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飛鳥・藤原 世界遺産記念!万葉びとの楽しい宴会:秋の宴会は新米で
2026-10-07 09:55

飛鳥・藤原 世界遺産記念!万葉びとの楽しい宴会:秋の宴会は新米で

國學院大學文学部教授 上野誠(うえの・まこと)さん

いま旬の話題にクローズアップ!当事者や専門家にインタビューし、ニュースの深層に迫ります。
※RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で放送したものです。

田畑竜介 Groooooow Up

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日々お伝えしているニュースや話題の中から一つのテーマに絞って専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー
Weekly Close Up。今年7月、古代中央集権国家が成立した家庭を示す遺跡群
飛鳥・藤原の宮都の世界遺産登録が決まりました。そこで今週は飛鳥・藤原世界遺産記念
万葉びとの楽しい宴会というテーマでお送りします。今日は秋の宴会は新米で、です。
国学院大学文学部教授の上野誠さんです。
上野先生、おはようございます。おはようございます。
え、宴会は新米で?
あのね、古代社会、古代社会だけじゃなくて、前近代までなんやけど、基本的には日本社会って農業に重きを置いてたわけよね。
そうですね。
そうすると、しかも米作り。実は東南アジアの米作りって、年に2、3回お米ができるんだけれども、日本っていうのは寒冷地の農業なんですよ。
稲にとっては。だから稲作にするにはちょっと寒すぎる。そもそも年に1回しか取れないわけ。
これが弥生時代からずっと年に1回の稲作を行っていて、どんどんどんどんそれが技術が向上して北の方まで行くんだけれども、それが最初に渡ってきたのはおそらく板付け遺跡とかね。
そういうところのもみがらとか松浦とかそういうところがだいたい古いんやけども、そういうのが広がってくると年に1回でしょ。
年に1回その時にみんながたくさん食べられるし、そこでみんなそれを分配するし、お金になるしっていうので、年に1回のワンチャンスなんですよ。
その稲作社会っていうのはね。その時にそれをどれぐらい備蓄するかとか、どれぐらいみんなに分けるかっていうのは非常に重要で、
そのために天皇の即位儀礼っていうのは即位儀っていうのがあるんだけれども、やっぱり日本は農業の国やから即位をして初めて迎える秋は大城祭っていうのを行って、
その大城祭を行うというのはもともと神国感謝祭、神城祭で行っているのをちょっと大きくしてデラックスにして、それが大城祭というもので、そういう社会なのね。
そうするとね、それは貴族とか天皇とかそういう人たちのことなんだけども、庶民は庶民で、やっぱり神前って自分自身子供の頃を思い出してみるとさ、
今日は神前やしね、栗ご飯にしたよとか言われたらさ、嬉しかったじゃない。テンション上がりますよね。テンション上がるでしょ。やっぱりそういうもんじゃないといかんし、そうやって日本人って季節を大切にするとか教育していくんだと思うんだけどね。
03:18
そういった中でね、マリオ州の牧野の16にね、こういう歌があるんですよ。
カルースはタブセのもとに、ワガセコはニフブニエミテタチマセルミユ。ニフブニエミテタチマセルミユ。
あのね、稲刈りが終わったと。
そうするとね、稲刈りをするところにはちょっと農具を入れたり休んだりするために小さな小屋ができるのね。
そうすると、農作業でちょっと休んだりする小屋のところにカルースっていうウスが運び込まれたと。
これウスって何をするかっていうと、脱穀するためのウスなのね。
そうすると、稲刈り終わったねって。
そしてウスが運び込まれたねって。
で、そこにもみがらも一緒に全部入れて、それでもみをついて、それでちょっともみがらと実を分けて、
そうしたらご飯を炊いて、新穀米が食べられますよと。
新しいお米が食べられますよということになるよね。
そうすると、カルースがたぶせに運ばれて、これから新穀が食べられると。
そこに、わがセコは、自分の旦那さん、自分の配偶者、夫は、にこにこにっこりと笑って立っているのが見えると。
だからこれはね、だいたい農作業が忙しいときっていうのは、もうずっとたぶせに泊まり込んで、
で、夫婦は別れ別れで生活するわけよね。
もう今と全然違うんですね。
違うわけ。
これで一生懸命稲刈りして、そしてようやくお米が食べられると、新米が食べられると。
そうすると、カルースが運ばれたことも嬉しいし、そこににっこりと自分の夫が立っているのも嬉しい。
立ちませるみうってこういうわけよね。
で、僕はここのところね、自分その万葉集の注釈してるんやけれども、
どういうふうに最後のところね、訳すかって言ったらね、
ニコニコにっこりと夫が立っているのが見える。
06:00
で、その後ね、お楽しみはこれからだって付け加えたいのよ。
これからは宴会やってね、これさ、いろんなこと考えないといけないよ。
文学を学ぶ人間っていろんなこと考えるんやけども、
これで新米食べられる。
で、労働から解放される。
そして久しぶりにその夫が家に帰ってくる。
そして夫が家に帰ってくれば、新米を食べて宴会を行う。
その夜は、この時間帯のラジオでは申し上げたことがはばかられる内容でございませんが、
当然楽しいこともあるわけですよ。
それはそうでしょう。大人のリスナーはわかりますよ。
わかりますよね、わかりますよね。
そういうようなね、歌の喜びっていうのがね、
自分自身は研究を始めて、万葉文化論つってね、
当時の社会と歌ってのはどういう関係にあるかっていうことを考えてきたんやけれども、
こうやって楽しい宴会をどういう風に進めていくかって話をしてきたよね。
しかしね、これね、
宴会っていうのは当然終わりも来るわな。
で、終わりが来るだけやなくて、
これ何かって言ったらさ、
たまたまその時に何か用事があって、
その宴会を早引けしなきゃいけない時もあるわな。
なるほど、まだまだ宴会は続くのに、
自分はちょっと用事もあって。
その時に、何か昨日聞いたことを一言言うて帰らなきゃいかんのやけど、
どういうことを言ったらいいかっていう話をせんやいかんのやけれども、
まさか?
あらー、時間がね。
飽きてしまいました。
では、明日その続きを伺いたいと思います。
今日はここまで。ありがとうございました。
国学院大学文学部教授の上野誠さんでした。
おなじみの名調子でございます。
09:55

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