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清野翔太の個性のカラクリラジオ。このラジオでは、その人がなぜその人なのか、個性のカラクリについて研究している清野翔太さんにお話を聞いているラジオ番組です。
翔太さん、今日もよろしくお願いします。お願いします。翔太さん、今日はですね、今を生きる自由について教えていただきたいと思います。
はい、ありがとうございます。すごい哲学書みたいなタイトルなんですけど、最近これも自分が実感として感じた話なんですけど、最近よく自分の感情について見るみたいなことをやってまして、自分が結構感情としてよく現れるのが、
不安とか寂しさとか悲しみっていうのが、結構自分は強い人なんですよね。その中で結構その、例えば不安っていうのは、
例えばこれからこんなことが起こったらどうしよう、あんなことが起こったらどうしようとか、
起こるかどうかもわからないのに、
がんじがらめになっているみたいな話で、そこにエネルギーを奪われて、不安な人っていうのはなかなか今を楽しめなかったりするわけですよね。
寂しさみたいなのも、寂しさっていうのはわかってもらえないみたいな、私はどうせわかってもらえないんだみたいなところから、
来たりしますけど、それも本当にわかってもらえないかなってわからないけど、諦めてるわけですよね。過去の何らかの体験によって。
うんうん。
自分もすごいやっぱ不安がすごい強いタイプなんですけど、それは過去起こったあれがもう一回また同じように起こるんじゃないかみたいな。
とか結構、何だろう、割といろんなことに対して予測的に考えてたりするところがあるんで、
こうなったらこうなってこうなってこうなるな、積んだわーとかよく思ってるわけですよ。
怒ってもないのに勝手に積んでるんですよ。勝手に悲しんだり不安になったり恐れたり、そのことじゃあどうしようかなとか、怒ってもないことに対策考えて、どんどんその対策だけで日々が終わっていくみたいな。
なんか、それでエネルギーめっちゃ浪費してるみたいな。
いや、笑ってるけどやってるよねって思いながら。
そうそうそう。で、なんかその過去とか未来、特に未来とかで考えている中で、本当にあらゆる可能性あるじゃないですか、その、なんていうのかな、どこまでも悪い可能性って妄想できちゃうわけです。
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で、もう無限のその妄想たちに対して、対処不能ですよね。だってあらゆる可能性があるんだもん。
言う時に思ったんですよね。
今この瞬間目の前に見えるってすげーって思ったんですよ。
あの見えるっていうか目の前で問題が起こってたらそれ対処できるじゃないですか。
あーへーそうだね。
変われる人だったら話せる。
なんか関われるじゃないですか。自分が影響することができるわけじゃないですか。
はい。
だから、未来とか果てしなくまずそう触れないわけで対処不能なんですよね。
だから今この瞬間見えるっていうかすげー安心だなみたいな。
へー。
そうだし、過去もものすごくいろんなことに不安抱えてきたかもしれないんですけど。
自分もね。自分がなんですけど。
でもこうなっちゃうよね。これ積んだわって思ったけど積まなかったことめっちゃあるじゃんっていう。
自分が今体感的にこうなってしまうなって予測したことが外れることってめちゃめちゃあるわけで。
予測した展開じゃない展開になっていることの方が結局のところすごい多いわけですよね。
つまり、未来こうなるなみたいな話は何も当てにならない。
そしたら一番どこの方向を向いて今は生きたって言うわけじゃないですか。
それはいろんな可能性があるって言いましたけど不安の方向にそっちを見て対処するという生き方をしてもいいし。
こういうことを実現してほしいなっていうことがかなってもかなくてもどっちでもいいんだけど。
そっち向いて今は生きたっていうわけで。どんな方向性にでもつながっているわけじゃないですか。
今はどこを向いて生きたって自由なわけで。
その時点で思ったんですけど。ちょっと話がずれて。因果と縁起っていう話なんですけど。
因果関係ってありますよね。
原因となる種をまいたから結果が起こるみたいな。
その因果っていうものを使って人は人生をコントロールしようとするわけじゃないですか。
こうしたらこうなるからこうしようみたいな。
じゃあ世界ってその因果だけできてるかっていうとそうではなくて。
