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2025-04-15 11:59

トーク470[雑談]わかりあえない from Radiotalk

サマリー

このエピソードでは、「わかりあえない」というテーマを通じて人間関係の難しさや指導のあり方を考察しています。特に、相手との距離感や期待を見直す必要があるという気づきを共有しています。

わかりあえない人間関係
今日は4月の15日、トークの470回目です。
今日は雑談で、わかりあえないという話をしたいと思います。
いきなりネガティブだな。ネガティブじゃないんですよ。
わかりあえない。
ちょっとね、昨日なんか意見が合わないなーっていうことがあって。
それに対して別にどうのこうの思ってないんですけどね。
そうかーと思ってね。やっぱりわかりあえないんだなーと思って。
で、そういう時ですね。どうしたらいいんだろう。
一つは気にしない。一つは距離を置く。
あると思うんですよ。
でも、僕はわりと位置的にはちょっと上にいるんですよ。
僕がどちらかというと指導をしている立場だからね。
指導をしている立場で受ける人がちょっと意見が違う。
いやーこれ難しいですよね。
逆ならいいんですよ。逆ならとりあえず聞いとこう。
逆ならとりあえず聞いとこうっていう僕は姿勢なんだけど。
自分より立場が上。僕より上位の人が言うこと。
ちょっと違うなーと思ってもとりあえず聞いとこう。
でも逆の場合がちょっと難しいんだなーと思ってね。
でもいいんですけどね。
こういうことが大にしてあるんだなーと思って。
なるほどなーと思って。
相手に望みすぎているのかもしれないな。
例えばですね。
指導をしているわけですからね。
相手に期待をかけているっていうか、
いかにその人が成長するかなーというのもあるかもしれないですね。
ちょっと僕が思っていることはレベルが高すぎるのかもしれないなーとかね。
そういうことで、なるべく相手の目線に立ってあげることが大事だなーと思って。
あなたが目線を変えた方が話は早いよっていう感じだったんですけど。
もうそれはダメなんだなーと思ってね。
それはダメなんだなーと思って。
そういう意味ではね、
自分の目線を変えていくというか、
自分の目線を変えていくというか、
自分の目線を変えていくというか、
それはダメなんだなーと思ってね。
それはダメなんだなーということ。
だから上位に立つ人は、上に立つ人は、
下の人を引き上げてあげようと。
下っていう言い方も良くないかもしれない。
下の人を引き上げてあげようと思うわけですよ。
でもまあ、それはちょっと余計なお世話なのかなーという。
どちらかというと逆ですよね。
自分が下りて行ってあげる。
下りて行ってあげる。
偉そうだけど別に偉そうにする気もないんだけど。
やっぱりそういう風になってしまうんでしょうかね。
なんか一つ勉強になってますね、今ね。
でも人って意外に分かり合えないんだなーということが思いましたね。
効果的な指導方法
その人の持っているもの、大人ですからね。
子供って割と素直じゃないですか。
大人はその人の今まで持ってきた人生経験があるわけですからね。
意外に人って変わらないし、僕も別に変えようとは思っていないんだけど、
こうやった方が上達するんじゃないかなーっていうのが、
意外に余計なお世話なんだなーということが分かったし。
まあまあでも人って意外に分かり合えないものなんだなーというのが改めて思いました。
とはいえ逆回ってですね。
逆回ってよく分かるよって言ってくれてる人もいるんですよ。
僕よく読む本の好きな作家さんなんですけどね。
自己啓発的なことを書かれてたから。
僕の本ね、賛否分かれますよってその人言ってて。
そういうもんじゃないって。
だから賛否分かれるっていうことは僕もちょっと一人前になったのかなーという気がした。
あとはちょっと波動っていうか、これくらいのレベルに達してない人は、
僕の話はちょっと分からないと思いますよみたいな言い方をされてる人もいて。
そうかもなーとか。
よく勉強勉強勉強勉強って僕は、
勉強っていうのかな、指導っていうのかな、集合教育。
学校ですよね。
集合教育っていうのは意外にあんまりちょっと意味をなさないっていうか。
吉田松陰さんの学校のように、
ああいう一対一な指導っていうのがやっぱりいいのかなーとか思ってきました。
指導ってやっぱりなかなか難しいですけどね。
指導って偉そうだけど、そういう勉強もした方がいいんだなーっていうのが最近思ってきましたね。
一対一ですね。一対一。一対一で。一対一で。
そうですね。
はい、ということでですね。分かり合えないと。
だから、良き指導者。良き指導者っていう。
僕はそんな偉そうに言う話もないんだけど。
良き指導者ってどういう人を指すんだろうっていうことを今話しながら考えてしまいました。
良き指導者とか良き先生ってね。
それでも一対一の中じゃないとなかなか生まれにくいんじゃないかな。
一対一。
お釈迦様が昔言ってた大器説法っていうことってこういうことなのかなーっていうことを。
そんな偉そうなことを言うつもりもないんだけど。
そういうふうに思いました。
だから、分かり合えないときって自分がもっと学ばないといけないんだなーっていうことを気づきましたね。
で、ちょっと距離を置くっていうのも一つの手だと思いますよ。
わざわざ自分が降りていくっていうか、そんな必要もないし、別にね。
ちょっと卵からヒナが飼えるときって、ひよこが中からつつくんですよ。
親をとりも外からつくんですよ。
同時じゃないとダメなんですよ。
先生と生徒、上司と部下、指導者と指導される方。
そういう関係性が作れないとあんまりいろいろと難しいし、
そういう関係性ってなかなか作るのも面倒な話だし。
ということで、いろいろ考えてしまいました。
分かり合えないときは、これはなんかのメッセージかなと思ってまして。
ということで、自分自身ちょっと人にアドバイス、指導ってあれらそうだけどアドバイスかな。
アドバイス。
そういうときは、もう少しアドバイス上手になる必要があるのかな。
例えば今でいうと堀江さんとかそうじゃないですか、アドバイス下手なんですよね。
で、いろいろと苦労されてたわけじゃないですか。
僕も堀江さんほど立派じゃないけど、アドバイスっていうことを勉強してみようかなと思いました。
はい、すいません。
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