2025-03-08 52:05

vol.111 道具はカラダの一部となる -使い方、直し方がわからないけど便利な世界- 縄さん(週末縄文人)

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火を愛でるラジオ 縄と小松隆史さん(井戸尻考古館館長)
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火を愛でるラジオ その2
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natta Summary:
このエピソードでは、週末縄文人の活動について深く議論されました。縄文時代の生活様式の再現とその意義について語りました。縄さんは秋田出身で自然との関わりが深い経験を持ち、現代社会における身体感覚の喪失や、自然との関係性の希薄化について指摘しました。特に、現代人が失いつつある自然との感覚的なつながりや、道具との関係性の変化について詳しく説明されました。また、縄文時代の生活を再現することで、現代人が失いつつある身体的な感覚や自然との関係性を取り戻す重要性が強調されました。会議では、具体的な活動目標として、弓矢の再製作や漆塗り技術の習得などが挙げられ、今後の展望についても話されました。


ハッシュタグ:  #自然資本論

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サマリー

縄文人の暮らしを探求する中で、自然との関わりの重要性や火起こしのスキルが強調されています。また、現代社会における自然とのつながりの薄さについても触れられています。このポッドキャストでは、自然を感じながら生きる重要性や縄文文化の豊かさについて語られています。特に、道具が身体の一部となることや、失われつつある身体能力の重要性が強調されており、日常生活における自然との関わりが考察されています。縄文時代における人間と自然の関わりや、道具が体の一部として機能する姿についても考察されており、ネイティブアメリカンの髪の毛が感覚のセンサーとして機能していた事例が紹介されています。さらに、現代社会における自然との距離感や、その中での祈りや感謝の心についても語られています。このエピソードでは、現代社会における子どもの自然体験の減少とその影響が取り上げられています。道具と身体の関係や、現代の教育システムにおける身体感覚の重要性についても掘り下げられています。道具が身体の一部として機能することを探求し、その使い方や修理方法についての理解を深めることの重要性が強調されています。

縄文人の森の重要性
自然と生きるを考える 自然資本論〜
この番組は森で働くことを愛する高橋 奥田が、マーケティングやデザイン視点を持ちながら、森、海、里など自然資本を巡る話を面白おかしくしていく番組です。
はい、高橋です。
はい、奥田です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さて、今回も先週と前回に引き続きまして、
週末縄文人さんの、縄さんが来てくださっているので
はい、最高でしたね。前回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
いやぁ、熱中しましたね。
熱中した。
僕もちょっとマニアックすぎないかなってすごい不安だったんですけど
いや、たぶん最高でしたね。
本当ですか?
絶対リスナーには伝わると思います。
リスナーの人たちも、たぶんすごく火起こししたくなっただろうなって
火起こしはぜひ
そうね、1500人リスナーがいるから、1500本ぐらいはまっすぐな棒を探されるはずですね。
いや、楽しいと思います。本当。
前棒、前棒、真っ直ぐ棒。
真っ直ぐ棒。
はい、それ見せ合う企画やりたいですね。
やりたい、やりたい、やりたい。
長野でやりたい。
ちょっと使わせてよって言って、嫌だよって。減る、減るもん、減るから。
全然話すと思う。
ちょっとね、この打ち合わせも兼ねて話したときに
ジョーさんが、今改めて山を探してるみたいな話も聞いたりして
で、マジで人生かけて縄文の森作りたい的なことを言ってたので、ちょっと驚いたんですけど
それってどういうこと?
そうですね、縄文の森と思ったのは
まず前提、僕らがやってるのは山の縄文人なんですけど
細かにまず、海で漁をして魚をとっている縄文人と
山の中で暮らしている縄文人がいて
で、山の縄文人をやってて
僕らは例えば石斧が作れたから木が切れるとか
土器が作れたから鍋ができるとか
どんぐりの開く抜けができるって結構、要所要所でテクノロジーを一個ずつできてるようにしてるんですけど
普通に縄文人になるって言ったときには
本当にこれで1年間暮らせるぐらいの
これだったら生きられるっていう
実際に1年生きるってのは現実的じゃないと思うんですけど
この暮らしを作っていったら
1年間、例えば木の実を食べて冬を補せるとかですね
こうやって魚をとれば1年分の魚がとれそうみたいな
そういう手応えを、狩猟最終なんで基本的には
そういう暮らしを考えたいなと思う中で
やっぱり森がないと生き延びれないんですよね
