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2024-10-17 16:04

【介護319】介護とスピリチュアル「利用者はもう1人のわたし」

#介護 #スピリチュアル #ケアマネ
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どうもボブです。今日は介護の話をしたいんですけれども、ちょっとスピリチュアルのような話が苦手だっていう方は、ちょっと飛ばしていただいて大丈夫かなと思います。
最近ね、このスピリチュアルのような魂とか、あと潜在意識も含めですね、なんかそういうのに関心を僕自身が持っちゃってるんですよね。別悪いことじゃないですけど。
というのも、今、介護の支援をいろいろケアマネージャーとして計画を立てて、そしてヘルパーさんだったりデイサービスとかドクターにつなぐ役割をケアマネージャーってしてるんですね。
で、その中で、家族が面倒見るの、やっぱ仕事しながら日中見るって難しいし、心配だからデイサービスに預けておきますとか、あとお風呂に入るのが大変だから風呂に入れてほしいからデイサービスに行ってもらうとか、
部屋の片付けができなくて散らかってるからヘルパーさんを入れて掃除してもらうとか、なんかそういうのをずっとやってるとですよ、なんか対象療法に感じてきませんか?なんか聞いてて思いませんか?
病院の先生が風邪ひいて頭が痛いから頭痛薬ください、はい頭痛薬出しますとか、あと熱が出たから解熱剤ください、解熱剤出しますとか、どうしたらいいかわかりません、じゃあ入院しましょうかとか、そういうのと同じようなことをしてる気がするんですね。
こんな言い方悪いんだけれども、でもこの対象療法って何も解決自体はしてないんですよね、緩和、きつさとか大変さの緩和にはなってるけれども、何か本人が本当にやりたいことを見つけるとかそういったことに至っていない。
ケアマネージャーは本当はそこを見つけていくだったりとか、そういうのを一緒に模索していく、それが本当の意味のアセスメントとプランを作るということなんだけれども、
今介護の研修でどんだけ習ってもその手法とか答えには結びつかないんですよ、どんなにコーチングとか学んだとしてもそこの解決の糸口を見つけていくっていうのもコーチングを深く学んで100万とか払ってやってる人たちもいますよね、
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そのレベルじゃないとこれ難しい、そのくらいの内容をやってるなっていうふうに感じるんですね、ただそうなってきた時にも何か矛盾といろいろ感じて、
この人はそもそも今何に苦しんでんの、何のために今命を使って生きてるんだろうとか、なんか上からじゃないですよ、この人の課題は何で何を達成するために今この現世に生まれてきたんだとか、
そういう視点で考えるようになったんですよ、ならざるを得なかったというか、そうするとやっぱりスピリチュアルみたいな話じゃないですか、いろいろ話を聞く中でですね、どんなに聞いてももう歳なんだから体も足も不自由になってきたし、やりたいこととか若い人みたいにないんだよ、
僕の気持ちは若い、あんたにはわからんだろうね、若い時は僕もいろいろやりたいことがあったよ、とかね、そういう話を言われる方多いです。
ただ人生ね、80年とか90年とか70代60代40代いろいろいますけど、僕より少なくとも長い人生を生きていて、いろんなドラマがあって、いろんな大変なこと楽しいこと嬉しいことたくさん経験をしてきて、
で、今体がちょっと不自由になったり、年老いて体がね、思うようには若い時ほど動かなくなった。けれども、だからといって何にもしないということを選びたいという気持ちに本当になるもんなんだろうか。
何かがストップをかけているっていうことってないのかな、とかですね、90代とか100歳くらいの人でもスマホいじったりとか、SNSに投稿したりとか、最近結構そういう方多いんですよね。
面白いって言ってするわけですよね。若い人たちからそういう人ってすごいすごいって言われて見てもらえるわけですよ。本人も嬉しくなって若い気持ちになってね、そういう方もいるわけですよね。
みんながみんな、じゃあもう年取ったら、ちょっとね、体動かなくなったりしたら、もうただただ生きてるだけでいいやって決して思うわけじゃないんですよね。
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逆に言うと、何もしないでいいやって思ったら、そんなはずは本当は魂的にはない。だからこそ病気という形で何か仕事が与えられるわけですよね。
この認知症もしかり、がんとかいろんな病気、これってストレスだったりとか、孤独っていうものだったり、恐れだったり、いろんなものから食事に影響が与えられて、辛いものが好きになったり、甘いものがどうしても食べたくなったり、しょっぱいものがどうしても食べたくなったり、
いろんなストレスによって食べるものだったり、血流とかが変わってくるわけですよね。それで病気になってしまう。
もし僕の父がそんなこと言ってたら、いやいやお父さん73歳でしょまだと。仕事で90歳くらいの人とかも頑張ってやっていってる人がいるんだよと。70代でそんなこと言ってたらいかんよって言いたくなったりするんですけど、そんな父も今は天国にいるんですよ。がんで亡くなったんです。
