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こんばんは、セルフラブのガネシャンです。
えー、9月に入りましたね。
えーっと、9月、皆さんどんな感じですかね。
えーっと、昨日ちょっとね、なんか、めほさんとの話の中で、
まあ、自分を見つめ直すいい時だよっていう話もね、あったんですけど、
うーん、なんかね、私的には、もっともっと深掘りをしていくというか、
自分の個性をもっと深掘りする。
同じこと言ってる。
なんかそんな感じがしてます。
で、余計なもの、そういうのはね、どんどん削ぎ落としていく。
まだちょっと、余計なものなんだろうね、身軽になっていくっていうかね、
なんかそんな感じ。
で、いろいろあって、結構ね、今、軽くなっている感じがするんですけど、
だからこそなのか、なんかこれもこれもいらないかな、みたいな感じが、なんとなく出てきているので、
そういったものを整理していくというかね、そういうのもできるかななんていうふうに思っています。
まあ、いかんせん、このお絵かき始めてからですね、デスク周りにものが増えてますので、
そこはね、減らせないものでもありますけど、ちゃんと整理していこうかなっていう、
物理的なものから精神的なものまでね、いろいろとまたちょっと、
9月、どちらかというと穏やかなイメージなんですけど、そんな感じかな。
なんか、ちょっと、ちょっと中休み。中休みでもないかな。
まあ、わかんないんですけど、なんとなく穏やかなイメージですね。
で、今日はインスタライブではなく、お絵かきね。
タイムラプスで撮りました。
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なんとなくね、ライブじゃなくてもいいかな、みたいな感じに思ってきまして。
リールの方がね、見ていただく方、私との会話を楽しむっていうのは結構稀なケースなので、
描きながらだとね、私、話が飛んじゃったりするし、そこね、どうにもやっぱりうまくしゃべれないので、
多分、タイムラプスで撮って、キュッとね、キュッと縮めた感じで、
インスタの方に上げていくかな、なんて思ってます。
もうちょっと編集してさ、文字とかね、入れた方がいいんだろうなって思ってるんですけどね。
あんまり、撮ったのを入れ…
いつもよりも倍になったような再生回数っていうの?倍になったようなのもあるんだけど、
なんでそれが倍になったんだろうなぁ、みたいな感じなんですけど、
プロフィールもね、変えなきゃな、とか思ったりはしてるんですけど。
8月、実は自分の中でちょっと絵をね、
絵を販売するとか、オーダーを受けるみたいなところでのショップをね、
作るぞって思ってたんですけど、まだそれはちょっと9月に持ち越した感じになってしまいました。
ゆるい感じなんでね、本当にね、
いかんなぁとも思いつつ、あんまり、
ギリギリガツガツしないのが私かなぁ。
良さでもあり、悪いところでもあるかもしれないですけどね。
昨日が満月だったんですけど、
今日すごく雲が少なめで、すっきりくっきり綺麗なお月さまが見えております。
ちょうど今ベランダに出てるとね、
頭上に綺麗なお月さまが輝いていて、いい感じですね。
いよいよ9月に入ったので、イベントに向けての準備をね、
もうちょっとしっかりとやっていかなきゃなーなんて思っている最中なんですけど、
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昨日放送の中で、いやどうする?みたいな話をしてしまいましたけどね。
2パターンあると思うんですよね。
緻密に組み立てをして、それを再現するというかね、なぞるようにするっていう作り方と、
行き当たりばったり、ライブ感満載な感じのね、
ある意味偶然とか、ハプニングを楽しみつつな感じっていうね。
どっちが良くてどっちが悪いっていうのはないと思うので、
タイプ的に、多分めいほうさんも私もですね、あんまりガチガチに決めてしまうと、
遊びの部分がないとですね、つまんない感じになっちゃうんだろうなと思っているので、
最低限の決め事だけして、本番に挑もうかなと思っていますが、
私としては、ライブパフォーマンスっていうのは大きな一つでもあるんですけど、
今回はね、9月18日のイクノパークでやるイベントっていうのが、
お子さんズレが多いであろうということが予想される内容になっているので、
子ども向けの、お子さん向けの、パンツの中の話っていうタイトルでしてるんですよ。
これがどう出るかなって思ってるんですけど、
パーソナルスペースとか、それから自己肯定感、自己需要を高める、
