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どうもボブです。今日は雑談なんですけども、不自由からの解放ということで、普段僕も仕事をしていてですね、この会社に行ってこの不自由さを感じるわけですよ。
もうやっぱり組織の中っていうのはやっぱりねメリットはあっても不自由さ非常にあります。何か一つしようと思ってもですね
会社が大きければ大きいほどリスクをとるわけだからですねリスクをとるというかリスクを犯さないようにすることがまた重要になってくるのでチャレンジってなかなかできない。
それにただでさえ忙しい介護現場で何かちょっと違うことしようと思ったらやっぱりね反対を受けるわけですよね。
ただでさえ大変なのにもうこれ以上仕事を増やさないでよと、さらに給料がもらえるわけでもないし、今のまんまでいようよってもなるわけですよね。
それがちゃんと成功すればいいけど成功しなかったらもうただの働き損ですよってそういう環境になるわけですよね。
そしてさらに僕たちは介護保険の制度の中で働いているので制度も色々細かいルールがあるわけですよ。
その中でやらないといけない。どれだけ利用者さんにとってこれがいいんじゃないかって思ったとしても制約があるわけですよ。
なんでもできないんです。理由は財源の問題だったり、公平性の問題だったり、この人だけ特別にはできないっていう考え方があるわけですよね。
本人の自立を促しなさいという、そういった介護保険の方針もあるわけです。
その中でなかなか本人さんが私死ぬまでもゆっくり待ちたいわっていうのもなかなか介護で関わっていくと、それでも筋力を上げていきましょうとか
そういうアプローチにどうしても全体的になってくるんですよね。
そうなってくると、いやいやそれだけじゃなくてさらにやっぱその企業で僕たちも働いているわけだから、もうあの
何かね支援を入れることで利益が出てくるわけですよね。このデイサービス行く人たちも何か加算をつけようとしてプラスでお金をもらおうとするわけですよ。
で最終的にその会社の組織的な利益を追求するそういう目的と、あと介護保険制度の中でこの限られた財源の中で
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ちびちび使っていってくださいよっていうようなね悪く言うとそういう制約の中と、あと
さらにそのさっき言ってないですけど家族のね意向も含まれて、その20区30区の中で
利用者さんおじいちゃんおばあちゃんたちは いろんな制約を
20、30でかけられた状態で 暮らしていくっていうねその中であの
生活していかないといけない不自由さがあるなぁって もう感じてるんです
でも気づけば利用者さんも確かに不自由さをねもう20、30でかけられているって思うけど
じゃあその家族も家族で嫁が見ないといけないとか
子供がね他の3人子供がいるのに私だけが見ないといけないっていうねそういう不自由さがあったり
介護保険制度も財源が限られている中でこれだけでやらないといけないっていう不自由さがあったり
あと会社ね会社も
やっぱり利益を追求していかないといけないっていうそういう中で運営をするわけだから やっぱりね職員たちにも利益を出していけっていうふうに言わないといけない
でその中で働く職員 この人たちも会社と制度と利用者さんたちに挟まれながら
その中でやっていかないといけないっていう 気づけばみんな不自由さを抱えて生きていってるわけですよね
なんかそれをこう感じた時に はぁって思うんですよ
なんでこんなに不自由なんだって
もはや生まれてから死ぬまで学校でも制約の中でもう一度たりとも自由になったことがない これが
こういうもんだよ大人ってみたいな そんなこともなんか聞きますよね
なんでもね自由に行かないんだよみたいな 恒例になってもそうなんです死ぬ間際までそうなんだよってなった時に嫌だって僕は思うんです
なんでたかが30年40年しか生きてない兄ちゃん姉ちゃんに ねえ
あなたの筋力が落ちますからデイサービスに行ったがいいですよ リハビリしたがいいですよってやや言われないといけないんだと私の人生をの何を
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知ってんだと まあただですねまぁこれを言ったところで言ったところでだって仕方ないじゃない
何ができるのってなりますもんねだからどうもできないんですよ でも何が根源なのかなって考えた時に僕なりに思ったのは
お金 全ては
このお金というものが狂わせてんじゃないかなって思うんですよ お金ってもう素晴らしい発明でもあり
縛りを与えたものでもあるんじゃないかなって思うんですよね このお金そのものは素晴らしいものだとは思うんですよね
もう基本的にはその感謝をねありがとうっていうあの あんた助かったよっていうものを形にしたものがお金にはなると思う
