00:00
数々の人気ポッドキャストやアリーナイベントを成功させてきた、元日本放送のプロデューサー、石井ヒカルさん初のビジネスショー、「自分でやらない方がうまくいく」がPHP研究所から出版されました。
これを記念して10月21日水曜日午後6時30分からJR博多シティ8階丸善博多店で石井ヒカルさんをゲストにお迎えして、ポッドキャストラボ福岡の公開収録を開催します。
さらに石井さんの本を買った方にはその後のサイン会にも参加できます。イベントの参加申し込みお問い合わせは丸善博多店0924135401、0924135401までどうぞ。
10月21日水曜日午後6時30分から皆さんの参加をお待ちしています。
ポッドキャストラボ福岡
日々お伝えしているニュースや話題の中から1つのテーマに絞って専門家や当事者に話を聞く週変わりの特集コーナー
ウィークリークローズアップ
今月1日から酒税法が改正されてビール発泡酒第3のビールで分かれていたビール類の飲料の酒税が一本化されました。
これによりビール各社は商品ラインナップを見直すなど新たなスタートを切ることになっています。
そこで今週はオクトーバーフェスト開催ビールにまつわるエトセトラというテーマでお送りします。
今日は日本のビールの歴史について
日本ビール検定通称ビア研の企画編集主管を務める山根和弘さんです
山根さんおはようございます
おはようございます
今日はまず日本のビールの歴史いつ頃から始まったんでしょうか
ビールが日本に入ってきたというのは江戸時代ですね
実はこの始まりもですね九州から始まるんですね
そうだったんですね
江戸時代鎖国をしてますので
日本が西洋と交流窓口だったのは長崎の出島ですね
オランダ人が持ち込んだビールが日本人とビールの出会いであったと
なるほど
ただそれはまだオランダで作られていたビールが入ってきたってことですよね
そうですね
なのでオランダ文道っていう1724年の書物
オランダ人との交流を記録した書物があるんですけど
これは長崎の通訳を務めていた日本人がまとめたものなんですけど
その時にビールを飲んだ感想として
なんて言ったんですか
その他悪しきものにて何の味わいもなく騒楼
名はヒールと申し騒楼って書いてあって
とんでもなくまずくて何の味わいもない
ビールじゃなくてヒールって書いてあるんですけど
ビールって言うようになったのはオランダ語から来てるんですけど
日本でビアじゃなくてビーって言ってるんだ
なるほど
03:00
オランダから始まってるということですね
当時の日本人はやっぱりあまりビールの味っていうのを受け入れられなかったと
それまでに飲まれていた日本酒などと比較すると
全くジャンルの違うものが入ってきたわけですから
カルチャーショックみたいのもありますよね
そうですね
表現できない味だったと思うんですね
コップだとかイニガニだとかっていうものがですね
そんなスタートだった日本でのビールが
じゃあ日本でも作ろうと盛んになったのはいつ頃からですか
そうですね幕末から
これも外国人向けなんですけど
外国人拠点が横浜だとかに出てますので
そこでビール醸造が始まる
幕末から明治初期ですね
明治初期ですね
作られるのは
幕末から輸入があって
明治初期からビールが作られるようになるということです
日本初のビール醸造所と言われているのが
ジャパンブルアリー
その後にコープランドが横浜町立で創業した
スプリングバレーブルアリー
1870年ですね
そのスプリングバレーブルアリーは非常に評判が良くて
日本人にも親しまれたということです
その地名が天沼っていう場所だったんですけど
天沼宮崎と言われて
日本人にも親しまれたということですね
じゃあ当時の海外の技術者が日本に来て
製法を教えていったってことですかね
その後に今につながる日本の大手ビールメーカー
キリン・アサヒ・サッポロ そしてエビスですね
その辺のブーツは明治時代にあるということですね
その中で今も残っているメーカーで
一番古いのはどこになるんですか
サッポロビールが
北海道開拓市なんですけど
1876年に開拓市の事業の一つとして
開拓市ビール醸造所というのを開業するんですね
1876年なので
今年が150周年になるんですけど
サッポロビール開業
これは明治政府が北海道の産業振興のために
設立した官営の醸造所と
それが民営化されて
今のサッポロビールになっていくわけなんですね
あとはキリンビールが
さっき言ったスプリングバレー・ブルワリーの跡地に
