絶対上陣するっていうタイトルアンチが最高ですよね
めちゃくちゃ面白い
自分の中では本当に思いますね
今里山って言ったりとか昔の人の感覚で山に行ったら上陣しないとか
戦後の教えがあるじゃないですか山に行けば上陣しない
僕は戦後の山だったら上陣しないかもしれないけど今の山だったら上陣する
やっぱり釘とか
間違いないですね
あとはもっと言うとそれをうまく活用する術も僕ら失っているので
術がないですね
技術が知らないんで
さっき土地の木の話聞いたときも
僕土地餅とかアク抜いてめっちゃめんどくさい食い方するじゃないですか土地の実って
なんでそんなめんどくさいことをしてまで土地の実を食い物にしてたんだろうって思ってたんですよ
いろんなところを見てても大体そういうふうに書いてあるから
でもさっきジョーさんの話聞いて土地の実がめちゃくちゃいっぱいになるから
それでそれを食わないと多分生きられなかったんじゃないかみたいな話を聞いたときに
だから土地の実食ってたんだみたいな
そうですねあと自然環境の変化に適応するためにいろんな食料源を持っていくっていう
当時だったら昭和とかだったら農家さんだったりすると米がめちゃくちゃ強作になったりするけど
土地は結構寒さに耐えられるので
米が全然取れなくても土地の実はめちゃくちゃ取れるみたいな
農業備えとしていろんな自然のものからめちゃくちゃめんどくさくても食べれるっていう選択肢を持っておくっていうのは超たまいばい
合理的だったんですね
合理的だったと思う
その解像度が上がってるジョーさんから見てどういう森にしたい
さっき土地とか栗とかあったけど
どんな状態だったら冬を越せる可能性があるんだろうみたいなのと
あとなんかそれこそ縄文文化が発達してるとこめっちゃ寒いよなみたいな
そうなんですよ
謎があるじゃないですか
本当そうで
僕も先週青森と岩手を行ってきて青森は世界遺産にもなりましたけど山内丸山遺跡とか小倉遺跡とか五所野遺跡とかあるんですけど全部山間地なんですよ
やばい
超雪の中もう本当鎌倉みたいになってる立穴住居の復元とか
そんな中で何がどうやって生きてたんだろうとかなんで逆にそれで山の上に住んでたんだろうってなるじゃないですか
海側だったら雪ついてないんですよ
海側のくじとかの方は雪ないから海にも出れそうだし生きれるのになんでこんな雪に積もった雪深いところで縄文人生きてたんだろうってなると
やっぱそれを補ってあまりある自然の豊かさがあったんだろうなっていう
やっぱ昔は人口も少なかったろうしダムもないし
仮に例えば山ブドウが採れる山があったとして山ブドウの採れるっていう具合が
僕らはめちゃくちゃ山の道を歩いて車で走って見つけたとかだったら縄文時代だったらもうちょっと歩いただけでかごわっさわさぐらい採れるぐらいの高さがないと
山内丸山って一番最高峰ですけど500人集まって住んでたんですけど
500人狩猟採集で生き延びると
確かに
とんでもない物量なんですよね多少今農法やってるっていうのもあるんじゃないか
一応田んぼも畑があったとは言われてますけど500人まとまって1年過ごせるって相当自然が豊かであらゆるものが食べれない
その解像度めっちゃいい
いやすごい
絶対に生き延びれないから
確かに考えたことなかった
いやでも尋常じゃない量の栗の豊かさだったと思うしあとは栗林を自分で育てた跡があるんですよねこれはもう考古学的にも選択的に栗が大きい栗
実をつける栗を育てた証拠があるので
やっぱりでかい実をつける栗を選択的に苗木にして植林してたっていうことがあるとするとやっぱ500人住めるための森っていうのは
僕もすごい明確に答えがあるわけじゃないですけど絶対あったはずで
例えば僕だったり僕とモンだったり僕の家族ぐらいがここだったら1年過ごせるみたいな
竹が上がらないから