幼少期の心の一番ベースになる部分なんですよね。
0歳から3歳ぐらいまでがその一番ベースになるときで、
その土台をもとに自我を形成していくみたいな、
自己と他者の違いが徐々に分かり始めて、
それまでは小さい、本当に赤ちゃんの頃っていうのは、
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自分と自分以外の境がないんですよね。
そこからだんだん自我を確立していってっていう感じになるんですけど、
やっぱり三つ子の魂100までじゃないですけど、
自己を形成していく上での一番ベースになるところで、
大人の関わり方みたいなのって非常に重要だったりするんですよ。
お子さんと楽しく話しながら、
そういうところを一緒にいる親御さんにも聞いていただけたら、
うれしいなと思っています。
私5人子供がいるんですけど、
子供ね、みんな同じように育ってたつもりですけど、
やっぱりそれぞれで環境が違ったりするわけですよ。
私自身の気持ちの部分も含めて、
夫婦関係だったりとかね、家庭の環境だったりとかね、
それこそ、人体から育たてに越してっていう居住空間ももちろん違う。
場所が変わると、近所さんとのお付き合いとかも変わったりして、
上の子と下の子で同じように育てたつもりでも、
それぞれやっぱり違う性格だったり特徴っていろいろ出てくるじゃないですか。
そういう中で、やっぱりね、
1人目の子は、私自身も子育てが初めてだし、
ちょっとね、神経質になりすぎちゃうところがあったりとかね。
2番目の子は、里帰り出産なのでしばらく田舎で過ごしていた。
その時に、長男母はもう1歳超えているので、
普段と違う人との関わりがあったりとかね。
2番目、3番目が、里帰り出産かな。
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4番目、5番目は、また東京でそのまま出産しましたね。
あれ、なんでこんな記憶すら定かじゃないんだろう。そのはず。
やばいな、私。記憶喪失か。
なんかね、計算部だと大体存在に扱われるんですよ。
自分でわかるでしょ、みたいな感じになっちゃうんでね。
出産ってすごく大仕事だけど、
大体もう3回目、4回目ともなれば、
こちらも大体わかるんですよね。
妊娠が始まる前までは忘れてるんですよ。
でも妊娠が始まると、そうそうこれこれみたいな感じで思い出すっていうね。
そんな感じ、出産だけ撮ってもだいぶ都度都度状態は違ってたなと思いますけど、
性格もね、みんな違いますよ。
どの子とどの子が割と似てるとか、傾向は多少あるかもしれないけど、
全く一人ずつキャラは違ってますんでね。
そんな中でもやっぱり、ああすればよかった、こうすればよかったとか、
この子はこういうふうなことを意識して育てたけど、
そうじゃない方がもっと本人の能力を伸ばせたのかなとか、
いろんなそれぞれに反省点、欠陥はおらないですけど、
いろいろ思うところはありますよ。
なのでそういったことも含めながら、
子育て中のお母さんとかお父さんにも役立てるような、
あとお孫さんとかがいらっしゃる方にも役に立つようなお話ができたらいいなと思ってます。
できるだけ子供向けなので、できるだけ優しい言葉でわかりやすくお話をね。
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でも、なんていうのかな、
これは肝に銘じておかなければなと思うんですけど、
ついつい先生っぽくさ、上から目線で言っちゃうと、
きっとね、お子さんは楽しく聞けないだろうなと思ってるので、
そこだけはね、なんていうのかな、
気をつけようかなと思ってます。
どのくらいお子さんと会場にね、
大人がチラホラーみたいなんだと、全く話の内容を変えちゃうかもしれません。
とにかく、子育てって本当に正解はないからこそ、
すごく悩むし、迷うし、何かあると親が自分を責めたりとかしちゃうんですよ。
私自身もそうでしたけど。
いっぱいいっぱいな精神状態だと、何か周りから言われたことに対して、
過度に反応してしまったりすることもあるんですよね。
なので、子育てって、今思えばですよ、
孤独に子育てをしないでねっていう。
どうしても各家族化してきて、
いろんな世代と触れ合うことがないまま、
大きくなっていくから、
逆にいろんな人に頼った方がいいんだなっていうふうに思いました。
結局戻っていったのかなとも思うんですけど、
長男の時はご近所さん、最初3人目までアパート暮らしだったんですけど、
ご近所のいつも買い物するお店のおじちゃんとかがめっちゃかわいがってくれてて、
