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2021-11-26 08:26

003:アウトプットは意図的に作り込むか? ありのままを出すか?

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このノートがですね、ビジット、ウニてんてんなビジットですね。
という2015年の映画がありまして、で、これをですね、ちょうど11月の16日に見たんですよ。
見たんだけれども、この2015年の映画だから6年前ですよね。
でもね、これを見た時に、いやこれなんか1回見たことあるような気がするけどどうかなっていう、
これは見る前は初めてだったと思うんだけど、見始めたらなんか記事感あるなぁという気がしながらでも見ていたんですね。
記事感がある割にはなんかでも知らないなこのシーンっていうところもあったので、
そのまま見続けたんですよね。
で、見てるうちにですね、その明らかにこれ見たことあるわっていうふうに確信できるシーンがあって、
日記を検索したらですね、2016年の12月11日に見せたんですね。
で、この時にですね、いや何で思い出せなかったのかなって思ったら、ほとんどメモしてなかったんですよ。
で、その、まあだからっていうふうにこのメモしてなかったから思い出せなかったんだというふうに結論できたくてっていうところもあるんですけど、
でもメモを残していたことで、でも5年前ですよね、あの2016年だから。
そうですね。
5年…
同じ冬。
そう。5年前すら思い出せないんだみたいな。
で、しかもですね、ちゃんとこの、僕は映画は全部タグをつけることにしていて、
初めにこの見た日ですね、211116みたいな。
で、映画だからMというのを頭まで言ってて、
で、後ろにVisit(2015)みたいなタグをつけるんですけど、
この同じちゃんとフォーマットでM161211というふうにですね、タグが作られていて、
いやーちゃんとタグを作ったのに覚えてないんだなと。
で、見終わってから、正直ですね、見なくてもよかったなと。
このVisitファンの方には申し訳ないんですけど。
ただまあフォローにもならないですけど、僕はこの映画の監督のナイト・シャマランというね、
多分これは知ってるだろう、沢木さんも知ってるだろう、シックス・センスって映画あったじゃないですか。
はいはいはい。
あの監督ですよ。
なるほど。
うん。で、あれはかなりこの世界的にヒットした映画だったと思うんですけど、
だからね、ああいうふうにね、人をこう驚かせるのを楽しんでるみたいな感じの監督でね。
だからまあ、シャマラニアンというファンがいるわけですよ。
なるほどなるほど。
だけどやっぱりね、ちょっとこう独特なところがあるので、万人受けする作品ではないと。
僕も割と彼の作品ほとんど見ているので、なんか毎回毎回この、何て言うんだろうな、
まあ、変則的な魂を追ってくる感じだった。
そうですね。
あのシックス・センスを何て言うんだろう、ここまで大垢に仕掛けておいて、こういうことかぐらいな感じだったけど。
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そうなんです。
で、よくあの映画票とかでも、裏の裏を描くから、結局表っていうね。
まあ、いいその、みんな裏を描こうとして見てるけど、実際には素直に直球投げてくることもあって、
これ、こういう話だったの?みたいな。
なるほどね。
うん。
そうか。
そういう感じを、でもちゃんときっちり今回もですね、
あ、そういう話かと。
いう感じで、この人のらしさみたいなものっていうのは、ちゃんとあるんだなと。
どの作品を見ても、金太郎みたいに、どこを切ってもないとしゃばらんみたいなね。
なんかそういう味わいっていうのを出し続けるのっていうのは、もう完全にこう、意図じゃなくて、
もう、ありのままを出していったらそうなっちゃうみたいな、避けられない何かだなと思うんですよ。
だからね、強引にこのまとめるならばですね、こういうことを狙おうとかね、こういうふうにメッセージを届けようみたいな、
そういう意図は捨てて、なんか今自分はこれを表現したいんだなとかね、
なんかそういう自分の何か思いをベースに、もうそれだけで発信するのもいいんじゃないかなと、
いうようなことを改めて思った感じですね。
