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#107 モーレツ?キョーレツ!田崎夫妻とマレーシアのキャメロンウルトラ
2026-09-10 1:26:42

#107 モーレツ?キョーレツ!田崎夫妻とマレーシアのキャメロンウルトラ

ゲスト:キッシー(主宰)/みのり(田崎夫妻のキョーレツ担当)/ヒロッキー(田崎夫妻のモーレツ担当)

MC:ハルカ(ダサポーズ担当)

おしながき:走り始めたきっかけ/私とShioya Mountain Club-ヒロッキーの場合-/53歳で初サブ3/実はキョーレツなレジェンド/佐藤光子さんに学ぶ/2014年にUTMB/CULTRA(キャメロンウルトラ)/たまえさんとの出会い/マレーシアでのトレランの位置付け/ドリフのような雨/茶畑が20km/現地でのコミュニケーション/ゆるいの?きびしいの?/その土地ならではの楽しみ ほか


Shioya Mountain Club

@shioyamountainclub

https://www.instagram.com/shioyamountainclub

神戸のウエストサイド、各駅停車しか停まらない小さな町、"塩屋"。海も山も街も駅から.すぐに入れる絶好の環境に、垣根を超えた仲間が集います。トレイルランニングと地域活性化を軸に、go spicy say hee haa!な日々を送っています。


⛰️日朝練

→毎週日曜朝6時塩屋駅北口魚屋さん前集合

🐟水曜ドーロ練

→毎週水曜朝6時塩屋駅北口魚屋さん前集合


🎥SMClubの日常を切り取ったコンセプトムービーが完成しました。ぜひ見てください!

https://www.instagram.com/reel/DJcx8n3zzUB/

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、神戸のトレイルランニングチーム「塩屋マウンテンクラブ」のメンバーが、田崎夫妻(みのりさん、ヒロッキーさん)と主催の岸井さんをゲストに迎え、海外でのトレイルランニング体験について語り合いました。 ヒロッキーさんは50代で初サブ3を達成し、スキー経験を活かしてトレイルランニングの世界に足を踏み入れた経緯を語りました。一方、レジェンドと呼ばれるみのりさんは、ヨガやジョギングから始まり、佐藤光子さんとの出会いをきっかけにトレイルランニングの世界へ。2014年にはUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)にも挑戦した経験を持つことが明かされました。 後半では、マレーシアで開催されたキャメロンウルトラ(CULTRA)60kmレースの体験談が中心となりました。岸井さんはベトナムでのマラソンでのロスト体験から、この大会に誘われた経緯を語り、田崎夫妻もみのりさんのレジェンド級の経験と岸井さんの誘いをきっかけに参加を決めたとのこと。レースは、想像以上のワイルドなジャングルコース、スコールのような激しい雨、そして茶畑の美しい景観など、多くのドラマを生みました。特に、現地の参加者との交流や、レース運営のレベルの高さ、そして参加賞の豪華さなどが印象的だったと語られました。また、田崎夫妻はカテゴリー別での入賞を目指し、みのりさんはヒロッキーさんのサポートと自身の神戸マラソンへの挑戦について語りました。このエピソードは、トレイルランニングを通じて広がる世界と、年齢や国籍を超えた交流の素晴らしさを伝えています。