一緒に風呂に入りたいとか、うちでご飯食べてけとか、
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誘ってくれるんですよ。男の子が欲しかったらしくて、
娘さんしかいないご夫婦でね、
気前のいい、チャキチャキの江戸っ子みたいな気前のいい魚屋のご主人が、
うちの息子をすごくかわいがってくれて、
お魚とかもおまけしてくれるんですよ。
お前はこれが好きだからとか言って。
あとお豆腐屋さんもすぐそばにあったんですけど、
そういうお豆腐屋さんの前にね、いつもおばあちゃんが座ってるんですよ。
結構腰が曲がってるおばあちゃんなんですけど、
そういったおばあちゃんに話しかけながら、
お豆腐を買ってるみたいなことがあったりとかですね。
いろんな世代とコミュニケーションをとっている方が、
子どもにとってはね、いろんな大人がいるんだなって、
いろんな考え方があるんだなとかね、そういうふうに思えたりしてて、
良かったんじゃないかなと思います。
でも離婚した後ですね、結構私も一個人になってたので、
あまりなんか交流が親子をして、いろんな世代との交流っていうのが、
ちょっと一時減っちゃった時があるんですけど、
子どもたちはたくましいもんで、
いろいろとね、ご近所の人にかわいがってもらってたんですよね。
下の子も、夜渡り上手かもしれませんね。
なんか気がついたら、お小遣いまでもらって、お祭りに連れてってもらって、
お土産を買って帰ってくるみたいな。
えー本当に?って言ってびっくりしてましたけど、
だんだんそれをありがたいなって思いながら受け取れるようにはなりましたけど、
一個人になっている時っていうのは、
ダメな親のレッテルを張られたみたいな気がして、
すごく逆に苦しかったですけどね。
子どもたちはのびのび育ってくれたのかなっていうふうにも思いますね。
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一番下の子、末っ子ちゃんに関してはですね、
私自身も結構すさんでたし、
お腹の中にいた時から夫婦喧嘩が絶えなかったっていうのもあって、
ちょっと愛情不足に育ててしまったなっていうところがあるんですよね。
なので、時間を巻き戻すことはできないけれども、
そこを少し、今割と落ち着いた生活をしているので、
ちょっと取り戻せた部分はあるかなと思っています。
あとはね、親はどうやったって子どもにトラウマを残すものなんだと、
そういう役割なんだというふうにも思います。
いかに無難にというか問題なく育てようかなんていうことは土台無理なんですよ。
むしろできたとしてもきっとその子のためにはならない。
いろんな人間として成長していく中で、
壁にぶつかったり失敗したり嫌な思い、痛い思いをする経験が多い方が、
人として感情豊かであったり器が大きい人間になったりするじゃないですか。
なんかね、人事として聞いていると皆さんそれは割とわかるというか納得できると思うんですよ。
でも我が子のこととなるとね、意外と子どもが失敗するかもしれないというと、
先回りをして手を添えようとしてしまうものなんですよね。
でもそこはあえて失敗の経験をさせてあげるということも大事なんじゃないかなって思ってますね。
親としての心構えじゃないけど、そういう話ばっかりしてますけど、
9月18日のイクノパークでの話というのは、かけがえのないあなたという子どもお子さんに向けて一人一人がとても大切な存在なんだよっていうことを
いろんな角度からお話をしていこうと思ってるんですけど、
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親としてはそれってすごく当たり前だと思っているので、意外とちゃんと子どもに伝えられてなかったりするんですよね。
中にはね、ちゃんと丸丸ちゃんとても大事だよとか愛してるよとか、私にとってかけがえのない子だということをいろんな言葉で伝えている方もいらっしゃるかもしれないんですけど、
それは当たり前すぎてね、言葉として表現してなかったりするんじゃないかなと思うので、かけがえのない存在だということを改めて子どもたちにも感じてもらえたらいいなって思います。
改めて、自分っていう存在が何代も何代も遡って、いろんな人から引き継いで、今の私がいるわけですよね。
それどこ一つかけても私は存在しないみたいな、なんかすごく不思議じゃないですか。しかも、当日スピリチュアルの話をするかどうかわかりませんが、多分しないと思いますけど、
親を選んで生まれてきた。子どもは親を喜ばせたくて、お母さんお父さんを選んで生まれてきたっていうふうにも言われているんですよね。