これぐらいの木の実が取れたら1年冬越せるみたいなあとはもうまた薪ですねあとマニアックなんですけど
薪って今生木をチェンソーで切って半年乾かしてみたいな話薪作るじゃないですか
でも縄文人はわざわざ石器で同じやり方で薪は作ってないと思うんですよ
めちゃくちゃ効率悪いんで
わざわざあんな太い木を石斧で切ったやつを半年乾かしてまずどこで乾かすかって話だし
それを今みたいに熱効率の良いゆっくり燃える薪ストーブがあるわけじゃないから
日々にしたら一瞬で燃えるから
だからもしかしたら炭を使ってたんじゃないかなとか
初回の時に言った炉みたいなものを使って芝みたいなものを使ったんじゃないかな
そういう燃料の冬を越す時どうやってたのかとかそういうのを考えたいですね
やっぱり一個一個体験しながら意味を
剪定時みたいな意味を調査の再発見していくみたいなことがあるから
たぶん冬マジで過ごしてみたら見える世界があるんでした
僕は冬だけでも一回仕事を休んだりとかしてやりたいなとは思います
あて穴軸立ててそういう薪とか植物食料を食べれる
入手できる環境と思ったら冬は越してみたいなって思いますね
いやでも本当なんか僕らがというか現代人が失っていくものの中に
たぶん体温っていうのがある気がしてて
縄文寺に限らず江戸時代ですら暖房がほぼほぼ炭みたいなやつで
風通しのいい家じゃないですか
だから外とまるで変わらないところでしかもマイナス10度とか20度とか絶対行ってたから
なんかそもそも寒さに対して発熱してしのぐみたいなことがないとおかしいってちょっと思ってて
確かにその身体の話ですよね
靴下を厚くすればするほど足はサボり始めるとか
それが絶対あったんだろうなっていうのは
今もうヒーター付きベストとかあるじゃないですか
そうですね
あれはもう終わりだなって思ってる
確かにヒートテックとかは自分の熱で使うけど
予想からね
予想からね
外からエネルギー使ってね
電光呼吸器と変わらないですからねあり方としては
そうだからもう別に俺温まんなこれ温めなくていいじゃんってなったら
多分血流を回して
昨日ちょうどどこだっけ三浦半島行ってたんですけど
言うても寒かったんですよ7度とか6度ぐらいで
でもそこで野遊びしてるおじさんがサンダル裸足でサンダルで来たんで
やっぱそうだわって思って
確かにあるよねそういう
悪循環
寒いから温める温めるから寒くなるっていうのが
すごい続いてる気がするんですよねちょっと
身体は相当退化してると思いますね
誰だったかな
足の小指は何年かしたらなくなるだろうみたいな
発表される方の話を一回聞いたことがあったんですけど
足の指って今使わないじゃないですか
確かに
だから僕も全然足の指動かないんですけど
小指は特に使わないけど
昔はもっと多分足の指使ってたんだろうなって
そうですね
違う話ですけどカモシカが冬
雪国で暮らせる理由があって
鹿は雪深いところだけ暮らせないんですよ
そうですね
カモシカは暮らせるんですけど
あいつらは指が開くんですよ
おー
パカッて開くのでそこで雪をつかめるんですよね
なるほど
みたいな感じで
分かんないですけど僕らももしかしたら足の指を
もっと使えてたのかもしれないけど
使わなくて済むようになったおかげで
どんどん指がなくなりかけるぐらい
確かに
僕はちょっと身体の方は全然
本当専門外なので分かんないんですけど
でも足の話めっちゃでも分かりますね
僕もやんちゃったわけじゃないけど
小中学校の頃とかって
冬でも学校裸足で普通に走り回るみたいなのが
割と当たり前で
靴履かないみたいな内訳を
っていう子が結構いっぱい地元にいたんですよ
その頃って足の革がめっちゃ厚くなってたりとかして
例えばコンクリートを普通に走ったとしても
別に足の裏が痛いとかって感じることがあったんですよ