オープニングとゲスト紹介
塩屋ヒーハーFM
皆さん、こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか。
神戸のトレランチーム、塩屋マウンテンクラブの、
サポート担当、遥香です。
今日は、ここ、へその、
神戸の真ん中にあります。へそ。
神戸の真ん中?
あれ?違う。塩屋の真ん中?
塩屋の中心。
そうですね。ここ、塩屋の真ん中にあります。
遥香ちゃん、今日3本目なんで。
ちょっとね、もう頭が。
やばいよ。
やばいですか?空いてないですか?
空いてない。
あら?おかしいな。
そうですね。ちょっと元気にやっておりますけれども。
塩屋ヒーハーFMは1本目ですからね。
もうぐだぐだじゃないですか。
ぐだぐだ。いいやいいや。そのまま行こう。
こんな感じで、へその部室の中で収録をしております。
今日は、3人のゲストの方にお越しいただいております。
まず、時計回りに紹介しますと、主催の岸井さんですね。
岸井です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
高知県から戻ってきました。
何したんですか?高知県では。
自転車でこけました。
ああ、なんと。
あばらが折れたかと思いましたけど。
多分、なんとか大丈夫です。
旅してたんですか?
半分仕事、半分旅でした。
まみれてますね。
ありがとうございます。
今日は初めてのお二人が。
まだあだ名は決めていないんですけれども。
猛烈不採的な感じがいいかなと思ってます。
確かに猛烈不採。
猛烈でしょ。
ぴったりかもしれない。
アグレッシブな感じ。
もっと猛烈だけど、猛烈で。
海外ばんばんレースに出てる感じ。
猛烈じゃないかな。
強烈?猛烈?
レジェンドが。
田崎不採ですね。
みのりさんとヒロッキーさんと。
よろしくお願いします。
みのりさんですね。
ヒロッキーです。よろしくお願いします。
お願いします。
今日はこのお三方が海外のレースに出られたということで。
その話も聞いていきたいなと思っておりますし。
お二人のルーツも気になるところですね。
出会いのところとかね。
走り始めたきっかけとかね。
少谷になんでいるの?とかね。
いろいろお聞きしたいなと思ってますので。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
それでは今週も神戸のウエストサイド。
少谷から少谷マウンテンクラブのメンバーがスパイシーセイヒーハーな話題をお届けいたします。
まだまだ暑い少谷ですけれども。
こうして冷房をガンガン聞かせながら部室へそにありますね。
部室で収録をしております。
少谷ヒーハイフェです。
体幹は25度ぐらいですかね。
そうですね。
暑すぎません?
こんなガンガンにクーラー聞いてるのに。
マイクに音とか入ってないから心配ですけどね。
ガガガガガみたいなね。
昭和なので。
へそクオリティです。
古民家のような感じを見延べして使ってますよということで。
令和ではないです。
昭和ですね。間違いなく。
昭和です。
ヒロッキーさんのルーツとトレイルへの目覚め
ということで、田崎夫妻のルーツをいろいろ探ってみたいなと思いますけれども。
どちらからお聞きしようかな。ひろっきーさんかな。
どちらでしょう。
みのりさんは6時間くらいヒストリーがあるので。
あらたくパイセンがすごくリスペクトしてるという話も聞きましたしね。
あらたくさんがヤバいよこの人はっていうぐらいのルーツがある方なので。
どちらからいきましょうか。
ひろっきーから?
はい。
軽い方から。
田崎さんもすごいですよ。
本当に。
教えてください。
走り始めたのは結構。
走り始めて6年くらいです。
6年。最初はロードからなんですかね。
5歳過ぎてからですか。
走り始めたのは40代。
49から。
そうでしたか。
ロードで走り始めて、まず近所から。
フルマラソンに出たいなと思って。
それがきっかけですか。
なんで走り始められたんですか。
もともと運動好きだったんですけど、だんだん実は太ってきて。
それでも太っているんですね。
当時はですよ。今だからアレンジされてるってことですよね。
自転車で通勤したいなとか色々考えてたら、走るのが一番手っ取り早くて。
いつでも好きな時間に行けるので。
走り始めました。
以前は何のスポーツをやられてたんですか。
その昔はスキーをやってて。
大体20代後半から30代前半。
ほとんど山に。
冬40日くらい山に行ってました。
だいぶこもってますね。
時代的に。
スキーガンガンやって。
可愛い女の子ナンパして。
もうちょっとあったり。
その頃は。
スキーに連れてってみたいな。
冬しか山にはご縁がなくて。
夏は走るっていう文化がまだなかったです。
ないですよね。
夏は何してたんですか。
夏はすることがなくて。
それこそスポーツクラブとか行って。
筋トレしたり。
あとエアロビしたり。
懐かしいです。昭和の香りがします。
昭和を生き抜いてきた方ですね。
冬のために夏トレみたいな。
なるほどなるほど。
夏筋トレして冬ナンパするために。
そういうことですね。
かもしれません。
そもそも50代に見えないですね。
ありがとうございます。
運動はお仕事もバレバレされてたと思うので。
30代40代って結構仕事する時じゃないですか。
その後運動歴みたいなのはどんな感じだったんですか。
30代から45くらいまでほとんど運動してなくて。
45歳超えたあたりからスポーツクラブとか行ったり。
徐々に運動始めて。
でもまだ全然ランニングとか熱いし。
そうですよね。
走るっていうのもなく。
ふと思い出したんですよね。若い頃の記憶を。
一緒に一回はフルマラソン走ってみたいなっていう思いが浮かんできて。
ちょっとこれ練習しようかっていう。
で何マラソンに。
一番最初はもっと前なんですけど。
最初は北九州の海峡マラソンっていうマラソンで。
当時福岡でした。
これ実は40代よりもうちょっと10年くらい遡って。
35歳の時なんですけど。
で一回走ろうと思った時にスポーツクラブのインストラクターがフルマラソン走ってる方で。
走ってて有り見騙されてエントリーしてボロボロで一回ゴールした。
10年経ってちゃんと走りたいなっていうのもあって。
でもう一回きちっと練習自分ではして出たのが徳島マラソン。
その時はもう関西?
その時は関西。
ちょうど九州から帰ってきた時だったんですけど。
で3時間40分くらい。
早い。
早すぎでしょ。
急に。
すでに早いじゃないですか。
それ早すぎないですか。
早いですね。もう3.5が見えてますよね。
それもいきなり気合い入れて結構練習されてたんじゃないですか。
そうですね。周りに出ますって言って。
で絶対逃げれないようにして練習して。
ただ一人で走ってたんですけどどうしても3時間半切れなくて。
で49の時にランニングチームに入って。
そこできちさんと出会って。
本当に?
そうですか。
サウルスの時?
そう。サウルスの時。
そうなんですね。そっか。
今田崎さんはいくつでしたっけ。
僕55です。
だから6年前に出会ったんですか。
6年前。
そうか。早いですね。
早いですね。
6年も経ちましたって感じですね。
でサウルスが5円で3時間半はすぐに切れるようになったんですけど。
そしたらその当時の5円で。
一回山で駅伝があるから来ませんかって誘われたのが塩屋マウンテンクラブで。
まさか鉄海駅伝ですか。
そう鉄海駅伝です。
幻の。
1回だけ会ったやつですね。
でもメンツいかつかったですよね。
すごいメンツが来てましたからね。
あれは2001年かな。
5年前くらいですか。4年前?
5年前。
じゃあ山走られたのも本当に鉄海駅伝がぶっつくくらい?
そうです。鉄海駅伝があるってことで。
実は初めて山走ったのが岸井さんがアテンドしていただいて。
で鉄海さんまで走って。
次の日本番みたいな。
すげー。
すごい。
すごいですね。
それあんまりないですよね。1回走って。
そうですね。
1回だけ行っていきなり本番。
その鉄海駅伝っていうのが山のもちろんトレーランナーも結構いたんですけど。
僕が結構いろんな知り合いがいたんでロードランナーにもこう声かけて。
で高崎さん多分サウルスの3人で。
はい。
普段ロード走ってる方中心で来ていただいて。
でトライアストロンの選手がいたり。
あと大西ブラザーズが超一流のロードランナーですけど。
高橋さんっていうトライアストロン日本選手権優勝してる人が来たり。
いろんなあれですね。
一種格闘技戦っていう感じ。
そうですね。本当走るだけじゃなくてすごい個性的な方がいっぱい来られてて。
ロードの方とはまた違う世界があって。
同じ走るのもロードも楽しいんですけど山も楽しいなって目覚めたきっかけになりましたね。
その時どうでしたか?一周6キロ今でもしんどいじゃないですか。