なるほどね。
そういう意味ではね、この「ナイトシャンバラン」作品はですね、
沢木さんのあるグッドモーニングバイブスに通じるなと思う。
投げっぱなし。
投げっぱなしね。
いや、何をしようとそうなるんだろうなっていうのもちょっと感じますね、最近はね。
意図的に作り込んだとしても、自分らしさってもう出ちゃうんじゃないかなっていうのは、
よほどその人が、なんか無理に無理を重ねない限りは、
自らしさっていうのは連続してやってるものには出てくるんじゃないかなと、
僕そんなに素晴らしいと思って見て読んでたわけじゃないですけど、
なぜか中学校時代に「欲しい一応山のように」読んだ実記がありまして。
ショートショートの。
ショートショートの。
なんかね、ものすごく欲しい自らしさってあるんですよね。
うん。
あれは一定の型にはめてる面もあるんだけど、やっぱりですね、見たようなショート、だから探したんですよ。
散々読んで飽きたんで。
うん。
なんですが、似たようなのはあるんだけど、どうしてもやっぱり味わえないんですよね。
欲しい一じゃないと、欲しい一らしさっていうものは。
それは、すごいなーとか、その三島由紀夫がすごいなーみたいなのではないんですけどね。
うんうん。
でもやっぱり、その彼じゃないとないみたいなものが明らかにあって、
それはすごいひねった文体とかすごいひねったオチとかではないんですよね。
でもファンは確かにいるんで、やっぱりそういうものなんだと思うんですよね、あれ。
ある程度は最初意識的にやったと思うんだけど、どうやってもあんなっちゃうんじゃないのかな、かなと思います。
あの、なんかキムチに似てますよね。
なるほど。
あの、キムチって、なんか、同じ名前のキムチでも、あの、全く違うじゃないですか。
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そう、甘かったりするとね。
そうなんですよね。
僕は酸っぱすぎるのは好きじゃないんですけど、なんかそういうハズレを引いてしまうとね、なんか、この、まあそれでも食べるんですけど。
だからなんかやっぱりこのメーカーのキムチだよなーっていう。
そう、だからね、やっぱり大橋さんなんか特にそうだと思いますね。
このタグからしても、そうはこうはできないですよ。
どうやってもですね、こういうのってやるべしって本を書いてあったりするけど、たぶん書いてる人やってないと思いますね。
ここまでやり続けてるというのが、なんかもうメリットを生んじゃない気がする。
そうですね。だから、その好きでやってることと便利だからやってることが溶け合うというか。
溶け合う、そう。
だから、星真一さんもたぶんそうですよね。
なんかこれが星真一らしさだから、みたいなこう、なんていうのかな、出す時に、これを星真一らしいかチェックリストみたいなのがあってね。
そのチェックが10項目以上つかなかったら出したらダメみたいなのはないと思います。
それで思い出したんですけど、なんかね、前に星真一賞と賞と大賞みたいな、そういうのがあったのを読んだことがあって、
はい。
あのー、応募者が星真一らしさを真似て書くんですよね。
で、読んですっごい思ったのが、これはすごい星真一らしいけど、全然違う気がするっていうのが続くんですよね。
すごいなんかね、気色悪くなってきてね。
独特のこの気色悪さを味わった記憶がありますね。
なんかね、どれを見ても星真一っぽさは出てるんだけど、なんか、っぽさを出すぞ感っていうものが、ずーっとこう、それに付き合わされる感じ。
でもなんか違うみたいなね。
Amazonで検索した時に、本物のメーカーの商品と、模造品の中国メーカーのが並んでるイメージです。
うん、そうね、そういうやつですね。
だから、そうならないためには誰かの真似ではなくて、自分のこの生きてきた日々をすべて出しにして出すと。
そうですね、だから真似が一番きついんだろうなって思いますね。
だからあれですよ、真似退屈するには真似をしちゃダメだという。
そうですね、やっぱりね、あの気色悪さに付き合うのは難しいですもんね。
こういう話をすると、あーなんか気持ち悪がられたくないとかっていうふうなまた新しい恐怖が生まれたしましてですね。
アウトプットのハードルが上がるわけですよ。
(笑)
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