はい、ありがとうございます。
これってさ、ほぼほぼ同じ質問みたいな。
前にもね。
あったような気がした。
あったよね。
確かに。
あったような気になるんだよね。
みんなね。
でも本質的な、めっちゃ分かる質問やね。
本当にね。みんなは思う時あるでしょうね。
大前提としてさ、自分が好きな服と人から言われて似合う服って、そもそも全く別ままというか。
そういう話を過去にもしたような気がする。覚えてない?
いや、なんかざっくりとね。
覚えてる?
そういう話したなっていうのは、ざっくりと覚えてる。
ざっくりと。絶対覚えてない。
簡単に言うと、好きな服ってのは内向き。
自分が、例えばこうなりたいとか。こういうのを着て、こういう大人になりたいとか。
憧れだったりとか。自分の方向性みたいな。言ったら自分の性格も含めてね。
内側から来るものが自分の好きなもの。洋服で言うとね。
そういうことか。
人から言われて似合う服っていうのは、言ったらありのままの自分を客観的に人は見るじゃん。
だから自然体というか、外側の自分に対して相手が評価してる服。
言ったら役割が全然違うし、そこにズレが生じても当たり前だなっていう話を
結構前にした気がする。
そうだね。本当に似合う服っていうのは、人から見て似合う服ってことですもんね。
外見の印象ですね。
そう。だからこう、まこっちゃんがありのままというか、素の状態。
自分がどんな喋り方してるのかとか、歩き方してるのかとか、どういう姿勢で普段いるのかってわからんじゃん。
でも人から見たらわかるじゃん。
だからそういうのも含めて人は見てるから。
もう完全にありのままのまこっちゃんに対して、これ似合うよねみたいなものが存在してて。
好きな服っていうのは、本当に自分が静止画で鏡の前に立って、これかっこいいねっていう洋服だったり、
これ着てこうなりたいみたいな、重複になるけど、というもんやからね。
本当に好きなものですもんね。自分が好きなものですもんね。
これ同じ質問が今回来たから、改めて調べたけど。
あ、調べたんですか。
例のごとくね。
人って、まこっちゃんが例えば誰かを見るとするじゃん。初めての人。
で、この人かっこいいとか、この人今日のスタイル似合ってるとかって判断するので、
0.1秒から0.5秒の間で反射的に脳って処理してる。
めちゃくちゃ早いじゃん。
そう、それなんかほんまにアメリカの大学の研究チームがエビデンス出してたりとかするんだけど。
へぇー。
そうそうそうそう。
で、だからなんか、それは自分の好き嫌いみたいなものも同様だよっていう話があって。
自分の好き嫌い。
そう、店に来て色々服見るじゃん。これ好きとか嫌いとかっていうのは、もうほんとに1秒以内で勝手に脳が処理してて。
物に対しても同じなんですか。
でも、その自分の直感を信じれないというか、本来はそれってすっごい精度が高いんだって。
あー、そういうものなんですね。
でも、やっぱり店員さんから別のものを勧められたり、それこそこっち似合いますよとかって言われたら、やっぱそっちの方が正解なんじゃないかなっていう脳の方が強いから。
揺らぎますよね。
そう、マインドの方が強いから、結果自分の好きなものから遠ざかる人が多い。
まあ確かに第一印象とかね、ファーストインプレッションを大事にしろみたいな格言みたいなのありますよね。
結局色々悩んでも最初気に入ったものになったりするじゃん。
結局ね、戻って。
だからそういう話ね。
はー、そういうことか。
で、結果その質問があったみたいに、自分が好きなものと人から言われて似合うものが離れてる。
じゃあどうするのかっていう話なんだけど。
ね、そこどうしようもないんじゃないですか。
いや、マジでどうしたらいいと思う?
正直。
例えばさ、奥さんがさ、なんて呼ばれてるの?
まこっちゃん。
まこっちゃんって呼ばれてるの?
もう言いたいのに。
恥ずかしいな。
恥ずかしいか。
恥ずかしいか。
急に言われるとは思わなかったから。
あのさ、まこっちゃんが奥さんにこれ似合うねって言われたものであったとするじゃん。
で、それと自分が好きなものが違うとなった場合。
あるよね。
それとどっち優先してるの?