鉄海の一周って。
登って降りてまた登ってみたいな。
走り切れましたか?
その時に覚醒して。
ロードで一回も勝ったことない若手の人がいたんですけど。
同じチームで。
その人より早かったんですよ。自分が。
多分鉄海の一周はその時が一番早くて。今より早くて。
あの時でもみんなわけのわからないタイムで大蔵さんとか32分ぐらいで走ってたと思います。
一周?
34分かな。
早っ。
大西さんは確か30分台だったんですよ。
あれバチバチするから。
みんなが早すぎて。
怖さがわからなかったんで。
下りとか皆さんもうすぐスピードで行くじゃないですか。
自分も行っちゃったんですよね。
こけずに走り切れたんで。
スキーの経験が来てるかも。
そうか。怖さがないんでしょうね。
そうですね。
それでなんて楽しいんだろうと思って。
山を走ってる方がキロ何分とか時間とかあんまり気にせず伸び伸びと走れるんで。
これは好きだわと思って。
それも良かったですね。
わかります。
そこから塩屋の練習とか来られたりしたんですか?
そこから1年弱通ったんですけど、ただロードの方がサブスリーしたいっていう思いが強くなってきて。
目標があったんですね。
両方は自分的に無理だなっていうのがあって。
どうしても5回ぐらいサブスリー挑戦しても達成できなくて。
ちょっと山をお休みしますって。
別に言わなくていいんですけど。
結構宣言されます。
サブスリーするまでちょっとお休みしますって言って。
サブスリー2年ぐらいかかったかな。
サブスリーができなかった時のタイムって1桁ぐらいだったんですか?3時間。
そうですね。15分、10分、8分、5分。
そこから次サブスリーしないといけないと思って。
山ちょっとお休みして。
5分縮めるのも大変ですよね、そこにも。
大変ですね。
初めてサブスリーされたのは何の大会だったんですか?
サブスリー初めてしたのは姫路羽生マラソン。
今から3年前。
すごいですね。
50歳を超えてからですもんね。
53歳でしたね。
それはもう年のせいとかでいろいろ言ってられないというか、いくつになっても挑戦しないといけないなって気持ちにはなりますね。
40代でも5、6代で言ってるときもありますね。
50何分やったんですか?
57分。
すごい。
だいぶ巻いてますね。
そうですね。練習は思い切りやって。
みんなにいけるいけるって言われててもやったことないんで、わからないし。
やっぱり練習通り走れましたね、そのときは。
達成感ありましたか?
達成感ありましたね。
そこから青山に戻って来られたんですか?
そこから青山に戻りますって。
約3年ぶりに参加させてもらって。
今ちょうど2年目かな。
戻って。
私がお会いしたのはその頃からってことですよね。
猛烈ですからね。
そうですね。
情熱は変わらない感じで。
どんどんみんなグダグダになってきてるのにね。
グダグダ。
佐々木さんの情熱は。
熱い熱さが伝わりますね。
ありがとうございます。
結構集中的にはまられるタイプなんですね。
そうですね。
どこかで研究してる。
どうやったら速くなるかとか。
速い人についていくのが好きで。
目の前で速い人のフォームを見ると
体が勝手に真似するんです。
真似できるっていうのが、すぐ習得できるっていうのがすごいですね。
それも楽しいんですね。
確かに。
私は見ても全然、自分がそのような体の動きをできないというか。
山の動かし方がわからない。
感覚で走ってる人多いからね。
助けりゃいいやみたいな。
そうですね。
でもロードの人ってどっちかやったら
わりとタイム追っかけがちだったり。
それはそれでもちろんいいことなんですけど。
なんか山にハマってほしいなと思いながらも
意外とやっぱり練習来てもその後来なかったりっていう人が多い中で。
結構ロードのタイムの目標にするって方が多いだろうから。
山だとそういう練習がなかなかできないから。
っていう方も多いと思いますけどね。
タイム追いかけるのもちょっとキリがなくなりますけどね。
そうですね。
そんな中。
とんでもないちょっと強者の。
いつしか練習に一緒に来られるようになった
みのりさんのレジェンド級の経歴
みのりさんですが。
レジェンドと言われて。
猛烈じゃなくて強烈。
強烈かな。
強烈。
先烈?
先烈。
もっと?もっと?
もっと。
へー。
等覚をどんどん表してますけれども。
そうですね。
どっから聞けばいいんですか?
もうほんと6時間かかっちゃうと思うんで。
でも僕聞いてるのは
田崎さんが最初お会いされた時は
もう怪我されててみのりさんが。
だから伝説のトレイルランナーとか
そういう感じじゃなかったんですよね。
そうなんですね。
全然そういうのは知らずにですね。
全くヨガをやってる
ジョギングされてる方だと。
ゆるく。どっちかって言ったらゆるくね。
走りとかでも知らなかったです。
ラン繋がりってことですかね。
そうですね。ラン繋がりです。
しかも別に山でお会いされてないですもんね。
港の森?
はい。港の森で。
練習会ですね。
練習会で。
じゃあヨガやってて
ちょっと趣味で走ってるぐらいなイメージ。
そう思ってました。
いざ蓋を開けてみたら。
それはいつバラされたんですか?
ちょっとずつ。
ちょっとずつ。
少しずつ。
少しずつ。
UTFBにもう何十年前に出てるのかっていうのは
しばらく言わず。
言わず。
言わず。
なんとなくこう
なんとなく。
体勢あるかなっていうのを見ながら
そうかそうか。
あんまり言わずちゃうとやばい人だと思われるからね。
そうですよね。
でも何年前にトエルランニングっていう言葉があった時
まだマウンテンランニング?
ありました。石川博さんとかが出て来られた頃に
トエランに走り出したので
多分石川さんとか株式会社さんくらいかな?
株式会社の世代グっていう言葉を広めたの。
かなりそれもうあれですよ。
縄文時代みたいな感じ。
ハルカさんにとってはね。
黎明期?
黎明期の黎明期。
あんまりちょっと話が長くなるくらいから
出してはしたくないけど。
2000年代くらい?
そうですね。私が一番最初にレースに出たのが2009年。
マダラ王のレースに
多分第2回とかだったのかな?に出て。
第2回?
ザックとか?
ザックが全部モントレール。
モントレールオンリー?
靴はアシックスで。
まだ地図を持ったり。
そうそう。タイツ履いてましたよ。
はいはいはい。
ミフさんでもそもそもなぜと
ちょっとまた無くなりそうな感じだけど。
サクッとじゃん。
取れらんね。
なんか若い頃アフリカ旅されてたり
なんかちょっとおかしな感じの。
めっちゃアグレッシブ。
ところは。
僕は結構スラッと聞きましたけどね。
だいぶ近しい感じですね。
岸井さんのアグレッシブさのところと。
でも全部だいぶ先を行かれてるので。
本当に?
岸井さんの行動力はすごいですからね。
アフリカ?
でも最初その山に行き始めたのは
開花としてが先だったのか。
違うんですか?
たまたま走り出した時に
佐藤光子さんっていう
そうだ。
たぶん原田さんは知らないと思うんですけど。
知らんじゃいけずすいません。
佐藤光子さんという超有名な関西で
大阪の大学の先生なんですけど
説明に優勝とかされてて
毎年は説明でられてて。
ヤバい感じのレジェンドですね。
レジェンドですねそれは。
その方がたまたま
私が入ったカルチャースクール
しかもアサヒカルチャーなんですけど
アサヒカルチャーのランニング教室
初めてのランニング教室っていうのが
アサヒカルチャーはぶっ飛んだ人教されてたんですね。
そうですね。
先生だったんで
そこで初めてトレールランニングっていうのがあるんだって知って
走り始めてむしろすぐぐらいにいきなり山?
当時今トレールランニングっていう雑誌
トレールランナーかな?
雑誌の全身タカタッタっていう雑誌があって
あれの創刊家の特集で
佐藤光子さんの特集があって
それの取材課なんかで
ミノを走りますっていうので
皆さん来ませんかっていうイベントがあって
初めて靴買って
先生はアシックスがスポーツだったので
アシックスの靴買って
モントレールじゃなくてグレゴリーですね
グレゴリーだそう
石川さんグレゴリー
グレゴリーのザックしか女子用なかったんで
全員同じザックなんですよ
面白いな
他のメーカーがまだなかったことですね
一択
女子用はそこ一択で
何リットルくらいですか?
あれ12リットルくらいだったのかな
ピンクの
ほんとみんな同じザックとみんな同じ靴で
イベント行って楽しくてっていうところが最初で
すごいな
レジェンドから学んでたら楽しいでしょうしね
佐藤先生はそうですね面白い方で
そうですよね
そこからじゃあのめり込んでいかれた感じですか?
そうですねその時に
石川さんひろきさんのイベントとかもあって
カプラキさんのイベントとかもあったりしたんですよ当時
大兵兵器ですよね
その時にちょうど激走モンブランっていう番組
