#129  あなたは何点のママ?
2026-03-20 10:45

#129 あなたは何点のママ?

足さない 急がない 装わない
新しいワーママ人生
「私は、もう在る。」
〜しょうこのワーママラジオ〜

このラジオでは・・・

考えすぎる頭が、静かになる
焦る気持ちが、落ち着く

そんなラジオです!

「私は、もう在る」

足さない。急がない。装わない
それでも、人生は美しく育つ

ワーママの、新しい生き方がここに

「私は、もう在る。」
〜しょうこのワーママラジオ〜

#ワーママ
#子育て
#子育てママ
#やりたいこと
#自分の人生を生きる
#ライフスタイル
#こころを整える
#シンプルライフ
#自分らしく生きる
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00:05
ようこそ、足さない、急がない、装わない。 私はもうある、しょうこのわんままラジオへ。
このラジオでは、考えすぎる頭が静かになる、 焦る気持ちが落ち着く、そんなラジオです。
足さない、急がない、装わない。 それでも人生は美しく育つ、というテーマに発信しています。
みなさん、こんにちは。 今日は、いい母親という幻想を手放そう、
手放すことに気づいた日、というテーマに話してみたいと思います。
私もいい母親像というのを手放したいんだけど、 手放しきれてないですよね。
だから今日は、こうすればいいという話ではなくて、
私がこうやって気づいたよ、ということをお話しできればなと思います。
なんでそう思ったかというと、
息子が保育園の給食で何でもモリモリ食べると、 先生に褒められた日があったんです。
それを聞いたとき、まず先に違和感は感じたんですよ。
何でもモリモリと、毎日おかわりするみたいで、
家でも毎日おかわりしないんだけどなぁ、ちょっと違和感を感じつつ。
家に帰った後、その話を息子にしたら、笑顔で、
給食大好きって、スパッと答えてくれて、きれいに。
その瞬間、私の中でちょっと胸が痛かったというか。
子どもは普通に喜んでいるだけで、
なのに私だけが、私のご飯はまずいのかなぁなんてうなだれてしまって。
なんでうなだれちゃったんだろうなんて。
息子は給食が美味しいから好きって言っただけなのに、
自分の中で、ママの料理はまずいからなぁなんて、自動変換してしまったんですよね。
こんな私ダメだなぁなんて思ってしまって。
振り返ってみると、私は毎日自分自身として、ママとしてあり方じゃないですけど、
採点しているような気がしました。
今日は手作りのご飯を出せたから合格とか、
今日はいつも通りのルーティンをこなせたから合格、
今日は公園に連れて行かせられなかったから不合格、
スマホをいじってる時間が長くて息子に構ってなかった日だったかなぁ、不合格とかね。
でも、そういったことはやってしまうかもしれないんですけれども、
ここで私が気になったのは、合格不合格をしている採点基準。
その採点基準を自分の中で、ここは疑いを持たなかったんですよね。
なんでこの基準ができたんだろうと。
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自然にできたわけでもないのになぁなんて。
いい母親だったら毎日手作りご飯を出すべきっていう、そういった基準。
いつ私の中に作られたんだろうかなぁなんて思ってました。
ちょっとそれを思い返して考えてみますと、
自分の母親はいつも手作りのご飯を毎朝、毎日朝昼晩出してくれてたなぁって思ったんですよね。
そこでなんかちょっと自分の中でもいい母親像の基準ができてしまったのか。
はたまたSNSでたまたま見た、丁寧な暮らしをしているお母さんの投稿を見て、
料理の写真などを見て、こんな風に作ってるんだ、こんな風に毎日出してるんだ、すごいなぁとか、
これって正しい姿なのかなぁとか、思ってることあったよなぁなんて。
そしたら気づいたことがありました。
私のいい母親像って、誰のものかわからない寄せ集めて作ったコラージュのようなものだったなって思ったんですよね。
幻想というか。
自分の母親のことであったりだとか、たまたま見ていた雑誌の特集で、わあままの一日だとか、
あとインスタで見た誰かとか、それを知らず知らずのうちに自分の基準だと思い込んでしまって、自分の中で。
それで自分を毎日採点していたなって、なんかちょっと怖くなりました。
この日々情報が多い中、その情報に埋もれている自分というのに気づきましたね。
いつの間にかこう、やられてますよね。