そこも、私がこうやって喋っている同じ言葉でも、少し自分の中で親に対する見方が変わるとね、なんとなくニュアンスが変わってきたようにも思います。
なので、表面上の言葉としては、わからないけど、時が来ればいろいろと感じるものもあると思うし、
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成長していく過程で、何が起こるか、どんなふうに変わっていくかはわからないんですけど、でも、いつになっても変わらないのは、
自分という存在がとても大切な宝物であるということですよね。
それは魂の部分、心、ハートの部分でもあるけれど、肉体としての自分というのも大事にしてほしいなと思うんですよね。
よしよしって、自分を愛おしむとかねぎらうとか、そういった部分でも、自分を大事に扱ってほしいなって。
これは離婚した後ですね、これは当日話すとかではなく、その肉体も大切にっていう部分で、自分が離婚した後に思っていたのは、
ある意味ね、自分の思い、親の勝手な思いで離婚ということになって、子どもが大変な思いをするっていう部分では、とにかく自分はどうなってもいいから子どもを守りたいっていうふうに思ってた時があったので、
ここではお話ししているみたいに、私は夜のお仕事の時、言ってみれば、自分の体を傷つけるような行為でもあるわけですよね、ある意味ね。
そういう気持ちだったんですよ。自分を傷つけてもいいんだと。そうしても子どもを守るためにこの仕事をするんだというふうに思っていたんですけど、
それはね、自分に対しても、それから子どもに対してもあまり良い影響がなかったなって、振り返ってみるとね、そういうふうに思います。
結局、自分の体を傷つけるっていうお仕事のモチベーション、メンタルの部分から、私は自分の体を大切にするとか、自分が楽しむとか、自分を大切にするっていうことをやってることは同じかもしれないですよ。
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仕事はね、同じことをやってたとしても、自分の気持ちが変わっていくと、本当にね、世界って変わるんですよね。
だから、心身ともにね、自分を大切に扱ってほしいなって、それはね、すごく思います。
でね、自分を大切にできない人は、やっぱり本当の意味で他人を大切にすることはできないんじゃないかなって、すごい思いますね。
それをね、どうやって子どもたちに話していくかなっていうところなんですけどね。
なんかさ、分かりやすく伝えるって、小学校、低学年、1、2年の子でも分かるように伝えるとかって考えてるんですけど、どのくらいの子が来るのかな、分かんないですけど、
なんか自分の中では結構チャレンジングなことだなと思ってますね。楽しくないですか、そういう新しい試みみたいなのね。
そうなんですよ。そういえば、その講座自体はお金は全くかからないので、ぜひね、お越しの方は、日明かし半分でもいいのでね、来ていただけたら嬉しいなって思います。
やっぱり、ギャラリーが多い方が盛り上がりますからね。
どうなんだろうな、他の人どんな話するのか、ちゃんと見てなかったんですけど、たぶん今のところ2番手に話をすることになってると思うんですけど、ちょっと時間がね、まだ表示されてなかった。確認しなきゃいけな
かったわ。
こんな感じでございます。いつも思うんですけど、私、コップをすぐ隣に置いてるんですけど、ずっと喉乾いたなって思いながら喋りまくってます。
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何の話しようかな。ずっと同じ話の方がいいのかもしれないけど。そんな感じです。パンツの中の話。
大事なってつけたかったんですけど、大事な、大事大事、パンツの中の話です。一応タイトルをね、そういう風につけてます。なので、まあそのぐらいにしとこう。
そして、あ、そういえば、9月の17日ですね。リアルイベントの前日ですね。リレー配信の情報が固まってきたかな。
多分ね、私8時前後からMCをやりつつ、皆さんとお話しするということになりそうですね。前回と違うメンバーとお話をするようになるかと思いますが、またそれはね、改めてお話をね、お知らせをさせていただこう
と思いますけど。
リアルイベントと同じようなテーマで、24、25のオンラインの方でもね、お話をさせていただきたいなと思いますが、私台本があってきっちりそれに沿って話すというタイプではないんですね。
なので、毎回違うと思います。そこに、同じお話をするのがプロだと言われるとちょっとしょぼくれてしまいますけど、
