野焼きの文化と重要性
草とか石とかのラジオ。このポッドキャストは、自然界で好きなもの、気になるものについて深掘っていく番組です。よろしくお願いします。
さて、今回のテーマは、野焼きと山火事でございます。
皆さん、野焼きって聞いて、どんなイメージをお持ちでしょうか?
有名なものだと、九州の阿蘇山の野焼きが有名かと思うんですけれども、
要は定期的に人の手によって草原とかに火を入れて焼き払うことが、野焼きって言うんですよね。
今回なんでこのテーマを選んだかと申しますと、去年冬に奈良県の若草山という奈良公園の近くの小高い丘があるんですけれども、
そこに野焼きを見に行きまして、それにすごい興味を持ったからですね。
この若草山の野焼きは毎年冬にあるんですけれども、結構大きなイベントで、
奈良公園に人がめちゃくちゃ集まってて、花火がどんどん上がっていったり、一大イベントなんですけれども、その野焼きは夜にやるんですよね。
この夜、暗い中に山が炎に覆われていって、草原がどんどん焼き払われていく様子ってすごいんですけれども、
いかに人員的に火を入れていると言っても、やっぱり炎は結構上がっているのが見えるので、
これ本当に気をつけないと大火災になるんじゃないか、みたいなハラハラがありながらも順調に草原が焼かれていく様子が見えて爽快だったんですよね。
この野焼きは単に有名だからっていう理由でなんとなく言ったんですけれども、
そもそもこの野焼きっていうものは何でやっているんだろうっていうことはすごい気になったんですよね。
なので今回はこの人員的に草原を焼き払う野焼きというものと、それと似ているようで違う山火事について詳しく調べてみました。
そもそもこの野焼きというのは何なのかというと、奈良県の和歌草山においては、この和歌草山頂上付近にある古墳に入っているお墓なんですけれども、
このお墓に入っている霊を沈めるための供養のような意味で、山焼きが起こったというふうに言われていますね。
昔は山を焼かないと良くないことがあるみたいな迷信があって、その周辺の人が好き勝手に山に火を入れていたみたいなんですけれども、
そういうことがあると近くにある東大寺とかにも火の手が及んでしまうみたいな事件もあったようで、
江戸時代末期には東大寺でやったり、奈良の武行省が立ち入って、公に山に火を入れるようになったと、それで山を焼くイベントというのができるようになったということですね。
なのでちょっとした文化的な背景で和歌草山ではこの野焼きをやっていたみたいですけれども、他に大々的に野焼きをやられている場所としては、九州の熊本の麻生地域とかが有名ですよね。
あの辺りは広い草原が広がっていて、牛とかが放牧されているようなそんな風景が広がっているんですけれども、この草原では昔から人の手によって草原に火が入れられる野焼きが行われていましたよね。
これは何でやるかというと、野焼きをしないと普通は年数が経っていくと木が育っていって森になってしまうんですよね。
一方でこの麻生というのは昔から牛や馬を飼う農家が多くて、その家畜の餌となる牧草を得るために草原というのは必要なものだったんですよね。
なのでそこに住んでいる人は春先に草原に火をつけて枯れた草とか木を燃やす野焼きを伝統に行っていたんですけれども、
この野焼きをするとその後に新しい植物の芽が出て健やかな草原が育つし、それが成長しすぎて森林になるということはあんまりないんですよね。
僕も昔麻生さんのふもとのユースホステルに泊まったときにたまたま野焼きを一緒にやろうということを言われて、
そこに泊まっていた人たちと一緒に草原に火をつけて、火が広がりすぎないように棒でツンツンしながらしたりしたことがありました。
その時は単に炎が舞い上がって面白いなぐらいに思っていたんですけれども、今調べてみるとこういう草原の維持っていうかなり大事な意図があったんだなということを改めて思いましたね。
冒頭に出てきた和菓子山の方はどちらかというと伝統的な行事的な意味で野焼きをやられているかなと思うんですけれども、他の麻生地域とかそのほか放牧をやられているような地域では野焼きというのはその地域で暮らす人々の暮らしを支える大事な作業で、
この草原の生態系を維持していくにはこういった野焼きというのは必要なのかなと思いました。
山火事と植物の適応
ところで少し話は変わるんですけれども、この世界には火が入ること、火事を前提にして生存戦略を練っている植物というのもいるんですよね。
例えばオーストラリアのユーカリがその代表なんですけれども、ユーカリというのは火事に適応した形質を持っていて、というのも燃えることを前提にしたような設計になっているんですよね。
ユーカリの葉というのはテルペンという物質を放出するんですけれども、このテルペンというのは因果性であるので、何かの原因で火がついた場合、そのユーカリの森というのは燃え広がって山火事になりやすくなるんですよね。