っていうのをすごく分かって
元は木とかの種類とかもあんまり詳しくなかったんですけど
やっぱり縄文人がよく使ってた栗とかは
実にもなるし建屋な住居の建材にも使われていて
栗ってめちゃくちゃいるだろうなとか
縄文人とは関係ないんですけど
昔の高山、日田高山のあたりとかで
昭和まで続いてた風習で
そういう民族学とかの例とかを見ると
結婚の時の嫁入り道具に土地の販売
土地の所有権を数本譲るみたいなのがあるんですね
へぇ〜
今はないんですけど
立木のってことですよね
立木の土地の木の所有権を数本
嫁入り道具として渡すっていう
普通嫁入り道具って着物とか
価値の高い監禁性の高いものじゃないですか
基本的にそれは
かわいい娘が嫁入りした時に
そこで苦しい思いをしないように
お金に困ったら売れるみたいな
そういうものでもあったと思うんですけど
土地の木をやるっていうのは
やっぱり土地の木があれば
冬越せるんですよね
そのぐらい土地の木ってものすごい量の実をつけて
これをでもアック抜きの技術がないとできないんですけど
アック抜きは本当に数本で
数人がなんとか冬を越せるぐらいの
食料になるっていう
だから植えていかないようにっていう願いを込めて
土地の木の所有権をやるっていう風習があったと思うんですけど
そこの山
あん感じでは
みたいな感じで
やっぱり土地の木があったり
栗の木があったりっていう
森じゃないと
冬を越すための知恵
縄文人の暮らしだったら絶対に生き延びれないと思う
確かに
エコシステム的な話を言うと
やっぱ酒とかもすごいんですよね
山の縄文人がどうやって冬を越したかっていうときに
酒ってすごく重要だったりして
日に日にそういうのをするんで
しかも秋の冬の前に
すごい川でいっぱいそれを取って
クマと一緒に多分クマと隣り合わせになって
縄文人もわっさわっさと取って
これをやり忙しいっていうのを
全部スモークサーモンにしてたと思うんですけど
やっぱり酒がいるには
やっぱこう
紅葉樹の豊かな森がないと
どんな森がないとできなかったりとか
今は酒はなかなかこっちの方まで登場してこないので
酒を戻すのは難しいけど
でも縄文人の的な暮らしを成立させるための
自然環境を作んないと
自分がこれだったら
縄文人になったなみたいな
風になれない気がしていて
だからいつかやっぱこう
土地を拾い土地の中で
今ってやっぱ杉林とか松林ばっかりなので
やっぱちょっと縄文時代と同じような植生に変えて
縄文人の森みたいなものが作れたらな
とは思っていた話を今
拾っていただいたっていう感じですね
いやすごいな
いやめちゃくちゃ面白いね
何がそこまで熱中できるのかみたいなのも気になるんですけど
なんか面白い面白いけど
例えば日常が忙しいとかで
結構そういう活動って
どうしてもおざなりになったりしちゃうけど
いやマジで縄文人というには
冬を越せないといけないね
冬を越せないと縄文人になったとは言えないなとは思いますね
いやそうですね
そこってなんか単純に面白いみたいな感じなのか
探求好奇心みたいな
どこが効いてるんですか
ありがとうございます
でも生き物としてすごく強くなった感じはすごいある
現代の豊かな文明の中で生きている中だと
自分の力で生きてるなっていう感覚はないけど
自然物だけで火を起こせた瞬間は
生き物として強くなった気分になった感じがあって
それはまず1個あるのと
あと僕秋田の生まれなんですけど
元々すごいやっぱ子供の頃はもう
昆虫採集とか
カナ釣りとか
結構自然豊かなところもあったので
カジカ取ったりとかですね川に行って
親父に釣られて箱眼鏡で水を見て
森でカジカを取ってみたいな
すごい楽しかった
あとブラックバスとかルワーフィッシングとか流行ったので
ため息で入っちゃいけなそうなところに入っちゃいました
わかる
すげえわかる
超楽しかったです
面白いですよね
でもやっぱそれをやってても
人には褒められなかったりとかするじゃないですか
人に褒められるのはやっぱ
親から褒められるのは勉強することだったり
大会で県大会に出ることだったりとか
そういうことをやっていくと
普通に高校で勉強して
大学でもちょっとサークルとか楽しかったけど
頑張って就職して
就職もずっと自然から離れた暮らししてたけど
一番楽しかったのはやっぱ野山を駆け止まって
川切りたらすとかピカピカな泥団子作るとか
そういう感じだったので
なんかそれが多分今だから思うのは
やっぱ今それがお金にならないから
それが今褒められてないから
大人も子供の遊びとか大人の趣味とかになってるけど
もともとはそれが生きるために必要なもので
獲物を取るみたいな感覚を
本能的に大事だから
僕らと本望を掴むみたいなことを熱中することは
たぶん大事
確かに
1個のものに集中してピカピカな泥団子を作りたいっていうのも
今だから思うんですけど
ひたすら糸をよるみたいな
1日に3時間も10時間も
背中痛くなりながら
最高すぎる
僕は生きるために必要なことを
子供時代はやれてたんじゃないかなと思って
なるほど
あれを子供の趣味とか大人の趣味とかに
片付けたくないなっていうのがあって
だからなんでそれが大人の趣味とかになってるのか
たぶん食っていけないからで