だけど登山するようにめっちゃなって
ソール分厚い靴を履くようになってから
足めっちゃ痛くなるようになって
本当そうですよね
靴下も分厚いですもんね
その感覚が子供の頃とのギャップが激しすぎて
今本当に外裸足で歩くとか絶対無理じゃない
確かに
やわやわだよね
すぐ怪我しそうってめっちゃ思うんだけど
それが多分子供の時代と今の大人になってからだけでも
僕らからしてみると超能力とか第六感としか思えないような感覚が
僕らの皮膚とか足とか髪にあったりとかすると
そういう世界もめちゃくちゃ楽しそうだなって思ったり
確かにあるな
多分それってそんなに大きな話じゃなくても
何だろうこの間の離島経済新聞社って離島系の
久本さんと話してたら島の子たちが都会に行った時に
そろそろ雨降る雨の匂いするねみたいな話をして
それが全然わかんない都会の人みたいな対比の話をしてくれてたんですけど
島で生きてたら雨が降ると海が荒れるみたいなこととか
湿気が来るとかっていうことが身体制の中にまだ残っているけど
年的暮らしをしてるとそれも失われていっちゃうみたいなことで
自然感覚ですよね全部
そこがどんどん劣化するというか退化するというか
退化じゃないもんな劣化するですね
いやでも憧れますね僕も全然わかんないんで
雨の匂い
雨の匂い雨が降る直前とかならまだ
でもそういう雨が降りそうとか観天望機っていうのを見た感じだけで
天気とか予想するとかも全部やっぱり天気予報っていう技術がない時代とか
あと方角もわかる人いるじゃないですかあの感覚
あれも絶対体内磁石みたいなものも人間に伝わったろうなとか
そういう身体感覚は憧れありますね
多分僕らが今考えると信じられないさっきのネイティブアメリカンの
そういうセンサーみたいな話も含めて
そんなの絶対ないやろみたいなやつが普通にあった
あったとしか思えないみたいな
あったとしか思えないですね
もし感覚があればなんですけどその
仮面を作った時に何かを繋いで残していくために仮面を作ったのではみたいな
ことが書いてあった気がするんですけど
なんか縄文的な自然との向き合いをしている中で
祈りとか信仰みたいなことを感じる瞬間とかってあったりしますか
そうですねその土面を作ったのはもともと祭りをやりたいなと思ったからで
やっぱり縄文人もそうだし僕らの暮らしをしてても
やっぱり自然のものに頼り切ってるがゆえに
自然のものがないとまた
自然のものっていうのはもう本当に酒が秋にまたたくさん
食べ物ですよね
その辺にただただ食べ物が降ってくるみたいな感じとか
またその緑が芽生えて山菜がとれてキノコがとれるとかっていう恋愛もあるし
当たり前のように朝が迎えられるとか
夜が過ぎてずっと夜になるんじゃなくて
また太陽が上がって明るくて温かい世界になるみたいな
多分そういうレベルの自然も含めて
全部めちゃくちゃ多分自然に感謝して自然にお願いをして
自然と共に生きるみたいな感覚を養うために
一人っていうのは多分あったと思うし
その感覚をちょっとでも味わいたくて
ドメンっていうのを作ったんですけど
やっぱり僕らは週末にしかこの活動してないので
そこにやっぱり芯に迫った感覚
さっき言ってたみたいな秋めちゃくちゃ節約になるとか
それはもう本当マジでワンモンです
確かにな
これはめちゃくちゃ便利ってなるけど
例えば縄文人がドメンを作った理由とか
ドグをあんなにこさえた理由は
こうなんじゃないかなぐらいは思うけど
絶対こうに違いないわ
僕は多分永遠に分からないと思う
ちょっと足掻いて作ってみた感じは
祈ってたのは間違いないけど
でも僕は芯には祈れないけど
ちょっと感覚を知りたくて
ドメンが縄文時代にあったので作ってみたっていう
いいですね
でも確かに話聞いてたと
さっき冬場ちゃんとこうしてみたいというか
1年間本当にその生活で生きられる状態って