軸は決めていたとしてもですね、その時その時の反応を見ながらお話をしていってますので、なんかほら、
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多分冒頭でも話したと思うんですけど、台本がきっちり決まってて、例えばさ、プレゼン資料、スライドがあって、それを1枚ずつ写しながら進めていくのはとっても面白く
わかりやすくお話ししてくださる方もいるので、それが嫌いとかではなくてですね、自分の中でとても苦手なんですよね。
それがわかりにくいとか、もうちょっと変えたほうがいいっていうお声が上がれば、ちょっと考えようかなとは思ってるんですけど、
極力、資料を見ながら、資料を見せながら話すっていうよりは、それぞれのお顔を見ながらお話ができたらいいなと思う。
これってさ、多分、役者根性みたいなもんで、みんなの顔とか、舞台とかでもそうですけど、客席から醸し出される雰囲気とか反応みたいなのが感じられる方が楽しいんですよね。
自分が楽しんで、乗って喋っている時の方が、多分聞いてくださっている方にもちゃんと伝わっているなっていうところがあるので、
なんかこう、黙って静かに聞かなきゃいけないタイプの講師ではございませんので、ぜひですね。
なんか、チャチャを入れに来ていただいたら、チャチャっていう言い方もなんですけどね、質問とかね。
これってどういう、どうなの?みたいなことが返ってくるとですね、画前燃えますね。
たまにね、全く違う話とかされちゃうと、それはだいぶけいわいな人がいるなとちょっと思うかもしれませんけど。
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だいたい、こうやってライブで話している中でも、多分ね、いつも聞いている人は、なんか私の反応がとても素直でわかりやすくて、
あ、なんか困ってるなとか、なんかね、ちょっとムカついてるなとか、あるかもしれませんね、感じる部分。
そこのところは、あまり素直に表現しない方がいいのかもしれないんですけど、すみません。
だいぶね、なんかさ、多分昔からそうだったわけじゃないんですよ。言い訳チップですけど。
だんだんなんか、自分に嘘をつくみたいなのが、いかんなとか、やめようって思うように、だんだんなっていったんですよね。
ほんとね、なんか周りの顔色をうかがって生きているような子だったんですよ。子供の頃から。
うん、なんだけど、なんかもうさ、一度きりの人生ですから、やっぱりなんか、
人に迷惑をかけるとか、あえて人を傷つけるようなことっていうのは、これは話は違いますけど、
そういうことじゃなくてね、自分がありたいようにあり続けるっていうのは、大事なことだと思います。
結局、本当の自分がわからなくなっちゃったんですよね。
ずっとずっと、例えば親が思う、私像、私の理想像みたいな、うちの子はこういうふうであってほしいっていう。
親がそういうふうに願っていると、子供ってやっぱ察するんですよね。それは自分が子供に対しても感じたんですけど、
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子供って親が思っているような、それがポジティブな意味でもネガティブな意味でも、親が思っているようなことを子供ってしちゃうんですよ。
言葉で言ってなくても、どうしてそれがそういうふうになるのかなって、通じちゃうのかなって思うことありますけど、
不思議とね、親の思いが子供に反映されて、そんなような行動をするんですよね。
なんなんですかね。
だんだん、これは本当に自分が思っているのか、それとも親からとか、肯定的に、子供の頃のことが多いと思いますけど、
自分が育ってきた環境の中で、これが良しとされていたから、自分はこれが正しい、良いことだって思っているのか、
それとも私自身が良いと思っているのかっていうのを、本当にわからなくなっちゃってました。
なんだろうな。
親にあんまり反抗するっていうこともなかった。
唯一、高校進学の時にね、親のコース選びの話ですけどね。
音楽にするか、美術にするか、みたいな。
コースを選ぶときに、親が言ってたのじゃないところを選びましたけど、それぐらいかな、親に対する反抗って。
ぐらい、親の敷いたレールを嫌だなって思いながら走っている子だったんでね。
でも結局のところ、それは親としては愛情、子供の将来を安泰と言うかね、
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親が良いと思う幸福に近づけるような大人になるための道だったっていうね。