けど僕は好きなものを着てしまうかもしれない。
あー、けど奥さんとどっか出かけるとなったら、あえてそっちを奥さんがいいなって言った方を着て一緒に出かけるかな。
じゃあ二人でどっか出かけるときは奥さんが言ってくれた、言ったら外側だよね。
外側のその似合うっていうものを選ぶと。
選ぶかな?やっぱり。
正解。
あ、正解。当たった。
正解っていうか、ずれがあるけど、じゃあどうするのかっていう対策が三つぐらいちょっと考えたり。
一個目は言ったらまこっちゃんの言う通り、自分一人で例えばどっか出かけるとか、好きなものと共通の価値観を持った友達とか。
そういう人と行くときとか、好きなものをそれぞれ理解し合ってるとか言ったら、そういうところに行くときは好きなものを着ていく。
パートナーとか恋人とか、こういう自分の好きなものにあんまり理解がそこまでないというか。
ちょっと違う。
違うグループで活動するときはその人たちに合わすみたいな使い分けが一番ベストじゃないかなっていうのが一個。
そうですね。確かにそれぞれで好きなものを着る。
もう一個は、まこっちゃん緑似合うよねとか。
今日も着てますけど。
知ってる知ってる。大好きじゃん緑。緑好きだよねとか、赤好きだよねとか、青好きだよねとかね。
色が似合うよねっていうね。人から言われて似合う色っていうのがあるじゃん。
色パターン。
色パターンに対して、じゃあ例えば自分の好きな形を当て込んでいく。
例えばまこちゃんがモッズコートが好きで、奥さんがブルーが好きだ。
ブルーが似合うって言ってくれたとするじゃん。
そしたら好きなモッズコートのブルーを単純にね、着るとか。
すると奥さんが似合うなって言ってくれたものも取り入れながら自分の好きなものも入るじゃん。
こう切磐するじゃないですか。
割り勘じゃない?
ええとこ取りするってことだよね。
そういうこと。
それが逆にアイテムから来てて、まこちゃんパーカー似合うよねって奥さんが言ったとき、自分の好きなパーカーを着る。
なるほどなるほど。パーカーの中でも色々ありますからね。
そうそうそう。そういう自分の好きなものと相手が似合うよねって言ってくれた間を取っていくっていう。
なるほどなるほど。これは確かにいい案ですね。
そうそうそう。が言ったら2つ目。
2番目ね。
これはかなりパワープレイ型なんやけど、観光総裁とかそういうある程度ルールが決まったとき以外はそのときは別として。
マナー的なものは別としてね。
自分はこうだよっていうのをしっかり相手とか周りに周知させた上で貫いていくスタイル。
パワープレイやね確かに。
その3つぐらいがある。
確かに考えられる方法はそんな感じですね。
こういう話をすると自分の芯がないとか。
で僕実際若い時すごいそういうことを思ってた。彼女に合わすなんてとか。
あーなるほどなるほど。
友達に合わすなんてとか。
なんかこうそれこそ家族に合わすなんてっていうことで自分は好きは好きって貫く方がかっこいいと思ってた。
いやーちょっとわかりますよ。
確かにそういう側面もあるじゃん。
自分の内側こうなりたいという願望を忠実に再現したリンクした洋服を着続けるって確かにかっこいいじゃん。
でもやっぱりこううち外って全然役割が違うよってさっき言ったけど。
やっぱり洋服って他社からの外側からの視線と内側から出る願望みたいなものでやっぱりバランスとっていくべきだと思うよね。
なるほどね。やっぱりそうなんですね。
ほんまに鏡の前で動いたりせんもんね。
そうそうそう。
自分で。
人からまこっちゃんこれ似合うよねって言うときって動いてるまこっちゃんとか喋ってるまこっちゃんも含めて似合うって言ってるのよ。
書作含めて。
そう。
体の骨格とか重心の置き方姿勢だよね。
あ、姿勢ね。
もう含めて言ってくれてるから一番ベストなのは姿見立つじゃん。
立ってずっと正面じゃなくて動画かなんか撮りながら一周ぐるって回ったらいいんだよな。
動きながら服を着るとより人から見られる視線とリンクしていくんじゃないかなって。
近い感覚になるんですよね。
思った。
だからいろいろ考えると正面だけじゃなくていろいろね後ろも見ながらそれ動きながら動画に撮ってみてみたいのが一番わかりやすいんかなって。
ほんまやね。いつも姿見は見るけどちょっとかっこよくポーズしてる。
一番こう来たらかっこいい。
僕もここの店のインスタグラムで首こうやって。
写真撮るときね。
姿見見てるのに姿見が前立ってるのに全然見えない。
見えてもないし。
逆にこうやってやったところも撮ったらいいかもしれない。
そういうことね。それも含めて全部撮ったら。
ショウさんの一つとしてね。
好きなものと似合うものを違うんだよっていう。
それを理解した上でやっぱりめんどくさいじゃん。
こっちの人の時はこうで。こっちの人の時はこうで。
全部できればいいかもしれないけど。
楽しめたらいいんだけど。
めんどくさいって思う人はやっぱり大多数の人はめんどくさいって思うと思うから。
お母ちゃんは全然貫くタイプと思ってましたけど。
やっぱり結構人から言われたら変えます?