因果を意識しているAの人Bの人が出会った時に
Aの人が想像してなかった展開Bの人も想像してなかった展開が出会うことによって発生したりするわけじゃないですか。
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これを縁起って言うんですよね。縁があって起こるって書いて縁起なんですけど。
そうですね。
この世界っていうのは因果も働いてるんだけど全然今知るよしもない縁が結局のところ人生を作ってて予測不能なんですよね。
だからやっぱり何が起こるかわからないわけなんですよ。よくも悪くも。
だから今だったら今どこ向かって生きてもいいじゃんっていう。
見続けている方向に対してアクションを繰り返すとそっちに近づいていくっていうのがある。
どうせだったらどこ見ていきたいんですかみたいな。
っていう意味で今は改めてこの今っていうのは自由だよなっていう風に思ったんですよね。
素敵。
ほんとだね。目の前に現れていることがわかりやすいっていうか。
どんな言葉で言ったっけさっき翔太さん。目の前に起こってる。
触れるって安心。見えるって安心みたいな。
これ怒ってるからね。それはやらない。やる。
触れるっていうのは簡単ですよね。
簡単じゃないかもしれないけど。
これ前に喋った扉は開けてから考えればいいって同じ話だと思うんですけど。
前のラジオで喋ったやつ。
開ける前に扉の先に何があるかなんて考えてもわからないわけで。
見えたら対処できるけど。開けてから考えようみたいな話なんですけど。
でも本当にね。こうなったらこうなったらみたいな。
でも無限に考えられるから無限にハマれるわけで。
確かに。
いくらでも人間の想像性をめちゃめちゃ使って。
どんな可能性も描けるわけですよ。
確かに。でも目の前に対処するは本当に肉体を使うっていうか。
本当に今自分ができることっていうアクションだなって思う。
不安とか後悔とかに飲まれて一生椅子に座ったままにいることだってできるけど違うもんね。
そうですね。
だから感情にハマって動けない。
この話はそもそも自分の不安とか寂しさとかそういったところから始まってる話なんですけど。
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結局その自分という頭の中の世界に閉じ込められているっていうところが不健康っていうかよろしくないことで。
結局生きるっていうのは世界とのコミュニケーションなわけじゃないですか。
世界っていうのは中には他者かもしれないし仕事かもしれないし恋愛かもしれないし。
でもその自分がこの先描いている夢とか希望とか世界に対して求めていることですよね。
だから世界と影響を与え合うことによって何か手に入れたいものとか感じたいことがあるわけじゃないですか。
これはコミュニケーションを取るからそうなるのであって。
自分の頭の中で妄想している限り絶対に訪れないわけですよね。
コミュニケーションはそして今にしかないわけじゃないですか。
今この瞬間に世界に対して何を放つのかでしか人生は変わらないわけで。
だから今を生きるなんだなぁと思って。
感動した。
うわー感動する。
自分の頭の中の妄想から出られないっていうことが実際の生活で自分の部屋から出られないになっている人も身近にいたりとかするので。
そうだね。生きるとは世界とのコミュニケーション。
すごいね。影響を与え合う。
そこにそっちを少しでも見れるといいね。
そうですね。その中でしか満足できないと思うんですよね。
結局のところ。
すごい。すごいいい話だ。いい話が続いております。
実家が凍りまくっている。自分の話だから。
面白い。
本みたいなタイトルで今を生きる自由についてって。本みたいだねって言ってたけど。
でもこれやっぱり目の前の扉の何本前かのお話。
特に私は今日の目の前見えるって安心。触れるって安心っていうのが私はすごい入りやすかったから。
同じテーマだとしてもどう話すかで受け取り手の入り方とか変わってくるなって思いました。
ありがとうございます。
リスナーの皆さんも最後までお聞きいただいてありがとうございます。
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今日もいい話でしたね。
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ではまた次のお話でお会いしましょう。ご視聴ありがとうございました。
ありがとうございました。