいかって
一瞬やっぱ思っちゃいましたねその時なんか
恋しくなっちゃいました
ちょっと会社員生活が
でも小林さんは今後も基本的にはね
経済的な面もありつつ
働きながら書かれていくということだと思うんですけど
実話と編集の間にあるノンフィクション
ノンフィクションであるっていうだけで
凄みがあると思うんですよ
なんか少し前からアメリカとかの映画でも
実話ベースみたいなのがすごい流行ってると思うんですけど
やっぱ実話ですっていうことだけで
すごく興味を引く何かがあって
一方で僕ってやっぱ小説を書いてるんですけど
小説ですって出した時点で
すごいリアルな話であっても
でもこれって嘘なんだよなみたいな
なんか無意識かでどっかで
一個流報がかけられてるような感じもするんですよなんか
なんかそのノンフィクションであることの凄みみたいなのって
絶対あると思うんですけど
なんか小林さんも読み手書き手として
ノンフィクションやられてって
なんかそういうところってなんか思われますか
実話じゃないとこれは出せない味みたいなところとか
でも近松文在もんの虚実皮肉みたいな話だと思うんですけど
そのノンフィクションもちろん
その名の通りフィクションではない
虚構ではないということですけど
でも果たして本当の意味でのノンフィクションというものは
存在するのかみたいなことを考える
それは僕は基本的に存在しえないと思うんですよね
例えばある方に話を聞いて
鍵カッコの文章でその台詞を使ったとしても
全部を使うわけじゃないので
ある一部分を糸を持ってある場所に置くわけなんで
それ自体が著者の意思が働いているので
例えばその鍵カッコの台詞の後に
実は全然違うことを言ってたりするのが人間なのに
でもそこはあえて載せない
だからやっぱり何を
取捨選択をしてるわけなんで
何を書かないかっていうことをしてるわけですよね
何を書かないかってせることをした時点で
それは本当の意味ではノンフィクションじゃないというか
実に基づいた虚というか
だからもし本当のノンフィクションがあるとしたら
例えば僕と今日の今の岩屋さんの話を
何でしょうね
もし終わった後に隠しカメラとかがあって
収録されてないとかっていうときの二人で喋ってたら
それはある種のノンフィクションかもしれないけど
みたいな
やっぱり意識
取られてる、書いてるっていう意識がある時点で
基本的には意図があるので
っていう風に前提として思ってるんですよね
そうですね
映像のドキュメンタリーとかも同じですよね
どこをどう切ってみたいな
皆さんその話はされてて
私も今年風車と巨人っていう
それこそドキュメンタリーを撮る人が
あの主人公の書説書いたんですけど
やっぱりそれでいろいろなテレビ局の人とかに取材すると
やっぱり皆さんそういう感じなんですよね
要は自分たちは
怒ってることをそのまま出すなんてことあり得ない
だからそこは絶対編集する人とか
ディレクションする人の意思が入ってるからっていう
結局そうなんだよな
編集っていうね
表現はもちろんされてるんだと思うんですけど
でもやっぱり
その本質的に
とはいえピースが現実である
ということが分かると思うんですよね
だからやっぱりそれで言いますと
AI時代における取材の価値
今このAIが発達してきて
今後より加速度的に
発達していくわけじゃないですか
そういう中に
人間が本当に
人間にこれ起きた話なんだっていうのは
より強みを増していくだろうなっていうのは
あるというか
やっぱりAIは取材はできないので
そうなんですよね
これからフィジカルAIが発達して
AIも好奇心持たせてみたいな話までいくと
分かんないですけど
でも仮にAIが好奇心を持って
やったとしても
その取材を
例えば僕もしたいといった時と
フィジカルAIがしたいといった時に
まあ人間の方を選んでくれる気がするんですよね
そうなんですよ
これってやっぱり許可の話なんで
あなたの人生を実名で書かせてもらってもいいですよね
っていうのを
私に預けてくれるっていう作業を
要するに40人ぐらいやって
それを色々練習して置き場所を考えて
物語を編んでいくわけですけど
ノンフィクションの醍醐味はやっぱり実名なんで