こっちの方が似合っとうよって言われたら。
多少はやっぱりつまみ調整ぐらいはするよね。
でも僕は比較的変わらないなと思ったりするけど。
でも僕の場合はさ、仕事でやってるゆえに誰かに合わすっていうことより
自分たちのスタイルをこうでって打ち出す方じゃん。
発信する側ですもんね。
真似て欲しいっていう方やから。
確かに。
なんかちょっと難しいなってきてる。
例えばプライベートで家族とだったりとか。
お母さんから。
あんた女嫌いとか。
もう44でさ。
そこまで母親が不快になるような夜が来てないと思うけど。
ただある程度母親とか出かける時なんか目的があるから。
ご飯食べに行ったりとか。
ハッピーなことじゃない時の方が多いね。
そういうこと?
誰かが親戚の誰かが入院したとか。
家族が集まるとか。
年も年でそういうことの方が多いから。
比較的やっぱり大人しめにはなるけどね。
なるほど。自然となる。
そんな気がするね。
彼女がおったら彼女さんにこれやめてとかって言われる?
やめてって言われる?
言われる?
逆に似合ってないよみたいな。とかあります?お母ちゃんで。
あるよ。
あるんですか?
あるあるある。
へぇー。
あるよそりゃ。
どうするんですか?言われたら。
それは多分まこっちゃんと同じなのかな。
若い時と今で全然感覚が違うから。
あれやけど、ちゃんと受け入れる体制にはなってきたよね。
そうかそうか。
ちょっとイライラしたりとか。
なんでやねんって返してたと思うんやけど。
昔はね。
でも今はそういうアドバイスくれたりする人の意見っていうのは
やっぱりあまんじて受ける。
そうなんですね。
変えたりするんですか?人と会うときはみたいな。
変えるんかなぁ。
あえて嫌だっていう欲があったとして、それ言われたとするじゃん。
例えばね。わざわざ着ていいから。
まあそうか。
それはもう失礼にあたるというか。
ちょっと嫌がらせ。
ちょっと挑発的じゃん。
それで着るメンタルは持ち合わせてないわ。
似合ってるよって言われたやつは着て行ったりもするってことですか?
あーそうやな。
おかちゃんはあんまり。
いやでも多分ね。
お客さんとか多いじゃん。
やっぱりかっこよかったですとかこれ似合ってましたとか結構多いんやけど
言われたときにそういうときってトータルのコーディネートが多分その人の好みなのよ。
お客さんの好みで合わせ方がバチって合っててみたいなところが多いんや。
でもそれを言葉にしたときにジャケット似合ってますっていう言い方になってるだけで
結果はやっぱり全体像が良い。
一部分が特段似合ってるというよりはまとまりがあって。
そんなケースが多い気がする。
だからアイテムとしてこれ似合うあれ似合うっていうのはあるにしても
やっぱりその人の持ってる雰囲気とか骨格とかをトータルで上手く消化したスタイリングをした上での話かな。
一個だけ言えるのはまとめるとね。
結局ずれて当たり前やからこそやっぱり悔しいからくっつけていきたい。
ってなると自分が人にどう見られてるかとかどういう気持ちでさって言ってくれたのか
どこがそうなのかっていうのをちょっと詳しく深掘りながらなんかこうメモでも取りながら
クソ真面目
勉強やね。
本当に自分の好きなものかつ似合うものを追求したいのであればね。
あればそういう努力も必要なんじゃないの。
確かに逆にそれを見つけてしまえばねもうそれが最強じゃないですか。
それが聞き取ったらね自分にとって最強の一着が見つかる。
だからそれが多分一番やしそれがめっちゃめんどくさいから僕らみたいな仕事があるわけ。