知らないと思うんですが
それはオンタイムで見た世代で
それを見て
たまたまその時にまだらを50走った時で
ボロボロになって帰ってきたんですけど
激走モンブランを見てそのセットで
私絶対モンブランに行くってその時に思って
普通思わないからね
そうですね
いやもう毎日毎日
そんなに思わないから
やっぱりちょっとそれの前からちょっと飛んではるところが
そうですね
でもすっごいハマって毎日見てたんでしょその録画を
毎日夜寝る前にずっと見てて
どこに惹かれたんですか景色?
わかんないですけど
あの世界観ですかね
もともと旅は好きだったんですか?
旅は好きだったんですけど
旅観もあるのかもしれないんですけど
ぐるっと160キロ回るっていうのとか
あの世界観ですね
当時のレースというかトレイルランニングの
起こりじゃないですか2回とかって
ワーキングとか
ちゃんとしてましたね
石川さんのスタイルは
軽走でも走れるように楽しくっていうような
ラフォータでも走れるところですもんね
そうですね
真悦と近いあれですもんね
そうですね真悦の一部ですもんね
そこから距離を伸ばしていって
マダラを走って真悦110走って
UTMFを走ってっていうので
足どんどん走ってて
そうで最後モンブラン行ってっていう
モンブラン何年ですか?
2014年に行きました
2014年
はるかちゃん
生まれては言うね
もちろん生まれてますよ
社会人にもなってます
社会人にもなってるか
まだ東京にはいましたね
東京にいましたね
そうかじゃあ
僕とかでもトレーラー始める前ぐらいかもしれないですね
そうですね
それはレジェンドだわ
でも1回レースとかも全く出なくなって
走らなくなってるので
今ちょっとフレッシュな気がする
走ってやされたな
怪我もあるし
あとやっぱりちょっとモチベーションというか
そうですね
一つ目標を達成してということですか?
ちょっと秋も来ますもんね
そうですね
キャメロンウルトラ(CULTRA)参加の経緯
新しいことしようかなっていう風に色々やって
でもたまたま去年
ヒロッキーが神戸トレイル走るって言って
でトレーラーの練習に行くって言い出して
でちょっと付き合ってたらなんか楽しいなってなってきて
久々に走られる時に
たぶんしわ直されに来られましたもんね
もうなんか私強烈で
もう全然ついていけなかったのね最初
レジェンドだと思って
本当に?
もう全然ついていけなくて
もう死にそうになって
火払った
昔のイメージとは
全然
体が全く
そっから全然違うんだ
そうですよね
だから自転車乗っていらっしゃったりね
台湾反修されたりとか
聞いたりはしてたんですけど
結構海外で旅されるのがお好きだったんですね
そうですね海外は結構行ってたかな
たまたまでもその時に自転車で台湾行ってただけなんですけど
本当に?
自転車で台湾反修された話とかは
いつ聞いたの?
教えられてからいつぐらいの
それはリアルに知ってましたよ
直後ですか?直後じゃなくて
だんだんやってることが
あれ普通じゃないなっていうのは
Facebookとか
検索したら
一緒の人かなみたいな
名字一緒やけどみたいな
山走ってるような
人かなっていう感じ
普通じゃないかもしれないみたいな
でもこの前は歩いてたし
ヨガがあるやったしぐらいな感じですよね
同性同盟もいるかもとかね
思ったりして
それが本物だと気づかれたのは
言われてからどれくらい経ってですか?
山にハイキングの感じで行ったんですよね
僕より歩くのが遥かに早い
歩いてちぎられるっていう
おかしいな
昼夜とかサブスリーとかしてて
普通より早いはずって思ってたのに
登りとかで歩いたら全然置いてかれるんですよ
走るのは遅いのに歩くのは早いんですよ
体力というかあれがね
経験値まで
ちょっとこれ本物だなと思って
同性同盟じゃなかった
本人だった
すごいな
マッスルメモリーもあるでしょうしね
あると思いますね
猛烈ともっと強烈が
そうですね
こうして
一緒に走ってると
久しぶりに走られるときに
来られたの僕も知ってるんで
たくさんも確かいらっしゃいましたよね
いましたね
あらたくさんはどんな反応されてたんですか
え?っていう
レイデンウィーキーなので
佐藤さんも僕は直接存じ上げないですけど
もちろん雑誌で見てたりとか
あと上野宮逸子さんとか
逸ちゃんはお友達ですね
当時どういう選手だったんですか
かぶらぎさんと石川さんが2大巨頭みたいな感じで
あとその他もろもろ
お亡くなりになった相馬さんとか
相馬強志さんだ
さっきチラッと言って
平井出さんとかトランスジャパンの
応援でね
応援で
横はカメラマンさんで
一緒に
一緒に?
それもすごい
雑誌とかにも載ってらっしゃったんですか
そうですね
雑誌載って
あとガイドブックも書いたことがあって
ちょっと掘るわ掘るほど
親のよく書いた話はご存知ですか?
見せていただきます
かぶらぎさんの持っているチーム100マイルっていう
お友達がチーハクにすごく当時いたので
声かけていただいて
関西のトレイル案内みたいなの書いたことが
ヤバいじゃないですか
すごい関西のトレイルを語れるという
語れる方ですね
教えてもらおうと思って
でもなんか嬉しいですよね
嬉しいっていうかね
もう一回一周回って
そうまた
一周回って
ステージ変わってるんでまた関わりが大違うけど
今回じゃないけど
最近サポートみたいな感じで関わってるのも
結構楽しいかなって
ありがたいなと思って
教えよう
教えております
サポートです
時にはサポート時にはご自身で
トレイルの時はサポートの方でしたもんね
でも全然
でもサポートしてもらう
そこまで必要じゃなかった
久々にレースに出られたのがフォルムサでした
そうフォルムサに出たいと思って
久しぶりにトレイルのレース
復帰戦だった
そうだったんですね
7年ぶり8年ぶりぐらいに出て
40キロでしたよね
フォルムサ40キロ
その時はどういう感じでした
久しぶりすぎて
その前にいっぺん
さすがにいきなりフォルムサは怖いので
ヒメボタルに久しぶりに出て
足が久しぶりに映って
なんか新鮮でしたね
これこれみたいな
面白いですね
今回はマレーシアで60キロ走ったってことですよね
そこまで走るようにもなって
サポートしながら
今回は同じ距離を走ってみました
なかなかマレーシア良かったですね
良かったですね
良かったです
じゃあこの後しっかりお聞きしていければと思いますので
そうですね
ぜひぜひ
ありがとうございます
やっぱり回ってない時に面白い話が出ましたね
原宅さんが聞いたそうな話が出ましたね
そうですね
だけれども気を取り直して
これはカルトラって読むんですか
カルトラですね
キャメロンウルトラを
そう
キャメロンウルトラを
本当に60キロなんですよ
名前がついててうまく発音できないですけど
バーナビーだったかな
バー
読めない
読めないでしょ
はい
60キロの分に
マレーシアのレースって
なじみがそんなにないかもしれないですけど
かなり良かったですよね
想像以上に良かったですね
まずこのレースを知ったのは何でなんですか
僕が去年くらいから
結果を追い求めることに疲れて
アジアは元々好きじゃないですか
そうですね色々行かれてましたよね
原宅さんもバックパッカーだって話があったんですけど
アジアがやっぱり言ったら別にそれは
レースではなくても
久しぶりにアジアを旅することが
1泊2日でも面白いなとかって
で通い始めて
去年ベトナム
それも僕が本当はトレーニング大会に出るつもりが
エントリー入金忘れてて
出れなくなって青なんですけど
シャーナシンジャー1月この日明けてるのにって
検索したらマラソンやったんですけど
ベトナムのホーチミン
ホーチミンマラソン
まあまあ大きいやつか
それが多分3週間前くらいだったんですけど
まさかエントリーができる
3週間前じゃないですか
後で見たらそれも締め切り1日前とかやったんですけど
とりあえずマラソンなんか
42キロ走られへんし
ハーフでいいわと思って
でポチったんですよね
台湾がベトナムになったんですけどね
僕ハーフくらいやったら
結構得意距離なので
多分年代別確実にトップで
めちゃくちゃその瞬間頑張って走ってたんですよ
あとちょっとしたら賞金ももらえるし
久しぶりにいい報告できると思って
頑張ってたら
案の定というか
20キロ過ぎてもゴールが見えないと
これは来たな
これはやっちまったな
21キロ
もう過ぎてる
やっちまったなと思って
ベトナムのレースってね
日本やとすぐにね
救護車リタイア車いっぱいありますけど
英語でも通じないし
ベトナム語でもうちょっとやめたいんだけど
そういう収容車みたいなのあるの?って聞いたら
そんなのあるわけないでしょって言って
あんた走れるから歩いて戻ってくださいみたいな感じで
ハーフのつもりが
フルイカザロー得なくなって