でもそれは現代社会における食っていけないという意味で
だからこれを分かんないですけど
存亡を取るみたいなモチベーションで
石で森とか作って魚をついて
魚を取ってスモークサーモンにして食べたら
これは生きてるじゃないですか
生きてるめちゃめちゃ生きてる
存亡をつかめるだけだと遊びだけど
みたいな
現代と自然のつながり
縄文人の暮らしは子供の頃の熱中してた自然の遊びを
遊びじゃなくしてくれる感覚がありますね
本当にリアルにサバイブするための能力だもんね
そうですね
子供の頃そういうことに熱中するのって
遺伝子的にそういう絶対すり込まれている気がしますよね
僕も本当にそう思う
あの時一番楽しい
今もやっぱ魚とか川の上で見るのが一番
本能的に気が沢山感じるので
それを暮らしとか生きるってことに繋げてくれるのが結構縄文
それが僕らがやってる実績なんで
子供時代の
いいな
めっちゃ面白い
実績であるってことが大事ですね
生きることと暮らすことみたいなことが
なんか分離し始めてるっていうのは
なんかよく聞くという
よく聞くって言うと変なんですけど
この間東京生まれの人と話をしていて
その魚が切り身で泳いでるみたいな話ってよくあるじゃないですか
よく聞きますね
でなっけないだろうって僕すげえ思ってたんですよ
だって魚のアニメーションあるし
なんか水族館行くじゃんみたいな思ってたんですけど
でも別に何か
具体的に切り身が泳いでると思ってなかったけど
水族館で泳いでいる魚と食べてる魚が
同一のものだと認識できたのは最近であるみたいなの
繋がっていない
だから田んぼの映像は見れるし分かるけど
それと自分の食卓が繋がってなかったみたいな話を聞いたりして
すごくびっくりしたんですけど
それぐらい本当にもう地続きじゃなくなってるみたいなのが
だってそうなるとなんか極端になるんですよね結構
なんか命から遠ければ遠いほど
鈍感であり敏感であるみたいな感じで
そんなの殺していいんですかみたいな魚殺していいんですかみたいなことを言って
自然との関わり
いるような状態っていうのは結構あるなと思っているので
虫を取るとか魚を取るとかっていう命に近い暮らしっていうのを
取り戻さないと変な社会だなってちょっと思うんですよね
魚で言うと魚を触った手触りとかを感じたことがない人が
魚を殺すか生かすかみたいな議論を基本的にはできない
確かに絶対そう絶対そう
空虚なものになっちゃうと思う
そうですよね生きるために必要なことからすごく遠い世界になっちゃったなとは思いますね
そこの生きるを体感する今のライフワーク的なことっていうのが
じょうさんの中ではすごくしっくりきてる状態なんですね
そうですねこの活動を突き詰めていったら本当に生きてるってこういうことかみたいな
でもこんなことしなくても漁師さんやったりとか農家さんやるだけでも
しかも農家の中でも自然農法をやるとかそういうことをやるだけで全然
僕なんかよりもっと食べるってこととか突き詰められると思うんで
僕はただなんかちょっとこう全部やってみたいっていうのがやっぱあったので
すごいわ
食事を全部やるってなったらやっぱ森を買わなきゃいけないし
森にもやっぱ繊維になる木と薬になる木と建材になる木で建材になる木にも建物に使う木もあれば指に使える木もあってみたいな
そうするとどんどん自然の解像度が上がるんですよね
食べるだけだとわかんないし建てるだけだとわかんない自然の解像度
確かに
それもそうだな
そうですね自然の解像度がどんどん上がるのが確かに楽しいかもしれないですね自然が好きなので
いやそう多分めっちゃ高いだろうな
プリミティブな生き方をしていくともちろん使えるものと使えないものがわかるっていうのはきっと普通に出てくるだろうなと思うんですけど
今のままだと生きられないなみたいなのがわかるっていうのもすごい面白いですよね
縄文の森ができないとたぶん冬は補正でないなみたいな
絶対上陣する絶対上陣するよねほんとに
道具と身体
絶対上陣するっていうタイトルアンチが最高ですよね
めちゃくちゃ面白い
自分の中では本当に思いますね
今里山って言ったりとか昔の人の感覚で山に行ったら上陣しないとか
戦後の教えがあるじゃないですか山に行けば上陣しない
僕は戦後の山だったら上陣しないかもしれないけど今の山だったら上陣する
やっぱり釘とか
間違いないですね
あとはもっと言うとそれをうまく活用する術も僕ら失っているので
術がないですね
技術が知らないんで
さっき土地の木の話聞いたときも
僕土地餅とかアク抜いてめっちゃめんどくさい食い方するじゃないですか土地の実って
なんでそんなめんどくさいことをしてまで土地の実を食い物にしてたんだろうって思ってたんですよ
いろんなところを見てても大体そういうふうに書いてあるから
でもさっきジョーさんの話聞いて土地の実がめちゃくちゃいっぱいになるから
それでそれを食わないと多分生きられなかったんじゃないかみたいな話を聞いたときに
だから土地の実食ってたんだみたいな
そうですねあと自然環境の変化に適応するためにいろんな食料源を持っていくっていう
当時だったら昭和とかだったら農家さんだったりすると米がめちゃくちゃ強作になったりするけど
土地は結構寒さに耐えられるので
