1. 志賀十五の壺【10分言語学】
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2020-03-24 05:35

#36 夏目漱石『夢十夜第十夜』朗読 from Radiotalk

#落ち着きある #朗読 #小説
夢十夜ラスト〜!
00:01
翔太郎が女にさらわれてから、七日目の晩にふらりと帰ってきて、急に熱が出て、どっと、床についている、と言ってケンさんが知らせに来た。
翔太郎は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。ただ一つの増落がある。
パナマの帽子をかぶって、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて、往来の女の顔を眺めている。
そうしてしきりに感心している。その他にはこれというほどの特色もない。
あまり女が通らないときは往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子には色々ある。
水蜜桃やリンゴやビワやバナナをきれいにカゴに持って、すぐ土産物に持っていけるように二列に並べてある。
翔太郎はこのカゴを見てはきれいだと言っている。商売をするなら水菓子屋に限ると言っている。
そのくせ、自分はパナマの帽子をかぶってぶらぶら遊んでいる。
この色がいいと言って夏みかんなどを貧評することもある。けれどもかつて銭を出して水菓子を買ったことがない。
ただではむろん食わない。色ばかり褒めている。
ある夕方、一人の女が不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。
その着物の色がひどく翔太郎の気に入った。
その上、翔太郎は大変女の顔に感心してしまった。
そこで大事なパナマの帽子を取って丁寧に挨拶をしたら、女はカゴ詰めの一番大きいのをさして、
これをくださいと言うんで翔太郎はすぐそのカゴを取って渡した。
すると女はそれをちょっと下げてみて、大変重いことと言った。
翔太郎は元来暇人の上にすこぶる気さくな男だから、ではお宅まで持って参りましょうと言って、女と一緒に水菓子屋を出た。
それぎり帰ってこなかった。
いかな翔太郎でもあんまり呑気すぎる。ただ事じゃなかろうと言って、親類や友達が騒ぎ出していると、七日目の晩になってふらりと帰ってきた。
そこで大勢寄ってたかって、翔さんどこへ行ってたんだいと聞くと、翔太郎は電車へ乗って山へ行ったんだと答えた。
なんでもよほど長い電車に違いない。翔太郎の言うところによると、電車を降りるとすぐに原へ出たそうである。
非常に広い原で、どこを見まわしても青い草ばかり生えていた。
女と一緒に草の上を歩いて行くと、急に霧西のてっぺんへ出た。
その時女が翔太郎に、ここから飛び込んでごらんなさいと言った。
そこを覗いてみると、霧西は見えるがそこは見えない。翔太郎はまたパナマの帽子を脱いで再三辞退した。
03:04
すると女が、もし思い切って飛び込まなければ、豚に舐められますが用御残すかと聞いた。
翔太郎は豚とクモエモンが大嫌いだった。けれども命には変えられないと思って、やっぱり飛び込むのを見合わせていた。
ところへ豚が一匹、鼻を鳴らしてきた。
翔太郎は仕方なしに、持っていた細い貧老樹のステッキで、豚の鼻面をぶった。
豚はグーと言いながら、コロリとひっくり返って、霧西の下へ落ちて行った。
翔太郎はほっと一息ついていると、また一匹の豚が大きな鼻を翔太郎にすりつけに来た。
翔太郎はやむを得ずまたステッキを振り上げた。
豚はグーと鳴いてまた真っ逆さまに穴の底へ転げ込んだ。
するとまた一匹現れた。
この時翔太郎はふと気がついて向こうを見ると、はるかの青草原の尽きるあたりから、
幾万匹か数えきれぬ豚が群れをなして一直線にこの霧西の上に立っている翔太郎をめがけて鼻を鳴らしてくる。
翔太郎は心から恐縮した。
けれども仕方がないから近寄ってくる豚の鼻面を一つ一つ丁寧に貧老樹のステッキでぶっていた。
不思議なことにステッキが鼻へ触りさえすれば豚はころりと谷の底へ落ちていく。
覗いてみると底の見えない霧西を逆さになった豚が行列して落ちていく。
自分がこのくらい多くの豚を谷へ落としたかと思うと翔太郎は哀れながら怖くなった。
けれども豚は次々来る。
黒雲に足が生えて青草を踏み分けるような勢いで無人像に鼻を鳴らしてくる。
翔太郎は必死の優を奮って豚の鼻面を七日無晩叩いた。
けれどもとうとう精魂が尽きて手がこんにゃくのように弱って姉妹に豚に舐められてしまった。
そうして霧西の上へ倒れた。
ケンさんは翔太郎の話をここまでして、だからあんまり女を見るのは良くないよと言った。
自分も最もだと思った。
けれどもケンさんは翔太郎のパナマの帽子がもらいたいと言っていた。
翔太郎は助かるまい。パナマはケンさんのものだろう。
05:35

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