ぐだぐだぐだぐだ
一回一回もう気持ち切れちゃったんですけど
もういっかと思って
ぐだぐだぐだぐだ歩いてたら
セーラー服を着たね
女の子が
女性が
めっちゃ元気で走ってきたんですよ
で僕のベトナムに住まれてる友達の
たまえさんっていう方で
以前もベトナムに行った時に
一緒に走らせてもらったり
後輩にも来てくれたり
Tシャツを持ってる
そういう人も別にロードが全然メインではなくて
はるかチャンバリーに
とにかく長いのが
ウルトラトレイルとか
わけのわからん長いのが得意な方で
僕はロストしたんで
なんで岸さんいるの私に言ってくれないのか
って怒られたんですけど
打ち上げあるから絶対来てよって
そこで再会して
打ち上げの時にいろんな日本人コミュニティっていうか
ベトナムの駐在の人もいるし
インドネシアの駐在の
ナオタのこと知ってるランナーとか
あといろんな面白い方が集まるまで
その人が要はアジアのトレイル
出まくってる女性なので
言葉も堪能なので
いろんなオーガナイザーと知り合いなんですよね
日本帰ってきてからやり取りした時に
僕全然知らなかったんですけどね
岸さんすっごいマレーシアで
即感するめちゃくちゃ人気の大会があるんだけど
日本人の出る人探してて
出ないって言って
誘いが来たんですよね
最初は何て思うだろうと思ってたんですけど
調べたらめっちゃ人気が高いみたいな感じで
何がその時はいいか分からなかったんですけど
僕マレーシア行ったことないし
そういう誘いがあるんだったら
とりあえず仕事のピークだけど
乗っかっとこうと思って
嗅覚が反応した
彼は完全にアスリート枠だけど
何か声がかかったみたいなんですけど
僕は多分変な日本人枠で
声かけてもらったんで
最初100キロ
100キロは僕アジアまで行って死にたくないんで
60キロ
出ますって言ってありがとうございますって
たまえさんのおかげで出れないんですけどね
普通は
そういう日本人枠みたいなんで
応援いただいたんで行きますと
でもみんなそんなに海外興味ある人って
多分ちょっと一部だけなんで
田崎さんでも何かで引っかかっていただいたんですよね
僕は何か出ますとかっていう
アサレンのテッカイで
キッシーさんがマレーシアの大会に出るんですって言われて
その時一人で参加してて
家に帰って
みのりんに言ったら
私も行きたいっていう話になって
そこからすぐキッシーさんにオファーして
でも人気があるし速感って聞いたんで
ダメ元で言ってみたら
奇跡的に60キロ出れることになって
キャメロンウルトラ(CULTRA)レースの概要と体験
その前の年に
俺も最初に行ったじゃないですか
その時に
僕は元々田崎さんはバックパッカーとか
その辺は知らなかったんですけど
みのりんさんが普通じゃないのは知ってないんですけど
でも何て言うのかな
すごい旅を楽しまれてるなっていう
台湾なんかは僕より詳しいくらい行かれてたし
台湾半周自転車にされてたとか
なんかそういうので
もともとは僕も一人で行くつもりだったんですけど
そういうのに興味を持っていただける方って
ありがたいじゃないですか
田崎さんに言ったら
何とか押し込んでいただいて
それからは本当に
僕はやっぱりいつもの通り
仕事に言われてノープランでしかないので
なんかねエントリーとかもね
ちょっとやっぱり向こう
別に他の大会もそうですけど
健康診断書とか
なんか独特なね
日本にあんまりないような
普通の日本の大会だと
医師のサインとか
普通いらないじゃないですか
ボーカルの大会で
そういうの必須だったりとか
あと当日まで気がつかなかったんですけど
エマージェンシートが2枚いるとか
2枚?
1枚じゃなくて
変なことがある
何に使うの?
分かんないですけど
あと筆計品がものすごい厳しいんですよね
東南アジアからゆるいイメージあるでしょ
そうですね
だいぶゆるいイメージあるのに
めちゃくちゃちゃんとしてるんですよ
いろんなことが
ライトはずっとついておかないといけないとか
あとこれも使わなかったんですけど
お椀っていうんですかね
食べ物食べれるようにお皿とか
お椀とかスプーンが
絶対自分で持っておかないといけないとか
うちのマイクアップもそうなんですけど
やたらと筆計品が厳しい
ゆるいんですけど厳しいみたいなね
そうですね
ゆるいけどルールに関しては
日本より
きっちりすっごくきっちりしてる
申し込み
受付とかも
全部事前に日本でやっていったものを
QRコードを見せなきゃいけないっていうのと
あと顔認証なんですよ
進んでます
だいぶ進化ですね
顔全部写真撮られて
パスポートと合わせてみたいな
ゴールした後も顔認証されるんですよ
偽物じゃないかって
全然進んでるんですよ
写真もすごい良かったですね
写真もやばいぐらいかっこいい
動画もありますし
本当に動画も
ジャングルの中とかにカメラマンがいるんですよ
真っ暗の中にいきなりカメラマンがいて
パシャーって
エモい系の写真を撮ってくれるんですよ
エモかったですね
すっごい高いのに思わず買ってしまったんですよ
買ってしまう
動画もね
走れって言われたんで
坂道で
もちろん走ってるんですけど
走ったら
まさかのスローの動画で
スローの動画初めて自分でも見て
思わず買っちゃいました
すごい
本当に
未知じゃないですか
UTMBとか
そういうメジャー系のレース
特にもちろんヨーロッパもそうですし
アジアでもタイランドとか
そういうイメージがあると思うんですけど
このキャメロンウルトラって
あんまりね
日本ではそんなに知られてないから
そうですね
マレーシアでは有名なんですか?
マレーシアでは一番有名だと思います
参加者3700人
かなり
めっちゃでかいじゃないですか
本当に子供から大人まで
みんなが参加できる大会ですね
キャメロンハイランドっていうところで
高校のリゾート地かな
リゾート地
高校いくらでしたっけ?
1500くらいかな
結構高い
クアラロンプールからバスで5時間くらいの
山の上
でもなんか
町に到着したら
すごいこう
横断幕があったりとか
町をあげてみたいな感じなんですか
そういう感じで
受付とかもさっき言ったようにね
かなりしっかり
進化して
ただね僕はいつもの
診断書
友次郎さんに書いてもらった診断書
カン君の公園ロッカーに置いてくるという
やばい
いつも通りの
あれをやらかしたんですけど
よく気に抜けましたね
正直にそれは言って
そこは親切でした
元々の
一応元々PDFとか出してるので
なるほど
ただ最終的には
本当に診断書を受け入れられてない方も
いらっしゃったんですけど
そこで当日の
そういう診断のする場所もあったりしてたんで
そういう意味ではやっぱり
海外から来た方を
選手を跳ねつけるっていう感じは
全然なかったですね
ただ必見品とか
その辺は結構厳密に見られる
感じでしたね
私たちは当日
エマージェンシーシートが
1枚ずつしか持ってなかったので
買ったんですよ
よかった買えて
いるんでしょうね
やっぱり同じような方が
当日受付で売ってたんで
すかさず手に入れて
田崎さんは元々
順位狙いな感じだったんで
本当に
2つ売りますよって言って
2つみたいな感じだった
そうですね
よかったことなきを得て
カテゴリーがね
日本とまた違って
50歳以上なんで
シニアベテランっていう
シニアベテランっていうカテゴリー
枠があるんですか
すごいなんか
なんだろう
ベテランじゃないのに
シニアっていうだけで
かなり歳とってるなみたいな
カテゴリーなんですけど
それとベテランが
40以上
40歳未満が
オープンっていう
3つカテゴリーある大会で
それのカテゴリーでの
優勝を目標にしてた
優勝を目標にしてなかったんですけど
3位まで入りたいなっていう
わけがわからない
自分の中でもモチベーションがあって
海外で表彰とか受けられたら
すごい記念になるよなと思って
そうですね
マレーシアの特有の天気なのかね
いくら着いた日もね
とんでもない
なんだろう
ドリフトの大爆笑で出てくるような
スコール的なやつですか
すごい雨です
本当にすごい
量がすごい
が初日降って
僕らの空港に着いて
ちょっと買いたいものがあって
デパートみたいなところに寄ったら
ホテルまでの3分の距離なんですけど
もう出れないみたいな
本当に
そこまで降るんだ
その時も佐々木さんチェックにされてたんでしたっけ
たまたま降る前に出かけて
外出る時に降ってきたんですよ
雨宿りして動けなくなって
見る見る道が川みたいになっていく
そんなに
たぶん次の日もね
向こうで合流するので別だったんで
僕は朝早くで
田前さんたちと車チャーターして
乗させてもらったんで
向こうで一応滞在してて
飯食べてる時ぐらいに
ワッて降ってきて
佐々木さんはもうちょっと遅い時間だったんで
思い切りそこ当たっちゃったんですよね
到着の時点から大雨で
これで明日