だから、肩にはめたいっていうよりは、親が思っている正解に向かってやっていた行為なわけですよね。
難しいよね。自分の考えを相手に押し付けないとかっていうのは、子育てでもいろんな人間関係においてね、全てにおいて結構さ、難しいよね。
これが普通でしょとか言って、私、普通に過弁になりすぎてた時ありますけど、
普通っていう言葉を多用する人多いじゃないですか。私もついつい使うことありますけど、一般的にとかね。
これが多数派意見みたいなのが普通っていう表現の仕方をしちゃうことが、ついつい癖で、ついつい他の表現が見つからなくて普通って言葉を使います。
なかなかね、難しいところですよ。
普通って何?ないですか、そういうのね。
何をもって普通なんだと。
これは自分の周りにいる多数、自分が見ている世界で多数派っていうだけの話だったりするんでね、なんとも難しいところです。
なんで普通の話したんだっけ。
親が思っている正解とか、自分が思っている正しさっていうのを相手に教養してしまう部分っていうのはね、誰しもあるんじゃないかな。
だから相手を尊重するっていうところが、実は言葉では簡単だけど、意外と実践するっていうのは難しいなって思いますね。
ある程度の年齢を重ねても、親が正しいと思って教えたいろんな情報の蓄積っていうのが、実は自分を苦しめていたりするわけです。
48:09
トラウマっていうところまでいかなくてもですね、自分の固定観念みたいなものが邪魔をしてしまうみたいなね。
なので、自分の気持ちに素直になるとか、本当の魂の望みみたいな言い方だったりとか、本来の自分みたいな言い方をしたりもしますけど、
擦り込まれたって言うと、すごい嫌な言い方になっちゃうけどさ、良かれと思ってね、親が一生懸命伝えてくれたことによって、自分自身が不自由になっている部分があったりするので、そこがなんだろう。
なんかね、親のせいみたいに思っていると、これはまたあんまり良い方向に向かなくてですね、多分私はそういうふうに。
いやー、親ガチャ外れたな、みたいな。なんかありましたね、一時そういう表現がね。なんかそういうふうに思った時期もあったんですよ。
だけど、何度も言ってるみたいに、親は自分が思う自分の世界の正解をできるだけ正解に寄せるようにね、いろいろと教育を子供にしていたわけです。
それは子供を不幸にしようとかね、トラウマを残そうとか、そういう思いは一切なく、子供に対しての愛情表現が、愛情表現が下手な親御さんもいるから、全く裏返しのことをしてたりもするんですよね。
愛情表現がわかんなくて。でもそれも最終的には、根っこの部分は愛情だったりするんですね。
時が経って、ようやく誰のせいとかいう表現ではなくね、それが愛だったんだなっていう、
51:13
自分が欲しい形ではなかったけれど、それが愛だったんだなっていうことを受け止められる年になりました。
愛っぽいぞ、みたいなところまでは言ってたんですよ。そうなんだよねって、自分で感じようとしていたぐらいの段階から、
ああそうだったんだなっていうね、もうそうだったんだなって、親の愛情が形が違ったけど、ちゃんと私は受け止めたよっていう段階の人もいるかもしれないですけどね、なかなか
親子であっても、人間関係っていうのはね、いろんなものが複雑に絡み合って難しいもんですね。でもそれがいいところでもあるのかもしれないですよね。
人間だけですからね、こんなに複雑な人間関係を。
ぼのぼの平和とか愛のお猿さん、ぼのぼも、他の動物に比べて複雑なお猿関係があるみたいですけど、やっぱり人間ほどいろんな複雑なものを抱えていないと思うので、
人間に生まれたからには、あらキッチョムさんだ、ほっしょりありがとうございます。
今日はもうずっと一人語りだったんですけど、もう12時になっちゃうな。
9月ですねっていうことで、その18日のイベントに関するお話とですね、前日のスタンドFMのリレー配信のお話をちらっと。
あ、収録をしようと。おーなるほどね。私収録はね、結構ハードル高いです。
収録の画面が苦手なんですよ。線がピロピロって流れていくでしょ。時間がタイマーで流れてくるじゃないですか。あれがすごく苦手なんですよ。
54:13
なので、例えばUR限定とかにして、UR限定公開収録みたいな感じでやっちゃいますね。
どうなんだろう。キッチョムさんがそうかどうかわからないけど、収録はね、逆に原稿見ながらとかでもガチガチになっちゃうので、あんまり好きじゃない。わがままなパーソナリティでございますが。
私も今、誰かと話した方が話しやすいのかな。何をお話ししようとしたのかわかりませんが。お話しできるならちょっと話します?