もちろん事件物だと仮名にしなきゃいけない
とかっていうのもあると思うんで
そこは一概にそうじゃないですか
でもやっぱり実名っていうのが
その人そのものですから
やっぱりそこの怖さと
迫力っていうのが
一番なのかなっていう
そうですよねこの人こんなこと言ってましたよ
っていうことを書くわけですもんね
本人じゃないけど
本人じゃないと結構大変なことになる
フルネームで書きますから
原則そうですよね
今までの本って多分全部出されてると思うんですけど
よっぽど事がない限りはね
だからそこは
僕もすごく思ってて
色んな文筆活動ありますけど
僕一番最後に
AIにできないことがあるとしたら
ノンフィクションだと思うんですよ
全く同じ理由で取材ができないからなんですよね
書くのは
それこそ小説って虚構なんで
頭の中で考えて書くっていう作業は
正直AIもできると思うんですよ
でもノンフィクションは絶対に
リアルの取材っていう過程があるじゃないですか
誰をどういう風に取材するかとか
さっきおっしゃってた
人生を預けるみたいなのは
AIに預けるかっていう
話で
多分AIじゃなくてこっちに預けてくれると思う
そうそうそう
それを思うと
それは残るっていうか無理なんじゃないかな
厳密な意味で
AIがノンフィクションを書くっていうのはそもそも
誰かが取材した書いた断片を
使うことはできても
新しいことを書くっていうのは取材できないから
無理だよな
って思いました
深井は山に消えたでも
AIは山に行けない
っていうことが書かれてましたけど
本当にその通りだなって思いました
そうなんですよね
やっぱりアラスカに行った時に
どのくらいアラスカの部分を書くかっていう時だったけど
やっぱりこれをたっぷり書いてもいいなと思って
本当はあの倍あったんですけど
ああそうなんですね
そんなにあったんですよ
熱が入ってる時っていうのは
やっぱり余計なことを書いちゃったりする
あとで切ったりしましたけど
でもやっぱ
深井は山に消えたほんとに
後半のやっぱアラスカに行く
下りがもう
本当に確信というか
そこがやっぱりもう
ギアがまた変わった感じがあって
すごい良かったですね
やっぱり
僕は深井は山に消えた
今年読んだ中では本当に
一番ぐらい
いいノンフィクションだったなって
本当に思いましたね
やっぱ山とかって結構皆さん
よく書かれるテーマではあるじゃないですか
山自体は
でもやっぱそれとも一線を隠してるし
必ずしも
山が主役じゃないからね
深井は山に消えたんですけど
ラストシーンも別に山頂とかじゃなくて
麓なわけだし
だからなんか山だけど
なんか新しいみたいなのもあって
すごい良かったですね
ありがとうございます
フィクションとノンフィクションの接点
ちょっと話変わるんですけど
私あの
好きな書き手の方とか
影響を受けてる書き手の方
聞かれた時に
よく答えるのが沢木幸太郎さんなんですよ
ノンフィクションの人なんですけどもちろん
小説も一部書かれてはいますけど
でもまあ
沢木さんですって毎回言うのは
沢木さんに文体とかの影響を結構受けてる
自覚があって
僕
あんまり小説を書いてるんですけど
なんか
嘘を書いてるって感覚あんまないんですよ正直
ああすごいですね
そう
虚構の世界自分が作り上げた
現実ではない世界のノンフィクションを
書いてるって感じなんですよ
ああなるほど
理解しました
感覚の問題なんですけど
感覚的にはなんか
ノンフィクションを書いてる感じに近いんですよね
この人たちの人生の一部を
書き取ろうみたいな
意識で結構書いてる面があって
それは多分僕も沢木さんの影響なのかな
とかも
すごいですね
要するに人物が
本当にいる感じなんですね
で書けたらやっぱ一番ベストだと思うんですよ
そうですよね
だからそこを目指してるのもあるし
なんか書き方としても僕はそれがしっくりくる
要は最初から全部嘘っこを書いてやろうってやると
僕の場合なんか続かないんですよね
モチベーションが続かないっていうか
いやでもそれこれ全部嘘なんだよな
とかなんか急にふっとわれに書いちゃう瞬間が
なんかなりするんですけど
嘘の人、虚構の人だけど
虚構の世界だけど