もうこれで走れるんかよみたいなね
こんな雨だったら
山はもう終わったなと
ぐちょぐちょ
沼になってるかなって覚悟して
受付も大雨で
でもスコールなんでね
本当に天気コロコロ変わるんで
1時間2時間くらい降ったら
山止むんですよね
前の日の晩で一緒に
食事
行きましたね
ローカルの店しか行かないんで
よかったっすね
よかったっすね
見るものを感じて
何食べたんですか?
うまそうなもの食べたからこれって言って
隣のペーブルで
黄色い美味しそうな
ライス食べてるんで
でも結構ね
地元の人たちが集まるというか
すっごい大にぎわいしてたんで
結構あれ大にぎわいしてるところって鉄則で
そこ
そういうところ大体美味しいんで
旅の嗅覚がみんなあるから
言葉より指差しですね
日本語で十分いけるかなっていう
レースの方ですけど
マレーシアの山々は
全日本と比べてどんな感じなんですか?
ジャングルっぽい感じ?
すごいジャングル感がすごかったですね
ドロドロなの
ベテランのみどりさんに
いろんな山を見てやる
北アルプスとかの
登りみたいな感じのところをレースで走るみたいな
岩とか
ヨジ登る
階段とか木段があるわけじゃなくて
ヨジ登るヨジ降りるみたいな感じ
手も足も使う
全身全身
ワイルド
めっちゃ楽しそうじゃないですか
距離が
ゆっくりだったらいいけど
レースでこれかっていう
夜なんでしょ
スタートが夜中の2時?
レース後半の展開とゴール
夜中の2時45分
暑いから?
そうですね
だいたい東南アジアのレースって
夜中っすよね
多いですね
降ってはなかった
小ぶりぐらい小雨ぐらいで
もうドロドロ
ズボーって足がはまったりとか
下りが
ちょっと前に言ったカガスパ
カガスパをひどくしたような
カガスパよりひどいんですか
カガスパも結構ドロドロでしたよね
滑り落ちるしかない
つかむところもつかめないんで
ズルズルって滑っていかないと
滑れないというか
現地の人はそれに慣れてるんだろうね
むしろ滑っていくというか
ヤッホーみたいなお尻ついて
そんなノリ
だから下りで
スノーボードみたいな感じでシャーって
走ってて滑るじゃないですか
うわーとかギャーとか言うのは
外人だけで
マレーシアの人はほとんどギャーも何も言わない
もう慣れてる
普通なんだと思う
だからスコール降ってるあの山が
ローカルバウンテンだから
結構ね
女性もヒジャブって
イスラム系の人たちみんな被ってて
もうみんな全部覆ってる状態で
ドロドロになって滑っていくような
すごいなって
タフすぎいません
本当は後4時に登る
で下りがその激下り
だから絶対ずっと両手使ってる状態で
ノート持ったり
僕木にぶら下がりましたけど
それぐらい段差が
下りもえげつない
何かを掴んだらすっごいトゲがあったりとか
ジャングルなんでツタまったり掴んで
左手から流血しました
そういうワイルド
ワイルドワイルドな
ワイルドすぎる
でもね自分は
完全に足を痛めてて走れる状態じゃないけど
でもねそういうご縁があるから
行ってから
とりあえず行って
君はスタートに突こうと思って
まあ頑張るじゃないですか
アドレナリンで
そうですね
頑張りましたけど
60キロ走り切ったの?
いやもう
そういう下りの状態だから
もうね足高いさえもね
座してる状態なのに
結構でもアドレナリンで
上の上位にはいたんですよ
でもその滑り台下りというか
足どこについたらいいかも分からないっていう
状態だったから
これであと40キロとか行ったら
海外まで行って救急車やなと思ったんで
もともとそのスタート地点の近くの
ところにエールがあるのが知ってたんで
だから周りのマレーシア人結構フレンドリーで
どうしたら大丈夫かみたいな
さっきまで元気だったのにみたいな
下りでね
本来なら下り苦手じゃないんですけど
足をどこについたらいいか分からない状態だったから
僕はもうアフターも含めて楽しみなかったし
迷惑をかけたくなかったんで
20キロくらいのところがスタート地点に近かったので
僕はもうそこで辞めたんですけど
しばらくしたらもっとロンコンになった
戻ってきた
ヤバいヤバいっすねこのコースとか言いながら
元気だったんで
そんな感じでしたよね
あのコースが60キロついたら無理ですよね
無理ですね
そこからがちょっと僕は見れてないんですけど
茶畑とか
後半でも結局めちゃくちゃだったらしいですけど
最初の3分の1の山の険しい道のりはもうないとは思ったんで
それでそのまま走れるなと思って
茶畑のところはいい感じでした
いい景観でしたよね
茶畑もね本当に
ちょうど僕が行った時は朝日が出る時間で
綺麗な茶畑がいっぱい見れて
ちょうど労働される方が出勤される時間で
一緒にコミュニケーション撮りながら
写真撮ったり手振ったりして楽しく走ってました
そういうところもあったんですね
そうですね
数少ないですけどね
数少ない
向こうのボーティーっていう紅茶の茶畑なんですけど
ただ想像以上に広くて
静岡県の茶畑とかじゃなくて
もう本当に360度
山の頂上から下まで全部お茶みたいな
すごい景色
またスケールがでかい
そうですね
路面は砂利道みたいな
トラクターとかが通るところなんで
日陰がないんですよ
それが20キロぐらい続くという
長い
長い
まあ人里的なところをちょっと走ったっていう感じなのかな
いや人里じゃないね
もう本当に茶畑オンビの山の
茶畑のなんか
規模が違うんだと思う
茶畑の
ああはいはいはい
茶畑すぎる今写真を見てますけど
バンクから参加された日本の方
はいはいはい
すごいな
そんな感じですね
もうなんか建物とかない
ないですね
へえこれが20キロ続くんですね
20キロ続くんですよ
すごい面白い
でもすっごいいい景色で
もう本当にそこは幸せっていう
ここは気持ちよさそうですね
ご褒美ですね
暑かったけどでもやっぱ景色は最高で
でなんか
いいですね
景色が一番かな
へえ
で結構そこで周りの人ともコミュニケーションとか
みんな結構歩き出すんで
私の周りぐらいのレベルだったら
ちょっと喋ったりなんかして
現地の方?
それ茶畑のあれですよね
茶畑の方
茶畑の方です
なかなかデープな感じの
これ
映画出てきそうな
シーンですね
すげえな
茶畑の人にお願いして
一緒に写真撮ってもらって
レースなんですけど
文化交流
非常に楽しみにしてたんで
ここぞチャンスと
一緒に写真撮りました
めっちゃお茶栽培してる
いやでも醍醐味ですね
醍醐味ですね
ワンチャンス逃しちゃったら
チャンスないんでそこは勇気を出して
声かけました
コミュニケーション
面白い
そのままその後
どんな感じになっていったんですか
その後は
やっぱり選手が結構見える
位置にいたんで
自分の順位は分からないんですけど
とにかく前の人が見えたら
追っかけるっていう展開で
みんなそんな感じなんですよね
前を追っかけていく
幸い僕が走ってたら
一人二人
追いついていったんで
これもしかして最後まで行ったら
いい順位入れるかなっていう
感触はだいたい
35キロぐらい
走ったら感じましたね
でも順位分からないですよ
全く教えてくれないし
本当に
そうか
別に今ランナーズアップデート見て
ああいうのがあるわけでもないってことですね
そうですね
自分の順位分からないんで
年代別も全然分からないんで
とりあえず走る
頑張る前の方いたら
追っていく
その後も走れるコースだったんですか
走れますね比較的
緩やかなずっと
茶畑登り下り
その後茶畑終わってから
一部激下りもありますけど
比較的ずっと走れる
じゃあもう
追い上げられるところですね
そうですね
100キロと60キロと
30キロが途中から混ざるんで
楽しい
混ざって声かけたりかけられたり
それが
続いて
楽しかったですね
めちゃめちゃランナーさんの雰囲気は
マレーシアの方やっぱり多いですけど
めちゃめちゃフレンドリー
フレンドリーですね
本当に
楽しんでる感が
半端ないし
楽しんでるのが伝わってきますね
笑顔だし
何か話しかけられたりとか
話したりとかもしたんですか
なんか
ナイスランとか言っても通じないんですよね
他の外国の方見たら
グッドラックって言ってたんで
グッドラック通じると思って
グッドラックって言ったら
ニコってしてくれる人がほとんどで
もう200回くらい言ったんじゃないですか
グッドラックって
みんな喜んでくれるんで
楽しくて言ってましたけど
僕はね先にも
早めに
リタイアさせてもらって
現地にいろいろ
いろんなものあるじゃないですか
出展してるから
全現地貢献してたんですけど
でもゴールシーンをね
30キロの人が戻ってくるじゃないですか
見てると
みんな本当にね
めちゃめちゃ楽しそうなんですよね
田崎さんが
前後もそうやったんですけど
カップルと若いカップルと
夫婦が本当に多くて
手をつなぎながら
帰ってくる
めちゃくちゃ多いんですよ
