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先日ですね、バイスという映画を見たんですけど
服みたいな意味ですか?
副大統領、ディック・チェイニーさんの
バイスというね、2018年の映画で
とにかくこのディック・チェイニーの視点で、この前後が語られると
なるほど
映画なので、一応事実に基づいてはいるとはいえね
脚色もあるだろうし、あとは全ての情報が開示されているわけじゃないので
そうだね
そういう意味では、映画ではありつつもですね
割とドキュメンタリー的なところも多くて
あんまりエンタメっぽくはないというのはあるかなと
僕自身がこの映画で早々に注目したのがですね
このディック・チェイニーという人は、もともと学生時代はダメな感じだったんですよね
後に奥さんとなる方と出会ってですね
大学入っても、ろくに授業出ずにサボってて
問題ばっかり起こしてて、全然ウダつくの上がらない感じで
学業もスポーツも平々穏だった彼はっていうところで
テイジーの世界になぜか入るんですけど、そこでとうとう転職を見つけたと
この転職を見つけたと、これは当然トガキですけどね
こういうものに出会うタイミングっていうのが、人があるんだなといつも思っていて
だいたい映画に出てきて活躍する人っていうのは、その転職を見つけ終えていて
その転職を使って活躍している様が様になると
だけどそれを見つかるまではウダつくのが上がらないから
その楽さを見せることがエンタメなわけですよ
だからその文法に従うと、これも当然シェンニーさんはそれを辿ってるわけですけど
僕はどうやらね、この人がそういう転職を見つける瞬間みたいなのが、ハイトスキーだなと思っていて
そういう目線で見るとですね、他にも同じような瞬間があって
これはファクトフルネスという話題になった本があるんですけど
この著者の方が、これはちょっと引用ですけど
「文類本能から来る勘違いは、さながら人前に姿を現さない魔物のようだ」
「私が初めてその資料を掴んだのは、伝説した1995年10月の授業の途中、コーヒー休憩の直後だった」
「以来私はとんでもない勘違いを探し出すことに、病みつきになってしまった」と
そういう、だから、ちゃんとね、こうやってその瞬間を捉えている人もいれば
いつの間にかね、それが好きになっているという人もいるんですけれども
何にしてもね、そういう瞬間って必ずあるはずで
そういう瞬間がもし記録に残せていたらね、絶対にそれは
ちゃんと大事にとっておく必要があるなと僕は思ってるんですよね
なるほど
うん、というのは、だっていつヒーローインタビューを開かれたかは、分かんないわけですよね
どうしたら、いつからそれをやるようになったんですかって言われるときに、こういうことを答えられると
ちょっとこうね、承認されやすくなるというか
あー、なるほど
その、まあそれはつまり様になるわけですよ
なるほど
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要するにね、さっきから様になる様になる言うてるのはなぜかというと、みんなね、人は様になりたいんだろうなと思って
それはなぜかというと、そうしないと飛躍できないからですよ
なるほど、どっちが先なのかよく分かんないけれども、まあまあなんとなくヒーローインタビューをされたいというのは分かる気がしますね
まあでもね、これはでも結果であって、ヒーローインタビューされることはゴールじゃないわけですよね
まあでも、その自分が夢中で没頭できることを見つけて、まあそれにこう没頭すると
なんでその没頭できるものに出会うかっていうその瞬間かな
うん、それをもう既に見つけてる人がいて、見つけてるんだけど気づいてない場合もあるので
だからこそね、日記とかを書くことによってね、書いてる時は気づかないんだけども
なんかやたらとこれのことばっか書いてるなっていうことに気づいた時に、分かるわけですよ
いつからか分かんないけども、なんかこれについて興味を持っている自分がいると