そうなると同じ70代の利用者さんがもうやりたいことないって言ってると、まだ命があるじゃん、まだ生きてるじゃんって言いたくなっちゃうんですよね。
でもみんな今起こるべくして今の状況が起こっていて、今が実は魂としてはベストな状態なんだっていう風によく言われるんですよね。
よくって皆さんね、こういうの関心ない人はよく聞かないと思うんですけど、僕はもともとは斉藤ひとりさんとかそういった本で読んだり、そうするといろんな別のスピリチュアルの本だったりとかいろんなことでも共通して書かれているわけですよね。宗教とかそういった本でも同じようなことが書かれてたりとかするんですけど。
今どんなに困難な人でも、今やりたいことがないって思っている人でも、今やりたいことがないことで体が弱っていくとか、どんどん物忘れが進んでいくだったりとか、そういうことを今その人自身も学んでいる。
そうするとそういうことになっていくんだっていうことを学んでいる最中なんだっていう風に言われてたりするんですよね。
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そしてそれを見ているこのケアマネージャーの僕自身にとっても、それは学びなんですよね。
で、今何の感情が芽生えているのか。悔しいとか、もったいないなとか、あとふざけんなよとか、あともういいや別に人は人だし、その人はその人で悪くなったらそれを選ぶんでしょ。
じゃあもういいやって突き放すような気持ちだったりとか、いろんな感情が生まれるんですよね、自然と。
で、それを学んでいるんですよね。
で、じゃあこれを学んだ上でどうすんのっていう話なわけですよね。
じゃあそのままでいいの?と。
この目の前に映っているその利用者さんって、自分の実は潜在意識なんですよね。
自分は主体で、相手は客体。
元は、これ超スピリチュアル的な話で言うと、元は一つなんですよね。
人間みんな元は一つから分離したもの、これは古事記と言霊でも散々学んでるんですけど、分離したものなんだということで言うと、この目の前にいる利用者さんも自分の分離であって、自分の真相真理。
自分が本当は心の底に秘めているものが目の前の利用者さんとして縁で、何かの縁で繋がって目の前にいるんですよね。
じゃあこの感情、もやっとした感情だったり、イラっとした感情、突き放そうとする感情、それを真正面に自分で捉えてみて、これの大元探っていくと、
結局は、突き放してくれって言ってるような利用者さん、ほっといてくれって言ってる方も、根本は愛情から来てるんですよね。
自分に対する愛情だったり、家族に迷惑かけたくないっていう愛情だったり、いろんなケアマネージャーさんに国の負担をかけたくないとか、いろんな愛情が混ざって突き放したり、いろんな憎しみも含め、
全ては大元は愛情から来てるんだっていうことを自覚、自分でふと思ったときに、接し方って変わってくるなっていうふうに思ったんですよね。
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この人に何かデイサービスを勧めようとか、ヘルパーさんを使ってもらおうとか、そんなのはもうどうでもよくて、この人って今、自分には感じられないものをこの人は感じ取ってるんだ。
自分では理解できないですもんね、この人の。なんでそんなこと考えるの?なんでそんなことするの?みたいな。
でもそれって、自分にはないものを相手って持ってるんですよね。
それに歩み寄って、なんでとかそういう憎しみとかいうのでバチバチってするんじゃなくて、こちらも愛情で、なんでそういうふうに思うようになったんですか?何かきっかけあるんですか?とか。
でも僕もね、もしかしたら年をとっていったら、こういうふうに同じような気持ちになると思うので、教えてくださいよ。そんな感じでね、いろいろ歩み寄っていく。
それを学びなさいよって言われてるような気がするんです。
偉そうに支援だ、偉そうに介入して、その人の生活だったり感情に土足でドンドンドンドンって入っていくんじゃなくて、
その人の拒否もその人の孤独も全部含めて、これも自分にない感情で学ぶべきもので、そして元は自分も相手も一つ、自分の潜在意識が相手なんだ。
もう一人の自分が相手なんだ。自分もきっと同じ感情を持っているんだ。それを第三者っていう形で表してくれてるんだ。自分に気づかせてくれてるんだ。
その人の気持ち、心に歩み寄っていくということをただただやっていこうかな。そんな風に今日は一日思いました。
家族がデイに行ってほしいからデイサービス進めるっていうのも一つは結局しないといけないことだったりするんだけれども、その間、その中に本人とゆっくり話す時間っていうのも加えていきたいなって思いました。
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人によってはいろいろ話をした方もいるんですけどね。まだまだ僕も感情が邪魔をしてうまくいかないな。でも日々自分の目の前にいる人たち、感情を揺さぶる人たちっていうのは全てにおいて自分のもう一人の自分、元々あったものが分離したものなわけですよね。
自分の奥さん、子供、遠くにいる実家の親、全てそうなんですよね。そう考えると練習代はいくらでもあるなって思いました。ということで何の話したんでしょうね。なんとなく今日はそんなことを話したい気分でした。ではではご視聴ありがとうございます。
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