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ゴリけんの諸説あります。
教科書に載っていない歴史について語ります。
さあ、今回のお題は何でしょうか。
今回のお題は、
【熊本城の秘密の部屋とは】
おー、地元の熊本城のお話ですか。
熊本城もちろん行かれたことあるし。
はい、ありますよ。
今ね、どんどんどんどん修復して。
そうですね。
もうだいぶ経ってますね。
電車通りからも見えるようになってね。
はいはいはい。
釣りあたりからね。
その天守が隠れてたときはちょっと寂しかったですけども、
その姿が見えたときはやっぱりね、
嬉しかったですよね。
こちら熊本城。
はい。
まあ、秘語の藩主ね、加藤清政ですね。
はい。
が、茶臼山に築いたお城で。
加藤清政自身が築城の作る名手。
そうですよね。
江戸城とかね。
はい。
名古屋城もね、建築に携わったと。
はい。
ただこの熊本城というのはもう、自らのお城ということでね。
もう戸様大名の城としてはもう格別の規模を誇って、
川を改修して外掘りをね、川を改修して外掘りとして、
反りのついたこの高石、石垣を巡らせるとね。
はいはいはい。
南高不落の大要塞と言われてます。
えー。
行ったことありますよね。
行ったことありますよ。
ね。
なんで念を押すのそれを。
一応。
ありますよ。はい。
その本丸御殿の大広間の一番奥にですね、
この一際格式の高い部屋があるんですね。
えー。
これ知らないでしょ。
知らない。
将軍の間って言うんですよ。
え?
将軍。
将軍?
はい。
どんな字があるんですか?
これはですね、昭和の将に君。
おー。
これどういうことかというと、この古代中国漢の官邸に仕えていた美女。
王将軍のことなんですね。
王将軍。
というその女性の名前。
美女がいて。
ほうほうほうほう。
この方から名前を取ってる。
へー。
ってことは、何かその女性が関係するってことですか?
いやこれがね、つながってくるんですけど、
この方はちょっと悲劇のお姫様って言われてて。
へー。
ちょっとなんか漢とね、いろいろ隣の郷土っていう国、モンゴル。
はいはいはい。北側の方にもね。
あそことうまくやるために、お姫様を訪がせなきゃいけなかったんですね。
おー。
誰に行かせるかって決めるのを普通、お姫様って自分を肖像画を描かせてたんで、
なんか殿様が一番ちょっと醜い絵がね、出そうかって。
で実はその当時もワイルを渡して自分のことをものすごく綺麗に描かせてたんですよ。
へー。
でこの王将君だけはワイルとか渡さずに描かせたから、
はい。
ちょっと見にくくなってしまったんですけど、出てきてめちゃくちゃ美人だったらしいですね。
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へー。
こんな美人だったっていうことで泣く泣く言って、私も国のために行きますっていうことで、
国を持って亡くなった人でもある。
へー。
でこの部屋が18畳で、ふすま壁が王将君の姿を描かせている。
へー。
もう髪型から絵師を呼んでですね。
うん。
でもこれでも将軍の間がこうちょっと陰語じゃないけど、将軍から。
将軍。
軍。の間とも聞こえると。
はーはーはー。
いうことでこの間がどういうことかというと、
はい。
まあ清政は、もともとこの豊臣秀吉と同じ村の出身でね、
はい。
幼い頃から秀吉に可愛がられて、
はい。
のし上がってきた、
はい。
男ですよね。
そうですね。
で秀吉が亡くなった後に、
まあ時政を見て、
うん。
徳川側に接近して、
うん。
まあ関ヶ原では、
うん。
東軍に就く。
はい。
でその後この彦一国を任せるようになって、
うん。
熊本城を作るわけです。
はい。
ということはこの人のとっての将軍っていうのは、
ええ。
この形で言うと、家康。
徳川になりますよね。
加藤もいきや。
え?