で、それを遡っていくと、実はこの日にこれをやったからだみたいなね
なんかそういう辿れるものを見つけるというか
なるほどね、というのがその、まあ今回は日記のなんだろうな、それは
日記が一つの手段になるという話ですよね
うん、そう、だからね、日記も日記をつけるといいよとかっていう人がたくさんいるんだけれども
そのそれだけでやってもね、多分続かないんですよ
だけどこう自分の何か没頭できる何かを見つける歴史的瞬間を捉えるために書くみたいにすると
多分それは日記を書く意味というか構え方が変わるというかね
なんかそういうこの、得られるかもしれない何かっていうのを、花咲きの隣人じゃないですけども
それを据えるとね、ちょっと人は取り組み方変わるんじゃないかなと思うんですね
例えば佐々木さんが心理学に興味を持つようになった歴史的瞬間って何ですか
いやないですよ、そんなものは
気づいたら興味を持っていた
うん、そういうふうに言うことになるでしょうね
で、心理学そうですね、むしろ僕は多分なんとなくこの種のことって僕の中ではいつも逆なんだけど
興味を持ったんではなくて、なぜこういうものがないんだろうっていうのが僕のいつもの、何だろうな、ある種の苦痛でしたね
心理学ってものは世の中にあったんだけど、私がもう学生時代から一応あったんだけど
僕が考える心理学ってものはこの世のどこにもなくて、それがもう非常に苦痛で
なんで世の中の人はこのように自分が見るようには決して世の中を見てくれないんだろうっていうのが本当に嫌だったっていう時代が長くありましたね
高校時代ぐらいからじゃないですかね
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僕はね、当時は本当に人は心理だけで生きてるんだって思ってたから、心理で動いてるんだって思ってたから
それ自体を探っていくっていう観点を持たないっていうのが全然理解できなくて
常に心理を探りたいっていうのがずっとあったんですよ、心理探る学問って必ずあるはずだと思ったんだけど
ないんですよ、そんなものはね、それが僕の長らくの問題だったんですよ
だからこれはそれこそ倉園さんとgoodvibesで話していてそうだよなぁとつくづく思ったのは
好きな対象というものが名前になっていたり、そのはっきり形になって現れていることなんてまずないっていう風に彼が言った時に
非常に腑に落ちた感じがしました
僕はそれまでいつもあらゆる人が好きなものを探しなさいっていう、あのすごく不思議なことを言う
それじゃまるで好きなものってこの世にあるみたいじゃないですか
僕はそんなものがあるとは信じられなかったんですよ
結局それは最終的には好きなものを見つけるんじゃなくて好きなものを作るってことになるのかな
そう、それしかないんですよ、つくづくそう思いましたね
だって最初から世の中に好きいとこがあったわけじゃないわけですから
結局好きなものがあるっていうのはよっぽど恵まれているか
かなり、あのある種のコースというもの、まあこれ恵まれてるってことと同じか
きちんと歩んできたってことであって
えっと私あのこれポッドキャストで言ったことがあるかもしれませんが
中学時代入りたい部活が一つもなくてすごい困ったことがある
どっかに必ず入れって言われてたから
一つもやりたいことがあの中にはないんですよ
でもそれはやりたいことがないってこととは違うんですね
そうですね
私大学行った時も同じ問題にぶつかったんですよ
そもそも大学の学部がそうなんですよ
やりたい学部もなければ、でみんなやりたいことをやれって言うんですよ
どうしろって言うんだろうって思いましたね
非常に腹立たしかったっていうところがありますよ
私がチバロッテが好きなような意味でのそのはっきりした形の好きなものっていうのが外側にないんですよね
なのにあるはずだから見つけてそこに行きなさいっていうのがないわけですよ
みんなどうしてるんだろうって思いましたね
いやちょっとあの脱線しますけどその野球をねみんな見てる人は
どっかしらの球団を応援していることになってるじゃないですか
いやそんなことはないですけどね