ジャパンブルワリー・カンパニーができるんですが
それがキリンビールの前身になります
1885年にキリンビールが設立されると
これ横浜で設立されたと
あと東京では
1890年にエビスビール
ビール醸造っていうところなんですけど
あとは大阪で1892年に朝日ビールが誕生すると
へー
なるほどね
06:01
主要大手はこの頃に始まっていますと
ただ他にも今は残ってなくても
メーカーとしてはたくさんあったんですかブルワリーが
たくさんありまして
ちょうど1890年に上野で
内国官業博覧会っていうのがありまして
そこにビールが出品されてるんですけど
80点以上出品されたと
へー
その時に最良好と言われたのが
エビスビールとキリンだったんですけど
それぐらい80以上
今のクラフトビールみたいな感じかもしれませんけど
全国各地でビール作りが盛んだと
いうことですね
それがだんだん淘汰されたり
あるいは合併吸収されたりっていう中で
今の大体4大メーカーになっていくってことですか
そうですね
一気に減るタイミングがありまして
1901年にビール税法が制定されまして
全国に100以上あった醸造商が
一気にその年に23まで減少した
ずいぶん5分の1ぐらいに減ったんですね
さらにもう1回1908年に主税法改正があって
製造免許の上限が上がりまして
最低数量が上がったので
さらに小規模醸造車が淘汰されたということですね
非常に大手の中でも競争が厳しくなってくるという中で
合併が起こります
1906年に札幌・朝日・恵比寿の3社が合併して
大日本ビールっていうのが
一方でキリンは独自に発展していくんですけど
それが戦争を経て戦後に
大日本ビールが分割されまして
それが現在の札幌ビールと朝日ビールと
すごい発展があって
そしてその後淘汰されて今に至るということですけど
それこそ最初の初末には
あまりおいしくはなかったとされたビールが
なんでこんなに日本に根付いたんでしょう
そうですね
根付いたタイミングっていうのが
広く普及したっていうのが高度経済成長期ですね
戦後ですか
はい
それまでは結構高級品だったんですねビールってね
家庭ではやっぱり日本酒を飲んでたんですね
旧酒は焼酎なんか飲んでた方が多いと思いますけど
経済成長によって所得が増えたんですけど
一番大きかったのは
家庭用冷蔵庫が普及したっていうことなんですね
ああそうか
当時だから三種の神器とか呼ばれまして
白黒テレビと洗濯機と冷蔵庫ですよね
冷蔵庫を普及して一気にビール消費量が上がっていくと
だから冷蔵庫の普及曲線と
09:02
ビールの消費量っていうのが重なっていくんですね
家庭で飲むお酒の主役が日本酒からビール
だんだんなっていくと
いつでも冷蔵庫があるので冷えたビール飲めると
なるほど
さあ山根さん
明日はですね
九州には本当たくさんビール工場があるんですけども
その九州とビールにまつわるお話を
いろいろ伺っていきたいと思います
今日はここまでどうもありがとうございました
ありがとうございました
日本の家庭でビールが一気に広まっていったってのは
戦後の話なんですね
兵がいっぱいありました
今回はですね
日本ビール検定通称ビア研の企画編集士官を務める
山根和弘さんに伺いました
この日本ビール検定ですけども
今年の申し込み締め切りが
10月28日水曜日となっております
興味のある方
ビールの知識をどれぐらいのものなのか
試してみたいという方
日本ビール検定のホームページご覧ください
そしてビールが飲みたくなったという方は
25日日曜日まで福岡市博多区の冷泉公園で
福岡オクトーバーフェスト2026が開催されております
こちらでぜひ飲んで食べて
本場のねドイツビール
そしてドイツの音楽も楽しめるので
踊って楽しんでみてください
数々の人気ポッドキャストや
アリーナイベントを成功させてきた
元日本放送のプロデューサー
石井ヒカルさん初のビジネスショー
自分でやらない方が上手くいくが
PHP研究所から出版されました
これを記念して
10月21日水曜日午後6時30分から
JR博多シティ8階丸善博多店で
石井ヒカルさんをゲストにお迎えして
ポッドキャストラボ福岡の公開収録を開催します
さらに石井さんの本を買った方には
その後のサイン会にも参加できます
イベントの参加申し込みお問い合わせは
丸善博多店092-413-5401
までどうぞ
10月21日水曜日午後6時30分から
皆さんの参加をお待ちしています
ポッドキャストラボ福岡