米が全然取れなくても土地の実はめちゃくちゃ取れるみたいな
農業備えとしていろんな自然のものからめちゃくちゃめんどくさくても食べれるっていう選択肢を持っておくっていうのは超たまいばい
合理的だったんですね
合理的だったと思う
その解像度が上がってるジョーさんから見てどういう森にしたい
さっき土地とか栗とかあったけど
どんな状態だったら冬を越せる可能性があるんだろうみたいなのと
あとなんかそれこそ縄文文化が発達してるとこめっちゃ寒いよなみたいな
そうなんですよ
謎があるじゃないですか
本当そうで
僕も先週青森と岩手を行ってきて青森は世界遺産にもなりましたけど山内丸山遺跡とか小倉遺跡とか五所野遺跡とかあるんですけど全部山間地なんですよ
やばい
超雪の中もう本当鎌倉みたいになってる立穴住居の復元とか
そんな中で何がどうやって生きてたんだろうとかなんで逆にそれで山の上に住んでたんだろうってなるじゃないですか
海側だったら雪ついてないんですよ
海側のくじとかの方は雪ないから海にも出れそうだし生きれるのになんでこんな雪に積もった雪深いところで縄文人生きてたんだろうってなると
やっぱそれを補ってあまりある自然の豊かさがあったんだろうなっていう
身体能力の重要性
やっぱ昔は人口も少なかったろうしダムもないし
仮に例えば山ブドウが採れる山があったとして山ブドウの採れるっていう具合が
僕らはめちゃくちゃ山の道を歩いて車で走って見つけたとかだったら縄文時代だったらもうちょっと歩いただけでかごわっさわさぐらい採れるぐらいの高さがないと
山内丸山って一番最高峰ですけど500人集まって住んでたんですけど
500人狩猟採集で生き延びると
確かに
とんでもない物量なんですよね多少今農法やってるっていうのもあるんじゃないか
一応田んぼも畑があったとは言われてますけど500人まとまって1年過ごせるって相当自然が豊かであらゆるものが食べれない
その解像度めっちゃいい
いやすごい
絶対に生き延びれないから
確かに考えたことなかった
いやでも尋常じゃない量の栗の豊かさだったと思うしあとは栗林を自分で育てた跡があるんですよねこれはもう考古学的にも選択的に栗が大きい栗
実をつける栗を育てた証拠があるので
やっぱりでかい実をつける栗を選択的に苗木にして植林してたっていうことがあるとするとやっぱ500人住めるための森っていうのは
僕もすごい明確に答えがあるわけじゃないですけど絶対あったはずで
例えば僕だったり僕とモンだったり僕の家族ぐらいがここだったら1年過ごせるみたいな
竹が上がらないから
これぐらいの木の実が取れたら1年冬越せるみたいなあとはもうまた薪ですねあとマニアックなんですけど
薪って今生木をチェンソーで切って半年乾かしてみたいな話薪作るじゃないですか
でも縄文人はわざわざ石器で同じやり方で薪は作ってないと思うんですよ
めちゃくちゃ効率悪いんで
わざわざあんな太い木を石斧で切ったやつを半年乾かしてまずどこで乾かすかって話だし
それを今みたいに熱効率の良いゆっくり燃える薪ストーブがあるわけじゃないから
日々にしたら一瞬で燃えるから
だからもしかしたら炭を使ってたんじゃないかなとか
初回の時に言った炉みたいなものを使って芝みたいなものを使ったんじゃないかな
そういう燃料の冬を越す時どうやってたのかとかそういうのを考えたいですね
やっぱり一個一個体験しながら意味を
剪定時みたいな意味を調査の再発見していくみたいなことがあるから
たぶん冬マジで過ごしてみたら見える世界があるんでした
僕は冬だけでも一回仕事を休んだりとかしてやりたいなとは思います
あて穴軸立ててそういう薪とか植物食料を食べれる
入手できる環境と思ったら冬は越してみたいなって思いますね
いやでも本当なんか僕らがというか現代人が失っていくものの中に
たぶん体温っていうのがある気がしてて
縄文寺に限らず江戸時代ですら暖房がほぼほぼ炭みたいなやつで
風通しのいい家じゃないですか
だから外とまるで変わらないところでしかもマイナス10度とか20度とか絶対行ってたから
なんかそもそも寒さに対して発熱してしのぐみたいなことがないとおかしいってちょっと思ってて
確かにその身体の話ですよね
靴下を厚くすればするほど足はサボり始めるとか
それが絶対あったんだろうなっていうのは
今もうヒーター付きベストとかあるじゃないですか
そうですね
あれはもう終わりだなって思ってる
確かにヒートテックとかは自分の熱で使うけど
予想からね
予想からね
外からエネルギー使ってね
電光呼吸器と変わらないですからねあり方としては
そうだからもう別に俺温まんなこれ温めなくていいじゃんってなったら
多分血流を回して
昨日ちょうどどこだっけ三浦半島行ってたんですけど
言うても寒かったんですよ7度とか6度ぐらいで
でもそこで野遊びしてるおじさんがサンダル裸足でサンダルで来たんで
やっぱそうだわって思って
確かにあるよねそういう
悪循環
寒いから温める温めるから寒くなるっていうのが
すごい続いてる気がするんですよねちょっと
身体は相当退化してると思いますね
誰だったかな
足の小指は何年かしたらなくなるだろうみたいな
発表される方の話を一回聞いたことがあったんですけど
足の指って今使わないじゃないですか
確かに
