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ゴリけんの諸説あります。
歴史好きの私、ゴリけんが、学校の教科書には載っていない歴史について語ります。
さて、今日のお題は何でしょうか。
本日のお題は、西郷を倒した者とは。
それは人ってことですかね。
そうですね。
一体西郷を倒したのは誰なのかっていうお話ですか。
ということでございますし。
まあ、明治維新ですね。
はい。
母親戦争っていうのがありまして。
それを皮切りに。
この明治維新っていうのは、いわゆる昔の徳川幕府が終わって、新政府を立ち上げて。
そこで、めでたしめでたしって思ってる方が多い感じがするんですよ。
それは勝てば官軍って言いますか。
官軍の皆様はゴールだと思ってたんだけども、実は明治政府を開いてからがめちゃくちゃ難題だったっていうね。
そうですね。
もう問題、鬼のような山積み。
まあ、それだってガラッとシステムを変えていこうとするわけですから。
その流れを説明していきますね。
はい、お願いします。
いわゆる藩だったんですね、まだね。
そうですね、当時はね。
当時は藩でございます。
薩摩藩とか長州藩とかね。
いろんな財政の面でも、昔は勝った官軍。
はい。
官軍の方には政府から80万億色々与えてたお金も、今のお金でまず800億円。
毎年官軍には薩摩長州、いろんなところに、佐賀とかには入るようになっている。
そういう経済面ですね。
明治政府が打状観察っていうですね、お札を新しくするんですけども、ただやっぱ藩があるから。
藩札っていうのがあるわけですよ。
藩の中で流通していた。
福岡県だけ使えますよ、みたいな。
福岡のだけ使える有効だけども、みたいなことでやってるから、お金がいろいろ混乱するわけですね。
経済面でまず全然ダメで、税収がほとんど入らない状態だったんですよ、明治政府っていうのは。
そういう中、まとめなきゃいけないし、やらなきゃいけないんだけども、軍事力も、軍がないわけですね。
いわゆるバラバラですから。
その中で、いわゆる薩摩藩なんていうのは、独自で火薬を作れる。
24万トン、その当時作ってた。
すごいですね。
1個の県だけですよね。
日本が一つにならなきゃいけない時に。
徴収氾濫っていうのは、気兵隊とかもいたりして、気兵隊がまた氾濫を起こしたりして、150人また処刑したりして、
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その藩の中でも、軍事力をどうするかっていう中でも氾濫が起きてて、
軍事、お金、すべての面で危機的な、しかしも列強の諸国は狙っている状態。
木戸孝史が、藩は一掃しなきゃいかんと出すわけですよ。
そこで、このいろいろ出る案として、まず山形有朋が、7月4日にこういうのがいいんじゃないですかって言った時に、
それいいやん、いいやんって10日後に決まった憲法っていうか決まりが、あの有名な廃藩地権と。
10日で決まったんですよ。
スピードがあったわけですね。
スピードがあって、少人数でもうすぐ決めて。
これはもう廃藩地権っていうのは藩を壊すってことですね。
いわゆる代名は全員クビだと言った。
で、新たに県というものを置いて。
ただこれ、抵抗あんまり起きなかったんですよね。
武士もちゃんと分かってたと。
そういう代名たちも。
反抗あんまり起きなかった。
もうこれは時代だろうという。
あと、藩が借金だらけっていうのもあったんですね。
どうにかしないといけない。
で、そうなった時に仕事がまずなくなってしまったっていうのが、武士ですね。
そうですね。
その武士をとにかく何とかしようと思ってたのが、西郷殿ですわ。
また、西郷さん自身も思ったところはあると思いますけど、西郷さんに頼ってきたお侍さんもいっぱいいたってことですね。
いっぱいいたし、まず西郷殿はいろんなものを作ります。警察。
警察制度を作って、3000人武士を集めて警察制度を作る。
そして、国の防衛として北海道のほうに兵を送って開拓しながら国を守るという、屯田兵ですね。
そうですね。
ロシアが来るのを守るっていう。これも元武士ですよ。
そういう、いわゆる武士たちが徴兵ですね。
そこの武士たちで徴兵をまとめようといったのが西郷殿。
そうじゃなく、一般から公募しようとしたのが大久保。
そこで同じ薩摩藩でも考え方が分かれてしまう。
みたいなことで起きる戦争っていうのが、いわゆる西南戦争なんですが。
西南戦争で戦ったのは残った種族ですよね。
武士の生き残りが西郷殿を率いて戦うわけなんですけど、
その戦った相手っていうのは、くしくも西郷殿を自ら作った徴兵たちが敵になって、
自分が自ら作った軍隊にやられてしまったっていうのが。
なんとも悲劇というかね。
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国を復興兵で強くしようと思ったんですけどね。
それを作ってなければ、たぶん軍隊自体はまとまってなかったと思うので。
そうですね。
その時の新政府も西郷殿を倒そうというふうにはなってなかったかもしれないですね。
戦力が整ってないから。
この当時は江藤新平さんっていうのも薩摩藩にいて、
司法制度ね、いわゆる初めてモンタージュ写真を作った人ですよ。
これモンタージュ、似顔絵描いて終えばいいじゃないかっていうので、
自分が氾濫して初めての似顔絵で捕まったのは江藤新平っていうね。
ブーメランみたいになってね。
自分で作ったものの時代の皮肉さっていうのがよく分かるエピソード。
そうですね。
悲しいございます私は。
確かにね。
西南戦争が日本で最後の内戦とも言われてますけど、
壮絶な戦いだったわけですもんね。
タバル坂でね。
最終的にはね。
毎度戦って城山の方に行ってね。
雨降ってる中みたいなね。
最後に西郷どんが身を寄せた穴とかも城山のあたりに残ってるじゃないですか。
そういう史跡がいっぱい残ってますから。
首切られてね。
その時の遺体確認は金玉であった。
結局そこに帰結するんだね。
たまたまそうなってしまいました。
ゴリさんはこれまでも西郷さんの数々残してきた史跡みたいなところに散々巡ってきたんですか。
巡ってきました。
まだ行けてないところとかはない?
そうですね。浜見大島で軟禁されてたところも行って。
すごい。浜見も行きましたか。
福岡のね、親福岡にもありますもんね。
西郷さんのね、立ち寄った場所っていう石碑が残ってますね。
入水自殺したところにはまだ行ってないですよ。
ああ、樹水ね。
いろいろ残してるね、西郷さん。
今日はその西郷を倒した者とはというテーマでお送りしました諸説ありますでした。
念のため聞いておきますけど、今日の話は本当ですか。
諸説あります。ゴリケンの諸説あります。
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