大丈夫?ちょっと読んじゃおうかな。あと5分くらい。イエーイ。こんばんは。こんばんは。ありがとうございます。
こちらこそ。収録しようとしてたのね。そうそう。11時くらいから話しては編集し、話しては編集ししてたら、もう日が変わる。やだって。全部消してきちゃった。
もうね、一発撮りか、公開収録です。数字だけの画面を見ながら話すのは非常に、自分がつらいことがわかったので。
編集をしようと思って話しても、納得いかなくてさ、っていうのがあるから、収録のときは一発。
聞き直すとダメだよね。1回目はね、話してたら、私が画面を5分で閉じるようになっちゃってて、それでね、しゃべってたのが録音されてなかったのね、後半。
あ、そうなんだ。
57:00
そうそう、それでもう一度撮り直すはめになっちゃって。撮り直ししたら、言葉が出てこなくて。あれ、さっきどう話してたっけ?
なんかこうやって、誰かと会話をしているっていうのが、一番話しやすいっちゃ話しやすいよね。
そうね。話す内容がさ、一人で語るほうがいい場合もあるとは思うんだけど。
ちょっとだけこぼしてもいい?
あのね、私と同じ持病を持つお仲間さんがいるんですけど、その方がね、ちょっとなんか検査データおかしいとか、ちょっと調子が悪いっていうのを半年くらい前からずっとつぶやいてたんですよ。
で、お盆前ぐらいに、その主治医の先生じゃなくて別の先生がね、これちょっとおかしいんじゃないか、別の検査したほうがいいんじゃないかって言って、助言してくださったから、検査してみたら、末期のがんだった
んですよ。
いきなりもう末期だった。
末期だったんですよ。だからその半年間とかね、その前からちょっと不調はポチポチあったんでしょうけど、その半年前からね、ちょっとちょっとずつ、SLEだと悪くなるデータがそんなこと言ってられないぐらいに一
箇所だけ悪くなって、
でもその一箇所だからって言って、真剣に取り合ってくださらなかったらしいのね。
病院の先生専門医だってなってる先生って確かによくあることでね、会ってほしくないけど。
専門分野が違うからってこと?
違うから。でも患者の立場からしてみたら、病院の先生に体のチェックずっとしてもらってるから、万が一の時は見つけてもらえるってやっぱり思っちゃうんでしょう。
で、おかしいおかしいって訴え始めてもそのまま、それはちょっと薬かなって言って、薬は買えるけど他の検査してなかったのでね。
やっぱり抗原病とか、やっぱり体が悪い人ってどっか体冷えてたりするので、多分進むときはゴーンと進んだんだと思うんですよ。
1:00:00
おそらく。体温下がるとね。
薬飲むと確かに下がるんですよ。
抗原病患者ってステロイドよく飲んでるので、ステロイドとか免疫抑制剤系ってね、体温下げるんですよね。
薬なんだ。
免疫抑制剤だから、がんで始めたら抑制するものなくなるでしょ。だから進むのも早いですね。
それもあるから余計に。
僕はだと思うんですよ。だから進むとき早かったんだろうなと思うけどね。
それで本人やっぱり気落ちするのは当たり前なんだけど。
気落ちして、今日ちょっと緊急入院したんですっていうコメントがあって、でもそのコメント欄閉じちゃってたので、コメントに対して。
返信ができない。
返信ができないんですよね。
でも、私はエネルギーって伝わると思っているので、応援する気持ちだったりとか。
で、奇跡的に生還しているお仲間も見てるので、今まで。
いろいろな病気でね、がんでも抗原病でも。
ICUに本当に年対月入っちゃってる人が入ってて、家族も集められちゃってっていう人が、
目が覚めたときに何かの希望を見出してというか、自分の生きていきたい理由っていうのを見出してね。
で、そこを捕まえたときに、人の生きる力ってすごいっていうのを、何人か見せていただいてるので。
私たちは外からやけど、祈り続けるし、願い続けるから。
伝わるよ、きっと。
そうね。
そこを伝えたくて、収録してたんだけど、うまく言葉が紡げなくなっちゃって。
ここで言っちゃった。
そうか。
特に医療従事者でもあるからこそ、いろんな思いが湧いてくると思うんだけど。
いや、もう悔しいよね。
それはそうなんだろうなって。
うちの父も同じパターンだったんでね。
そんな大した病気じゃないよって言ったね、病院の先生の言葉を信じたがゆいに末期の癌だったんでね。
1:03:05
どうなんだろう、不調があったとはいえ、そこまで通常通りの生活ができていたのであれば、それはそれでいいのかもしれないなとちょっと思っちゃったんだけど。