でもまあ多くの場合はそうですね
別に無党派じゃないけどどの球団にも応援してないけど野球は見るみたいな
そういう人もいますよ
そうかそれは楽しいのかな
それは楽しいでしょうねそれ楽しくなければ到底見てられないと思いますよ
でもなんか悲劇の球団がないということはなんか無敵感があるよね
まあ無敵感はありますけどただ悲劇の球団っていうのはその無敵感とは関係なく悲劇するもんですけどね
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だからあれじゃないですかそのどの球団も悲劇してないからどこが勝ってもほどほどに嬉しいから
そうですね
一つの株にかけるんじゃなくて投資新宅みたいな感じですよね
まあね
全体にかけるみたいな
まあでもあれはなんちゅんだろうな
そうだからそこは楽しみ方が違うってやつなんですけどね
なるほどね質が違うんですね
確かに好きなことをしろっていうのはイコール既存の選択肢からどれか選べっていうことですもんね
私選べると言わんばかりだけど私はそれ毎度つまずいていた口としては
どんな根拠があってこの中に僕の好きなものがあるって君らが知ってるんだって毎回思いましたね
かなり僕はこれに腹を立ててたんで誰にぶつける怒りでもないんで困るんだけれども
言われるたびにそいつのことは嫌いになるっていうパターンはありましたね
なんかスミではね就職活動っていう活動があるじゃないですか
あれも僕すんごい困ったんですよ
だから結局ここに投げちゃったんですけどね
僕が就職活動したのは1995年かな
なので当時はまだねはがきを書きまくってる時代だったんですけど
でも今は略してES、エントリーシートみたいなの全部手書きしてましたからね
僕はもうあれに手書きするモチベーションがなくて一回も書きませんでしたね
いやあれこそだからさチョイスなわけですよね
そうです
そしてまた同じことを言われるわけですよ
あなたが好きなところに行きなさい
そこが大きな矛盾だと思うんですよね
好きなところがないじゃないかっていう
いやいやだから企業という道もあるわけですよ
もちろんその通りですね
でも僕は別に企業したかったわけじゃないからね
そうね
僕はだから世の中にないものを作ろうという気概でね企業する人もいれば
入れる会社がないから壊れるようにして企業する人もいると思っていて
どっちにしてもね結局は没頭できればいいんだろうなと思うわけですよね
だからねその没頭できるものがすでに用意されているということはきっと僕はないような気がしますね
没頭できるものっていうのはもっとパーソナルなものじゃないとおかしいから
だから何かと何かと何かの行為の組み合わせみたいな形を取るんじゃないかなと思いますね
だから宅配ピザを頼むときにねフルトッピングですね
AのこのトッピングとBのこのトッピングとっていう風にいいとこ取りするというか
そうですあれを徹底して頑張らないとそんなに簡単にだからこれが大好きっていうのが
あのなんとかマヨネーズとかだったらその人はラッキーだと思うべきですよ
そうですね
でもねそういうだからトッピングを選ぶためには
あらかじめそのレギュラーメニューのどれかをいくつか食べてないと何がどう美味しいかも分からないので
そういう意味ではだから最初はどれが好きか分からないからとりあえず目についたものを食べてみるしかないですよね
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そうでしょうね
そうかまあでもそうなると割と無難な結論というかですね
好きなことをやればいいんだけど好きなものが分からなければ好きになれそうなものというかね試してみるしかないという
そうですね結局試してみるしかないというのは確かでしょうね
あとはその僕みたいにややこしい人間は多分最初に見つけた思い込みみたいなのが極めて強くて
それに沿っていこうとすると結構賭けになるということはありますね
アヒさんは見ないかもしれませんけどねM-1グランプリというのをね毎年やってるんですけど
ご存知ですか?