このユーカリの樹皮というのは非常に燃えやすくて、火がつくとそれが剥がれ落ちてめちゃくちゃ燃えやすいんですけれども、
このオーストラリアの気候というのは乾燥していることが多いので、山火事が非常に頻繁に起こるんですよね。
一方でこのユーカリの種子というのは、高温とか煙にさらされることで発芽しやすくなることが知られていて、
火事があることによって他の植物は死ぬんだけれども、ユーカリが発芽して繁殖したりできるというのは、今回調べていてすごい面白いところだなということを思いました。
他にも今回調べていて面白かったのは、昔の化石、中世代、白亜紀、恐竜とか住んでいた時代の花が、なぜかたまに非常に立体的に保存されて見つかることがあるんですよね。
花というのはとても繊細な器官なので、化石になるのはかなり難しいんですけれども、
一回燃えて炭化した状態で地面の中に埋まると、極めて立体的な花の化石になるということなんですよね。
なのでこの恐竜がたくさんいた時代というのは、自然に火事が頻発していて、おそらく今日に至る自然を形作っていったんじゃないかということも言われているんですよね。
このように歴史的に見ても、自然に火事は起こっていたし、それを利用する植物もいるという事例を紹介したんですけれども、
野焼きはまあいいとして、火事が、山火事が起こると森の生態系にもダメージがあるし、それこそ人間の暮らし、家が燃えたりとかそういうことにもつながったりして、まあ良くないことだなって思うんですよね。
オーストリアとかは結構自然な発火が多い土地なのかと思うんですが、日本においては自然な発火で山火事が起こるということはほとんどなくてですね、
出火原因としては焚火、火入れ、放火、煙草みたいなものがほぼほぼ占めていて、人員的な要因による火災の割合は全体の70%程度を占めております。
当たり前なんですけれども、生態系のために火入れも一定必要だという発想はあるんだけれども、火の不始末とかは良くないので、火を取り扱うときは気をつけないといけないなって思いますよね。
ただ今回調べて興味深いなと思ったのは、一回火がついたとしても空気中の酸素濃度が低かったり燃料が湿ったりしていれば火事というのは意外と発生しないんですよね。
一方で酸素濃度が空気中にある程度濃くなると火事の発生頻度というのは非常に上がって、とても燃えやすくなるということなんですよね。
こういった空気の酸素濃度とか香水量などによって火災の多発する時期というのは変わっていくようです。
他にも山火事について色々調べていて気になったのは、日本で森の中で山火事が起こった時に何が燃えているのか、どういうものが燃えやすいのかってちょっと気になりますよね。
というのも、生きている木はそれなりに水分を含んでいるし、そんなに燃えないかなと想像できるんですけれども、
実際燃えやすいのは乾燥した樹木とか松とか杉とかヒノキなどの枯葉が燃えやすいみたいなんですよね。
こういったものが特に燃えやすい一方で、逆に燃えにくいのは竹林とか竹ですね。
例えば1994年に竹原市というところで378ヘクタールの大規模な森林火災が発生していたんですけれども、
松があった部分を激しく燃えたんですけれども、竹林はあまり燃えずに、
竹林で囲まれた地域は炎症を免れたみたいなことが事例としてありました。
この要因としては、竹の幹の表面が水分が多いため燃えにくかったということと、可燃物の落ち葉が少なかったからみたいなことがあったんですよね。
なのでどういう植物が生えているかとか、地表を覆う落ち葉とか枯葉がどれだけあるかとか、
そういうことによって火事の発生しやすさというのは変わってくるそうです。
最後にまとめに入っていきますけど、火事とか火入れについて結構いろんな意見があるんだなということを調べていて思ったんですよね。
というのも計画的な火入れというのは生態系の維持とか、
その草原の景観の維持的な意味でもすごい役に立つんだっていう、そういう側面を強調して言う人もいるし、
一方で火が出るとその煙っていうのは有害だったり、場合によっては山火事になってしまうっていうことを言う方もいらっしゃいますよね。
それに最近は地球温暖化的な側面で言うと、人的な火入れであってもあまりしない方がいいんじゃないかということを言う方もいてですね。
見る側面や捉え方によっては、この火入れっていうのは良い悪いということは簡単に答えることができない複雑な問題なのかなということを思いましたね。
ただ一つ思うのは、やっぱり山火事で人が亡くなることもありますし、その山火事を消すために消防の方が必死に働いていたりもするので、
改めてですけれども、この山火事が起こりやすいこの冬の季節ですね、火の始末に気をつけて生活をしていきたいなということを改めて思いました。
以上、草とか石とかのラジオ、山火事との和気についてでした。お聞きいただきありがとうございます。