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2026-10-13 12:15

【番外編】追悼・らくごカフェ青木さん 26/10/12

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#らくごカフェ #青木伸広
大して親しくもなかったのに勢いで喋ってしまいました。

寄席演芸へのとてつもない愛情とともに、毎日「仕事」として多くの芸人を支援し、育成した「席亭」青木さん。
年数回、芸人さんのお力をお借りして「趣味」で好きなことをやってるだけの「主催者」に過ぎない自分が、なにやら引き合いに出すこと自体が不遜極まりないですが、これもひとつの敬意のかたちということでお許しください。

それにしても、淋しくてしかたないです。それにしても。
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感想

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00:05
はい、シェアする落語のシケです。 らくごカフェ創業者の青木信宏さんが亡くなられました。享年56歳です。ご存知の方も多いと思いますが、 いろんな方の思いがあります。僕はそんなに縁が深かったわけではないんですが、 僕も落語会を自分でやるって決めた前後で何度かアドバイスをいただいたこともあります。
実は、高校の先輩後輩なんですね。 国学院高校。主な有名なOBとしてはさだまさしなんですが、 他にもいろいろいると思いますけど、とにかくさだまさしさんですね。
で、僕が3年の時に、 青木さん1年のはずなんですよ。確かそうだよな。 で、あの僕は落研ではなかったんですが、 青木さんは落研で、僕は落研に友達がいました。 当時から落語がそこそこ好きだったんで友達がいて、文化祭の時とか、聴きに行ったりとかしてましたから。
まあでも当時は面識はなかったです。国学院高校ってね、めちゃめちゃでかいのよ。 特に僕の学年って、なんと17クラスあったの。君何組?17組ってもう冗談ですよね、 900人ぐらいいたのかな、1学年で。なので同じ高校出てたって言ってもね、 知らない人の方が絶対多いんですよ。
まあ、そんな縁があったんです。それが後にらくごカフェでお話をするようになって、共通の知人もいたりして、お話をいろいろさせて いただいてたんです。
で、らくごカフェ9周年の時に立川談春師匠 談春師匠というのはこのらくごカフェをやると青木さんが決めた時に必死になって止めて それでもやるって言うんで支援する方に回って 一門会をらくごカフェでやってたという方なんです。
談春師匠と青木さんのつながりについては是非、師匠のインスタグラムを 見ていただければと思います。かなりの長文、いつも通りの すぱっと美しい文章で、青木さんの高校時代と、前座で時代の談春師匠の間の話からスタートしています。読むべき文章だと思います。
03:33
まあまあ、その間柄の2人なんですが、らくごカフェ9周年の記念でトークイベントをらくごカフェで開いた。談談春師匠による青木さんインタビューみたいな感じですね。
その時に、そんな小さな頃から落語好きだったんだ。浅草院芸ホール通ってたんだ。って話から国学院の落研。なるほどね、みたいな話から、次から次へと出てくる話がすごい面白かったんです。
やっぱりその時にお伺いしたご病気の話、大病されてたんですよね。それがものすごい病気だったので、この先また体調悪くされることがあったら大丈夫かなっていうのは、もうその頃から思ってたんですね。
でもね、あの人は本当に明るい楽しそうな顔しか僕らには見せてくれませんでしたね。もちろん、噺家やスタッフにはもっと違う顔を見せたんだと思いますけども。
まあ本当に年間500回の落語会を開き、これだけ多くの落語家、特に若手の落語家を励まし、実質的に支援した。つまりそれは喋る場所を作るっていうことで支援した人って、いないんじゃないかなと思いますね。
僕が落語会始めたのは、やっぱり若い落語家に喋る場を作れないかって思いがあったんです。だから多分思いの方向はそんなに変わんないと思うんですよ。ただ圧倒的に覚悟と能力と努力が違うんですよね。
06:13
青木さんみたいなこと、できないかなっていうふうに何度か頭の中で考えたことあるんです。でもちょっと電卓叩くとわかるんですけど。あのスペースを維持運営していくってことは本当に並大抵のことじゃないんですよ。同じように小さな落語ができるスペースは、らくごカフェ以降にいくつかできたんですけど、残念ながら継続するのはものすごく難しい。
僕も時々席亭とか呼ばれるんです。でも僕は席亭じゃないです。これはnoteにも書いたことがあります。
呼んでいただいて、違いますってのも野暮な話なんで言いませんけど。僕は席亭って呼ばれると本当に恥ずかしい。席亭っていうのは、不動産に対して責任を持つ人ですよ。
でかいホールで落語会を開くそこでは大きなリスクを生むことになるわけです。例えば最近だと集中豪雨で中止とかって言ったら大変なことになるわけで。でもそれはその1回なんです。
世で席亭って呼ばれる、落語ができるスペースのオーナーをやっていらっしゃる方っていうのは、その不動産に対して責任を負わなきゃいけない。
自分の持ち物だったら固定資産税だけで済むかもしれませんが、多くは賃料を払ってますから、儲けないと自動的にすぐ赤字になるんですよ。1個でも多く会を開いて1人でも多いお客さんを呼び続けない限り絶対成り立たないんです。特にこれは小さな会場ほどきつい。だから同じようなことをやれないかなって愚かにも思ったんですけど、とても無理だと。
とても無理なのでなんかね機会があったらじゃあ青木さんのことを手伝えないかなとかっていうこともちょっと考えたんですけど、結局何もできないままになってしまいました。本当に残念でならないし。何よりあの寂しくてならないですよね。本当にそれはそう思います。
09:07
ただ、らくごカフェがねこれからもずっとずっと続いてくれること青木さんの意思を継がれるってことが、この国の演芸と芸人のためになるっていうことですよ多分。
あんな素敵なスペースが続くっていうことが一番大事なことだと思いますしこれからも僕は足を運びたいと思います。
あと僕のような主催者の人間として本当にありがたいのは、実はのチラシを置かせていただけるっていうことなんですよね。今チラシを受ける場所って本当に少ないのでありがたいことでございます。
今日ね、柳枝師匠の会が終わって、席立とうと思ったら。ユイさんがこれすべき捨てときますねっていう風にですねコーヒーのペットボトルを僕は足元にコロンと転がったやつを拾われちゃってですねめちゃめちゃ恥ずかしかったです
らくごカフェってカフェなので結構そういう人いますけど飲み物の持ち込みとかねしちゃダメですからねあのちゃんと中で飲み物売ってますからそっちで買いましょう
ちなみに僕は飲み終わったやつのカバンに入れてたっていうですねそれがコロンと出ちゃったんですけどもあの言い訳がましくてユイさんにあのここで飲んでないからねっていう風に言うというね非常にも恥の上塗り的なことをやってしまいましたけども
いやもうらくごカフェずっとずっと続いてほしいなっていう風に思いますしあのまずね客として足を運ぶこれからもそうしていきたいなっていう風に思っています
あのねコロナのひどい中をくぐり抜けてきたっていうだけでもね本当に尊敬に値することだと思います続けるってことは本当に大変
まあでもそれは別としてやっぱりねもうちょっと青木さんに生きていて欲しかったですけどね特に面識のなかった僕をね高校の先輩扱いしてくれたりね嬉しかったです
12:09
すいませんまとまんない話ですが青木さんについてちょっとおしゃべりさせていただきましたシェアする落語の四家でした。ではまた。
12:15

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