目に見た情報で、さらっと見た情報なのに、そこから自分の中でいい母親像っていうその判断基準を作ってしまって、
それで一日の自分のやっていること、やってしまったこと、それを判定してしまっていた、採点してしまっていた。
そういったいい母親の型っていうのを自然と自分の中にそういった情報から入って作ってしまって、
その中で疲れている自分、今日疲れている自分をダメだったなぁだとか、感情的になって声を少し荒げてしまった自分を母親失格だなぁなんて判定をしてしまう。
でもそうやって子供よりも自分を優先したい気持ちってあると思うんですよね。
今日は疲れたから休みたいってシンプルに。
でもそれをなかったことにする。なぜならその自分の中のいい母親像は疲れていても子供を優先するからだとか。
でもその自分を優先したかったっていうその切り落とされた部分の気持ちっていうのは、結局イライラになったりだとか、自己嫌悪になったりだとか、なかったことにはできないんですよね。
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結局そのイライラの元になってしまうので、それって結局誰に被害がいくかというと、自分自身もそうだし、ちょっとしたことで息子であったりだとか家族であったりだとか、友人であったりだとか、そのイライラがぶつかってしまったりはぶつけてしまうことの結果にもつながりやすいんですよね。
私が思うのはその自分の中で作ってしまったいい母親の方に合わない自分をそうやって最低判定せず責め続けるものではなくて、そうやって判定し続けると結局不合格の自分、不合格のママなんて、毎日生きていく自分はなんだか辛いなって思ったんですよ。
なので私が気づいたのは、いい母親っていう言葉ではなくて、私らしい母親っていう言葉を使ってみようかなと思いました。
これは私らしいんであれば何でもいい、何でも許すとかではなくて、怒るときは怒るし、疲れたら休む。
大好きなカフェオレも毎朝ゆっくり飲む時間を5分でも作るとか、失敗したら謝るだとか、そういう私らしく人間らしいというか、そういうお母さんという言葉を私らしい母親として使ってみようかなと思いました。
皆さんはいかがでしょう?これだけは大切にしたいと思う子育ての軸ってありますか?
私は今まですぐ出てこなかったんですけれども、でもそれを大切にしたい子育ての軸って探すこと、そうすると、私は今回いい母親っていうものじゃなくて、私らしい母親を使ってみたい、言葉を使ってみたいなとか、
そうやって探していくことが、外の基準を手放して自分を見つめられるきっかけになるんではないかなって思いました。
なので、今日ちゃんとできていないなぁなんて感じてしまったことがあるのであれば、そのちゃんとって誰が決めたものですかって聞いてみてください、自分自身に。答えがまだわからないってもいいと思うんですよね。
ただ、私がお伝えしたいのは、ちゃんとって出どころのわからない基準だと思うんですよ。その出どころのわからない基準に縛られていることに、自分自身で気づくだけで、なんだかちょっと心がほっとするような余白ができる瞬間があると思うので、ぜひと思ってお伝えしたかったです。
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良い母親、皆さんその基準は結局は誰かが作った方であるし、私らしい母親であれば、その私らしい母親の基準は、皆さん自身の私の中でしかないと思うんです。
型で合わせるよりも、私であることを選んでいただきたいなと思いました。
でも最初にお伝えした通り、私はまだ良い母親の定義を手放しきれておりません。なぜなら、今朝、保育園行きしぶり息子があったんですね。
それに対してスムーズに対応できなかった私は、不合格って思ってしまったんですよ。
でも、スムーズってなんだろうとか、何ができていたらスムーズだったのか。子供に不快な、息子に不快な思いをさせずに保育園に行かせられたら合格だったのか。
時間通りに登園させたら合格だったのかとか。
いろいろ自分を採点しているなって気づいたんですよ。またやってしまったなって気づけて。
でも、それが今の私にできることかなって思っています。まだまだ手放せていません。
いかがだったでしょうか。今日も最後までお聞きいただきありがとうございました。
皆さんもぜひ子育ての軸、大事にしたい、あなたの軸というものがありましたら、コメント等で教えていただけたら嬉しいです。
それではまた。
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