思ってはいるんです でも今のそのシステム自体がちょっと狂ってんじゃないかなって思うのはやっぱりこの
資本主義の形ですよね お金はどこに集まっているのかって言ったらもうあのみんなにこう分散しているわけ
じゃないんですよね決して
どこか一箇所に集まっているで小さい単位で見てもうちの会社で見てもですね 一箇所に集まっているわけですよ
思う 末端の私たちはにはね取り分はちょびっとずつしかないそれが資本主義の形なわけです
よね 全体的に見てもあのねあのたくさん食べ物を自分たちに必要な食べ物をたくさん作って
くれる人たち農家の方とかね 畜産の方たちは
あの そんなにね儲かってなくて一部の
あのインターネットでピピピピってするだけでボロ儲けしている人たちもいるわけですよ ねでそのボロ儲けしているのが悪いわけじゃないんですよ
だけどおかしくないかなって思うんです そのね本当に命に関わる大事なお仕事について
はお金そんなにもらえない けれどもお金をこうグリグリ動かしていく仕事についてはめちゃくちゃお金もらえる
この 仕組みがおかしくさ全体的にねおかしくさせてしまってるんじゃないかな
サービスさえあれば本当は問題ないんですよね あのお金がなくてもそれぞれの得意分野で
農家は農家の方がね 野菜作ってくれたりしてそれを提供していただいてで他は他で仕組みをね
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あの 水道が使えるようにしてくれるとかみんなそれぞれの今の仕事をしてくれたら
お金がなくてもうまいこと社会は回っていくわけですよね いやいやそんなことないよってなると思うんですけど
あの
でそのみんなそうそんなねあの働くなくていいんだったら誰も働かねーよってなるとは 思うんですけど
ただその言いたいのは
お金よりもそのサービスすることの方がよっぽど大事 なわけですよねそれに対する対価が今おかしくなっちゃってるっていうそういう気が
するんです で
もうねこのお金というものがもう なんていうか1回ぶっ壊れろと思ってるんですよ
それの一つが ねあの今僕もいろいろ知りたいなぁと思っているブロックチェーンを使った
a お金の仕組み
これがあの しかもねあの国がやるっていうやつじゃなくて国がやらずに自然発生的にという
か自然に 今のまあビットコインもビットコインもなんかもう
乱高下して結局金持ってる人たちがいろいろ売ったり買ったりしてボンボンボンボン 動いてる
なんかいやこれも本来の 目的じゃないはずですよね
本来誰かが管理せずに
自動で このお金のやりとりの仕組みができてくるようになれば
しかもどっか一つが管理じゃなくてですよもうあのもう地域地域でもこう そこの地域ごとにですね使えるお金があってそそれが回っていく
その 支援をサービスをすれば帰ってくるお金
みたいなねそういうトークンエコノミーという考え方が考え方っていうのがあるんです けど
そういうのがねもっともっとこう形になって普及してくれたら お金なくても介護受けられるっていうそういう
仕組みができないかなただでね介護を受けていいんだよって
介護を受けるのに何で金が得るんだよって 金ない人受けれないじゃん
国も守ってくれてねーじゃん みんな生活保護になりゃいいの
今のおじいちゃんおばあちゃんまだね 年金とかたくさんもらえてるからどうにか施設入れますよ
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僕たちの時は入れませんよ今のね金額設定者 どんどんどんどん今それが近づいてきてますよ
今のまんまで本当にやっていけると思いますか なんかどこかが介入してじゃなくてもうマンツーマンでサービスをしたことでその
対価が直接その人にポンともらえるような そんな
夢物語でしょうかそんなことができれば こんな子難しい介護保険制度とか
いらないんですよ 僕がじいちゃんになった時こんなねややこしい制度を使っていろいろ説明されてね
望んでもないサービスを使うって したくないんです
なのでまぁ今日はねその不自由さってどこから来てんのかなぁと思った時に あ
もしかしたらもうお金というものがそもそも こう根源になってんじゃないかなっていうふうに僕は思いましたと
でじゃあこのお金のあり方が変わってくれたら 変わったら
もっとね 自由でもっとこう分散した
どこかがね牛耳ってじゃない分散化された世の中 個人が強くなるっていうね個人それぞれの
特性とかを生かして 会社組織で音符に抱っこじゃないもっと個性を出せるような世の中というかが
あの仕組みができるんじゃないかな そういう風な妄想を朝からしておりました
ということでもうねあの ただのグッドの愚痴と妄想に付き合っていただいてありがとうございます
ではではご視聴ありがとうございました