どういう状態なんだろうみたいな
お話もずっとされてたと思うんですけど
リアルに本当にその酒の訴状が
もし来年なくなったら
俺たちは全滅するとか
全滅するんですよ
っていうのを本当に思ってるからこそ
多分やってる
そうですね
お祭りとか祈りとか
そうですね
っていうことですよねおそらく
そうですね
自然の力が人間よりも圧倒的に強い時代
僕らが感知できる時代の中で最も強いので
それを多分自然の横暴さとか
に耐えかねたというか
何とか自分たちの力で何とかして
やっぱりダムで適応できとめてみたいな
一個一個やった暮らしの果てが僕らなので
僕らの現代文明なので
それはすごく素晴らしいことだと思うんですけど
多分自然が強すぎるがゆえに
謙虚にならざるを得なかった
自然に生かされて
自然と共にあって
自然のおかげで僕らが生きれるんだっていう
メンタリティは絶対あった
すごく強かったんだろうなと思う
めっちゃ面白いな
文明が生きすぎたがゆえにバランスが崩れるみたいなところで
コントロールができなかったものをコントロールし始めたから
だんだんわからなくなったみたいな
多分コントロールしたのが僕らじゃないのが問題なんですよね
僕らのご先祖様なので
僕はそのご先祖様が頑張ったレールの中で
その大変さもあんまりわからないまま
その感覚値がわかんない
当事者じゃないからね
当事者じゃないんで
それすごいいい話ですね
便利さというものは便利であることは間違いないんだけど
本当に便利になった感覚がわからないから
便利にしたのは僕らじゃないんで
確かに
どういう挙動をしてるかってほとんどのものが
エンジニアじゃない限りわかんないっていうのはあるじゃないですか
だから電子レンジがどういうふうな組み合わせで
なんであったかくなるのって
原理は調べたらわかりそうなもんだけど
それを作るっていうのはマジで意味がない
無理
この次は多分あれじゃないですか
AIがパンドラ的に中身わかんないけど
動くものを作り始めるじゃないですか
AIが設計して
怖い世界ですねそれは
誰も人間わからないみたいなね
そうそうそう
これは怖いな本当に
確かにそうだよね
だってそれが自動でやってくれるようになったら
本当に最初に設計した人以外は
何もわからない状態になりかねないよね
人類の中でわかる人はめっちゃ少なくて
なぜかわかんないけど動いてる
なぜかわかんないけど故障してる
だからなんか生まれそうだなと思うと
それこそ長くかけて
ちょっとずつ上文から便利に便利になってきた中で
それぞれの喜びとか苦しみからの喜びとか
これ栽培したらみんなで生きれんじゃんみたいなこととか
農薬とかが出てきた時も
めちゃめちゃ生産力上がるみたいな話とか
それに対してあれなんか違うかもみたいな話とか
いろんなことが僕らが当事者じゃないままにあるっていうのが
確かにすごい大事な話だし
そこが真に祈りきれないみたいなことの
さっきの話がめっちゃグッとくるなって
地域にいるとお祭りなくなってったりするじゃないですか
人が減ってるっていう理由ももちろんあるんですけど
そもそもだから境外化してるから
やっぱり誰も本当に祈ろうとするわけじゃないから
なくなっちゃうっていうことはやっぱあるだろうし
本当にこの当事者意識とかって
なかなかモテって言われてモテるもんではないけど
少しでもそういう縄文的な生活をしてみる
みたいなことをした時に
初めて今の現代人が本当に便利な生活を
享受してるんだなということに気づけるみたいなところは
やっぱりやっていくべき感覚は本当にあるよね
やりたいな本当に
本当に確かに現代の暮らしにどう役に立ったかみたいなことでも
本当に原始的な資源の大事さと
これがなくなった時にどうなるかのリアルをすごい感じて
やっぱり水がないと終わるんですよ