結局私思ってるのがね、人って病名聞いた途端に立てなくなったりする人もやっぱりいるわけよね。
そうだよね。
それまで普通に生活していたのに、それってなんだろうって思ったら、やっぱり気力だと思うね。
私気力ってエネルギーだと思ってるので、エネルギーがない人はもっと前から倒れてると思うんだけど、それを聞いて気力が出なくなった人っていうのは、たぶんエネルギーの向きがちょっとベクトルが変わっちゃっただけ
で、
本当はね、もうちょっと生きれるはずだと思う。
生きたいっていう理由をしがみつけば、実はもっとしがみつけるんだよね。
それまではだって。
そう、生けたんだもん。
どんなにしんどくっても、どんなにつらくっても、立って歩いて遊びにも行けてたわけなので、病名聞いた瞬間にドンって落ちるっていうのは、
ショックはショックだと思う。
そう、ショックなの。だけどね、エネルギーがないわけじゃないのよね。
ただね、苦しいのもわかるし、しんどいのもわかるから、がんばれっていう言葉はよく言わんのですけど。
そうだね。ちょっとがんばるっていうのとも違う。
だけど、そのエネルギー寄せて寄せて寄せて生きることができるとは思うよね。
ただ寄せる力が、自分で寄せる力を出せない状態になってると思うから、そこをね、なんとかも祈りと願いとでね、周りでサポートしたいな。
そうだね。生きたいっていう思いを、その光を自分でちゃんと見出して、手繰り寄せて。
おそらく、もう一人気になってる人いるんだけどね。SRCのときのお仲間でね。
1:06:03
最近ちょっとネットに出てこないので、少し前まではね、ライブ行ったりとかはあってしてたから、辛いんだろうなぁと思ってるんだけれども。
やっぱり考えてるからっていうか、思っているから。だから一人じゃないっていうことだけはしてほしいなって。
孤独感っていうのは一番辛いからね。
結局でもさ、みんなどこかでつながってるから、思いは届くと思うよ。
そう、そう。届け思うと。
そうかそうか。
ちょっと沈んだ話でごめんなさい。
いやいやいや、大事。
それこそさっき、自分の子育ての中でっていう、今回ね、イベントでお話をさせていただくことの中で、
大切な自分っていう存在をどういうふうにして、子どもたちにわかりやすく伝えられるかなっていうのが今回、自分の中のテーマ。
今、自分がここにあるのは、たくさんの、自分の後ろにたくさんのご先祖様がいるわけじゃない。
それがどこ一つ欠けても、今の自分は存在しないし、自分っていうのが、この肉体、魂は永遠だと言いながら、
この肉体を持っている今のこの自分っていうのが、とってもとっても大切な宝物なんだよっていうお話をしたいなっていうところで、ちょっと話をさっきしてたんで。
そうなんだよね。
この命、この肉体っていうのが、人によっていろんな状態があると思うんだけど、かけがえのない大切な、
とにかくありきたりな言葉だけどさ、大事なものじゃない?大切なものだから。
1:09:08
人も大事やし、自分もやっぱりその分大事にしないといけないというかね。
いけないっていうより大事に。
それを思考じゃなくて、本当に感じてほしいなって思うのよ。
頭でいろんな言葉で言い尽くされてて、頭では理解できているかもしれないけど、それを感じる?
そういう命のエネルギーとか光みたいなあったかいものをね、自分のハートでしっかり味わって感じるっていうのが、
本当に本当にそういう瞬間がちょっとでもあったら、幸せなんだなって思えると思うのね。
いろんなつらい状況があったりとかしても、今ここにいるっていう、ここに存在していることがすごくありがたいことだし、
素敵なことなんだなっていうのをね、言葉で言うとすごくチープなんだけど、それを感じてもらいたいなって思うし、
次私もそういう時間が増えたらいいなって思ってます。
思いを言葉にするっていうのがしきれないよね、なんかね。
そうだよね。
でも、伝えたい人に向けてのエネルギー、感動みたいなのは伝わると思うし、
いやー、きちょもさんは癒しの人だから、その話だけでちょっと胸がいっぱいになりそうな感じです、私。
そんなわけでですね、旦那さんが帰ってきたのでそろそろお仕上げしようと思います。
なんか聞こえた?無言で片付けを始めている旦那さんが。
はい、すいません。
いえ、ありがとうございます。すいません、お邪魔いたしました。
いやいや、ありがとうございました。ではでは、おやすみなさい。
1:12:01
はい、すいません。
またねー。