だから僕も全然足の指動かないんですけど
小指は特に使わないけど
昔はもっと多分足の指使ってたんだろうなって
そうですね
違う話ですけどカモシカが冬
雪国で暮らせる理由があって
鹿は雪深いところだけ暮らせないんですよ
そうですね
カモシカは暮らせるんですけど
あいつらは指が開くんですよ
おー
パカッて開くのでそこで雪をつかめるんですよね
なるほど
みたいな感じで
分かんないですけど僕らももしかしたら足の指を
もっと使えてたのかもしれないけど
使わなくて済むようになったおかげで
どんどん指がなくなりかけるぐらい
確かに
僕はちょっと身体の方は全然
本当専門外なので分かんないんですけど
でも足の話めっちゃでも分かりますね
僕もやんちゃったわけじゃないけど
小中学校の頃とかって
冬でも学校裸足で普通に走り回るみたいなのが
割と当たり前で
靴履かないみたいな内訳を
っていう子が結構いっぱい地元にいたんですよ
その頃って足の革がめっちゃ厚くなってたりとかして
例えばコンクリートを普通に走ったとしても
別に足の裏が痛いとかって感じることがあったんですよ
だけど登山するようにめっちゃなって
ソール分厚い靴を履くようになってから
足めっちゃ痛くなるようになって
本当そうですよね
靴下も分厚いですもんね
その感覚が子供の頃とのギャップが激しすぎて
今本当に外裸足で歩くとか絶対無理じゃない
確かに
やわやわだよね
すぐ怪我しそうってめっちゃ思うんだけど
それが多分子供の時代と今の大人になってからだけでも
ネイティブアメリカンの感覚
たった数十年ぐらいのところで
退化してる感じがするんで
この数十年でってくらいのレベルでありますよね
それ本当に絶対長いスパン考えたら
めちゃくちゃ多分人として退化してる感じですね
500年ぐらいか
僕もこれ神体の話で
まだ全然わからない話なんですけど
ネイティブアメリカンの髪の毛の話で
ベトナム戦争の時に
ネイティブアメリカンがすごい重宝されてて
敵兵がブッシュのすごい山深い森の中に隠れてたりするから
それを見つけるのにすごい苦労してたんだけど
ネイティブアメリカンはめちゃくちゃ第六感が優れすぎてて
測定能力がすごかったらしいんですよ
これしたら使えると思って全員徴兵したんですけど
ある時から敵の姿がわからなくなったみたいなことを
みんなが一斉に言って
徴兵のために髪の毛をみんな剃ったかららしいんですよ
髪の毛がセンサーになったんですか
髪の毛がなくなって敵の場所がわからなくなったって言ったんですよ
だから今の価値観で
髪の毛に感覚があるなんてわかんない
確かに
ゲゲゲの鬼太郎だけですよね
ゲゲゲの鬼太郎だけですよ本当に本当に
鬼太郎はそっからオマージュなのかな
ありるかもしれないですね
日本でも女性の髪の毛は神聖な力があるとか言われたりするので
その当時の人たちの感覚に
もしかしたら髪の毛って実はセンサーみたいな価値観もあったのかもなとか
知らない
縄文人と自然の関わり
僕らからしてみると超能力とか第六感としか思えないような感覚が
僕らの皮膚とか足とか髪にあったりとかすると
そういう世界もめちゃくちゃ楽しそうだなって思ったり
確かにあるな
多分それってそんなに大きな話じゃなくても
何だろうこの間の離島経済新聞社って離島系の
久本さんと話してたら島の子たちが都会に行った時に
そろそろ雨降る雨の匂いするねみたいな話をして
それが全然わかんない都会の人みたいな対比の話をしてくれてたんですけど
島で生きてたら雨が降ると海が荒れるみたいなこととか
湿気が来るとかっていうことが身体制の中にまだ残っているけど
年的暮らしをしてるとそれも失われていっちゃうみたいなことで
自然感覚ですよね全部
そこがどんどん劣化するというか退化するというか
退化じゃないもんな劣化するですね
いやでも憧れますね僕も全然わかんないんで
雨の匂い
雨の匂い雨が降る直前とかならまだ
でもそういう雨が降りそうとか観天望機っていうのを見た感じだけで
天気とか予想するとかも全部やっぱり天気予報っていう技術がない時代とか
あと方角もわかる人いるじゃないですかあの感覚
あれも絶対体内磁石みたいなものも人間に伝わったろうなとか
そういう身体感覚は憧れありますね
多分僕らが今考えると信じられないさっきのネイティブアメリカンの
そういうセンサーみたいな話も含めて
そんなの絶対ないやろみたいなやつが普通にあった
あったとしか思えないみたいな
あったとしか思えないですね
もし感覚があればなんですけどその
仮面を作った時に何かを繋いで残していくために仮面を作ったのではみたいな
ことが書いてあった気がするんですけど
なんか縄文的な自然との向き合いをしている中で
祈りとか信仰みたいなことを感じる瞬間とかってあったりしますか
そうですねその土面を作ったのはもともと祭りをやりたいなと思ったからで
やっぱり縄文人もそうだし僕らの暮らしをしてても
やっぱり自然のものに頼り切ってるがゆえに
自然のものがないとまた
自然のものっていうのはもう本当に酒が秋にまたたくさん
食べ物ですよね
その辺にただただ食べ物が降ってくるみたいな感じとか
またその緑が芽生えて山菜がとれてキノコがとれるとかっていう恋愛もあるし
当たり前のように朝が迎えられるとか