この清政っていうのは、
うん。
もう秀吉に対する豊臣に対する忠義っていうのはものすごく強かったんですね。
はあ。
うん。
生きていくために徳川家の方についてはいるけども、
はい。
心、根っこは秀吉のことを持ってたんだ。
そう。関ヶ原の戦いっていうのも、
はい。
天下取りっていうんじゃなくて、
ええ。
豊臣を誰が支えるかっていう戦いですから。
ああ。
石田三成なのか、
はいはいはい。
まあその間で、でこの秀吉息子。
はい。
この秀吉を守るために。
うーん。
隠すために作った部屋がこの将軍の的。
はあ。
もう実際徳川家が、
ええ。
この豊臣家を滅ぼそうとした時に、
うん。
熊本城にこの秀吉を迎え入れて、
うん。
いざとなったらこの秀吉を隠して、
うん。
徳川と一戦を交える覚悟でいたらしいですね。
ええ。
そのためにも南郊不落のお城、
してるし。
今日から守りの城にしたのかな。
はい。
でこの将軍の間は、
ええ。
もうあのうぐいすばりになっててね、廊下も。
誰か入ったらもうすぐ。
音がギリギリになると。
はい。
あとあの隠し通路があって、
うん。
抜け道まで作っていたと。
ええ。
抜け道抜けると清政の観神壇のところに行く、
侍屋敷までつながってる。
はあ。
そういう隠し通路もあったって言われてるんですよ。
ええ。
もう傭人に傭人を重ねた部屋なんですよ。
へえ。
でそれぐらい愛していたんですけども、
その秀吉のことを。
はい。
その証拠にこの後ですね、この秀吉の身に何もなくこの豊臣家が存続することを祈ってた。
うん。
1611年にこの家康と秀吉を会見させる。
ああ。
歴史的な。
はい。
二乗上会見。
はい。
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あるんですよ。
はい。
それはもう仲良くしようねってことで清政が間に立って。
ええ。
もしなんかあったときは差し殺してやろうってことで担当を忍ばして。
おお。
秀吉のそばにいたっていうぐらい。
へえ。
そこでこう何もなく和睦ができたので安心して熊本に帰ってこの清政は病死しちゃうんですけど。
ああそうなんだ。
その後なんですね。
夏の陣とか冬の陣のときは。
いない。
冬の陣がさっきか。
いなかったんだ。
いないんですよ。
そっか。
後に滅ばされてしまうんですけども。
ああ。
清政がいたらもしかしたら。
ねえ。
どうなってたか歴史が。
熊本城に逃していた可能性もあると。
結局その将軍の間は使われなかったということですか。
使われてなかったと言われて。
ああなんか歴史だなあ。
諸説ありますよ。
もしかしたら。
今の優しい諸説ありますよ。
逃げてたかもしれませんよね。
そうね。
はい。
夏の陣で死んでない自害してない可能性もありますよ。
なるほどね。
何本でも言いますよ諸説なんで。
おお急にどうした急にエンジンかかってきたね。
そういうちょっと将軍の間とかもねそういう思いでちょっと今。
まあでもそうやって堅固な城にしたからこそ西南の益が起きた時もさすがの西郷さんたちもその城は落とせなかったわけじゃないですか。
そうなんですよ。
この徳川と家康のをつなげる役目で将軍さんもモンゴル郷土とつなげる役だったから。
重なりますね。
そういうふうにしたんじゃないかって今大事なこと言うの忘れてました。
すみません。
でもそういうね。
そういうつながりがあるんじゃないかと。
国と国をつなぐ役割を果たしたわけですね。
だから将軍の間という。
ありがとうございます。
今日の話はいい話じゃないですか。
今日のって言うと前のがちょっとなるんで今日もとお願いします。
ごめんなさいちょっと棘が立ってた。
ありがとうございます。
でも本当なんですか。
諸説あります。
ということで今回は熊本城の秘密の部屋とはというテーマでお送りしました。
ゴリケンの諸説あります。
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