そのノリで
日本やったらあんまないと思うんですけど
マラソン大会に出るくらいの感じで
30キロとか出て
でも仲良くというか
喧嘩してるのかもしれないですけど
お父さん頑張って
手作りのプラカードみたいなの作って
ゴール前に合流して
一緒にそのままゴールするとか
あったかい
そうなんですよ
田崎さんが
この辺でゴールするんちゃうかな
っていう時間に僕いたら
気張ってね
その時年代別位置とか分からない
でも多分これくらいの時間
ちゃうかなと思ったよね
蓋を開けてみたら
年代別位置で戻ってきたと
すごいすごい
ありがとうございます
コーナーいただいてね
チャンピオンって書いてある
メンシニアベテランチャンピオン
そうなんです
1位じゃなくてチャンピオンって
言われるのが
すごい新鮮で恐縮で
っていう感じで
この時にさっきお話した
筆計品チェックが
最後のチェックがものすごい
本当に全部
机の上に出さないといけなくて
レインの裏
裏地まで全部チェックされて
ここまでチェックするか
っていうくらい厳しかったんで
エマージンシー勝っててよかったんだ
そこはね
田前さんがいろんなレースで出るからね
言ってたんですよ
基本的には緩いし
なんでもありだけど
優勝とか上を選ぶ選手は
めちゃめちゃそこ見られるから
っていうのが
東南アジア全般じゃないかもしれないですけど
そういう
一応ルールらしいですね
よかったです
だから結構出てこなかったですもんね
ゴールしてから
チェックが本当に厳しいんで
すぐに出れないですよね
拘束されちゃう
顔写真も撮られるもんね
顔写真ももちろん
よかった何事もなくて
ゴールされて
しばらくしてかな
またスコールが
また
知られちゃった
さっきの続きになるんですけど
茶畑が暑くて
氷を撒いて
エイドでもらった氷を撒いて
すっごい暑いのに
涼しくなってきたと思って
走ってたらそれが溶けてきたら
次は雨が降ってきて
その雨の量がすごくて
前が見えなくなるような雨で
急に体が寒くなってきて
やばいなみたいな状態で
エイドに着いて
ちょっと待機して
雷もすごかったので
そしたら
結構私は
やばいこれ中止になるんじゃないのって
思ったぐらいだったんですけど
マレーシアの選手の人普通に出てくるでしょ
慣れてるんだ
この雨の中出てくんやと思って
じゃあ大丈夫なのかなと思って
私も出て行ったら
本当にすごい雨で
そこで
寒くなってたんで
動かなきゃいけないというのもあったんですけど
どうでもいいやって
ジャバジャバって
水が
水没してたんで道が
ジャバジャバっていって
全部きれいになるかなみたいな感じで
逆にね
最後またすっごい激昇りがあって
広木の時は
そんなドロドロじゃなかったらしい
私の時はもう道がないぐらい
懸垂の
上登るような感じみたいな
ワーって登っていってて
デインジャーって書いてる
紐があって
これなんだろうって思ったら電線だったみたいで
それを引っ張ったらすっごい怒られて
そろそろでしょ
なんかすっごい危ないところで
そこをドロドロになって
登った先の1キロぐらい先はゴールで
ハーハーハーハー
なんかそのハードな
なかなかない経験だったな
って思った
ハードでしたね
最後は迎えてくださいました
二人で手繋いでゴールされたんで
わー素敵
よかったですよ
みんな仲良くゴールしてたんで
そろそろやってみようと
そっかそっかそれで
写真とかはあるのかな
私は雨にあまりにもずぶ濡れになってたんで
結構どうでもいい
すごい二人が嬉しそうにやってきたから
なんか嬉しいゴールなんだな
レース運営と参加賞、そして表彰
みたいな感じ
なんかでもいいっすねやっぱ
ゴールシーンもいいし
日本人は中野にほとんどいないから
めっちゃいい
これも公式ですね
公式もしっかりね
買っちゃいますね
撮ってくれてるし
好きなのこんなのとか
すごいジャングル感満載
ジャングルなのに
めちゃくちゃピントが合ってる
そうですね
すごくなんか
印象的なコース
とあとレース運営
すごかった
レース運営はむちゃくちゃ良かったっすよね
本当に良かったっすよね
手慣れてるってことですか
レベルが高いっすよね
エイドもご案内も
すごい慣れてるし
道は迷わなかったっすね
マッキングも分かりやすい感じ
分かりやすい
たまえさんが言うには
運営のところがすごいレベルが高いっていうので
人気があるっていうのと
もちろんね
頂いてる参加賞とかもね
めちゃくちゃイケてる
このバッグとか
めっちゃ使える
シャツに
なぜかTシャツが
参加賞とフィニッシャーと2枚ある
2枚作るんですね
フィニッシャーのキャップも
いいキャップやったしね
このメダルとか
他にももらえるわけですね
おー贅沢な
これが
入賞した人たちも
なぜかロックイン
入賞じゃないですか
カウベルをもらったわけですね
我が家に2つあるんです
このカウベルもね
ちょっとデカすぎますもんね
デカすぎますね
ちょっとデカいですね
金色に輝く
結構重量感のある
ビール
500mlぐらいの重さはあるかな
ありますね重さは
こんな感じ
いい音
なかなか日本では
売ってないレベルの大きい
またセレモニー
これを渡すセレモニーがすごくて
はいはいはい
そういう人を
称えるみたいな
多分第10回の記念大会
っていうことも
あると思うんですけど
子供とか
すごい喜んで表彰状
受け取るみたいなシーンが
本当によくて
あとは100km
100kmなんで
夜中中も走ってるじゃないですか
100kmの選手って最後
道路
メインストリート
そこを通って
ゴールするんですけど
その横に
飲食店があってね
ゴールした人が
イスラムなんで酒をって感じでもないんですけど
みんな食事してて
食事してる人の横を
選手たちが通過していくから
ずっとすごいやみたいな
頑張れみたいな
あともうちょっと遊ぶみたいなのが
多国籍な感じで
すごいこう
なんていうのかな
選手たちを後押しするというか
街を上げて
みんなで応援して
店員も含めて
本当にそれはすごい
なんか
岸井さんに聞いたんですけど
セブンイレブン
ファミリーマート
店は明けっぱなしして
えー
大丈夫?
応援して
すげーって思って
毎年恒例で
マレーシアのトレイルランニングの魅力と今後の展望
街を上げて
ってことなんでしょうね
日本からも
横内選手
横内くんっていうその妻の中心の
結構有名
アシックスアスリートで
今は違うところかな
本当に夕方の
まだ日が暮れるぐらいのところに
帰ってきたんで
めちゃくちゃやっぱり
かっこいいですよね
60キロだったんですか?
100キロで
でもやっぱり総力で言ったらね
圧倒的な総力はあると思うんですけど
そういうドロッドロの
アジアントレール
なので
やっぱり現地の人が
そのコースレイアウトで
3位でももちろんすごいですけど
やっぱりそういうのも含めて
面白いですね
なんかすごい
こうやって聞いてると
日本のレースだけでは
知ることのできない
いろんな世界があるんだなというふうに
本当そうですよね
ノーバーじゃなくても
結局みんなね
考えてることとか
目指せることって結構一緒だったりして
ネパールの人ともね
一緒に写真撮りましたね
ネパールからの参加者も
そういらっしゃったんですよ
結構ワールドワイドな
そうですね
お互いに
フィニッシュしたことを
称えて
素敵
そうか
すごくいろんなことを感じるような
情報量も多くて
面白いレース
だったかなって
井上さんいろいろ行かれてますからね
そうですね
いろんなところを経験されている上で
そういうふうにおっしゃるのは
かなり魅力的なトレイル
レースだったのかなというふうに
本当にリアルね
僕もアジア行っていくたびに
言ってますけど
若い子たちが本当多くて
3割ぐらいは
30代以下ぐらい
なんか雰囲気が全然違う
若いんですよね
若いだけで
レースの雰囲気
空気感が違う
そこが大きいから
ファッションとかも違う感じで
おしゃれだし
その若い子たちが
その若い子たちなりの
盛り上げ方をしているというか
すごい良かったですよね
そういう意味で
一緒に走っていても
20代
お話ししながら
喋っている人たちと一緒に
レースを走りたい
台湾の時も
それ思いましたね
出た時やっぱ若い方多いな
いいですよね
元気
女性も
多かったしね
膝をかぶって
ドロドロなりながら
すごいなって
でも結構
擦り傷とかできちゃうので
全身を覆っているというのは
逆にいいのかもしれない
そっか
ドロドロとかね
いろんな物を
持ったりすると
そうですね
面白い世界だな
なんか新鮮
ですよね
日本と全然違うので
全てがね
インパクトが
強かった
マレーシア自体
そんなにイメージない人も
多いと思いますし
僕もマレーシアは初めてやったんですけど
すごいね
多国籍って感じでしたけど
そうですね
いろんな宗教
いろんな民族の方がいらっしゃるので