夜が過ぎてずっと夜になるんじゃなくて
また太陽が上がって明るくて温かい世界になるみたいな
多分そういうレベルの自然も含めて
全部めちゃくちゃ多分自然に感謝して自然にお願いをして
自然と共に生きるみたいな感覚を養うために
一人っていうのは多分あったと思うし
その感覚をちょっとでも味わいたくて
ドメンっていうのを作ったんですけど
やっぱり僕らは週末にしかこの活動してないので
そこにやっぱり芯に迫った感覚
さっき言ってたみたいな秋めちゃくちゃ節約になるとか
それはもう本当マジでワンモンです
確かにな
これはめちゃくちゃ便利ってなるけど
例えば縄文人がドメンを作った理由とか
ドグをあんなにこさえた理由は
こうなんじゃないかなぐらいは思うけど
絶対こうに違いないわ
僕は多分永遠に分からないと思う
ちょっと足掻いて作ってみた感じは
祈ってたのは間違いないけど
でも僕は芯には祈れないけど
ちょっと感覚を知りたくて
ドメンが縄文時代にあったので作ってみたっていう
いいですね
でも確かに話聞いてたと
さっき冬場ちゃんとこうしてみたいというか
1年間本当にその生活で生きられる状態って
どういう状態なんだろうみたいな
お話もずっとされてたと思うんですけど
リアルに本当にその酒の訴状が
もし来年なくなったら
俺たちは全滅するとか
全滅するんですよ
っていうのを本当に思ってるからこそ
多分やってる
そうですね
お祭りとか祈りとか
そうですね
っていうことですよねおそらく
そうですね
自然の力が人間よりも圧倒的に強い時代
僕らが感知できる時代の中で最も強いので
それを多分自然の横暴さとか
に耐えかねたというか
何とか自分たちの力で何とかして
やっぱりダムで適応できとめてみたいな
一個一個やった暮らしの果てが僕らなので
僕らの現代文明なので
それはすごく素晴らしいことだと思うんですけど
多分自然が強すぎるがゆえに
謙虚にならざるを得なかった
自然に生かされて
自然と共にあって
自然のおかげで僕らが生きれるんだっていう
メンタリティは絶対あった
すごく強かったんだろうなと思う
めっちゃ面白いな
文明が生きすぎたがゆえにバランスが崩れるみたいなところで
コントロールができなかったものをコントロールし始めたから
だんだんわからなくなったみたいな
多分コントロールしたのが僕らじゃないのが問題なんですよね
僕らのご先祖様なので
僕はそのご先祖様が頑張ったレールの中で
その大変さもあんまりわからないまま
その感覚値がわかんない
当事者じゃないからね
当事者じゃないんで
それすごいいい話ですね
便利さというものは便利であることは間違いないんだけど
本当に便利になった感覚がわからないから
便利にしたのは僕らじゃないんで
確かに
どういう挙動をしてるかってほとんどのものが
エンジニアじゃない限りわかんないっていうのはあるじゃないですか
だから電子レンジがどういうふうな組み合わせで
なんであったかくなるのって
原理は調べたらわかりそうなもんだけど
それを作るっていうのはマジで意味がない
無理
この次は多分あれじゃないですか
AIがパンドラ的に中身わかんないけど
動くものを作り始めるじゃないですか
AIが設計して
怖い世界ですねそれは
誰も人間わからないみたいなね
そうそうそう
これは怖いな本当に
確かにそうだよね
だってそれが自動でやってくれるようになったら
本当に最初に設計した人以外は
何もわからない状態になりかねないよね
人類の中でわかる人はめっちゃ少なくて
なぜかわかんないけど動いてる
なぜかわかんないけど故障してる
だからなんか生まれそうだなと思うと
それこそ長くかけて
ちょっとずつ上文から便利に便利になってきた中で
それぞれの喜びとか苦しみからの喜びとか
これ栽培したらみんなで生きれんじゃんみたいなこととか
農薬とかが出てきた時も
めちゃめちゃ生産力上がるみたいな話とか
それに対してあれなんか違うかもみたいな話とか
いろんなことが僕らが当事者じゃないままにあるっていうのが
確かにすごい大事な話だし
そこが真に祈りきれないみたいなことの
さっきの話がめっちゃグッとくるなって
地域にいるとお祭りなくなってったりするじゃないですか
人が減ってるっていう理由ももちろんあるんですけど
そもそもだから境外化してるから
やっぱり誰も本当に祈ろうとするわけじゃないから
なくなっちゃうっていうことはやっぱあるだろうし
本当にこの当事者意識とかって
なかなかモテって言われてモテるもんではないけど
少しでもそういう縄文的な生活をしてみる
みたいなことをした時に
初めて今の現代人が本当に便利な生活を
享受してるんだなということに気づけるみたいなところは
やっぱりやっていくべき感覚は本当にあるよね
やりたいな本当に
本当に確かに現代の暮らしにどう役に立ったかみたいなことでも
本当に原始的な資源の大事さと
これがなくなった時にどうなるかのリアルをすごい感じて
やっぱり水がないと終わるんですよ
現代生活と縄文的生活
水が当たり前のように出るけど
多分水がないときれいな水があるっていうことは
これ以上ない贅沢なことで活動場所を探す上でも
水がきれいな場所を絶対探すし
縄文でもやっぱり水がきれいな高台のところってあるんですけど