名前をどこかで聞いた気がします
いや要するに端的に言うとお笑いのチャンピオンを決める年に一度の祭典なんですけど
一応規定があってこの結成から15年以内の人が出場資格があるんですね
でその去年のねチャンピオンは50歳と40何歳のコンビでイニシキ合意っていうコンビなんですけど
当然のようにもう50代になってもねアルバイトしてるわけですよ
その毎年のようにこのファイナリストまで行くんだけど優勝はできなかったと
で50歳の今年に乗ってついに優勝できたと
で人ってそういう話好きじゃないですか
好きですね
でもこれはお笑いというね一つの既存のカテゴリーに賭けてるわけですよね
そうですね
M-1で優勝すると1000万円もらえるんですよ
でプラス年々通りに行けば優勝したコンビはねその後その人の1年はねもう仕事の嵐なわけですよ
なるほど
取材がもう引き出しに来ていろんな番組から出演オファーが来てね
もうそれまでの全てを取り返せるぐらいの全ての借金を返せるぐらいだから
まさに暴走する株を見抜けるみたいな
一番人生的にはハッピーなパターンですね
そうだけどさまあちょっと組数はわかんないけども
まあそれなりのこの狭きもんだし
どうしたんですよね
そうだしそのそうやって優勝できればいいけど
同じようにして要するにテレビに映ることなく散っていってる人もたくさんいると思うんですよね
もちろんそうでしょうね
だからなんかそういうモブとねモテ合わせられる人っていうの差を考えると
わかりやすいけどそのみんなが目指せる世界じゃないわけですよね
わかりやすい世界は僕の言葉で言えば父親のイリュージョンだから
ルールがあるわけじゃないですか必ずルールと採点者がいるわけじゃないですか
ああそうですね
だからその世界に行く人って僕が思うにですね
まあそのそんなことを僕のように考えはしないでしょうけれども
必ずこれは言ってみればこうバーチャルなんだっていう確信を持ってやるべきじゃないかなとは思いますね
これをなんかリアルで本当の現実なんだって思い始めると辛くなると思うし
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そこをあんまり意識しすぎるとその世界入っていけなくなっちゃうと思うので
これをやろうっていう人はこれバーチャルなんだからっていつも思ってるべきなんじゃないかなって僕は時々思ってます
じゃああれですねマトリックスですね
マトリックスだって完全にそうだから将棋って完全にマトリックスだから
何らリアルなものを必要としませんからね
だからその世界で一人者になるっていうのは本当に一握りに決まってるんですけど別になれなくったって要はゲームで負けるだけですからね
でもお金を失うし
だからそこを考えすぎちゃいけないと思う
あーそうか
僕はもう完全にそこを切り分けるようにしてるんですよ
お金っていうものそしてこの世界での例えばアマゾン順位とか全部ゲームじゃないですか
ゲームだから数字が出るわけじゃないですか数字ってのはもうリアルでは全くないので
だから数字があるってことはこれはバーチャルなんだって思ってないとダメだと思うんですよね
ここでいくら失敗してもいいんですよ
所詮数字の世界だから
いやーでもとはいえそのお金がかかってるとねなかなかそうも思えないんじゃないかと
お金って数字ですもん
お金ってのはなんだろうなぁ
なくなったら確かに困りますけどその辺はまぁ途中大橋さんの言っていたような前回かな
あの借金の問題なんですけれどもでもなんとかお金のことをできるならばあとはもうゲームですよ
あんまりここリアルだと思わないことだなとは思いますね
現実全てとは言わないまでも何かチャレンジをするときはそれはもうゲームであると
そう思いますねあのなんていうんだろうそこに数字が現れてきているものは全部ゲームだと思いますね
人が生きるってのは多分そういうことではないだろうなって思います
現実じゃないと思うんですねそれは
だからリアルなものっていうのは生きてるってことなんだけれども
生きていくことができるっていうこととゲームで勝つっていうことのゲームの勝敗っていうものを
なるべく分けるようにした方がいいと思うんですよね
自分はその生きているだからと全然解か分かんないですけど
異色獣がいけるっていうのはもうそれが一番いいことであって
そっから先はもう全部人生ゲームをやってるぐらいな感覚でやった方が自分はいいと思います
なんか分かりましたあのやっぱりことからベースのある異色獣がありその後はもうトッピングだと
トッピングだという感じですね僕はそういうふうに思いますけどね
飛躍とかも全部そこの世界のベースじゃない
そうかそうか確かにだから今年も飛躍の一年にしましょうと言われたら
異色獣は整ってると思いますのでという文言が省略されていると
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そう思いますよ
なるほどじゃあまずは異色獣というか基本的なところがちゃんと十分に
は喜んでおいてあとはなんかゲームをやる感覚で飛躍して失敗しても人生ゲームのお金を失ったぐらいに思っておくのがいいんじゃないですかね
メダルが失われたと
うんいいんじゃないですかそれで
僕なんかは思うようになってからはあの仕事の失敗って全然苦にならなくなったんでとてもいいんですけどね
だからそこで失った何か目に見えない信用のようなものは別に何ら異色獣には関係ないと
関係ないと思いますよ
やろうと思えば異色獣は他で整えられますからね
なるほどね
時間とかお金とか全部数字ですからね
はい