その中に僕たちが入っても
外国人というより
仲間というか
そうですね
外国人感なくて結構
喋りかけられて
通じなかったのかみたいな感じ
そんな感じ
なので違和感ないというか
こんな感じでね
写真の
こんな感じでね
言葉関係ないですよね
素敵
それを感じますよね
国籍っていうのを
越えて
みんな応援し合って
あんなに結構
声掛け合うとか喋り掛けられる
っていうのはあんまり日本のトレイルでもないのかな
日本はやっぱり
ちょっとストイック感はありますよね
確かに
なんかシャイだったりもするのかな
日本人は
終わってからも
カバン持ってたりとか
なんかあれ見てたら
そうしたのかみたいな感じで
声掛け合うみたいな
ハイタッチし合うみたいな
そんな感じです
町中で
素敵
ホテルはみんなドロドロの人が帰ってくる
やばいやばいやばい
ホテルはどうも大変だと思う
どうも大変だと思うんですけどね
なんかいいな
次の日のパーティーっていうのはね
日本でもあると思うんですけど
でもそれがよりピースフルな
感じですよね
僕がちょっと
珠江さんの周りの
コミュニティを設立してたから
その時田崎さんをご紹介して
やっぱりそこにはマレーシアの人もいたりとか
なんかね
おーすごいみたいなチャンピオンすごいなみたいな
そうですね
褒めていただいてありがたいですけど
駐在の方とか
あと過去駐台してた方とか
やっぱりマレーシアの魅力で
ここまで来るっていう話
後で聞いて
やっぱり日本に戻っても
また訪れたくなるレースなんだな
と思って
初めてだったけど
それはちょっとわかった気がしましたね
向こうで住まれてて
トレーニングレースで出て
日本に戻られてる方もいると思うんですけど
やっぱり東南アジアのその雰囲気が
忘れられなくて
結局
今住んでるのは東京だけど
マレーシアに来て
僕も一人伊藤さんっていう方が
そういうことをおっしゃってましたね
スタートのレースって話されてたし
すごい言い方だなと思ったんで
またね違うタイで会ったりとか
なんかそういう楽しみですよね
そうですね
あとそうそう
当日
前日か
スタート場所が変わるとかね
それもあるんですか
全くホームページとか載ってないんですよ
口伝えでさっきお話した
駐在の方に
スタート場所変わったよって聞いたんで
よかったんですけど
聞いてなかったら
分かんなかったです
危なかったです
でもそういうのはよくあるみたいですね
変更がやっぱりやばすぎたというか
そうかそうか
スタート会場が
芝生のところだったんで
もう水没してたっていう
それでずれ込んだという
そんなのも旅感あって
いいですね
全然違う世界
分かってなかったとかね
トレイルランニングは旅なんだみたいな
そのまま実行されているような感じの
あれですね
今後
出てみたいものとかもあるんですか
今後
そうですねまた違う国
今はマレーシアと
台湾は出させていただいて
タイとかインドネシアとか
ネパールとか
いろいろありますけど
出てみたいなと思ってますね
三谷さんも
私旅行を兼ねた
二人で
行くのは楽しいな
というのはあって
そうですね
どっちが目的かってちょっと
分からない旅なのかレースなのか
でもやっぱり旅かなみたいな感じ
かもしれないんですけど
楽しいですね
岸さんいろいろ
まだ行かれてますしね
また台湾行くのかな
行きますね
連れて行きますし
向こうで本当に友達になっている方も
いるので
再現性ってよく言ってますけど
もう一回やっぱり
行けるところ
距離感がアジアの魅力だし
今度は
台湾の仲良くなった
友達は
今までは東京ばっかりだったけど
シオアに今度
行くって言ってくれているので
嬉しい
いいですね
楽しみに
今度子供が行く時に
真央くんか
猫空
もサマさんなんですけど
僕もそれ出るよと
フォルムさんも出るんで
多分サマさんの
友達たちと
僕らも行くんで
多分またコミュニケーションはかれる
そうなると広がっていきますよね
全然
言葉とか関係なく
日本来てくれたら
嬉しいし
シオア来てくれたら嬉しいですね
そういう交流ができると面白いですね
今後のレース予定とクロージング
私もシオアでお会いしてみたい
田崎さんとやっぱり
5歳と一緒に
旅ができた感もあったんで
楽しかったですよ旅も
すごく海外行きたくなりますね
海外のレース
聞いてると
そんな
陽気な感じの
雰囲気の伝わるお話を
ありがとうございます
ここでしおやマウンテンクラブから
お知らせです
しおやマウンテンクラブでは毎週日曜日
朝6時から日朝連を開催しています
朝6時
しおや駅北口魚屋さんのある方に
集まって
旗振り山
鉄塊山と登った後
まだ時間に余裕のある方は
いろんなところへ行って
いろんな練習をすることができます
朝からヒーハーできて
有意義な一日の始まりになること
間違いなし
興味のある方は
ぜひ参加してみてください
そして毎週水曜日は
岩本ビッグボスによる
しご前ロードレーンがございます
こちらも毎週水曜朝6時に
しおや駅北口に集まって
しおやから舞妓公園の方まで
往復10キロくらい走ります
こちらもぜひヒーハーしに来てください
ということで
そろそろお別れの時間になります
皆さんは
この後レースとか決まっているんですか
石井さんも
そうですね
今年は怪我にまみれ
怪我にまみれまくっているんですけど
レースは入れてしまっているので
足が治ったと思ったら
また別の足を痛めたり
昨日は
30キロくらいで
自転車で転倒
ほぼしないように転倒しましたし
でも
さっきみのりさんと
その話してたら
僕は今年は薬払いに行かないといけないんじゃないかなと思ってたら
みのりさんから言ったら
運がいいって言われました
運がいいんですよね
致命的な怪我になっていないっていう
そこだけいろいろしているのに
いつも元気だから大丈夫
それは致命的な
確かに手術とか
入院にはなっていないので
それでも本当に危ないかなと思いながらも
走れてるってことですかね
走れてはない
走れてはないですけどね
ただ
新しいちょっと道を
また
海外アジア含めて
行きます
子供とも
ご縁あって
小学校4年間
ですけど
海外の前言った
ベンチャートレックスさんの
すごくいい
あのレースは絶対雰囲気がいいので
台湾の旅と
9キロですけど
いいですね
子供とのそういう共有って
一生もんだと思うので
行ってきます
でまた
さっき田崎さんもおっしゃられてましたけど
インドネシアとか
僕もすごいインドネシア自体好きなんで
そういうところにも
ちょっとまた行ってみたいなとは
思ってますね
弾丸で行かれるんでしょうね
フラット
ありがとうございます
弾丸最高です
田崎夫妻は
どちらに
私は
来月
9月ですね
来月といってももう9月か
もうすぐ時間
あれですよ
配信される日が新越の
前じゃないと
言っちゃったけど
新越の110キロに
初めて挑戦します
自分の中で一番
今まで
最長距離
でもあるので
田崎さん行けますよ
楽しんでそう
不安たっぷり
楽しみも
100倍って感じですかね
楽しみのが勝ってれば
新越は本当に
直田&竹下コンビと
永野さんと
信男さんコンビ
楽しみですよね
楽しみですね
相当気合い入れて
練習僕は全く関わってないですけど
してるっぽいので
ぜひ
田崎さんも
相当年代別で言ったら
相当多分田崎さん
上段抜けて強い方だと思うので
ですね
ハートが強いですもんね
ホルムさんの時も思いましたけどね
ありがとうございます
すごいと思います
自分の中でも
未知な自分がいると思うので
信じて
だって年齢関係ないって感じてますよね
そうですね
どんどん進化してきてるんだろうな
と思いますね
60越えてピークを
持てられるかもしれないですね
そうなると嬉しいですね
目が離せません
伸びしろはまだありそうですか
まだまだ
ありがとうございます
そんなみのりさんは
何に出るんですか
私はヒロッキーのサポートで
新越のサポートを
回るのと
実は11月に
神戸マラソンが当たってしまいまして
迷ったんですけど
入勤をしてしまったので
久しぶりにプロマラソン
走ってみようかなと
ストイックな
目標はあるんですか
何?
まあ普通に走れたら
食べましたねだいぶ
サブラントが成功が出るのか
心の中で
目標設定がありそうな感じ
台湾からの友達も走るみたいなので
応援しようと思ってます
よろしくお願いします
一緒に応援します
ありがとうございます
いろんなレースが集まっていますので
頑張ってください
ありがとうございます
ありがとうございます
という感じで締めたいと思います
それではこの先も
ひいはんな週末をお過ごしください
塩屋マウンテンクラブの
はるかと
岸井と
みのりと
ヒロッキーでした
せーの
ごきげんよう
01:26:42

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