それってめちゃくちゃ大事だよな
もし災害とか大きい戦争とかになった時に
自分の身を守らなきゃいけないって時に
そういう土地が自分たちにあるかとか
その術を持ってるかとかって思うのも
僕すごい変な活動してるけど
別にしたいことをすることは何も生きるために
全く現代生きる上でも筋違いのことではないと
やっぱり思ってるなって
すげーいいメッセージですね
それなんかね本当
始末縄文人を見る人はたくさんいると思うんですけど
そこからちょっと自分でもやってみようみたいな人が
もう少し出てもいいんだろうなとは思うし
できればちょっとでもできることからでいいんで
真似してくださるとすごく
子どもたちの自然体験の減少
動画に出してる意味があるんで
そうですね
でもマジでよしよしがあって
土いつかこねるって書いてあった時に
多分みんな挫折するっていう
簡単にできますよみたいなことは口がたけても言えない
土地もね勝手にその辺の木とか切れないし
粘土もどの粘土でもいいとも言えないし
それが楽しいよとは言えるけど
簡単だよとは言えない
間違いないです
そういうところが悩ましいところですね
そうですね
ジョーさんが秋田で生まれ育って
虫を捕り魚捕りみたいなところから
今に繋がってるっていうのが本当に
幼少期の体験の重要さもすごい感じるし
確かに
僕もやっぱりそういう
暮らしに近い部分って結構あったけど
今って別の話の中で
学校から帰ってランドセル置いて行ってきますって
言える子供がもういないっていう状態
友達と一緒に遊びに行くってことが
もうできない時代になっちゃってるっていうのが
結構大変だって思うんですけど
なんでできないんですか
子供だけで遊ぶっていうことが
ほぼ許されない社会規範
そんなアメリカみたいな
送り迎えも全部車でみたいな
そんなです
田舎でももうないんですよ
あんまないね確かに
夕方に遊んでる子供たち
子供たちだけで遊んでる姿は
しかも外でってなるとダメで
親同士が繋がってて
LINEとかで誰々さん家に
あの子と遊ぶみたいな
もう約束をしないといけなくて
みたいな話をしてたんで
そうなるとやっぱり親と
自然に行くしかなくなるんですけど
親がもう自然の知識とか知恵がないから
結構そこやべえみたいな
確かに親の自然地がない状況で
自然で子供を遊ばせて
その子供も自然地がない状態で
自然に行ったらどんどん
自然の楽しみ方が分かんなくなってきますよね
そうですね
これすごい話だな
確かに僕も昔の話今言ってて
確かに空き地でトンボ捕まえてとか
バッタ捕まえてとか言ったけど
確かにこれ誰の土地だったんだろうみたいな
土地で遊んでたから
確かにこれ今やれないんだって
今ちょっと話聞いてて思いました
そこが多分
その昔を取り戻すっていうのは
簡単じゃないんですけど
それこそ共有地とか
公共としての
パブリックとしての共有地じゃなくて
地域の古文的なものとして
再設計し直さないと
人が遊べる場っていうのは
どんどんなくなっていくっていうのが
すごい問題あるなっていうのは思うので
道具と身体感覚
しかもある程度鍛えないといけないじゃないですか
子供毎日放課後行って行ってきますって言って
子供だけで川とか泳いだりとか
川から飛び込んで水に浸かったりとか
そういうの日頃やってない子たちに
間違いない
それはそうっすね
古文図ができて
ここはどこでも遊べますって言った時に
急にでかい場ができた時に
飛び越えられなくて怪我するとか
それはめちゃくちゃありそう
高級的な場所で子供がいないと
どんどん衰えていく
大人もですけど
大人ができたのが一番問題か
それが一番
自分たちが遊べたのって
結構親がちゃんと教えてくれてるから
確かにそうだな
僕もさっき言われてたみたいに
魚取るとか普通に川でやってたんですけど
やっぱり親がちゃんと教えてくれて
何度も何度も一緒に連れて行って
修行を半分遊びの延長でしてた
みたいなところがあるから
修行っすね修行
親も加減が分かりますもんね
この辺の水流のこの辺の深さとかも
大丈夫だけど
この辺はほったらかしておく
子供にとっては一杯一杯だから
はいみたいなふざけんな親父みたいな感じになるけど
ギリギリでこう
育てられるみたいなね
ほんとに
それでようやく感覚がつかめ
危ないのと危なくないのと
線引きが自分でもできるようになった
本当そうだ親父に感謝だわ
ほんとですね
それが今たぶんゼロですよね
僕もイベントやってて
ファミリーに対してアウトドアのイベントとかで
薪を割ってもらうみたいなことをやるんですけど
そもそもお父さんがナイフで怪我するみたいなことが
頻発するから
頻発
文明の力すら使えないんじゃ
それはさすがに問題だろうみたいな
ナイフも使えないのに物を置き換えて
石器なんてもうとど遠いみたいな状態
僕体験をやってくださいって言われるけど
黒曜石持たせられないですもんね
目に入ったりしない
でもやっぱそうですね
刃物とかも
何だろう
触り方を間違えなければ
絶対切れないって
分かるじゃないですか
切れ味が良くても
スライドしなければ大丈夫みたいな
だからそういう
何だろう
扱いなんでしょうね
物の
本当にそうで
道具って僕この活動してほもっと思ったんですけど
指の延長線上なんですよね