ノンフィクションなんだっていう風に思うと
なんか僕の場合はやっぱ
モチベーションが最後まで続く気がするんですよね
はい
そこはすごくなんか
実はノンフィクションとフィクションってすごい遠いもの
対極なものっていうイメージだと思うんですけど
なんかそれ考えると結構
近い面もあるのかなというか
でも小林さんも多分
小説とノンフィクションで
理解できるできない
とは思いつつ
でもなんか多分
小説を書いてるときに培ってきたものが
今にも生きてる部分もあるのかなって気もするんですけど
そのおそらく
あると信じたいっていうのは
あると信じたいっていうのは
あれなんですね
でも表現とかはやっぱり
小説的な部分を感じたりもするんですよね
ところどころで
だからやっぱそこは
今まで小説を書かれてた人の文章でもやっぱりあるのかな
って思いましたし
そうなんですよやっぱり
新聞記者さん出身の人だとやっぱり
そうなんですよ
色っていうんですかね
やっぱ違うんですよね
字の文の感じが全然違うんですよね
湿度感っていうかな
結構しっとり系だと思うんですよ
小林さんの文章って
ノンフィクションの中だと
だからやっぱり小説書かれてきた方の感じも
あるのかなとか
でもあれですよね
先ほどのお話で
アメリカの映画で
これは実話ですって
その一言の持つ重みっていうのが
ノンフィクション的な
ものであるとするならば
でも逆に今でも
夏目漱石の心を読んだ時に
感動って今でも僕の中にあるんですかね
あれ虚構じゃないですか
でもやっぱり
普通話の奥で自殺した時の
ああいうシーンとかっていうのは
とても虚構とは思えない
事実よりも人間の本質を
捉える力があるという感じ
それに僕感動して小説がすごい好きなんですけど
何か書いてる
具体的な事象は虚構ですけど
そこに書いてる人間の心の動き方って
完全に我々の人間の心の動き方と
同じだと思うんですよね多分
そういう意味ではノンフィクションと言えないこともない
だから
これぞ人間だといった感動するわけですよね
でもそれは虚構であるっていう風に
それはもちろんそうなんですけど
ただ
何て言うんでしょう本当の話より
本当というか
フィクションの力なんだろうなと思っていて
書かれてることは
嘘だけど書かれてる感情は
本当のことなので
僕も武者の孔子サネオツの
友情をここじゃん読んで
自分と
全く同じことを考えてる人が
いたんだ世の中にって思ったんですよ
何十年前の小説読んで
やっぱその時の感動って
やっぱすごいあったし
やっぱそういう意味では
ノンフィクションとフィクションってすごい切り分けられるようで
切り分けられない部分が
あるのかなって思いました
影響を受けた作家
小林さんはなんか影響を受けてる書き手とか
いらっしゃるんですか
小林 それは僕は村上隆さんに
影響を受けた
好きでしたね
実家まで行っちゃったぐらいですから
あと強烈に
影響を受けたっていうのはやっぱ
車谷長吉さんの
作品はほとんど全部
読んでますけど
全部好きですけど中でも
楽章撮った
赤嶺四十八滝新住民生活
本当は芥川の方だろうと思いながら
当時すごい言われましたけどね
小林 クロスオーバーする
珍しい
例の一つでしょうけど
赤嶺四十八滝新住民生活
感動しましたね
そうですよねあれは僕も
結構10年ぐらい前に読んだのかな
でも確かに
面白いんですよね
なんていうか
純文学的な面白さだけじゃなくて
直樹翔っぽい面白さも
確かにあった気がするんですよね
やっぱそれが
すごいなと思ったし
なんかどうしようもないな
みたいなだけじゃないというか
そこの影響を
感じるっていうわけでは
ないんですけどでもやっぱり
少し文芸というか
芸の部分をすごく意識されているのかな
というのはやっぱり
読むと思いましたね
ということでこの辺で
前編は終了させていただきますが
小林さんには次回も
お伝えいただきます
今日はありがとうございました
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37:12

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