針は
自分の指よりも細い穴
小さい穴に
差し込める道具
なるほど
刃物だって
結局指っても捌ける
爪とかでも捌ける
柔らかいから
魚とかも
あれをより綺麗に捌ける道具だし
斧も自分より長い手で
重たい物が先についてる手で
遠心力で触れるみたいな
身体の延長線上なのが
最高やん
道具にはあるんですけど
それがやっぱチェーンソーとかになってくる話があるんですよ
確かに確かに
身体感覚がなくなってくるテクノロジーが
あらゆるものに広がってくると
身体感覚から離れていく
なってくので
もっと別に縄文時代に戻らなくていいから
本当に包丁を持つとか
縫い物をしてみるとか
それだけで全然
子供の発育ちょっとわからないんですけど
子供時代にそれをやるとやらないので
全然身体感覚違うと思います
でも多分違いますね
それこそ
なんていうんですか
ひ弱なおばあちゃんが
水亀を持って歩くみたいなこととか
アフリカの人たちが
亀を首頭に乗せて歩くとかって
あれめっちゃ身体だと思う
それこそ延長
中学生ぐらいまでに
亀の使い方を覚えられないと
亀を使うのが疲れるんですよね
草を刈る亀を
幼少期から亀を使っていると
それこそ手の延長だから
疲れにくい
めちゃくちゃわかる
っていうのがあって
だから結構
身体感覚が
身につけないといけない
義務教育なんですよね
僕らがAIに頼りきって
両手もいらなきゃ両足もいらない
人間になっていいんだったら
教育はAIとか
パソコンの打ち方とか
プログラミングで済むけど
本当にこの体を乗せる
体を乗せないといけない
人間になっていいんだったら
プログラミングで済むけど
本当にこの体を残したいんだったら
鎌の使い方とか
やらないと
まずいことになりますよね
教育システムの課題
そうなんですよ
教育のプログラムに入れてほしいもんね
勉強するんじゃなくて
鎌とかね
でもマジでそうだよね
危ないっていう理由で
辞めるのがアホらしいですよね
辞めないほうが危ないですよね
本当そう
絶対危ないと思うけどな
今だってノコギリすら小学校で
使わなくなってきてるとかってね
場所によって
危ないみたいな
逆に言うと先生も
使えない可能性もあると思う
ノコギリ使わないで済む
暮らしになってるからって言われたら
それまでですけどね
なんか厳しいですよね
やっぱなんか
仕事でもそうなんですけど
小さい失敗とか
小さい怪我とかはいいんですけど
なんか一発目で大きい怪我
一発大きい怪我しちゃうと
結構きついじゃないですか
だから小さい怪我は
許してほしいなって
すごい思うんですよね
手をちょっと切るとかね
許さないと本当に大変な
確かに子供の頃に
指を切ったことがない子供がいたとして
人に殴られたこともなければ
そんなこともない
極端な話
指切る一つついたことがない子供が成人した時に
痛みの感覚とか
痛くなんないように
加減する感覚とかって
どうやって終われるんだろう
ありそう
思いましたね
すごい世界の話だな
それは
ちょっと話は広がっちゃいましたけど
ジョーさんの気づきから
教えてもらうことがいっぱいあるなと思うし
やっぱりジョーさんとモンさんの優しさ
二人の優しさが
いやいやいや
みんなで泣いてますよ
なんかすげーな
思いますもん
喧嘩しそうじゃないですか
しそうしそう
うわーやっちまったよ
動画の演出かもしれない
全然です
すごい素晴らしいコンビだなと思うので
これからもすごい楽しみに
してますが
今後も引き続き
終末城門陣としての活動は
ずっと続いてきそうな感じなんですか
そうですね
年ごとに自体目標をつくって
今年は服をつくるのと
獲物を殺せるぐらいの威力の弓矢を
もう一回作り直すと
漆在工ですね
漆塗りの技術を
漆が取れる岩手のところで
接点ができたので
日本時代にも漆があったんですけど
今の職人も
同じレベルだっていうぐらいの
漆を塗る技術がありまして
最初は
赤い染物として塗ったりとかもしたけど
元は接着剤だったんで
弓の矢を
黒曜石の矢尻と付けるときの接着剤で
使って漆という素材を活用したいなとか
最高だな
最高最高
本当に超面白かった
ぜひまた焚き火
焚き火しましょう
ぜひぜひ
焚き火で
火起こすところがあった
YouTubeでラジオ配信で
道具と身体の関係
火を滅びるラジオってのやってるんで
たまに
そうなんですね
焚き火見ながら喋るっていうやつ
こちらでお会いしましょうまた
ぜひ次そっちで
ぜひぜひこっちで
その時は高橋さんもきっと
長野行きます
すぐすぐ行きます
電子本論の話をもっと僕は聞きたい
そうですね
尽きることのない楽しみ
楽しい時間なので
すごい名残惜しいんですけど
終わりそうにないんで
本当に楽しかった
めちゃくちゃ楽しかった本当に
じゃあぜひ皆さんも
週末縄文人見ていただけたら
嬉しいです
ということで今日はこのところで終わります
ありがとうございます
ありがとうございました
最後までお聞きいただき
ありがとうございました
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52:05

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